戦姫絶唱シンフォギア 神装魔剣   作:虚無の魔術師

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遅くなりましたが、皆さん明けましておめでとうございます!そして何より、シンフォギア十周年おめでとうございます!これからも神装魔剣も続いていきますので、どうぞご愛読よろしくお願いします!


傷痕

────映る光景を見て、どうしようもない怒りが沸き上がった。

 

 

世界を、全てを憎悪する程の、怒りが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を、少し前に遡る。

 

 

 

────ここは?

 

 

無空剣の意識が、覚醒する。

何が起きたのか覚えてない。思い出そうにも、過去を巡ろうとすると頭痛が響く。兎に角、彼は無視したように周囲を見渡し、現状を確認する。

 

 

そこは、薄暗い学校の教室だった。

詳しく把握すると、どうやら授業時間はとっくに終わったらしい。そして、この空間に雰囲気を感じ取ってすぐに、とある事実に気付いた。

 

 

────これは、天羽奏の時と同じ────誰かの記憶だ

 

 

かつての体験、自分のロストギアに繋がった天羽奏の魂から読み取った過去の記憶と同じである。つまりこれは、誰かの過去を振り返っている状況なのだ。

 

 

ならば、一体誰のものか、と悩んでる最中、

 

 

 

 

 

 

 

『────へいき、へっちゃら』

 

 

声を聞いて、心臓が止まりかけた。

そもそも全身を改造されており、強化人間の彼の機械心臓は簡単には止まらないが、無論比喩だ。それほどまでに、彼は耳にした声に驚愕したのだ。

 

 

「…………響」

 

後ろの方、教室の隅にある机で何かをしている少女がいた。背を向けているので顔は見えないが、声やその姿からでも誰なのか判断できた。彼女は響、立花響で間違いない。

 

 

見た限り、少し幼いように見える。これは過去、昔の記憶だから仕方ないだろう。

 

 

だが、何かおかしいことに気付く。

 

 

 

「………?響、何をして──────は」

 

 

 

近寄り、よく確認したことで彼は絶句した。

響は先程から此方に背を向け、何かをしていたのは分かっていた。だが、その何をしていたかが剣の予想を遥かに越えていたのだ。

 

 

 

 

彼女は涙ぐみながらも、必死に机に書きなぐられた落書きを拭き取ろうとしていたのだ。しかし、消えない。油性のペンで書かれた落書きは消えること無く、残り続け、無空剣の眼にも入った。

 

 

 

『人殺し』、『消えろ』、『死ね』、等、見ていた剣すら言葉を失う、人の心を傷つける罵倒や悪口の数々。それが机一面を覆うように書きなぐられていたのだ。

 

 

「…………何だよ、これ……」

 

 

 

直後に、金切り声のような大声が頭に響き渡る。それと同時に、体験してきたような記憶が、第三者視点で流れ込む。

 

 

 

 

『何で!何でアンタなんかが生き残ったよぉ!?あの人が死んだのに!何でなの!!』

 

 

 

『よぉ!人殺し!どんな気分だよ!他の奴等を殺してまで生き残った気分は!!国に守られてるからって調子に乗るなよ!!ガキはガキでも犯罪者だ!!』

 

 

 

『立花さん!どうかお聞かせください!!あのライブでの真実を!!亡くなられた12874人の事実を、遺族に、

世界にお伝えする為にも!!彼等の気持ちを汲んではくれませんか!?』

 

 

 

────何だ、これは

 

 

頭痛が、酷い。

込み上げてくる吐き気が抑えきれない。吐瀉物を吐いたかと思ったが、口からは何も出てこない。この身体すら意識体であるからか。ならば即刻、この光景を、記憶を閉ざしてほしい。

 

 

だが、流れ込む記憶は止まらない。

複数人での様々な罵倒、不良らしき男達に痛めつけられる光景、そして母親らしき人物に連れられる彼女を追い回す無数のカメラと点滅。

 

 

 

最後に、悪口や罵倒をありったけ書き尽くしたような紙とスプレーでの落書き。石を投げられ、割れた窓ガラスやボロボロの家。

 

 

 

そして、彼の中で様々な感情が膨れ上がる。

 

 

 

侮蔑、嫌悪────そして、怒りが。

 

 

 

 

────こんな奴等の、為にか?

