────始まりの時は、痛みがあった。
生まれた頃の記憶も、かつての記憶も残っていない。あるのはただ一つ、痛みに耐えるだけの辛い過去だった。
中でも、あの時は違った。激しい痛みの中で、『魔剣士』へとなった、あの日は───────
『───あ、がァああぁぁぁぁあああああああァァァァァァァァァァァァアアアアああああああッッ!!!!』
あまりの激痛に、銀色の髪をした少年は悲鳴をあげていた。いや、最早悲鳴とは言えない、咆哮と言った方が正しいかもしれない。台座に縛りつけられながらも彼の身体は大きく悶えていた。
現在行われているのは魔剣の同調実験。被験者の肉体の中に魔剣を埋め込むだけの作業。近くにいる科学者達は淡々と作業を繰り返している、今ある実験を成功へと導くために。
しかしそれでも、成功は数少ない。何百回も行われているが、無事に適合できたのはたった二人だけ。それほどまでに滅多な確率では適合は出来ない。
後で分かった話だが、『魔剣』には自我があるらしい。細かく刻まれた欠片になってもそれは健在だと思われている。そして、担い手を求めているらしい。自らを宿し、共に生きるに相応しい生涯の相棒を。
認められれば『魔剣』に力を授かる。もし認められなければ、拒絶されてしまえば、それで終わりだ。『魔剣』はすぐさま適合しようとした人間を敵へと判断する。悪意も邪気も無い子供の身体を破壊し尽くして死に追い込む。
今日も十数人、多ければ三十人近くが死んだ。無論実験による影響で、魔剣に拒絶されたのだ。今も複数の死体が別の部屋へと送られている。
だが成功する際も変わらなかった。現にベッドに固定された少年の全身から血が噴き出している。皮膚が膨れ上がり、血管が裂けて、肉体が破壊されていく中、死んだ方が楽になる苦痛を四時間を味わうことになる。
そして、数時間が経ち。
大きく少年の体が跳ねたと思った瞬間、肉体の裂傷が再生していく。傷口の皮膚が繋がり、何からの力を受けているかのようだった。
固定されたまま、目を疑う少年。自らの浮き上がった血管も元に戻り、肌色も良くなっている。
『─────成功だ』
『ようやっと魔剣士が出来た』
『彼が三人目か、三十五人も失ってしまったな』
『それに見合う成果だろう。たった一人で国と同等の戦力になれるのだから』
白衣の科学者達が興奮したように話す。今までの犠牲など気にしてない素振りで、自分達の成果を自慢する談笑をしていた。
その中の一人────やはり白衣の男が他の科学者達から離れる。どうやら普通より高い位置にあるらしく、他の者達からも気を遣われているらしい。
『少年、《カテゴリー:グラム》No.36。君は魔剣《グラム》に選ばれた。これからは最強の魔剣士になる努力をしたまえ………………が、その前に名前を与えよう』
固定器具を外しながら、白衣の男は飄々と語る。ベッドから起き上がり、呆然とするしかない少年の額に指を押し当てる。
『─────
少年は死に、無空剣という名の魔剣士が造り出された。それが自分の生まれた日だと、彼は記憶している。
それから、無空剣は『魔剣士』として改良を施されていった。人工物の脊髄や無数のマイクロチップを埋め込まれた。その度に身体を切り開かれ、自分の体を作り替えられていくように感じていた。それでも平然といられたのは、悲劇と苦痛しか知らなかったから、慣れてしまったのだろう。
融合した魔剣の力と己の戦闘力もあり、剣は序列三位として選ばれた。それ以上は難しい、そう告げたのは彼を造り上げたと同時に名前を与えた担当の科学者。
序列一位と序列二位。
剣が造られるより前に存在していた最強の魔剣士の男女。実力は【魔剣計画】の魔剣士の中でも頂点であり、三番目の剣は明らかに大きな差があった。
しかし科学者は問題ないと断じていた。どうやら彼等は
そして剣は、その科学者に聞いたことがある。『何故、こんな実験を行うのか』と。
純粋に、いや知りたかったのだ。こんな惨劇を、悲劇を平然と行える彼等には、何の目的があるのか。何の為に、自分の仲間は理不尽に死んでいったのか。だからこそ彼はそう聞いた。
科学者は答えた。
『いや?魔剣の力がどれほどのものか知りたかっただけさ、私の場合はね。けど組織的にはこう言わなきゃいけないけどさ。
“世界を、全人類を救う為”って』
平然と告げる科学者。それがさも当たり前と言わんばかりに、宣言を剣に聞かせた。呆然と固まっていた彼は次第にひきつった笑みを溢す。美形に見える顔を歪ませた剣の口の中で、小さな呟きが木霊する。
その中に、救う筈の人類の中に────自分達は含まれてないんだな、と。
────その後、俺達以外に新しい『魔剣士』が補充された。その後は序列ではなく、四位などの順位が付けられていった。序列一位曰く、序列こそが【魔剣計画】の主要個体らしい。
俺達は、必死に戦った。
戦争を終わらせ、テロも防ぎ、世界を何度も守ってきた。
