『……ププッ。ダメ……もう無理。あ~っはっはっは!!』
「笑い事じゃないってのっ! まさか普通に逢引きと勘違いされるとか……」
その日の夜中、自室でいつものようにアンリエッタに今日のことを報告する。だがいきなりアンリエッタときたらこの通りの大爆笑。いやそこまで人の不幸を笑うことないだろうに。こっちはこっちで大変だったんだぞ。
『まあそこはすぐに誤解が解けたから良いじゃないの。結局その後どうなったの?』
「見てたなら知ってるくせに。自己紹介の後明も含めて皆で夕食会だよ。まあ明はどちらかというと、
初対面で少し話しただけだったけど、明は実に気の良い奴だった。物腰は穏やかだし、きちんと説明すれば話が分かるタイプって奴だ。そもそも月村を訪ねてきたのも、月村が最近食事もろくに摂らずに引きこもっているのを心配してのことのようだし。
持参した食事はどれも、腹持ちよりも栄養を重視したものばかり。食べ盛りの人が食べるにはやや物足りないが、身体の調子の悪い女子学生が食べるなら丁度良いくらいの品だ。最悪月村が夕食を食べていないようであれば、自分の分を渡す算段だったのだろう。
「まあ月村がしっかり自分の分を食べていたのを見て安心したんだろうな。すぐに持ってきた分を食べ終わって、少し雑談をしたらそのまま引き上げていったよ」
『そのようね。それで……アナタは何てユイに紹介されたんだったかしらねぇ?』
「だからニヤニヤ笑いながら言うの止めろって。ただの雑用係……
自己紹介の時、流れとは言えなんでまたあんな風に説明しちゃったかな月村め。ただの毒見役か雑用係って言ってくれればよかったのに。あれを聞いた時の明の顔といったら……非常に複雑な顔をしてたぞ。
普通偉い人の付き人というのは、それなりに厳しい基準の下で選ばれる。能力は当然として素性などもばっちり調べられるのだ。それなのに俺ときたら、能力はそんなに期待できない上に素性も確かじゃない。というか別の世界だ。調べようがない。
「さらに困ったことに……その月村が適当に言ったことが普通に通りそうなんだよっ! あの爺ちゃんも余計なことを」
『というより、
夕食の後でのウィーガスさんへの報告の時、なんと向こうからそのことについて言及してきたのだ。どうやら部屋でのことを監視か何かしていたらしい。
おまけにわざわざ「付き人の件はこちらで手を打っておく。欠員に一人ねじ込むことなど造作もないことだ。……なに。君は何も心配することはない」なんて顔色一つ変えずに言ってたもんな。
考えてみれば、今日メイドさん達が通りかかるのを見たのはあの場所で掃除するようウィーガスさんから指示を受けたからだし、珍しく午後の仕事は始まりが遅かった。
俺が『勇者』に興味を持っていることは当然向こうも知っているし、おまけに話をする時間まであるとなれば食いつく可能性は充分だ。
『ユイは精神的にまいっていた。それは食事を摂ることにさえ支障が出るレベルで、このままじゃ『勇者』として使い物にならない。だからウィーガスは何か刺激を与えるためにトキヒサとバッタリ会うよう仕組んだ。といった所かしらね?』
「……俺はカウンセラーじゃないってのに。最悪もっと悪化することだってあり得たんだぞ」
『それならそれで良いと考えたんじゃない? もし失敗して月村が本当にどうにもならなくなったとする。そうしたらその代わりにアナタを据えれば良いもの。アナタなら大なり小なり責任を感じてその分は協力しようとするだろうしね』
あの爺様ならやりそうだなホントに。……やはり好きになれない。そんなのが一応の上司かと思うと嫌になるな。俺は頭を軽くかきむしる。
「まあなったらなったで、礼儀作法とかはよく分からないけどやれるだけのことはやるさ」
『そういう所は律義よねぇ。あくまで雑用係と兼任という所もアナタらしいわ。むしろ相手側から雑用係を辞めさせに来るかもよ』
「そりゃあ向こうから辞めろと言うんだったら仕方がないけどな、そうじゃないなら続けさせてもらうだけだ。どこもかしこも手が足りてないんだから」
