────深夜帯。
付近が何とか見える程の暗闇に包まれた中、町外れにポツリと大きな建物が見えてくる。
見てから分かるように、それは病院だった。だが人気は勿論、使われてる形跡すら見られない。当然の話、ここは昔に多くの問題で封鎖されている場所だ。
話を聞くと、前々からも不良やカップル同士が利用しているらしい。まぁ彼等からすれば人気のない場所に溜まりたがるのは当然だが、話はそれだけではないらしい。
そんな廃病院の入口を通り過ぎ、ボロボロになった内装を見つめ────無空剣は静かに息を吐いた。
「────一人で動くのも新鮮だな」
懐かしいと思う一方、少し寂しいと感じる自分に苦笑いしそうになる。最近というか、この世界に来てから響達と話す事や行動することが多かった。慣れてきた一方、単独行動になると少しだけ心残りが出来てしまうのは、問題かもしれない。
『そうだね、二手に分かれるのなら、響クン達三人と、
剣クンに分けた方が良かったんだ。すまないね』
「謝る必要はない博士、俺とてそれは理解してる。だから、不満なんてないさ」
話の経緯を伝えると、少し前の間に遡る。
武装組織フィーネの宣戦布告から一週間、普通に日常を過ごしていた中、ついに彼等の拠点らしき場所を発見したと連絡が来たのだ。
特定された場所は二つ。剣が今いる廃病院と、同じく町外れにある廃工場。どちらも連中がいても可笑しくないという状況情報が入っている。
だからこそ、二手に分かれて行動することにしたのだ。もしかすれば、片方は陽動かもしれない。だが、もう片方が彼女達の拠点という事実はほぼ正解に近い。一々一つの場所を全員で向かうのは、非効率的過ぎる。
『それにしても…………こんな所にいるのかね、マリアクン達は』
「どうだろうな。確率としては五分五分だと思うが、俺としては当たりと踏んでる」
『ふむ、その理由は?』
「水も通ってる、医療設備も寝具も十分、普通に人気は少ない。連中にとっては素敵な場所だろうな」
戦い馴れているというよりも、戦いに特化する為に訓練と強化された無空剣。彼からしても、ここは格好な標的だ。設備が十分すぎるからこそ、ここを拠点にしていても可笑しくない。むしろ、自分と同じ魔剣士ならその考えを利用して裏を取ってきたりもするが、相手がそこまでの厄介さを有するとは考えられない。
『しかし、心霊スポットか………』
「?どうした博士?」
『いやぁね、私達からすれば心霊現象など非科学的なものだしね。………正直な話、あまりそんな半端な夢は見たくないものだよ』
なるほどな、と考える。
ノワール博士達からすれば、非科学に分類される心霊などは眉唾物なのだろう。死者が霊になって彷徨うなど有り得ない。─────もしそれが本当にあるのなら、甘い期待を抱いてしまいそうになるから。
「────そうか」
『む?剣クン、君の方がどうしたかね?』
「いや、博士………俺は霊がいるとは思うぞ」
『………ふむ?まさか君がそれを信じるようになるとは。何か特別な理由でもあるのかな?』
「………まぁ、色々と」
───霊というより、魂に近いんだが。
そんな風な呟きを漏らそうとして、口の中で呑み込む。
この現場で色々と重要な話をするのはよくない。何より彼が知る事実は博士に話したとしても、今の所はどうしようもない。下手に話して、事情を混乱させるのは得策ではない。
そうやって言葉を濁した剣だったが、ふと眼前の暗闇に眼を向ける。静寂に包まれていた空間だったが、向こう側から擦るような音が聞こえてくる。
少しずつ、その音が近づいてきてるようだった。しかもその音が一つだけではなく、複数へと増えていく。
「博士──────やはり当たりだ」
暗闇の中から這い出てきたのは、極彩色のノイズ達だ。造形や大きさなど様々なタイプだが、一つだけ類似している特徴がある。
知能が無いにも関わらず、統率の取れた動き。人の手によって制御されているという事。つまりこの場にソロモンの杖が存在しているという事。そして、武装組織フィーネがここを拠点にしているという事、一つの答えから連鎖して確定した結論が出来上がる。
───わざわざノイズを呼び出したのは、マリア達を集める為の時間稼ぎのつもりか?
