ヒストリアの兄でございます。   作:ヒストリアの兄

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14話

 

 ハンジ分隊長との会話はフリーダにとって考えさせることが多いものであった。

 正直、ハンジが残した言葉「君、頭良すぎると苦労するよ」は、フリーダの質問に対する回答として、言語がおかしい。フリーダが訊ねたのは「新兵勧誘式でエルヴィンが語りすぎた意図とは何か」だ。それに対する返答としてはとても陳腐なものである。

 仮にあの返答が実に正しいものであるとするのなら、何か裏に意味が隠されているはずだ。

 意図は何か? 頭良すぎると苦労する。

 この二つの兼ね合いをフリーダは模索していた。

 

「おい、フリーダ飯食わねーのか?」

 

 思考をシャットダウンさせるかのようにコニーの声が聞こえた。フリーダがさっと見上げてみれば、そこには自分の飯を持ってきてくれたコニーが立っている。

 

「……少し考え事をしていた」

「はあ、考え事ね。まあ、気持ちはわかるけど、お前ただでさえ食べるのおせェーんだから、さっさと食いはじめろよ」

 

 そう言うと、パンとスープの乗ったトレイがフリーダの前へと置かれた。訓練兵の時から変わらない質素な食事。欲があまりないフリーダですら、この現状に少し嫌気が差した。

 

「隣いい?」

 

 パッと横を振り向けばそこにはニコリと微笑んだクリスタと、仏頂面のユミルが立っていた。

 

「おう、良いぞー。フリーダは食事中喋らないからなー」

 

 フリーダが返事をする前に、コニーが前の席を指差す。サシャがいなくなってから、コニーとフリーダの食事は静かなものであった。あれだけ教官から、バカトリオと言われ「喧しい」とか「少しは慎みを覚えろ」とか注意されていたのに、今では辛気臭いだけの二人組である。時折コニーが、無意識のうちにサシャを呼んでしまうくらいには、失ってしまった者への順応ができていなかった。

 そんなコニーに指定された席に座るクリスタとユミル。ユミルは目の前にいるフリーダを睨みながら、机に身を乗り出した。

 

「フリーダァ、テメーいつの間にクリスタと仲直りしたんだ? 聞いてねーぞ」

 

 ユミルが語尾を荒げながら問いかける。フリーダはそれを一瞥すると、なんでもないようにパンを手にとった。

 

「仲直り以前に、まず喧嘩をしていない。喋っていなかっただけだ」

「どんな屁理屈だぁ? あれを喧嘩と言わずになんて言うんだよ。意固地になってたくせに気でも狂ったか」

 

 フリーダとクリスタの関係を前から見届けていたユミルとしては思うところがあるのだろう。フリーダに容赦無く突っ込んでいく。

 

「気は確かだ。おかしなところは特にない」

「いや、あるだろ。頭とか」

「頭は正常だ。今なら馬の歯磨きですらやってのけられる自信がある」

「それは流石に無理があるだろ。午前中のあの様子じゃ、あんた壁外調査もいけそーにないもんな!」

 

 ケラケラと笑うユミルに、フリーダは面倒臭そうに目を伏せた。コニーもクリスタも、二人の会話に入りづらいためか、スープをひたすら黙って飲んでいる。

 

「さあて、ここからは真面目な話だ。あんたはなんで急にクリスタと話そうと思ったんだ?」

 

 パンをかじりながら、そう呟くユミル。流石に無視を決め込んでいたクリスタやコニーも、それには興味があるのか目をフリーダへと向けた。

 

「昔を思い出した」

「昔?」

「ああ、大事な記憶だ」

 

 フリーダはそう言って、深くため息を吐く。ユミルに隠し事をしても、良い事はないと分かっているため、正直な事情を話したが、彼の中では少しだけ後悔していた。なにぶん、それは薄氷のように薄く、脆い記憶だからだ。

 

「なんだよ、記憶って」

 

 ユミルの男勝りな口調がそう聞いてくる。

 

