ヒストリアの兄でございます。 作:ヒストリアの兄
最後アンケートしてます。
1
訓練兵になってから珍しく与えられた休日。普段であれば、走り込みなど下半身を作る自主練をしているのだが、フリーダは先日の訓練で軽く足を捻っているため上半身の筋トレに甘んじていた。かれこれ筋トレを初めて1時間が経過しただろうか。今は腹と胸部分の筋トレが終わり、次は上腕部分を鍛えようと重しを手に取った。ずっしりとした重量感が腕に伝われば、コンセントレーションカール(重しを利用した上腕部の筋トレ)スタートの合図である。
汗をかき、腕部分が熱くなるのが分かる。筋繊維がきちんと壊れている証拠だった。
回数が3セットに到達した頃、ふとフリーダがトレーニング部屋の入り口付近に目を向けると、エレンが手を振って近寄ってきた。フリーダは珍しいこともあるものだなと思いながらも、腕の上下運動は止めない。
エレンはそんなストイックなフリーダの姿勢に、少年のような目の輝きを放ちながら自身の要件を伝える。曰く「立体機動のコツを教えてほしい」とのことだ。
フリーダはその言葉を脳内で数回巡らせると、すぐさまその言葉を聞き返した。
「立体機動を?」
「ああ。フリーダって成績良かっただろ?その、馬術以外は……。た、対人格闘もすげーし、色々と教えて欲しいんだ」
エレンが頬をかきながらそう言う。
確かに彼の言う通り、フリーダの成績はある一つを置いて規格外に良かった。立体機動、対人格闘術、技巧術、座学、兵站行進等あらゆる分野でその才能を遺憾無く発揮させている。
ただ、馬術だけはどうしようもなく成績が悪い。馬に近づけば全速力で馬が逃げ出し、乗馬できたとしても言うことを聞かず暴れ出す。馬小屋に行って餌をやろうものなら、鳴き出して止まらない程だ。どうやらフリーダは動物にとことん好かれない性質らしい。こればかりは教官たちも頭を抱えていた。
フリーダは一旦重しを置いて立ち上がる。
「ミカサではダメなのか?」
「ミカサの奴はあてにならねー。天賦の才だからか、あいつは初めから完成してる。参考にはならねーよ」
「なるほど」
その言葉にフリーダは納得せざるを得なかった。ミカサという人間は天才肌らしく、何をやっても、どう体を動かせば良いのか体感で理解できるらしい。
対人格闘術の時に見せた、あの見事なファイティングポーズや格闘術も、ミカサの本能が最適解を見つけ実行した結果なのだろう。フリーダの頭の中で、彼女と同類の人間が二人ほど頭の中を過ぎった。
フリーダは小考すると、自身の足の具合を軽く確認する。少しの立体機動であれば、もう片方の足で何とかなりそうだった。
「だが俺も教えるのが上手いとは言えんぞ。口下手さで言えばあの背が高いだけが取り柄のベルトルさんと同等だ」
「見て指摘してくれるだけでも嬉しい。俺のどこがダメなのか、それだけでも頼む」
「分かった。なら、教官に自主訓練の許可を貰ってこい。今ならまだ見張り役をしてくれる人もいるだろうぜ」
そう言って、フリーダは教官室と立体機動が置かれている場所へ向かい始める。彼の中で何かのスイッチが入ったらしい。随分とやる気になっていた。
しかし、頼んだ側のエレンは少し放心状態である。まさか今から見てくれるとは思っていなかったのか、エレンは先に歩き出したフリーダを追いかけながら咄嗟に大声で確認した。
「い、今からでいいのか?」
「不満か?」
エレンの言葉にフリーダは訝しげな表情を浮かべながら問うた。
「いいや、まさか。その逆だ。まさかそんな乗り気になってくれるとは思わなかったから」
フリーダはその言葉を受けて、少し自身の人物像というものを考える。他人から見た自分、己から見た自分とは一体どのようなものなのか、少し興味があったからだ。
結論から言えば、確かに今のフリーダという人間は自分から見ても、他人から見ても、エレンの想像と相違なく、妹を除けば他人の事などあまり気にしない人間であった。
だが、こう見えても昔は困っている人がいれば助けてやっていたし、彼の中にはきちんとした道徳観や正義が埋め込まれていた。それこそ、昔は空笑いするくらいには明るいフリをしていた。それは最愛の姉であるフリーダとの約束を守るためでもあり、村の住人に自分達のことを認めてもらいたい一心でやっていた事でもあった。
しかし、姉フリーダが殺されてからというもの、彼の中で何かが変わった。
あれだけ優しかった姉が無残に死ぬのを見て、演技をするのに疲れたのかもしれない。
それともこの世界に絶望して、自暴自棄になってしまったのかもしれない。
