森林地帯に潜むように隠れているエアキャリア。
聖遺物 『
その内部で、マリアは静かに壁に寄りかかっていた。
「─────♪」
両目を伏せながら、彼女は優しい音色を歌声として響かせる。それは、彼女のよく知る子守り歌であった。自分自身を落ち着かせるためでもあり、隣のベッドで静かに眠る女性────ナスターシャの為のものでもあった。
ふと、壮年の女性の片眼が開く。
ゆっくりと身体を持ち上げる女性に、マリアはすぐに駆け寄った。
「──マム!目が覚めたのね……!」
「えぇ、心配をかけてしまいましたね」
涙を眼に含ませ、無事を喜ぶマリアに、ナスターシャは優しく微笑む。しかしすぐさま何かを思い出したように、顔を俯かせる。
「…………私は、あの時倒れてしまったのですね」
先の戦い、ウェル博士とエリーシャの二人の悪意により、無空剣が暴走した事件。あの戦いの直後、切歌と調をウェルの護衛に向かわせた途端、ナスターシャは血を吐き倒れてしまったのだ。
どうしようもない、自身を蝕む病が実に歯痒い。ナスターシャは病気に伏せている身であり、医療も携われるウェルがいなければここまで来れなかった。
脳裏に過る不安に、ナスターシャは首を振るう。そして、近くの機器を起動させ、通信を行う。
「聞こえますか、私です」
『ま、マム!?もう大丈夫なんデスか!?』
「えぇ、今は何とか落ち着いています」
通信に応えたのは、切歌であった。驚きの反応からして、調もすぐ近くにいるのはよく分かる。彼女達はナスターシャの声を聞き、驚愕から安堵へ………そしてすぐさま焦りの色を見せ始めた。
『………マム、私達が外に出向いてるのは───』
「分かっています、マリアの指示ですね」
説明をしようとする切歌に、ナスターシャは認知してると答えた。あの戦いの結果、ウェルが何処へと逃げ出したのは覚えている事実だ。彼がいなければ、ナスターシャの容態を安定させることはできない。
そして。
一息ついたマリアは意識のない青年に視線を向け、彼の名を呟く。
「……………シオン」
ナスターシャ同様、ベッドに寝かせられた青年。深く濃い色合いをした青髪と幼さの残った美麗な顔つき。そして、金属で形成されたスーツ。それを外すことは出来なかったのか、そのままにされている。
まるで人形のように、意識すら出さずに静まり返る青年の姿に、マリアはふと呟きを漏らした。
「助け出した時にはあんなに重傷だったのに………」
切歌と調が彼を助け出した時、凄惨な状態であった。全身の骨が鎧と共に砕け、頭部の頭蓋骨も破壊されていた。検査の結果、体内の臓器すら破損しているという事実が明らかになり、瀕死に近かった。
唯一、医療が得意なウェルは現場から逃げ出し、打つ手無しかと思われていたが、不可思議な現象が起きたのだ。
────壊れた筈の鎧が、再生を始めたのだ。何度も見た蒼銀の鎧は完全に修復させると、変形していき瀕死のシオンを治療し始めた。
助かる見込みがある事に、マリアの中で確かな安堵があった。そして、もう一つ、ある可能性がある。
シオンが兵器としての制御から解放された事だ。彼をこんな目に遭わせた間接的な元凶は、自我の無い彼を制御装置で操っていると口にしていた。あの戦いの際、シオンの意識が一瞬だけ浮かび出た事も、マリア達は確認していた。
ならば、だ。
無空剣は彼の支配を強制的にだが、破っていたことになる。これでもう、この青年が兵器として利用されることは────
『────残念ながら、それは的外れの意見だ』
人間の放つ声音でありながら、あらゆる感情が抜けたような声が、マリアの背後から響く。その声は、いつものような通信ではない。むしろその場にいる本人が声を出しているようであった。
振り返ったマリアの眼に、一人の男の姿が映る。科学者であることを示す白衣と、顔半分を占める機械の義眼。軽薄そうに見えるが、その内すら見えない程空虚な笑み。
それら全てを携える男の名を、マリアは敵意を以て口にした。
「………エリーシャッ!」
『おや、敵意なら慣れているが………少し驚いたよ?まさか君からもそんな眼をされるとは。まぁ時間の問題なのはよく分かってた』
