禍々しき魔王が、立ち尽くしている。
おぞましきオーラと威圧感を滲ませながら、それはその場に君臨していた。
「…………なん、何ですか、その姿は」
何も聞かされてなかったであろうウェルは呆然と、変貌した剣に驚愕していた。ネフィリムの覚醒によって染まりきっていた興奮も覚め、目の前の異様な存在への警戒しか湧き上がらない。
少し離れていた翼とクリスは、ふと何かに気付いたようであった。彼をよく知る彼女達だからこそ、いや誰であっても分かることであった。
「………無空」
「アイツ、様子が……?」
あの鎧から感じられる禍々しさが、普通の比ではない。それに、だ。他にも、あの剣から彼女達が感じられる刺々しい気が存在していた。
憎悪と殺意。それぞれが入り交じり、一つになったような鋭い感覚に気圧される中、無空剣に変化が生じた。
漆黒の重々しい鎧に紫色のエネルギーが走る。それは全身に行き渡り、頭部の横に伸びる筋にまで至る共に、弾けるように輝き出した。
メキメキと全身を軋ませながら、魔王は動き出す。力を溜め込むように深く構えた瞬間に、
「────ォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオッッ!!!!」
爆音のような咆哮を、周囲に轟かせた。凄まじい衝撃と音の暴風に、翼とクリスの思わず仰け反りそうになる。
それは相手方も同じだ。
凄まじい圧に怯えるウェルは、起動された聖遺物を喰らい成長した筈のネフィリムも同じように怯んでいることに気付いた。
グッと飲み込み、ソロモンの杖を剣へと向けながら叫ぶ。
「っ!い、今更変身してどうなるって言うんですかぁ!!さぁ!シオン・フロウリングぅ!!今こそ無空剣をぶちのめしてぇ!!」
『ッ!』
命令に従うように、シオンがいち早く動き出す。先程の間に、尻尾を格納したらしく、俊敏な身軽さを取り戻していた。突っ込むような挙動も、音速に近いものだ。
そのまま正面から挑む、事はない。
目の前で垂直に曲がると、かつてと同じように周囲を凄まじい速度で跳び回っていた。
全方位を縦横無尽に動き回るシオン。その姿は最早残像すら捉えられない。今更視認しようとしても、数秒後には全く反対の方へと移動していることだろう。
俊敏さを最大限にまで利用したシオンの技術の一つ。複数人の相手だろうと有効であるこの技術は、幾ら格上と言えど無空剣にも通じる筈だ。
が、しかし。
肝心の無空剣は反応すらしなかった。自分の周りを過ぎ去っていく蒼き光の軌跡に意識すら向けず、ただその場に棒立ちでいた。彼にとって追いつけないものだからこそ、敢えて無視しているのかと思ってしまう。
しかし、だ。
─────ズパァンッ!!!
『グガァッ!?』
ぶっきらぼうに伸ばされた腕が、シオンの首を掴んだのだ。一瞬で捕らえられたシオンも、驚愕を隠せない。
単なる偶然ではない。無空剣は、シオンの動きを既に読みきっていたのだ。アレ程の速さでの高速移動を、いとも簡単に。
首を掴まれ、体重など関係ないと軽く持ち上げられたシオンは、何とか抵抗を試みる。腕を掴み、殴りつける。それでも力は緩まないどころか、更に強くなっているらしい。
がッ!! と、シオンが爪を鋭くする。そのまま無空剣の顔の装甲へと振り下ろす。しかし引き裂かんとする一撃は、傷一つ残せずに終わる。
「…………」
鬱陶しいのか、剣が首を動かす。
宙へ吊り上げていたシオンから手を離した瞬間────彼の腹に、パイルバンカーのような一撃を放つ。
『ギッ、ガ!!?』
衝撃で、シオンの後方の地面が砕ける。木々が粉々にへし折られ、完全に塵へとなった土や砂の煙が辺りへと沸き立つ。
凄まじい速度で吹き飛ばされたシオンのダメージは相当高いらしい。ギギギ、と全身の装甲が軋んでおり、シオン自身もふらつきながらも立ち上がろうとしている。