この真相は誰にも分からないが、ただ一つはっきりとする事は、彼は自身を偽ることをやめたという事だった。
フリーダは横で歩くエレンを一瞥する。
自分がなぜか気にかけてしまう存在。制御姿勢訓練の時から妙な感覚を覚える存在。
きっと、アルミンとミカサといるときのエレンが、昔の自分と被っているのかもしれないと、フリーダは結論付けた。自分のようになって欲しく無いから、彼に力を貸そうとしているのかもしれない。
そんな事を考えながらエレンと教官室へ向かっていると、目の前からジャンとマルコが歩いてくるのに気がついた。
あちらも、フリーダたちに気がついたのか手をあげて挨拶をしてくる。
「あれ? フリーダとエレンだけの組み合わせって珍しいね」
マルコがそう言って二人の顔を見比べる。
本人達に自覚はないが、エレンはいつもアルミン達と行動し、フリーダはいつもコニーやサシャといったアホ組に纏わりつかれていた。エレンたちはシガンシナ区トリオで、フリーダたちはアホトリオと裏で呼ばれている。本人達がこれらの呼び名について知っているかは不明だが、少なくとも、名誉ある渾名で無いことは二人とも分かるだろう。
そんなトリオの中枢核を担う二人(特にエレンの方)を見ながら、ジャンはニタニタと笑っていた。
「なんだー、死に急ぎ野郎。ミカサとアルミンの次はフリーダにべったりか?」
「お前こそ今日はやけに絡んでくるな」
「別に。お前が寄生先を変えたんだなって思っただけだよ」
「はあ!?誰が寄生だ。お前みたいな腰抜け野郎の方がよっぽど___!」
「さっさと行くぞ。時間が惜しい」いつも通りの喧嘩が始まるかと思えば、フリーダのその一言でピシャリと二人の口論が止まる。「お前たちの犬も食わない喧嘩は長い。するなら晩飯の時にしやがれ」
誰かに移された口の悪さが、自然と滲み出るフリーダ。エレンもそれで落ち着きを取り戻したのか、ジャンを鼻で笑うと一言フリーダに謝り、さっさと教官室へ行こうとする。
しかし、それを止めるようにジャンがフリーダの肩をおもむろに掴んだ。
「おい待てよ、フリーダ。お前にも言いたいことがあるんだ」
ジャンの言葉にフリーダは渋々と言った様子で振り返る。
「お前は、その、なんつーか、顔は悪い方じゃねーし?しかも、あ、あのミカサともやり合える人間だ……。訓練でもよく組んでるし。だ、だから、よー……」
口籠もりながら喋るジャンに、フリーダはため息をつく。腕を組みながら足踏みをして、遠回しに早くしろと催促していた。
「だ、だから!お前はその、ミカサのことをどう思ってんだよ……!!良いとか、わ、悪いとか……」
ジャンのその言葉に、隣のマルコも驚いた顔をした。まさか、それをフリーダに聞くとは思っていなかったらしい。
フリーダはジャンの問いかけに少しばかり思案すると、すぐさま答えを出す。
「悪くない。以上だ」
そう言ってフリーダとエレンは歩いて行ってしまった。
「は?え、はあ?それはどう言う意味だ!おい!?」
ジャンは困惑する。フリーダという人間は、成績も良く、もしかしたら唯一、化物であるミカサを歴とした少女として扱う事ができる男かもしれなかった。
その男が自分の新たなライバルとなるのかどうか調べておきたかったジャンにとって、どっちとも取れる回答は頭を悩ませる。エレンに続いて、これ以上の恋敵を作りたくはないのだ。
「ジャン。流石に今の聞き方は伝わらないんじゃない?フリーダからすれば、訓練相手としての評価を聞かれたよにしか……」
対して、フリーダに女気が無いのを理解しているマルコは現状を正しく認識していた。もし、フリーダがミカサを女として認識していれば、あれだけの短い言葉で終わらさないはずだ。それに、ミカサ自身もエレン以外を異性の対象として見る事は今後一切ないと思われた。証拠に彼女がいつも付きっきりで面倒見ているのはエレンだけだ。アルミンは親友ポジションでしかない。
だが、そんなマルコの言葉は今のジャンには聞こえなかった。
「くっ、悪くないってどっちだ、好きなのか?普通なのか?いや、嫌いって言わない時点で好きは確定なのか?はあ?なら俺に勝ち目なくね?あの死に急ぎ野郎にならまだ大丈夫だが、寡黙で、顔も良くて、スタイルも良くて、ちょっと口が悪いところがワイルドで、さらに成績いいとか理想の男すぎるだろ」
ジャンがぶつぶつと呟く。
この男から見たフリーダという人間は、どこのハーレム主人公なのかと聞きたくなるレベルの超絶完璧美少年であった。
