「───マリアもマムも、今何をしてるんだろう?」
「んー、確か用事があるって言ってたけど、どんな事かは聞いてないデスね」
「ドクター達も同じ用事だったり………姿も見えないし」
「知ったこっちゃないデス!アイツらが居ない間に早くご飯にしちゃうデスよ!」
人気の無い廃墟に潜む少女二人、切歌と調。彼女達は近くで買ってきたであろうパンを食べながら、のほほんと談話を続けている。
「………っ」
「?大丈夫デスか、調」
「う、うん………少し休めば、何とかなるから………」
頭を押さえ、辛そうな顔を示す調。明らかに体調が悪いであろう親友を心配する切歌だが、彼女は気付かない。ほんの一瞬だけ、彼女の瞳が黄金のように輝いたのを。
「────来る」
「え、誰がデス?」
調の呟きに切歌が首を傾げたその瞬間────目の前に、人影が飛び込んできた。地面を砕くほどの力で跳んできたそれは、私服姿の無空剣だった。ギロリ、と此方を睨む剣に切歌と調が咄嗟に身構える。
「────」
「無空………剣!?」
「どうしてここに!────ていうか、何の用デスか!!」
「ッ!」
ペンダントを握り締めた二人の姿に、剣は本能で身構えていた。そんな彼の意志は考えるよりも先に、肉体に組み込まれた武装────ロストギアを展開しようとする。
だが、装甲が構築される直前に、真っ赤な術式が全身から飛び出した。
「ッ!?ぐああああぁあッ!!」
全身を突き抜けるような激痛に、剣はその場に崩れ落ちる。ロストギアに組み込まれた封印コード、それは無慈悲なまでに作用していた。激痛に苦しむ剣の肉体に浮かび上がっていたロストギアの装甲は消失し、その場にはただ動けない無力な少年が取り残されていた。
「っ!大丈夫デスか!?」
「ロストギアを使えない?………好機と言いたいところだけど」
そんな彼の異様な様子に、いざ戦わんとしていた切歌も調も戦意を消した。敵であるはずの相手の身を案じ駆け寄ってきた彼女達に剣は痛みに苦しみながらも、凄まじい剣幕で詰め寄った。
「マリアやナスターシャ教授は今どこに居る!?エリーシャを、奴を止めさせろ!!」
「え、マムやマリアのことデスか!?わっ、分からないデスよ!二人とも何処に行ってるか…………連絡手段ならありますけど」
「二人は何処に居る!?今伝えられるか!?」
「…………駄目デス!無線でも応えてくれないデスよ!?」
事態が好転しないことに剣は珍しく焦りを滲ませていた。それでも周りに当たり散らさないだけ、多少は冷静でいられているらしい。不安そうな彼の表情に、調は嫌な予感を感じていた。
エリーシャを止めさせろ、という言葉があの狂人の策謀を予感させていたからだ。
「………エリーシャが、何をしたの?」
「────奴がスカイタワーに兵器を投入した、既に民間人にも被害を出している」
「ッ!?あの外道が!?で、でも何の為に!?」
「分からん!だが!彼処には俺の知り合いが居る!戦いとは無縁な、優しい子が!」
その事実に二人はより一層表情を曇らせた。また犠牲を増やしている。無作為に、身勝手に。自分達の協力者である男が、多くの人々の幸せを踏みにじらんとしている。そんな現実に耐え兼ねたのか、切歌は剣との敵対関係を無視することにした。
「ここでは電波が繋がらないけど!電波の繋がる場所に行けば、きっとマリア達とも連絡できるはずデス!」
「分かった!急いでこの場から────おい!?大丈夫か!」
咄嗟に動こうとした切歌と剣は、その場に倒れ込んだ調に気付く。慌てて駆け寄り、介抱を始める剣。前々から体調が悪かったことを知っていた切歌の心配も何時になく増している。
────その瞬間、まるでタイミングを見計らったような偶然だった。街の遠方で、爆発が発生した。少なくとも、小さい規模のものではない。辺り一帯に衝撃波が響き渡るほどの爆発だったのだろう。町外れの廃虚にすら響き渡った衝撃に、身を挺して二人を庇う剣。
だからこそ、反応に遅れた。建築現場でもあったその場所、組み上げられていた上階に備えられていた鉄材が一気に落下してきたのだ。動けない調の居る方へと向かって。
「────調ぇ!」
「ッ!クソ!!」