 

 

 

ふと、自身の手を見つめる。組み込まれたように肉体に刻まれた魔剣の欠片。エネルギーを注ぎ込む事で機械と神秘の力の融合した鎧 ロストギアそのもの。

 

 

人を救うため、その言葉を信じてこの力を得た。奴等の企みが違うものだと知り失望はしたが、それでも人を救えると信じていた。

 

 

だが、この光景を見せられて迷いが生じる。誰かの為という意志が、揺らいでしまう。信念が、かつては間違いないものと認識していたものが、薄氷のように砕け散る。

 

 

 

────こんな連中の為に、あの娘達は戦って、あんなに傷ついたのか?

 

 

かつての自分なら、この世界に訪れた時の無空剣ならば、こんな感情は抱かなかっただろう。唾棄すべき物して、当然のものと切り捨てていた。

 

期待すらしていなかったから、失望していたから。彼等を守る事を義務として割り切り、興味すら抱かないようにしていたからだ。

 

 

 

だが、しかし。

彼は心を取り戻した。取り戻してしまったのだ。人の心に触れる優しさを知り、心を癒す温もりを知り、人を傷つける意味を理解した。

 

 

だからこそ、彼は疑問に思う。目の前の光景を、狂ったような景色を。

 

 

 

────こんな、自分勝手に他人を傷つけ、その痛みすら知らない、感じようとしないような奴等のために

 

 

 

掠れた笑いが、喉から漏れる。否定したい、拒絶しなければならない。この事実を肯定してはいけない。

 

 

してしまえば、無意味になる。今までの犠牲が、悲劇が。全てが跡形もなく崩れ落ちてしまう。自分達の信じたものが無かったという、事実だけは認めてはいけない。

 

 

 

 

 

 

だが、それでも。

 

 

そんなボロボロの家の中で、母親と祖母らしき二人に抱き締められる少女の瞳から流れ落ちる雫を見て、思考が反転する。抑え込もうとしていた怒りが膨れ上がり、どうしようもないくらいに膨張する。

 

 

 

────こんな奴等を守るために、俺達は未来を捧げたのか?

 

 

 

 

耐えきれず、叫ぶ。

獣のように、声帯など潰してしまえという程の咆哮が発せられる。この怒りを、激情を何処かにぶつけなければならない。

 

でなければ、壊れてしまう。無空剣が、この名を与えられ、人としての全てを踏みにじられた青年が、限界を迎えてしまう。

 

 

しかし当たるものはない。この世界は記憶で、自らは思念体だ。故に何も出来ない。何もすることは出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『─────不服ならば、滅ぼせば良い』

 

 

凛とした、麗しい声があった。

 

無空剣は声の方へと振り返る。黒い闇の中に一人立っていたのは、少女であった。

 

 

黒いドレスに同じように黒い長髪。全てが漆黒に染まったような雰囲気の少女。黒曜石のような光沢の宿る瞳を此方へと向け、彼女は唄うように言う。

 

 

『気に入らぬのなら皆殺せばいい。不愉快ならば一掃すればいい。貴方にはその資格がある。権利がある。それを為す力がある。貴方のその力は、貴方の為のもの。有象無象の人間如きの為に尽くす為ではない』

 

 

少女は、有無を言わさぬような強さで話す。自身の言葉が確実に正しいと、間違っていることなど有り得ないというように。

 

 

 

『そうした所であるのは破滅。貴方が望まぬ事を続けても、貴方が救われる訳ではない。塵芥のような人間どもは、貴方をいずれ恐れ、排斥する。かつての主、シグルドのように』

 

 

否定しない、否定できない。

この光景に怒りを燃やした剣には、彼女の言葉を拒絶することはできない。

 

 

 

『────今一度、貴方に問う』

 

 

疑問が生じる。

 

 

『この世界は、貴方が護るべき価値があるのか?貴方が命を賭けて、人ではなくなってでも護る価値が?』

 

 

ならば、俺は────何の為に、あの世界から逃げたんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が暗転する。

