ヒストリアの兄でございます。 作:ヒストリアの兄
1
本日の訓練は午前中から対人格闘術であった。最近では、立て続けに兵站行進や立体機動が続いたため、体を休めるという配慮がされているのだと思う。この計らいに甘んじている者は、みな適当に力を抜きながら組み手をしていた。
そんな中、フリーダは本日三人目の相手を探すため周りを見渡していた。さっきまで組んでいた二人の訓練兵を医務室送りにしてしまったためである。
当然だが、このような野蛮な人間と組みたいと志願する勇者はおらず、誰もフリーダと目を合わせようとしない。体の頑丈さが売りのライナーですら、初回の対人格闘術で医務室送りにされたため、彼と組むことを嫌っていた。
もし、フリーダが優秀な格闘術でも身につけていれば、相手に怪我をさせることなく綺麗に技を仕掛けられるだろう。だが、生憎彼は技巧の劣った格闘術しか身についていない。全てが実践向けで、覚えている戦い方は効率の良い人体の壊し方と、相手を痛め苦しめる関節技のみである。彼に戦闘術を教えた人間が良くないと言えばそれまでだが、フリーダがその戦い方を改める気がないのも問題であった。
そんな破壊の申し子のようなフリーダと組みたがるのは、さっさと気を失い訓練をサボろうとするバカか、組み手相手を見つけられずフリーダに捕まってしまう哀れな子羊のみである。
今は対人格闘術が始まって残り半ばくらいの時間が過ぎており、流石にフリーダの相手をしようと名乗りでる者はいなかった。
フリーダは仕方がないと思い、教官に組み手相手が見つからないことを報告する。教官からも組み手相手を医務室送りにしていることは何度か苦言を漏らされたが、それでも新しい組み手相手は見繕ってくれるだろうと考えた。
キース教官は辺りを一周見回すと、二人の少女と少年の名前を呼ぶ。呼ばれた二人は、訓練を一旦中断させて、キース教官とフリーダの元へと駆け寄ってきた。
呼ばれた少年 アルミンはフリーダの顔を見て表情を曇らせる。なぜ教官に呼ばれたのか察しがついたらしい。
一方、もう一人の少女 ミカサの方は何も思わないのか凛とした面持ちでキース教官を見ていた。
「こいつの相手をしてやれ、アッカーマン訓練兵」
それだけを言うと、教官は一歩後ろへ下がる。どうやら、フリーダとミカサの組み手を見守るらしい。アルミンも教官の動きに見習い、フリーダとミカサから少し離れた。
周りの人間がざわつく。同期最強の呼び声高いミカサと破壊の申し子フリーダの組み手である。熱くならない者はいない。
みな、教官が近くでいるため、体は動かし続けるものの、目線はミカサ達の方へと釘付けにされていた。
「よろしく」
ミカサが短く挨拶をして、ファイティングポーズを取る。誰に教えられたわけでもないのに、彼女の構えは熟練された格闘術者を彷彿とさせた。
対してフリーダは軽く頭を下げると、木製ナイフを持ったまま棒立ち状態で止まる。彼は格闘術の一切を知らないために構えというものを知らなかった。
熟練された格闘術と、実戦に対応した戦闘術。
技という面であれば確実に格闘術が勝り、相手に何をするか読ませないという面では戦闘術が勝る。
フリーダはならず者役として、ミカサに仕掛ける。
大きく振りかぶられた右手。それをミカサは小振りのパンチで叩き落とそうとする。
ナイフを持っていたフリーダの右手首に衝撃が走る。早さを重視したジャブの威力とは思えない重さ。フリーダの予想を遥かに超えたパワー。
フリーダはわざとその衝撃に従いナイフを落とすと、ミカサのがら空きになった左脇腹へ本命の蹴りを繰り出した。
ミカサは反応しない。ジャブを打った体勢で無理やりガードをすれば最悪腕を持っていかれる。
腹に力を入れ、痛感に耐えるよう唇を固く結ぶ。
次の瞬間、想像していた何倍もの衝撃がミカサの体に襲う。全身の力を溜め込んで放たれたフリーダの蹴りは、悠々とミカサの体を後方へ吹き飛ばした。
周りから関心の声が漏れる。近くで見ていたアルミンは、初めて幼なじみが飛ぶシーンを見て瞠目した。
地面に落ちたミカサは豪快に吹き飛んでいたものの、ダメージが入っていないのか、自然と立ち上がる。フリーダもそれに特段驚くことはせず、落としたナイフを拾い上げた。
アルミンは吹き飛ばされたミカサが無傷なのをおかしく思い、先ほどまでミカサが立っていた地面へと視線を落とす。そこには、吹き飛ばされたはずなのに足跡も、地面が擦れた跡も存在していなかった。
