戦姫絶唱シンフォギア 神装魔剣   作:虚無の魔術師

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たった一つの事実

魂というものは存在するのか、それは科学上でも定義が難しい話だ。

 

 

実際、魂は科学的には証明など難しい。形の存在しないものなど科学で表現できる訳がない。それに魂が実在していたとしても、その魂が『人体のどの部位』に存在するかが不明なのだ。

 

 

どれだけ人間の脳味噌を切り開いても、決して確かめられない事象。難題の一つとして、先送りされてきた問題だった。

 

 

 

 

 

 

しかし、それもたった一つの計画によって歪められる。【魔剣計画】、その副産物となる研究によって。

 

 

魔剣の断片を被験者に埋め込み、そして死なせる。そのような実験を繰り返していたある男はある事に気付いた。被験者と一時期適合させた断片を兵器に搭載させると通常の何倍もの動きが出来るようになったのだ。

 

 

 

………それが被験者の戦闘時行動パターンとほぼ一致してるという事実が、ある男を確信に導いた。

 

 

魔剣は人の魂を引き寄せる。ただの人間の魂ではない。その多くが【魔剣計画】の被験者達だった。

 

 

この実験で死んだ被験者の魂は、どういう訳か魔剣の断片にスレーブされる。容量は百人程、それ以上はあまり変動はないとも実証して調べた。

 

 

 

 

 

その性質を男は利用し、ある兵器を作った。倫理的にも人道的にも外れた、最低最悪の所業によって。

 

 

 

自分が実験で死なせた『魂達』の宿る魔剣の断片。それを永久再生をする結晶物質に組み込み、たった一人の魔剣士を追い詰める為、そして────彼を導く為、ある兵器を作り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「─────え」

 

 

 

果たして、誰が声をあげたのだろうか。ただ真っ直ぐ前を見据えている剣には何故か把握が出来なかった。小さい呼吸の音と誤認したからこそ、誰の声だか判断できなかったのだろう。

 

 

 

 

魔剣士達の成り損ない達の残骸、残された残滓───ある意味で言うと魂。それによって構成された『果てなき深淵』のコア。その事実はそう簡単に受け入れることが出来ない。あまりにも、残酷すぎるだろう。

 

 

 

当然の反応だ、と剣は理解していた。

確かに今までも人の命が関わってる事など少なくはなかった。けれども、人の命を救えない…………もう既に魂までも弄くられた状態のものなんて、今回が初めてだ。

 

 

 

「あれが、人だと……!?」

「─────実体は無いがな。あれは魂の集合体、それを運用したも兵器だ。俺を追い込む為にわざわざ仲間たちを利用したのは、エリーシャのヤツの性根の悪さが理由だろ」

 

 

ふざけた話だ、と吐き捨てる。しかしそれだけだ。激情する訳でも絶望する訳でもない。ただ落ち着いた様子で、剣は仲間たちの残骸を前に向き合っていた。

 

 

 

今やるべきことは、嘆くことでも怒り狂う事ではない。解放せねばらない、兵器へと変えられた仲間たちの魂を。

 

 

自分の名前を呼ぶ声を聞いた。しかし剣は振り返ることなく手を向け、制止するように促す。何も反応がない事から、指示に従ってくれたらしい。黙々と前へと進み、ついに漆黒の剣の前に立つ。

 

 

そして、片腕を持ち上げて、手を伸ばした。自分の力でなら、あれを砕くことな難しくない。触った後、力を入れるだけで充分なのだから。

 

 

掴んだ直後──────一瞬で世界が反転した。周りから人の反応が消え、完全な真っ暗闇へと変貌する。

 

 

そんな黒の世界に、複数の光が浮かび上がる。光は徐々に形を変えて、人の姿へとなっていく。

 

 

 

剣が良く知る姿だった。

魔剣士(ロストギアス)』になる事を前提とされていた少年少女達。そして、剣のような『魔剣士』になる為の実験で死んでいった者達だ。

 

 

 

『…………』

「お前らに会えるなんてな…………正直な話、思った事もなかった」

 

 

人の形は答えない。沈黙して、此方を見続けるだけだ。何も言わない事に、剣の方が口を開いた。

 

 

「恨んでないのか、何にもやれてない俺を」

『……』

「俺だけが生き延びて、俺だけが幸せを得る事が出来る環境にいる。許せないのが普通だ。お前達は苦しんで、誰よりも生きたかった未来を奪われたのに。俺だけが、それを謳歌する事が出来る………………不条理だ、理不尽だこんなの!俺は、俺が幸せになっていいとは思えないッ!!」

