ヒストリアの兄でございます。 作:ヒストリアの兄
1
調査兵団配属になった次の日。フリーダ達104期訓練兵がまず行ったのは部隊の配属と、各班長との顔合わせであった。
「敬礼ッ!!」
ジャンの号令のもと、横並びになって整列している新兵が馬小屋の前で敬礼する。それをにこやかな笑みを浮かべながら見ているのは、頭に布を巻いている男であった。
「おう新兵。俺が班長のネスだ。こいつが愛馬のシャレット」
そう言ってネス班長が横にいる馬の顔を撫でてやる。馬は気持ちよさそうに目を細め、鼻や頸を伸ばしていた。上質な信頼関係が築かれている証拠である。104期の中でも突出して馬術成績が優秀なクリスタも、シャレットの感情が読み取れたのか、微笑んでそれを見た。
「あと少し注意点だが。こいつ、実は髪の毛をむしるのが好きなんだ。禿げたくないなら気を付けろよ」
冗談まじりの笑い。みんな一様に「ははは」と乾いた笑みを漏らす。ネスが言った言葉は実体験からきたものなのかもしれないと思うと、少し悲しい気持ちになったのだ。ネスは己の頭に装着されている布を見せて笑いを取ろうと考えていたが、新兵の反応を見て、その一発ギャグを炸裂させることを躊躇った。
そんなどうしようもない主人が困っていると、愛馬であるシャレットはある新兵の顔を見つめる。そこにいるのは艶やかな金髪で、端正な顔つき、気品あふれる佇まいにのっぺりとした鉄仮面。そいつと目を合わせたシャレットは動物特有の本能がどうしようもなく刺激された。
「ヒヒィィィーンッ!!!」
高いいななき。シャレットは頭を激しく上下に揺らし、尻尾を立てる。明らかに興奮している様子にクリスタ達だけでなくネスも戸惑いの声を出した。
「おいどうした!急に暴れ出したりして!」
とりあえず、落ち着かせるために綱を握りながら、首を撫でてやる。だがそれでもシャレットの動作は落ち着かない。綱を振りほどこうと首は振るし、体を大きく動かす。
「いつもこんなんじゃないんだが、気が立っているのか? 今朝したブラシのやり方がまずかったのか…‥」
ネスは突然のことに動揺を隠せない様子である。自分が何か愛馬に対していけないことでもやってしまったのかと思案した。
しかし第104期の新兵達は、馬が突然暴れ出した理由が分かったのか、みんな遠い目をしている。彼らはこういった光景を何度も目撃したことがあった。
「な、何!? 馬小屋の馬も暴れだしたぞ!こいつはどうなってやがる!?」
シャレットと同様に、馬小屋で休んでいた馬達も首を振ったり、前掻きを始めた。まさにカオス。馬の秩序は乱れ、今小屋から解き放てば、これから一生会えなくなると思わされるほどの興奮状態。
「あー……、久々に見たなこれ」
コニーは落ち着いた様子でそんな阿鼻叫喚な光景を見る。
「うん。訓練兵の最初の頃を思い出すよ。あの時もこうやって教官達が驚いてたっけ」
アルミンもそれに同意して頷いた。ここにいる全員(およそ一人をのぞいて)が長いこと拝んでいなかった光景に、懐かしいとしみじみと感じていた。まるで、あの時に戻ったようにすら錯覚してしまう。
けれど、いつまでもその感情に浸っているわけにはいかない。このままでは、真面な話し合いすらできずに夕方がきてしまう。そう感じたライナーは、隣で無表情を貼り付けている元凶を見た。彼は自覚がないのか、一人落ち着いた様子である。
「……おい、フリーダ」
「なんだ」
「お前、一旦離れろ」
ライナーにそう言われ、フリーダは少し考える。
「……それが良さそうだな」
そして馬小屋にいる興奮した馬達を見て、フリーダは静かに立ち去ることを選んだ。
フリーダが立ち去った直後から、急にシャレットたちは興奮を鎮める。先ほどまでの激しさが嘘かのように、ぐったりと頭を垂れていた。
「あ、あれ急に馬が落ち着き出した。一体なんだったんだ?」
ネスは原因が分からないのか、首を傾げた。
「とりあえず。少し馬の調子を確認してくる。新兵はひとまずここで待機していてくれ」
そう言って、シャレットを引っ張って小屋の方へと歩いていくネス。新兵達は皆、深いため息をついた。調査兵団に配属した初日にこれである。気疲れがどっと溢れてしまったのだ。