そんな親友を護ろうと覆い被さった少女に、剣は鉄材を弾くという手段を切って捨てた。選んだのは、自身を盾にして二人を守ること。改造された自分の肉体なら、落下してきた鉄材で即死することはない。多少の怪我はあるだろうが、あの二人が傷付くよりはマシだ、と信じていた。
ガラガラガラッッ!!、と無数の鉄材が地面に転がる。砂煙の中で、彼等は閉じていた目を開いた。
「………あ、アレ?」
「……………これは、まさか」
自分達に怪我がないことに戸惑う切歌と剣は、ふと現状に気付いた。目の前にあったのは、真上に浮かぶ六角形状のバリアが浮かんでいたのだ。剣はその技に見覚えがあった。かつての戦いでとある相手が見せた、特殊な技である。
そして、それを使ったのは────他でもない。
「月読、調…………」
「し、調………?」
先程体調悪化により気を失っていたはずの少女が、剣と切歌の前で手を伸ばしていた。まるでそのバリアを展開しているかのように。無論、彼女はシンフォギアを纏っていない。ならばこの技はシンフォギア由来のものではない────最も、かつてこの技を使った者もシンフォギアを使ってはいなかったが。
「────やっと、出てこれたわ。この子の意識を上書きしないように出てくるのも大変なものね。でも、これでもう一安心」
「月読調………いや、お前は………」
人が変わったように、そう呟く調。
大人びた口調と金色の瞳は、心当たりしかない。それは、かつて和解できたはずの敵であり、その魂が消え去ったはずのヒトであった。
振り返り、笑いかけた『彼女』に剣は確信する。月を破壊しようとした先史文明の巫女が、誰であったのか。何世代も転生を繰り返した彼女の魂が、目の前の少女の中にあることを。
「久しぶりね、剣君。調子は………良くなさそうね。やっぱりエリーシャが好き勝手した、と言うべきかしら」
「────フィーネ」
◇◆◇
スカイタワー最上階。
そこに辿り着いた如月刹那と小日向未来。ノイズすら入り混じった敵を一掃した刹那は、ふと歩みを止めた。
「────小日向未来」
少女は振り返る。
距離を取った刹那の眼で、言わんとすることを理解した。刹那との取引、それが今すぐ果たされるのだと。
「この先に、奴等が通る。お前の求める力を、与える者が」
「…………」
「お前が求める力は、奴等のように生易しいものではない。きっとお前は肉体を弄ばれ、兵器の一種として利用されることだろう。お前の求めている力とは、そういうものだ」
小日向未来は、如月刹那の手を取った。
聖遺物との融合の未来が待ち受ける親友、立花響を救う方法を。自分達を救い続けてくれた優しき青年、無空剣を助けられる力を。
きっと望まれないことだと分かっている。彼女達の想いを、彼等の願いに背くことだと、誰よりも理解していた。だが、それでも。無力なままで嘆くことしか出来ない自分は、もう嫌なのだ。だからこそ、ここまで来た。
「そこから先に進めば、お前にとっても地獄ともなる。苦痛と苦難の果てに、お前はオレ達のような力を得る。これが最後だ。引き返すのならば、今の内だぞ」
最後の選択を、後戻り出来るように問い掛ける刹那。分かっている。これは彼の、同じ弱者たった者からの選別である。小日向未来の、彼女の答えは既に決まりきっていた。
「小日向未来」
────一歩、前に進んだ彼女に呼びかける。
穏やかなまでに落ち着いた声に、未来は思わず振り向いた。そして、彼女は見る。
「────お前の進む地獄を、お前の掴む未来を、期待してやる」
魔剣士となった彼の、見たことない優しい顔を。それがきっと、『弱者』だった頃の彼なのだと未来は悟った。そんな表情も一瞬、背を向けて立ち去る刹那の姿に、未来は再び前を見て走り出す。
通路を進んだ曲がり角を抜けた所で、彼女は対面した。
「……………貴女」
「………生き残りか?たった一人で、よく無事だったな」
親友とは違う、黒いガングニールを纏う少女 マリア。返り血を浴びた彼女は角から飛び出してきた未来に驚き、後ろでナスターシャを抱えていたガブリエルが目を剥いた。
────何の偶然、タイミングの悪いことに。彼女達と同行していたノワール博士は別れたばかりだった。いや、きっと刹那がそれを理解した上で、その時を狙ったのだろう。
お優しい彼等ならば、未来をすぐに連れ戻そうとするはずだ。そうならないように、彼女の願いを汲み取った刹那の意志が、事前にそれを阻止したのだ。そして、彼女の事を知る由もないマリア達の考えはすぐに決まった。