そんなものは当然、現実と大きく違っている。実際のところ、フリーダを好き好む女性はこの訓練兵団でも希少種(どM、メンヘラ)と、何も考えていないコニーやサシャのようなアホと呼ばれる人種のみだ。
なのに、ジャンがここまでフリーダをかっこいいと思うのは、彼が思春期真っ盛りのお年頃のせいなのだろう。寡黙でちょい悪の男がモテると、勝手に思い込んでいるのが原因のようだ。
マルコはそんな様子のジャンを見て、頭を振りながら呆れた形相でため息をついた。
「うん。君は僕の話を聞かないし、君の中でのフリーダの評価がすごく高いのが分かったよ。多分ミカサを含め、女子全員の評価より、君のフリーダへ対する評価の方がずば抜けて高いだろうね」
「おい、マルコ……。俺はどうすれば良いんだ……。どうやって、あのフリーダ様に勝てというんだ……」
すがりつくジャン。もうまともに思考回路が働いているとは思えない。
マルコは掴まれた手をそっと離させると、代わりにジャンの肩を掴んだ。
「怒らずに聞いてほしいんだけど……、ジャンは……モテる人じゃないから、女子の気持ちをよく理解できていない。それでいて、理想の男子像を歪んで認識してるんだと思う」
「は、はああ?マルコ、お前何を言って」
マルコは乾いた笑を漏らす。
マルコの唐突な豹変ぶりに、ジャンは戸惑った。だが、マルコは今のジャンと関わり合いを持ちたく無いため、さっさとこの話を切り上げることにする。それは暗に彼を見捨てたと言ってもいいかもしれない。
「そんなにフリーダに対する評価が高いなら、エレン達と一緒に自主練をしてみたら?モテる秘訣が分かるかもしれないよ」
「っ!?お前、天才か!行ってくる!」
ジャンはそう言って、エレン達が向かった方向へと猛ダッシュで駆け抜けていった。
折角の休日を自主練で潰したく無いと言っていた彼の姿は、もうどこにも無い。彼は性欲に貪欲で、忠実で、一途なだけなのだ。それが少し空回りしてしまっているだけなのだ。
だからマルコは放っておく。いつかその愚かさに気づく時がくるのを祈りながら。
「はあ、アルミンと機械のメンテナンスでもするか」
風を切り裂く。
一筋の光が差す。
常人の目で追える速さはとうに超えており、風切音だけが森に響く。
縦・横・上・下、それらを無尽に迸るそれは、木々の合間を縫って正確に、繊細に、けれど大胆に「疾風」という言葉を体現していた。
とん、と着地がする音がした。エレンとジャンが上を見上げてみれば、いつの間にかフリーダが木の上にに立っていた。
あまりの出鱈目な動きにエレンは頭を抱える。横でそれを見ていたジャンも同様、悪い夢でも見たような顔をしていた。
「クソ。早すぎだろ……」
「ガスの吹きすぎかと思ったが、そうでもねえ。何が俺たちと違うんだ?」
「体重移動だ」今まで立体機動をしていた張本人が、涼しげな顔で二人の疑問に答える。「適切に姿勢を変えれば誰でもできる。お前たちにはその筋肉が不足しているだけだ」
「体幹かー」エレンはそう言って遠い目をした。
少し前、エレンはミカサに腹筋を見せてもらったのだが、その時見事な形をしていたなと今更ながらに思い出したのだ。もしかしたら、彼女が強い秘訣はその腹筋にあったのかもしれない。
どのような時にもブレない体。当面の目標はそれを目指し、体幹を鍛えるところから始めようと決意するエレンは、何かを思い出したように「そう言えば」と話を切り出した。
「なあ、フリーダは所属兵団何にしたいとかあるのか?やっぱ、成績良いから憲兵団か?」
フリーダ程の実力者がいれば調査兵団はもっと活気付くことになるだろうとエレンは考えた。馬術が致命的ではあるが、それを補ってあまりある身体能力は実に魅力的だ。自分にもそれくらいの力が欲しいと素直に思っている。フリーダの動きができれば、憎い巨人の掃討も夢では無いと思えたからだ。
しかし、エレンに質問されたフリーダは少しも考える事なく頷いて答えた。彼の目的を果たすために最適な兵団は何かなど、訓練兵になる前から分かっていたのだろう。
そんな様子を見ていたジャンは疲れた顔をしながら、だらりと木に寄りかかった。
「まっ、フリーダも憲兵団だろうなとは思ってたよ。これで上位陣はほぼ決まりかー」
そう言って、憲兵団を目指すと入団式から豪語していたジャンは哀愁を漂わせる。ライバルが多いことに絶望しているのかもしれない。なんと言っても、憲兵団に入れるのは上位10名までなのだから。
そんなジャンの気持ちを理解できないのか、エレンは「上位陣」と言う言葉に引っ掛かりを覚え首を傾げた。
