戦姫絶唱シンフォギア 神装魔剣   作:虚無の魔術師

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憎悪の引き金

エリーシャ・レイグンエルド。

 

 

24歳。物理学に精通し、科学的物質の研究に名を残した有名な北欧の科学者。他にもナノマシンや人体の知識もあり、国から【魔剣計画】に派遣された科学者であった。

 

 

全ての物質に影響を与える『魔剣』、この力をより絶大に解放させるにはどうすればいいか。その実験の為に彼は多くの子供達と魔剣の中でも最高峰とも言えるグラムを授けられた。

 

 

それから数ヵ月後、彼は禁忌の実験を行った。七千を越える子供達、『魔剣』の適合者として断定されていた彼らに、『魔剣』を埋め込んだ。

 

 

 

前にも話したが、『魔剣』は人を選ぶ。古代から、担い手を選び、それ以外の者(例外を除く)を認めないという厄介な性質を有していた。適正実験には手間が掛かり、それほどの時間を要する。

 

 

 

 

 

だが、エリーシャは強引に『魔剣』を子供達に適合させようとした。無論『魔剣』はそれを拒絶し、凄まじい拒絶反応に子供達は苦痛のままに死んだ。

 

 

 

 

『失敗だね、次』

 

 

しかし、彼は顔色を変えることなく淡々と実験を続けた。共にいた科学者達も彼に恐れを抱き、明かな恐怖のままに従うしかなかった。

 

 

その結果、初めて序列という枠組みに当てはまる無空剣とその他数名の魔剣士を作り出すという偉業を実現させた。───────七千近くの被験者を死なせるという悪行をひた隠しにしながら。

 

 

 

その事実を知った【魔剣計画】はエリーシャを責め立てるどころか、同じように実験を行った。結果、十数人の魔剣士を代償に十万にも及ぶ子供達が死んだ。圧倒的な戦力を求めた世界と組織によって、殺されたのだ。

 

 

 

 

人の苦痛も何もかもを理解せず、自分の探求心の為だけに犠牲を許容するモノ。価値観が歪んだ好奇心の怪物。

 

それを知ってか知らずか、総統はエリーシャに『理解』という称号を与えた。自分以外のものを踏みにじってでも、あるものを目指そうとする狂人に。

 

 

 

彼が目指すものはただ一つ。

魔剣士の可能性、人では辿り着けない真理の解明。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

干上がったような喉から、声が漏れ出す。そうなる事自体異常だという違和感が沸かない程、剣は唖然としていた。

 

 

「…………何故、お前が」

 

 

エリーシャ・レイグンエルド。

その男を忘れたことは一度たりとてない。彼を殺すことが無空剣の使命だとも考えていたのだ、その為にこの世界から離れることも検討していた。

 

 

だが、想像もできなかった。

一番憎んでいた相手が、自分の新しい居場所にまで来ていたことに。

 

 

「何故お前が、この世界にいる──ッ!!」

「不思議か?私がここにいる事が」

 

 

義眼らしき機械の球体が蠢く。アメジストの色をした眼を伏せ、薄く笑う。

 

 

 

「それともこう言いたいのかな?─────別世界にいる人間が簡単に他の世界に行ける筈ない、と」

「…………、」

「おいおい、君にしては甘いじゃないか。私達を忘れたかい?確かに難しかったが、不可能という訳ではなかったとも」

 

 

考えが甘かった。

彼、エリーシャが作り出した魔剣士というものは、現実的には不可能とされているものだ。不可能を一時でも成功させた経験者だからこそ、なのだろう。

 

 

 

「君というアンテナを主柱にして、一時的にゲートを造り出したという訳だ。世界と世界を繋ぐ技術の作成は手強かったが、『聖遺物(デュアルウェポン)』の力でそれを実現させた」

 

 

簡単に説明してるが、実際に出来るかと言われれば不可能だろう。だが、この男はそれを実現させたのだろう。理論上ではそれ相応の条件下で無ければ不可能とされる現象を、完全に成功へと至らせた。

 

 

それでも、だ。

上手くいく事ではあるまい。世界から世界に繋がるなど、彼にそのような事をするメリットがあるとすれば限られている────────、

 

 

 

 

「俺の、せいなのか………?」

 

 

