この世界に来てから1ヶ月を優に過ぎた日、
補足するが、彼に趣味はない。どんなものにも集中できないという意味ではなく、楽しみというものを知らない事を示す。日頃から戦闘兵器としての訓練や改造などしか時間が無かった為、他の事に費やせるような趣味を見つけられていないのだ。
仮眠とは言っても彼の意識は半ば覚醒はしていると同時に喪失状態にも入っている。脳内の機能だけは停止して休憩させる代わりに、センサーなどの索敵反応機構を動かし続ける事で問題に対処しようと考えているのだ。
そして現在、彼の意識が突然覚醒した。理由は簡単、先程語った彼のセンサーが新しい反応を補足したらしい。それも近付いてくる生体反応を。
(………………誰か来るな。この反応からして響か、俺に用でもあるのか)
ベッドから起き上がり、扉の前に立つ。寝起きとは思えないくらいの様子でノブに手を伸ばす。
それと同時に、向こう側から大声が伝わる。
「すみませーん!剣さーん!少し良いですかぁー!」
「あぁ、構わないぞ」
「えぇっ!?早っ!?」
すぐさま扉が開けられた事に少女、立花響は声を上げて驚愕していた。声を出してから数秒も経たずに相手が出てくれば驚くのは無理もない。
取り敢えず響を部屋の中に入れて、コーヒーを淹れる。飲めるように砂糖やミルクなどを足して渡しながら、剣は響に疑問を問いかける。
「それで?用件はなんだ」
「私に戦い方について教えてください!」
「………戦い方、だと?響は司令に修行をつけてもらってるんじゃないのか?」
「そうだったんですけど師匠から────」
『戦いに関しては彼の方がプロだろう。実戦経験があるそうだからな、聞いてみるといい!』
「…………あの人、対応に困ったからって俺に押し付けてきたんじゃないよな?流石に投げやりだぞ?」
可能性を疑ったがすぐに否定した。彼が知る弦十郎の人格からしてそのような事はしない……………相当面倒でなければ、しないだろう。
ただの善意ってのは余程たちが悪いと再認識し直して剣は教える事を決意する。ここまで来てくれたのに断るというのも申し訳がない。
ならば教えるべきか、そう思いながらすぐさま行動を起こす。コーヒーを飲み終えたらしき響の手を掴んで、立ち上がる。
「それじゃあ行くぞ」
「行くって………あっ!ちょっと待ってください!何処にですか!?」
「外だな」
「いやそんな簡単に言わないでくれます!?もうちょっも詳しく────」
「よし、このくらいの場所なら十分か」
彼等が訪れた近くの山奥。人気が無い割には大きな空間があり、大きく動き回れるような場所が取れている。
「さて響、まずは説明から…………響?」
(は、はわわわ………手を握っちゃった!?どうしよう!?)
「おい、おーい、響?何か悪いことした……………あ、そういうことか」
やってしまったなぁ、と漏らすがあまり気にした様子ではない。興奮状態(だと思われる)の響が落ち着くまで待つ事にした。
十秒も経ち、何とか我を取り戻した響に剣は当初の目的を果たすことにした。戦い方について教えるということを。
「戦い方には複数のパターンがある。相手が動く前に制圧する『先制型』、相手の出方で対応を変える『相性型』、確実な一手で倒す為に工夫する『必殺型』、相手の攻撃を利用する『反撃型』、体力を削り切るまで追い込む『消耗型』、他にもあるが…………お前は何が所望だ?」
「…………えぇと、えぇっと?もうちょっと詳しく、お願いしても………?」
思わず額を押さえる。どうやら彼女には難し過ぎる言葉の羅列だったらしい。まぁ専門用語ばかりだったので仕方ないと言えば仕方ないのだが。
だからこそ、分かりやすく例えることにした。馬鹿でも分かるような言い方で。
「ゴリ押しか色んな絡め技を使うか、好きな方を選べ」
「じゃあゴリ押しにします!」
即決だった。あまりにも早すぎる即決。呆れよりも呆然としていた剣は数秒間沈黙する。どうやら頭を使うのは苦手なタイプだな、と彼女の欠点を記憶の片隅に書き込む。
「じゃあお前に必要なのは決まったな」
「あれ?もうですか?」
「あぁ───────遠距離、お前がまず対策するのはそれだ」
そう言うと響は疑問符を浮かべそうな顔をしていた。少しだけ思い悩んでいた剣は懐から銃弾を取り出しながら言う。