 

 

幸せに生きたくなければ、事実を告げれば良かった。自分が魔剣士が─────肉体の多くを機械やナノマシンに置き換えられた人間にして不完全な、中途半端なものだと。

 

 

それを知った彼等から拒絶され、ただ孤独に生きれば良かった。人ではない魔剣士らしく、感情のないままに戦い続けられれば良かったのだ。

 

 

「だから命じてくれ、言ってくれ。あいつらを許すな、仇を取れと!そうすれば俺は魔剣計画を滅ぼす為に命をかける!全てを差し出す!!それが自分の意思で復讐を選べなかった俺が出来る償いだ!救えなかったお前達への贖罪なん──────」

 

 

 

『違います』

 

 

 

否定してきた言葉は優しかった。けれどそれが、余計に心を引き締める。罵声ならば良かった、普通に恨み言を吐いてくれればいいのに。何故か彼等は、そうしてくれない。

 

 

代表して伝えたのは少女だった。剣は知ってる、アーミィという子だ。誰よりも優しかった子供。家族に会う、それが願いだったのにも関わらず、目の前で血を吹き出して死んでしまった。その光景は、決して忘れられない。

 

 

『私達は死にました。そしてこの中に魂を詰め込まれて、あの兵器の核として運用され続けました。その間も私達は皆と話し合いをしましたよ─────誰も貴方を恨んでません、復讐して欲しいとは誰一人も期待してはいません。優しい貴方が得られる幸せを、願っています』

 

 

 

正しい言葉だ。優しい答えだ。

これが正論なのは分かっている。こう言われたのなら救われたのだと、考えてもいいだろう。

 

 

 

 

 

それでも、無空剣は簡単には頷けない。分かったと言える訳がない。

 

 

彼が生きてきた環境は歪んでいた、歪み過ぎていた。そこであった大きな犠牲が、人の心を縛りつける楔になっていたのだ。

 

 

とある親友に『優しい』と形容された青年なら、尚のことだ。苦痛や後悔が、今ある世界への執着を引き留める。

 

 

頭を押さえながら、剣は叫んだ。どうせなら裁いて欲しいと、自らの傷口を抉るように───過去の痛みに触れていく。

 

 

 

「俺は、そんなものじゃない。自分のやり方も決められないような、中途半端な『魔剣士』だぞ!?優しかったら、あの時お前達を助けようとした!だが俺はしなかった!!恐怖に怯えて震え上がって、大丈夫としか言わなかっただろ!?死ぬのに、殺されるのが分かってたのにそんな綺麗事しか言わずに…………俺だけが生き延びた!そんな奴が幸せになれると?有り得ないだろ!誰かを救えなかった奴が、お前達の仇も満足に打てなかった奴が──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──────いい加減にして!!』

 

 

そんな彼の慟哭を、たった一言の叫びが遮った。剣は思わず言葉を失って硬直する。そして、瞠目してしまう。少女の叫び声が、今までの声量より大きかったのは違う。あんなに怒ったのは初めてだったのも、正しくはない。

 

 

 

 

 

泣いていたからだ。死ぬ直前でも泣かずにいた気丈でもあったあの子が。ポロポロと、水滴を瞳から流していた。

 

 

頬を伝う涙を無視して、剣に声をかける。震えながら、泣くのを押さえようとして。

 

 

 

『満足なの……?復讐すれば、満足なの?自分が傷ついてもお構い無しで、最後に死ぬのが良いの? 違うよ!ノエルも皆、そんな事して欲しくない!!そんな風にして欲しくなかった!私を元気づけてくれた時のように、貴方には笑って欲しかった!!』

 

「─────ッ」

 

 

アーミィの言葉は、重かった。剣が抱き続けてきた【魔剣計画】への憎しみや犠牲者達への後悔と同じく、いやそれ以上に。

 

 

そんな彼女の頭を、横から伸びた優しく撫でる。高身長の青年だった。同時に、剣の年下の魔剣被験者だった。

 

 

フロン、剣と名付けられる前の青年に憧れていた人物だった。

 

 

『……………まぁ先輩の気持ちも分かりますよ。僕も同じ立場だったら復讐を選びたくなります。奴等を地獄の底に突き落とす為に、どんな非道な真似もしますよね』

 

 

けど、と彼は悲しそうな顔で告げる。

 