どうやらミカサはフリーダがナイフを落としたのを見て、先に飛び退いていたらしい。結果的にそれがフリーダの蹴りの威力を削ぐこととなり、派手に飛びはしたが、ダメージが入っていないのだろう。
「思ったより強い蹴りだった。見事」
「いや、それはそっちも。鋭いジャブだった」
お互いにお互いを褒め合いながら、フリーダとミカサは距離を縮める。ならず者役のフリーダがとどめ刺すところまで追い詰めるか、ナイフを奪われないかしない限り、この組み手は終われない。
二人は手が届きそうな場所まで接近すると、それぞれが持つ相手を打ち倒すための技を繰り出した___。
フリーダは夕食の準備である芋の皮むきをしながら考える。今日の朝、対戦したミカサ・アッカーマンという少女に関してだ。
アッカーマンと言う名を持つからには相当な強さを持つと思っていたが、それでも彼女は女。フリーダは油断していた。やはり、アッカマーン一族は化物しかいないらしい。
「おい、フリーダ聞いてるのかよ」
物思いに耽っていたせいか、隣で騒いでいたコニーの声が今更ながらに聞こえる。
フリーダはばつが悪そうな表情を浮かべると、何も言わずコクリとうなずいた。今は、フリーダの後ろでクリスタがせっせと物を運んでいるため喋れる時ではない。
「フリーダって突然何も喋らなくなる時ありますよね。また喉でも痛くなったんですか?」
コニーやフリーダと一緒に皮むきをしていたサシャが首を傾げながらそう言った。
「確かに。何が原因なんだろうな。まじで不定期すぎて分からん」
コニーもサシャの言葉に同意しながら、まじまじとフリーダの喉元を見る。
フリーダは何も喋ることができないため、いつもの鉄仮面を貼り付けて、その場をやり過ごす事にした。コニーも、フリーダが喋らないためにその話を続ける気が失せたのか、再び剥いていた芋へと視線を落とす。
「それにしてもよー、今日は災難だったぜ」
コニーがぶつくさと言い始めた。
本日の対人格闘術の時間、コニーとサシャはふざけていると教官に思われ、一日中走らされていたのだ。しかも、昼食抜きで。
本人たちには全くふざけていたという自覚がないため、叱ってきた教官へ憤りを感じていた。しかし残念ながら、どれだけコニーやサシャが真面目にしていたと主張しても、第三者から見て、それを同意することができない有様だったのは言うまでもない。
「あれはコニーのせいですよ。変な構えしたからです」
「それ、お前が言うか!鷹のポーズとかいう変な構えしてただろ!」
「あれは歴とした伝統ある構えなんです!コニーのような若輩者には分からないだけです!」
激しく罪をなすり付け合う二人だが、フリーダからすれば五十歩百歩である。お互いに変な構えをしていたのは、格闘術に疎いフリーダでも分かる。
「第一、コニーはいつも考えがなさすぎますよ。昨日だって立体機動中にガスの残量みていなかったですし」
「お前は刃の扱い方が雑で、教官に怒られていたけどな」
「あ、それを言いますか!?だったらコニーだって!」
いつの間にか、間にいるフリーダも忘れて二人は罵り合い出した。
できることなら、目の前にある芋の皮を全て剥いでから口論して欲しいのだが、生憎フリーダは口が開けない。喧嘩を止めようにも、止める手段が無かった。
いや、制止させようと思えばさせられるのだが、バカ二人の喧嘩の仲裁はフリーダでも骨が折れるためする気にはなれなかった。
「二人とも、そこまでにしよ?」
突然、後ろから二人の口喧嘩を止める者が現れる。
フリーダはその声の主が誰か察したため、振り向くことはしなかった。
「クリスタ!でも……」
サシャは歯切れの悪い言葉を紡ぐ。コニーも、どこか気まずげに顎をそらしていた。
「その、悪かったな。言いすぎたよ……」
「いえ、こちらこそすみませんでした……」
互いの非を認め合うことができたのか、二人は芋の皮剥き作業へと戻る。二人がああして白熱した喧嘩をするのは珍しかっただけに、他の取り巻きたちも安堵の声を漏らしていた。
フリーダはいまだに浴びせられている背後の視線に、鬱陶しさを感じながらも、剥き終わった芋を水の入った樽へと放り込んだ。
2
兄さんは昔から喧嘩が滅法強かった。
私が石を投げつけられていると知れば、すぐ様、家の中より飛んできて、柵の向こう側の少年たちを叱り付けていた。
