戦いは終わった。カ・ディンギルも崩れ去り、呼び出されたノイズもフィーネに一体残らず吸収され、赤い竜が倒された以上、残ってる個体はいない。
しかし、それで全部が綺麗に終わったとは言えない。街のほとんどが更地となっており、至るところでは黒煙が漂っている。街中の住人を地下シェルターへと避難させていた甲斐があったのは事実だ。
何より、まだ彼等としてはやるべき事がある。
「………おい、生きてるよな」
「……………」
瓦礫の山を片手で押し退けた剣が、その中にいた人物に声をかける。そこの中にいたのは、剣達の一撃で鎧を失った────白い服のフィーネだった。
瓦礫に押し潰されていたかもしれなかった女性は、既に意気消沈とした様子だった。自分の願いを、何千年もの間叶えようとしていた望みを叶える機会を奪われたのだ。
きっとこのまま瓦礫の中に埋もれて死ぬ事にも何とも思わなかったのだろう。今を生きたいという考えすら、頭にないのかもしれない。
「───行くぞ」
「……………何?」
それだけ言って、剣はフィーネに肩を貸して歩いていく。どういうつもりだ、と聞き返そうにとしようにも剣はそれ以降何も言わない。フィーネに合わせるようにゆっくりと歩いていき、その場に辿り着いた。
────響達シンフォギア装者、二課の面々に、安藤達リディアン生徒も複数人いる。どんな風に言われようが受け入れるつもりだったが、誰も悪感情を向けてくる様子がない。居心地の悪そうなフィーネだったが、集まっている人の中で異質なものを眼にした。
響に担がれていた、今は地面に下ろされているタクト。瓦礫に背中を預けながら、眠るように硬直している魔剣士の青年の姿が。
「…………タクト」
『心配しなくても構わんさ。彼は生きてるよ、外傷は酷いが幸いにもコアは破壊されてないらしくてね。命に別状はない事だけは確実だと保証しよう』
「………………そうか」
小さく息を吐き、両目を伏せるフィーネ。その様子は、何処かタクトの無事に僅かながらも安堵があるように見えてきた。
そんな彼女に、剣は質問をする。
「それで?フィーネ、お前はこれからどうする気だ?」
「これから、だと?まさか貴様………」
眼を剥いて、振り返る。一度、復讐の相手を知る者として追い、瀕死になるまで追い込まれた青年はあっさりと告げた。
「勿論、俺達はお前を殺す気はないな。少なくとも、俺は自分自身の意思で決めている」
「何を馬鹿な事を………お前を殺そうとしたのは私だぞ?そこにいる小娘達を人質にとって────」
「奇遇だな、俺も神風特攻でお前を殺そうとしていた。どっちもどっちだろ、結局は」
大して気に止める事ない言動。普通に受け答えする青年が嘘をついてないという事に気付き、フィーネは言葉を失う。
だが、彼女は認めない。そう簡単に信じる訳にはいかなかった。忘れてない、自分がどんな凄惨な光景を見てきたのか。
「俺としては、いやこの場の全員がお前やタクトの事を許す気だ。櫻井女史だからじゃない、フィーネ個人を」
「分かっているのか………私は先史文明期の人間、ノイズを造り出した時代から人を見てきた者だぞ。他者を恐れ、拒み、理解できないと決めつけた……………だからこそ何千年も、人の善意などを理解せずに、ここまで来た」
「まぁ、それは簡単に否定できる話じゃないな」
この世界の………先史文明の人間がノイズを生み出した。それも同じ人類を殺戮する為に。
ある意味では、剣も似た環境を生きていた。人類の為、世界の為、そんな謳い文句を聞かされながら彼を含む多くの
だからこそ、統一言語なるものを失った彼等がノイズを作り出してまで他者を排除しようとした理由も、ある程度は理解できる。
根底にあるのは、恐怖だったのだろう。統一言語ならば言葉や心が通じ合える。しかし他者の考えを理解し、自分の考えを伝えられる言葉を失ってしまえば、後に残るのは不理解のみ。
────数千年という長い時を生きてきたフィーネ、彼女は一時期人の善意を信じようとして来たのだろう。だが、悪意ばかりが彼女の眼に止まってしまった。そして少しずつ積もっていき……………人を傷つける事しかしない人類が、互いを理解など出来る筈がないと、そんな風にまで思わせてしまったのだ。