しかし、何か気付いたシオンが動きを止める。
禍々しいオーラを放ちながら真後ろに立つ存在がいるのだ。すぐさま真後ろ目掛けて刃を生やした腕を振り払おうとする。
だが、それよりも先に。
シオンの顔を、真下から蹴り上げる。大いに仰け反る青年に躊躇いなく、剣はその腹を踏みつける。
巨大なクレーターが生じる。それほどの力を受けたシオンは機械が発するような金切り声のような残響音を響かせた。
「は、は」
それを無視するように、いや或いは聞こえていて尚、剣は止まらない。何度も深く、同じような力でシオンを踏み潰さんとする。
バギン! メギン! と砕け始める装甲を無視して、更に潰していく。悲鳴すら途絶え、抵抗する意思すら弱り果てているのに、全く止めようとする意思は見られない。
「はははは!はははははははは!!ギャハハハハハハハハハハハハハハハハァッ!!!」
それどころか、楽しそうな狂笑を高鳴らせながら、シオンをいたぶっている。いや、本気で殺そうとしている。その異様な姿は、かつての暴走とは比にならない。
何度か繰り返している最中、剣はようやく止まった。足元にいるシオンが既に物言わぬ状態であることを理解すると、
「もう、終わりか──────次」
次なる獲物を求めるように、別の方へ意識を向ける。その場から姿を消し、次の標的──────完全成長を終えたネフィリムへと襲いかかった。
「ッ!─────!!」
自身に向けれらる殺気に応じるようにネフィリムは吼える。食欲に駆られる完全聖遺物は、餌である聖遺物でも最も純度が高い状態にある魔剣士へ嬉々として突撃した。
目の前の異物への恐怖を上塗りする為か、或いは食欲の方が勝ったのか。ネフィリムは涎を垂らした口を大きく開き、無空剣を喰らおうとする。
だが、そんなネフィリムに対して、剣は正面から殴り付ける。凄まじい一撃に怯むネフィリムであったが、仮にも完全聖遺物。退く事はせず、そのまま向けられた腕へと噛みついた。
歯を立てて剣の腕を引きちぎろうとするが、漆黒の鎧に歯が食い込むことはない。噛みきれない事に気付くネフィリムであったが、噛まれてない方の剣の腕に禍々しい紫の光が収束する。
そのまま振るわれた腕が、ネフィリムを殴る。腕を吐き出しながら倒れ込むネフィリムを踏みつけ、ネフィリムの腕を掴む。
「どうせいらないんだ────」
そのまま、凄まじい膂力で引っ張る。苦痛に呻きながらジタバタと暴れ出すネフィリムを脚で押さえながら、
「────千切っても良いよな?」
ブチブチッ! と。
その手でネフィリムの腕を軽く捥いだ。獣の雄叫びと共に、噴水のように噴き出した緑色の血が剣に浴びてしまう。
しかし、剣は何故か楽しそうに笑っているようだった。シオンやネフィリムをいたぶる事で何かに満たされているようであった。喉の奥から滲み出る小刻みな喜びを抑え込みながら、剣はネフィリムへ攻撃を続ける。
「やめろぉ!やめるんだぁ!!」
血と肉が飛び散る光景を前に、ウェルは青ざめながら叫ぶ。
「ネフィリムは!覚醒したネフィリムはこれからの新世界に必要不可欠なんだ!月によって滅びる人類を救う、フロンティアの唯一の鍵!それを!それをぉぉぉ!!!」
「ゴチャゴチャ煩ぇぞ─────耳障りだ」
更にネフィリムのもう片方の腕を引き千切る剣。激痛に悶えるような咆哮をあげるネフィリムをひたすら無視して、痛めつける。
その光景に絶望の表情を浮かべ、甲高い悲鳴と共にソロモンの杖からノイズを呼び出し始める。今まで同様、フルパワーを引き出しているようだ。
溢れ出るノイズはそれぞれ複数の個体に群がっていき、次第に無数のノイズで形成されたギガノイズが姿を現した。
「────また敵か」
ネフィリムへの攻撃の手を止め、無空剣がギガノイズへと歩み寄る。ゆっくりと、片腕が胸元の装甲へと伸ばされた。より正確には、露出した魔剣グラムの結晶体へと。