「あいつの性質も変わらんな。あれでどうやって壁外調査に行く気だ?」
ライナーは苦言を呈する。調査兵団の最重要任務である壁外調査には、馬での移動が必須であった。馬に好かれないフリーダが、その壁外調査に同行するのは今のところ無理に思える。
「知るかよ。フリーダなら走ってついてこれんだろ」
ジャンが同じ馬面である馬達に同情したのか、哀れな目を馬小屋にむけて言った。
「まあ、フリーダならやりそうではあるよなー……」
コニーは馬と並走するフリーダを想像しながら呟く。人並外れた速度で草原を駆けるフリーダは、まさしく小さな巨人であった。
「あはは、流石にそれは無理じゃないかな。流石に半日も馬と並走するなんて人間をやめてる」
アルミンは苦笑する。彼のいう通り、調査兵団が品種改良した馬のトップスピードは時速80キロ。誰がなんと言おうと、人間が出せる速度ではなかった。
「でも巡航速度は35キロ前後だから、その間だけはやろうと思えばやれるのかも……」
冷静にフリーダの走破を目論むマルコ。彼はフリーダに何か恨みでもあるのだろうか。アルミンとベルトルトは密かに、マルコの鬼畜さに舌を巻いた。
「もしもの時は私と乗れば大丈夫かな。二人乗りなら馬も暴れないかもしれないし」
クリスタは下顎に指を当てながら小思考する。彼女の中では、正直なところフリーダと馬に密接して乗りたいという欲だけしかないのだが、周りがそれに気づく事はなかった。逆に周りは、フリーダとクリスタの仲の悪さを周知しているので、そちらの方を心配する。
「クリスタとフリーダが?」
最も訓練時代から二人の中を公的に心配していたミカサが問う。トロスト区襲撃の際にみた、フリーダの顔をミカサは未だに忘れることができていない。
「うん。心配しなくても最近は話せるようになったよ。今朝も言葉を交わしたし」
「そう……、それは……良かった」
クリスタの言葉にミカサは逡巡するも、今回は素直に喜ぶことにした。家族と一緒にいられない悲しみを、彼女はクリスタと重ねていた分、家族と共に過ごせるようになった喜びも共感することができたのだ。
「まあ実際、馬術が一番得意なクリスタと馬術が一切できないフリーダの相乗りが一番現実的だよな。体格的にも二人なら問題ないだろうし」
コニーが呑気にそう言った。フリーダとクリスタの関係が良好になったのなら、誰も文句を言わないであろう。現に、誰もコニーの言葉に反論しない。
「なんだ? さっきのやつ馬に乗れないのか?」
いつの間にかネスが帰ってきていたのか、不思議そうな顔でジャン達に尋ねる。上官としては、馬に乗れない新兵は早々に叩き出すか、乗れるように徹底的に訓練させるかのどちらかしかない。
アルミン達もそのことを理解して口を噤んでいたが、ジャンが意を決したように口を開く。
「乗れないというよりですね、乗せてくれない、と言ったほうが正しいですね」
「なんだあいつ馬に嫌われてるのか。動物に好かれない性質の奴ってのは、大抵顔に何かでてるんだがな」
ネスは己の顔を指差しながら言う。確かに馬は人の表情を読み取る力があるとされているが、それだけでフリーダを毛嫌いするには、あまりにも異常な性質であった。かと言って、他に何か理由があるのかと言われれば、それは誰にも分からない。普段乗っていた馬に突然嫌われたのであれば分かるし、一部の馬に嫌われるのであれば対策の仕方もあったのだが、フリーダは無差別に動物から嫌われていた。
「だとすれば、フリーダの場合、あの鉄仮面のせいかもしれませんね」
アルミンが笑いながら言う。クリスタがそれを睨んだせいで、彼の笑い声は後半萎んでいった。
「何を考えてんのか、いまいち分かんねーもんな。私も馬ならあいつにだけは乗って欲しくない。ドブの中とか、クソの中とか平然と突っ込ませそうだしな」
ユミルは呆れた様子で言いながら、深いため息をついた。
「それを否定できないのがフリーダの強みだよな」
ジャンはその鬼畜さに惚れていた。彼は馬面のくせに、なぜかフリーダを嫌わない奇行種である。
「だが困ったぞ。このままあいつが馬にも乗れないで、しかも近付くだけでこの有様じゃ、どこにも連れて行けなる。とりあえずあいつには、馬との触れ合う時間を作るしかないな……」