どんなに苦しんでも。腕が破壊されようと、身体を抉られようと、ただただ戦い続けた。与えられた使命の為、世界で生きる人々の笑顔を守る為に。
だが、意味なんて無かった。どれだけ戦っても、理想の形は見えてこない。それどころか、同じ仲間が死んでいった。俺はそれを、何度も────目にしたのは、二度だった。
暴走して狂った親友を排除した。お父さんに会いたいと最後まで言ってたあの子に、泣きながら謝った。貴方は悪くない、そう言い残して死んでしまった。
赤の他人を守る為に相棒は至近距離で爆発された。笑顔で逝ったその姿は────絶対に忘れられない。最後まで、誰かの身を案じて、自分の身を顧みようとしなかった。
実を言うと、それだけではない。俺は知っていた、他の犠牲者達を。
フロンという男の子がいた。俺に憧れ、俺みたいになりたいと言ってくれた子が。アーミィという女の子がいた。大人しく他よりも慎ましいが、俺の背中が好きだと言ってくれた子が。雪という少年がいた。口が悪い奴だが、心配性である優しい子が。ナリミルという少女がいた。歌姫になって皆を笑顔にしたいと言ってた、元気な子が。
レティという子が、オーウェンという子が、ムムロという子が、椿という子が、あの子が、あの子が、あの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子があの子が──────あ、ぁぁ あ あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
そして、全員俺の前に現れなくなってしまった。どんな風になったのか、想像できない訳ではなかった。
俺と同じ苦しみを、あのおぞましい地獄を味わった後に、全員が命を奪われたのだ。身体をグチャグチャに破壊されて、痛い助けてと叫び、全ての血を噴き出しながら。
精神が狂いそうになった。あまりの恐怖と絶望に吐き気を抑えながら何とか持ちこたえてきた。耳の裏に、頭の奥から消えない声は、どうやっても止まらない。
次第に、俺の中にある感情が膨れ上がってきた。本来、俺自身がどうにかなってしまったあの日に、抱くべきだった感情───────怒りと、憎しみを。それらの感情は直に、彼を突き動かす衝動の根底となった。
────【魔剣計画】を滅ぼす。あれを実行したイカれた科学者とそれを束ねている者も、全員殺す。それこそが無空剣という『魔剣士』に与えられた使命。
それこそが、自分が生きる理由。何としてでもあいつらを滅ぼし尽くす。いや、滅ぼさなければいけない!それは皆が、殺されていった全員が望んで───────
『本当にそうかい?』
─────あ? と剣は大きく顔をしかめた。どうやら自分が一人でいる間に、真っ暗闇の中にいたらしい。これは何らかの夢か、そう思ってしまえば少しは楽だろう。
本来なら何者かと疑い特定に動き出していたが、今の彼はそこまでするつもりはなかった。
どうせ話しても問題ないだろう、所詮これも夢だと決めつけて。
「───あぁ、そうだ。それこそが俺の願いであり魔剣士達の宿願なんだ。それを叶える為なら、俺は自分の命なんて投げ出してやる。彼等だって、それが本望だろう」
『………それは違うと思うなぁ』
「………」
顔も上げずに剣は黙っていた。否定された事に怒りを覚えている、訳でもない。妙な説得力があったからこそ、剣は何も言えずにいたのだ。
『それは違うと思う。少なくとも、あんたの前で倒れた子達は、あんたがそんな風に自暴自棄になって苦しむのを望んでなかった筈さ』
「随分と知ったような口を聞くな。まさか理解できるとでも言う気か」
『そりゃあね、実際そうだからだよ』
あっさりと、声は肯定した。
『ハッキリ言って、アンタは何かを望んでる。自分では分からなくても、確実にね。そういうのはよく分かるんだ』
「何故そう言い切れる。お前にはその根拠があるのか?」
『そうだなぁ。
アンタがあたしに似てるから、かな?』
何?と顔を上げた剣は、確かに見た。
手を伸ばせば届きそうな距離にいる少女。背中を向けていたが、その姿は何処か綺麗だった。少なくとも、剣が目を奪われるくらいには。
かつて『少年』だった頃と同じような、光に生きてきた純粋な笑顔と、同じだった。
『少しは自分に正直になったら良いんじゃないか?そんな使命だの世間体なんて気にしないでさ────』
直後、視界がブレた。
暗闇の中にあった光から一転、薄暗いものに切り替わったのだ。そこで自分は無数のコードやチューブに繋がれている事を理解する。
治療室なのか、清潔感はあるが剣以外に誰もいないようだった。そう他に誰もいないのだ、無空剣以外には。
さっきのは夢かもしれない。しかし夢で片付けられる程のものだったろうか?あれを夢で片付けるくらい、楽観的ではない。
では────さっきまで語りかけてきたのは誰だ?
