終わりの続きに   作:桃kan

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剣突き立つ荒野 Ⅲ

 

 

 

 何度、この戦いを夢に見たのか、自分でも思い出す事は出来ない。

 瞬きの刹那、眼前で剣を振り上げるこの男の憎悪に濡れた顔を幾度想像したか、最早数える事すら諦めてしまった。

 

 確か、かつてのオレはこんな風に戦いの幕を落としはしなかった。

 

 エミヤシロウは一体何者であるのか。

 答えは単純だ。

 戦士でもなく剣士でもない。ましてや騎士などであろうはずもない。

 

 ただ自らの裡に入り続け、幾度となく造り出し続ける者なのだ。

 

 エミヤシロウに出来る事は一つ。自らの裡に埋没し、造り出し続けること。

 

 詰まる所、俺たちの戦いは『剣製の競い合い』なのである。

 

 それだというのにこの男は、俺たちの本分を忘れたかのように剣を振り上げる。

その表情はまるで狂戦士のようにすら感じられた。

 

 

 対峙したのは、四つの刃。互いに手にする得物は同じ。 

 まるでそれらは互いを引き寄せ合うように打ち交わされ、刹那の華を散らしながら弾け合う。

 

「ーーーーっ!」

 

 一合打ち交わし、アーチャーの顔に不満な色が浮かぶ。

 流石は錬鉄の英雄の異名を持つだけの事はある。たった一度刃を重ねただけで、俺の手にした剣の本質を見抜いたのだろう。

 いや、見抜いたではなく『確信した』という言葉の方が正解だろう。この男は幾度となく、俺の戦いを観察してきたのだ。そう思い至るのには十分に時間はあったはずなのだから。

 

 そもそも俺とアーチャーは『同一のもの』なのだ。

 ならば俺の剣の精度が、アイツのモノに劣る事など有り得ない。

 

 アイツは俺の魔術を何度も目にし、そう予測しながらも認めはしなかったのだ。だからこそ今になって、俺の力を目にし納得し、激昂しているのだろう。

 

「ーーなんだと、言うのだ……貴様はあぁぁぁ!」

 

 弾けた反動を利用し、身を翻しての莫耶による一閃。

 上方から振り下ろされるそれを自らの莫耶で受け止め、左に構えた干将を横に薙ぐ。

 速く、繰り出しうる最大の速度でそれを振るう。

 

「ーーーーッ!」

 

 ガチリ

 

 柄まで確かに伝わってくるのは、何かを叩き斬った鈍い感触。

 月が雲に隠れ視認する事は難しいが、おそらく俺の干将はアーチャーの身に纏った黒のアーマーに傷を負わせたのだろう。

 

「ーーなん、だと!」

 そう。魔術も同じ。造り出したモノも同じ。ならば剣筋すら同じであると考えたのだろう。しかし予想より上の動きをした事に動揺したのか、間抜けにもそんな言葉を吐き出すアーチャー。

 

「ーーんなの、大、間違いだ……ッ!」

 

 次々と繰り出される剣戟の行く手を遮りながら、自分でも驚くほどに苦悶に満ちた声を吐き出してしまう。

 事実この腕は……そして身体は、見舞われる衝撃に悲鳴を上げている。

 アーチャーの繰り出す剣の冴えは、擦り傷ではあるが次々に俺にダメージを与えている。少しでも力を抜けば、狂気の刃に身を切り裂かれるのは想像に容易かった。

 

 先の戦いから、ライダーとの戦いから、俺は学んだ。

 『人間の身で、英霊に勝利する事は出来ない』と。

 ならばどう戦えばいいのか。それも答えは簡単だった。

 

「ーーーー結局、お前は……俺なん、だよ」

 

 そう。かつてのオレが実戦の中で剣技を読み取り、その魔術さえ手に入れた。既にそのアドバンテージを積み重ねた俺が何を出来るのか。

 それは想像し続けることだった。アーチャーがどんな戦い方をするのかを。

 描き続けてきた、俺がオレを超えうる術を。

 そしてその長過ぎる過程の中で俺はアイツの経ていない道のりを歩いてきた。オレが全く知る由もない出会いが、更に俺に強くなる切欠を与えてくれた。

 

 あの魔術師が、そしてあの二人が、俺を一つ上へと導いてくれたのだ。

 

 

「何を、世迷い言を!」

 

 振るわれる双剣の軌道。

 こめかみと胸部を正確に断ち切る一閃。

 

「ッーーフッーー!」

 身を捻りながらその軌道から自らを逸らし、両の手に持った得物でそれを受け流す。

 無理に体重移動をしてしまったからだろうか、身体から力が抜け落ち膝をついてしまう。

 

 

 それを好機と見たのか、追い打ちをかけんと崩れゆく俺の脳天目掛け、

 

「はあぁぁあ!」

 

 黒白の双剣を振り下ろした。

 

 

「あーーーーー」

 

