本編第十二話の最後からの分岐となります。
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異世界生活十五日目。
『ねぇ。トキヒサちゃん。もしこれからの予定が決まっていないなら………………アタシと一緒に行かない?』
以前イザスタさんから言われた誘いの言葉を、俺はふと思い出す。あれからもう十日か。それなりに経ったものだ。
あの時俺は誘いを受けるべきだと思った。断る理由も特にないし、そのこと自体は今でも間違っていないと思う。ただ、
『……すみませんイザスタさん。今はその誘いは受けられません』
『あら……どうしてか聞いても良い?』
『急な話でしたから、心の整理をする時間が欲しいんです。……すみませんが、次に看守さんが来るまでに決められそうにありません』
『そう。まあ確かに急な話だもの。仕方ないわねん。……良いわ。明日まで待つから、その時お返事を聞かせてちょうだい。アタシは一足先に出所するけど、その時に言ってくれれば良いから』
時間内に決められなかった俺を、イザスタさんは咎めなかった。むしろ急かしてしまったとばかりに申し訳なさそうな顔をした。謝るべきはこっちだというのに。
そしてその日の夜、イザスタさんは自身の出所をディラン看守に申請した。
結果として、翌日ネズミ凶魔の襲撃があった時、俺はイザスタさんに着いていくことが出来なかった。申請をしていない以上、イザスタさんはともかく俺は囚人のまま。外に出ればスライム達が俺を取り押さえることになるからだ。
『トキヒサちゃんはここでスライムちゃんと一緒に待っていて。この凶魔がどこから来ているかちょっと調べてくるわ。……大丈夫! ちゃっちゃと片付けて戻ってくるわ。戻ってきたら……その時に昨日のお返事を聞かせてねん!』
そう言ったイザスタさんはとても張り切っていた。もしかしたら無事事件を解決し、良いところを見せようとしていたのかもしれない。そうすれば俺が一緒に行くことを了承してくれると。そんな事をしなくても、俺の返事はとうに決まっていたというのに。
だが、それきりイザスタさんは戻ってくることはなかった。
後でやってきたディラン看守によれば、凶魔を呼び出していた悪党を撃退したものの、そいつは去り際に空間に裂け目のような物を創っていったという。
そこに吸い込まれた少女を助けようと自身もまた裂け目に飛び込んでいって、今もまだ連絡がなく行方不明らしい。イザスタさんは俺なんかよりよっぽど善人じゃないかと思う。
そして襲撃の二日後、俺は普通に出所することとなった。イザスタさんが、俺に内緒で出所用の金をディラン看守に払っていたのだ。おそらく俺の答えによっては、サプライズ的に出所という流れにしたかったのだろう。
俺が考えた上で誘いに応じることを読まれていたのも、別に悔しいとは思わない。イザスタさんならやりそうだ。
肝心のイザスタさんが居なくなった後、金をネコババすることも出来ただろうに、ディラン看守は俺の出所の手続きを済ませてくれた。
実はイザスタさんが裂け目に飲み込まれる寸前、俺のことを宜しくと頼んでくれたらしい。どこまでも頭が上がりそうにない。
あの最初の誘いに応じていたら。もしイザスタさんと一緒に牢を出てネズミ凶魔の出どころを探っていたら。あるいは俺も助けになれたかもしれない。時々そんなことを考える。
「……もしそうなら、どうなっていたかなぁ」
「お~い雑用! 早く次の皿を洗え。まだまだ沢山あるんだぞ!」
「あいよっ! ただいま」
考え事をしていて手が止まっていたらしい。だけど全てはたらればだ。今は料理長が怒りだす前に早いとこ仕事をやらないとな。
ここは王城の厨房。俺はいま絶賛雑用係として皿洗い中だ。
人間兵士だろうが文官だろうが貴族だろうが腹が減る。城に出入りする人は当然多く、その人達の食事の量となると毎日膨大だ。そして食事をすれば当然片付けが必要であり、俺の目の前には食器が山と積まれている。
俺は目の前にある大量の食器を一枚ずつごしごしと洗う。俺に料理の才能はないし、最初の頃はあまりの多さに苦戦したもんだけど、何日もやっていれば要領も分かってくる。今では鼻歌を歌う余裕も出るくらいだ。
少しずつ食器の山は切り崩され、遂に自分の分の最後の一枚を洗い終わった。……う~むピカピカだ。我ながら上手くなったものだ。
「料理長。食器洗い終わりました」
「ご苦労さん。……そろそろ時間だな。今日はもう上がんな。いつものように裏に賄いを用意してあっから」
「はい。ありがとうございます。それではお先に失礼しますね」
戦うコックさんって感じの厳つい風貌をしている料理長だけど、王城の料理長だけあって料理の腕は間違いなく達人だ。賄いとは言えその料理は絶品。
俺はしっかりと一礼すると、他の人達に挨拶しながらウキウキ気分で従業員用の食事スペースに向かった。
「ああ。食った食った」
俺は用意された自室に戻り、備え付けられたベッドにダイブする。
たらふく夕食の賄いを食ったことによる満腹感と、今日一日たっぷり働いた疲労感。そしてそこまで柔らかくはないものの、牢屋とは比較にならない寝心地の良さについウトウトしてしまう。