どうやら現実へと戻ろうとしているのだろう。黒き少女の姿が闇へとかき消える。そして無空剣の意識も消えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、見えた。

暗転する闇の合間。音楽に刻まれた雑音のように、世界と世界の狭間、その中に居座るモノが。

 

 

 

暗闇の中に隠れる、禍々しい龍。見覚えのある魔剣グラムを胸に突き立てられた異形のドラゴン。それは六つの赤光を輝かせながら、此方を見据えていた。

 

 

 

────待っているぞ、と邪気を隠すこと無く嗤いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────────は、っ」

 

 

飛び起きた時には、全身から汗が噴き出していた。あまりにも異様な出来事だった。現に剣の顔は真っ青で、今にも気を失いそうな程に不安定だった。

 

 

顔を覆う手に力が入る。握り潰さんとまで腕に力が込められたが、自身がいる場所がメディカルルームのべっどであることに、現実に戻ったことに気付く。

 

 

「…………落ち着け、冷静になれ。まずは状況を整理しろ」

 

 

深呼吸を繰り返し、気分を静める剣。次第に平静へと戻り、密かに安堵した剣は────すぐに脳を回転させる。

 

 

 

響の過去、黒き少女、そして禍々しき龍。

 

響の過去については後で考える。問題は彼女が一体何者なのかという事。あの少女は無空剣の意識内に存在していた。そんなものが人間である筈がない。

 

 

一番重要なのは、あの龍だ。

アレを見た瞬間、ようやく思い出した。前に剣の意識が途切れる瞬間、あの龍の存在があったのだ。そして何故かその間、意識が響の記憶を彷徨っていた。

 

 

 

何より、アレは危険なものだ。

存在自体が災いそのもの、ノイズと同じ────純粋な破壊ならば、それよりも上だろう。何故、剣があの龍を眼にしたのかは分からない。

 

 

だが、何が原因かは大体予想はつく。

 

 

 

「『魔剣計画(ロストギア・プロジェクト)』、奴等は何を企んでいる……?俺は、魔剣士は何だ?序列は、何の為に選び抜かれた?」

 

 

既に離反したとされるエリーシャの反応からして、奴等はまだ活動している。表向きには沈静化しているが、エリーシャや刹那の発言からして、本命の組織が裏で糸を引いていたのだろう。

 

 

エリーシャが本来の復讐目標であるが、奴等も倒すべき敵には変わりはない。いずれ現れればこの手で滅ぼすことは決定事項だ。

 

 

やる事は多いな、そう思っている瞬間、うぅん………と声が聞こえた。

 

 

「………響」

 

「…………あれ、剣さん………?」

 

振り向くと、横のベッドからゆっくりと響が起き上がっていた。彼女も自分と同じ、手術服な事から安静にしてるように休まされていたのだろう。

 

眠気を覚ますように目元を擦っていた響だが剣の姿を見ている最中、あ、と声を漏らした。

 

 

「剣さん!大丈夫ですか!?えっと………背中の傷とか!」

 

「?背中の傷か?」

 

慌てて飛びついてくる響を制しながら背中を確認する。傷はない。跡すら残らないのはロストギアの自己治癒能力の賜物だろう。

 

だが、響の言う『背中の傷と』いう言葉から、薄らいでた記憶が鮮明になり始めてくる。覚えているのは、シオンから響を庇っていた時のものと、覚悟を決めてフォース・ギアを纏った瞬間までの記憶。

 

 

「俺は、あの時─────」

 

 

 

その時、存在しない筈の記憶が流れ込んできた。

 

 

 

 

『────────せん、ぱ───』

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 

込み上げる吐き気に、剣は自分の喉を強く掴む。本気で引き裂く事も厭わない程に力を強める。むしろ、そうしてしまいたい。

 

 

本来、暴走した時の記憶がないのが当たり前だ。かつて、響がデュランダルによって暴走した際、その時の意識も記憶もなかった。

 

だが、剣の場合は違う。

フォース・ギアの暴走は膨大な力による強制的な暴走ではない、魔剣グラムからの膨大なエネルギー供給の負荷として精神が狂化される。本人の心の内の負の感情が増幅させられ、意識自体を暴走させる事なのだ。