確かだが、エリーシャは無空剣を重要視していた。同じく【魔剣計画】もだ。自分が逃げ出した当初は多くの追手を差し向けて追撃をしてきたのだ。

 

ならば、奴が────【魔剣計画】がこの世界に干渉してきた理由は、

 

 

 

「俺がこの世界に来たせいで、お前らをここに連れ込んだのか?」

「そうだ─────と言いたいが、残念ながらそうではない」

 

 

 

 

「この世界を別世界と呼んでいいのか分からないのだよ、私も。気にならないのかい?この世界と私達の世界は、共通点が多い。ゲートに関してもそうだ。私が造り出したと言ったが、この世界に存在していたゲートと繋げたに過ぎない………あと気になる事があるとすれば、この世界の人類に遺伝子単位で組み込まれた概念的なシステムかな?」

 

 

何を、と剣は考えた。奴はこう言った、ゲートを繋げただけだと。繋げたという事は、こちら側の門は存在していた事になる。そうでもしなけられば、ここに来ることなど不可能に近いだろう。

 

 

 

それに、まだある。

シンフォギアとロストギア、似てるようで何処か違うもの。同じ聖遺物の欠片を使うものであるのに、何故違うと断言できるのか。

 

 

そしてもう一つ、肝心な事が奴の口から出てきた。

 

 

「概念的なシステムだと?」

「私とて気になる。調べようと思ったが、あまり時間がなくてね。調べることが山ほどあって困るよ。この世界の技術についても」

「────また手を出すつもりか」

 

 

彼が思い浮かべたのは、色んな人々の顔だった。

 

 

この世界で友好的にしてくれた人達、自分に手を貸してくれた二課の皆、雪音クリス、風鳴翼。

 

 

 

そして、立花響。

自分にとってようやく安らげる、心優しい彼女達。あの男は、そんな彼女達にも被害を与えるのか?

 

 

かつての自分達と同じように、理不尽に奪うつもりなのか?

 

 

 

「俺達を犠牲にしたにも関わらず、今度はあいつらを。無関係なこの世界の皆まで巻き込むのか」

「ふむ、なるほど。君はどうやら絆されているようだ」

 

 

全身から放たれる怒りを感じているだろうに、エリーシャは顎を擦るだけだ。短く嘆息すると、一言。

 

 

 

 

 

「─────私が、そのような無価値な事に興味を向けるとでも?」

 

 

疑問を浮かべる男の顔を見た途端、剣はその場から姿を消していた。そう思うのが一般的、普通より優れた戦闘能力を有する者だとしても彼の動きを目で追うのがやっとだろう。

 

 

 

超速。

最早、神速。

 

 

漆黒の光が不可視の速度で何度も壁を跳ねる。ただの光の屈折にしか見えない光景が、人間が音速を越えるスピードで動き回ってるなど信じられようものか。

 

 

 

(───ヤツは人間、生身の人間だ。俺達ように肉体を改造なんてしてない。拳銃一発で死ぬような存在、どの面下げて俺の前に出てきた?)

 

 

約一秒にも満たない時間の中で。

彼は思考を高速回転させ、状況を正しく整理する。相手をどのように倒すか、最適化させていく。

 

 

目で追うことも出来ない動きに、エリーシャは身動ぎすらしない。ただ両手をポケットに突っ込んだまま、小さく笑う。

 

 

その行動に怒りが再燃しかけるが、噛み締めて何とか堪えた。感情的な動きは意味がない、確実な可能性に頼るのが必然だ。

 

 

 

(構わない。例えどんな切り札を用意してようと!俺を圧倒できる兵器は在りはしない!だが念には念を入れて、一撃必殺だ!ヤツの頭を叩き潰す!!)

 

 

カシャカシャ、ガシャッ!! と、彼の腕の装甲が組み変わる。五指の代わりに出てきたのは、黒耀のような刀身───『龍剣グラム』。生身の人間を殺すには十分すぎる武装だ。

 

それを構え、移動しながら狙いを定める。

 

 

(何より────ヤツは俺の手で殺す!確実に一撃で仕留めてやる!飛び道具には頼らない!絶対な死を、あいつらの一億分の一の恐怖を味わえ!!)