「……………」
呼吸を整えていたマスクを剥ぎ取る。電極やチューブも引き抜いて、ベッドから起き上がる。普通の怪我人ならもう少し寝てなければならないが、彼は『
よろよろ、と立ち上がって部屋から出ていく。しかし傷の修復も未だ完璧ではない。再生の途中でありながらも、彼はある場所を目指していた。
二課の本部。司令室で全員が集まっていた。重苦しい空気の中、弦十郎は厳かな口調で伝える。
「───まず皆に報告がある、剣くんについてだ」
この場に唯一いない青年について。
彼は先日の戦いで内部裂傷からの大量の出血で倒れた。あまりの惨状に医療を任された了子すら言葉を失った程の重体だった。
しかしそれが敵に付けられたものではなく、自分自身の力による弊害なのだから、恐ろしい事この上ない。
「検査の結果、彼の肉体は沢山の裂傷や破損が発生していた。外側も相当だが、内側の方が酷かったらしい」
「…………剣さんは、無事なんですか!?」
「あぁ、ノワール博士が力を貸してくれたお陰だ………改めて、礼を言わせて貰いたい」
『いや、その必要は無いよ。むしろ彼を助けてくれた事に感謝したいのは私の方だ』
彼の治療の手助けをしたノワール博士は、了子達に剣を助ける方法を教えて実践させた。その条件として体内のレントゲンを撮ることは許さない、という治療するにはあまりにも過酷すぎる要求だったが、博士の助力だからこそ成功できた案件だった。
「今は安静にしているから安心してほしい。
────だが、本題はここからだ。あの時の戦いについてだ」
再び、司令室内の空気が重くなる。彼等は互いに知っている情報を口にしていき、現状をまとめ上げていった。
「ネフシュタンの鎧を有する少女は剣君を『
「それではまさか…………我々の中に内通者が?彼の情報を伝えた上であの少女に捕らえさせようと…………」
『あるいは内通者以外かもしれないね─────【魔剣計画】とか』
この二課での内通者の存在を知り、引き締める翼。彼女の可能性も否定せず、博士はもう一つの可能性を提示した。
『あの「アルビオン」も【魔剣計画】が造り出した兵器だ。
「魔剣が組み込まれてる…………じゃあ、あれは剣さんと同じくらいなんですか?」
『いいや、心配いらないよ響クン。あの威力なら剣クンでも倒せる。「アルビオン」があれしかいないのなら、楽に終わるだろう…………本当に、あれしかなければね』
含んだような独り言を漏らす博士。彼の言葉に怪訝そうにしていた面々だったが、博士は次の話題を語り始めてしまう。
そんな最中、
「叔父様、私は……」
「どうした? 翼」
「あの時…………ネフシュタンの鎧を圧倒していた彼の姿が、奏と重なりました。初めて出会った時の奏と」
「………翼もそう見えたか」
かつての話だが、翼は数年も前からある少女と共にノイズと戦っていた。名を
同時に彼女は、ノイズへの憎悪を抱いていた。その復讐の為に過度とも言える薬物投与や訓練を続け、限界が近かった。それでも戦い続けたのは、彼女の奥底にあるノイズへの憎悪が原因───とも言い切れないが、そうではあるだろう。
先日の『ネフシュタンの鎧』との抗争の際、巨大な兵器を見た剣は激しく怒りを剥き出しにした。かつての少女と同じように、
自らの体を傷つけてでも、障害を排除しようとしたのだ。二課の面々にとってあまりにも苦しい光景だった。かつての悲劇がフラッシュバックするようで。
弦十郎達は、無空剣という青年を疑いたくはない。
「…………【魔剣計画】」
だが、彼が何かを隠しているのは確かだ。弦十郎達にすら秘密にしたい事実があるのは、間違いない。それを力ずくで知ろうとは思わない。