だが、剣は絶望しきったであろうフィーネに言葉を投げ掛けた。
「なら────今回くらいは信じてやれよ。響達の、この世界の人達の善意ってのを」
思わず、フィーネは剣の顔を見つめる。戦いでボロボロになっているその容貌、片目のある場所は魔剣の欠片を埋め込まれ、普通では見られない、一般人からしたら、恐怖を抱かれてもおかしくない。
そんな彼は、前見たよりも心からの笑顔を浮かべていた。感情があるのを装っていた当初を知っていたフィーネは言葉を失い、絶句する。
「確かに、お前の言う事は事実だろうさ。この世界も俺達の世界も、人間は悪意のある存在だ。今更取り繕うつもりはない」
「だが、決して人間の心ってはそれだけじゃないとも俺は思っている」
「真っ黒な悪意と同じように、温かくなるような善意だってある。少なくとも…………俺みたいに自分を兵器だと信じて生きてきた奴にも、側に歩み寄って、人間として見て、手を取ってくれる人達だっているんだ」
────彼は、変わっていた。
心の中でフィーネは剣の事を憐れんでいた。人の心を信じた結果、人の愚かさを知り、大切な仲間を失った結果、人を心から信じることのなくなった青年。自分よりはマシとは言え、信じた結果挫折したのだと櫻井了子として振る舞っていた時はそう見えた。
しかし今の彼は、過去を乗り越えた。自分が受けてきた傷を癒し、その先の分からない未来を信じようとしている。
「───だが、それでも私は」
『素直に認めたまえ生娘。君は彼等に負けたのだ、敗者なら敗者らしく勝者の意見を呑むのが筋だと思わないかね? あまり我が儘を言わず、今はそれを受け入れる時だ』
配慮の欠片もない言葉を言い放つノワール。しかし彼の本心ではない、むしろそれは優しさを向けられたフィーネへのもう一つの激励でもある。
その言葉に唇を噛み締めたフィーネは、少しの間黙り込んでいた。その後すぐにノワールが操る小型機械を睨み付ける。
「…………生娘という言い方は気に入らんな。私の方が年上だぞ」
『マウントを取るみたいで好きではないが………私は既に妻子持ちだったぞ?恋心も親心も、この場の誰よりも会得してる自信があるね』
「おい、博士。アンタの言葉で大人達が凄い顔してるぞ」
「………そういえばオペレーターの人達独身だったな。まさかここで流れ弾が直撃するとは」
ノワール博士の容赦ない言葉(この場の誰よりもという発言)に藤尭さんと友里さん達と言った二課の大人達が崩れ落ちる。少し不安そうなクリスの声と、呆れたように呟く剣に、次第にこの場の空気は弛緩していく。
フィーネもいつの間にか微笑みを浮かべていた。人類への理解を諦めていた彼女の中で、少しずつだが芽生えてきたのかもしれない。
彼の言うように────この人達を信じてみるべきかもしれない、そんな思いが。
「無空剣」
「なんだ?」
「お前は知りたがっていたな、私に手を貸した【「魔剣計画《ロストギア・プロジェクト》】について」
何処かこの光景を嬉しく思っていた剣はフィーネの言葉を聞き、顔色を変える。
虹宮タクト(後続機)と『アルビオン』、フィーネはそれらの戦力を【魔剣計画】から仕入れたのは予想するに容易い。
問題はその内容についてだ。奴等は自分達とは何故無関係なフィーネに兵力を与えたのたか。剣を狙ったのは分かる、そうする理由が一番気になっていた。
「ある程度知っている訳ではないが、貴様に関する事について見過ごせない情報がある」
「それは………なんだ?」
「エリーシャ、あの男は既に【魔剣計画】から貴様の──────」
「─────ふむ、ここら辺で終幕という訳か」
パチン! と指を鳴らす音がする。剣は何か気付き声をあげようとする。しかしそれよりも先に、動く物があった。
ズドッッ!!!! と。
上空から飛来した槍がフィーネを貫く。胸の中心、心臓のある部位を軽々と突き破り、背中へと届く。
全長二メートルに至る長さの白い槍だった。しかし槍と言うには先の部分に大きな突起や刃の部位が存在しない。槍と言うよりも、杭の方が合ってると言われればその通りだ。
「フィーネ!」
クリスが、咄嗟に叫ぶ。他にもオペレーター達が駆け寄る最中、剣はハッと振り返った。さっきの声は真後ろから聞こえた、何より剣はその声の主を忘れてはいない。