「ある草原での話だ。俺がクリスタたちに絵本を読み聞かせていた」

 

 それは巨人化したエレンを目撃した時、フラッシュバックのように出てきた記憶。クリスタの事をぞんざいに扱い、姉だけは丁重に扱っていた時のもの。

 

「クリスタ“たち”?」

「ああ、そうだ。俺はその時クリスタを大事に扱っていなかった。それを思い出したら、もうどうでもよくなるだろ?」

 

 肩を竦ませるフリーダに、クリスタは何も言わない。正直、そう言われても今のクリスタはあまり傷つかなかった。訓練兵時代、あれだけ兄に嫌われる事を恐れていた少女が、なぜか嫌われている事を許容している。

 

「フリーダ、それなんかおかしくねェーか?」

 

 コニーが純粋に声を上げる。

 

「俺さ、弟も妹もいるんだけど、兄弟を大切に思わない兄貴なんていないと思うぞ?」

 

 その言葉にフリーダは少考した。フリーダとクリスタは、確かに血の繋がりはあるものの、本当の意味の兄妹ではない。姉フリーダもそうだ。彼女も血のつながりはあるものの、その関係は従兄弟でしかない。

 コニーの言葉を真似るわけではないが、兄弟がみな仲良しというのであれば、姉フリーダと彼の関係性はまさにそれである。お互いにお互いを大事に思い合っていた。しかし、クリスタと彼の間だけは、なぜかそれが存在しない。いや、厳密には彼がそれを否定し、勘繰っている。クリスタの事を、クリスタとの関係性をフリーダは胸中で否定していた。

 この二人の差はなんなのだろうか。フリーダは考えるが、何も出てこない。まずなんでフリーダは、姉にばかり固執し、その復讐のために全てを投じていたのか、それすらも今の彼には疑問でしかなかった。

 

「やめとけ、やめとけ。このフリーダ様にそんな理論通じねーよ」

 

 ユミルが片手を振りながら、面白くもなさそうにそう告げる。コニーもコニーで「確かに」とだけ言って、納得してしまった。

 

 

 ようやく午後に行われた座学が終わった。

 とりあえず説明されたのは、エルヴィン・スミスが考案した長距離索敵陣形について。壁外調査に行く際には、この陣形が最も重要な戦術になるのだそうだ。

 コニーはあまり理解できていないせいなのか、必死にアルミンがメモしたものを読み耽っているが、正直それも無駄な事だと思われる。彼は体で覚えるタイプであって、頭で覚えるタイプではない。小賢しい事をするくらいなら、大胆に動いてから考える性質である。

 

「なあ、フリーダ。長距離索敵陣形ってのは、つまり右翼左翼で巨人を索敵し、それを信号弾撃って知らせ、中央の団長がそれを見て進路を決定するって事だよな」

「ああ、大雑把に言えばそれで間違いない。細かい伝達に関してのみ口頭伝達で伝える」

 

 コニーの説明にフリーダがそう答える。

 

「でも、口頭伝達って、情報遅れて最悪なことにならねーか?」

「細やかな情報伝達手段が人力しかない現代の文明力じゃ、それしか方法がない。逆にそれ以外の方法があるなら、中央の豚どもが自分を太らすために飛びついている」

「まあ確かに。それもそうだよなー」

 

 コニーが頭を掻きながら、唸り声を上げる。すると、後ろの方から何か騒がしい声が聞こえた。

 

「なんだ?」

 

 アルミンのノートと睨めっこしていたコニーにも聞こえたのか、後ろを振り返る。フリーダもそれに合わせて振り返ると、そこには自身が食べようとしている標的の姿があった。

 

「エレンか……」

 

 フリーダが呟けば、エレンも気がついたのか驚愕の顔をしていた。

 

「っ、フリーダ!ジャンやマルコだけじゃなく、お前も来てたのかよ!てっきり憲兵団に入ったのかと……」

 