この場に出てこない敵の少女達を思い浮かべながらも、剣は近くの担架────ストレッチャーと呼ばれる簡易ベッドのような物を掴み取ると、ノイズの群れの先頭へと投擲する。
ゴシャァッ!!!
先頭の
その瞬間に、準備が終わっていた。
無空剣はロストギアを纏い、臨戦態勢に入る。口元をフェイスアーマーで隠した事で、ようやく漆黒の鎧は完全な形として姿を見せる。
「─────雑魚に時間は掛けない、1分で終わらせる」
宣誓と共に、剣は背中の魔剣双翼を射出しながら、ノイズの群れへと突貫する。病院の床を破壊し、目の前のカラフルな生物の壁を遠慮無く打ち破り、殲滅していく。
そして、三十秒にもならずに、ノイズは残り一体へとなる。相手はそれを理解してるのか、力量も分からずに、無空剣へと襲いかかるのを止めようとしない。
(なら結構。とっとと終わらせて─────ッ!?)
────直後に、鋭敏な五感と周囲に張り巡らされたセンサーが何かを捉えた。自分が相手していたノイズの奥から、此方へと突っ込んでくる。
剣が殴り潰そうとしていた最後のノイズを蹴り飛ばし、その場から回避するとそれはノイズを踏み潰し、彼の前へとその姿を露にした。
それは、黒い色をした小さいな生物だった。四足で動いていると思われるそれは、眼も鼻もなく、代わりに剥き出しの口を大きく開き、不気味に笑っている。他のノイズとは、明らかに違う。
「コイツ─────ッ!」
違和感に眼を細めると、それは勢いよく跳躍してきた。馬鹿正直に突撃してきた訳ではない。壁や、天井に露出した配管などを蹴り、先程のような俊敏さを押し殺す事なく、バックリと開いた口を此方へと向けてくる。
が、それよりも前に、剣の脚が怪物の顎をかち上げる。凄まじい打撃に、怪物は大きく後ろへとよろけてしまう。だが、そんな無防備な姿を許す事もなく、剣は身を捩り、胴体を薙ぐように脚を叩きつける。
ドグシャッ!!! と、体内を砕くような蹴りと地面に叩きつけられた二つの音が入り雑じったような爆音。怪物は苦しそうに呻くと、ピクリとも動かなくなった。
しかし、剣の顔は険しくなる。その理由が小さな怪物の様子にあったからだ。
『炭化────してない!?馬鹿な、剣クンの攻撃が直撃したにも関わらず!?』
「いや、アレはノイズじゃない。反応からして………生きた聖遺物かッ!」
「────フッ、中々敏いじゃないですか」
パチパチと、賞賛するような乾いた拍手と共に声が響いてくる。それもやはり、ノイズの現れた暗闇の方向から。
そして、姿を見せたのは銀髪眼鏡の白衣を着た男だった。初めて見た印象は、物静かそうというよりも優しそうな感じだった。しかし常に白衣姿からして、良い人間だとは考えつかない。
だが、剣はこの男を知っている。対面した事があるという訳ではなく、一度資料で見たことがあるのだ。
名を、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。通称Dr.ウェル、ウェル博士。
米国に所属する聖遺物研究機関 F.I.S.の一員であり、ソロモンの杖の輸送の際に行方不明になっていた人物だ。
その彼がソロモンの杖を手にしてこの場にいるということは─────フィーネ一党の一員という事なのだろう。口振りからして、間違いはないと見える。
「Dr.ウェル………。なるほど、ノイズによる米軍基地襲撃はお前の自作自演か。そして急いで会場に着き、観客を人質に取ったという筋書きか?勤勉な奴だ」
「流石はルナアタックの英雄。その通りです、あの時のノイズもこの僕が生み出したものですよ。このソロモンの杖でね!」
