ヒストリアの兄でございます。 作:ヒストリアの兄
1
フリーダとの話し合いを終えたライナーとベルトルトはすぐに待機場へと戻ってきた。どうやら自分たちが場を離れている間に、作戦決行の合図が出ていたらしく、訓練兵や駐屯兵問わず、みんな忙しなく動いている。
一応、この作戦の最高指揮官であるピクシス司令が、敵前逃亡の罪を取り払ったために、ライナーやベルトルトが言及されることはなかったが、一部の上官達からは白い目で見られた。
壁の上にのぼると、そこにはジャンとマルコ、アルミンが今にも死にそうな顔で大量のガスボンベを背負い壁の端の方へと走っていた。そのうちジャンがライナーとベルトルトの存在に気がついたのか、大きな舌打ちをして詰め寄ってくる。
「お前らどこに行ってたんだよ!もう作戦始まってるぞ!」
いつもより落ち着きのないジャン。きっと、彼は彼で今の現状に余裕を持てていないのだろう。まあ、同期の中の一人が巨人化能力者だったと聞かされて「はい、そうですか」で済ませられるほど、彼は幼稚ではないと言うことだ。
「ああ、すまない。少し大きいのと戦っててな」
ライナーは小ネタを挟みながらジャンへ軽快に返した。
「チッ、糞かよ。緊張感ねぇな。お前らは囮り部隊の17班だ。さっさと駐屯兵の先輩と合流してこい」
ライナーのそのネタで少しは余裕が出たのか分からないが、ジャンは呆れたように後方へ指を差しながらそう告げる。ライナーとベルトルトはジャンの指し示す方向を見て、確認すると、感謝の言葉を告げてそちらへと向かった。
「ねえ、ライナー」
近くの誰にも聞こえない声でベルトルトが言う。
「どうした」
「フリーダは何を考えていると思う?」
ライナーが聞き返してみれば、それは先ほどのことについてだった。
正直、ベルトルトに聞かれてもライナー自身戸惑いを隠せていない。フリーダがどうやって自分たちの正体を見破ったのかも、なぜあの仮説にたどり着けたのかもわかっていない。
あの考察ができる人間は、元から巨人化能力について知っている、もしくは、自分たちの目的を知っていなければならない。エレンの存在を知ってから、あの考察に至るにはあまりにも早すぎるため、前からそれらについて知っていたということになる。具体的には、訓練兵時代には、既にその知識を保持していたいはずだ。前提条件を知る事が最もハードなのに、フリーダはそれを最も簡単に知り得ていた。
ライナーとベルトルトは、フリーダこそ何者なのか気になって仕方がない。もしかしたら、マルセルを食べた巨人という可能性も考えたが、それではクリスタが妹の理由が分からなかった。
「さあ……、分からん。エレンを食べて俺らに付いてきてくれるなら、こちらとしてはありがたい話だ」
これについては望みが薄そうなのはライナーでも分かる。フリーダが巨人の力を手にすれば、正直、アニとライナーで勝てる気はしなかった。ベルトルトであれば圧倒的な体格の差で力勝負は負けないだろうが、その場合、消耗戦を仕掛けられ敗北するのは目に見えている。
3人同時に襲いかかればなんとかなるかもしれないが、その場合、フリーダを一人、どこかへと誘導しなければいけない。今回のように、周りに多くの兵士を抱えた状況では必ず逃げ切られてしまう。まあ、そんな事(フリーダに頭脳戦で勝つこと)ができるのであれば、今このような詰み状態になっていないのだが。
フリーダの頭の良さはどうも、アルミンのような突拍子のない案を思いつくとか、ジャンのような現状を正しく認識する力ではない。相手の行動、仕草、表情などから心理を読み取って情報を引き出し、それらを他の情報と結び付けられるところにあると思えた。言うなれば、相手を騙したり、利用したりするのはお手の物と言える。
「大人しくついてくるかな」
ベルトルトもライナーと同じ考え方らしく、不安げにそう語る。付いてきてくれなければ、無理やり攫うしか方法が思いつかない。その時の方法を、ライナーはうっすらと考えていた。
「それも分からん。ただ、あいつの目。あれはイカれた奴の目だった。もしかしたら、先のことなんて何一つとして考えてないのかもしれん」