「────死にたくなければ!来い!」
「……………はい!」
マリアは気付いただろうか、もう一人の魔剣士 如月刹那の目論見に。彼に同調した少女の、決死の覚悟を。いや、気づけなかったのは幸いか。
未来は、マリア達と共に走る。自分の行く先に何があるのか、よく理解した上で────。
◇◆◇
「────着いた!ここが最上階!」
外の風が伝う空間。開け放たれたそのエリアこそが、エインヘルヤル入り交じるスカイタワーからの脱出手段である。マリア達がここに向かっていたのも、それが理由だった。
しかし、すぐにもう一つの問題に直面する。
「で?どうやって全員で脱出するんだ?」
「…………」
この場にいるのはマリアを含め三人。シンフォギアを纏うマリアは当然として、彼女ならば二人を連れて脱出は可能だ。そう、二人だけ。この場にいる三人────その内一人は助けられない。ここに捨て置くことしか、最善ではないのだ。
「…………まぁ、火を見るよりも明らかな話だ」
「ガブリエル………?」
ふと、ガブリエルがその場に座り込む。瓦礫に背中を預ける彼の姿にマリアは困惑を顕にした。そしてすぐに、彼の言葉に目を剥いた。
「オレは残る。その子と教授、二人を連れて脱出しろ」
「ッ!貴方、正気!?」
「────片や子供、片や御老体。どちらかを見捨てて助かろうとする気など毛頭ない。まぁ精々、幸運に任せてれば生き残れるかもしれない…………その可能性が高いのはこの中では私しかないだろ?」
脱出するには、マリアが連れて行く以外にない。しかし、この場にいるのは三人。どうやっても連れていけるのは二人が限界、一人は確実にこの場に置き去りにしなければならない。それをいち早く理解したであろうガブリエルは、自分こそが置き去りに相応しいと決断していた。
しかし、マリアはそれを認められない。認められるはずもない。
「このタワーには!エインヘルヤルがいる!今も残ってる奴等がここに来るのも時間の問題!万が一逃げ出そうにも、アレ相手に貴方一人で生き延びれるわけがない!死ぬつもりなの!?」
「それも悪くない。このまま四人全員で心中するよりはマシな結末だ。もしそうしたいなら付き合ってやるが、お前は死ぬ訳にはいかないんだろう?」
ノイズにもエインヘルヤルにも勝てない人間一人、どうなるかは一目瞭然。犠牲を強要するなどありえないと、マリアは他の可能性、全員で脱出できる方法を考えようとする。だが、冷徹なガブリエルに諭されるよりも前に分かっていた。
────スカイタワーの最上階、ここから生き残る方法などありはしない。このまま黙っているよりかは、ガブリエルの選択のほうが正しいことを。分かっていても、素直に認められなかった。仕方ないからと犠牲を認められるほど、マリアは大人でもなければ、冷酷でもないのだから。
「────何を迷っている、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。お前は何の為に歌い、何の為にフィーネを騙った」
「……………ッ」
「助ける為だろ。誰かを救う為に、その槍を握っているのだろう。ならばオレなぞに構うな!前に進め!オレを切り捨て、救うべき人々を救え!それが選んだ者の、選択した者の使命だ!お前はそのために!世界と戦うことを選んだのだろう!」
優しい少女の心の迷いを悟った上で、ガブリエルは厳しく告げた。それは、彼なりの叱咤でもあり、激励でもあった。当初はテロリストの一人である彼女を快く思っていなかったが、心から純粋な思いを感じ取った彼はマリアの優しさの機敏を理解していた。
だからこそ、その優しさが迷いとなっていることも。優しい故に何かに迷い、自分自身が正しいのかすら分からなくなっていることにも。気付いた上で、彼女へのエールを送ったのだ。
「最善を選び、前を進め。歌姫」
「…………ッ」
「その手が血に濡れようとも、自分自身を違えるな。諦めず、世界を救え」
たとえ、それが呪いになろうとも。
迷い続けて傷付くよりはマシだと、ガブリエルは判断した。その言葉を噛み締めたマリアは静かに頷き、ガブリエルに背を向ける。そんな背中越しに、彼女は感謝を伝えた。