謎の黒い怪物を小さな檻の中に収めたウェルが、してやったりという笑みを浮かべながらソロモンの杖を見せつけてくる。自分の気に入った玩具を見せびらかす子供のように。
────最も、相手は子供ではなく、持っているのは玩具所ではない。下手すれば大勢を虐殺できる兵器だ。シンフォギアやロストギアよりも、人間を殺すことに特化した凶悪な聖遺物。
「バビロニアの宝物庫よりノイズを召喚し、それを意図も簡単に制御する力。全くもって、素晴らしいものですよ」
「………それは人の手に余る物だ」
「えぇ、知ってます。 これは確かに、人の身には余りある。世界などに手渡せば、それだけで平和に影響が及ぶでしょう。─────ならば!為すべき事を為さんとする自分にこそ!このソロモンの杖は相応しい! そうは思いませんか─────ねぇッ!?」
「理論が、破綻している───!!」
杖の先から緑色の光が飛来する。それが地面へと落ち、ノイズへと形作る前に振り下ろした拳でぶち抜く。
やはりノイズは一撃で沈んだ。動かなくなると同時に全身が炭化していき、灰へと散る。
それを見ていたウェル博士が、興味深そうに頷いている。剣がノイズを倒したことに、ではないようだ。
「おや、全然効果がないみたいですね。折角貴方の為に調整したというのに」
「ッ!」
(さっきからの違和感────何か仕掛けられている!?だが、それほどの負荷ではないが─────)
前々から感覚としてはあった。ノイズに襲撃された際、空気が何処か普通よりおかしかった。それからか何故か身体に少しだけの重さを感じていたのだ。が、しかし自分自身にはあまり影響が少ない。普通に戦う分にはあまり問題はないが、何かを仕込まれていた事に気付き、自分の甘さを咄嗟に後悔する。
『────なるほどね、そういう事か』
瞬間、近くの壁際に掛けられていたスピーカーからノワール博士の声が生じた。ウェルも興味ありげに反応する中、剣が声をかけた。
「何か分かったか?博士」
『空気に妙な感じがあると思えば、ガス状の薬品を空気に混ぜてみたいだ。解析してみたが………どうやら聖遺物と生体の繋がりを阻害するような性質らしい。大方、シンフォギアに特化したものを改良した物だろう────違うかね?ウェル博士』
ノワール博士の詰問に、ウェル博士は笑みを深める。暗に正解と言いながらも、彼はスピーカーの声に意識を向ける。
「へぇ、貴方が話に聞くノワール博士ですか。米国政府からよく聞いていますよ、あちら側でも有名な研究者だと」
『───そこまで有名とは、嬉しいね。君にも私の研究について詳しく教えたいと思うよ。大人しく投降してくれたらの話だが…………どうかね?』
「それは興味深いですが、御免被らせていただきます。ここで捕まるのは私としても困りますからね!」
瞬間、ウェル博士が前から呼び出していたであろう大型ノイズが剣の前に飛び出してくる。このまま押し潰そうとしてくるデカブツを避け、高速軌道で暴れまわる魔剣双翼で頭を貫通する。
倒れ込んで消えていく大型ノイズを無視して、ウェル博士へと歩み寄ろうとする。困ったように肩を竦めながらもウェル博士は両手を挙げて降参といった風に見せる。
────だが、そこで気付いた。
先程までウェル博士が近くに置いていたケージが無くなっていた。すぐに周囲を見渡すと廃病院の外、海の方へと移動するノイズの姿が見えた。その手には………先程のケージがある。
してやられた! と舌打ちをしながらも、剣は目の前の相手を睨み付ける。当の本人は不思議そうな顔をして、疑問を口にする。
「おや、行かないのですか?」
