「「────フィーネが生きてるだと!?」」
「厳密には、復活はしていない。あくまでもフィーネは、他者の体を乗っ取る覚醒はしないつもりのようだ」
事件を経た当日、ファミリーレストランに集まった翼やクリスに剣はその衝撃的な事実を明かした。ナポリタンを頬張るクリスの隣で茶を飲む翼(本人曰く九時以降の食事は控えているらしい)を呼び出した無空剣は、二人と情報共有をしていた。
「フィーネの野郎は、もう出てくるつもりはねぇってのか?」
「俺達との戦いで思う所があったんだろうな。あくまでも大人しくするつもりだったらしいが、事態が事態ということで顕現することにしたらしい。…………肉体を奪わないようこともあって、時間がかかったらしいが」
「では、やはりマリアが?」
「いや、武装組織の装者 月読調だ。あのちっこい二人組の黒髪の方」
「「…………はぁッ!?」」
端的に告げた事実に、翼とクリスは二人して声を上げた。これ以上騒がないように人差し指を口元に立てる。先程からチラチラと見始めた店員の様子からして、次騒げば注意されてしまうのだろう。押し黙った2人の前で頼んだステーキを切り分けた剣はフォークでステーキの肉片を口に運んで頬張る。
「どういうことだ?マリアは影武者で、彼女が組織のリーダーだったと?」
「そこいらの事情が複雑でな。マリア達としてはフィーネの器というのは偽装で、Dr.ウェルを引き入れる工作だったらしい。おそらく、ナスターシャ教授も予想外の事態だろう。逆に言えば、Dr.ウェルやエリーシャも、フィーネの復活自体には気付いていない」
その事実を知る此方のほうがアドバンテージはある。幸いフィーネは此方に協力するつもりであるらしいことは、先程の対話の際には分かっている。
そんな最中、不意に翼は茶の入ったコップを置いて深く一息ついた。何事かとフォークとナイフを握る手を止めた剣に、彼女は穏やかに語りかける。
「にしても、無空の手腕には恐れ入るな。我々が知らぬ間に博士と共に敵と勝手に協定を結ぼうなどとは…………」
「…………怒っているのか?」
「別に、ただ感心してるだけだ。女子に声をかけることに一々腹を立てるつもりは毛頭ない」
「いや、怒ってるだろ………事前に伝えなかったことは謝る。俺も焦っていた」
疎外にされたことに機嫌を損ねたと思い、剣は頭を下げた。しかし何処か様子の可笑しい翼の変化としては間違いと呼ぶべきだろうか。そんな状況に助け舟を出したのは意外なことに、ナポリタンを頬張っていたクリスであった。
「まあ拗ねんなよ、先輩。剣だって色々と考えて動いてんだ。アイツの事も考えれば、それが先決だってのは明白だろ?」
「む…………神獣鏡のことか」
「だが、例の事件以降からマリアやナスターシャからの連絡はない。恐らく、米国との調和を問題視したDr.ウェルやエリーシャから反発を受け、組織内のパワーバランスが傾いたのだろう。そうなった場合、協定は無意味と考えるべきだな」
「じゃあ結局、いつも通りの力技か。面倒なもんだ」
「しかし無空。お前のロストギアはどうする?お前が戦えない状況が続くのは少し厄介だぞ」
「その心配の必要はない────ロストギアに関しては、何とかできる手立てが見つかった」
その剣の言葉に、二人は何だと!?と声を上げる。あ、馬鹿と口を出す前に追加の料理を持ってきた店員から「お静かに」と注意を受け、三人は猛省するのだった。
◇◆◇
エアキャリア内部にて。
船内の一室に集まっていた一同、その面持ちは重たいものであった。心配そうな切歌や調の前で、マリアは窓ガラスを殴りつける。その拳が血に染まっても、止まることはない。
「この手は血に穢れて…………セレナ………私は、もう………────うああああああッ!!」
スカイタワーの惨劇、それを経た彼女は絶望し、慟哭していた。彼女が対面した魔剣士のなり損ない、エインヘルヤル。自らの意思も奪われ殺戮を強いられる人形達を、マリアは何体も殺した。その大半が、彼女の妹 セレナと同じ幼い子供であったはずだ。