 

『先輩は違うでしょう。貴方はあの世界に縛られてる訳じゃなかった。解放されたんだ、地獄のような楔から。そして、手を差し伸べてくれる人達がいた。なら掴んでくださいよ、その救いくらい。僕だってそうしますから』

 

 

分かっていた、それが彼等の為になることぐらいは。復讐の為に命を削って無様に死んだ所で、それは自分自身を押し殺すだけの行為だ。意味なんてない。なのに、そうする事が彼等の為になると正当化していた。

 

 

 

『誰かを愛して、誰かに愛されて───私達の出来なかった幸せを、君が代わりに生きて欲しい』

 

ナリミルという少女は落ち着いた声音だった。何時ものような元気さは鳴りを潜めているが、それでも此方の事を気にした様子であるのは確かだ。

 

 

『それが俺らの望む事だ。どうしても出来ねぇってんなら、アンタは俺らの願いを踏みにじることになる。それでもいいんなら好きにしろよ、先輩』

 

雪という少年はつまらなさそうに答えた。口が悪く態度も悪い、早くどっかに行けとでも言うように鬱陶しそうに手を払っている。

 

 

 

それだけではない、他にも色んな子供達がいた。けれど彼等は恨んでいる様子など一ミリも感じられなかった。それどころか、案ずるような声すらかけてくる。

 

 

何故、と呟きそうになるがそれを抑え込む。分かっていたからだ。最初から、何がどうなっていたのか。全ての事実を。

 

 

 

『私達は願いました。ただ一つの願いを、魂だけでもその願いが叶いますようにと。皆で、祈りました』

 

 

 

 

『“あの人が苦しまなくてもいい世界になりますように、受け入れてくれる人達と出会って、心から生きられるようになりますように”』

 

 

 

 

 

『───どうかあの人に、「奇跡」を』

 

 

 

思い出されるのは、あの時の事。剣がこの世界に訪れる直前、あの世界であった最後の出来事。研究施設であった『聖遺物(デュアルウェポン)』の破壊を実現しようとした直後、───『聖杯』と呼ばれるそれは、剣だけを此方の世界へと導いた。

 

 

その後、ノワール博士もあの『聖遺物』の力を調べてみたが、詳しい情報は分からなかったらしい。あれを有していた【魔剣計画】からも何の詳細をも掴めない、ブラックボックスとして、辺境の場所で扱われていたとも。

 

 

そんな代物が何故自分を導いたのか、その答えは今になって明白になった。

 

 

 

 

 

 

他ならぬ、彼等全員の願いだったのだ。『聖杯』は、それを受け取り、『奇跡』を叶えた。

 

 

 

無空剣にとっても───彼女達にとっての願いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────そう、か」

 

 

膝ついて、崩れ落ちそうになる。だがそうはしない。そんな事は絶対にしない。ただ、受け入れるべきなのだ。

 

 

 

「そう、なのか。皆が、祈ってくれたんだな。俺の為に、それを俺は………ただの現象だと、あれの力だったんだって、決めつけて…………馬鹿だよな」

『───』

「あぁ、もう大丈夫だ。迷惑をかけて悪かった」

 

 

それをどう呼ぶのか。

きっと『成長』と言うのかもしれない。

自らの押さえ込むものから開放されたような、晴れた顔をして────『彼』は告げる。

 

 

「ありがとう、俺をこの世界に導いてくれて。俺を、彼女たちと出会わせてくれて。俺は少しだけ────いや悪い、嘘だ。この手で護りたいものが、自分自身の為にやりたい事が出来た。何年振りか、久しぶりにな」

 

 

自分は多くの思いの上に立っている。ならばやることは彼等の思いを代弁した気で、復讐などに浸る事ではない。彼等の思いに答えるより………自分自身のやりたい事を叶える為に生きるのだ。彼等が最後に導いてくれた、新しい出会いを大事にして。

 

 

 

「────さようなら、俺の大切な同胞(仲間)達。

 

 

 

 

 

 

 

安心してくれ、俺はもう迷わないから」

 

 

 

 

 

彼女達は────今度こそ、嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

現実に戻り、目の前の不完全な魔剣を握る指に力を入れる。それだけだった。

 

 

黒い刀身の剣はヒビと共に砕け散り、周囲に散乱した。しかし自然に消滅する事はない。代わりに、辺りに舞う黒い破片の多くが剣の身体へと集まっていく。より正確には彼の右目の部分にある結晶に溶け込んでいった。