とは言ったものの、結局の所仕事の配置はウィーガスさん次第なんだよな。付き人に専念しろと言われたらそれまでだし。せめてやりかけの分くらいは終わらせたいんだけどな。
『まあ前向きに考えたら? 雑用係から『勇者』の付き人に出世ってことで。給料も上がるかもしれないわよ?』
「その分諸々のしがらみが増えて身動きとりづらくなるっての。……だけど、月村を放っておく訳にもいかないしな」
あの爺ちゃんの思惑に乗るのは癪だが、このまま放っておいたら月村にどんな影響があるか分からない。今日見た感じだと明も気にかけてはいるようだが、何だかんだ二人は今日まで話せなかったみたいだしな。またしばらく会えないなんてことになったらマズい。
俺はカウンセリングにかけては門外漢だけど、こういう場合誰でも良いから話し相手が多いに越したことはないと思う。少なくとも一人で溜め込むだけよりはまだマシだろうから。
「街の復興はまだまだだし、城の中の人手が足りないし、他の『勇者』のこともまだ知っておきたいしとやることが多すぎる。おまけに月村の付き人もやらなきゃいけないとなると大忙しだ」
『それでも投げ出すつもりは無いんでしょ?』
「自分の中で納得がいくまではな。……“相棒”が聞いたら呆れそうだけど、俺は関わった人が嫌な目に遭うのはなんか嫌なんだ」
たった一日手伝っただけの関係もある。少し一緒に食事をしただけの人もいるな。月村なんかまさにそれだろう。……こっちとの共通点といったら同郷であるということぐらい。だけど、助ける理由なんかそれだけで十分だ。
「それに、どうせならまたイザスタさんに会った時に言いたいじゃないか。あの時一緒に行けなかった代わりに、俺はこれだけのことをやりました。イザスタさんの払ってくれた出所代のおかげですって。
イザスタさんは多分無駄とかそんなことは思っていないだろうけど、
そんなままじゃいられない。例えイザスタさんが認めても、他ならぬ俺自身が認められない。
『……はあ。アナタも大概難儀な性格をしているわね』
「男はね、美女や美少女の前だとカッコつけたがるもんなんだよ。これもまた」
『ロマンって言うんでしょ? 分かってるわよ。……まあそれだけの寄り道をしてなお課題を達成出来れば、それだけ評価が高くなるか。こうなったらきちっとやり遂げなさいトキヒサ』
「分かってるって。きっちりアンリエッタの分も稼いでやるよ」
『ワタシの手駒なら当然ね』
そうして俺達の通信は終了した。
やることは多く前途多難。だけど、そんなのは異世界じゃなくても普通にあることだ。今自分に出来ることを一つ一つやっていこう。いつかまた、イザスタさんに会った時に胸を張れるように。
「そう言えば、一つ聞き忘れたことがあったんだ」
『何よ改まって』
俺は先ほどの一度目の通信の終了の後、すぐさま
「俺がこの世界に跳ぶ直前、見せてくれた映像があったろ? あれって起こりえる可能性の高い未来って話だったよな?」
『そうね。絶対じゃないけど、邪魔が入らなければおおよそこんな感じになるという未来。実際はあの中に割り込ませる予定だったのに惜しいことをしたわ』
「だよな。……となると俺が来る直前に未来が変わった訳か。何とも妙な話だな」
俺が来たことでとか、行く時の誰かの妨害の余波でって言うんなら分かるんだけどな。実に不思議だ。
『ちょっと待って。いったい何の話?』
「いやな。夕食の時からどうにも違和感があったんだけど、今にして気付いたんだ。
『メンバー?』
アンリエッタが首を傾げる。そうしていると普通に外見通りの女の子みたいだ。中身は守銭奴だが。
「そう。『勇者』のメンバー。……だって今日初めて会ったけど、
悪い奴ではないのだろう。それは話をして俺が感じたイメージだ。だけど……それじゃあアイツはいったい誰なんだろうな?
ひとまずですが、これでこのIFルートは終了となります。あくまでIFなので続きを書くかどうかは未定ですが、もしこのルートの続きが読みたいというコメントなり評価なりが来たら書くかもしれません。
ここまで付き合っていただいた読者の皆様に感謝を。