エレンを食べると豪語した時の目を思い返しながら、ライナーは告げる。光が一切入らないような暗晦な瞳。自身が父親と思わしき人物と接触し、拒絶された時の表情に似ている気がする。
だが、それはそれで良いこともある。ライナーは大きく深呼吸しながらそんなふうに考える。自分とフリーダが似ているなど、烏滸がましいと分かっているのに。
「フリーダは……、マーレにとって好都合な生物兵器になるかもな」
そんな未来が来るのかどうかは分からないが、ライナーはそんなことを静かに呟いた。
2
トロスト区奪還作戦 決行中。クリスタは定められた持ち場を大きく外れ先行していた。
今回、壁の方へ巨人をおびき寄せる作戦にとって、彼女の行動は決して公益になるものではなかった。逆に、彼女の方へ巨人が分散してしまうため、その分、作戦の趣旨とは正反対のものが起きてしまっている。
聡明なクリスタがそんなことを分かっていないはずもなく、彼女は作戦のことなど関係なしに独断行動を続けていた。
「クリスタ!突っ走りすぎだ!クリスタ!!」
そんなクリスタの後ろに張り付くように付いてきているのがユミルであった。ユミルは大声でクリスタ に静止するよう叫ぶが、クリスタはあえてその言葉に返事をしない。
「おい、クリスタ!!一旦止まれ!大分、壁から離れてきてる。一度引き返そう」
クリスタが意地でも返事をしないと悟ったユミルは、無理やり彼女の前へと回り込む。立体機動の動きにしては大分無茶ではあるが、そのおかげでクリスタは止まらざるを得なかった。
クリスタとユミルは一つの家屋の屋根へと降り立つ。周りには幸運にも、巨人が一体もいない。壁の端へ寄せる作戦がうまくいっている証拠でもあった。
「ユミルだけ戻ってて」
クリスタが言う。その言葉には生気を伴っておらず、まるで亡霊が呪詛を吐いていると錯覚してしまいそうだった。
「はあ? 今なんて」
「ユミルだけ戻ってと言ったの。聞こえなかった?」
ユミルの言葉に苛立ちも覚えないのか、淡々とした声でクリスタが言う。今まで兄の気を引こうと良い人を演じ続けていたクリスタはどこにもいない。これこそが、彼女の素であるヒストリア・レイスの素顔なのではないだろうか。兄妹揃って外殻が分厚かった分、それが剥げ落ちた時のギャップは凄まじかった。
「……それは無理な話だな。お前は私の班員で、私はお前の班員だ。単独行動は許されてない」
ユミルは後頭部を掻きながら、ため息まじりに言う。
クリスタはそんなユミルを冷たい目で見ていた。
「そんな理屈いいから、もう放っといてよ」
話が無駄と思えたのか、クリスタはさっさと先に進もうとした。向かう先など彼女には決まっていない。取り敢えず適当に飛び回り、適当な巨人に掴まって、適当に死のう。そんな意味のない思考回路が彼女の体を支配している。
「私はもう生きていたくないの。せめて、死にたい時に死なせて」
「死にたい時って……それが今なのか?」
ユミルの問いかけに、クリスタは迷うことなく頷いた。死に時は、まさに今ここなのだ。
「本当にこのまま死んでいいのか?」
「生きてたって、何も良いことない。私がいない方が兄さんも喜ぶなら、私は喜んで死ぬ……」
嫌いと言われた。大好きな兄から“初めて“拒絶の声を聞かされた。彼女にとって生存理由だったものは失われ、生存価値であったものは手からこぼれ落ちた。生にしがみつく意味も価値もないのであれば、今死んだって何も問題はないと彼女は思っている。
クリスタにとって、いやヒストリア・レイスにとって兄の存在はそれだけ大きなものであった。たった一人、世界で唯一自分を守ってくれる存在。愛してくれる存在。そんな奇妙な感情を持ち合わせていた。それは決して言葉では形容できない感情である。愛情だとか、恋だとか、家族愛だとか、依存心だとか、そんなチープなもので表してはいけないものだ。
だからこそ彼女は思う。そんな感情を抱くものに嫌いと言われたのであれば、彼のためにこの命を投げ出そうと。それが兄さんの喜ぶことなのなら、命の使いどころは既に決まったようなものだと。死を受け入れ、できるだけ兄さんの喜ぶように残忍に死んでやろう。それが彼女の選択である。