 

 

ドクン、と彼の中にある『グラム』が脈を打つ。断片の一つを取り込んだ事で、魔剣が力を増幅させたのだろう。あまり大きな症状はなく、普通にする事にも影響はなかった。

 

 

 

 

「………終わった、のか?」

「あぁ」

 

 

無空剣は頷く。

憑き物が落ちたような顔で。さっきの居た場所を一度だか見て、もう二度と振り返らないように。

 

 

 

「俺が終わらせてきた。馬鹿みたいな考え方も一緒にな」

 

 

 

ここからでも、始めよう。

差し伸べてくれた手を掴み、理解し合おう。

 

その為にも、まずは話す必要がある。自分がひた隠しにしてきた、忌々しい真実を。一つ残らず。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「終わりだっ!!」

 

 

グシャアッ!! という轟音と共に、金属部品の数々が床に散らばる。エリーシャの纏っていた駆動鎧、その最後のアームが破壊されたのだ。弦十郎の振るった、素手の拳によって。

 

 

弦十郎ただ一人だけではない。共に戦っていた緒川も三本のアームを破壊していた、エリーシャの駆動鎧の精密な攻撃を率先的に撹乱させながら。

 

 

 

普通の人間なら軽々と殺せる凶器の武装。それを彼等は圧倒したのだ。魔剣士とは明確に違う、人の身でありながら。

 

 

そして、唯一抵抗できる最後の武器を破壊されたエリーシャは肩から力を抜く。首を左右に振りながら溜め息を漏らし、呆れたように言う。

 

 

「………ったく、君達は化け物か?私の造った駆動鎧を、あんな簡単に壊すなんて。魔剣士なら当然、シンフォギアならいざ知らず────君達は一体どんな体をしてるんだ?」

「その疑問に答えるのは、貴様を捕らえてからだ」

「それは困る。私はまだ研究したい事が山程あるんだ。シンフォギアのデータも解析したい、何より私の計画がまだ残ってるからねぇ……………………む?」

 

 

そこでようやくエリーシャは下へと目を向ける。真下で何が起きてるのか、見ないでも把握できた。自分がどうのような状況に置かれてるのか、理解し始めているのかもしれない。追い詰められた結果、暴れないようにと二人は即座に構える。

 

 

 

 

 

そこで、思わず動きを止めてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「───ふ、ふふ。『果てなき深淵』も壊されてしまったかぁ。なら、あの断片も彼が………………ふふふっ」

 

 

あまりにも。

様子がおかし過ぎる。

エリーシャにとって、『果てなき深淵』は無空剣を倒す為の切り札である筈だ。その切り札が失われたという事は、もうエリーシャに対抗手段はない。

 

 

 

それなのに、彼の顔は嬉しそうだった。弦十郎は即座に理解した。これは喜びだ、自分の目的が上手くいった時のものと同じなのだ。

 

詰まるところ、エリーシャにとって『果てなき深淵』は倒されるべきものなのか。

 

 

「無空剣、彼は性格的に追い込まれててねぇ。現存する魔剣士としては最強格なのだが…………それでは駄目なんだよ、我々【魔剣計画】からしたらね。()()()()の段階では、満足していられないのだよ」

「何を、言っている……?」

「必要なのさ、彼が。彼は唯一現存している最後の序列、【魔剣計画(ロストギア・プロジェクト)】の要なんだ。キチンと成長してもらう必要がある。だが、捕らえることが出来ても問題ないという事でもある──────どちらでも良かったのさ、勝っても負けても。あぁ、私個人では勝ってくれて良かったのだよ!」

 

 

改めて、二人は再確認する。

この男は危険だ。いや、それどころではない、放置すれば世界に影響を与える。

 

だからこそ、いち早く拘束する事が重要だった。しかし彼はニヤニヤとした笑みを消すことなく、両手を振る。

 

 

「おいおい。この私が何の保険も用意しないと思ってるのかい?」

「……なに?」

「注意、というやつだね。そこから離れた方が良いよ」

 

 

意味不明な発言であることには変わりなかった。けれどもエリーシャはひょいっと、目の前で少しだけ後退した。

 

 

 

 

直後の話だった。

アスファルトの壁が吹き飛んだ。いや、正確には激突してきたものにより、勢い良く破壊されのだ。

 

 

その正体は、無人のトラック。それが彼等の目の前に叩きつけられたのだ。

 

 

「なッ!?」

 

