ヒストリアの兄でございます。 作:ヒストリアの兄
感想に関してはネタバレしたくないのでほとんど返してませんが、きちんと見てます。
みなさんありがとうございます。
1
普通ではあり得ない巨体。優に5mは超えているその体は、不規則に左右に揺れながら、ニタニタとした笑顔でフリーダを見つめていた。
「気持ち悪い。なんで殺される寸前までニタニタと笑ってられるんだ……?」
刃を抜刀。昨日、一部で見せた狂人の顔はなく、普段の鉄仮面に戻ったフリーダは、目の前で揺れる巨人に向かってアンカーを突き刺した。
ガスを蒸し、ファンを回す。一気に巨人の背後を回り込んだフリーダは二本の刃で巨人のうなじを刈り取った。
トロスト区掃討戦___。
昨日の奪還作戦が成功し、人類史初の勝利を掴み取った兵団は、トロスト区に残存する巨人を始末していた。フリーダはその中でも、榴弾では駆除できない街の中央にいる巨人の排除を任せられている。
そんなフリーダの動きを少し離れたところで見る者がいた。名を調査兵団分隊長ハンジ・ゾエ。
「あらー。本当にすごいね。動きがどこぞの兵士長様だ」
ハンジは右手を額に当てながら感心深げに言う。そんな言葉が気に食わないのか、隣り合って立っていたオルオが舌打ちを繰り出した。
「あいつがッスか? 全然そう言う風には見えませんけど」
ハンジはそんなオルオの態度に肩を竦める。長年、巨人との戦いに身を投じていたハンジの眼は確かであり、そんな眼を疑うように食ってかかったオルオの眼は半人前である。どちらが正しく人間を評価できるなど、第三者から見ても明らかであった。
「オルオはフリーダの噂、聞いてないのー? 奇跡の訓練兵だって。なんでも前衛部での唯一の生き残りだったらしいよ」
「でも、奪還作戦時にはいなかったンスよね。腰抜けじゃないッスか」
オルオの言うとおり、フリーダは最後の奪還作戦の時に姿を現さなかった。駐屯兵団の先鋭部隊を率いていたイアンが彼を探していたのに、最後まで見つからなかったことからして、参加していないのは明白である。あれだけの腕前を持っているのに、人類への貢献を彼は放棄したのだと、周りはそう判断していた。
しかし、敵前逃亡したと思われていたフリーダは、こうして一番危険であるはずの掃討戦に参加している。傍から見て彼のしたいことは誰にも分からなかった。前衛部で巨人の恐ろしさに屈したとか、実は報告していないだけでどこか体を痛めていたとか、仲間割れしたせいで気まずくなったとか、いろいろな憶測が駐屯兵団や訓練兵の間で流れているが、誰も彼に真実を確かめようとする勇者はいない。
「そうだよね。それが少し謎の部分。こうやって残存する巨人を掃討してるのを見る限り、恐れをなして逃げたとは思えないし……」
「まあ、とにかく。敵前逃亡する兵士なんざ、俺からしたら論外ですねー」
オルオの軽いその言葉に、ハンジは思わずやれやれと言った様子で自身の頭を抑える。
「全く。どうせ討伐数が越されそうで焦ってるんでしょ」
「な、なんのことッスかっ!!?」
そうオルオが尋ねた瞬間。図星をつかれて焦りすぎたせいなのか、彼は舌を盛大に噛んでしまうのだった。
さて、そんな話が少し離れているところで繰り広げられているとは露知らず、フリーダは迫りくる巨人を殺して回っていた。淡々と機械人形のように、あらかじめ組み込まれたプログラムを実行する。
彼が単独で討伐数7を超える頃には、一緒の班である全員が呆れた顔をしていた。
「フリーダ、出すぎ。カバーしきれない」
アニがフリーダの横に降り立ち言う。
「これくらい一人でやれる。いつまでも負んぶに抱っこのガキじゃないんだ」
フリーダは刃を仕舞い、単眼望遠鏡で辺りを覗きながら軽くそう告げた。
「確かに。ジャンボーは似合ってるけど、フリーダボーは語呂が悪い」
アニが違う家屋に立っているジャンを見つめる。いつの日かジャンのお母さんが兵舎に訪れて醜態を晒した時のことを思い出す。
「おい!それは忘れろよ、お前ら!!」
カッ顔を熱くしたジャンは身振り手振りで己の恥をかき消そうと叫んだ。思春期の男子でもあれば、やはり母親関連のネタはとても胸に刺さるのだろう。
そんな光景を見ながら、アニとフリーダの横に立つマルコは笑う。
「ははは、アニとフリーダって実は仲が良かったんだね」
その言葉にアニはピクリと眉を動かした。
「……さあ。そう見えるならそうなんじゃない?」
アニは静かにそう言ってフリーダの横顔を見る。フリーダはマルコの言葉に興味がないのか、もしくは聞いてすらいなかったのか無反応だ。それに呆れたアニは、さっと顎を逸らした。
「次だ。性の喜びも知れない奴らが、肉を貪りにきたぞ」