 

 

側面の壁を蹴り飛ばし、弾丸のように突貫する。エリーシャは既に無防備な背を向けている、あまりにも余裕過ぎる。

 

 

深く落とした右腕の先にある剣を構え、解き放つ。あとはスピードに任せればいい。そうすれば『龍剣グラム』は忌々しき復讐相手 エリーシャを一撃で殺せる。

 

 

 

そう確信した、だから彼は相手を見据えていた。

 

 

 

 

 

だからこそ、

 

 

 

「憐れだね無空剣、私の作った作品」

 

 

頭を抉ったと思った筈のエリーシャの声が木霊する。剣は確かに刺突の剣戟を放った。だが、抉ったのはエリーシャではなかったのだ。

 

 

 

「なッ───」

 

 

黒い獣がいた。人の形をした禍々しい存在だ。全身から棘を生やしたような不気味な怪物。剣が破壊したのはエリーシャではなく、その獣だった。

 

 

ガシャンッ!! と甲高いと音が続くと、獣は崩れ落ちた。全身が黒い結晶で出来ていたらしいが、グラムで斬れないものではなく、軽々しく破壊された。

 

 

 

ただ破壊しただけなら彼は気にしなかった。だからこそ、彼はエリーシャへと目を向け、今度こそ行動に移そうとする。

 

 

 

その中、ビキビキと音を聞いた。

思わず意識を向けると、分断された黒い獣の様子がおかしかった。徐々に、その形が戻ろうとしている。

 

 

 

(再生────いや、違う!これは再生でもあり……)

 

 

切断された断面から、体が形作られる。おかしいのはそこではない、分断された体との融合もしないのは再生ではない。

 

 

そう思っていた剣が視線をずらすと、もう片方の体も同じようになっていた。真っ二つになった獣はいつの間にか──────二体に変貌した。

 

 

剣は絶句する。

目の前の現象に、でもあるが違う。彼は言葉を失ったように、エリーシャを見つめた。

 

 

「なんだ、それは」

「ふむ、何を戸惑っている?」

「お前に力はない!普通の人間の筈だ!そうでなきゃ、俺達をあんな実験に使わなかった筈だ!!」

「単純な話だとも」

 

 

バギン、バギンという粉砕音がした。

ただ満足そうに、エリーシャが砕いたのだ。気付かない間に掌に収まっていた黒い結晶の塊を。

 

 

 

地面に散らばる結晶。しかし一瞬にてそれらが膨れ上がる。暗闇に近い薄暗い建物の中で、人の形が増えていく。一から十、十から百へと。

 

 

影すら取り込んでると思われるほど、増えていく黒い闇を背中に、エリーシャは両腕を広げる。楽しそうに、自慢するように告げた。

 

 

「────『果てなき深淵』、君を倒す為にわざわざ持ってきた私の研究成果物さ。最も、これは未知の技術を用いただけなのだが」

 

 

無数の闇が、群体の怪物となって君臨する。怪物の群れに囲まれ、エリーシャは圧倒的な笑みを浮かべていた。再生と増殖を繰り返す黒い暗黒の世界。

 

 

 

剣すら知らない、未知の領域の片鱗。それこそが『果てなき深淵』、結晶で出来た怪物達の呼称であり、この光の見えない禍々しい世界の名前である。

 

 

 

エリーシャは剣を見返す。殺気のある視線を前に、退屈そうに指示を送った。

 

 

 

「やれ」

 

 

黒い獣達が一斉に動き出す。全てが同じく色をしている為、闇そのものが広がっていくような印象に見えてしまう。

 

 

 

一段踏み込むと、剣は片腕のグラムで大きく薙ぎ払う。広大な空間を一閃する刃によって、獣の群れが横に両断される。だが、剣の顔は優れない。

 

 

 

一撃で倒された筈の獣の形が直っていく。倒した数の倍へと増え始めていた。

 

 

(防御面は全くといっていいほど皆無だ。再生と分裂に特化したタイプか!コアが存在しないのに、ここまでの再生能力を有してるのか!?)

