秋桜祭。
リディアン音楽院にとっての文化祭である。規模としては街中の人は勿論、遠くの方から来る人までいる位だ。どちらかと言えば街の大行事みたいな盛り上りなのだが、その理由はリディアンが国家が保証している学校だからだろう。
今現在、大勢の人々がお祭り騒ぎで楽しんでいる秋桜祭。その人混みの中で静かに、嘆息する青年が一人。
「………人が多い」
いつもの服装とは一転して、黒っぽいフード付きのパーカーを着込む無空剣。顔を隠すようにフードを覆う姿は流石に怪しいが、これも仕方ない。
世界中に顔を露呈させた有名人────ノイズを倒せる英雄と称されている以上、簡単に顔を出して問題にしたくもない。ただでさえ、人混みに飲まれそうになり苦手になってるのに。
そんな最中、自分の名を呼ぶ声を剣は耳にした。
「剣さぁーん!此方ですよー!」
「ちょっと響!そんなに叫んだらバレちゃうよ!?」
「………あっ!!?」
近付いていくと二人の少女───制服姿の響と未来が、狼狽えてるのが見える。まぁ、わざわざこうやってあまり人に気取られないようにしているのに、正体をばらすような発言をしてしまったのだから。無理もないのは確かだろう。
「気にするな。今のところ誰も反応はしてない。翼の“無空”呼びならともかく、“剣”って呼び方なら他の名前と間違えるさ」
対して、無空剣本人は二人に比べて特に気にしてはいなかった。前髪や目元を隠しそうな程にフードを下げながら、剣は落ち着いたように二人に言う。
現に、誰も剣達に反応していない。響が剣を呼んだ時の大声も、喧騒によってかき消されている。不審に思って此方を見てきた者も、すぐに興味を失くしているので問題はない。
「あはは……ごめんなさい」
「もうっ。剣さんも有名人なんだから気を付けてね、響。もし皆に気付かれちゃったら、お祭り以上の騒ぎになっちゃうから」
「………やはり名前や顔を晒すのは不味かったか?」
───百合に似た、というか最早そうかもしれない位の夫婦(女性同士とか言う指摘は受け付けない)みたいな感じの二人。そして彼女達を見つめながら、剣は割と真剣に自分の数ヵ月前にした事を思い悩んでいた。
そもそもの話、何故響と未来が待ち合わせを────何より、無空剣としていたのか、それについて説明する必要があるだろう。
リディアン音楽院で行われる秋桜祭。年に一度という程の学校行事なのだ。楽しみたいのは響達も同じだろう。人の多いところは個人的に好きでもなかったので自宅で待機することも視野に入れていた剣だったが、響から直接誘われたのだ。
当初は目立つから難しいと断りを入れていた剣だったが、通り掛かった風鳴司令から、難しく考えずに楽しんでこい! と元気そうに笑いながら背中を叩かれ、言われるがままに承諾した、というのが事の経緯だ。
(………別に響が嫌だから断った訳じゃない。響には小日向未来や翼やクリスがいる。あまり俺に関わらなくても………なんて言うと、怒られるな。間違いなく)
軽く頬を掻きながら剣は困ったように息を吐く。正直な話、他人から向けられる善意というものにあまり慣れてない。それが仲間からのものであれば、尚の事だ。
………今ばかりは難しい事は考えないようにしよう、と剣も途中で考えると響と未来に連れられるがままに、校内を散策していた。色んなクラスの催しである屋台に参加したり、売り物を買ったりしながら、三人で楽しんでいく。
「────剣さん、楽しいですか?」
「………あぁ、そうかもな。こういう風なのは始めてだしな」
今もてんやわんやに騒いでいる人混みから外れた所で、響と剣はベンチに腰掛けてたこ焼きを食べていた。熱がるようにふぅふぅと息を吹き掛ける響の横で、剣はパクパクと食していく。熱さを感じてないように見えるが、単に余裕なだけだ。
因みにだが、小日向未来は今別行動をしている。今は少しゴミを捨てに行ってくると離れていった。だからこそ、今は剣と響の二人っきりだ。
たこ焼きを頬張っていた剣は、ふと薄い笑みを消す。そして隣にいる響へと声をかけた。