そして、救えたはずの生命を見捨てることしかできなかった。彼はそれを恐れることなく、逆にマリアを励ました。彼がどうなったのか想像に難くなかったマリアにはより重い咎としてのしかかっていた。
その二つが、彼女の心を蝕む杭となっていた。
「…………」
「…………マリア、マム」
「一体、何があったんデスか………?」
『────彼女達には説明も難しいだろう。代わりに、私が教えてあげようじゃないか』
そんなマリアの様子に目を伏せるナスターシャ教授に、何があったのか聞こうとする調と切歌。二人の疑問に答えたのは教授ではなく、この場にいない通信の声────エリーシャであった。
途端に警戒心を顕にする二人の少女に、エリーシャは『嫌われてしまったかな?』と軽い調子で嘯く。そんな様子を保ちながら、エリーシャは不敵に笑い、話し始めた。
『ナスターシャ教授は十年も待たずに起きる月の落下より一つでも多くの命を救おうとする君達に崇高な理念を、あろうことか米国政府に売ろうとしたのさ』
「それだけじゃありません。マリアを器にフィーネの魂が蘇ったというのも、飛んだ出鱈目。ナスターシャとマリアの仕組んだ狂言芝居」
「…………!」
続けて肩を竦めるウェルの言葉に、切歌と調は息を呑んだ。表情を強張らせた二人はすぐさまその様子を隠すように振る舞い、困惑の眼差しをマリアやナスターシャに向けるのだった。
「………ごめん、二人とも………ごめん」
「僕を計画に加担させるためとはいえ、あなた達まで巻き込んだこの裏切りはあんまりじゃありませんか?せっかく手に入れたネフィリムの心臓も無駄になるところでしたよ。
オマケに無空剣やノワール博士とも手を組んでたと来たもんだ。やれやれ、ホント末恐ろしい。ゾッとさせるのもここまでにして欲しいものです」
────ピクッ、と肩を震わせた二人の少女の反応に、その場の全員は気付きもしなかった。まるで自分は被害者とでも言わんばかりに振る舞うウェルやエリーシャ。それはマリアやナスターシャの非を遠回しに責め立てて、組織の実権を握ろうと画策する行為でもあった。
「………マム、マリア。ドクターの言ってることって………」
「…………本当よ。私がフィーネでないことも、人類救済を一時棚上げにしようとしたことも」
「じゃあ二人は、本当に………」
言葉を飲み込む二人に、マリアとナスターシャは目を伏せる。裏切っていた、黙っていたという事実が少女達への背徳感や後悔を感じさせるのだろう。当の二人はそんなこと思ってないし、なんなら自分達も隠していることがあるため、何も言えないのだが。
「…………あのまま調和が結ばれてしまえば我々の優位性は失われてしまう。だからあなた達はノイズにエインヘルヤルを投入し、会議の場を踏みにじり、虐殺を引き起こした。違いますか?」
「嫌だなぁッ!僕も博士も、悪辣な米国の連中からあなたを守ったんですよ!このソロモンの杖で!」
静かに、それでいて追求するナスターシャにDr.ウェルは否定することもなかった。それどころか感謝して欲しいと言わんばかりに告げたDr.ウェルはソロモンの杖を向ける。無論、本人としては害する気はないのだろうが、自分の立場を理解させようという感情は存在していた。
ナスターシャを守るように身構えた切歌と調。そんな彼女らとは対照的に、二つの存在がDr.ウェルの方へと立つ。
────他ならぬマリアと、先程まで停止していたはずのシオン・フロウリング。
「…………偽りの気持ちでは世界は守れない。セレナの想いを継ぐことなんてできやしない!全ては力…………力を持って貫かなければ正義を為すことなどできはしない!世界を変えていけるのはドクターのやり方だけ!ならば私は!ドクターのやり方に賛同する!」
「でも、それは………」