そう言ってフリーダは巨人を殺すために、再び刃を抜いた。
こうして、トロスト区内に閉じ込めた巨人の掃討戦には丸一日が費やされ、その間、壁上固定砲は絶えず火を吹き続けた。
壁に群がった巨人の殆どが榴弾によって死滅し、僅かに残った巨人もフリーダ達少数の訓練兵や調査兵団などによって掃討された。
その際、巨人二体の生け捕りに成功。実験体として調査兵団が管理することとなる。
掃討戦が終わった後は、兵士や民間人などの死体処理があった。感染病などの二次災害を防ぐためにも、これまた早急に取り組まれる。兵士は巨人がいなくなった後も忙しなく動き続け、ようやく一息つけるのはトロスト区奪還作戦から、丸二日が立った頃であった。
2
燃える死体群。腐敗した肉の臭気と、煙の嫌な臭いが混ざり、溶け合い、空気に霧散する。
火の山を見つめながら、コニーは頭を抱えて幸せだった訓練時代を思い出す。
仲間と馬鹿やっていた思い出。辛い訓練を共に励まし合い乗り越えた思い出。問題事に首を突っ込んでそれを解決した思い出。
どれも黄金のように煌めいては、二日前の地獄を思い出し陰り消えていく。
ばちばちと燃える音と一緒に聞こえてくるのは、他の仲間が咽び泣く声。親しかった者を亡くした悲しみで泣いているのか、生き残った実感を得て泣いているのかは、コニーに分からない。ただ、彼ら彼女らの慟哭と共に何かしらの感情が発散されていく。
目の前に落ちている灰を掴んでみる。手を開けば、その粉は宙へと儚く舞ってしまう。人間の体は最終的になんの意味もない塵芥へと変わってしまう。その事実がひどくコニーを憂鬱な気持ちへとさせた。
「トーマス、ナック、ミリウス、ミーナ、サムエル、それにサシャ……。他にも数え切れないくらいの仲間が死んだ……。俺たちはこれからどうするべきなんだ? あんなに頑張ったのに、あんなに……やったのに……。全部……無駄だったのか……?」
そう思わずには言われない。兵站行進、座学、立体機動、馬術、対人格闘術、技巧術。どれをとっても、みんなそれなりに努力してきた。点数を稼ぐため、戦場で死なないため、死ぬほど努力をしてきた。
それが無駄だと言うのであれば、人はなんのために努力するのだろうか。
そう思い悩んでいる時、ある言葉が聞こえる。
「フリーダ……?」
誰かがそう言った。まさかこの場にフリーダが現れると思っていなかったのだろう。彼はいつもの殺風景な顔で、静かに燃える死体の山を眺めていた。
コニーはフリーダの顔を見て、顔が熱くなるのが分かる。血液が沸騰し、今にも頭の血管が破れてしまいそうな感覚だった。
コニーはフリーダのところへと駆け寄ると、その面白みのない顔をした奴の胸ぐらを掴む。二日前、彼の言葉で激昂した時のように。
フリーダは胸ぐらを掴んでいるコニーを見下ろす。何もしない。抵抗もしないし、何かを言おうともしない。その様は、コニーの出方を伺い観察しているようだった。
「俺は、あんなことを言ったテメーを許せねぇ。今でもぶん殴ってやりてぇ気分だ」
コニーがフリーダに告げる。怒りの乗った言葉をぶつけてやる。
しかしフリーダはその言葉を聞いて「そうか」と短く返すだけだった。二日前のあの時であれば、皮肉や悪言など腐る程出てきていたはずなのに、今はそれが出てこない。
「っ、なんもねぇのかよ……!」
肩透かしをくらったコニーはさらに掴む力を強める。
正直なところ、コニー自身、彼を殴り飛ばしたい気持ちはあるものの、そこまでフリーダに怒りの感情を覚えているわけでは無い。彼が皮肉屋で口が悪いのなんて前から知っている。あの時の言葉だって、今思い返してみれば少し喧嘩を売られた程度のことだって気付いた。
それでもコニーが彼に突っかかるのは、彼が本音で話してくれないから。彼の本音をコニーは聞いて、共に悲しみを分かち合いたいからだ。ともに三人で過ごしたサシャとの思い出を尊びたかったからだ。
「別に。コニーがそうしたいのならそうすればいい。俺に止める権利はない」
フリーダの覇気のない言葉。感情が無いのか、それとも押し殺しているのか分からない表情。それはまるでトロスト区が陥落する前の彼である。
「なんだよ、それ……。お前はいつだってそうだ!どこか空かした態度で、一歩後ろ下がって傍観してる!本当はサシャが死んだことだって、悲しくねぇんだろ!?」
目の前の男が、平常心を取り戻しているのが気に食わないコニーはそう叫ぶ。喧嘩を売ってきた時のフリーダは、どこか感情を発露させていたはずなのに、今はそれが無い。それがひどくもどかしくて、自分だけが取り残されているような感覚すら覚える。フリーダはとっくにサシャのことなんて忘れてしまったのかと思うと、身が凍えたように震えた。フリーダにとってあの三人の空間は、それぽっちのことだったのかと思うと怖くて堪らなかった。