「…………ありがとう、ガブリエル。もう、私は迷わない。たとえ罪であろうとも、私は私のあるがままに進んでみせる」
「随分と真面目なことで。少しは肩の力を抜けよ、そのうちガタが来るぜ?」
「さようなら────また、会いましょう」
未来とナスターシャ教授を抱え、マリアはスカイタワーから脱出した。その背中を追いかけたガブリエルは深い溜息を吐き出し、力なく座り込んだ。
「また、か。死ぬなって言いたいんだろうけど、不器用すぎだな。ホントに無理して壊れないかね」
『aaa────』
「…………とは言ったものの、生き残れるわけないわな」
屋上で腰を下ろしたガブリエルは不意に扉を抉じ開けようとする存在に気付く。エインヘルヤルが此方の生体反応を感知してきたのだろう。抉じ開けてでも入ろうとする人形兵を見ながら、ガブリエルは煙草に火を付けて口に含む。
「あーあ、これがオレの人生か。儚いもんだね、人の生ってのは。ま、やりたいことはやれたし、悔いはないかな────」
扉をこじ開けたエインヘルヤルが一体、此方に滑り込んでくる。ゆっくりと歩き出し此方に伸びる手を前にガブリエルは諦めたように不敵に笑う。そのままその手を受け入れようとしたその時────彼の脳裏には、一人の歌姫の姿が過った。
『さようなら────また、会いましょう』
「…………何やってんのかね、オレ」
呟いたガブリエルは煙を吹いた拳銃を見下ろしていた。此方を襲おうとしたエインヘルヤル真正面から弾丸を浴びせたのだ。彼自身、自分の行動への理解が追いついていなかった。
ただ、思ったのだ────自分が死ねば、またあの歌姫に傷を背負わせてしまうのではないかと。ならば、最期まで足掻いてやろうと。彼女に傷を遺さぬように、足掻いてみせると。
『Aa………』
「来いよ化け物ども………!オレを食いたきゃ、確実に殺してからにするんだな!肉片になろうがお前等の腹をずたずたにしてやるぜ………ッ!」
拳銃と手榴弾を両手に、ガブリエルは迫るエインヘルヤルに吐き捨てる。屋上に集まるエインヘルヤルの軍勢を前にしても、彼は最期まで足掻き抜くことを選んだ。あまりにも無謀であったが、どうせ死ぬならば足掻いてみせると、ガブリエルは自棄になっていたのだ。
────その選択が、彼の命運を大きく変えた。
────千ノ落涙
────CUT IN CUT OUT
二つの音色と共に空から降り注ぐ剣とミサイルの雨。ソレは屋上に集まっていたエインヘルヤルの大群に振り注ぎ、一気に薙ぎ払った。
「な、なんだァ〜〜〜ッ!!?」
「っ!いけない!────はぁッ!」
爆風に晒されたガブリエルは身構えていた事もあり対応しきれず吹き飛ばされる。そのままスカイタワーの外へと投げ飛ばされた彼が悲鳴を上げ落下する中、降り立った少女の一人が即座に小刀を彼の背後に投擲した。
するとどういうことか、ガブリエルの身体は空中でピタリと静止する。『影縫い』による行動阻止、何とかガブリエルの影に当たったことで彼の落下を防ぐことができたのだ。
「な、なっ!?なんだこれは!?まさか話に聞いていた日本のエージェントが扱う『ニンポー』っ!?」
「生存者を見つけました。あの服装………アメリカのエージェントでしょうか」
『────翼クン!クリスクン!間に合って良かったよ!』
「の、ノワール博士!?」
屋上に降り立つ翼とクリス、二人のシンフォギア装者の合流に喜んだのは先程離れたはずのノワール博士の操るドローンであった。混乱するガブリエルは知らないが、救援が訪れたのはノワール博士の要請があったからである。そして真っ先に屋上から突入しようとした彼女たちは襲われる直前のガブリエルを救ったということになる。
「博士、現状の報告をお願いします」
『スカイタワー全体にエインヘルヤルやノイズがたむろしている。民間人も何人か保護しているが、私では守り切れない。急ぎ救出を頼みたい』
「あ、あの!出来ることなら助けて貰えませんかね!?この状態で放置されるのも困るんですが!?」
影縫いで固定されたガブリエルの悲鳴に、ノワール博士を含めた三人が顔を見合わせる。それもそうか、と納得した博士の指示もあり、ガブリエルは何とか救出されるのだった。
◇◆◇
「てぇぇいやぁあああっ!!」
黒い影が迫る中、立花響は歌い戦う。