相手は隠れることなく、その場に姿を現していた。研究者の着込む白衣を着た────眼帯の男。
エリーシャ・レイグンエルド。
無空剣の倒すべき敵にして彼を追う魔剣科学者。彼は心の籠ってない拍手をしながら、剣達に賛辞を述べていく。
「お見事お見事、消耗してるのにも関わらず迅速に対応するとは。君達には実に畏れ入───」
饒舌に喋り散らしていたエリーシャの言葉がピタリと止まる。喉元に向けられた剣先、刀がその理由だった。
「貴様、櫻井女史に…………いや、フィーネに何をした」
スラスターを加速させて接近した翼がアームドギアをエリーシャに突きつけていた。その動きと構え方に微塵の躊躇は見られない。あの槍の攻撃に近いタイミングでこの男が現れた。ならば関係してるのは明確である。
何より、翼はその男がどういう人物なのか伝えられていた。当事者である剣や彼の知り合いが、どれほどの扱いを目の前の男にされてきた事か。
だからこそ、翼は迷いなくエリーシャに剣を向けていた。下手な真似をするのなら今すぐ斬り捨てるのも辞さない覚悟で。
しかし、エリーシャは自分の命を奪いかねない刃をあまり気にしていなかった。いや、気にしてはいたが、自分の身を心配していない。
翼の纏うシンフォギアと彼女の振るうアームドギアへの興味しかなかった。少なくとも、自分が置かれてる状況には意識すら傾けない。
「なるほど、これが『
「ッ!」
「近くで見てみてると中々だ。もう少し近くでその切れ味を見学したいのだが…………おっと」
異質、不気味。
身を震わせた翼はアームドギアを切り払い、エリーシャから距離を取る。その瞬間、刀に手を伸ばそうとしていたエリーシャの腕を軽々しく通り過ぎた。
……………何も起こらない。切り払われた筈のエリーシャの腕はまだまだ現存だった。そもそも腕すら切り落とされた事実が、最初から無かったことのように平然と笑う。
「安心したまえ、ホログラムだよ。この場には残念ながら挨拶できなくてね、申し訳ないがこのような形で挨拶させて貰う事にした……………しかし」
周囲を見渡すエリーシャ。全員が戦闘態勢を取っている状況だった。響やクリス、剣、弦十郎に緒川までもがエリーシャに対して身構えている。
「随分と嫌われたものだ。無空剣はともかく、君達にまで嫌われるような事をした覚えは無いが?」
「ごちゃごちゃうるせぇ!人を何とも思ってねぇゲス野郎が何抜かしてやがる!」
「無空や博士から聞いたわ…………貴方の所業。最早人ではない正真正銘外道の行いをね」
「おや、実に酷い言われようだな。それも全て事実であるから否定のしようがない」
激しい敵意を周囲から向けられても尚、エリーシャは余裕を崩さない。遠隔で対峙しているのも理由ではあるが、それでも発言の節々に罪悪感や後悔なんてものが見えてこない。ある訳がない、最初から存在してないのだから。
かと言って、心がないのも違うだろう。自分の知らないものを知れば彼は喜び、興奮に満ち溢れる。
それが、エリーシャ・レイグンエルドという男だ。歪みに歪みまくった────本物の狂人。非人道的な研究をしてきた【魔剣計画】からも忌み嫌われた科学者なのだ。
が、そこで変化が起きた。
フィーネの胸元に突き刺さる槍が塵となって消える。見ると傷跡はそこには残っていない。血すら出てこなかった。
しかし、フィーネに起こっている異変は収まるどころか悪化すらしている。
「ぐっ…………ガハッ、ゴボッ!!」
「了子さん!しっかりしてください!」
「ふむ、良い代物だろう? 残念ながらコイツは聖遺物ではなくてね、人工的に造られた対不死用の哲学兵装だ。核として『ハルパーの大鎌』などと言った聖遺物を据えていてね。悲しいことに試作段階だったが故に今現在のフィーネを殺すだけ、完全に魂だけを殺しきる事は出来ないらしいが…………まぁ性能としては充分か、なるほどなるほど」
苦しむフィーネを何とかしようとする友里達。そんな彼等に対してエリーシャは淡々と説明をするだけだった。が、結局その内容は自分の造り出したであろう槍の改善点などぐらいだ。