「────優先してでも無力化すべき相手が目の前にいる。アレが危険なのは分かるが、それ以上にお前の方が危険だ」
「…………やれやれ、こういうのは私の性分ではないというのに」
そう言うと、ウェル博士はソロモンの杖でノイズを召喚し始めた。それも一匹に留まらず、さっきまでの群れを上回る数を。病院の廊下を圧迫し、ついに崩壊させてでも止まらないノイズの大群。
結果的に五十をも越えるノイズ。まるで日本で語られている妖怪の進行、百鬼夜行をも思わせる絵図の中で、それらの支配者たるウェル博士は杖を振るい、まるで試すかのように高らかと告げた。
「さぁ!これだけのノイズを捌ききれますか!?無空剣!ルナアタックの英雄よ!!」
そう叫ぶと同時に、ソロモンの杖越しに命令を下し、全てのノイズを無空剣へと襲いかからせる。最早ノイズである事など意味はなさない。まさしく質量の暴力。自分の前に迫るモノを無視し、相手だけを殺し続けるノイズの特性を生かした強引な力業。
しかし。
それでは意味がない。
群生を成して突撃したノイズの一陣は、一瞬で薙ぎ払われた。先頭にいた個体はどれだけ防御に特化した個体だとしても、真っ二つに切断され、硬さが意味を成さないことを知る。
「たかが数十のノイズ程度で────」
そして始まったのは殲滅だった。無空剣は冷静に、増え続けるノイズの大群を、たった一人で減らし続けている。
「この俺を─────」
縦横無尽に暴れまわる剣翼によって貫き、人間離れした力の込められた格闘術。孤軍奮闘、という言葉は絶対に合わないだろう。その意味は、たった一人で一生懸命強大な相手に挑むことである。が、この状況はピンチという程でもない、むしろウェル博士の方が追い込まれている。
「─────止められるとでも?」
その結果、ウェル博士が召喚した五十以上のノイズは1分以内に掃討された。本人は息切れすらしてない。ただ短く呼吸を整え、呆然としているウェル博士を睨み付ける。
「…………どうした?ウェル博士?もう仕舞いか?」
「────」
「だとすれば幕引きだ。大人しく杖を渡せば、手荒な真似はしない。大人しく渡せば、だが」
抵抗すれば、迎撃することも厭わない。剣としては冷徹すぎる言葉を受け、ウェル博士は肩を震わせる。その様子を見て剣はジッと眼を細める。ウェル博士は怯えてすらいない、むしろ笑いを堪えていたのだから。
「………すみません、少々貴方を甘く見ていました。確かに貴方は─────英雄に相応しい」
「何を今更」
「だからこそ!越え
「ごっこ遊びなら獄中でやって貰おうか。一々構ってる暇は俺にはない」
御託と切り捨て、剣は歩み寄っていく。ソロモンの杖を取り上げ、Dr.ウェル本人も捕縛するために。
「今のお前に俺をどうにかする手はない。シンフォギア装者も近くにいないようだしな」
「…………へぇ?そういうの、よく分かるんですか?」
(…………?)
少しだけ食いついてきたウェルに、剣は不信感を抱く。何かおかしい。ここまで追い詰められている筈なのに、Dr.ウェルの顔には余裕が消えない。
念の為にセンサーを起動させる。生体反応を捉えるとついでに、シンフォギアの反応も捉える高性能センサーを百メートル規模に展開した。目の前の非戦闘員への警戒を緩めずに、それでも正確に周囲への確認を行う。
─────反応は、なかった。つまりこの付近にはシンフォギア装者は勿論、他の生体反応からして誰もいない。この場にはDr.ウェルだけしか存在してない。ならば好都合、このまますぐにこの男を無力化して──────
(────待て。誰もいないだと?)