 

 

プラナリアというものは知っているだろう。

再生力が凄まじい生物で、身体が切断されれば二匹に増える程だ。細切れにしても押し潰しても意味がない、新しい脳を生み出し、分裂していく。

 

 

だが、この獣はそんな性質ではない。粒子と粒子の間に衝撃を与えられることで分裂、増殖を繰り返す特性を有する。それだけなら普通では肉体の膨大化で自滅するだけだが、黒い獣達は耐久性が存在しない。

 

 

ただ殴られただけでも粉々に砕ける。だからこそ、その特性との相性が良い。小さな衝撃でも壊れ、永久的に分裂を続ける。

 

 

 

対して、剣との相性は凄まじく劣悪だ。魔剣士とは戦闘に特化した人間兵器。特に剣は、戦艦すら砕く程の力と無敵の装甲を有する。相手を一撃で破壊できる力が、相手を無限に増殖させてしまう一手へと化してしまう。

 

 

だからこそ、剣が狙うのは────立ちながら観察しているエリーシャの方だ。両腕の装甲を大きく開き、何枚ものエッジを弾き跳ばす。変則的な動きで屈折していきながら、エッジは全方位からエリーシャを切り裂かんとする。

 

 

 

 

「あぁ、そうそう」

 

 

だが、エリーシャの前で獣達の形が崩れる。普通の結晶に戻ったかと思えば、一瞬にして他の結晶と融合して巨大な柱を何本も作る。それらは、エリーシャの盾へと早変わりした。

 

 

壊れ砕け散る欠片の雨の中で、平然とした男はクスリと微笑む。忌々しげに舌打ちする剣に、最悪な質問をした。

 

今の彼にとって地雷であり、何より触れてはいけない人物が踏み込んできたのだ。

 

 

 

 

「君の親友、タクト君は元気かい?まだ会ってないなら残念だったがね」

 

 

形容できない音が、脳内で響き渡る。

それが堪忍袋が切れた音とは思えなかった。脳髄に通る血管が引き裂けたかと思うほど

 

 

「フィーネに、『アルビオン』を渡したのはお前という訳か」

「タクト君もだ。含んであげたまえよ……………あぁ、そうか。彼を兵器として区分するのは嫌なんだったなぁ?君も気付いているだろう、この世界にいる彼が既に死者であることくらい!」

「ッ!!」

 

 

親友の存在が証明された。同時に既に死んでいることも事実。

 

 

 

 

「彼の死体を回収したのは私達だ。これ以上は分からない訳ではあるまい」

「…………きさま」

「我々には科学力があるのをお忘れかな?君達を兵器へと変えた程の叡智。死体とて有効活用できる、上はそう判断したのだからねぇ」

 

 

だから、作り替えた。

既に死した人間の身体を機械へと作り替え、新たな兵器へと改造した。今度は自分達に都合よく動けるように、機械的なシステムを人格に刻む込む。

 

 

墓から掘り出した死体だろうと関係ない、その誰かがどれほどの人から悲しまれたなど気にしない。

 

 

まだ使えるから、それだけの理由で、彼等は親友(とも)を弄んだ。死体に糸をくくりつけて動かすことが、それだけ素晴らしいことなのか。

 

 

「ついでにだが、勿論記憶を消させて貰ったよ。不要だろう?メモリーを圧迫するだけのものなんて。万が一、それで反逆されても困るものだし」

「く、そが」

「良いことを教えてあげよう。今の彼は何にも知らない、君との思い出を。だからこそ、彼は完全な兵器になったのさ!子供すら躊躇なく殺せる兵器、我等が求めていた完全な兵器にね!!」

「こ、の…………外道がぁぁああああ!!!」

 

 

 

目の前の男、その上に存在する組織への憎悪が消えない。【魔剣計画】は、彼の知る世界はどこまで狂っているのだろう。

 

 

人の命とは、そんなにも小さなものだったのか?利益なんてものに優先される程の価値だったのか?