憐れみの眼を向けようとしていた白衣の男だったが、僅かに眼を見張る。苦痛に喘いでいた筈のフィーネが治療しようとする手を制し、ゆっくりと立ち上がってきた。
「エリーシャ……ッ、貴様……!」
「残念だよフィーネ。君には願いを叶えて幸せになって欲しかったんだがなぁ。虹宮タクトもその為に戦ったんだ。犠牲を無駄にしないで、君には報われて欲しいと思っていたよ…………あぁ、残念だ」
心の底から、エリーシャは悲しそうな表情を顔に示す。声音も少し震えており本気で悲しんでいるように聞こえてもおかしくない。
しかしその場の数人は最初から気付いていた。その内の一人であるフィーネは吐血しそうになりながらも吐き捨てる。
「───最初から、私の敗北を……考えてた奴が、何を今更────その取って付けたような気色悪い態度は、止めておけ………」
「…………………くく」
そこでようやく、エリーシャは何時ものようなにこやかな笑顔を崩した。そこから浮かび上がるのは未知への興奮と探求に満ち溢れた研究者の顔ではない。
純粋に、嘲笑うかのような醜悪な笑みだった。
「クハッ!ハハハハハハハハハッハッハーッ! その通りだ馬ァ鹿め!何故私が、この世界が滅びるのに手を貸さなければならない!? 彼ならともかく、私や貴様のような者がこんなに素晴らしい世界を滅ぼすなど!断じて有り得んだろうさ!!」
エリーシャはフィーネの目的を知っていてもタクトと『アルビオン』を譲り渡した。彼女が剣や響達に負けるという考えが合ったにも関わらず、いや最初から知った上で手を貸していたのだ。
何千年にも至る彼女の努力や願いを────いとも簡単に踏みにじった。敵であったとしても、そんな事は到底許せるものではない。
「この世界を見ろ、無空剣!聖遺物、ノイズ、完全聖遺物、シンフォギア。何ともまぁ私達の知らぬものばかり!それにまだまだ、この世界には未知が隠されている!! 私はそれを知りたくて、『理解』したくて堪らないのだよッ!!! 全ての神秘を解析して!調査して!探求して!分解して!──────そして、『理解』するのが!!私の在り方なのさ!!!」
狂ってる。そんな者、誰から見ても分かる。エリーシャの探求心、好奇心は人としては当たり前の機能かもしれない。しかし、問題はその行程だ。奴はきっとその結果を知る為なら誰かを生け贄にする事も躊躇いもしないだろう。
例えそれが…………誰にも愛されなかった子供だろうと、産まれたばかりの幼い赤子だろうと、エリーシャはその犠牲を喜び、賞賛するに違いない。
恍惚とした瞳を宙から剣へと向ける。今にも歌い出しそうな程上機嫌な様子で、エリーシャは彼に指を差した。
ただ示しただけなのに、本人はともかく周囲にも気持ち悪い空気が重みを増した。今から自分の死んでもらう人間を指定するような、下劣な悪意しかない。
「その後で、君だ。無空剣。私の最終目的は、君を最強の魔剣士へと昇華させる事だ。魔剣士最強の序列が為しえる事の出来る偉業─────世界を滅ぼす、神ですら不可能な事を達成することで」
「………いつまでも、お前の目的通りになると思うなよ」
「まぁ好きにするといい。どうせ君の意思など関係なく行うつもりだからね。…………それでは、嫌われた者は嫌われた者らしく、大人しく退場するとしようか」
体がブレる。
電子で構成されたホログラム、既にこの場から去るつもりなのか空気に透過していこうとしていた。
消える間際、エリーシャは突然振り返ってくる。下半身が消え、胴体も霧散していく最中、彼は不気味な笑みを浮かべながら、
「あ、言い忘れていた。これから月を使って面白い事をしようと思う。期待して待っててくれたまえよ?」
────弾けるように、男の残影は消えた。悪意ばかりの饗宴は幕を下ろし、あの男の遺したものは跡形もなく消えてしまった。
しかし、一つだけ奴が遺した傷痕があった。理不尽にも奪われてしまった、とある命が。
「…………これが、今回の最後か」
空を見上げる巫女 フィーネ。その体からは光の粒子が舞い始めていた。
エリーシャの放ったであろう槍は、魂を蝕む毒となってフィーネの魂を死に追いやろうとしていた。何とか持ちこたえていたが、限界というものはどうしようも出来ない。
遺伝子単位で永続してきたフィーネ、この時代の彼女の命が、今尽きようとする。