それはおかしいと、すぐに気付いた。
Dr.ウェルを含む武装組織フィーネは、この廃墟の病院に拠点を構えていると思われてる。ならば、何処かに反応はある筈だ。数人だけでも人間の反応がないのは流石におかしすぎる。
地下にいる可能性は有り得ない。地中からの奇襲も考慮して、そこも範囲内に含んでいた。なのに、センサーは誰も捉えなかった。誰かがいてもおかしくない、いやいなければならないにも関わらず、誰一人も発見できなかったのだ。
そして、違和感に気取られてた瞬間、
「─────なんと、イガリマァーッ!!」
「っ!?何ィ!?」
背後からの声に剣は耳を疑った。自分の周囲には誰もいなかった筈なのに、イガリマという鎌を振るう緑のギアを纏う少女が背後から現れたのだ。
振り下ろされる大鎌の刃を爪先で蹴り飛ばし、その軌道を何とかずらす。お陰で少女の振るった鎌は真横の医療器具を分断するに止まった。しかし、それだけの隙があれば十分。その少々の意識を刈り取る事など容易いのだが────
───瞬間、暗闇の中から複数の金属特有の光を眼にする。
「やはり、そう来るよな!」
後退しながら、背中から肩へと展開した
ある程度距離を置くと、それ以上の追撃はなかった。その代わりにウェル博士の前に、ギアを纏う少女達が立ち塞がるのが見える。
「…………チィッ!クソ!」
ソロモンの杖を取り損ね、ウェル博士も無力化出来なかった失態に舌打ちを漏らす。僅かな怒りを表面上に出しながらも、彼の内心にはある疑問が浮かんでいた。
(アイツら────一体どうやってセンサーを誤魔化した?)
無空剣、彼の有する魔剣士としての五感は常人のそれを上回る。この世界で無空剣を越えられる程の索敵能力や検知能力を有するモノは、決して存在しない。無空剣は、あの世界での最新鋭の技術を埋め込まれている。だからこそ、その彼の五感でも見つけられなかった事が、何よりも衝撃を与えていた。
(あの鎌使いの言ってたイガリマやあの丸鋸使いのギアとは、明らかに違う。もう一つの聖遺物か…………厄介だな、相手方の手数が幾つあるかも分からないのは)
聖遺物ならば有り得る。いや、そうでなければ説明のしようがない。聖遺物は科学でも説明できない超常的な力を持つ代物。その力ならば、彼の脳内にあるセンサーや五感を越えても可笑しくはない。
「おやおや、もう少し遅くても良かったのに……。それで?ネフィリムはどうしました?」
「………ネフィリムはマリアが回収してる。だから私達も」
「へぇ?まさかお相手さんが見逃してくれると思います?」
撤退するつもりの二人の少女に、ウェル博士はニタニタと笑いながら剣の方を示す。勿論、剣もその通りだ。
彼等をそう簡単に逃がすつもりなどない。況してやソロモンの杖を手にするウェル博士。彼は今現在、武装組織フィーネの中で一番優先する度合いが高い。もしソロモンの杖を使われ続ければ、おぞましい死が増えていってしまう。
ノイズに襲われた結果、炭化してしまう死に方。当初はあまりにも悪趣味という考えだけだったが、今は違う。アレは人の死の尊厳すら奪う。炭化させられ、残るのは人だった灰だけ。そんな事を増やすモノを、放置していい筈がない。
「─────ソロモンの杖を渡せ。そうすれば今のお前達は見逃す。これは警告だ」
「だから渡しませんよ。これは私にこそ相応しい代物なんです。まだまだ役立たせていただきますので」
「ッ!……………ソイツを使われると、俺の大切な仲間が悲しむ」
剣がここまでソロモンの杖に固執していた理由。それはもう一つあった。ソロモンの杖によるノイズの襲撃、何の罪のない筈なのに、彼がよく知る人物はそれを激しく後悔している姿があったのだ。
『───アレがソロモンの杖のせいなら、全部あたしが何とかしなきゃならないんだ。ソロモンの杖を起動させた、あたしが────!!』