しかし、彼はかつて語った自分を魔剣士に変えた組織の名前を口に出した。憎悪のままに、それは明らかな復讐者の姿だった。
同じような少女を見てきた彼等だからこそ、すぐに理解できた。
「彼があそこまで怒りを見せる組織はどういうものなんだ?一体─────彼に何をしたんだ?」
誰も答えることが出来ない。それは無理もないし、仕方ない。彼の過去を知る者はこの場にはいない。ただ一人、この場にはいないであろうノワール博士以外は。
しかしノワール博士は絶対に話さないだろう。現に話してくれないと頼んだ時、『では君達とは手を切ろう。その覚悟があるなら構わないがね』とまで断言したのだ。
やはり事情を話せるのは、当の本人だけしかいない。
独自の音がした。
自動ドアが開いた音だった。全員の視線が音の発生した場所に集中する。
「………………」
医務室から拝借してきたらしき簡素なシャツを羽織った無空剣。青年は扉の片側に寄り掛かって、周りに目線を送っていた。
そんな彼の前に、弦十郎は歩み出した。彼は大きく頭を下げた。
「…………俺達には、君が何を背負っているのか分からない。だがそれはきっと、普通の人間には耐えきれない過酷なものなんだろう。そんな君に、俺達は頼らなくてはいけない」
その言葉に、否定することも出来なかった。自分を隠している、普通ならば話さなければならない事を。それなのに彼等と共に戦おうとしている、傲慢というべき自分の在り方に、嫌悪しかない。
「君や装者達のような、我々大人が守るべき若者達を戦場に出しているという不甲斐なさもある。だがその上でキミに頼む!!─────俺達に、キミの力を貸してくれ!!」
強いな、と剣は思うしかなかった。彼等はノイズという人間を炭化させる存在を相手にしているのだ。力が無いと見下せるようなものではない、既に覚悟が決まりきっているのだ。感心するしかない、彼等のような大人は凄いよな、と。
「まず、謝らせてください」
何故か、自分の口からそんな言葉が漏れた。理由なんて、全く分からない。衝動的なものだったかもしれない。
だからこそ、言葉を紡ぎ出す。勢いを逃すことなく。
「俺は、今秘密にしてる事を話すことは出来ません。話したいとは思いますが…………今は、無理です。怖いんです、もし話したとして、どんな風に見られるかって。
だから、時が来たらキチンと話します。それまで覚悟を決める時間をください」
「そして─────安心してください」
「俺は『
────任せろ、この力はその為にある」
────それが俺の、使命だから。
結局の所、彼は自らを顧みない。あくまでも自分が兵器だと一貫し続ける。真実を知られる事を恐れ、兵器である事に躊躇をもたない。
それこそ────その恐れこそが、彼が人間であるという証拠になるのだが。果たして彼は何時になったら気付けるだろうか。
無空剣を評価するのに、他の言葉を借りるとしたら『ロボットのふりをする人間』ですね。
『魔剣士』というものにされて人間じゃないと意識的に感じてしまった彼は、いつの間にか自分を兵器として決めつけてしまうようになります。
そんな彼は仲間達の無念と苦しみの記憶から、自分の命を犠牲にしてでも復讐を果たすという使命に駆られて動いています。
正直な話を言うと、『生きるのを諦めてる』んですよ。適当な理由をつけて、死に場所を探してるだけなんです。だからこそ、復讐を果たせば満足して自殺する、もしくは世界の為に戦って朽ち果てるでしょう。
…………早く助けて貰えないかなぁ、救われて欲しいなぁ。