「了子さん………いや、フィーネさん」
「やっと、呼んでくれたな。私の名を」
心配そうな響の声に、何故か彼女は落ち着いていた。急いで手当てをしようとする者達が駆け寄ろうとするが、剣がそれを制する。
もう彼女は助からない。あの槍を受けた時から、それは明確な事実だった。
「
自分の胸を撫で下ろし、フィーネは自分の体───いや、本来の持ち主である櫻井了子の事を気遣う。
近寄っていた響の胸の中心を人差し指で突く。櫻井了子として、いや改めてフィーネ本人がいつか前に抱いていた笑みを浮かべ、
「響ちゃん────貴方の胸の歌を、信じなさい」
そう残して、一つの魂が消えた。身体を動かしていた魂の消失を受けて、フィーネの姿から櫻井了子へと戻り、彼女はそのまま地面へと倒れ込む。
◇◆◇
フィーネが消失してからすぐ、気絶していたタクトが目を覚ました。彼は自分が大勢のいる場所に集められている事に一瞬困惑していたが、弦十郎達の近くにいる櫻井了子の姿を眼にして、
「…………マスターは死んだか」
達観したような呟きを、口に出す。誰もそうだとは言わなかった、簡単に言える訳がなかった。
だが、タクトはその沈黙によって自分の言葉が正しい事を理解する。それに気付いた彼は何もしない。嘆くことも泣き叫ぶことも憤ることも。
ただ近くにいた響に、質問をするだけだった。
「…………何を言われた?」
「…………自分の胸の歌を信じなさいって」
「ふん、そういう事か」
小さく笑うその姿に今までのようなタクトの信念はなかった。自分の存在証明、それと同時に彼は自分を必要としてくれたフィーネへの忠誠があった。
並々ならぬものだ。
彼女が望むなら文字通りタクトは命を捧げるとも口にしていた。しかし目的は叶わず、今のフィーネを護る事も出来なかった。意識を失っていたとは言え、タクトは激しい自責があるだろう。
ふと、彼は集まっていた人々の中にいる数人に気付く。そして、通常よりも遥かに元気の無い様子で口先を歪めた。
此方を不安そうに見る安藤達に向かって、頭を下げた。ニヤリという笑いとは裏腹に無機質な表情で口から謝罪を述べる。
「悪かったな。あの時は殺そうとして」
「………っ」
「マスターの命令とか言い訳しねぇよ。元からオレがクソだったのが事実だ。だからお前らをオレの事を恨む理由がある。殺された連中の事を、弾劾する権利がある。
勿論、ここでオレをぶっ殺す事もな」
両手を広げる青年の言う事は、あまりにも異様すぎる。自分を殺せばいいなどと言えるのは覚悟のある者か、よっぽどの自殺志願者か、完全に生きる気力の失った者だろう。
タクトもそれと同じだった。自分が負けたことよりも、フィーネが死んだことを知った時、彼の顔から全ての色が抜け落ちたようだったのだ。
「それか立花響、てめぇがやるか?今のオレなら消耗してるてめぇでも殺せるだろうさ。まぁマスターをぶっ倒したくらいだ。簡単にやれるのは確かだろうな」
「───そんな事はしません」
響に対しても挑発的な事を宣うタクト、暗に殺せと告げるような言葉。
しかしそれでも、響は首を振るった。自分の掌を握り締め、決してやらないと宣言する。
「私、タクトさんを殺したいとは思いません。そんな事の為に戦ったんじゃない。………話し合いたかったから、フィーネさんとも、タクトさんとも」
「………誰もがてめぇの期待する善人だと思ってんじゃねぇぞ」
どろりとした、粘着的な言葉だった。
タクト自身の顔も諦めから一転、本心から怒りが沸き上がってきた。
立花響の生い立ちを、タクトは知らない訳ではない。無空剣や三人のシンフォギア装者、彼や彼女等を倒すために全ての情報を脳内にインプットしている。
その中でも響も満足にも幸せな生き方をしている訳ではない。どちらかと言えば他の装者、剣やタクトにも匹敵する程の────残酷な人生だった。
だからこそ、タクトは信じられなかった。それでも、今まで傷つけられてきたのにも関わらず、手を取り合えるなどと信じてる目の前の少女が。
「言っといてやる。てめぇのそれは幻想だ。バラルの呪詛があるから人間は理解し合えないって本気で思ってんのか? んな訳ねぇだろ、じゃなきゃオレ達の世界の人間は何だ!?
