ヒストリアの兄でございます。   作:ヒストリアの兄

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5話

 

 そこはまるで地獄であった。実践経験の無い、巨人の恐怖をまだ知らなかった訓練兵達はみな蹲り恨み言を呟いている。横を見れば絶望に耐えきれず吐いている者がいる。後ろを振り返れば震えがとまらない者がいる。前を見ればどうやれば敵前逃亡がバレないのか画策している者たちもいた。

 その中をフリーダは平然とした顔で横切っていく。彼らと違いフリーダにとって、知性の無い巨人の群れなど興味や恐怖を抱く対象では無かった。フリーダの敵はあくまで巨人になれる人間であり、彼はいつだって知性ある巨人との戦いを想定していた。

 そんな無知性の巨人と戦うことより、フリーダは己の仮説が立証されたことの方が重要であった。その仮説とは、自身の仇である男と超大型巨人達は同じ勢力では無いと言うことだ。

五年前、シガンシナ区の壁が破られたのと、姉が殺されたのは同じ日である。超大型巨人が壁を破った目的は、仇の男と同じ理由だったと考えていた。ただ、仇の男と超大型巨人が違う点を上げるとするならば、それはレイス家について知っているか、知らないかの違いでは無いだろうかとフリーダは予想している。

 ここにきて再度、超大型巨人は壁を破壊した。それは五年前と同じくきっとレイス家を引きずり出すためある。ならば、レイス家から力を奪ったあの男を探す目的は、実のところ超大型巨人達と一緒なのではないだろうか。

誰が超大型巨人なのか、そこまではフリーダにも分からないが、ある程度の候補は彼の中にきちんと存在していた。この襲撃が終わった後、もしくは鎧が壁を破壊しに来たときにでも、炙り出そうとフリーダは考える。

 

「お前がフリーダ訓練兵か」

 

 知らない男がフリーダに声をかける。胸部分にある印を見れば、駐屯兵団のものであった。

 

「何か?」

「お前は非常に強力な戦力になると聞いた。持ち場を前衛部の迎撃部隊に組み込む」

 

 それだけを告げると、男は次に「アッカマーン訓練兵はどこだ!」と叫びながら去ってしまった。

 フリーダは内心その命令してきた上官に向かって舌打ちする。できれば、後衛の方で鎧の巨人が出現するのを待っていたかったからだ。それなのに、よりにもよって一番遠い前衛部に配属されてしまうとは、尽くついていない。

 これでは、鎧や超大型の人間と確実に接触する機会が奪われてしまう。このトロスト区襲撃という“チャンス“をフリーダは無駄にはしたく無かった。

 しかし、命令は命令だ。これで問題事を起こすのもフリーダは好まないので、とりあえず現場が荒れるまでは前衛部にいようと考える。

 

「了解です」

 

 誰にも聞こえる事なくフリーダはそう呟いた。

 前衛部に駆り出されることになったフリーダはガスの補給を終え、刃の補給をしに来ていた。

 丁度コニーも刃の補給をしに来たのか、フラフラと歩いてくる。フリーダはそんなコニーの姿を見て一瞬だけ瞠目した。

近くで見てみればコニーの顔面は蒼白であった。虚な瞳でぶつぶつと何かを呟いている。フリーダはコニーの様子が気になりながらも、とりあえず刃を渡してやることにした。

 

「あ、ああ、ありがとう。フリーダ」

 

 刃を渡せば、コニーは手についている水滴のせいかつるりと鞘ごと落としてしまう。

 コニーは声を震え上がらせながら「すまない」と言って、震えた手で落としたそれらを拾い始めた。ここまで衰弱しているコニーを見るのは、フリーダも初めてである。

 と言っても、それを理由に何かあったのかを聞くことはしない。フリーダにとって他人がどう変化しようと関係ないと思っているからだ。フリーダは黙って自身の分の刃を鞘へと納めていく。

 

「な、なあ、フリーダ……。驚かないで聞いて欲しいんだけど……、よ」

 

 拾いながらコニーが言う。顔を地面に向けているせいで表情は見えない。

 フリーダは何も言わずに首肯した。何を言われても驚かない、そんな変な自信だけがフリーダの心にまとわりついていた。

 

「サシャが……、さ、死んだんだ……。目の前で……、呆気なく……」

 

 そう言ってコニーは自身の服と手に付着した真っ赤な血をフリーダに見せるのであった___。

 

 

 いつの間にかフリーダは開けられた穴の前で立っていた。周りには巨人の死骸がいくつも転がっている。ポッカリと空いた穴の近くを見てみれば、二つのひしゃげた死体が落ちていた。

 見覚えのある顔。サムエルとサシャの死体である。

 コニーが言うにはこの二人は、超大型巨人による攻撃の余波で気を失い、そのまま地面に転落してしまったそうだ。死体は上官の命令で回収できなかったらしい。

 フリーダは何も言わずにサシャとサムエルの死体に触る。少しの期待を孕んで、心臓が動いていればとでも思ったのだろうか。何故そんなことをしたのかはフリーダ自身わからなかった。