「お前は主武装を持たない、物理特化だろ?あるとすれば拳や脚ぐらい、そんな戦い方だと厳しいものがある」
「それが遠距離ですか?」
「例えば、だ。銃や弓矢のシンフォギアが出てきた場合、近接のお前には厄介だろ?ただでさえ同じシンフォギアだしな、俺の場合は普通に耐えられるんだが。
…………俺の魔剣が適合出来るなら、話は早いかもしれないんだがなぁ」
「で、でもそれって危険じゃないんですか?普通でも難しいって剣さんが言ってましたし」
「だが響は違うと思うぞ。見てみて分かったが、適合率が俺よりも高い─────いや、悪い。話がずれたな」
手の中でひたすら弄っていた銃弾をまた懐に仕舞い込み、広間の中央に立つ。自分の両腕をゆっくりと持ち上げながら、響に声をかけた。
「取り敢えず、実戦が一番だ。響、ギアを纏え」
「あの、何で両腕を変形させてるんですか?嫌な予感しかしないんですけど……」
強ちそれは間違いではない、と適当に付け足しながら剣は両腕を持ち上げる。その先にあるのは五本指のある手ではなく、何本もの棒らしきもので囲われた砲身だった。
それは────一般的には機関銃と呼ばれる兵装である。しかし彼に搭載された場合、一般という言葉は合わない。未知の技術と科学が融合した以上、普通の兵器よりも火力は高いはずだ。
人気の無い山奥へと呼ばれるだけではなく、実戦という一言、それに続くように展開された兵器装備。
懸命な方なら分かるだろう。これから何が起こり、どんな結末になるのか。
その疑問への答え合わせは、剣本人の口から告げられた。
「今から五十メートル以上の距離から弾を掃射しまくる。お前はとにかく回避してながら俺に近づけ。ただそれを繰り返す、以上」
最初、響は目の前の青年の言葉が理解出来なかった。だってあまりにも常識外れ過ぎる。一瞬冗談かと思ったが、平然としている顔を見て考えを改めるしかない。
そんな彼女の顔を見て、
「安心しろ、実弾は使用しない。全てゴム弾に切り替えてある」
ドヤ顔で告げる剣だが、甘く見てはいけない。ゴム弾と言えど弾は弾。機関銃で放たれれば人間を吹き飛ばす事なんて簡単、重傷だって有り得るのだ。現に骨が折れて死傷が出ているという話があるくらいだから。
しかし彼が所有するゴム弾はこの世界のものではなく、彼のいる科学力が発展した世界の代物。非殺傷用と名高いものであり、現実でも運用されているくらい安心なのだ。それに今現在、響はシンフォギアを纏っている以上、そう簡単にはやられないだろう。
だが、それでも。
痛いものは痛い、それは彼女でも想像出来るくらい、単純なものだった。
「な、なんでぇぇぇぇえええええええええッ!!!?」
異論も反論も許されなかった。音もなく速射された弾の雨を響は絶叫しながら避け続ける。連続して、人気の無い山奥で激しい銃撃音が鳴り響いた。
結果から言うと、三十分近くは回避する事が出来た。
「つか………れた………はぁぁぁぁぁ」
「………二十五分四十九秒か、予想よりも持ちこたえたな。やはり司令から鍛えられたのもあるか、本人の実力でもある。魔剣士じゃないのによく出来たな」
淡々と評価する剣は倒れ伏す響に激励の言葉を送る。その本人は息切れをしながら大きな溜め息と共に力無く地面に転がった。
そんな彼女を横目に、剣は考慮に明け暮れる。
(通常の魔剣士なら最低でも一時間、俺なら二時間以上は続けられるが…………そういう事を言うのは吝かだな。響は俺達とは違って元一般人なんだ。普通から見て賞賛するレベルの成長だろう)
だが、と付け足しもう一度響に目を向ける。
(融合症例一号、彼女はそう言われていた。ガングニールという聖遺物との融合、俺の世界でもそこまで問題なく聖遺物との融合を果たした存在はいない。つまり、立花響は二つの世界で希少な価値を有するに違いはない………いや、今は止めておくべきか)
それ以上の考えを、すぐさま切り捨てる。
何時もこんな風に合理的に考え込んでしまうのは無空剣の良い所でもあり悪い癖だ。直そうと努力はしているが、あまり上手くいかないのが現状である。
(…………俺もまだまだ、という訳だな)