「ふざけないで!的外れな意見とはどういう意味!?」
『言葉通りさ』
凄まじい怒気で迫るマリアはエリーシャの胸ぐらを掴もうと腕を伸ばすが、彼女の腕はその身体を通り抜けた。戸惑うマリアだが、目の前の男の姿が残像のように揺らいでいる事に気付く。
これはホログラムだ。エリーシャ本人はここにはいない別の場所で、この残像を実現させているのだ。
『あの戦いでシオン・フロウリングの鎧が破壊された。私の発言からすれば、これで彼は制御から解き放たれた………それが君の考えだろう?』
「…………」
『正解ではあるが、不正解でもある。確かに、あの戦いでシオンの制御装置は破壊された。一時的にだが、彼も支配から解き放たれた。
しかし、何時から制御装置が一つだけと言った?』
思わず息を飲むマリア。彼女の様子にエリーシャは不気味な笑みをより一層深める。彼は自身の頭に指を押し当てながら、嘲るように言い放つ。
『もう一つ、彼を操作する制御装置があるのだよ。無空剣はあの戦いでそれを破壊できなかった。…………残念だったと思うね。あと一つ装置を壊せば、彼は救えていたのに』
「────」
『まぁそもそも、制御装置を破壊したとしてもシオンは助からないがね。鎧を破壊したとしても、シオン本人の自我も元に戻らなければ意味がない。あの鎧は生命維持装置でもあるんだ。自我の消し飛んだ廃人があの鎧を失えば、呼吸も出来ずに死ぬ。…………要するに、彼等の努力も完全に無駄骨って訳さ』
どう足掻いてもシオンを助けられない。それはあまり醜悪で、悪意しかない秘密であった。一体どんな考えや思考があれば、このような残酷なやり方を思いつくのか。
マリアは唇を強く噛み締めながら、エリーシャに問い掛ける。
「そうまでして、彼を戦わせる意味があるというの……?」
『ふむ、君は肝心な事を知らないようだ』
エリーシャは呆れたように、溜め息を漏らす。そして、平然と己の理由を告げる。凡人が聞けば耳を疑い、世間では絶対に有り得ないであろう答えを。
『兵器とは、壊れる最後まで役に立つものだよ?それが彼等、魔剣士の本懐というものさ。その用途を果たしてあげたんだ、むしろ感謝して欲しいよ』
「…………ッ!!」
人の命を、命として見ない。
あくまでも兵器、消耗品としか見ないこの男に、マリアはようやく実感した。
あの青年の考えは正しかった。この外道は存在してはいけないモノだ。いずれ多くの生命を弄び、多くの悲劇を生み出す。たとえ幾千、幾万の命を犠牲にしてもこの男は顔色を変えないだろう。……………かつて、別の世界でも行ったように。
味方に向けられるものではない敵意を向けられるエリーシャは不気味な程痛快な笑みを浮かべ、背を向ける。
『ククク、どうやら相当嫌われたようだ。ここは大人しく私事に戻るとしよう────それでは』
その姿は欠き乱れると同時に、空間へと溶け込んだ。ホログラムが完全に消え去ったのを確認した直後、マリアはどうしようもない感情の波に襲われる。
「クッ!あの外道!!」
躊躇いなくマリアは怒りを拳に乗せ、壁を殴り付ける。単に自らの身体を痛めつけるだけだが、その痛みで怒りは少しだけ和らいだ。だが、あくまでも気休め程度だ。
膝をついて行き場の無い感情に囚われるマリアの姿に、ナスターシャは自身の胸が締め付けられる感覚を味わった。
(───私はこの優しい子達に、一体何をさせようとしていたのか)
ナスターシャは思い出す。
世界を救う、そう決意させて皆を引き連れたが、もう一つの真意が存在していたことを。
ずっと暗い施設の中で居続けた少女達。せめて自分が死ぬ最後までに、彼女達に外の世界を見せてあげたかった。あの時────エリーシャの誘いを受けた時は、是が非でも応じるしかなかった。それしか、チャンスがなかったのだから。
挙げ句に、だ。
どんな人物かも知らぬ少年を、兵器として利用している。死ぬことも許されず、恩人である青年を苦しめる為に利用され────彼の手で瀕死に追い詰められた。
あまりにも、人道から離れた行為であった。