「………それじゃあ、力で弱い人達を………」
マリアを突き動かすのは、世界を救うという託された意志。かつて自分が掲げたにも関わらず、その実大した覚悟も度胸も持てなかった理想。そして、自分が見殺した相手から贈られた激励。
────最善を選び、前に進め、歌姫────その手が血に濡れようとも、自分自身を違えるな。諦めず、世界を救え。
彼にとっては激励であったが、それはマリアにとって自分を縛る呪いとなった。命を奪い、見捨て、血に濡れた自分はそうするしかない、と。
「それが偽りのフィーネではなく、マリア・カデンツァヴナ・イヴの選択なのですね」
「……………」
その目を見据えたナスターシャの言葉に、マリアは無言で応える。しかしその瞳が微かに揺れ動いてるのを、見過ごすことはなかった。だが、その瞬間ナスターシャは咳き込んで血を吐く。
「後のことは僕に任せてナスターシャ、ゆっくり静養してください。さて、計画の軌道修正も忙しくなりそうだ」
『そうか。では、来客の対応は「私」に任せてくれるかな?丁度、君もアレを動かすものが必要だったろう?』
「いいのですか?必要ならば、僕の方で済ませることできますが」
『構わないよ。そもそも、彼女の事は知ってるからね────有効活用させてもらうさ』
◇◆◇
組織内の話が終わった後、切歌と調は人気の無いエアキャリアの一室に身を隠した。二人は周りに人の気配が無いことを確認してから、ようやく口を開く。
「フーッ、生きた心地がしないデス。マリアやマムに隠し事なんて、不安デスよ」
「でも仕方ないよ、切ちゃん。ドクターやエリーシャを出し抜くには、それしか無いから」
二人は無空剣と密かに出会い、その際に起きた出来事を黙っていた。無論聞かれても答える意志もない。彼女達は明確に、自分の意志で無空剣と手を組むことを選んだのだ。
ドクターやエリーシャの苛烈かつ残虐な手段に付き合い切れない、というのも理由である。だがそれ以上に、マリアやマムを悲しませることを認めたくない、という子供ながらの感情だ。
「でもやっぱり、マムやマリアには伝えておくべきかな…………」
【────辛いことだけど、それはダメよ】
そんな調の不安に、反応を示したのは一つの声である。その声が聞こえるのは、調だけであり隣に並ぶ切歌には聞こえてすらいない。調はその声に耳を傾け、相手の話を聞くことにした。
【事実は共有すればするほど漏れる可能性が高い。何よりこの事実を知るのは貴方達でなければならないの】
「私達が、何も知らない子供だから?」
【少なくとも、ドクターやエリーシャもそう判断してるわ。だからこそ注意はマリアやナスターシャに向いても、貴方達は向かない。貴方達を侮ってるからこそ、付ける隙でもあるのよ】
「分かってる。ありがとう、フィーネ」
【色々と辛いだろうけど、頑張ってちょうだい。貴方達と私の力があれば、無空剣を戻せるのだから】
◇◆◇
「────初めに聞くが、君はガブリエル・マックススター。米国のエージェントで間違いはないかい?」
「ええ、そうですよ。貴方達に保護された以上、米国は私の存在を認知しないでしょうが」
二課の広い一室にて、軽く配置された簡易式の机には司令官である風鳴弦十郎が腰掛けており、対面には手錠されされていないガブリエルが腰掛けている。捕虜というよりも確保された立場としてはあまりにも丁寧なものである。
抵抗はしないから手錠は勘弁してくれ、と冗談交じりに言ったガブリエルだが、まさか本当に叶うとは思わなかった。しかも、二人きりではなく、周りにはオペレーターや学生服を着た子供すらいる。
(人質を取れば抜け出せるかって思ったけど…………いや無理だわ。この人、普通じゃない。さっき握手して分かったけど俺じゃあ勝てる気がしない。しかもあのスーツ姿の奴もヤバいな。歩いた時に足音しなかったぞ、なんだここは。話に聞いてた二課は人間兵器を何人も用意してたのか!?)