ユミルはそんな言葉を心底面倒くさそうに聞きながら、刃を鞘に納めた。
「そうかよっ……」
そう言った瞬間、ユミルはクリスタの首を力一杯締める。
クリスタはあまりの唐突の出来事に、先ほどまで無感情だった表情に驚愕の色を浮かべた。そして次に苦痛の顔を浮かべる。気管が締まり新鮮な空気を求める脳味噌が悲鳴を上げ続ける。舌が、喉が、石のように固まって言うことを聞かない。身体と意識が段々と乖離していくような感覚。
ユミルは怒りのあまり火のように顔をほてらせながら、腹の奥底から大声を出した。幸いここの近くには誰もいないため、聞く人はいない。
「なら惨たらしく殺してやるよ!あんたみたいな甘えたガキ、確かにこの世じゃ生きていけないだろうさ!!何が兄さん、兄さん、兄さんだ!あんたは一度もあいつを見ていない!あいつの本質を理解しようともしていないじゃないか!!」
その言葉に薄れいく意識の中、クリスタは目を見張る。兄を理解しようとしていない、これだけ兄のことを考えている自分が、そんなことを言われるのは心外だと思えたからだ。
しかし、反論しようにも首が締められているため声が出せない。空気を震わせるだけの行為ができない。
そのやるせない感情がクリスタに力を与え、必死にユミルの絞首に抗おうとする。ジタバタとできるだけ体を動かし、ユミルの体を離そうと努力する。目の前の女を殴り飛ばし、反論してやろうと死に物狂いでもがき続ける。
だがユミルの手は剥がれない。純粋な力の差が決定的であった。
「悲劇のヒロイン気取る前に、少しは自分の兄さんを一人の人間として見てみたらどうだ、このアバズレ!!」
ユミルはそれだけを言い終えると、クリスタを横に投げ飛ばす。クリスタはなんとか、家屋の下に落ちないよう体勢を整えると、恨めしそうにユミルを睨み、反論しようと口を開いた。
「がぁっ……ゲホッゲホッ!!」
が、気管が開き、待ちに待った空気が一気に肺へと流れたせいで咽せる。あまりの辛さに、目頭には涙が溜まり、頬は紅潮していた。あまりにも咳が出過ぎるせいで、少し胃の中が逆流してきそうだ。
「正直、あんたの兄貴が何をしようとしてるのかなんて私には分からない。私はどこまでいってもあいつの他人なんだよ。でもさ、あんたは家族なんだろ? たった一人の妹じゃないのか? なんで理解してやろうとしない」
背中をさすりながらユミルは静かに言う。
クリスタはその言葉の意味が分からないため、ゆっくりと深呼吸しながら言葉を紡いだ。
「はぁはぁ、理解……? はぁっ、私が、兄さんを……?」
「そうだ。さっきも言ったけど、クリスタは一度もフリーダを一人の人間として見た事がない。いつも自分が兄貴からどう思われてるのかばかり気にして、本質を一つも理解しようとしていないんだ」
その言葉は、まさに目から鱗が落ちる思いであった。
ユミルの言う通り、いつもクリスタは振り向いてくれない兄にかまってもらおうと思ってしか行動をしていなかった。良い子を演じた時も、開拓地でお婆さんの話をしに行った時も、全て大元である兄の心情を理解しようとした行動ではない。本当に兄のことを考えるのであれば、彼について調べ理解し、そして根気よく対話を目指すべきであった。確かに、兄がそれに応じてくれなかったから構ってもらおうとしたのもある。けれど、それは裏を返せば早々に兄との対話を諦めていただけであった。
クリスタは自身の本心を見透かされたことをひどく恥ずかしく思う。それを幼稚な理論で泣き喚いていたことにも羞恥した。
そんな思考回路がショート寸前のクリスタたちを前に、一匹の14m級巨人が近づいてくる。大量の人間に反応せず、こちらに寄ってきたところを見れば奇行種であった。
「チッ、巨人が来やがった」
ユミルはクリスタの背中をさするのをやめて二本のブレードを抜く。今ここでユミルだけが離脱すれば、確実にクリスタは逃げ遅れる。精神状態をとっても、身体状態をとっても、今のクリスタは最悪なのだから。