自分にとって大切な者を手に掛けねばいけなかったあの青年の表情や絶望の叫びは、今になっても忘れられない。
そんな事、望んではいなかった。
だが乗り越えねばならない苦行と受け入れていた。そうすることで、いつか笑える未来が見えてくると信じて。
(もう───潮時かもしれませんね)
その瞬間、けたたましいアラームが鳴り響く。
「ッ!何事なの!?」
「これは………敵襲です」
「そんなッ!?今もステルスを張っているというのに!?」
それは、神獣鏡によるステルスが破られたことを意味する。自分達が二課や米国からの追跡から逃げ切れていたのは神獣鏡の力が発揮されていたからだ。
マリアはペンダントを握り締め、外へと駆け出す。そんな彼女の背中を見つめていたナスターシャは、画面に映る景色に眼を見開くと、続くように照らし出されたものに息を呑んだ。
◇◆◇
エアキャリアから飛び出し、警報が示した場所へと向かっていたマリア。相手は自分達の痕跡に気付いているらしく、直進するように進んできている。
唯一の幸運は、相手が単独であるという事か。複数人相手では、ガングニールを纏うマリアも対処は厳しい。だが、一人であるのならば倒すことも出来るし、最低でも足止めはできる。
だが、予想はマリアが思い描く最悪の結果を的中させた。
「───待ってたぞ」
周囲一帯に生い茂る木々が消えた先に、少しだけの更地に、その男は堂々と立ち尽くしていた。攻撃を仕掛けてくる様子は見られない。敵襲、というよりもこの場に誘き寄せる事が目的のようにも思えてくる。
両腕を組み、待ち構えていた男は顔を上げ────隻眼を向ける。その顔や姿を、マリアはよく覚えている。
「────無空、剣ッ!!」
黒いジャケットと黒いズボン。髪以外を黒ずくめに染めた青年、無空剣が言うと、彼の隣に球体らしき浮遊体が現れた。
「………久しぶりだな、マリア・カデンツァナ・イヴ。そして────」
『ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ。聖遺物研究の専門家、米国の特殊機関 F.I.Sでも重要な立ち位置のご老人だね』
ドローンのように見えるそれは左右にアームを取り付けており、眼のようなカメラアイはマリアを────彼女の後ろに集中している。
何のつもり、と問い質そうとするマリアであったが、遮るように静かな声が後ろから響く。
「そこまで知られているとは……」
『言ったろう?貴方は重要な立ち位置にいる、と。米国は貴方達の事を血眼で追っている。ならば、そのデータくらいは所持しているだろう』
自動で動く車椅子に腰掛ける老女、ナスターシャ。木陰から現れた彼女は驚いたように言うが、ドローン───より正確にはノワール博士が遠隔操作する『ユニオン-2』は冷静沈着に答える。
突然現れたナスターシャに戸惑いながらも、マリアは庇うように飛び出す。ペンダントを強く握り締め、彼女はナスターシャに向けて叫ぶ。
「マム!下がって!私が足止めをするから────!」
「不要です。彼が出てきた時点で、私達に勝てる可能性はゼロに近しい。下手に荒事に持ち込むのは得策ではないでしょう」
『なるほど、どうやら我々に応えてくれると見ていいのだね?』
「そうするしか、他に手はないでしょう」
俯くように眼を細めるナスターシャだが、すぐさま鋭い目つきで二人を見返す。
「………私達は未だ姿を隠していました。普通の機械では存在すら探知できないでしょう」
「『神獣鏡』のステルスか。確かに最初は逃げられたが、種さえ分かれば対処のしようはある。例えるなら、お前達も知らない俺の切り札だ」
そう嘯きながら、自分自身を指差す剣。マリア達は図りかねたようだが、ノワールは既に知っていた。
彼に隠された切り札───『
現に、それを使ったことで、マリア達を探し出すことが出来た。そして、彼がそこまでして彼女達を追っていた理由、それはただ一つ─────、
「────取引をしようか、マリア、ナスターシャ教授。俺達とアンタ達の、今後の為にもな」
◇◆◇
カ・ディンギル跡地。
先日の戦場近くで、一人の男がふらふらと歩いていた。