握った拳を解き放ち、鋭利な影の刃を砕き、潰し、前へと進む。そんな少女の眼前には、黒い影を纏う異形の貴公子キムラヌートが立つ。
【直情、直線的────しかし、ただの拳と侮れず、か】
その身に纏う影を操るキムラヌート、その影が四方から襲い掛かる。しかし響は決して狼狽えることなく影の刃を迎撃していく。徒手空拳による響の猛攻は影を押し返す程的確なものだった。
「はぁ、はぁ………っ!これだけ殴っても、全然止まらない………!」
【流石は装者。『神槍』に選ばれるに足る力はある。────しかし何故か?何故『神槍』の力を発揮しない?この期に及んで、出し惜しみものではないはず】
「…………『神槍』?まさか、剣さんの『ロンギヌス』のこと?でも、それが何で…………」
【まさか自覚が無いか?それならば本能で使えても可笑しくはないが────まあ、使えぬならば致し方ない】
熱を帯びる胸の傷に苦しそうに呻く響に、キムラヌートは平然と立ち尽くしていた。それどころか響の様子に何処か怪訝そうに様子を確かめるような態度であった。困惑する響の様子から目的を果たせていないと悟ったのか、キムラヌートが再び影を手繰る。
【────使わせるまで、歌わせるのみ。その命を削り、歌うがいい】
その直後、スカイタワーの屋上で爆発が起きた。異常事態に気付いた響が立ち尽くす中、キムラヌートは不思議そうに振り向いて不敵な笑い声を零す。
【ほう?アレは────神槍の少女よ、アレに汝の友とやらも巻き込まれたかもしれんぞ?】
「未来、が──────うッ!?」
奮起を目論んだ挑発に、響の意識が揺れ動く。親友が死んだかもしれない、そんな言葉で戦意を昂らせられる程、立花響は戦士ではなかった。不安と恐怖、絶望が意識の片隅に過ぎりかけたその時、響は胸を抑えて崩れ落ちた。
「う、ああああああッ!!?」
【…………成程『融合体』か。適切な処理もなく、装置も使わずの融合、これではマトモに神槍の力を使えぬのも当然。ヤルダバオトめ、何が計画の起点か。これではとんだ的外れではないか】
ようやく響の状態を察したキムラヌートは、目に見えて落胆を顕にした。失望や落胆の感情はあれど、それは響に向けられたものではない。むしろキムラヌートが響に向けるものは、憐憫のそれであった。
【神槍の少女よ、悪いが事情は変わった。その槍は回収しよう。既に死に行く身には相応しくないものだ、奪う際には死ぬが────どうせ死ぬ未来だ。早まった所で問題はなかろう?】
興味を失ったかのように、キムラヌートの影が響へと牙を剥く。彼女の身体を引き裂き、その中にある『神槍』だけを奪い去ろうと。苦しそうに悶える響にはそれに抗う余力はなく、影が少女の姿を呑み込む─────
「────一体全体ナニやってんだ」
────ことはなかった。
「テメェはァ────ッ!!」
上空から放たれた散弾が、影を地面ごと撃ち抜く。亀裂と共に割れた影を戻すキムラヌートは上空から飛来した人影に目掛け、黒い影を槍のようにして射出する。しかし、人影は物怖じすることなく行動を起こした。
「しゃらくせェんだよォ!!」
身を捩ったその人物────虹宮タクトは影を回避すると同時に、両腕に装備したショットカノンの照準をキムラヌートへと固定し、散弾の雨を叩き込んだ。
◇◆◇
時は数分前に遡る。
スカイタワーのノイズ発生とエインヘルヤルの凶行に翼とクリスを派遣した二課。その司令室にて全員に緊張を走らせる文字が、モニターに浮かんだ。
「ガン………グニール、だと………」
「…………オイ、オッサン。話通りならあの女、シンフォギア纏わねェようって話だろ」
「ああ、そうだ。だからこそ、剣君と同じく自宅待機を────」
「ギア纏ってんじゃねェかよ!ナニ考えてやがんだあの馬鹿!」
愕然とする風鳴弦十郎に、気を抜いていたタクトは頭を抱えて怒鳴った。本来ならば檻の中に閉じ込められているはずだが、公的な立ち位置は二課の保護対象でもある為、タクトはある程度自由を許されていた。そんな最中の緊急事態であったのだ。
「………少し前に報告があった。剣君の話であれば、小日向君もスカイタワーにいると。響君もそれを知って飛び出したと…………」