 

 

故に、記憶は残る。

一時覚えてはいなかったが、響の言葉から剣は暴走時の記憶を思い出した。

 

 

暴走した自分が、シオンを殺し掛けた事、そしてあろうことか響達にすら手を出した事を。

 

 

「剣さん!?」

 

酷く追い詰められた様子の剣に、響は声を大きくして叫んだ。そして困憊したように異様な状態の剣を宥めるように、彼女は話す。

 

 

「大丈夫です!剣さんは誰も殺したりしてません!シオンさんは傷つけちゃってましたけど!あの時の二人が連れていってくれたから、きっと助かってますよ!だから───」

 

 

 

「………違う、違うんだ。響」

 

 

弱々しい声で否定する。顔を覆う手が、自身の弱さを仮面のように。

 

 

「あの時の俺の言葉は、憎悪は全て本物だ。俺が心の奥底で、抱いていたものだ」

 

「そ、それって………」

 

「フォース・ギアは俺の負の感情を増幅させた。だが、無いものは増やせない。増幅できたのは、確かに存在していたからだ。あれは、俺の本心だった」

 

 

支離滅裂な言葉の数々。あらゆる全てを殺し尽くさんとする怨念。それら全て事実、無空剣が生じた想いだ。

 

 

負の側面だけを倍増されたとて、それを眼にした本人からすれば現実を見せつけられたようなものだ。

 

 

「昔の俺は、この世界に来る前の俺は荒んでいた。自分や同じ魔剣士以外の全てが憎く、そして嫌いだった」

 

 

それは独白であり、告白でもあった。

 

己の愚かさを嘆き、後悔を残した者が懺悔室で伝えるような、罪を自覚したような話。

 

 

「ある集落でテロリストから子供を助けた時、その子の兄弟から石を投げられた。『妹に触るな、化け物』と。それを聞いた時、俺はなんて思ったと思う?」

 

「………」

 

「失望だよ。俺はお前達を助けたのに、何でそんな風に言われなきなゃならない?と。また集落が襲われた時、俺は無視しようとした。あんな奴等、好きにすればいいと」

 

 

そのせいで、親友は死んだ。

彼等の持つ対魔剣士兵器によって、殺された。だが、真に殺したのはその兵器ではない。駆けつけることが出来ながら、またそんな風に思われるならと見捨てた剣本人なのだ。

 

 

「タクトが死んでから、心を入れ換えた気でいた。今度こそ人の、己の善意を信じると、俺自身の意思で人を守ると。だが、これが俺の性根らしい。この期に及んで証明されたよ」

 

 

全部が憎い。

『魔剣計画』の人間が、総統も幹部も、研究者も下っ端も、その関係者すら、ただひたすら憎かった。

 

あの暗い檻の中で無空剣は全てを殺し尽くすと憎悪を剥き出しにしていた。『魔剣計画』に関わる全てを、この手でぶち殺すと。

 

 

その中に、彼が殺そうと思っていた全てに、何人無関係な人間がいたのだろうか。その家族すら殺そうと考えていた自分は、どれだけ堕ちた存在なのか。

 

 

だからこそ、魔剣士と名付けたのか。魔の側面にいる、堕ちた者だから。

 

 

「何が、使命だ。結局俺は、自分勝手だった。復讐を、仲間を殺された怨みを、彼等の望むことだと決めつけて正当化していた……………俺の復讐を、俺だけが望んでるものじゃないと否定していた。

 

 

 

本当は自分が奴等を許せないから、全てを恨んで、全てを殺そうとしていた。それなのに────」

 

 

自分の掌を、肉体に組み込まれた欠片を見下ろす。この力は、きっとそんな剣の本心を見抜いていたのだろう。だからこそ、あのように言ったのだ。己に従い、全てを殺せと。

 

 

己の失望が、ひきつった笑いとなって溢れる。しかし、自身の手を見下ろしていた剣の前で、響が両手を伸ばす。彼の手を優しく包んだ。

 

 

「…………響?」

 

「……剣さんの事は、よく分かりました」

 