「上位陣?誰のことだよ」
「死に急ぎ野郎は周りが見えてねーのかよ。ミカサ、ライナー、ベルトルト、アニ、ユミル、それにフリーダ。これが上位陣だ」
エレンの質問にうんざりた様子でジャンは答えてやる。
先ほど上げた名前は、ジャンが考える卒業する際10位以内に入っているであろう成績優秀者達だった。訓練が開始してそろそろ1年ほど経とうとしている現在、上位陣はそれぞれ頭角を現しつつある。特に、ミカサとフリーダが別格を誇り、それに追順する形でベルトルト、ライナー、アニ、ユミルが走っている。それより下の者達など、いまだドングリの背比べもいいところだ。
しかし、それを知らなかったのはどうやらエレンだけではなかったらしく、フリーダも感慨深げに肯いていた。「そんなのがあったのか」
「フリーダ、お前もかよ」ジャンはただ呆れるしかできなかった。
2
「よお、フリーダ。何してるんだ、こんなところで?」
晩食後、教官に頼まれた時計の修理を行っているフリーダにユミルが声をかけた。訓練初日から、こうやってユミルは人知れずフリーダに声をかけるのが日課となっていた。
フリーダはいつも通り、何かを探すように周りを見渡し始める。それを見たユミルは呆れたように頭を乱雑に掻きながら、大きく息を吐いた。
「気にしなくてもクリスタはいねーよ」
「……みたいだな」
クリスタがいないと分かった途端、硬く閉じられていた口が開く。餌付けされた野良猫のような掌返しだった。
およそ一年間近くもこれを続けているフリーダに、ユミルはある意味で脱帽したくなる。
「で、何してたんだ?」
ユミルは再度、フリーダが何をしているのか尋ねる。フリーダの体を覗き込んでみれば、精巧に作られた時計と工具用品が地面に置かれていた。
「修理を命令された」
「修理?ああ、これのか。あんたこれ分かるのか?」
「一度分解したらバカでも覚える。こんなもの」
そう言って時計をばらし始めるフリーダ。手先が器用で、昔からこういった慈善行為をしていたフリーダだからこそできる事である。
「うへー、これだから天才肌ってやつは気持ち悪い」ユミルはそう言って、心の奥底から顔を歪める。「てか、なんでそんな命令に従ってるんだ?らしくないだろ」
「馬小屋整備の代わり」
フリーダはそう言ってユミルを一瞥すると、時計に入っていたホコリや汚れを取り始めた。
どうやら、馬小屋の番ができないフリーダに対する緊急処置らしい。
「で、用件は?」
フリーダが尋ねる。
「急かすな。簡単な話だ。そろそろクリスタの誕生日だろ?何か用意しているのかと思ってな」
「何故俺が用意しなくちゃならない」
「それはお前が兄貴だからだよ」
両者睨み合いながら、険悪な雰囲気で話を進める。フリーダからすれば、拒絶している相手の誕生日を祝うわけがなかった。
「あいつ。あんたのために良い子になろうとしてるぜ。自分の見返りも考えず、どうやればあんたに振り返ってもらえるのか、それしか考えてない」
ユミルは現在のクリスタの動向を愚兄に教えてやる。
ユミルのいう通り、現在のクリスタは異常なまでに良い人を演じていた。周りからは女神や、神様、結婚したいと持て囃されているものの、それら全てがマヤカシでしか無いという事を、一番近くで見ているユミルが分かっていた。
クリスタは兄の気を引くことしか考えていない。それは昔、村人に認めて欲しくて慈善活動に励んでいた若かりしフリーダに似ている。
フリーダはユミルの言葉を聞いても、なお淡々とした声で返事をする。
「だからなんだ。前も言ったがあいつは何者にもなれないし、何者にも向かない。子供拵えて、ガキに振り回されてる、乳臭い人生の方がよっぽどあいつにはあってる」
「そこにあんたはいないんだろ?」
「当たり前だ」
フリーダは言い捨てる。自分が向かう到達点にクリスタとの共存は考慮していない。
「どうしても考えは変わらないのか?」
ユミルは問う。手遅れにならないように、何回、何十回、何百回とフリーダに問い続ける。
「このまま放っておけば、いつか取り返しのつかない事になる。あいつは良い子を演じて、近いうちに死ぬぞ」
ユミルが言う。それはある意味予言のようなものであった。
「私はクリスタが羨ましいよ。まだ、地獄の底から這い上げてくれる奴がいるんだから」
そう言って切望の眼差しを向ける背中は、何も答えないでいた
この小説の雰囲気について
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