「………響、どうした?」
「……え?な、なんでもないですよ!ただちょっと熱いなぁって!」
両手を振って誤魔化そうとする響。露骨な態度を見せてしまう彼女に、剣は溜め息を吐いて────一言。
「…………アイツらの事か?」
その意味が何なのか。それは二人にしか分からないだろう。響が何に悩んでいるのか、剣には見当がつく。嫌という程に。
一週間前の武装組織フィーネの宣戦布告の件。その際に敵対した装者から言われた、『偽善者』という言葉。響の考えや思いを知らないからこそ言えるであろう敵意のある言葉だ。
そして、もう一つ。数日前にあった武装組織フィーネの拠点襲撃の際。響達の向かった場所にいたのは彼女達ではなく、もう一人の魔剣士だった。
前々から存在の確認されていた青年。聖剣デュランダルを宿し、無空剣の一段落下に位置する四位に与する魔剣士。何の目的かは知らないが、奴は響達との戦闘を目的としていたらしい。
その時に、何かは知らないが、刹那と響は言葉を交わしたのだろう。そして、彼女を追い込むような言葉を投げ掛けた。それぐらいは予想できる、出来てしまう。
「………」
「………」
そして、響は今思い悩んでいるんだろう。自分がしようとしてる事は、誰かに手を差し伸べる事は間違っているのだろうか、と。他人から見れば偽善と思われてしまうような事なのか、と。
少々、キツい言葉も必要かと、剣は両眼を細めた。
「別に、俺はとやかく言うつもりはない。響のやってることを間違ってるとか誰かが言おうと関係ない。言われてショックを受けるのは良いが、どうするか悩むようなものなら、止めた方が気楽だろ」
───最低な発言だろう。最後まで口にした剣は自嘲と嫌悪のあまりに、脳の奥が激しい熱を帯びて痛むのを感じた。
冷徹な言葉に、響は唇を噛み締めていた。剣はその事にやはり罪悪感と後悔が過る。だが、彼は知らないだろう。彼女が言葉に出来ない理由は剣の発言に傷付いたからではなく、彼自身の変化を理解したことには。
だが、そんな辛そうな感情を彼は押し殺し、響に微笑みかけた。
「だけど、お前はそういう奴じゃないだろ?」
自分が知る立花響は、そんなような人間じゃない。彼女の想いは、誰かを思いやれる気持ちは、そう簡単に折れたりはしない。現に、無空剣の心も救った。敵として拒絶していた虹宮タクトも、彼女のやり方を認めたのだ。
偽善かどうかの話であるならば、響のやる事は決して偽りではない。何故なら彼女は多くの人を助けてきたのだ。その想いに、実績に、偽りの正義と呼ばれる謂れなどありはしない。
「他の装者が言ったように、痛みを知らない訳でもない。どうせ刹那も言っただろう…………その道を選んで絶望するのはお前だってのも、全部お前を知らない側の人間からの言葉だ。否定して、正面するんだ。俺や皆が知ってる、誰かを傷つけるよりも手を伸ばすことを選んだ、立花響の想いをな」
それに、と。剣は彼女の頭に手を置き、優しく撫でた。
「─────俺は、お前のやり方は好きだ。俺達魔剣士にはない、敵味方を思いやれる心と想いがあるからな」
そう言うと、響は少しだけ頬を赤くしたように見えた。俯いてしまったので、よく見えなかったので、少しだけだ。
何で顔が赤くなったのか、多分恥ずかしかったのだろう。人混みから離れていても、ここはやはり外だから。そうだろうな、と黙って剣はやりすぎたみたいだ、と反省することにした。
「ごめんね響……………あれ?どうしたの?」
「ううん!何ともないよ未来!」
いつの間にか、三人分の飲み物を買ってきてくれた未来が戻ってきた。響の様子が変だと思っていたのか声を掛ける彼女に響は誤魔化すように慌てて答えた。
途中、トイレに行ってくるとそのまま走り出していった響。その結果、小日向未来も剣の二人だけがこの場に残されていた。
未来は落ち着いた様子で、この場から立ち去った親友を心配しながら、率直に剣へと問い掛けた。
「………響と何を話してたんですか?」