このまま寝たらきっと気持ち良いだろうな。……寝ちゃおうかな。いやしかし明日の用意とか……ダメだ。瞼が重くなってきた。
コンコンコン。
「……は~い。今行きま~す」
扉をノックする音に目が覚め、ベッドの誘惑を振り切って立ち上がる。
眠気が飛んだのは良いのだけど、良い気分でウトウトしていた所を邪魔されたという気持ちもなくはない。感謝八割逆恨み二割の気持ちを込めて、やや乱暴に扉を開ける。
「トキヒサ・サクライ。報告の時間だ。……一緒に来てもらおうか?」
そこに立っていたのは頬の少しこけた神経質そうな男。以前牢屋で俺の取り調べをした役人のヘクターだ。
「ああ。もうそんな時間でしたか。……疲れてるからもう少し休んじゃダメ?」
「良いから来い。閣下はお忙しいのだ。待たせるな」
拝むように頼んだのだがバッサリと断られた。取り付く島もないのは最初に名前を聞いた時から相変わらずか。数日の付き合いだけどまだどうにも仲良くなれそうにない。
「まったく。分かりましたよ。……だけど今戻ったばかりだから、身だしなみを整える時間くらいくれませんか? すぐ済みますから」
「…………仕方ない。急げよ」
俺が着ている服がヨレヨレになっているのを見て取ったのか、ヘクターは渋々扉を閉めた。……ふぅ。じゃあ目上の人に会う訳だし、少し着替えるとするか。
俺は以前支給された、雑用に向いているけどちょっと汚れて皴になりつつある服を脱いで畳み、代わりに一張羅であるこの世界に来た時の服に着替える。
アンリエッタとの通信機を鏡代わりにし、身なりを軽く整えれば準備万端。
「貴重品……と言ってもカギ以外特にないし、荷物は置いていっても良いか」
部屋の隅に置かれた私物のリュックをチラリと見て、そのままカギだけ持って部屋を出る。
「お待たせしました」
「早く行くぞ」
扉にカギをかけていると、ヘクターはそのままさっさと歩いていく。ちょっ!? ちょっと待ってよ! なんでこうせっかちなんだよ。俺は慌ててヘクターの後を追った。
コンコンコン。
「ヘクターです。トキヒサ・サクライをお連れしました。閣下」
「入りたまえ」
「はい。失礼します」
ノックの返事を待ち、ヘクターは静かに扉を開ける。偉い人ともなると、自分から立って迎えるという事はあまりしないのだ。俺はヘクターの後に続いて部屋に入る。
部屋は豪華とは言わないけどいかにも高級そうな調度品ばかり。その部屋の主、王補佐官なんて大層な肩書を持った爺ちゃんのウィーガス・ゾルガさんは、こちらに目を向けることなく“光球”の明かりを頼りに何か書き物をしていた。
わざわざ光球にしなくても、蝋燭か何かで良いような気もするんだけどね。前にそう聞いたら、こっちの方が光量を調節できるから書類が見やすいらしい。そんなもんかねぇ。
「ご苦労だったヘクター。……私は少しその者と話がある。席を外してもらえるか?」
「しかし閣下。私はっ!?」
「……ヘクター」
ヘクターは何か言おうとしたが、ウィーガスさんに再度言われるとそのまま一礼をして部屋を退出した。……出際にこっちを睨まないで欲しい。言ったのはこの爺ちゃんだからねっ!
そうしてヘクターが居なくなり、部屋の中には俺とウィーガスさんの二人だけとなる。相変わらずこの爺ちゃんは書き物ばかりで、ペンを走らせる音のみが静かな部屋を支配する。
……気まずい。何か話があるから呼んだんじゃないのっ!? この爺ちゃん威圧感が半端ないんだもの。早いところ終わらせてくださいよっ!
「…………まずは今日の報告を聞こうか」
「報告って程のことはないですよ。いつものように周りの人達の手伝いをしてるだけです」
牢獄の襲撃の後、俺は紆余曲折あって、現在目の前にいる偉い爺ちゃんの部下のような仕事をしていた。
襲撃の後出所出来たのは良かったのだが、町中にも凶魔が暴れ回ったらしく見て回るどころではなかったのだ。
イザスタさんと一時的に拠点とするはずだった宿、“笑う満月亭”も一部が破壊されて休業状態。他に泊まるあてもなく、どうしたものかと途方に暮れていた所、やってきたさっきのヘクターに連行されてウィーガスさんの前に突き出された。
『ようこそトキヒサ・サクライ。いや、こう言い直そうか。“『勇者』のなりそこない”よ』
ウィーガスさんは何故か俺が異世界から来た者、こちらで言う『勇者』であると知っていた。理由を聞くと出現した場所や身なり、ヘクターによる質問の内容や牢獄で採取された血なんかを調べて推測したらしい。
なりそこないという言葉にはやや引っ掛かるが、実際時間がずれて国の召喚に間に合わなかったのは確かだ。その意味ではなりそこないと言っても間違いではない。
『さて、長話は好かないので単刀直入に聞くとしよう。トキヒサ・サクライ……
俺の中のウィーガスさんのイメージが、油断ならない黒幕系爺ちゃんに固定された瞬間だった。
第一話いかがだったでしょうか? この作品ではもしもこうだったらの話を書いていく予定です。
あくまで筆休めの外伝なので不定期更新ですが、好評でしたら今のストックを終わらせた後また続きを書く所存です。
皆様の反応を何かしら頂ければ幸いです。