目に見える絶望。先程のことを思い出す度に、フリーダと馬を引き合わせることを躊躇ってしまう。だが、調査兵団であるネスとしては有望な新兵をここで逃すわけにはいかなかった。なんとしても馬に乗れるように、最悪、馬が暴れなくなるようにする努力が必要であった。
2
馬が暴れてしまったせいで、調査兵団兵舎を適当にうろついているフリーダ。特にすることもないため、適当に施設見学をしようと考えていた。今のところ、新兵がいったことあるのは食堂と自室として割り当てられた部屋のみである。
そんな時に飛び出してきた人物がいた。部屋の前には「研究室」と書かれているため、何かを研究している人間なのだろうとフリーダは思った。その人物もフリーダに気がついたのか、快活な笑みを浮かべて声をかけてくる。
「あれ、こんなところで新兵が何してるの?」
「ハンジ分隊長……」
その人物はよく見れば、調査兵団第四分隊長ハンジ・ゾエであった。
「やあ。奇跡の訓練兵君。まさか君も調査兵団に入ってくれるとはね。イヤー、今期は数こそ少ないものの、質は上々だねー」
「そうですか」
ハンジに知られていたのが意外と感じたフリーダは軽く頭を下げる。正直、フリーダからしてみれば、ハンジは今この場で一番会いたくない人物であった。
「元気が無いみたいだけど、どうかした?」
ハンジは利発な性格である。何か気になったことがあれば、それを知ろうとする好奇心も持ち合わせている厄介な人物だ。フリーダはできる限りボロを出さないためにも、彼女とどう接するべきなのかを思案した。
「……一つ、率直にお伺いしたいことがあります」
「なになに、改まっちゃって」
「ハンジ分隊長は、新兵勧誘式で語ったエルヴィン団長の意図をなんだと考えられますか」
フリーダが見出した結論は、自分を高値で売ることであった。
「そうだなー、うーん。エルヴィンが語ったと言うのが大雑把すぎて、どれを言っているのか分からないなー」
フリーダの内心を知らないハンジは、大袈裟な素振りで考える様子を取る。本当にフリーダが何を言いたいのか分からないようなら、ここまで悩むこともないはずだ。ハンジはわざとフリーダからきちんとした言葉にさせるよう話を誘導していた。
「エレン・イェーガーの地下室のことです。俺はあれについて、駐屯兵に囲まれた時に本人から聞きましたが、少し軽率な判断ではないでしょうか?」
他人との騙し合いが得意なフリーダは、ハンジの意図に乗っかることにした。ハンジが何を考えているのかはフリーダにも分からない。しかし、相手との情報の探り合いであれば、自分が負けるなど彼は微塵も考えていなかった。
「じゃあ、逆に質問。君は敵をなんだと考えてる? 君には何が見える?」
ハンジがニタニタとした表情でそう問いかける。フリーダはその質問に対し慎重に考えながら、指を二本立てた。
「敵はエレンと同じ巨人化能力者……。そして、居処は兵団の中だと考えています」
フリーダのその発言が面白かったのか、ハンジはさらに口角を上げる。
「ヘェ〜。それは興味深いことを話してくれるじゃないか。それは何故」
「昨日の明朝行われた生捕りにした二体の巨人殺害。あれは突発的な犯行に見せかけた、計画的犯行だと思います。おそらく黒幕は民間人に薄汚い金を掴ませ、犯行に及ばせたのでしょう。殺した民間人は超硬質ブレードを持っていたと伺います。厳重に警備をしている武器庫に侵入して盗むのは困難であり、闇商人を使って仕入れたにしては計画性と突発性が反比例していますので」
持ち出したのは昨日の話。トロスト区全域を震撼させたその報道をもとに、フリーダは己の考えを露呈しはじめた。いや正確には、自分の考えではなく、己の知り得る情報をあたかも推察したかのように話しはじめた。
「反比例というのは?」
「闇商人を使ってまで念入りな準備をしておきながら、逃げる算段が杜撰だったことに対してです。きっと彼らは逃げる必要がなかったのだと思います。でなければ、あの場に止まって迅速に銃殺なんてされないでしょう。巨人を殺してから、処理されるまでの間があまりにもスムーズすぎる。それなら、何故巨人を殺される前に相手を捕まえられなかったのかが不思議です。そこまで兵団は愚図の集まりなのでしょうかね」