「こっからどうするかは自分で考えな、クリスタ。私は本当にあんたが死にたいなら、まあ嫌だけど、その心情に賛同してやる」
そう小さく告げるユミルは本当に嫌そうな顔であった。
ユミルは巨人がクリスタに手を届かせる前に殺すため、立体機動で眼前に飛びつく。それをボーとする頭で眺めながら、クリスタは己の心情を把握するために冷静に分析を始めた。
「私は……私は……」
兄のこと、自分のこと、そしてユミルのこと。
自分が死んだ場合と、自分が死ななかった場合。
分からないけど頭を働かせる。分からないけど口を動かす。どうすれば良いのかなんて自分自身でも分からない。
あれも違う、これも違う。正解か不正解なのかすら判断できない。
ただ、自分が兄のことを理解しようとしていなかった事実が胸に刺さる。憧れを抱き、理想を抱き、幻想に夢を見ていた。一体いつからそんなことをしていたのかと、クリスタは思い出す。兄との初めての会合を思い出す。一番大切で、自身の宝のようなもの。
けれど、はっきりとは思い出せなかった。昔は頻繁に思い出していたはずなのに、なぜか思い出せない。その事実が恐怖を与える。自身の記憶に自信が持てなくなる。
「クリスタァ!!お前はまだやり直せる!!兄貴もお前もまだ生きてるんだ!!これからちゃんと、やり直せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
その言葉にはっとなる。
そうだ、記憶なんてどうでも良い。大切なのは今だ。いつも記憶にすがって、兄さんの幻を見ていた。だから、今の兄さんを理解しようとしていなかった。また同じ過ちを繰り返すところだった。
クリスタは立ち上がる。刃を握り、ユミルと奇行種を睨み付ける。今、ユミルが丁度、奇行種の脛部分を切り落とし、巨人の体勢が崩れた。
狙うなら、今、ここしかない。
「知りたい、兄さんのこと。ちゃんと知って、ちゃんと仲良くなりたいよ……!!」
そう言ったクリスタは、奇行種のうなじを誰もが見惚れるほどの美しさで、華麗に削ぎ取ってみせた。
街道に着地するクリスタとユミル。ユミルは「お見事」と言う称賛をクリスタにかけてやった。
それにクリスタは「ありがとう」と返す。ユミルがその顔を見てみれば、そこには先ほどまでの死んだ顔ではなく、きちんとした強い顔が鎮座していた。
「私、決めたよ。ユミル」
「何をだ?」
「私はもう妹という立場に甘えない」
3
トロスト区奪還作戦が始まって20分が経過した頃。フリーダとアニは作戦には参加せず、裏路地で座り込んでいた。ピクシス司令が敵前逃亡死罪を取り下げたためである。アニもフリーダも心身共に疲弊しきっており、喜んで巨人を狩ろうとは思わなかった。
すっかり動悸が収まったアニは、先ほど自身を殺そうとしていた男を盗み見る。フリーダは一言も喋らないで、空を仰ぎながら片手に握られた野戦糧食を口にしていた。外で地獄絵図が描き殴られている状況下でもなければ、なんとも絵になる光景だっただろう。けれどアニはそれを唾棄するような気持ちで眺め続けた。
「それで、どうするの。私たちトロスト区奪還作戦にも参加してないけど」
つまらなさそうに尋ねてみる。別にフリーダと喜んで会話をしたかったわけではない。これまでのアニとフリーダの接点と言えば、精々、対人格闘術の時間に無理やり組まされたくらいのものである。
「さっきも言った通り壁の穴は塞がせる。これ以上、巨人を中に入れてエレンが食われる危険性は防ぎたい」
フリーダはアニの質問に特に感情を表すわけでもなく、空を見ながらぶっきらぼうに返す。
「力が欲しいだけなら、誰に食わせても変わらないと思うけど」
アニはフリーダの言葉の意味が分からなかったため、首を横に振って言った。
「いや、変わる。俺がやりたいのは力を手に入れることじゃない」
「話が見えないね。あんた、本当は何がしたいの。あの死に急ぎを殺したいだけなら、それこそ巨人にでも食わせればいい。言ってる事が支離滅裂だ」
アニからしたフリーダの印象は、合理的、理性的な男である。どんなことも、飄々とやってのけ、感情的になるところを見たことがない存在。