 

彼の想いを知った響はそう答える。しかし彼女の顔に無空剣への軽蔑や失意は存在しない。むしろそんな彼を受け入れるような慈愛が溢れていた。

 

 

「誰かが憎いのも、許せないのも悪いことじゃないと思います。けど、剣さんの怒りは…………自分勝手なものじゃないと思います」

 

「…………違う、そんなの」

 

 

あの憎悪は本物だ。あの激情は本物なのだ。

自分勝手でなければ何なのだ。死者の気持ちを理解した気で彼等の意思を代弁したつもりで、怨讐を口にしていた自分は。

 

 

確かにそうかもしれない。しかし、響に言える事実がある。

 

 

 

「────だって、剣さんは道を踏み外さなかったじゃないですか」

 

 

 

そうだ。

どれだけ自分以外の全てが嫌いでも、憎くても、彼はその怒りに食い尽くされることはなかった。あらゆる者に向けたかった怒りを、憎悪を、他者に向ける事はせず、守り続けてきた。

 

亡くなった親友の願いを、意思を引き継いだ彼は、ずっとそれを貫き通してきた。本気で怨嗟のままに暴れる事はなかったのだ。

 

 

「自分以外の誰かが嫌いになっても、剣さんは人を傷つけようとしなかった。それどころか、皆を助けてくれたんですよ。私や未来や、翼さんやクリスちゃん、皆を」

 

「───それでも、この憎悪は消えなかった。どれだけ人を助けても、どれだけ正しくあろうと、奴等への憎しみが消える筈がない。もし、また暴走したら────」

 

「その時は!私達が止めます!!何度でも!今まで剣さんに助けて貰ったようにッ!」

 

 

強い、決意の表情を浮かべ、そう告げる響に、剣は思い知らされたようだった。両目を閉ざし、自身の考えを改める。

 

 

 

──俺は響に、ここまで言わせているのか。そう思うと、自身への呆れが浮かぶ。弱気になっていた自分の愚かさが、嫌になる。

 

 

どうやら自分では気付けないほどに精神的に追い詰められていたらしい。だが、自覚さえすれば問題はない。

 

 

 

「…………すまない、迷惑をかけた」

 

 

頭を下げる剣。最近は醜態ばかりだ、と自嘲しそうになるが、今はそんな気持ちなど捨てておく。

 

 

「お陰で、気が楽になった。ありがとうな、響」

 

 

少しばかり吐き出したことで、落ち着いた。全部を飲み込めたわけではないが、響達にこれ以上迷惑をかけるつもりは更々ない。

 

 

響は大丈夫、と笑顔で答えてくれた。そんな彼女の優しさに弱気だった心が晴れていく。

 

 

だが、その瞬間。普通の人よりも優れた剣の眼が、何かを捉える。思わず、口に出ていた。

 

 

「───響、胸の傷」

 

「え?こ、これですか?どうしたん────あれ?」

 

 

胸元にある傷痕に触れた響だが、傷痕から何かが剥がれ落ちた。拾い上げた時には、それがかさぶたである事に気付く。

 

 

「あはは、かさぶたですね。綺麗に取れてますよ────」

 

「悪い、響。少し触るぞ」

 

「え────ひゃっ」

 

 

安堵したように笑う響だが、思わず可愛い声を漏らす。忠告した剣が、響の胸元に触れていたのだ。より正確には、ガングニールの傷痕に触れているのだが。

 

 

「…………あの、剣さん…………少し、恥ずかしいですよ?」

 

頬を赤く染めながら、戸惑う響は言う。剣の指先が傷痕をなぞるように彼女の肌を伝う。くすぐったいのか、彼女は口から漏れそうになる声を抑えるので必死だった。

 

 

 

一方で、剣の顔は険しくなる。深刻そうに、傷痕に指先を添えた。指先から肌の奥側に感じ取る波動、心臓の脈動とは違う、伝播してくる力の波。

 

 

「─────やはり、これは」

 

 

 

 

 

その瞬間、扉が開く。それと共に駆け込んでくる足音が聞こえてくる。焦ったような声と共に。

 

 

 

 

「無空!立花!目覚めたか──────」

 