相互理解を拒む呪いがねぇ奴等でアレなんだ!それなのにこの世界の連中が!
オレみてぇなそんなクソ共と変わりねぇクズが!!
てめぇが命賭けて手を伸ばしてやるような、価値のある奴等ばっかだとでも思ってんのか!!?」
それは地獄を知るような言葉だった。地獄を実際に見て、経験してきた者でしか出せない覇気が、彼からは放たれていた。
生まれてから自分を既に存在しているモノと同じ扱いを受けてきた魔剣士。虹宮タクトという原形とは違う、自分自身を欲していた青年は次第に多くの悪意によって磨耗していった。
タクトは、いやそれ以外の誰かは自分の知る世界というものを叫ぶ。優しくも温かくもない、歪な世界の在り方を、まるで呪うかのように。そんなものなど、救う価値などないと。
だけど。
少女は決して、それだけでは諦めない。
「………思ってるよ」
響はただ、そう返した。
何も言わない彼女の代わりに、タクトは自分自身で考える。
………嘘ではないだろう、彼女はきっと本心から自分とも手を繋ぎたいとも思っている。敵としての側面しか見せてない筈なのに、彼女はそれでも手を伸ばすだろう。
───あぁ、彼女はなんて─────
「────馬鹿が」
告げられた罵声。
立ち上がり、自分の体を軽く払う。破損しているであろう機械の体が軋む音を漏らす。タクトはめのまえに立つ少女を睨み、続けて口の悪い言葉を放つ。
「ナニ偉そうに語ってやがる。それで他の奴等が納得するとでも思ってんのか」
「タクトさん……」
「あぁ、ムカつくよ。こう言ってんのに平然とした面してるてめぇみたいな馬鹿が」
しかし、彼は静かに響の肩を掴む。ただ掴むだけだ、力を入れて押し退けたり、そのまま握り潰すような様子も見られない。
「それ以上に………」
戸惑う響。その横でタクトは視線すら合わせず、俯いたままブツブツと呟く。
「それも悪くねぇって思っちまった………オレの馬鹿さも、腹の底からムカつく。てめぇなんかの言葉に耳を傾けて、そうかもしれねぇって思うなんてよ」
そう言って、響の肩から手を離す。彼女の横を通りすぎて、二課の大人達の顔を見ながら両手を挙げた。
「投降する────元よりフィーネの配下、凶悪な犯罪者だ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「………良いのか?」
「覚悟の上だ。マスターがいなくなった以上、今回の騒動の責任を取る奴が必要だろ。それはオレで充分、元より罪は償うつもりだ」
それでも、弦十郎は簡単には答えられなかった。しかしタクトは早くしろと強制するような鋭い目つきを向ける。彼の覚悟を受け取ったのか、弦十郎はそれ以上何も言わなかった。
代わりに黒服達が駆け寄り、タクトの両手に手錠を掛ける。そんな最中、タクトは先程自分が声をかけた少女達の方を見た。
「お前ら、名前は?」
「……安藤創世」
「寺島詩織ですわ」
「板場弓美だけど………」
「そうか、覚えとく。命奪おうとした借りは、いずれちゃんとした形で返してやるよ」
素直に答える者はいない。
一度殺そうとした相手なのだ、怯えても無理はない。タクトはあまり気にしてないのか、「悪いな」と軽く言って手錠にかけられた片手を何とか振るう。
「それとだ、無空剣」
「…………何だ?」
自分で人混みの方へと向かおうとするタクトが止まり、剣に声をかけた。不審そうに眼を細めながらも、手を出そうともしない青年。そんな彼の姿に、
「変わったな、アンタは」
「………」
「前まで聞いてたデータとは明らかに違う。アンタは自分の望むものを見つけられたんだな」
「…………そうかもな」
「────なるほど。羨ましいぜ、本当に」
最後だけは本当に、本心から言うような声だった。それだけが言いたかったのか両手に手錠を掛けられた青年は二課の職員であろう黒服に同行されるように歩いていく。
背を向けて瓦礫ばかりを押し退けて進む。障害物すらない晴れた場所で、剣はある物を見つけてしゃがみこんだ。