Dr.ウェル。
顔をやつらせたウェルは一時も休んでいないのか、ソロモン杖を文字通り杖として使いながら彷徨っている。
脳裏に写るのは、禍々しき黒き怪物の存在だ。
自分が原因とはいえ、あんな化け物がいるとは思わなかった。アレを倒せば、自分も英雄と呼ばれるかもしれないと少しは考えが過った。
だが、瞬時にその考えを改める。
あんな怪物を、どうやって倒せばいいのか。どれだけ必死に頭を回しても、答えが見出だせそうにない。いや、人質を取れば勝てるかもしれないが、あの化け物の怒りを買う行為など恐ろしくてしたくもない。現に、気付いた時には奴から逃げ出していたのだ。
夜道など恐ろしくて歩ける筈がない。暗闇を見てるとあの怪物を連想させて気軽に休めない。だから日が明けるまでずっと走り続け、弱り果てた今も必死に動いていたのだ。
恐怖と絶望に怯えていたウェルであったが、地面が崩落してることにも気付かず、足を滑らせる。
情けない悲鳴をあげながら、白衣を汚して崩落した場所へと転がっていく。ううぅ、と呻き顔を上げたウェルを────深紅の光が照らした。
「───────あ、あぁ……っ」
それは、目の前で触れずにも分かる程に脈動を響かせていた。鼓動を高鳴らせるそれは、小さな内部に膨大な力を蓄積させている。
希望もなく、当てもなく彷徨いていたが────ついに希望が目の前に降り注いできた。
「見つけた、ようやく…………見つけたぞぉ!」
あらゆる不安と恐怖が消え去り、ウェルは狂ったような笑みを浮かべる。這いずるようにそれを手にしたウェルは、ソロモンの杖を片手に立ち上がる。
これでもう、恐れるものはない。
あの怪物も………人間もどきの兵器も、倒すことが出来る。忌まわしき男の姿に恐れを抱きながらも、微かな希望にウェルは不気味に嗤い声と共に呟く。
「これさえ……っ、あれば!僕は英雄にぃ………っ!!」
◇◆◇
「手を組む、ですって?」
「より正確には協定を組もうという話だ、俺達とお前達で」
睨み合うマリアと剣。
警戒を緩めぬまま、ペンダントを強く握るマリアに対し、剣はあくまでも警戒の素振りすらない。余裕、というにしては慣れたような立ち振舞いであった。
「数日前、司令からの情報を得た─────月の軌道が僅差で外れていき、いずれは地球へと落ちるという話を。そして、その情報を米国が機密のものとして隠していることを」
「………」
「一ヶ月程先の話だが…………安心は出来ない。俺個人の見解だが、この件はお前達の協力者 エリーシャが一枚噛んでるだろう」
確信に近い言葉に、マリアとナスターシャが反応を示す。何故、という疑問を表情に浮かべる二人に、剣は証拠を提示する。
『────あー、言い忘れていた。これから月を使って面白い事をしようと思う。期待して待っててくれたまえよ?』
作業用ドローン『ユニオン-2』から、聞き覚えのある男の声が響く。それはかつて、ルナアタック事変の最後に現れたエリーシャの残した言葉であった。
その内容を耳にしたマリアとナスターシャの二人が、各々の反応を浮かべる。エリーシャからの協力を受け入れた当初は警戒はしていたが、まさか最初から全て仕組まれていたとは思わなかった。
「………どうだ?これだけでも、俺達が組むべき話だと思うが」
「…………」
「協定を結ぶためにも、此方から要求がある」
落ち着きながらも、有無を言わさないような剣幕が見てとれる。最初から怨敵に好き放題されていた事に、苛立ちと怒りを感じているらしき剣は、冷静沈着に人差し指を伸ばす。
「一つ、エリーシャとの完全な別離だ。奴に関する情報も貰えれるのなら、貰いたい。だが、奴に何かしらの脅迫で話せないのなら仕方ない」
それに関しては、納得しかなかった。
無空剣が、エリーシャを憎んでいるのはよく理解している。
自分自身を兵器として改造され、同じような仲間を無理矢理痛めつけるような真似をさせられたのだ。もし、自分が同じ立場だとしたら、奴を許すことなど有り得ないだろう。
「二つ、お前達の持つ『神獣鏡』を貸して欲しい」