 

緒川や弦十郎の驚きも無理はない。現在自分達がいるのは廃ビルの五階よりも上だ。そこにトラックが突っ込んでくるなど普通に考えても有り得ない。誰かが飛ばしてきた以外なら。

 

 

 

「────ふんッ」

 

 

そして周囲に漂う砂塵の中から、青年が出てきた。あまりにも異様、この場にはいなかった筈なのに、一瞬で現れたのだ。

 

 

下に着ているものが何なのか分からない………足まで届く灰色のロングコートに身を包んだ、金髪の青年。目つきも鋭く、目にしただけでどんな人間も怯えさせるような眼光をしていた。

 

 

弦十郎はその瞳が肉食獣よりも鋭いものだと理解する───あれは容赦も躊躇もない。その気になれば人一人を殺すことすら平然と行える戦闘兵器とは違う、越えてはならない一線を越え、慣れてはいけない事に慣れてしまった者だ。

 

 

 

 

「コイツは貰う。とっとと消えろ、雑魚が」

 

 

響いてくる声音は低い。男性特有の声には重圧というものは感じられない。弦十郎達に対して、殺意を抱いていない………抱く気がないのかもしれない。片手で軽々とエリーシャを掴むと、背を向けて立ち去ろうとしていた。

 

 

だが、納得できる筈がない。相手はこの騒動の元凶、しかも目に見えて反省などが見えない所か、楽しんでる素振りすら見える。そんな奴を放置していては、きっとまた他人を巻き込むと大勢の人間が答える筈だ。

 

 

 

「させんっ!少なくとも、その男だけでも捕まえさせてもらう!!」

 

 

「────じゃあ死ね」

 

 

ゾクリと震え上がる程冷徹な声で、青年は宣告した。空いていたもう片方の手を弦十郎へと向け、ぐんっと強く握り締めた。

 

 

 

 

 

音もなく、弦十郎の体から血が噴出した。一筋の刃で切り裂かれたように、赤い服が切り裂かれていた。全く動きが見えなかった。一体何の力を使ったのか、想像が難しい。

 

 

自らの鮮血と斬られたと思われる痛みに思わず仰け反る弦十郎の様子に、それでも青年は不服そうに顔を歪める。

 

 

「…………殺したと思ったが、予想よりも頑丈みたいだな。お前」

「止めておきたまえ」

 

 

もう一度手を動かし、先程の攻撃を行おうとする青年。そんな彼を止めたのは────掴まれたままエリーシャだった。

 

 

「意外とその男、強いよ。これは予想だが、全力の無空剣と殴り合えるくらいには上手(うわて)だとも。あれは、軽々しく語られる存在じゃないね」

「………………ほぉ?」

 

 

科学者からの純粋な評価を聞き、青年が興味深そうな眼を向ける。どちらかと言うと、エリーシャの下した評価───強いという言葉に意識が向いていた。しかしそれも一瞬。

 

 

数発の銃声が鳴り響く。

同時に飛来してきた弾丸を青年は片手で平然と弾き飛ばす。緒川はそれでも退くことはしない。弦十郎の前へと飛び出しながら、青年に何発もの銃弾を撃ち込んでいく。

 

 

何度も手で弾いていた青年だったが、鬱陶しく感じたらしく、一瞬の隙をついて外へと飛び出した。慌てて崩落した壁に走る緒川だったが、青年の姿は見えない。

 

 

 

「司令!」

「っ!大丈夫だ!皮一枚だけで済んだ……それより彼等は!?」

「…………見失いました。どうやら逃げられたみたいです。あの不審な科学者も連れていかれました」

 

思わず拳を壁に打ちつけてしまう。ドゴォッ! という轟音と共に壁に大きなクレーターのようなものが出来て、崩れていく。

 

 

だが、それでもすぐに気を取り直して動き出した。まだやるべきことが残っている。民間人である少女の保護と、真下で戦いの終えた後の彼等との合流だ。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「おん?」

「………どうした、何があった?」

「んいや。何か変な感じがしたんだよ。何だ、この感覚。懐かしい感じだ、オレは………………喜んでんのか?──────ま、新しいバグかもしれねぇな。後で調整しとかねーと」

「………………」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

町外れの森の前。

エリーシャを掴んだ青年はトン……っと軽い動きで着地した。まるでそれまでのビルを飛び越えていた俊敏な動きが嘘かのように、重力など気にしない程、ゆっくりと。

 

 