掌に力を込めた瞬間、結晶体から棒が出現した。剣はそれを掴むと、躊躇いなく引き抜き、振り払う。
抜刀されたのは、漆黒の刀剣───龍剣グラムであった。黒耀の光以外にも、龍の力を内包する龍殺しの剣。その龍の力が、一瞬にして増幅する。
瞬間、魔剣の刀身が肥大化した。
二、三メートルに到達する長さと、盾としての役割を補える横幅の広さ。龍剣の状態よりも、禍々しく魔龍の存在感を放つその姿は、圧倒的な力を証明している、
禍々しき大剣───龍王剣を振るい、魔王と化した青年は告げる。
「群がろうが関係ない───全て殺し尽くす」
ギガノイズへと飛び掛かると共に、龍王剣が振り下ろされた。たった一撃でギガノイズは左右綺麗に分断され、大量のノイズへと戻ってしまう。
宙を舞い、周囲に降り注ぐノイズの雨に、剣は対応を急がれる。彼は率先して動くことない。だが、変化は彼の背中に起きていた。
黒い液状のものが、背中から溢れ出す。鎧から垂れ流れた泥のようでありながら、自我を持った生物のようであった。ギュルル、と互いに同化していきながら、形へと成っていく。
────それは、竜の頭であった。目もなく、鼻もなく、耳もない。剥き出しの歯が特徴的な口だけが残った竜の頭部。問題は、それが一つではなく、二つへとなっているのだ。
二体の竜は、口内にエネルギーを溜め込んだ。粒子エネルギーを噛み砕くと同時に、周囲へとブレスのように放った。
一体が極太のレーザーを。落ちてくるノイズ達を光線によって薙ぎ払い、跡形もなく消し飛ばす。天空の夜空を穿ち、月明かりを隠す雲を切り裂いていく。
もう一体は蓄積させたエネルギーを、拡散させて解き放つ。レーザーから逃れたノイズを一体残らず撃ち抜いていく。地上からの閃光の雨から、逃れられたノイズはいなかった。
唯一、飛来する中で体を半分消し飛ばされたノイズが地面に落ちる。起き上がろうとするが、それは許されず。近づいてきた無空剣が止めを差すように大剣で貫いた。
その瞬間。
『ジ、ジッ…………!ガガガガガ!!ガガッ!!』
壊れ欠けた鎧を纏うシオンが、滑る込むようにして突撃してきた。剣がノイズを仕留めた一瞬を利用して、腕を蹴り上げる。僅かに仰け反り、大剣から手が弾かれた剣に、シオンは天羽々斬の刃を展開して斬りかかる。
今度は、ロストギアの力だったからか。あらゆる攻撃を何ともしなかった無空剣の鎧に傷が入った。頭部の甲冑、禍々しい眼のラインに刻まれるような刃の痕。傷つけられた事に怒りを感じたのか、獣の唸るような声が響いてくる。
更に反撃をしようと動くシオンだが、剣が先手を取った。頭部を鷲掴みにして、シオンを軽々と持ち上げる。
『ギ───ギギッ、ギ!!』
フルフェイスを掴み取られたシオンは、ジタバタと抵抗する。自分を押さえる腕を引っ掻き、引き剥がそうとするが、地力では敵わない。
ビキビキ、メキッと顔部の装甲にヒビが入る。剣は力を弱める事はせず、更に腕に力を込めた。その証拠か、ヒビが次第に大きくなっていく。
最悪の展開が、脳裏に浮かんだ。これから何が起きるのか、予想できない事はない。
「………やめろ」
翼が、ボソリと呟く。
しかしすぐさま、暴れ回る青年に向けて叫んだ。
「止めろ無空ぁ!そのままだと本当に死んでしまうぞッ!!」
「お前の後輩だぞ!?それ以上やったらッ!!」
聞こえていないのか、反応すらしなかった。更に力を強めて、シオンの頭部を圧迫する。彼の抵抗も小さくなり、弱り果てていた。
パキン、と顔の装甲の一部が剥がれる。剥がれたフルフェイスから覗いたのは、瞳だった。色のない、濁ったその眼に、一瞬だけ光が灯る。
彼は────鎧に操られていた何者かは、禍々しい魔剣士を見て、悲しそうに告げた。
『────────せん、ぱ───』