 後ろから妙に苛立つ顔をした巨人が接近する。大きさは7m級。決して小さくない巨人にフリーダは軽く舌打ちをすると、立体機動を駆使し、目にも止まらぬ速さでうなじを刈り取った。

 高揚感はない。巨人を殺しても何も感情が湧き起こらない。それどころか、胸の奥につっかえたような何かが燻っている。フリーダはその気持ちがなんなのか理解できないでいた。

 

「フリーダ訓練兵!出過ぎだ!そこまで追いかけなくていい!家屋があるところまで追い込んでから殺せ!」

 

 上官と思わしき男が怒号を飛ばす。フリーダがいつの間にか、持ち場以上のところで巨人を掃討しているのが目に入ったのだろう。フリーダのような戦力に無理をして死んでもらっても彼らは困るのだ。

フリーダは上官の言葉に従うよう家屋のある方へ戻ろうとする。馬は使えないため、フリーダの場合走っていかなければならない。しかし、数歩歩いたところで何故か体が言うことを聞かなくなる。フリーダは頭に「?」を浮かべながら、何度も足を動かそうとする。だが、一向に動く気配がない。

 流石におかしいと思ったフリーダはその原因を探るべく、手当たり次第に体の部位を触診した。腕、足、胴、頭に至るまでだ。けれど、特に怪我などをしているところは無かった。ならば、何が問題なのか。

 

『フリーダ』

 

そのとき、ふと後ろを振り返ってしまった。なんとなしに、誰かに呼ばれたような気がした為に、フリーダは後ろを向いたのだ。

 しかしそこにあるのは、苦痛に歪めた顔のサシャが横たわっているだけであった。フリーダは己が動けない理由をなんとなく察し、その上でそれを捨てることにした。

 

 

 あれは訓練兵になって3週間が経った頃の出来事だったように思う。いつものように食堂で晩ご飯を食べていると、その女は突然俺に話しかけてきた。

 

「あなたの名前フリーダっていうんですか?」

 

 なんとも言えないぎこちない笑顔。人前で作り笑いをするのに慣れたようには思えないくらいに、その笑顔は硬かった。

 そんな、どこか見覚えのある顔がそう尋ねてきたが、俺は何も答えなかった。正確には口を開こうとはしなかった。

 

「ああー、すみません。私はサシャって言います。怪しい者じゃありませんよ」

 

 俺が沈黙していたせいでサシャは気まずくなったのか、自分のことを語り始めた。別に彼女のことを知りたい訳でも無かった俺は、なんの返事もしない。というよりも、食事中は大抵食堂にヒストリアがいる為、俺が口を開くことはまず無かった。(初日のように、パンをかっさらってどこかへと消えた後なら、口を開いたりするのだが)

 俺がサシャに何も言わず見つめているせいか、彼女は頬を赤くする。少し、相手を見過ぎたのかもしれない。食事中に話しかけられたことのなかった俺は、相手への対処を考えながらスープをとりあえず一口食べた。

サシャはそんな俺の行動に驚いたのか目を見開く。どうやらこの行動は間違いだったらしい。俺は彼女が何をしたいのかわからないため、再び彼女の目を見てやった。すると、サシャは俺の目の前に置かれているパンを指差した。

 

「パンを食べてなかったので、どうしたのかなーと思いまして……」

 

 俺は食事が遅い方なので、パンまでたどり着くのに時間がかかっているだけなのだが、どうやら彼女はこれを狙っているらしい。

 俺はそれを理解するとパンを徐に持ち上げた。当然、彼女にあげるためではない。やらないと意思表示する為に食べておこうと思ったのだ。

 

「っ!?くれるんですか!?」

 

 しかし、何を勘違いしたのか、サシャは俺の持ち上げたパンを凝視する。誰もあげるとは言っていないのだが、この娘は食事をもらえて当たり前と思っているのかもしれない。

 俺はサシャの切望の眼差しを無視して、己のパンをかじりついた。昔の媚びを売っていた自分ならまだしも、今の自分は貴重なエネルギー源をあげるほど他人に関心は持っていなかった。

 

「んのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 俺がパンをかじりついたことが相当嫌だったのか、サシャは机を大きく叩いた。おかげでコップに入っていた水が2割ほど溢れた。

 

「なに騒いでるんだよ、芋女」

 

 騒ぎを聞いて駆けつけたのはコニーであった。俺が食事中は喋らないというのを知っている為、手助けを兼ねて寄ってきたのだろう。

コニーはいまだ悔しそうに唸り声を上げているサシャを小突いた。

 

「いや、フリーダにパンをねだってまして」

 

 彼女は照れ臭そうにそう頬をかく。

照れ臭いのであれば、最初から乞食のようなことをしなければいいのでは無いだろうか。

 

「また、自分が食う分を増やしてるのかよ。意地汚ぇー」

 