そして片腕を乱雑に振り上げる。手に掴んだ白衣の襟を、そこら辺に放り投げた。

 

 

「ぶへっ!!?」

 

 

顔から地面に激突したエリーシャは呻き、そのまま転がる。沈黙して動かなかったが、数秒もしない間に上半身だけを持ち上げて起き上がった。

 

 

砂や泥に汚れた白衣を手で払い、それでも汚れが消えないことに不満そうなエリーシャ。彼は適当に頭を掻きながら、隣に立っている青年に声をかけた。

 

 

「やれやれ、もう少し丁重に扱っても良いんじゃないかい?」

「─────────あ゛?」

 

 

 

彼はエリーシャの戯れ言を耳にすると、眉を一層しかめる。不愉快そうに、それはそれは不機嫌というように、青年はエリーシャを睨みつける。

 

 

「勝手に暴れまわって、勝手にピンチになりやがった馬鹿が。どの面晒して偉そうに抜かしてやがる。文句を言う前に、テメェには言うべき事があるだろうが」

 

 

その詰問に関してエリーシャは軽く笑う。息を吐きながら、

 

 

 

 

 

 

「───いやぁ助かったよ。この世界に君を連れてきて良かったと思うよ、うん」

「………………随分と減らず口が上手いな、狂人が」

 

 

本人は感謝しているのだろうか、逆に青年の機嫌を悪くさせている。まぁ、他人から見れば感謝してるように見えてこないのが普通だ。青年の感性の方が正しい。

 

 

 

 

 

「本当ならテメェを切り刻んでヤルダバオトのクソヤロウの元に送り返しても良かった。だが、そうならねェのは『取引』が理由だ。忘れんじゃねぇぞ」

「勿論だとも。私と君はこの為に手を組んだ。だからこそ、後数ヶ月は私の身はキチンと守ってくれ」

 

 

チッ! と青年は忌々しそうに舌打ちをする。エリーシャの方は友好的に接しているようだが、青年からは生々しい敵意を向けられている。何時でも殺せると言わんばかりの殺気と共に。

 

 

 

「それで、俺はいつまで静観してりゃあいい?」

「おや?何もしないのは流石に退屈かな?」

「違ぇよ。分かってるだろ、俺の『目的』、その一つくらい」

 

 

告げる青年の言葉、『取引』『目的』。それは彼等の関係を証明する重要な言葉だ。エリーシャと青年は好きで一緒に行動している訳ではない。言うなら寧ろ、一時期の同盟関係に似ている。

 

 

互いの利益の為に手を組み────互いを利用する事も打算としておく、二人はそんな関係でしかない。青年がエリーシャを助けたのも、まだ価値があると判断したからに過ぎない。もし本当に無価値であれば、見捨てはしなかったものの…………情報を語らせない為に、自分の手で殺していたのだから。

 

 

 

そんな青年の言う『目的』を、エリーシャは知っているらしく、小さく笑う。

 

 

「無論、理解はしているさ。今の君では彼には勝てない。だが、『あれ』が手に入れば例外ではない。君は彼に近づく事が出来る」

「…………勝てるとは言わねぇんだな」

「生温い謙遜など不要だろう? 私は子供のように君をもてはやすつもりはないよ。だがまぁ、今は動く必要などあるまい。大人しく静観しておこう」

 

 

軽く言うエリーシャは白衣を整える。街から背を向けると、暗闇の中へと歩んでいく。青年は苛立たしそうにエリーシャの後へと着いていくように立ち上がる。

 

 

完全に暗闇に入る前に、エリーシャは振り返る。視線の先にいるであろう青年を思い、ニタリと口を不気味な程に引き裂く。

 

 

 

宣誓するような言葉を遺す形で、反対側に照らされた世界に向けて。

 

 

 

 

 

「今回は君の方が上手(うわて)だったよ、無空剣。しかし次はそう簡単にはいかない。この失敗は必ず、100%の絶対な成功の為に役立てる。君は自分が守った一時期の平和の楽園で、ただ平穏を謳歌するといい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その間、私達は野望を企ませて貰おう。悪役らしくね」

 




今回は最初の話の真実が明らかになった話です。剣を此方へと導いたのは、魂だけとなった魔剣計画の被害者(剣の仲間たち)の願いを投影した『聖遺物』の力でした。

少なくとも、沢山苦しんできたんだから………救われてもいいよね。


まぁ、そう簡単に見逃さない奴がいますけどね。
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