バギッ!! という砕ける音と共に、シオンの身体から力が抜けた。砕け散った兜の残骸が消し飛び、青髪の青年の顔が露になった。しかし彼の顔に生気はなく、両目や口から血を流しているにも関わらず、何の反応もせず、地面に倒れ伏せた。
龍王剣を手に取り、無空剣はシオンから離れていく。慈悲などない、見逃した訳でもない、もう相手する必要はなくなったからだ。
次に眼を向けたのは、ネフィリムだ。両腕を引きちぎられ、痛め付けられたネフィリムには反抗の意思はなかった。それどころか恐怖に怯え、背を向けたまま逃走を図った。
しかし、剣はそれを許さない。
ネフィリムに飛び掛かると、ネフィリムを嬲り始めた。大剣で斬り伏せ、細切れに斬り刻まんとする。
「ひいぃぃぃやァァァァァァアアアアアアアアアっ!!?」
ネフィリムを圧倒される絶望に、ウェルが耐えかねた悲鳴をあげる。ノイズを使ってもどうしようもない相手に、彼はネフィリムを救い出す手段が思い浮かばなかった。
肉を裂く大剣を振るい続けていた剣だが、何かを見つけたのかネフィリムの体へと腕を突き立てた。
ブチィッ! と肉体から引き剥がしたそれは、ネフィリムの心臓であった。血管の繋がったそれを、剣はどうでもよいと投げ捨てる。
最後に残るネフィリム。心臓を失った事で、ネフィリムは力なく崩れ落ちる。最早屍になり欠けた完全聖遺物を前に、剣は大剣をゆっくりと掲げる。
『龍王剣グラム───オーバーエナジー、バースト』
カシャン! と刀身が変形し、中心の球体の宝玉が一回転する。すると、隙間が広まった大剣から膨大なエネルギーが生じた。
その力の根元は、他でもない魔剣グラム。適合者にして担い手である無空剣に、遠慮なく魔剣は力を引き出させる。凄まじい力は光柱となり、天へと至る。強大すぎる故にか、彼の周囲で空間が音をあげて歪み始めた。
「魔剣、絶技ッ!」
天地を揺るがす力を帯びた龍王剣を、強大な握力で握った無空剣が叫ぶ。
「───
大剣の一振と共に、膨大なエネルギーが一塊となり叩き込まれた。圧倒的な破壊を前に、音すら存在しない。既に事耐えたネフィリムの亡骸は、その場の地面ごと完全に消し飛んでいた。
凄まじい轟音が、続いて響く。彼の放った強大な力を纏った斬撃は、カ・ディンギルの残骸すら一刀の元に分断していた。ガラガラと破壊が激しかった部位から瓦礫が飛来していく。
言葉も出ない翼達とDr.ウェル。
たった一人で、操られたシオンと成長したネフィリムを排除し、これだけの損害を作り出した存在。最強の片鱗ばかりを見てきたが、これが本来のものだとは予想出来る筈がない。
「────こんなもので、足りるものか」
独り言が、煙の向こうから響いてくる。重たい足音と共に、黒い影が揺らいでいた。呪詛に満ちた言葉に、全員が身震いをしてしまう。
「こんなものでは足りない、足りるものか。俺達が味わってきた痛み、苦しみ、絶望に比べれば」
姿を現した無空剣は、硬直しているウェルに眼を向ける。彼を見た剣は、龍王剣を構えながら、あらゆるものを憎悪した呪詛を吐く。
「皆殺しだ。俺達を利用した魔剣計画の連中も、俺達を兵器として利用した奴等も、俺達を否定する奴等も、一人残らず────殺してやる」
(まさか────我を失ってるのか?)
異様な言葉に、翼はそう勘繰る。
暴走、その言葉が一番近いが正しくはないだろう。あの姿は間違いなく知性がある。しかし通常の剣のような性格ではない、それにあんな支離滅裂な言葉を吐くのは異常でしかない。あの鎧を纏った瞬間から異変が起きていたのは分かっていた。そして、一つの憶測が過った。
あの姿は────負の感情を倍増させているのか、と。
「ひっ、ひぃぃぃッ!?」
向けられた殺意に、ウェルは腰を抜かしたように倒れ込む。ソロモンの杖という唯一の抵抗手段がある事も忘れ、恐怖に唖然としていた。
そんなウェルに歩み寄ろうとする剣。しかし、彼はすぐに足を止めた。
─────ザンッ!!