折り曲げた中指を伸ばし、二つ目を提示する。その内容を聞いたマリアがハッと息を呑み込む。怪訝そうに隻眼を向けるナスターシャに、隠す必要もないと判断し、理由を口にした。
「俺の仲間の聖遺物との融合が進んでいる。このままいけば俺と同じ…………いや、それよりも最悪な、人ですらなくなってしまう。何とかできるのは、お前達の持つ『神獣鏡』だけだ」
「………ッ。立花響、彼女の融合症例ですか。まさかそこまで進んでいるとは…………不躾ながら、彼女の状態は?」
「今はまだ、大丈夫だ。だが、悪趣味な性格の『奴』が何もしないとは思えない」
「………それも、そうですね」
一人の科学者の、悪魔のような所業を目にした者達同士、同じ意見であった。奴にとって、人の命は利用するべき資源だ。それは誰であろうとも変わりなく、躊躇なく実験に使うだろう。
だからこそ、出来る限り早く、彼女を蝕むモノを取り除きたい。それが剣にとっての最大の懸念と目的であった。世界を救うのも、エリーシャを殺すのも、二の次だ。
「これらさえ呑んでくれれば、俺としては問題はない。お前達と敵対行動を控えるし、言ってくれれば力にもなる。どうだ?返答は早めにして欲しいが、強制はしない」
そう言って後ろに下がり、木に寄り掛かる剣。少しの間、沈黙が続く。だが、静寂はあっさりと破られた。
「─────なら、一つだけ。私から要求、いえ協定を結ぶために必要な条件があります」
スッと、車椅子を動かし前に出たナスターシャ教授。突然の事に戸惑うマリア、そして剣は気になったように聞いてきた。
「その条件は?」
「簡単です。この一件が終わって以降の、マリアを含む三人の装者の安全な生活を保証して欲しい。それさえ呑んでいただければ、全てを受け入れましょう」
「っ!マム!?」
自らに全ての責任を押し付けることで、自分が連れてきた少女達だけは守る。それは世界を救うという簡単には叶わぬ大義を利用した後悔か、或いは子供達に罪は背負わせないという大人としての覚悟か。
食いかかるマリアだが、ナスターシャは片腕で制した。その様子を見た剣は溜め息を吐き、一言。
「悪いが、その条件は必要ない」
断言する剣に、ナスターシャとマリアは戸惑う。
協定を無視して襲いかかるかと思い身構えるが、剣が次に話し始めたのは、彼女達の予想とは正反対のものであった。
「当然、言われなくてもそのつもりだからだ。アンタ達の身柄は絶対に保証する。…………無論、ナスターシャ教授、貴方もだ。この件が終わってからの事は俺が何とかしてみせる、それが協定を結ぶ者としての覚悟と義理だ」
『…………フッ、こちとら米国の機密情報の一部を握っているんだ。文句を言うようなら機密データで平手打ちして黙らせてやるさ』
「………あまりやり過ぎない方が良いですよ、博士。逆上してくる可能性がありますから」
世間話のように話し出す二人。彼等の様子から、自分達の話を受け入れてくれる事は確かであった。つまり、互いに協定を結ぶには十分であることが判明した。
ふと、安堵するナスターシャであったが、
「────少し良いか」
「……えぇ、何かありますか?」
少し、険しい顔で剣が声をかけてきた。不安そうに聞き返すと、剣は何処かを睨むように告げた。
「一つだけ、徹底しておきたいことがある。エリーシャや刹那を出し抜くためにも、な」
◇◆◇
数日が経って現在。
未来の脳裏から未だ迷いが消えずにいた。どれだけ心を落ち着かせようとしても、あの話が記憶に強く残っている。
『────悔いのない選択をしろよ、小日向未来』
無空剣とは違う、もう一人の魔剣士の誘い。
ただ利用しようとする悪意はなく、純粋に意見を尊重した物言い。
確かに、力を求めていたのは事実だ。その力があれば響を助けられるのであれば、尚更だ。しかし、その誘いに頷くわけにはいかない。如月刹那、彼は響達の敵であり、最終的に戦うことになるかもしれない相手だ。
その相手にとって、都合が良い事をしてしまうかもしれない。自分が意図しない最悪な事を起こすという可能性がある。何より、響達を、大切な人達を裏切るような真似はしたくない。
そんな矛盾が、彼女の内で渦巻いていた。どれだけ悩んでも答えを出せそうにない。