 

 

 

「何をそこまで騒ぐんだ? 私は彼に力を与えた。死んだ後も無駄にしない、エコロジーってものだ。彼も喜んでるだろう─────最後まで私達の役に立ったいるのだから」

「黙れ!お前が犠牲にした仲間達、七千百十六人! 俺はあいつらの仇を取るためにお前の前に立っている!お前らのくだらない考えの為に、殺されたあいつらの為にだ!!」

「…………悪いが、君の言葉は少し間違ってる」

 

 

戦いながら、剣は眉をひそめた。この数は彼も忘れていない。自分と同じ、エリーシャによって殺された被験者達だ。彼等の名前も、一つたりとて忘れたことはない。

 

 

ならば、何が間違っているのか。そう怪訝そうする剣の前で、男は両手の指を動かす。

 

 

「およそ七千じゃない、一万は既に越えた筈だが」

「………まさ、か」

 

 

あくまでも無関心を貫く男の意図が、読めてしまった。最低最悪な、答えだ。

 

 

「あぁ、君の複製個体───《グラムシリーズ》だけどね、新しくNo.2からNo.6まで完成したよ。まぁ、その分、後処理が増えたがね」

「ッ!またあの実験を!?───一体どれだけの子を犠牲にしたァ!!?」

「ハハ、君は何を言うんだ?」

 

 

目に見えて激情する剣に、彼は嗤った。相変わらずどうでもよさそうに。自分の頭に人差し指を向けながら、あっさりと。

 

 

 

 

「覚えても意味のない、無価値なデータを頭に入れておく必要があるのかな?意味などない、何の役にも立たないじゃないか」

「ッーー!!どこまで腐り果てれば気が済むッ!!」

 

 

 

怒りのあまり、剣は獣の群れを容赦なく破壊していた。そこでようやくエリーシャは様子を変える。剣が獣達を粉砕しながら、彼へと少しずつ近づいていた。

 

 

面倒そうに、彼は片腕を動かす。親指と中指、二つの腹を合わせ、

 

 

「分解、そして融合」

 

 

パチンという音に、複数の獣の形が崩れる。そのまま消失することなく、変質した結晶が他の結晶を取り込み、増幅していく。

 

 

 

その結果。巨大な黒い触手が、生み出される。ただの触手ではない、攻撃に特化した結晶の塊の複合体だ。

 

 

 

ギチギチと繋がった触手が、ムチのように軽く振るわれる。剣は認識を加速させ、その触手を何とか受け止めた。しかしただ触れただけで触手は爆散し、周囲に欠片を跳ばす。

 

両腕を前に剣は攻撃を防ぐ。装甲に欠片が突き刺さるが、何とか耐えたと思えば、

 

 

 

 

 

「────再生」

 

直後。

欠片が形を成し、無数の荊へと化した。質量の法則を無視した現象は、その中心にいた剣を串刺しにしていく。

 

装甲に刺さっている欠片が膨れ上がり、青年を内側から引き裂いていく。

 

 

 

「がッ、ァアあああぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」

 

装甲など意味を成さずボロボロとなった両腕からの苦痛に、叫ぶしかない。そんな無防備な彼に、無数の獣が牙を向く。

 

 

 

攻撃にでも、殲滅にでも特化した訳ではない。傷つけ、弱らせる事に特化した怪物達。まさしく、対魔剣士用の武装とも言えるだろう。

 

 

 

 

だが剣は、折れるつもりなど微塵にもなかった。

何かを喋ろうとしたエリーシャの声を遮るように、地面を砕いた。今の彼を突き動かす動力源は、誰かを守りたいといった感情ではない。

 

 

目の前の男を殺す、怒りと憎悪に呑まれたドス黒い感情だった。

 

 

 

「黙れ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!黙れェ!!もう貴様の戯れ言など何一つ聞きたくない!!ここで死ね!俺に黙って殺されろ!!あいつらの味わった痛みの何千倍も生温い!!確実に殺す、ぶち殺してやるッッ!!!」

 

 

「ハッハッハッ!出来もしない事を口走らない方がいい!─────子供みたいじゃないか」

 

 

叫び突貫する剣だったが、今度こそ無意味に終わる。彼の装甲に突き刺さっていた欠片が一気に増幅していく。

 

 

体内を引き裂き、問答無用で裂傷を引き起こす。吐血と共に地面に倒れ込む。どれだけ強く鍛えられていても、どれだけ優秀だとしても、憎悪がそれを狂わせる。

 

 

追い込まれていく剣に、エリーシャは指を指す。罪のない人間を理不尽な言動で傷つけるような、純粋な悪意。

 

 

 

「前からそうだ。君は何も出来ない、グラムを冠するに相応しい」

 

 