破壊された『アルビオン』の残骸。棺桶のような物、その中にある────純白の結晶だった。魔剣カラドボルグの欠片、タクトのコアとして使われていたもの。
───こんなになるまで、俺の事を助けてくれるとは
「ありがとな、相棒」
手の中で収まるそれを握り締める。そう簡単には壊れない。感謝の言葉が通じるとは思ってないが、それでも伝えておきたかった。
二度も、剣は親友の終わりを見届けた。しかし違う所は明確だろう。その死を嘆き絶望していたか、その死を受け止め乗り越えたか。
今は後者、それ以外に代わりはない。
フィーネを黒幕とした様々な影響が起きた騒動────後にルナアタック事変と呼ばれる事件はこれで終わった。平和になったと言うには大きな傷痕を残しながらも、それでも多くの者達がこれからの平和の為に前を見て、進んでいこうとしていた。
◇◆◇
山奥にある建物。
元々はフィーネの隠れ家として重宝されていたが、米国の特殊部隊の襲撃とタクトと『アルビオン』による容赦のない破壊行為によって既にもぬけの殻とされていた研究施設。
それでも戦闘があったのは廊下やホールといった場所だけで、何よりフィーネが証拠隠滅の為に爆破で吹き飛ばしていた。
しかし、それは地上だけに限られる。調査に来ていた二課の目を掻い潜るような高度な隠蔽技術で、地下の研究所への部屋が隠されていたのだ。
そして、その場所を探し出したとある青年はそこへと隠れる事にした。彼は完全聖遺物 デュランダルを片手に、使われもしない部屋に踏み込んできた。
青年以外誰も人はいない。しかし彼はその部屋に用があった。より正確には、その部屋で対話をする相手に、だ。
「やぁやぁ、調子はどうだい」
モニターの前に配置された椅子に腰掛ける白衣の科学者、エリーシャの姿があった。しかしそれも本人ではない。ただの電子体、単なるホログラムだった。
青年は鋭い眼を更に鋭くする。一瞬だけ人を殺せそうな圧力を向けようとしていたが、すぐに感情を落ち着かせる。
「…………まぁまぁだな。お前の顔を見せられて気分が悪くなったが、『コイツ』を手に入れる事が出来たし問題はない」
手の中にある黄金の聖遺物を見て、満足そうに笑う。デュランダルという聖遺物、今も光を放ち続ける剣に
エリーシャも興味深そうな眼を向けた。
「無限、無尽蔵、それを体現する完全聖遺物 別称サクリストD デュランダル────世界が違うからこそ効果も違うとは理解していたが、何とも素晴らしい物だ。これ一つで全てのエネルギー源の問題を何とか出来るのだから。実に…………素晴らしい……っ!!」
「…………おい」
「あぁ、分かっているさ、安心してくれ。興味はあるが手に入れるつもりはないよ。君の方が、私よりも使えるだろうしね」
高揚とした様子を隠すことないエリーシャに、青年は低い声で一喝。ホログラムのエリーシャは降参するように両手を挙げて何もしないという意思を表明する。
しかし、その眼はやはり正直だった。心底残念そうに伏せられているが、その瞳は煌々と感情の炎を燃やし続けていた。
彼が手にする黄金の剣への興味関心、飽きない探求心が芽生えていたが────同時に、先程までの自分の発言、それが示す答えを理解している為に、エリーシャは大人しく引き下がる。
青年はデュランダルの柄を掴み、剣を持つようにぶら下げる。ジロリと、黄金の刀身からホログラムを睨み付ける。
「それよりも、お前何処で何をしてる?デュランダルを手に入れた直で見たがるような性格のクセに。わざわざホログラムで挨拶するのも普通じゃない」
あぁ、とエリーシャが何度か頷く。彼は片手で真上を指差した。しかし、その先にある────エリーシャが示しているのは、地上ではなく、それよりも遥か上にある物だった。
「月の遺跡────正式には、『バラル呪詛』発生装置にハッキングを仕掛けている最中でねぇ。中々厳重だが、中枢にまで届くのは時間の問題かな」
とんでもない事実を口にするエリーシャ。この事実、『バラルの呪詛』については知るものは世界中でも数少ない。