「迷った事についてだな。今回の任務の件で色々と」
「隠さない………ですね」
「別に、な。お前も無関係という立場じゃないしな」
とはいえ、だ。事の経緯を粗方話すことは駄目だろう。司令に怒られるだけならまだしも、今後の戦いに巻き込まれてしまえば、剣も平静を保てなくなるかもしれない。
非常に不本意だが、簡潔に纏めることにした。分かりやすく、かつ機密情報を伏せた形で。
「内容は色々と省略するが………そう言えば、少しだけ赤かったな」
「…………何をしたんですか」
声音が一瞬で下がった。
なんか冷たいを通り越して、絶対零度にまで至ったのはすぐに分かる。というか分からない筈がない。
歴戦とまで言われてきたからのだからよく分かる。返答次第では殺されるかもしれない。相手は一般人の女の子だから、ではない。人間の感覚というものは、死に敏感になることが多い。殺気に気付いて己の死を予感する場合もあるのだ。ここは、答え方に気を付ける必要がある…………。
ので、本当の事を言うことにした。
「いや、な。さっき響の頭を撫でたんだが………それが理由かも、しれない」
「……………剣さん」
正直な回答に、未来が呆れたように溜め息を吐く。なんか誤解を解こうとしたら、別の方に誤解されてると思った。咄嗟に、言い訳みたいな発言も出てしまうのも仕方ない。うん、仕方ない。
「正直、響はシオンに似てるんだよな。俺を慕ってくれてるみたいだし」
「………シオン?」
「俺の後輩だ。臆病で他人と話すのを怖がってるような奴だが、確かに良い奴だよ。出来ることなら、アイツも連れてきたかった。今も元気にしてると良いが……」
何とか話を逸らせたと思いながらも、剣はかつての知り合いを思い浮かべていた。自分よりも年下、響よりも一つ年下になる少年だ。かつて自分が魔剣計画から逃走する際、巻き込むことを恐れて離れることを選んだ経歴があり、今は大丈夫か心配はしている。
そう言ってると、剣はピクリと眼の色を変えた。未来は剣の耳元に装着されている黒い大型イヤホンのようなギアが短く点滅してるのが見えた。
同時に、脳内に情報が伝達する。電気信号のように、彼はそれが何なのかをすぐに確認できた。
「悪い。電話が来た。少し対応してるから、先に回ってきてくれ」
「あ、えっ?剣さん!?」
すぐさま顔色を変えて、人混みの方へと向かう剣。後を追いかけようと立ち上がる未来に悪い、と返すと駆け足で蠢く人の波を、スラリと通りすぎていく。
剣がこの場を後にした理由。一瞬だけ此方に向けられてきた電話、誰からのものか詳しく確認しようとして、異様さを感じて、すぐさま別の場所へと移動したのだ。
分かりやすい話………電話番号が原因であった。
(非通知………登録してない番号から?)
知人の多くは登録している筈だ。この連絡先を知ってるのは、二課に所属する人間だけだ。確か、響達、風鳴司令、櫻井了子女史やオペレーターの皆と。
耳に装着されたギアを操り、着信を繋げる。どちらにしても、連絡を聞いてみるに越したことはない。
「もしもし、悪いが誰だ?」
『────やっと繋がったわね』
警戒を緩めること無く単刀直入に相手の名を聞く剣。しかし相手(声からして間違いなく女性)はあまり気にした様子ではなかった。むしろ剣が連絡に出てくれた事に、何処か安堵していたようだ。
その声の主を、剣は知らない訳ではなかった。いや、むしろ忘れてすらいない。だが同時に、多少の困惑が沸き上がってきた。
相手が相手だから、そう言うしかないだろう。
「────────フィーネ、なのか?」
フィーネ。
櫻井了子という人間の身体を乗っ取っていた人物でもあり、ルナアタックの騒動を引き起こした元凶である女性だ。
かつて剣も色々と辛酸を舐めさせられた。というよりも、回数としてならばフィーネの方が多いのだが、此方は半殺しにされてるから五十歩百歩だ。
対して連絡相手は、自分がフィーネである事を否定しない。つまり確定なのだろう。彼女は剣の態度に、意外そうであった。