「やっと起きたのかよ!心配させやが─────」

 

「響!剣さん!大丈夫ですか──────」

 

 

しかしその声は途中で途切れた。ん?と振り返ると、入り口からすぐの場所で翼達が立ち止まっていた。呆然と、硬直する彼女達の様子を怪訝に思っていたが──────

 

 

 

「─────あ」

 

全てを理解した剣の顔から生気が抜ける。今、剣は響の胸元の傷に触れていたのだ。しかしその状況は、別の光景に見えないか。

 

 

そう、響の胸元に指を突っ込もうとしている姿に。何処から見てもセクハラでしかない。

 

 

 

「…………全然目が覚めねぇから心配してたのに、馬鹿相手に何をしてやがんだ…………?」

 

「─────響に、何をしてるんですか。剣さん」

 

 

 

 

 

あ、これは不味い。全身の神経が悲鳴をあげ、警戒信号が凄まじい勢いで鳴り響く。だが、既に手遅れであった。

 

 

 

 

 

「ま、待て!三人とも!これには事情が────」

 

 

「問答無用ッ!!そこに正座(すわ)れ無空ァ!!!」

 

 

弁明の余地すらなかった。修羅となった翼を筆頭に、クリスと未来が剣へと凄まじい剣幕で詰め寄る。最早どうしようもない、完全な詰みを理解した剣は口を閉ざし、数秒の時間で床へと正座をして待ち構えた。

 

 

 

 

 

 

三人の少女達からの説教から数十分。

後から駆けつけてきた弦十郎が状況に困惑していたが彼女達を宥めてくれたことで何とか事は収まった。

 

 

事情を話した際には、困ったように笑われ、『あまり誤解させるなよ』と軽く注意を受けた。この件に関しては純粋に反省する。

 

 

その後、すぐに剣は司令に申し出た。今回の件でミスを起こしたのは自分だと、エリーシャを図り損ねた事、あろうことか暴走して迷惑をかけた事、その責任は取ると。

 

 

 

だが、司令と通信に出てきた博士の返答は彼の意向に応えるものではなかった?

 

 

「いや、君のせいではないさ。むしろこれは俺達の責任だ。エリーシャ、奴の悪辣さを読み違えていた!奴の悪意を理解した気でいた結果、君を追い詰めるような形になってしまった!」

 

『………悲嘆する必要はないだろう、風鳴司令。あの男は人でなしだ、ちゃんとした人である貴方にそこまでの責任はない。化け物の心など人には読めまい?人の心から外れたあの男が全ての元凶、悪いのは全部あのクソヤロウだよ、オーケー?』

 

「───だが、責任を取らない訳にもいくまい。博士も承諾してくれていたからな。ならば腹を決めるのみだ。俺は今月の給料を全カット、博士は今月の趣味の自粛でどうだろうか!!」

 

『え』

 

 

心の底から絶望したような一言が漏れる。アイドルやライブを趣味として好む博士としては地獄のような決断であった(自分から言い出したので悪いは博士だが)しかし博士も責任を感じていたのか、………腹を括るかと諦めたように受け入れた。

 

 

最早自分が責任を負うという話ではない。潔く諦めた剣は深く溜め息を吐き、

 

 

「………いや、そこまでしなくて良いですよ。それよりも、この場に来たのは責任追求の話じゃあ無いでしょう。最も重要な話があるからでしょう」

 

 

そう言いながら、チラリと小日向未来を見た。彼女自身に何かある訳ではない。ただ彼女が呼ばれていること自体が重要なのだ。

 

 

「ああ、この話は他でもない、響君の状態についての話だ」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

それから、数時間後の話。

 

 

 

夜の街。

人の気配が少なくなった町中を、見つからないように配慮しながらも駆け出す者がいた。

 

 

 

小日向未来。

シンフォギア装者を親友に、最強の魔剣士を知り合いに持つ彼女は夜闇の中を必死に走っていた。誰にも悟られないように警戒しながらも、急ぐ気持ちを焦らせながら。

 

 

経緯は、少し前の話になる。

二課の基地から出たあと、寮へと戻ろうとした彼女の元にとある事が起きたのだ。

 