その後、迷惑を掛けたお詫びとして食事を奢る事にした。それを聞いた途端、疲れなど吹っ飛んだというように喜んでいた響に抱きつかれた。
その数日後、響は男の人と一緒にいたのと抱きついていたとして同級生達から魔女裁判(冗談の方の過激派)に掛けられるのだが、二人はまだ知らない。というか若干一名は他人事かつ無関心なのは間違いない話だったので気にしないだろう。
《アイドルの事情》
そして今日。無空剣は前とは違い、ベッドの上に寝転がっていた。適当な本を黙読して、時間を潰しているくらいしかやる事がない。
そう思っていると、彼の耳に取りつけられたイヤフォンらしき端末が起動する。何らかの電波を受けた通信……通常では電話と呼ぶ物だと理解した剣は、すぐさま通話を開始した。
『もしもし、剣さん。少し時間が空いてますか?』
「────緒川さんか、何の用だ?」
連絡をしてきたのは緒川だった。剣は当初彼の事を『見た目は良い人間だが、確実に戦闘慣れしてるというか動きが恐ろしい程精練されてる=暗殺者か工作員らしき人物』と見ていた事もあったが、この件は後に回すことにしよう。
どうやら剣本人に用がある訳でないらしい。どちらかと言うと頼み事を任せたいというものだと思う。
『翼さんを呼んできて欲しいんです。今は自室にいると思いますので……』
「?翼がどうかしたのか?」
『いやぁ、本来なら僕が行く予定だったんですけど、急遽用事が入ってしまったので…………どうかお願い出来ませんか?』
あぁ、と思わず納得する。用事という話に対して疑問はあまり持たなかった。
この世界に来てすぐに知っていた話だが、翼は歌手活動を行っているようで、緒川さんはマネージャーでもあるらしい。昔は二人だったそうだが、過去の事件があり今はソロでやっているとも聞いた。
因みに博士が『最近のライブの動画とコンビの時の動画、あったら私の元に送ってくれないか!?頼む、後生だッ!!』 とオペレーターの藤尭さんに頼み込んでたという事も少し前にあった。その際は苦笑いするしかなかった。
よくよく通話に耳を済ませてみると、誰かの声らしきものもちらほら聞こえてくる。どうやら本当に用事があるらしく、手間取ってるようだ。
「暇だから良い。やる事も無いから、むしろ任せてくれて助かる」
どうせ断っても部屋の中で本を読むか仮眠を取るかぐらしいか無いのなら、それも良いかと考えを決める。感謝を述べる緒川だったが、すぐに『あと一つだけ良いですか?』と聞いてくる。
『翼さんの部屋に関してですが………他言無用でお願いします。口外されると困りますから……』
「…………?了解した」
何か妙に思いながらも承諾した。通話の切れる音と共に先程の緒川の様子に首を傾げる。
あの話し方は口元に手を添えてヒソヒソと小声で話すようなタイプ、あまり聞かれて欲しくないようなものに近い。
アイドルの私生活はあまり語られない、という話も良く聞くし仕方ないかもしれない。しかし緒川の反応はそれとは何処か違う気がする…………そう思うが、既に切れてしまったのでどうしようもない。
「………ここが翼の部屋か」
そう呟き、扉の前に立つ。大した感傷もなく呼び鈴を鳴らし、部屋の主である翼を呼ぶことにする。
……………しかし、どれくらい経っても出てこない。流石に怪訝そうになった剣は扉に手を伸ばすと、あっさりと開いた。
(?鍵が掛かっていないのか?)
「翼?いるか?いるなら返事をしてくれ」
部屋の中に足を踏み入れた剣は人気の無さに確認する。それでも声をかけて呼んでいたのはもしもの事を考えていたからだった。
そして数歩だけ進んで、動きを止めた。
彼の視界には─────明らかな地獄絵図が広がっていた。
無造作に散らかった衣服や紙やティッシュの使い捨て、それだけではない無数のゴミの山。あまりにも清潔感が無さすぎる惨状。
凄惨と言うべき地獄絵図の光景に、剣の中で思考が完全に停止していた。コンピューターが理解不能な現象に遭遇した時の反応と似てる…………というより、同じだった。
そして、知識サポートするAIすらも困惑していたが、ようやく我を取り戻した剣の頭に、ある可能性が過る。
(────襲撃!?俺達がいない間に翼が狙われたか!?しかもこれ程の有り様…………激しい戦闘だったか、もしくは何かを探しているのか?)