ガリィッ! と爪がコンクリートを引っ掻く。何とか立ち上がろうとするが、身体が重い。元凶からの弾劾を肯定するかのように、動けなくなってしまう。

 

 

 

「数少ない親友?死なせた?馬鹿を言わないでくれ、彼等は誰のせいで死んだ。そう、君だ。君だよ無空剣!君のせいで彼等は死んだ。ノエルだったか?ノワール博士の娘である彼女に関しても、君が殺したのさ!!だってそうだろう!? 煩く泣きわめく少女を処分したのは他ならぬ君本人なのだから!!」

 

 

 

容赦なく、踏みにじる。躊躇なく、無慈悲に。

傷つき苦しんで、それでも希望を持ってきた青年の努力を嘲笑う。

 

 

───お前なんかのせいでこうなった、と。

 

 

 

「人並みの幸せ? 笑わせるな! 周囲の者を不幸にさせる災禍の魔剣グラムの真髄を忘れたのか! ハッハッハッ! 最後は君だ、君だけがこのまま破滅するのさ!より多くの人間を地獄へと巻き込み!私を殺せずに、無様に朽ちることでなぁ!!?」

 

 

 

「ッッッッ!!!!! きさま、貴様ァァァアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 

改めて、無空剣は理解した。この男は殺さなければならない。自分の命に変えてでも、例え幸せになれなくても構わない。

 

 

 

 

この身を焦がす憎悪のままに、ヤツを殺せるならばそれでいい。あのゴミにも劣らない底辺のクソが、自分なんかより生きる意味のあった彼等を侮辱するのが許せない。殺さなければ、あの男の喉笛を引き裂いて、脈動を絶たねばならない。そうしないと─────無空剣は、生きる意味を失ってしまう。

 

 

 

 

 

いや、そもそも。

無空剣は死ぬべきだったのだ。あの時、魔剣に選ばれるべきではなかった。そうすれば、親友達はあんな末路を迎えずに済んだのではないか?

 

 

 

 

 

ならば殺そう─────目の前の害悪な存在を。自分の先にある未来なんて、どうでもいい。ただ敵を一つ残らず排除すすれば──────────そうだ、兵器になろう。兵器になれば悲しみを感じない、憎しみと怒りで動く今の自分は、ソレと何の違いがある?

 

 

 

 

立ち上がろうとした、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぅぅ」

 

小さな声に、ふと剣は振り返る。建物の影で、一人の少女が起き上がる。

 

 

 

小日向未来。

そうだと思われる少女が目を覚ましたのだ。麻酔が軽かったのは分かっていたが、今この場で目覚めるとは思ってもいなかった。

 

 

 

彼女は目元を擦り、周囲を見渡すと小さな悲鳴をあげた。血塗れの剣を見て、思わず駆け寄ろうとする。しかし、一瞬に足を止めた。

 

 

 

 

 

黒い獣の軍勢と、それを束ねるエリーシャの視線も、彼女に向いていた。

 

 

 

「あー、そうだったねぇ」

 

剣を誘き寄せる為に彼女を拐ってきたエリーシャは困った顔をする。彼が命令を出さない以上、黒い獣も彼女を見つめるだけで動こうとしない。

 

 

 

「………に、逃げろ────」

 

 

必死に、少女に呼び掛けた。

彼女は民間人だ。シンフォギアのような力も、魔剣士のような力もない、か弱い人間だ。エリーシャが指示を出せば、一瞬で獣の群れに八つ裂きにされてしまう。

 

 

 

だが、彼女の反応は違っていた。

背を向けて逃げようとせずに、倒れ込む剣とエリーシャを見返していく。その反応に、剣の方が悲惨そうな顔になる。

 

 

 

殺されてもおかしくないのに、自分自身を助けるようとしている。何の力も持ってない筈なのに。

 

 

絶句する剣を無視して、エリーシャはフーッと息を吐き捨てる。両目を細めながら、片腕をゆっくりと振り上げた。

 

 

「彼も既にこの場にいる以上……………あの少女も、必要ない訳だしねぇ」

 

 

 

───駄目だ、と思った。

奴を殺して、全ての敵に復讐するのはいい。このまま死ぬのだって、一億歩妥協したって許せるかもしれない。

 

 

 