「小日向未来が!?無空剣も動かせねぇって状況で、間の悪いにも程があるだろ!────装者は…………ああクソ!出張ってるばっかだな!タイミング悪ィ!」
ならば立花響を誰が止められるのか。タクトは不意に怒鳴るのを止め、周りを見る。混乱しながらもオペレーターとしての手を止めない藤尭や友里職員たち、そして歯噛みするしかない弦十郎達の姿を見たタクトは────「ああクソッ!」と壁を殴り付け、声を上げた。
「────おいオッサン!オレの換装ユニット!置いてあるか!?」
「ああ、保管庫に置いてあるが────まさかッ!?」
「勘違いすんなよ。テメェらの味方になる訳でも、手を貸してやる訳でもねェ。────あの女に借りを貸しておくのは、御免なだけだ」
そうして、虹宮タクトは理由も分からず飛び出していた。フィーネの死後回収されたタクト専用拡張式の換装ユニット群。それを纏った彼は、立花響への借りを返すべき戦場へと降り立ったのだ。
◇◆◇
「タクト、さん………」
「テメェには言いてェことが山程あるが、今は呑み込んでやる。さっさとギアを解いて尻尾振りまいて下がりな」
「でも、未来が………まだ、あそこに────」
「下がれと、俺は言った!今のテメェに戦える余力も余裕もねェ!分かったら大人しく首を縦に振りやがれ!」
迷い揺れ動く響に、タクトは厳しく吐き捨てる。
しかしそんな冷たく容赦の無い言葉は、響の事を案じているのは明白であった。親友を助けに行かんと必死な響だが、彼女の様子からして数分も持たないのは目に見えているからだ。
「にしても、何だあの化け物。魔剣士とも思えねーが────『魔剣計画』の関係者か。それ以外にねぇわな、テメェみたいな奇天烈野郎」
【ほう、『
「……………言うじゃねぇか、軟体モドキのトカゲ野郎。こちとら火力はそこいらの魔剣士にも負けねぇぞ。お得意の換装ユニットで焼き殺して食ってやろうか?」
【此方としても『神槍』を回収する必要もある。ついでに廃品を粉微塵に変えるのも一興──────ム?ヤルダバオトか?】
興味も無いため無関心を顕にするキムラヌートに、タクトはビキビキと口元の笑みを深める。好意を示す笑顔とは対照的な敵意と殺意の滲む笑みを浮かべたタクトと睨み合うキムラヌートは影の刃を構えたその瞬間、突如何かに反応を示した。
ヤルダバオトから何かを聞いたのか、キムラヌートは首を傾げると同時に一息ついた。明らかに戦意の消えた影の貴公子は礼儀正しく一礼を取る。
【────悪いが事情が変わった。神槍の少女に虹剣のレプリカよ、この場は引こう。中枢総統の命でな、今ばかりはお前達を観測するに徹するとしよう】
「ッ!はいそうですかと、今更納得されると思ってんのか!?お高く止まってやがるな!」
【敢えて一礼を────さらば】
「話聞けやダボ────ッ!!」
影と同化して消え行くキムラヌートに、タクトは怒鳴りながら両腕のショットカノンを構える。砲口から吹いた火は眼前を破壊し尽くすほどの爆裂を引き起こし、直撃すれば無事では済まない地獄を作り出していた。
しかし、それだけの惨状を引き起こしたタクトは舌打ちを吐き捨てる。手応えはなかった。影に溶け込んで逃げるのが早かったのだろう。
「チッ、クソ────オッサン、敵を逃がした。これからアイツを連れてすぐに戻る」
不機嫌そうに鼻を鳴らしながらも、タクトは二課との通信を取る。後処理を任せた、と通信を切るタクトはマトモに立てそうにないほど融合に苦しむ響へ淡々と声をかける。
「おい、帰るぞ。立花響。テメェもギアを纏っていられねぇだろ」
「いや、です…………未来を、探しに、行かなきゃ………いけない、んです…………ッ」
「はぁ………なら────寝てろ」
それでも諦めようとしない響に、タクトの無慈悲な拳が放たれる。ドスッ、と首に放たれた手刀は響の意識を否応もなく落とした。意識を失い倒れ込もうとする響を片腕で拾い上げたタクトは、静かに目を細める。
「悪ぃな。テメェを死なせたら、今度こそアイツらに顔向けできん」
かつて自分が殺そうとした少女達の姿を思い、タクトは申し訳なさそうに呟いた。しかしそれも一瞬、すぐに表情を消し去ったタクトが飛び出す。二課の本部へと、戻っていくのだった。
次回も投稿を進めさせていただきますので、お気に入りや感想、評価などもよろしくお願い致します。それでは!