フリーダはそう言って、腕を払う。最後の部分は少し本音が混じっていたりするのだが、ハンジにはそれが伝わらない。
「ということは、黒幕は……」
「俺の見立てでは憲兵団にいるかと」
フリーダは目を伏せる。憲兵団に標的を移させること自体は、彼の思惑の範疇であった。ライナーやベルトルト、それにアニから目を逸らすには、仮想敵を作ってやるのが一番手っ取り早い。彼らを隠蔽するためにも、フリーダはあえて内乱を起こし得ない情報を辺りにばら撒いていた。
「ふむ。なるほど、面白い見解が聞けたよ。よければそれを団長殿にも伝えたいんだが」
ハンジがフリーダの目を見て言う。
「……構いません。俺のこの妄言が少しでも役に立つのであれば」
フリーダは顎を逸らしながらそう返した。
「そうか!それは良かった!エルヴィンもきっと喜ぶだろう!こんなに優秀な新兵がいてくれるなんてね!」
フリーダの背中を叩きながら、ハンジが豪快に笑ってみせた。フリーダはその様子を、逐一見落とさないように目を光らせる。相手が何を考えているのか、相手が今どのような感情を抱いているのか。足の動作から、眉の位置まで見逃さない。
「で、さっきのフリーダからの質問なんだけど。答えなくっちゃいけないね」
こほん、という咳払いをするハンジ。自分の有能さを売りたかったフリーダからすれば、最初の質問に答えてくれるかどうかはどうでも良かった。
それでもハンジが答えてくれるのであれば、何か有益な情報かもしれない。ケイジの密偵だけでは不安なところもあったので、彼としては上々な戦果だと感じた。
「それじゃあ、言うよ。一回しか言わないから聞き逃さないでね」
前置きを入れるハンジ。フリーダはハンジと向き合い、しっかりと首肯した。
「君、あんまり頭が良すぎると苦労するよ」
それはどういう意味なのか。フリーダの思考が停止する。ハンジが何を言ったのか、彼には理解できなかった。
もしかして、何かを勘づかれているのか。いや、そうだとしたらケイジに何か反応があるはずである。
では、今の問答で自分が何をしようとしているのかバレたのか。いや、それもおかしい。あの程度の会話で何か分かることがあるとは思えない。
思考の渦に飲まれていくフリーダ。目の前にいる人物の心を盗み見ることができない彼は、次第に警戒する。
だがハンジはそんなフリーダに誤解を与えてしまったと思い、手を振った。
「あー、ごめんごめん。別に深い意味はないんだ。ただ、察しが良すぎる子は何かと不便だからね。特に若い子は」
「なるほど……、そういうことですか」
「驚かして悪いね。個人的に君には期待してるから、これからもよろしく」
そう言ってハンジが手を差し出す。フリーダもそれに頷いて、握手を返した。
「ヤッベェ!もうこんな時間じゃん!このままじゃ、リヴァイにどやされる!それじゃー、私は失礼するよ。エレンのところに行かないといけないからね!」
懐中時計を見て、焦ったハンジは慌ててそのまま踵を返す。フリーダはそんな後ろ姿を見ながら、訝しんだ。あまりにもさっきのセリフにはもっと深い意味が込められているような気がしたのだ。本当に、察しが良い少年を哀れんでいるだけのものではない。
ただ、ハンジに自分がしていることを察せられていない事もわかった。これからどう状況が転ぶか分からないが、今のところ“目をつけられた“程度に考えていれば良いだろう。
フリーダは深いため息をつきながら、歩みを再開させる。とりあえず、今は目先の目標だけを捉えていようと考えた。目先の目標、それは第57回壁外調査にて、調査兵団を壊滅させることだけであった。
この小説の雰囲気について
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原作同様沢山人殺す(世界は残酷だルート)
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みな生存ハッピー(世界は美しいルート)