人知れず、自分だけで罪を背負い込もうとする少女──雪音クリス。自分の手で止めようとする彼女のやり方に不満を持つことなどない。当然だろう、自分が関係するモノは自分で終わらせなければならない。その考えは剣も昔抱いていたし、今もそれは変わらない。
この世界に居座るあの悪意の具現化した狂人。エリーシャ・レイグンエルド、奴がこの世界で命を奪う前に、剣の手で殺さなければならない。それと同じだ。
だからこそ、怒りが沸き上がってくる。
そんなおぞましい兵器を解放した事を後悔する彼女の苦しみも悲しみも知らず、平然とその兵器を使う目の前の男が。
為すべき事を為そうとしている、とか言うくだらない持論でそれの力を振るうのが───無性に気に食わない、無性に腹立たしい。それでも剣は、その怒りを剥き出しにすることはない。胸の中で静かに怒りの炎を燃やすだけ、あくまで冷徹に彼は告げることにした。
「力ずくで奪わせて貰う─────ついでにお前達も無力化しておく。手加減はする、だから死ぬなよ」
「…………みたいですねぇ。ま、頑張ってくださいねー。私は手を出しませんので」
「こんのぉ!!他人事みたいに!!アッチのやる気を煽ったのはそっちだってのに!!」
「切ちゃん、今は無空剣を何とかしなくちゃ」
「──そ、そうデスね!マリアが出る前に私達で何とかして見せるデス!」
無関係そうに言うウェル博士に、憤りながらも無空剣に接敵する二人の少女。やはり大人しく引き渡す気も投降する気もないと理解した剣は、彼女達を制圧しようと動き出した。
◇◆◇
その一方。
無空剣が廃病院でウェル博士と対面した直後というか、直前。
武装組織フィーネの拠点とされる二つの場所の捜査の為に別行動していた響達は、目的とされる場所に足を踏み入れていた。
「………やっぱり、少し暗いですよね。この工場」
「確かにそうだな。ここは前に作業中に人身事故が多発した事が理由で閉鎖されていたらしいが……」
「じ、人身事故────」
無数の大型機械などが並ぶのを見て、響が思わず息を飲み込む。人間の何倍もあるような機械での作業中に人身事故。どんな事があったのか想像は出来るが、あまりしたくはない。
「人身事故ったって、そんな昔の話だろ?別に怖きゃねぇさ」
「まぁ、そうだろう。今は動いていないから気にする必要もない。我々は奴等の拠点があるかを確かめ─────む?」
ふと、会話を止めた翼がスタスタと先へと進む。そこは大広間だった。元々は何か巨大なモノでも作る為のものらしいが、暗すぎて全貌が見えてこない。
だが、翼は部屋の端の方に何かを見つけたらしく、しゃがみ込んだ確認する。スマートフォンのライトをつけながら、それを見て眼を細めた。
「これは……………?」
「あんだ?どうし────た……」
彼女の様子に何があるのか気になったクリスと響も背後から覗き込むが、すぐに呼吸が止まりそうになる。
壁の一部。古臭いコンクリートの一部に何か、少なくない赤い塗料が染み着いていた。だが、塗ったというよりは、意図もせずに飛び散ったという印象に近い。何より、実際に確認してみて理解したが、そもそも赤い塗料ですらない。
「────血?」
それを聞いた響やクリスの顔が真っ青に染まる。ここも人身事故があって閉鎖されたと聞いていたが、この部屋の中には事故になるような機械は一つもない。
嫌な事を想像してしまったとしても仕方ない。という、そうなってしまうのが普通だろう。
「つ、翼さん!止めてくださいよ!こ、こ、こここ、こんな所でそんな風に言うのは─────」
「いや、違う。これは出来てから新しい。数日前のものだ」