上空目掛けて振るわれた斬撃は飛来した緑のエッジとピンクの丸鋸を両断する。至近距離で破壊された二つの刃が爆発し、爆風に剣は巻き込まれた。
「よし!一先ずドクターは無事デス!」
「なら早くドクターを連れて戻らないと…………」
跳躍から着地した緑とピンクのシンフォギアを纏う少女達、切歌と調がウェルを庇うように前に出る。しかし、爆煙を振り払い、不快そうな声を漏らす魔王が歩み寄る。
「………邪魔をしやがって、お前達も敵か」
「………アイツ、どうしたってんデスか」
「気を付けて切ちゃん。今の無空剣は───正気じゃない」
「俺達が殺すべき敵、倒すべき敵、滅ぼすべき敵!お前達がいなければ!俺達はァッ!!」
憎悪を剥き出しにしながら怒号を響かせる。彼の怨嗟は、彼女達へのものではない。しかし矛先は、彼女達へと向けられている。
あまりある憎悪の前には、理性すら消える。今の彼には、誰が敵で誰が味方かなんて分からない。目の前の全てが、敵に見えているのだから。
「ひぃぃっ!!ひゃぁぁあああああッ!!?」
「あ、馬鹿!勝手に逃げんなデス!そっちは違うデスよ!」
「駄目だよ切ちゃん!今は無空剣の相手をしないと!」
身構える二人に、剣は言葉にならない咆哮を轟かせ、がむしゃらに突撃する。あらゆる攻撃を無視してでも、相手を殺すという殺意にまみれた動き。
しかし、
「……ッ!!」
突如、強引に地面を踏みつけて留まる。瞬間、目の前の地面をミサイルと刀剣の雨が抉り飛ばした。
戸惑う切歌と調だが、すぐにその攻撃が誰のものだか判明した。少しだけ離れた場所にいる翼とクリス、本来敵対関係にある筈だが、今のは明らかに庇うような攻撃だった。
「な、なんのつもりデス………?」
「……無空は私達が止める。その代わり、シオンを頼む。彼も重傷なのに変わりない」
警戒しながらの疑問に、翼は毅然とした態度で言う。二人はハッとしたように別のことに意識を向けた。
「シオン!そうデス!早く助けないと!!」
「一緒に運ぼう!切ちゃんは右肩を!」
翼から言われ急いで二人はシオンの元へと駆け寄る。悲惨な状態と息があるかも分からない様子に、絶句していたが、すぐにも彼を運び出した。面識は少なく、仲が良いとはいえないが見捨てることなんて絶対にしない。同じ仲間だ、助ける理由なんてそれだけでいい。
二人はシオンを担ぎながら、森の奥へと進んでいく。少しずつ、ズルズルと引っ張った形だがエアキャリアへと近付いていた。
だが、大剣を振り払った魔王が離れていく彼女達に向けて吼えた。
「逃がすか!一人残らず殺すと言った筈だ!!」
「んな真似させるかよっ!」
「そこまでにしてもらうぞッ!無空!」
「────チッ、何度も邪魔を」
飛び掛かろうとするが、目の前に飛び出してきた翼とクリスに苛立ちを覚えながらも向き直る。撤退していく二人から、彼女等へと標的を選んだらしい。
大剣を引きずるように持つ無空剣はすぐに攻撃をしては来ない。その様子に、先程までとは違う違和感を感じると、
「───声が聞こえるか?」
ふと、そう呼び掛けてきた。龍王剣の柄から手を離し、頭のフェイスアーマーに手を押し当てた。まるで見たくないものを見せられているように、口からはボソボソと呪いを吐くように呟いている。
返答は求めてないらしい。何も言えない二人に、剣は無視するように溢していく。
「俺は声が聞こえる、俺達の苦しみを、憎しみを、憎悪を、怨嗟を紡げとなぁ……………あぁ、そうだ。分かってる、分かってるさ。
罪悪感、後悔、絶望。口々に吐く言葉には、憎悪以外にもそれらが込められていた。不気味な様子から一転、狂喜に満ちた笑いが喉の奥から響く。
更なる憎悪と狂気に囚われた魔王が龍大剣を片手に、叫ぶ。
「ブッ壊す!ブッ殺してやる!!何もかも!この俺がなァ!!!」
暴虐。
そうとしか呼称出来ない程に、ひたすら破壊の限りを尽くす。大剣を振り回すだけで地面が砕け、木々がへし折れるのだから笑い物ではない。
二人は面と向き合って対抗する……………事はせず、距離を離すことを優先した。逃げることに徹して、何とかなる程度だ。下手に挑めば圧倒的な力で打ち倒されることは決定的だった。
僅かな時間が過ぎた後に、突如無線から連絡が入った。
『二人とも!聞こえているかね!?』
「遅いです!もう少し早く連絡をしてください!」
『無茶を言わないでほしいね!こっちは突然ジャミングされたんだ!これでも頑張った方だよ!誉めて欲し───いや!もう少し頑張れるから後で褒めてくれたまえ!』