『あら、予想よりも反応が薄いわね。まぁ私が事前に目覚めてるって話を聞いていたのなら当然かもしれないけどね』
「………だが、実証はなかった。連中の戯れ言かと思っていたがな。本人から連絡を受けるまでは、疑ってたんだがな」
『気にする必要は無いんじゃない?貴方の考えは間違っていないようなものだし』
「………?」
フィーネの言い回しに疑問が浮かぶ。もしかすると互いの認識に齟齬があるのかもしれない。だが、今はそんな事を考えてる暇もなく、
「…………何故俺に連絡してきてる?」
『事情が事情なのよ。本来なら何もせずにあの子達を見守っておこうと思ってたのに…………相手が相手だから、文句は言ってられないわね』
「要するに、今回は味方って事で間違いはないのか」
その解釈で問題ないわ、とフィーネは呟く。声が抑え目に聞こえてるのは、他の誰かに聞かれたくないからだろう。今代の器であるマリア本人とのコンタクトはしてないのか、と半ば自分の意思で納得する剣。
その間にも、フィーネは小声で、捲し立てるように話す。
『現状で私が知ってる情報を伝えておくわ。これは二課にも伏せて欲しいのだけれども』
「何がだ?」
『武装組織フィーネの協力者はエリーシャよ』
「なっ!?エリーシャが!?」
告げられた名前に、思わず剣は大声を上げてしまう。すぐさま周囲を見渡すが、人から離れた場所だからこそ、大して気にした者は解くにいなかった。
だが、それでもピリつきが収まらない。エリーシャという男が出てきた時点でこの事件はロクなものにならない。そう確信される程の凶悪さと不快さが、経験によって補われているのだ。
「………なるほどな。それで?奴の行動は?」
『それが分からないのよ。マリア達に月の落下を教えて、テロリストへと行動させた事は確実なのだけど』
「月の落下を教えた?あのエリーシャが?」
普通に考えれば、有り得ない。
むしろあの男ならば、月の落下を密かに利用して計画を起こすか、或いはそのまま落として状況を観察したりするだろう。
何故気付いたのかは良いとして、教えるメリットがない。月はエリーシャにとって未知のもの、バラルの呪詛という謎が存在するアレを解析したいと思うのが、奴の思考パターンな筈─────
───あ、言い忘れていた。これから月を使って面白い事をしようと思う。期待して待っててくれたまえよ?
(そういう事か………ッ!)
数ヵ月前のエリーシャのあの言葉は、きっと今回の事件の事を指していたのだろう。だとすれば、大方月の落下の原因は間違いなくエリーシャ本人。
何をどうやったのかは不明だが、あの男が今回の事件の裏で糸を引いてると思うのは確かであった。月の落下をマリア達に伝えたのは、その通過点にある目的を果たした後の、後始末を任せるためか。
月の落下の阻止が、エリーシャの思惑通りであるならば、望み通り従うのは心底業腹だ。
『それで?一応聞きたいのだけれども………貴方、月の落下を止めるつもりなのよね?』
「当たり前だ。そうしない理由はない」
『そう。なら止めはしないわ。………でも、忠告しておくけど、月の落下を止めるにはマリア達の有する聖遺物が必要不可欠よ。何とか協力するのをオススメするわ』
「勿論、そのつもりだ」
───連中が協力を受け入れてくれるか疑問だがな、と剣は冷徹な発言を口に出さず呑み込むことにした。
こういう誰かを疑う事ばかりを覚えてしまった自分には嫌気が差してくる。まぁ、そんな自分だからこそ、誰かを守ることは出来るのは確かだ。
『時間が無いからもう切るけれど………その前に一つだけ、聞かせてくれない?』
「何だ?」
『─────タクトとクリスは、元気にしてるかしら?』
「…………まぁ、多少は元気だと思う。クリスは馴染めてるんだが、タクトはまだまだ難しそうだな」
『そう………なら良かったわ』
心の底からの安堵の声と共に、フィーネからの通話は切れた。かつてフィーネが利用していた二人の様子を、彼女本人が気になっているのは、柔らかくなった証明かもしれない。