だが、それは駄目だ。

死ぬ直前に、他の誰かが道ずれにされてしまうのは駄目だ。地獄に落ちるのは自分や奴等だけでいい。ただ平和に生きていた彼女のような善良な人間が、悲惨な末路を迎えていい訳がない。

 

 

 

 

 

「────させる、かぁッ!!!」

 

 

腕が振り下ろされる直後、アスファルトの地面を蹴り跳ばした。引き換えに生じた爆発的なスピードで、少女の元へと移動する。

 

 

 

「この場から離れる!舌を噛むなッ!」

「えっ──きゃっ!?」

 

そう言ってすぐに少女を抱き抱える。出血で服が濡れてしまうのを心の中で謝り、急いで退こうとする。

 

 

「そういう訳にはいかないのだが?」

「ッ!させるかって言ったのを、忘れたかぁッ!!」

 

黒い結晶の異形を差し向けるエリーシャに、剣は吼えながら建物の壁に手を突っ込んだ。より正確には、その中にある建物を支える柱を、強引に引き剥がし────

 

 

 

 

巻き込まれる天井ごと、黒い獣の群れに叩きつけた。その先にいるエリーシャも、それに巻き込まれる。一瞬で建物を崩壊させて、剣は小日向未来を抱き抱えながらこの場から立ち去った。

 

 

 

一瞬で作ることの出来た隙を無駄にしない為に、一刻のこの場から早く立ち去ろうと。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

直撃だった。

瓦礫の山の中にエリーシャはいる。しかしあれほどの一撃を受けたのだ。相当の手負いだと考えるのが普通だ。

 

 

「…………ハッハッハッ、危ない危ない。今のは死ぬかと思ったよ。まぁ、ここで死なないのは私の悪運ってヤツか」

 

 

パラパラと、エリーシャは肩の粉塵を払っていた。血すら出ていない、全くの無傷だ。

 

 

それも当然。

彼の前で黒い獣が盾となっていたのだ。肉体の大半を抉られた獣はその場で絶命するが、同時に分裂して再生していく。

 

 

そして彼が指を鳴らせば、獣達が周囲に向けて攻撃を放っていく。壁や地面、天井を削っていくが、すぐに動きを止めた。

 

 

手応えがない、それが意味することを伝えるように。

 

 

「逃げたか、復讐より人命を優先するとは。非効率かつ感情的じゃないか」

 

呆れたように呟くエリーシャはどこか嬉しそうだった。彼はこの力を使うのは随分と久しぶりだった。だから、わざわざ余計な手間を増やして(人質を連れて逃げて)くれた剣にある意味で感謝をしたいのだろう。

 

 

 

 

この力を試す口実が出来るから、何よりこの世界で。

 

 

 

「負傷した君を回収するなんて簡単だ。精々逃げたまえ、君がどこまで足掻けるかレポートを取る必要がある訳だしね」

 

 

ニタニタと笑いながら、途切れた血痕を見下ろす。跳んで逃げたのは分かっている。だが、自分達から逃げられる筈がない。

 

 

何より、戦う事の出来ないお荷物を片手に背負っているのだ。追いつくのにさほどの時間はかからないだろう。

 

 

「詰め将棋だ。最早君に逃げ切れる選択肢はない。このまま狩られる獲物でしかないのさ、君は」

 

 

白衣を広げ、エリーシャはただ歩く。黒い獣の群れにより形作られた禍つ世界が、彼を中心と言うように追随する。

 

 

 

未だ有利な状況である彼は、相手を追うだけでいい。彼が命じずと、手を出す必要はない。闇の異形達は、敵を殺す為に暴れ、その為だけに死ぬのだから。

 




機密ファイル


『セフィロト』

魔剣計画(ロストギア・プロジェクト)】の最高機関。【魔法計画】の長たる中枢総統 ヤルダバオトが編成した、魔剣に関する実験を行う十人の魔剣科学者のグループの呼称。

それぞれが様々な分野に優れた科学者や研究者であり、魔剣士の製造は彼等を主体として行われている。十人は個人で『セフィラ』という特殊な二つ名が与えられている。




…………今回どうしてでしょうか?エリーシャ、割と性格歪んでると思います。多分どこぞの英雄マニアよりも狂ってるでしょうね…………タチが悪いのはあちらの方ですが。



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