そう捲し立てるノワール博士は、すぐに現状を伝える。
『二課本部とは情報を共有している!彼等も剣クンの状態を確認し、対処の為に動いてくれているから心配しなくて良い!』
「なら!今の剣の状態を!」
『通常のセーフティーが全て解除されて、魔剣グラムからの影響を直に受けてしまっている!相性が良すぎるせいで、彼の意識も呑まれているようだ!このままでは、完全に魔剣グラムに取り込まれるよ!!』
「分かっています!ですが!今のままでは………ッ!」
逃げるだけでは意味がない。しかし、戦っても勝てるような相手ではない。そんな翼達にノワールが出した解決法は、単純にして困難なものだった。
『彼を止める方法は一つ!全力で攻撃して、鎮圧することだ!無力化しない限り、魔剣グラムの侵食は進んでいくからね!』
「冗談じゃねぇだろ!?今の剣を倒すなんて、あたし達じゃあ火力不足だろうが!」
『ウン!そうだろね!知ってた!多分絶唱歌わないといけない案件だが─────その必要はないし、そんな真似はさせないさ』
自信満々に言い切る博士に、二人が疑問符を浮かべた瞬間、
足場が吹き飛ぶ。振り回されていた大剣からの斬撃が届いたのだ。走り続けていた脚を止め、武器を構えながら振り返る。
ズルズル、とゆっくりと歩み寄る。大剣を地面に突き刺すように引き摺りながら、フェイスを掴み呻く剣。指の隙間から覗く紫色のラインからは、禍々しい殺気が放たれていた。
「………殺す、殺す………殺す」
強大な大剣を軽々と振りかざし、彼は敵を睨む。見据えているのが、仲間であるとは彼は気付かない。今の彼からは理性や冷静さ、判断する力が、復讐に塗り固められた怨恨に塗り替えられているから。
「殺す…………クカッ、クヒヒヒ! 死゛ィィねェェェエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェッッッ!!!」
躊躇うことなく、彼は仲間を殺すための一撃を放った。凄まじいエネルギーを、そのまま一つの力へと叩きつけるという、暴力的にして原始的な技。
圧倒的な破壊の津波に、翼とクリスは防御を一心にその身に受け止めることを決意する。
「─────あ?」
しかし、どれだけ経っても破壊の惨状は変わらない。戸惑った二人は──────目の前の光景に驚愕を示した。
最初は怪訝そうにしているが、直後に苛立ちを隠さない無空剣。彼の振るわれていた筈の龍王剣の一撃は、止められていたのだ。
漆黒の光沢に照らされた龍王剣。龍殺しという、強固な龍の鱗すら切り伏せる魔剣を止めたもの──────それは砂塵から延びる、生身の人間の手であった。
殺意を増幅させた無空剣は唸ると共に、片腕に力を込めてその手を斬り払おうとする。尋常ではない膂力が増し、大剣の重みも倍増するが、切断することが出来ない。
「あ………」
凄まじい力の圧に、砂煙が飛び散った。そして、剣の一振を受け止めた者の姿が、露になる。
「叔父様!」
「おっさん!?」
「………すまん!二人とも!よく耐えてくれた!後は俺に任せてくれ!」
振り返ることなく、弦十郎は翼達に言う。そして視線を戻し、禍々しい鎧の魔王────その内側に囚われている青年へと、口を開く。
「────剣君、無理をさせてすまない」
「………ッ!」
「奴等の悪辣な企みを読みきれず、君を暴走させてしまったのは俺の責任だ。………………だが、その責任を取る前に、今の君を見て見ぬふりは出来ん!!」
険しい表情と、決意の漲った瞳で、剣を睨み付ける。全身の筋肉に力を込め、弦十郎は強い声で告げた。
「いくぞ、剣君。俺は、俺達は君を止める─────そして君をその怨嗟から助け出すッ!!」
「うルセェぇ!!!邪魔だアぁ あ ァァア ッッッ!!!」
瞬間、大剣を振り払った魔王と人間が、衝突した。絶大な力と憎悪によって自身を見失い、怨恨に囚われた青年。彼を救うための戦いが、始まりを迎えた。
多分剣が正気に戻ったら絶望のあまり塞ぎ込みそう。そりゃあ自分が無意識に暴走して、後輩を半殺しにして瀕死にまで追い込んだり、翼達まで殺そうとしたとか知ったら精神的にキツいと思う。
───ま、無意識だけど目覚めた後も、暴走時の記憶は全部残る訳ですが(ド畜生)
全く、酷い事をやらせる奴もいたもんだな!!(頭部にブーメラン)
p.s.言葉失ってるマリア達一同の横で、目的達成って高らかに言いながら嬉しそうなエリーシャ。もうコイツ化け物やろ()