連絡を終えた剣は、溜め息を漏らす。少しだけ冷静になる必要がある。今回の事件は、予想よりも警戒と覚悟を決めておく必要があるかもしれない。
そう思っていた矢先、剣は人混みに眼を向けていた。当初は考え事の一環で視線を固定していただけだったのだが、人の波の中に…………見覚えのある少女が二人見えた。
知人、というよりは他人だ。だが、少女達の顔は鮮明に覚えている。二度も戦ったのだ、忘れる筈がない。
思考を白熱させていたのが一転、剣は逆に冷静になってきた。驚こうにも驚けない。エリーシャの存在感が強すぎて、霞んでしまったのも事実だ。
「こんな日だってのに、色々と事が起こり過ぎだろ………」
呻くように愚痴を漏らしても、何も変わらない。剣は短く息を吐くと、人混みの中へと突き進もうとする。しかし、すぐに足が止まった。
悩むような、沈黙が続いた。だが、何かを決心したように剣は、申し訳なさそうに謝罪を口にする。
「…………悪いな、響に未来。折角の機会だってのに」
そう言って、彼は先程見かけた少女達の跡を追うように、駆け出し気味に歩み出した。
◇◆◇
迫る、迫る、迫る。
青空に浮かぶ白い雲の塊を突き破り、青い光が
日本圏内に配備された索敵レーダー。領域内に入るあらゆる外敵を察知して対応するためのもの。国内に存在するそれら全てでも、上空を巡るモノを捉えきれなかった。
僅か0.0001秒の超加速と、自身を中心とした周囲に放つ
その目的はただ一つ。同じように索敵から逃れ、隠れているであろう者達だ。装甲越しに見える景色、機械による演算機能で設立した視界が────すぐさま対象を発見した。
目視や対空センサーに捉えられない速度と異端技術で旋回を続けていたその戦闘機も、狙いを定めたかのように突撃を開始した。
同じように、異端技術を用いて隠れていた武装組織フィーネの拠点である、エアキャリアへと。
◇◆◇
「マリア、どうでしたか?」
「切歌達は無事リディアンに潜入出来たみたいよ。無空剣のロストギアか二課の装者のペンダントを手に入れるって、やる気があったわ」
「………現状、我々に打つ手がない以上、あの子達が成果を持ち帰ることに期待するしかありませんか」
ドアを閉じて入ってきたマリアとナスターシャ教授が会話を交わし合う。どうならマリアは先程まで連絡を取っていたらしい。今はいない、自分達の仲間………彼女達の関係から言えば、家族と。
「それとマム、ドクターは?」
「完全聖遺物ネフィリムの調子を確認してます。現在は休眠中らしく大人しいですが………」
静かに現状の確認をしている二人だったが、ビーッ!という高い機械音を耳にすると、すぐに動き出した。咄嗟に、飛び込む形でマリアが、操縦席の前方にある機械を視認する。
「────何者ッ!?」
「不明反応が一つ…………急速に此方へと接近しています。二課や米国の追っ手の可能性があります。マリア、迎撃の用意を」
「分かったわ!マム!!」
普通の技術よりも段階的に上である高精度のセンサー上に浮かぶ謎の反応。画面上で、機能とは思えない異質な点滅を繰り返すその反応に不気味ではあったが、追っ手であれば迷っている時間はない。駆け出すようにマリアはエアキャリアを飛び出した。
上空を見上げると、金属の塊が此方に迫ってきていた。凄まじい速度と赤熱、そして蒼光を空に引き起こしながら、マリア達のいる場所へと確かに向かっていた。
その金属体、あまりの速度に何なのかよく視認出来なかった。しかしマリアは、何故か似たようなものが脳裏に浮かんだ。
(─────戦闘機、いや
蒼い光を溜め込んだ翼を大きく広げた黒き金属に覆われたモノ。伝承に存在する生き物にしてはあまりにも小さすぎる、戦闘機にしてみてもあまりにも小型だろう。
だが、そう感じてしまったのだ。あの金属に宿るエネルギーを直感的に読み取ったマリアが、そんな風に。
戦闘機は、隠されたエアキャリアから出てきたマリアに気付いたようだった。翼を広げ、微光を撒き散らしながらマリアの方へと速度を上げて突っ込んでいく。