ぶっちゃけ、彼自身も激しく混乱していた。難解な事象を解決してきた知識や思考をサポートしてきたAIが匙を投げてしまったのだ。無理もないと言えば、馬鹿にする事も出来ないだろう。
そして、困惑していたからこそ、常に悪い方向に考える思考パターンが発動したのだ。最善ではなく、最悪を想定する故の、答えだった。
「───何をしているの?」
だからこそ、彼の予想を越える形で物事は進んでいく。真後ろから声をかけられた事にびっくりしていたが、すぐに振り返る。
不思議そうな顔して此方を見る、翼がそこにいた。スタスタと部屋の中に入ってきて、中央で固まる剣を見つめる。
「翼!?お前無事だったの─────」
先程の疑惑もありすぐさま駆け寄ろうとした剣だったが、やはり焦りすぎていた。近くのゴミに足をぶつけてバランスを崩した。
何とか持ちこたえて地面に倒れ込む事はなかった。前のめりに飛び出した手が何かに当たったお陰で─────
(待て?何に当たった?)
今一度確認してみよう。剣は中央にいたままで前のめりに倒れた。壁や障害物に当たるなんて事は滅多な事が無ければ有り得ない。
しかし彼の手は確かに触れていた。
目の前に移動してきていた翼の胸に。普通に柔らかいであろう感触が指先から伝わってくる。
ピシィッ!! と二人の時間が停止した。
言葉を失い固まるしかない剣に、口を開閉ばかりしている翼。互いの心境は想像に容易いほど混乱しているのは分かる。
そして剣が手を離す前に、彼女の方が先に動いた。
「───何をする!?」
「ぐはぁっ!?」
赤面しながら翼はビンタを叩きつける。頬に直撃した剣は吹き飛ばされる最中、ただただ思う。
────響と同じく俺も
「…………なるほど、緒川さんの言っていた事の真意が理解できた。確かにこれについては口外出来ないな」
ヒリヒリとした頬を押さえながらテキパキと作業をするという荒業をする剣の視線に翼は申し訳なさそうに顔を反らす。顔は羞恥によって真っ赤に染まってしまっている。
先程目の前に現れた翼に剣は大きく困惑していたが、どうやら事実の齟齬があったらしい。あの部屋は『何者かによって襲撃及び奇襲にあった』と認識していたが、そんな事実はなかった。
つまる所、凄惨すぎるこの部屋の有り様を作り出したのは部屋の持ち主である翼だったという事だ。最初は理解に追いつかなかったが、段々と冷静に読み込めてくる。
因みに翼が部屋にいなかった理由は近くの部屋で二課の人の手伝いをしてたらしい。すぐに終わると思っていたから鍵は必要ないと判断したとか………………
「ったく、こんな風でよく生活できたな。今までこのままだったとか言わないよな?」
「それは違うわ。ちゃんと緒川さんがやってくれるから」
「………マジかよ」
冗談で言ってみたら別方向の返しをされて憧れの人の悪い所を知ったように揺らぐ無空剣。周囲に散らばっている服などを片付けている中で、ある事に気付く。
「下着もか?下着も緒川さんにやって貰ってるのか?」
「そう、なるわね」
「……………マジなのかよ。俺もあの人も男だぞ?そこは大丈夫なのか?」
「…………」
返答は沈黙だった。どうやら今指摘されて気付いたらしい。また頭を抱えてしまう。さっきも聞いたが、『私は戦いしか知らないのよ』という言葉も言い訳として切り捨てることにして、
「掃除の仕方、教えるからさ。出来るようにしよう、な?」
「…………むぅ」
彼女の世間体への心配と出来る限り緒川の心労を取り除く為に、剣は翼に掃除を教えることを決意した。数日後に妥協して、特徴して受け入れる事になることも知らずに。
「前々から思ってましたけど、翼さんって凄いですね」
「…………そうか?」
「だってそうじゃないですか。私よりも先輩でちゃんとしてますし、何より理想の女性って感じですから!」
「……………………」
「あれ?どうしたんですか?少し暗いですよ?」
「あぁ、ええと…………そうだ響!俺も翼に平手打ちされたぞ!これでお揃いだな!」
「剣さん一体何したんですか!?」
作中でも語られましたが、博士(43)はアイドル好きです。元々はある理由で確認してただけですが、色々と拗れてオタクになりました。
本人曰く『オタクと呼ばれようと構わない。私は応援したいから応援する。その事実に変わりは無いよ』(キリッ)
…………らしい。