翼に言われてよく見てみると(あまり凝視したくはないのだが)それは、少し色鮮やかに見える。数年前とかについたのなら、もっとシミのようになっている筈なのに。翼の言ったように、最近ついた感じがあった。
「─────じゃあ、一体誰がこんな事を…………」
そう言っていた瞬間、空気が明らかに変化した。空気自体が変わったというよりは、何か変なモノに覆われた感じだった。
薄気味悪い感覚を味わったのは響一人ではないらしく、翼もクリスも顔を歪めていた。この変化を受けて翼が無線を取り、連絡を行おうとするが、
「─────無駄だ。ここら一帯に『アスガルドの結界』を張った、閉じ込めるよりも隠すことに特化した特殊な結界だ。この結界内でどれだけ暴れようと別の場所にいる無空剣も、二課の連中も気付く事はない。何せ外から見て何一つも異変は見られないんだからな」
カツン、という靴音が響き渡る。咄嗟に全員が、その方向に意識を向ける。相変わらず暗闇に包まれているが、彼女達の視線の先に、誰かがいるのは確実だった。
「それにしても、五分五分の確率で当たりを引けるとは。序列三位と殺し合う可能性も考慮していたが、今回の俺も存外に運が良いらしい」
パチン、と軽く指を鳴らす音が聞こえた。瞬間、連動するように廃墟の中に薄暗い光が射し込んできた。上を見上げると、球体サイズの穴が複数も空けられている。月の光も、そこから入ってきてるのだろう。
さっきまで、あんなものはなかった。つまり誰かが意図的にやって見せたものだろう。それは少しだけ月光に照らされた事で判明する。
組み上げられた鉄骨の山。その上に堂々と立つ姿のは、ロングコートを着込んだ金色に近い短髪の青年だった。仄かな月光によって先程よりも見えやすいが、まだ暗さが残っている。
そんな宵闇の中で──────青年から発せられる三つの光が輝きを衰えさせずにいた。
蒼の双眼。見れば美しいと感じる程、濃い色合いをした青色。まるで海のような深さを感じさせ、魅力的に思えてくるが、それらの穏やかさを台無しにするような、何物をも破壊するというような鋭さが確固として存在している。
それらの光に威圧されながらも、最後の一つの光に目線がいく。それは彼の胸元────ロングコートで隠されていない、翡翠の色をした結晶だった。
その形、色、内包する力を、三人は知っている。特に響は、その身に染み付かせるように理解していた。何故なら、彼女は一度『
その名は、完全聖遺物 デュランダル。しかし、それはある人物によって奪われていると聞いた。そして、その目的がデュランダルの力を自分の物にする為だとも。
その青年の顔や姿は初めて見た。だが、声は前にも聞いたことがある。だから、何者かはすぐに分かった。
「………刹那、さん」
「久しぶりだな、無空剣の歌姫ども。生身で対面するのは初めてだったよな」
思わず気を引き締める少女達を前に、黄金の聖剣を取り込んだ魔剣士はそう言って笑う。無空剣とは違い、全てのモノを喰らい殺すような、禍々しいオーラを纏わせながら。
今の状況は、
無空剣VS二人の装者
立花響、風鳴翼、雪音クリスVS 如月刹那
みたいな感じです。
如月刹那は割と人を殺す事に躊躇はないタイプですが、外道とか悪党とは違います。本人なりのプライドや矜持もあり、非戦闘員は勿論ですが、自分の目的と無関係な相手には手を出しません。
まぁ前回もあったように、差別やいじめなど、弱者が同じ弱者をいたぶる行為には嫌悪感があり、場合によっては殺すことも厭わないです。
一見見れば普通に善人に見えますが、そういう綺麗事も嫌いですね。まぁ悪人の考えもやり方も嫌いですけど。要するに凄い面倒くさいって奴です。
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次回もよろしくお願いいたします!それでは!!