 

『………?メール?』

 

携帯を開くと、一件のメールが残されていた。未登録の番号、そもそも携帯の番号ですらない、複雑な数字の羅列。

 

件名には、たった一つの単語が記されていた。

 

 

─────『立花響』

 

 

 

『っ!!』

 

瞬間、あらゆる不安と警戒が消えた。躊躇いはあったが、すぐにメールの中身を確認した。中にあったのは長文ではなく、むしろ内容として少ないものだった。

 

 

 

【今日の0:00、南方面のコンビナートに来い。立花響を助けたければ】

 

 

たったそれだけであった。

時間と場所を復唱する未来の目の前で、突如メールが消去される。慌ててゴミ箱や他のフォルダを確認しても、そのメールは存在すらしていなかった。証拠を自動で消すように、跡形もなくなっていた。

 

 

 

普通ならば無視してもいい事であった。だが、状況が違う。小日向未来は少し前に、ある事実を知らされていた。だからこそ、この件に干渉することを選んだのだ。

 

 

一抹の希望、可能性を願いながら。

 

 

 

「はぁ……っ、はぁ………っ、着いた………」

 

 

目的の、コンビナートへと辿り着く。無数の機械や建物が並ぶ場所とは違い、大きな広場へと踏み込む。

 

 

 

 

その瞬間。

暗闇の中から声が響いてきた。何処からか分からないが、声音の大きさからすぐ近くにいるようであった。

 

 

「─────15.06秒早い。まぁ、この話を無視は出来ないよな。急くのも当然か」

 

 

声の方向を見ると、積み上げられたコンテナの上からしていた。何もないと思われていた暗闇の空間が、霧のように歪む。

 

 

現れたのは、ロングコートの薄い金髪の青年であった。

クルクルと、彼を中心として円を描いていた十個の球体。それは青年のロングコートの両肩にあるアーマーに格納されていく。

 

 

青年は未来を見ると、ふんと鼻を鳴らす。地上から十メートルもあるコンテナから飛び降り、難なく着地する。

 

高所から降りたのに怪我すらしてない。何より、あの装備。普通では有り得ない未知のテクノロジー。

 

 

「…………貴方は───」

 

「如月刹那。無空剣と同じ魔剣士、今はそれで充分だろ」

 

 

如月刹那という名前は知らない。それでも、無空剣と同じ人間離れした魔剣士である事は教えられた。そして、彼がルナアタックの際に、創世達を助けた青年であることにも気付いた。

 

 

しかし、今言うべき事は決まっている。小日向未来は戸惑いながらも、覚悟を決めたように問うた。

 

 

「響を助けられる話は、本当なんですか?」

 

「そう急ぐな。すぐにどうにか出来る話じゃない」

 

 

否定することなく、刹那は軽く諌める。

つまり、だ。この男は知っているのだ。前々から立花響が死ぬと気付いていたからこそ、彼女を救える方法を知っているのだろう。

 

 

 

 

「まずは確認だ────お前は知ってるな?立花響がもうすぐ死ぬことを。かつて胸に受けたガングニールの欠片と融合が進んでいることを」

 

「………ッ」

 

「そして、立花響を救う方法があることを。先程メールで伝えたようにな──────そして、重要なのがお前であることも」

 

 

息を呑む未来に、刹那は平然と告げる。指を突きつけられた彼女は不快感を示すこと無く、ただ両目を閉ざした。

 

 

 

思い出されるのは、少し前の過去の話。二課の本部で告げられた残酷な事実。

 

 

 

立花響。彼女の親友の身を蝕む状況についてだった。




無空剣の中にいる人達


歌姫No.1

剣さんの魂に定着してる歌姫、シンフォギア装者 天羽奏の魂。通常の魂とは違う異物判定をされており、普通に存在してられる。一話前の剣さんを止めたのもこの人。


黒き少女

無空剣の中にいる謎の存在。彼に呼び掛け、彼に自身の力の使い道を問い質している。剣に会えて嬉しそうだったが、その後の現実の展開を見せられて絶賛不機嫌。



禍々しき龍


───『情報規制中』────






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