そんな思考を振り払い、ガブリエルは気さくな様子で語り出した。
「所で日本には尋問の際にカツ丼を出すとか聞いたんですだが、それは無いのかな?」
「…………映画の観すぎだな。そして訂正しておくと、カツ丼を出すのは警察の方で、我々から出せるものはないぞ」
「ふむ、そうなのですか…………ああ!それはそうと、おでんを出すのはやめてくださいね。私熱いもの嫌いですし、南極条約違反ですから」
「ホント偉そうだなこのオッサン」
「お、オッサン!?そこのレディ!私はまだ現役の23歳なんだよ!まだオジサンとかオッサン扱いされる歳じゃないの!!訂正を、訂正してくれないかなぁ!!?」
「マックススター君。暴れるなら拘束しなければならなくなるぞ」
「私が悪いのかなぁ!?俺が悪いんだこれ!?」
厳格そうだが話の分かる人だな、とガブリエルは目を細めて観察していた。既にどうこうするつもりは毛頭ない。先ほど話した通り、ガブリエルは組織に戻る気は欠片もない。何なら彼等に味方して上手いこと大船に乗ろうかと画策しているくらいだ。
「事情はさっき話したのが全てさ。嘘偽りなんてないし、隠す理由も無い」
「では、マリア達はどうした?アンタは奴等と行動してたんだろ?」
「さぁ?あの歌姫は教授と民間人を連れて避難したからね。私はあの場に残ってた所を君等に助けられたのが、事の経緯さ」
「ならば、貴方があそこにいたのは………」
「私が、自分の意思で残ったんだよ。子供と老人────他人を見殺しにしてまで生き残る気はない。伊達に、エージェントを志した訳じゃない」
万が一、可能性の話としても、あの優しくも甘っちょろい歌姫への誤解を正すように、ガブリエルは事実を強調した。全ての事情、米国の秘密もあらかた暴露した。後は適当に恩でも作ろうかな、と考えていたガブリエルは不意に暗い顔をしている人物に気づき、声をかけることにした。
「所で、そこのガールはどうしたんだい?他の皆と違って、随分辛気臭い顔じゃないか」
「………我々二課の協力者であり、響君の友人がスカイタワーで行方をくらましている。君も、心当たりはないか?」
「Oh………ソーリー、デリケートな案件だった。しかし、心当たりねぇ。私とて避難に必死で周りを気にする余裕は…………ふむ?」
恩を作ろうかと思ったが、それに関しては手助けしようもない。諦めて降参を示そうとしたガブリエルだったが、ふと脳裏にある記憶が過ぎる。考えて立ち上がったガブリエルに弦十郎や緒川が身構えるが、ガブリエルは彼らを手で制して響へと近付く。
戸惑った彼女を顔をジッと見つめ、ガブリエルは眉をひそめた。
「………ムム、ムムム…………」
「あ、あの…………どうかしました?」
「…………君の友人って、同年代の女の子かい?黒髪で、白いリボンを付けてたりは?」
「はい、そうですけど…………」
「────成る程。では君の友人、生きてるよ」
その言葉に、響は呆然とする。そして、その場にいた全員が衝撃のあまり言葉を失っていた。が、すぐに再起動した司令がすぐに問い詰める。
「それは本当なのかッ!?」
「ああ、間違いない。マリアが教授と共に連れ出した、彼女の事だろうし無事だろうさ。もっとも、そっくりさんじゃなければの話だがね」
「だが、未来君の無線はまだ見つかっていない。場所を探そうにも反応がなければ何処にいるのか…………」
「エッ…………、無線って持ってたんです?」
「まぁ協力者だからな。スカイタワー内部にも落ちていなかったようだし、何処にあるのか────」
ガタン、と物を置く音が響く。
ん?と全員の視線が、ガブリエルの手前の机に向く。机の上に置かれたのは、壊れたであろう無線機。本当に申し訳無さそうに顔を伏せたガブリエルが、か細い声で言い訳をし始める。
「その無線って、コレの事スかね?」
「……………アンタそれ」
「サーセン………あの子達が脱出した時に落ちてたんで、拾ってたんです。助けられた時のことで頭に抜けてました、ゴメンナサイ!!」