二課に存在する戦力は既に把握している。無空剣とシンフォギア装者の三人、アレはそれら全てに該当しない。未知の存在だ、ならば。
「ッ!やはり米国の追っ手か!!」
そう言い、ペンダントを手に取ったマリアは歌を歌う。瞬時に己の身に黒きシンフォギア───ガングニールを纏い、臨戦態勢を整える。
向かってきた戦闘機はマリアの方へと直進し、後数メートルの所で旋回し、勢い良く直角といわんばかりの角度で真上へと飛び立つ。
困惑するマリアだが、更なる変化は彼女の上で生じていた。
ガチャガチャ、ガチャ!! と、機械音が何度も響く。上空へと戻ったと思われた戦闘機はマリアの真上で自らの体躯を折り曲げ、変形を始めたのだ。
蒼光で構成された翼が折り畳まれると同時に腕が飛び出す。戦闘機の首の部分と思われていた部分は縮小して位置を移動させると、人間の体で言う背中の部位に装填される。ブースターの役割をしていた部分は変形し、2本の脚へと変換される。
そして─────鎧に包まれた人間が、マリアの前に降り立った。
実際に言うと、マリア達の纏うシンフォギアでも無空剣のようなロストギアにも見えない。全身を機械の鎧で覆った何者か。いや、中身が本当に人間なのかもマリアには分からなかった。
だが、それが味方であるかも敵であるかも分からない以上、警戒するのは当然だ。そう判断し、マリアはガングニールの槍を全身鎧へと突きつける。
何者だ、と問い詰めようとしたマリア。しかし彼女が口を開き、言葉を発しようとした瞬間。全身鎧の顔の部分、眼の意味をしていると思われる光のラインがカチカチと点滅した。
そして、マリアに対して言葉を投げ掛けた。
『警告、当機体は敵ではない。ギアを纏うことは不要だ、マリア・カデンツァヴナ・イヴ』
声は、青年のものだ。しかし実際には装甲に覆われていた為に、どんな人物かも把握することは難しい。それを聞いていたマリア本人は、どちらかと言うと合成音声に聞こえて、不気味に感じた。
「敵じゃない………?なら貴方は何者なのかしら?」
警戒を緩めることなく、質問を続ける。全身鎧はすぐに答えた。
『────解答、当機体はシオン・フロウリング。武装組織フィーネの援護と助力の為にこの場にいる』
「私達の………援護ですって?」
肯定、とシオン・フロウリングは無機質に告げる。目の前にいる者が助力に来たとは思えず、マリアは困惑しながらも1ミリも気を緩めることはない。
信じることも出来ない間、マリアの後方から静かな声が発せられた。
「………ならば、貴方に聞きたいことがあります」
「マム!?」
車椅子に乗ったままエアキャリアから降りてきたナスターシャ教授に、マリアは驚愕を露にする。
「待ってマム!まだ味方だとは限らないわ!」
「なら何故貴方に話掛けてきたのですか。敵であるならば、貴方の存在を確認すると同時に攻撃が出来た筈です。このエアキャリアごと、私達を吹き飛ばせたでしょう」
確かに、それは事実であった。
否定しようもない事実にマリアは突きつけていた槍を少しだけ下げる。何時でも対応できるように、全身の神経に意識を向ける。
その際にも、ナスターシャ教授による質疑は行われていた。
「つまり、貴方は
『解答、貴方達が仮定するものであれば、間違いはない』
「ではもう一つ────我々への助力はエリーシャ博士の命令ですか?」
『解答、その通り。今より当機体は貴方達の所有する戦力。武装組織フィーネの目的達成のために従う。全命令権限はナスターシャ教授とこの組織のリーダーたるマリア・カデンツァヴナ・イヴの二人に適用される』
的確に、本当に機械かのように淡々と答えるシオン。
「どうするの?マム」
「………エリーシャ博士との確認を取ります。彼を完全に味方と信用する訳にはいかないのも事実です。マリア、出来るだけ彼の監視を頼みます」
ナスターシャ教授からの言葉を素直に聞き入れるマリア。話しさえしなければ、生きてないかのように硬直しているシオンを見つめているが…………アクションがない。