「───未来、大丈夫?」
「……え、あ、何でもないよ!少し考えてただけ!」
「それにしたって、ボーッとしすぎじゃない」
「未来さんだけじゃなくて、響さんも心がここにあらずみたいな感じですね………」
「んー、ビッキーもヒナも暗い!これから『ふらわー』に行くんだからそこで色々話し合えば良いじゃん!」
学校からの帰り道を歩いていた未来は、同行していた響や弓美達に心配されていた。話を聞いていた創世が叫び、響と未来以外の二人もそれに賛成していた。
そう言い、先に進もうとした彼女達であったが───突然、爆発音が響き渡った。
「今のって!?」
「事故じゃないの!それに、すぐ近くだし!」
「っ!」
上空へと上がる黒煙と先程の爆音からして、現場が近くだと分かった瞬間、響が飛び出した。同じように、少女達もついていく。
事故に巻き込まれた人がいるかもしれない。そんな人達を助けようと走り出したが、単なる事故ではないとすぐに分かった。
まるで横から薙ぎ倒されたように横転する黒い装甲車。そしてその周囲に群がるノイズと、地面に散らばってる複数の灰の塊───ノイズにより命を奪われた、人であったものの成れの果て。
「ふひッ、ふひひひひひひ…………!誰が来ようと、『コイツ』を渡すわけにはぁ………ッ!」
「…………ウェル、博士」
そんな地獄の中心にいるのは、あまりにも変わり果てた人物。前に出会った時のような落ち着きが見られず、その姿はやつれ果てていた。布切れで包み込まれた何かを大事そうに抱えながら、彼は杖を辺りへと向け、不気味に笑っていた。
咄嗟に身構えた響の声が聞こえたのか、ビクッと肩を震わせたウェル博士は響へと視線を向ける。
「お、お前!?何でお前がここに!?ま、まさかもう探知されたって言うのか!? あ、あの化け物も────ッ!?」
(化け物………?もしかして────剣さんの事!?)
憧れている人を侮辱するような言い方を理解し、すぐさま響は否定しようと思っていた。しかし彼女が口を開くよりも前に、恐怖したように錯乱したウェル博士がノイズを呼び出し、響達へと差し向ける。
「ッ!未来!皆!下がって!」
「───駄目!響!もうシンフォギアを纏っちゃ───」
前へと踏み出していく親友を止めようと、未来は叫ぶ。しかし、響は止まらない。この場にいる皆を守るためにノイズへと駆け出し、胸に刻み込まれた歌を歌おうとする。
しかし、その一瞬。
目の前を、天から降り注ぐ凄まじい光の雨が焼き尽くした。響達へと飛び掛かろうとしていたノイズは避けることもできず、膨大な光の柱に呑まれ────灰すら残らず消し飛ばされる。
聖詠を歌おうとした響は驚きによって遮られ、その場に立ち尽くす。熱い熱を帯びた胸が、少しずつ鎮静していく最中、呆れ果てるような声が響き渡る。
「────まさか、本気で歌おうとするとはな」
光の柱が消失していき、その内側から何者かの姿が見える。無数の光を、ノイズという不浄を許さない聖なる光を束ねる王とでもいうように、光の粒子の渦の中で、誰かが立っていた。
全身をコートに包む青年。普段はサナギのように閉ざされたコートを開き、戦闘態勢を剥き出しにした彼は、振り返り様に、見下すような眼を向けてきた。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが………ここまで来ると筋金入りだな」
「────刹那さん」
魔剣士 如月刹那。
兵器としての名とは違い、不朽の聖剣をその身に宿す青年が、たった今光臨した。
解説
ブラックナイト→黒い騎士→黒い甲冑→黒いロストギア→無空剣
剣さんがヒッソリと隠れて、マリア達と協定を組む話です。因みにこの事は二課の皆さんは誰も知りません、独断行動です。まぁ、情報漏洩を防ぐためなんですが…………。
剣の意図は後々に書いていきます。
ここまで遅れたのは仕方なかったんです!スランプと原神が面白かったからなんです!!許してください!何でもしますから!!
刹那が現れた理由は、響がシンフォギアを纏おうとしたから。それを止めるために(優しい)