 コニーも俺と同じように心底呆れたのか、その場に座りながら苦言を漏らした。

 しかし、サシャはコニーの言葉に首を横にふる。どうやら、自分の食べる分を増やすのが目的では無いらしい。「そういう訳ではありませんよ、別に」

 

「じゃあ、どういう訳なんだよ」

「フリーダは良く一人で食べているので、一緒に食べてあげようと思ったんです。ほら、食事はみんなで食べると美味しいでしょ?」

 

 今度はサシャが屈託のない笑顔でそう答えた。それは偽物の笑顔なんかではなく、彼女が本来見せる本当の顔なのだろう。

 コニーはその笑顔に驚かされたのか、目を見開き言葉を失っている。他人の食い物を奪うだけの存在と思っていた彼女が、初めて真面な発言をしたのだ。仕様が無い。

 コニーは頭を左右に振りながら、こめかみ部分を指で抑えると、苦々しい声でサシャに問いかけた。

 

「……とか言いながら、本当はフリーダが残したのを貰いたいだけだろ?」

「ぎくっ!そ、それも、少しはあるかもしれんけど……」

 

 俺とコニーはそのとき思った。なんだ、その喋り方は、と。

 

 

 一時撤退の鐘が鳴る。フリーダがふと、トロスト区の後方部分を見てみれば、思ったよりも多い量の巨人が跋扈していた。ガスの量を調節しながら巨人を殺していたせいだろう。流石のフリーダも、ガスを節約はできても、ガス無しで戦うことは難しかった。

 ガスの残量を確かめてみる。一応壁に登るだけのガスは絶対に失わないよう調整していたフリーダだが、思ったよりもガスの減りが早かった。

 途中、巨人を無意識に狩っていた為、もしかしたらその時に、変な使い方をしたのかもしれない。

 とりあえず、他の上官達と一緒に壁を登ろうと周りを見渡してみれば、そこに彼らの姿は存在していなかった。

 

「全滅、したのか……」

 

 無感情にフリーダはそう現状を認識する。

 彼を出過ぎだと咎めた上官も、彼を前衛部に配置すると告げた上官も、いつの間にか影も形もなくなっていた。

 道路部分を見てみれば、腕が一つ落ちている。見覚えのない腕。血飛沫があたりに散布しており、巨人に食われた後なのが分かった。

 

「これが世にいう地獄か」

 

 フリーダは他人が口にする地獄とはこういう物なのだろうなと想像しながらそう呟く。彼の中で地獄というのはあまりにも現実味がなく、また、想像できない物であった。

 それが今、目の前に具現化し視覚情報として認知できている。人としてどこかずれているフリーダはその光景を鼻で笑うと、鈍になった刃を捨てた。

 とりあえず上に登ろうと壁を見る。一時撤退の鐘しか鳴っていないということは、つまり鎧の巨人はまだ現れていないということだろう。

 時間的にも、今このタイミングがベストと思うのだが、それでも破壊しないのには何か訳があるのかもしれない。

 フリーダはガスの補給なしに壁に登る為、ひとまずそちらに向かって走った。

 

「た、助けて……」

 

 瞬間、その声が聞こえた。横を見てみれば、家屋の影に隠れて、一人の駐屯兵が巨人に食べられそうになっているのが見えた。

 フリーダはそれを見ながら、何もせずに横切る。助けようと思えば助けられる命。しかし、フリーダはあえてそれを無視することにした。

 自分が行うべきことを見誤らないように。再び己の心を律するように。フリーダが眼前でとらえるものは何時だって一つと定めているのだ。

 後ろから悲鳴が聞こえる___。だが止まらない。

肉を食い破る音が聞こえた___。それでも止まらない。

何かが弾ける音が聞こえた___。足を止めることはしない。

 

「なんて良い日だ」

 

 走りながら、悠然とそんなことを呟く。

 誰も反応する者はいない。誰もそれに共鳴する者はいない。周りは巨人だらけで、言語を理解する獣は一人しかこの空間にいないのだから。

 フリーダは珍しく昔のように口角を引きつらせながら、子供のようにはしゃぐ。良い子を演じていた時の、まだフリーダでは無かった頃の少年のようにかんらかんらと笑ってみせる。三つの三日月を作り、狂気という名の仮面を被って、彼は踊る。

 なんだって今日は良い日なのだから。仇の男を引きずり出せるかもしれない愉快な日なのだから。その過程で死ぬ命にフリーダはかまっていられない。

 

「なんて良い日だ。あの日を彷彿とさせるぐらいに最高にハッピーでクソッタレな日じゃないか」

 

 今日で全て終わらせられるかもしれない。

 そんな果てもない、願うわけもない望みを抱きながら、少年は今かいまかと鎧の巨人の登場を待ち望んだ。

 

この小説の雰囲気について

  • 原作同様沢山人殺す(世界は残酷だルート)
  • みな生存ハッピー(世界は美しいルート)
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