兄さんは滅法明るい人だった。
私たちに侮蔑の言葉を浴びせていた村人が、いつの間にか兄さんを取り囲むようになっていた。
兄さんは正義感の強い人だった。
誰にも分け隔てなく接し、悪いことを悪いとちゃんと言える人間だった。誰かが困っていれば、手を差し伸ばし、誰かが泣いていれば慰めてあげるような、そんな優しい人だった。
しかし、兄さんは変わってしまった。開拓地に行ってから、口数は激減し、私の目の前では何も喋らなくなっていた。話しかけても返事せず、私の存在をまるで認知していないような素振りだった。
毎晩聴かせてくれた優しい声の語りも、偉いことをすれば撫でてくれた手も、名を呼べば向けてくれた温かい笑顔も、まるで嘘だったかのように消え失せていた。
それでも、私は兄さんを信じていた。それは、私以外の人間が語る兄さんが、昔の兄さんと似ていたからだ。
開拓地にいたとき、あるお婆さんが私に話してくれた。
___生産量を追いつかせるために、無理な労働を駐屯兵に虐げられている。それをあんたの兄様が人の倍近く働くことで助けてくれた。おかげで、耕地整理は進み農作物の生産が来月から始められる。過酷な労働には変わりないが、それでも楽することができた。ありがとう。
私はその話を聞いて嬉しくなった。兄さんが変わってしまったと思っていたが、相も変わらず優しく、正義感の強い人のままであることが知れたからだ。
私は兄さんにお婆さんが感謝していたことを伝えようと、兄の元へ走った。
もしかしたら、この話をきっかけに昔の関係に戻れると期待していた。
しかし、現実というものは甘くなかった。兄さんは私に一瞥くれることもなく、耕地整理をひたすら行っていた。私が話しかけても、まるで聴覚を失った人間のようにピクリとも反応しない。色のない表情で土を見つめながら、何度も兄さんは鍬を振り下ろす。
私はそれを見て、きっと忙しいから構ってくれないんだと勝手に思っていた。いや、そう思わなければ心が壊れてしまいそうだった。
訓練兵になれば環境の変化で兄さんが戻ってきてくれることを期待した。もうお婆さんたちのために耕地整理なんてしなくていいから、兄さんも余裕が出てくると思っていた。
結果は何も変わりはしなかった。兄さんは私に無頓着で何もしない。
ユミルが言うには他人とは普通に会話していたりするらしい。
教官とも話をしているところを遠目で見たことがあるが、声を聴かせてはくれなかった。
時々、みんなの兄貴分であるライナーが兄さんのことを教えてくれるが、その時の兄さんは私の目の前にいる兄さんとは大違いの人物像だった。明るいわけではないらしいし、優しいところが目立つわけでもないが、それでも他人との会話をしっかりとする人なのだそうだ。
私はそれを知って気づいたことがあった。正確には、今まで色々と理由をつけてその現実を見ないようにしていただけだ。兄さん自体が変わったのではなく、私との接し方を兄さんが変えてしまったのだ。
理由は考えれば考えるほど浮かび上がる。
私が妾の子だと知って幻滅したのか。
それとも、私のせいで開拓地に行ったのを恨んでいるのか。
あるいは、私がろく動けなかったことに腹を立てているのか。
どれもあり得そうな理由ばかりだ。私が兄さんに嫌われるには十分な判断材料が出揃っている。
私の中で何かが壊れる音がする。それがなんなのか分からない。大事なものが砕けてしまったような気さえする。けれど、それは気のせいだと思った。だって一番大事なものを私は知っているから。
だから私は心に決めた。良いことをしよう。誰にも認められる良い子になろう。
そうすれば兄さんがもう一度頭を撫でてくれるかもしれない。あの優しい声で「よくやった」と褒めてくれるかもしれない。そんな甘美な時間が戻ってくるのだと思えば、自分の命も惜しくはなかった。
「お前、良いことしようとしてるだろ」
そう。私は良いことをしようとする。
「それは他の誰かのためにやったのか?」
違う。他の誰かなんてどうでも良い。私は私のために良いことをし、良い人を演じる。
「お前の得たものは、その労力に見合ったか?」
見合うはずだ。私の存在価値など、とうの昔から決まっているのだから……。
この小説の雰囲気について
-
原作同様沢山人殺す(世界は残酷だルート)
-
みな生存ハッピー(世界は美しいルート)