 ダラリと下がった腕をすぐに上げる事は出来ない。

 防ぐ事が出来たとしても、おそらく致命傷を負う事は必定。ならば導き出す答えは一つ。

 

「ーーぐーーーーッ!」

 

 バチリ。頭の中で火花が弾け飛ぶ。

 無理矢理の魔力公使。力を失っていたはずの脚部を強化し、一気に横に飛ぶ。着地などを考えている場合ではない。こんな所で終わってしまう事の方が恐ろしいのだから。

 

 自らの剣を投げ放ち、地面を転がり不格好になりながらも身体を起こす。

 歩数にしておおよそ十歩。この距離ならばアイツであればものの数瞬で間合いを詰める事が出来るはずだ。しかし更なる追撃はない。

 

「……だ……よ。来ない、のかよ?」

 

 肩で息をしながら、嫌みをこめてアーチャーに呟く。

 しかし返される言葉はない。ただ受取手は俺の言葉などは気に介さず、ただ自らが投影した剣をジッと見つめるだけ。

 数分、雲の切れ間から再び月の光が降り注ぎ始めるまで、アーチャーは黙したまま動く事はなかった。

 

 

「なるほどな。これで得心がいった……!」

 

 その言葉は総ての疑問が晴れたように、澄んだ声で響き渡った。

 俺と刃を打ち交わす中で、アーチャーは読み取ったのだろう。

 

 俺たちが共に経験した守護者としての記録、俺がオレに敗北を期した記憶を。

 そして俺がこの聖杯戦争に至るまでの、アーチャーが経験する事のなかった出会いを。

 

「やはり貴様は衛宮士郎ではなかった。オレに近い……いや、オレそのものであったのだろう」

「あぁ、それはお前の想像に任せるさ」

 

 次第に息が整い、ハッキリとそう言葉にする事ができた。

 無理に強化をかけた脚部も、どうにかこのまま戦いを続ける事が出来るほどに回復している。

 

 アーチャーの言葉。それはあまりに意外だった。

 あれほどまでに執拗に、俺を衛宮士郎と認めないと言い続けてきたこの男が、今更こんな事を言うなんて。

 

 だがその目はどうだ。こちらを睨みつけるその瞳は。

 否定し、否定し尽くしているではないか。

 

 ただ俺の辿ってきた道が、俺の手にするこの剣が、ただ同じであった。

 その在り在りと俺が示した事実を、この男は反芻したに過ぎないのだ。

 

 ならばとアーチャーは続ける。

 

「何故選ばない……」

「選ぶって、一体何を言ってるんだ」

「何故貴様は、自ら消える事を選ばないのだ!」

 

 再びその身が爆ぜる。まるで弾丸を思わせるその疾走は、一瞬姿を見失いかけてしまう。

 必死に目を凝らし、アーチャーの動きを捉える。手には未だに黒白の双剣。振り下ろされたそのキレは全く変わらず凄まじいものがあった。

 

「ーーーーぐ」

 これでは確かに受け続ける事しか出来ない。

 この激情の渦に流されぬよう、必死に自らも手に現した干将、そして莫耶に力を籠め続けた。

 

「貴様は自らが選んだ道に後悔したはずだ!」

 怒号が響く。悲鳴にも似たその言葉はあまりに悲しい。

 

「正義の味方になるなどと強迫観念にかられ、走り続けた事を後悔したはずだ!」

 それはエミヤシロウの……今のこの男の思いだ。決して今の俺自身の思いなどではない。

 

「かつての自分を殺そうとしたのだろう? 自らの間違いに気付き、それを為そうとしたのだろう?」

 そうだ。アーチャーの言う通り、俺はそれを為そうとした。

 しかしそれは最早過去の話だ。今は違う。

 

「あーーーーーーく!」

 

 衝撃に体を弾き飛ばされながらも、どうにか踏みとどまり剣を振るい続ける。

 

 もう何度、剣を造り出し続けただろう。

 ジリリと頭が痛み、体は魔力不足を必死に訴えていた。

 

「ならば何故未だに生きているのだ。何故生きてこの聖杯戦争に再び身を投じているのだ。やはり貴様は……衛宮士郎という人間は、そこまで壊れ果てた人間なのか!」

 

 その言葉から感じられたのは淡い期待だった。

 自分と同じならば、抱く答えも同じなのだと。

 

「違う……とは言わない」

 

 そうだ。違うなどと言えない。

 

 親父から受け継いだ理想を果たすため、俺は足掻きながら進み続けた。

 しかし後悔がこの心を蝕み始めた。

 後は言うまでもなく破綻が待っている。

 

 自分の歩んできた道を否定し、自分が抱いた理想すら借り物だと侮辱し、歩み始める前の自分自身を殺そうと思い至った。

 だからアーチャーの言葉に対し、俺が否定出来る事なんて何もないのだ。

 