そんな男から一番かけ離れているはずの無秩序な言葉の波。「エレンを食べたいことを望む」と言っておきながら、その本質であるはずの「力の奪取」も「エレンを殺す」ことも彼は望んでいないと言う。
アニたちだって無意味に壁を壊したりしない。そこには世界を救うという建前があり、故郷に帰りたいという願いがあるのだ。
それなのに、フリーダにはそれがない。建前も本音もない。ならば一体、彼は何がしたいのか。
「……分からん」
「……はあ?」
フリーダの言葉に、思わずアニは気の抜けた声を出す。
その答えは非常に呆気なかった。ひどく陳腐なものであった。
内心を掴ませなかったフリーダの本心は、ただただ、空っぽなだけだったのだ。
「俺は生きる意味を見失った。今やっていることはただの惰性だ。なんとなく、そうした方が俺は楽しいと思った」
野戦糧食を貪りながら、乾いた笑みを浮かべるフリーダ。初めて笑うところを見たアニは、怪訝そうな顔を浮かべながらフリーダを眺める。今まで無理やり感情を押し殺してき彼よりも、この何もかも分からなくなっている彼の方が余程人間らしいのではないかとアニは思った。
「楽しい? 私たちを脅した理由はそれだけ……?」
「正直、人類がどうなろうが、壁外がなんだろうがどうだっていい。そんな事、俺からすれば魚の糞と同じ大きさの話だ」
楽しいと言う純粋な願い。それは多分、世界から見ても、他人から見ても間違えている感情のはずだ。
アニは何故か自身の過去を思い出す。なんで今思い出すのかは分からないが、それでも記憶の奥底から蘇ってしまう。
捨てられた過去。引き取られた男に武器として育てられた過去。そこに自身の感情は無かった過去。自分を含め人間の命なんてどうでもよかった過去。
そして人の温かさを知ってしまった過去。公益とは程遠い、父親の純粋な願いを知ってしまったあの過去を。
「アニ。俺は気付いたんだ」
フリーダが身をだらりと広げて言う。
「何に気づいたって言うのさ」
アニは無機質な瞳でフリーダを眺めながら問うた。
「この世界をぶっ潰したら、みんな俺みたいに惨めな気持ちになるんじゃないかって………」
その時、アニは気づく。
何故自身が過去を思い出したのかようやく合点がいった。
自分もこの男と同じ惨めな人間だと自分で思っているからだ。
人の温かさを知る前の自分に、目の前の男は非常に似ていた。まるで古い写真アルバムでも見せられているような気分である。
「惨め、か……」
どうでも良くなる。もう考えることすら面倒になる。その都度、自分には父親の「帰ってきてくれ」と言う言葉が想起されるが、きっと、目の前の男にはそれがない。生きる目的も、生きる方法も、生きたいと願う思いも、この男には無い。
だからこそ惰性。フリーダが何故その惰性をエレンに求めているのかは分からないが、きっとそう言うことなのだろう。
してもしなくても構わないが、どうせならやってしまおうと言う幼稚な考え。惨めな自分を誤魔化すために、世界の人間を惨めにしようと考える子供の発想。
アニは前言撤回したくなる。目の前の男が人間らしくなったなどと言う軽率な言葉を破棄したい気持ちになる。
人間を最も人たらしめているのは生きる動力源だ。生への渇望だ。
それが無いものを決して人間は人とは言わない。フリーダがやろうとしていることは、ただの後付けでしかない。
「ねえ、あんたさ」
「なんだ」
「あんたと私は似ているのかもしれないね」
フリーダはその言葉になんでもないような表情で返す。
やはり、この男は生きる目的がない。目の前に自分と一緒の惨めな存在がいるのに、何も思っていない。
「あんたが可哀想に見えてきたよ」
アニがそんなこと言う。初めて人間に心の奥底から同情した。
だからなのかもしれない。彼の後付けに、深みを与えるためのスパイスを加えてやろうと思ったのは。
「ねえ、あんたさ。もし良かったら___……」
その時、彼女たちを見下ろす空に作戦成功を知らせる信号弾が飛び交った。
この小説の雰囲気について
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