「……。さあ、分からん」
その言葉に唖然とした。忘れたわけでも、今でも悲しみを感じているわけでも無い。フリーダは自身の気持ちを分からないと、正直にコニーに告げたのだ。
「サシャが死んだと聞いた時、俺は正直嘘だと思った。あいつの死体を見た時も現実味は無かった。でも、あいつの声が聞こえた時、ああ、もうその声は聞けないのかと思った」
「何を言って……」
そこまで言って、コニーはそれがフリーダの本音のようなものだとすぐに分かった。目の前の男が、ぽつりぽつりと自身の気持ちを吐露しているのだと、コニーは理解できた。
「今だから言えるが、俺はなんでも切り捨ててきた。それはもう何でもだ。生きる目的のために全て切り捨ててきた。でも、生きる目的を失って、初めて切り捨てたものをちゃんと見返した。そしたら急に自分が家畜の豚よりも惨めに思えたんだ。アホ面で死んでいく周りの奴らより、俺は惨めに見えた」
コニーは黙るしか出来ない。怒りをぶつけ、本音を引出そうとしていた彼が初めて聞いたのは、フリーダの悲しい独白であった。
「アルミンに丸投げしたのも、あいつが失敗して駐屯兵に串刺しにでもされたら面白いんじゃないかって思った。実際、面白いのかなんて知らないが、それをしたら何か分かるのかなって思った」
なんて悲しい奴だ。コニーはそう思う。すべてを切り捨てすぎた男は、自身の感情がどこにあるのかも分からない。何を持つべきなのか、何を感じるべきなのかも忘れてしまっている。いや、もしかしたら目の前の男は元から、それを感じることのできない男だったのかもしれない。
「コニーに悪言を吐いたのも正直、そうすれば生の実感が湧くと思った。適当に言ってみた。食事の後に手を拭くぐらいの理由。ただ、それだけ。他にも生きる目的を探るために色々やった。自分が何をしたいのか見つけるためにやった。俺は人を傷つけたいのか、陥れたいのか、幸福にしたいのか、助けたいのか、色々模索した。そん時は本当にクソの上を歩いているような気分だった」
フリーダはそう言って、コニーから仲間の死骸へと目を向ける。
「でも今はなんとか堪えている。気休めだがな」
そう言って、一区切りつけるとフリーダはそっとコニーの手を離させた。
「コニー。俺はお前にこれを言うために来た。自分という人間を明かすために来た。俺は結局のところ自分が分からない、何かに依存しなければ生きていけない弱い人間だ。お前は俺と違ってお前のしたいことをすればいいんだ」
フリーダは踵を返し立ち去ろうとする。が、コニーはそんなフリーダの肩を掴み、自分の方へと振り返らせた。
「正直、俺は馬鹿だからお前の言っていること半分も理解できなかった……。でも、俺は決めた……。今決めた……。俺はやっぱり……、調査兵団に入る……!」
コニーはそう言う。周りの人間もそれに仰天する。あれだけの地獄を見ながら、彼は今、更に地獄へと足を踏み入れようとしている。誰も彼もが絶望した世界へ自ら乗り込もうとしている。
彼はただただ知りたかった。サシャがなんで死んだのか、仲間がなぜ死ななければいけなかったのか。彼女たちの死を無駄にしてはいけないとコニーは思った。
もう惨めったらしく蹲るのはやめる。もう現実から目を背けることもやめる。
壁から一歩外に出れば、そこは紛うことなき地獄なのは十二分に理解した。ならば後は、勇気と悲しみを背負って一歩ずつ歩みを進めるしかない。
フリーダはそんなコニーを見ながら、何も言わない。まるで、そうなることを理解していたかのように、静かな面持ちであった。
「そうか」フリーダが言う。
コニーはそんな彼に、引きつった笑みを浮かべながら、大きく「そしてっ!!!」と吠え、彼の頬に全力全開の拳をたたき込んだ。
「これでお互いに文句なしだ。あの地獄のせいでお互いに気が滅入ってた。あれは、それだけのこと……。そう、それだけのことだ……」
殴られたフリーダは静かにコニーを見つめる。その瞳に恨みや怒りの類はない。コニーは寒々とした頭を掻きながら、一言謝った。
「悪かった。よく分からねぇけど、あん時、自分だけ楽になろうとしていた……。お前を責める権利は俺にも無かったよ……」
きっとフリーダは自分でも気付いてないが、コニーもサシャも大切だったのだろう。
この小説の雰囲気について
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原作同様沢山人殺す(世界は残酷だルート)
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みな生存ハッピー(世界は美しいルート)