「な、なんて手癖の悪さだよッ!?」
本人としては回収した際に、分析してデータを得られればそれでいい感覚であった。しかし事の間際事態が事態であった為、すっかり記憶から抜けていた。持ち出されないように隠していたのもあって、二課の検査でも見つけられなかったのだろう。
「むぅ…………緒川。確かに身体検査はしたよな?」
「はい。それにしてもここまで綺麗に隠し通すとは、流石はエージェントリーダー。お見逸れしました」
「ほ、褒められた気がしないッ!素直に喜べないよこの状況で!!」
素直に感心する弦十郎と緒川の言葉に、ガブリエルは戦慄を隠せない。今では二人の言葉が「よくも出し抜いてくれたな」と言ってるようにしか聞こえないだろう。無論、そんなこと二人が思っている訳もないのだが。
「確かに未来君のものだ。では、彼の話も真実ということか」
「師匠ッ!それってつまりッ!」
「こんな所で惚けてる場合じゃないってことだろうよッ!さて、気分転換に身体でも動かすかッ!」
「はいッ!」
笑顔を取り戻し、いつも様子で頷く響。その様子を剣や翼、クリスも安堵の表情で見守っている。ガブリエルはそんな温かい光景にうんうんと頷きながら、鼻を啜っていた。
「あの子、元気になったようで何よりだ。子供は笑顔が一番だしね………そのお礼ってことで私も無罪放免ということには…………」
「難しいですね。残念ながら」
「で、ですよねー」
◇◆◇
そして、その翌日の早朝。
日が昇りかけている早朝に、海辺の道を走る影が四つ、五つ。それはいつもの制服ではなく、動きやすい身軽なジャージに着替えた剣に装者たち、そして弦十郎のものであった。
彼等五人は早朝からのランニングを始めていた。走りながら弦十郎が歌うのは、『英雄故事』。無類の映画好きでもある司令にとって胸に残る歌の一つでもある。当然、走るクリスからの疑問が飛び出す。
「何でおっさんが歌ってんだよ!?そもそもこれは何の歌だぁ?」
「そういうものだ。慣れるのも早いほうがいいぞ、クリス」
「お前は順応が早いんだよ………ったく、慣れたもんだな」
平然と調和している剣へ突っ込みながらも、いつもの調子かつ何なら前向きである響を見たクリスは呆れたように笑う。最近の響を見ていて不安であったが、どうやら杞憂だと判断したらしい。
「意外だな、無空。雪音と同じ初めてのはずだが、疲れが全く見えない」
「仮にも魔剣士。改造されただけで強くなれるのであれば楽なことはない。俺自身、多少なりとも鍛えられているつもりだ。こういう特訓も、俺にとって無意味ではない」
「まだ強くなるってのか?流石に冗談だろ?」
平然と走り続ける剣のペースが乱れないことに気付いた翼の疑問に、彼は歩調を落とすことなく普通に語る。その話を聞いていたクリスは息切れしながらも困惑を顕にした。そうしていながらランニング、もとい特訓はまだ続く。
そして繰り返される特訓の数々。逆立ちした状態で腹筋をすることで桶に水を移すものや、茶碗を体に乗せて姿勢を維持する特訓法。それだけには留まらず、冷凍庫の肉をサンドバッグに見立てたトレーニングも行う。
────ズドォン!!、と凍った肉塊にパンチを放った剣は、吹き飛んで爆裂した肉塊を見て、困ったように一言。
「…………流石に俺はパスだな。やり続けると肉が無くなる」
「………………マジかよ」
度重なる特訓も続けて、山頂に辿り着いた一同は照らす朝日を見守る。元気の有り余る響や弦十郎の師弟コンビ、ある程度落ち着いてはいるがやる気は満ち足りている翼の隣で、疲弊し切ったクリスの調子を剣は案じていた。
「大丈夫か?クリス」
「何とか、な…………にしても、どいつもこいつもご陽気で…………あたしみたいな奴の場所にしては、暖かすぎんだよ」
「…………ああ、そうだな。俺達には勿体ないくらいだ」
こんな幸せを、守り通さなければならない。剣は改めて隣に立つ大切な仲間たちの姿を尻目に、決意を深めた。
◇◆◇