警戒してる意味があるのかと思ってしまいそうになるが、教授がそんなマリアに向かって言う。
「マリア、何をしてるのです。早く戻りましょう」
「………彼も中に入れていいの?」
「この場所ではエアキャリアの隠匿技術は届きません。下手に居座れば察知した二課や米国に追い詰められるでしょう。彼が例え味方ではなく敵であったとしても、この場に居座り続けるのは得策ではない………違いますか?」
分かったわ、とマリアは頷く。自動で動く車椅子による移動で、エアキャリアの奥へと進んでいくナスターシャ教授。
後ろに棒立ち、というよりも猫背で立っているシオンに、マリアは鋭い声を放つ。威嚇というより、警告を兼ねて。
「───言っておくわ。もし、マムに手を出すなら私は容赦はしない」
『確認、それは命令か?』
「命令って………貴方、何か聞かれる度にそんな風に返すの?」
『解答、それが当機体の機能』
やりにくい。それがマリアの率直な感想だった。人との対話はレセプターチルドレンの中で慣れてる方のマリアだが、世間的に見ればあまり得意ではない方かもしれない。精神的に不安定な面も含めれば。
それでも、対応を任されたのであれば、こなすべきだとマリアは決意を胸に秘める。そして、余裕さを崩さないようにしながら、シオンに言葉を掛ける。
「じゃあ、私に着いてきなさい」
『承諾、今より追尾行動を開始する』
エアキャリア内へと入るマリアに続き、シオンはカシャンカシャンと音を立てながら彼女の後に着いていく。
………なんか白鳥とアヒルみたいとか思っても言ってはいけない。片方はアヒルとかに似合わないくらい物騒だし。
◇◆◇
「………エリーシャ博士、何故彼を我々の元に?」
『あぁ、シオンが着いたのか。彼は実力者だからね、無空剣の相手には十分だとは思うが?』
「貴方の考えは分かりました。少なくとも、事前にお伝えして欲しかったのですが」
『それは申し訳ない。だが、私も急な思い付きだからさ。動員出来る戦力で君達に任せられるのが彼しかいないから、仕方ないだろう?』
「………何故、彼しかいないのですか?」
『へぇ?どうしてその質問を?』
「個人的な興味です。貴方が彼を率先させて遣わせた理由を」
『あぁ、それは簡単だよ。
「アレ」が邪魔になるかもしれないからさ、今後の事にさ』
◇◆◇
「と言っても、教授はまだ信用してないみたいだしなぁ。いや、良い顔が出来ないのが正しいか。彼女はああ見えてもまだ甘いみたいだしね」
やはり前と同じ。
光無き深淵の奥底。
エリーシャは巨大な金属塊に背を預ける形で、端末を弄っていた。
ナスターシャ教授との連絡を終えた後、彼は面倒そうに首を動かしていた。勝手な思い付きではあったが、あくまで問題のない範疇だ。だと言うのに、教授は随分と苦言を呈したい様子であった。
感性のイカれたエリーシャとは違い、ナスターシャ教授はあくまでも人としては優しいに部類される。彼女も、言いたかったのはエリーシャの突然の思い付きへの苦言ではなく、先程エリーシャが話したシオン・フロウリングの扱いと、その全貌についてだろう。
しかし、もう興味の無い事は気にしないのか、エリーシャはその話の事を考えてはいなかった。今彼が考えてることは別の事だ。
一人の科学者が最も必要としている兵器。未だ人間に憧れ、人間として生きれることを期待している哀れで滑稽で、愉快なモノ。
それを利用することがエリーシャにとって必要な課題だ。アレを造った者として、最後の最後まで完全な兵器へと至らせるのが仕事なのだ。
「…………よし、仕方ないか」
科学者は、予定を少し先に進めることにした。醜悪かつ極悪な彼の嫌がらせを、少しだけ早く。
端末を弄くり回しながら、エリーシャは何かを起こそうとする。狂っていると言われたのだ。強ち否定するつもりはない。とっくの昔に、魔剣計画に踏み入ってから、人として、科学者として、生物として狂っていたのだ。
そして、狂っている事を止めるつもりもない。
「舞台くらい調整はしてやるとしよう。彼の