「……ならば、何故!」

「教えてくれた。思い出させてくれたんだ! 俺が……いや、俺たちがかつて歩んだ道は間違っていなかったって」

「都合の良い事を言うな。何をしようとも貴様の罪は消えない。これまで積み上げてきた後悔がなる事はない。貴様は、衛宮士郎は決して変わる事など出来ない!」

 

 幾度目かの剣の衝突。

 刃を合わせ、鍔迫り合いに持ち込みながらアーチャーは変わらぬ語調のまま続ける。

 

 罪は消えない。

 後悔もなくならない。

 そう。その通りだ。それは俺の中で常に根付いているものなのだから。

 

 それでも前に進み続ける。

 

 消えないのならば、贖罪の為に生き続ける事を選ぶ。

 なくならないのならば、見えなくなるほどに正面を向き続ける。

 

「俺の生き方は変わってしまった。いや、きっと誰だっていつからでも変われるんだ」

 

 それを気付かせてくれたのは最初に守ろうとした彼女。

 そしてその決意をくれたのは……。

 

「俺は、今のエミヤシロウは彼女の為に、間桐桜の為に生きていたい! だから何度でも言ってやる。俺はシロウ、エミヤシロウだって……」

「だから貴様はッ!」

 

 左の干将をこちらに押し付けながら、莫耶を上方に振り上げる。

 狙いは脳天。真っ二つに俺を叩き斬るつもりなのだろう。

 

「ーーーーはあああああああああああああああああああ!」

 

 渾身の力を籠め、干将を押し返し一歩踏み込む。

 叩き斬られる恐怖。そんなものを気にしていては先になど進めない。

 そんなものより、より恐怖する斬撃と俺はもう既に打ち合った事があるのだから。

 

「ッ……」

 

 更に一歩、アーチャーの体勢が崩れる。

 それに追い打ちをかけるように、受けた干将を押し返し、莫耶で袈裟に斬って返す。

 苦悶に歪むアーチャーの表情。致命傷とまではいかない。

しかし確かな傷をこの男に負わせ、再び間合いが開いた。

 

 苛立ちの表情を向けながら、先までの饒舌さが嘘であったかのように黙りこくるアーチャー。

 

 ならば次は俺の番だ。

「おい、アーチャー……よく聞け。俺は……」

 双剣を一度破棄し、掌を見つめながら呟く。 

 

「俺は、エミヤシロウだよ。誰に誇る訳でも、宣言する訳でもない。」

 

 もうこの事だけは、迷う事などない。

 

「ただ一人の女の子を救いたい……身勝手な男だ」

 

 正義の味方を目指した末に、俺が見つけた身勝手な答え。

 俺から生まれた、俺だけの答えだ。

 

「理想を捨てる? オレの知る衛宮士郎は……違う、違う違う違う! やはり貴様は違う!」

「言っただろ? 俺はその雛型から外れちまったんだ。今更戻すなんて……この気持ちを止めるなんて、出来るかよ」

 

 それはきっと、この男が一番良く理解しているはずなのだから。

 そして、衛宮士郎の生き方を頑に決めつけたままなのも、きっとこの男なのだ。

 

「ーー認めん」

 剣を破棄し、そう呟く。

 

「ーーーー認める事は、出来ない」

 下を向き、分からなかった表情がハッキリ見える。

 憎悪、嫌悪、今まで向けられていたものではない。

 

 ただ決意と、冷えきった表情がそこにはあった。

 

「ーーだから終わらせる。オレの総てで、貴様を終わらせるーー!」

 

 ただ俺を真に亡き者とするという決意だった。

 

 

 

“I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)”

 

「結局、こうなるんだな」

 そう。こうしなければ、俺たちの戦いは終わらない。

 いや、終わらせて良い訳がない。

 

“Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で 心は硝子)”

 

 この詞の通り、心はいつも砕かれ続けていた。

それでも前を見ようと、必死に喘いで進み続けた。

 

「出し惜しみは、なしってことか……」

 

 

“I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)”

 

 

「そうだ。オレたちが真に競い合うならば、その場が相応しい」

 

“Unknown to Death. Nor known to Life.(ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない)”

 

“Have withstood pain to create many weapons. (彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う)”

 

「あぁ、なら来いよエミヤ……次で、ケジメだ」

 

“ Yet, those hands will never hold anything.(故に、生涯に意味はなく)”

 

“So as I pray……(その体は、きっと……)”

 

「行くぞ、エミヤシロウーーッ!」

 

“……unlimited blade works.(剣で出来ていた)”

 

 

 目の前に広がった。

 

 鉛を垂れ流したように重々しい空。

 荒れ果て、目も当てられないほどの赤く焦げた荒野。

 

 そして、剣の丘。

 

 まるで墓標のように突き立つ剣こそ俺たちの造り出す事の出来るモノ。

 

 俺たちを指し示す心象風景が今、俺たちの総てを包み込んだ。


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