エアキャリアの一室。隔離されたそのエリアに軟禁されている小日向未来。彼女の前に、一人の男の虚像が浮かんでいた。
『やあ、久し振りと呼ぶべきかな?小日向未来』
「………ッ」
『まさか如月刹那から神獣鏡の候補を見繕うと聞いていたが、それが君だとはね。しかし、困ったことだな。君はシンフォギアの適性があるか未知数、そんな君を使うべきか、私は迷っている』
吟味するような冷たい眼差しに、未来はいつぶりかの恐怖と怒りを噛み締める。人を人とは思わぬ無機質な眼差しに身震いする感情を抑え込み、未来は目の前の男を見据えて、口を開いた。
「────エリーシャ博士。貴方は魔剣士を生み出してきたんですよね」
『作ったの間違いだろう?それとも、彼等を人として扱うと?』
「─────私を魔剣士にしてください。これはお願いじゃなくて、取引です」
その明確な意思に、エリーシャは目を細める。そして呆れたように肩を竦めた。
『理解が、出来てないね。私はそもそも、君にギアを与えるかすら迷ってすらいる。そんな状況で、ギアを寄越せだと?それに君にシンフォギア装者の適性があるとは…………』
「あります。だって私は………リディアン音学院の生徒は、シンフォギアの適性がある者から集められていた。だから私にも、多少なりとも適性がある。違いませんよね?」
『────如月刹那の入れ知恵か。弱い者に味方するとは、彼らしい博愛思想だ』
当の本人に言えば、逆鱗に触れるであろう言葉は明確だ。それに淡々と触れるエリーシャは性格が悪いのか、人の心を理解していないのか。未来には答えらしきものは分からない。
そんな彼女の心の奥底を確かめるように、エリーシャは冷徹な目を向けながら語り掛ける。
『君の要求には、矛盾が生じる。私は君にとって許せぬ敵だ。そんな敵に、君は頼み乞うというのか?わざわざ日常と平穏を捨て、力を得る為だけに』
「もう、嫌なんです」
ポツリと、未来は本心を吐露する。ずっと前から胸の内に抱いていた暗い感情。戦い続ける親友や憧れの人、彼らの背を見てからずっと抑えてきた、心の内の思いを。
「ずっと、見てるだけなのは…………私だって、響を守りたい………剣さんを、助けたい…………手を伸ばしても届かないことがあるのなら、あの人達が笑える世界の為の力が欲しい」
『……………』
「その為なら、どんな力でも求めます────たとえ、響きを悲しませて、剣さんを苦しませてきた貴方を、利用してでも。だから貴方も私を利用して下さい。私も、そうしますから」
『愛故に、か。理解したよ、君の精神性────その深く強き愛は、世界を呑み込むほどの強欲にして傲慢。陽だまりのような光に対を成す暗き闇────君はある意味で、無空剣と同じだよ』
大切な物の為であれば、世界すらも敵に回す────正義とは対極的な、人のエゴ。彼女の本質は、そのエゴを内包した大切な者への愛にある。その彼女の精神性ならば、神獣鏡を動かすに足る────そして、それだけには留まらないことも明らか。
『良いだろう、君に力を与えよう。魔を照らす神鏡の力と、君の望む魔剣の力を。多少なりとも時間が無いので、完全な魔剣士には出来ないだろう。苦痛も少々伴うが、それを越えたその時────君は最凶のシンフォギアを、最恐のロストギアを得ることになる。それでも構わないかい?』
「覚悟は、とうに出来てます」
『健気だね。喜ぶといい、君と最も波長の合う魔剣を与えよう────君があの少女と共に思い馳せる彼と同じ、ね』
復活したフィーネと剣、きりしらコンビの間に何があったかは軽く伏せておきます。内容的にはほぼ分かってるかもしれませんけど、もう剣はきりしらコンビとは結託済みです。まぁ相手が相手なので。
二課の方では司令がノリノリで英雄故事歌ってる間に、未来が危ない橋渡っているところ。多分ギアを纏う393は次回登場するかも?
次回らへんもペース上げて進めていきますので、お気に入りや感想、評価などもよろしくお願いします!それでは!