その一人であったフィーネは『バラルの呪詛』を解除するべく月を破壊しようとしていた。だが二次災害で世界が滅びる事は確実だったので、剣達に止められたことになる。
だが、エリーシャにとっては人類全ての相互理解を拒絶する呪いなんて解くつもりなんて微塵もない。彼からしたら、遺伝子レベルに刻み込まれたその呪いはあまりにも面白い物だった。
少なくとも────解析してみたい、利用してみたい、と考えるくらいには。
「…………連中とて馬鹿じゃない。お前のハッキングは月の異変を引き起こす。いずれ混乱を引き起こすぞ」
「構わないよ。むしろそれが目的なんじゃないか。混乱は激しい戦いを生む根源となる。それで面白い結果になるなら、私はそれを期待しようと思っているとも」
「………ふん、まぁいい。………それで?お前の見解だと次は何処を利用するつもりだ?」
「米国さ。彼等は既に人材の有り余っている日本と違い、シンフォギアを有しようと必死さ。何より、今回の件で無空剣の存在は世界中に明かされるのは間違いないから…………彼等はきっと焦るだろうね、だからこそ足元を崩させて利用させて貰う事にするよ。私にとっても都合良くねぇ?」
「そんなくだらない御託は良い、前々から聞き飽きた」
ダンッ! と。
机に脚を掛け、青年は吼える。金属の塊が軋む音と同時にこの部屋の空気も歪んでいく気がしなくもない。
そこまで青年を不快にさせるのはただ一つ、エリーシャという男の存在そのものだ。だが、一つの疑問が浮かび上がる。そこまで嫌いならば、何故青年はエリーシャと行動しているのか、というものだ。
「心ッ底不愉快だったが、お前の駒として俺は動いた。その間にあった約定、とっととそれを終わりにする時だ」
「あぁ………あぁ、そうだそうだ。ちゃんと分かっているさ」
答えは、あっさりと告げられた。しかし明確な部分は明かされず、数少ない意味合いしか伝えられてない。話の内容を理解できるのは、当の本人達のみ。
「契約は果たされた。これにより、完全聖遺物 デュランダルは君の物だ。私は後数ヶ月、君が敗れた後に目的に取りかかろう」
「───」
「契約通り。一ヶ月後、だ。君はそれから自由に暴れるといい。無空剣を殺すなり、この世界を滅ぼすなり、ね」
そう言って、白衣のホログラムはかき消えた。虚空に電脳の残滓が薄れたことでその形も跡形もなく空間に溶けていく。
青年は一息つくと、自分の横にあった机と椅子を蹴り飛ばす。鉄の塊が一瞬で粉砕され、破片が壁や床を切り刻む。力と同時に感情を暴発させ、破壊を巻き起こす。
部屋にある物全てを破壊し尽くした青年は凄まじい怒気を一言に乗せる。
「精々ほざいていろ、狂人が」
最早その言葉は誰にも届いていない。が、どうでも良かった。そんな事は知ったことではない。ただ怒りを発散させたかっただけに過ぎない。
何より、青年は身を焦がす程の怒りを我慢していた。そんなもの、いずれは気にする必要もなくなると。
「今度こそ俺は─────何者をも越える。絶対的な力を手に入れる。もう俺は誰にも止められない、圧倒的な、絶対的な、力を得ることで、だ。
格上気取ってるお前も、いずれはこの手で殺してやるよ。序列三位」
獰猛な笑みを浮かべる青年は、黄金の聖剣を片手に思いを馳せる。
彼が目指すものはたった一つ────■のみ。
その為だけに全てを切り捨ててきた青年は、いずれ果たされる未来を見据えていた。
大幅なストーリーの変化について一つ。
フィーネはカ・ディンギルを使う前にアルビオンに破壊された事で月は破壊されてません。なので月の欠片が落ちてくることはありませんでした。今後の展開的にはエリーシャとか謎の青年が色々悪巧みするとかでしょうから、ある程度はオリジナルです。
そしてフィーネも魂だけ消えた状態なので、了子さんは生きてます。今は起きてないだけで。
無印はこれで終わり………というより、「絶唱しないシンフォギアみたいな幕間」を投稿しようと思ってます。
PS.タクト(後続機)もあだ名か別名を考えとかねぇとなぁ…………(分けるのがめんどくさい)