 嬉しさからなのか、思わず体を震わせているエレンにコニーは笑った。

 

「エレン元気そうだな。体とかは大丈夫なのかよ」

「あ、ああ。特に問題はない。それよりお前らこそ大丈夫なのかよ」

 

 エレンの言いたい事はなんとなく分かる。調査兵団みたいな、いつ死ぬかも分からないところにきて良かったのか、そう言いたいのだろう。コニーやアルミン、ミカサたちも特にそれは覚悟をしていたのか「気にするな」と言った。

 しかし、ジャンだけは違った。現状がどういう状況なのか、冷静に判断しているジャンだけはエレンに聞かずにはいられなかった。

 

「なあ、エレン」

「なんだよ」

「お前、あの力はどこまで操れるようになったんだ」

 

 それを聞いた全員が息を飲む。確かに、報告書ではエレンが巨人化した際、暴走したと書かれていた。フリーダもその報告書には目を通していたため、彼がどの程度扱えるようになっているのかは、純粋に疑問を持っている。

 

「報告書通りなら、お前はまた巨人化したときに仲間を殺しかけるかもしれない」

 

 ジャンはそう言ってミカサを一瞥する。彼にとって、ミカサは愛おしい存在だ。それがどれだけ叶わないものでも、彼がそれを後悔する事はこの先一度もないだろう。だからこそ、幸せになってもらいたいという純粋な気持ちだけが増していく。例え、目の前の死に急ぎ野郎に最愛の人を連れて行かれても、笑って見送れるように手助けしてやりたいと思ってしまう。

 そのためには、人類の勝利は必須条件であり、ついでにエレンの生存も必要不可欠な事なのだ。ジャンがどれだけ腸が煮えくりかえっても、それだけは変わらない現実なのである。

 

「正直、俺にもどこまで出来るか分かんねー……。あの日以降、俺はまだ一度も巨人化していないし、できたとしても次も正気を保っていられる保証はない」

 

 それがエレンからの正直な説明であった。聞いていたみんなは一様に暗い顔をしている。エレンの巨人化能力は人類の希望の星であり、反面、凶星となり得る代物でもある。当然みんなそれに期待しているし、これからはエレンに命を捧げる。だが、命を賭けるものが不確かなものであればあるだけ、いざという時、人間はそれを躊躇ってしまうだろう。

 

「それが現状か……。まあ、そんなうまくいくものでもねぇよな。分かってたさ、それくらい」

 

 ジャンはこめかみ部分を押さえながら、気疲れのせいか柵に寄り掛かった。

 

「なあ、ジャン。別にそこまで言わなくても良いんじゃねーか?」

 

 コニーがエレンを問い詰めているジャンに苦言を呈する。けれど、それを止めたのはジャンではなく、マルコであった。

 

「いやコニー。僕たちは聞いておくべきだし、話しておくべきだ。仲間だからこそ、こういう忌憚のない意見が必要な時もある」

 

 その言葉に、新兵の全員が納得したのか、ジャンとエレンの言葉に傾聴する。ミカサは少しやりきれない気持ちになっているのか、表情に影を落としていたが、そこはフリーダがさっと間に入り動きを制した。

 

「エレン。俺たちはお前がどれだけ不確かな存在でも、どれだけ危うい化物でも、命を張って守れと言われるだろうよ。当たり前だが、調査兵団に入る時点でそんなものは既に覚悟してる。王に仕えたがってたマルコだって、そこのバカなコニーだって、内地で暮らしたかった俺だって、誰だって覚悟してきてる」

 

 そこまで言ってジャンはエレンの両肩をがしりと掴んだ。

 

「だから、エレン。お前本当に…‥頼むぞ」

 

 それは一体、何に対して言っているのか。言葉には表していないものの、それこそ第104期が求めているものであり、何より人類がエレンに求めている見返りであった。

 

この小説の雰囲気について

  • 原作同様沢山人殺す(世界は残酷だルート)
  • みな生存ハッピー(世界は美しいルート)
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