りとらば!   作:三只

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りとらば! 2

 

「だから! これは一体ぜんたいどういうワケ!? 論理的で科学的な説明を要求するわ!」

 

アスカが吼える。

凄まじい迫力ではあるが、今の彼女は1/8の精巧な人形のように小さい。

意気込みより滑稽さが勝るのは如何ともしがたく、室内に居合わせた通常サイズの人間たちは、みな彼女の頭上越しに苦笑を漏らしてしまう。

 

「って、いわれてもねぇ…」

 

代表してそう答えたのはミサトで、他に居合わせたマコトとシゲルは曖昧な笑みを浮かべるしかない。

満足いく答えを得られず苛立ったかに見えたアスカだったが、賢明なことに仁王立ちになって怒鳴ったりしなかった。

一つに、自分が全裸にタオル一枚掛けられただけでベッドに寝かせられていることを忘れてなかったからである。

 

しかし間もなくその表情も憮然としたものに変わった。

寝せられていたベッドと思っていたものが小振りのバスケットで、掛けられていたものがフェイスタオルであることに気づいたからに他ならない。

 

…おもちゃの人形じゃないんだからさ!

 

なんとなく粗末に扱われているような気分になったアスカであったが、半瞬で不機嫌ではいられなくなった。

 

ポタリと、タオルの上に染みこんでいく大きな水滴。

 

なによ、雨? と思わず振り仰いだ彼女の小さな蒼い瞳に映るもの。

それは泣きじゃくる碇シンジの大きな顔だった。

 

「…良かった…アスカ、良かった…」

 

すぐ側まできて滂沱の涙を流す少年に、アスカは呆気にとられてしまった。

すかさず何か大声を出すような形で口を開けかけて、中止。

結局、タオルを口元まで引き上げ黙ってしまう。

傍目には、不意にそっぽ向いたアスカは、まるで爆撃機のようなシンジの涙の雨に閉口している風に見えたかもしれない。

もしくは純粋な照れ隠し。

 

それもそうだろう。形はやや(大いに?)異なるとはいえ、一応無事に形を取り戻せたのだから。

少なくとも、再びこうやって意思をかわせるのだから―――。

 

今さらながらその事実に思い至ったからかも知れない。このやりとりに、病室の大人たちの表情に、初めて明るい色が差す。

 

同時にそれは、誰もアスカの本心を看破できていない証明となる。

彼女が黙り込んだ本当の理由。それは、決して感謝の感情に基づくものではない。

 

…自分の帰還を喜ぶシンジの顔が引き金になったことは否定できないけれど。

 

それは、もっと別の感情、本来的な異性へと向けられるべき感情。

こんな状況で―――いやこんな状況だからこそ。

とてつもなく純粋な感情が、不意にアスカの小さくなった身体の中心から溢れだしたのだ。

 

もはやはち切れそうな感情は、たやすく言葉へと変換され飛び出しそう。

ゆえにアスカが口を閉ざしたのは全く自然で、シンジの顔から視線を逸らしたのは必然なのである。

 

なぜならその感情を単語へと変換すれば―――。

 

二度のノックの後に開いたドアが、室内の空気を掻き回した。

ファイルを睨みながら入室してきたのはリツコで、彼女はそのまま室内を縦断。アスカのベッドの前でピタリと足を止める。

皆が見守る中、ファイルから顔を上げたリツコの表情をあえて表現するとすれば『微妙』の一言に尽きた。

 

黒い眉根を寄せて、リツコは小さいアスカとファイルを見比べている。

 

すると、あれはカルテかなんかなんだろうか…? そしてリツコさんの険しい表情からすると、まさかアスカの身体に異常が…!?

 

目尻の涙を拭いながらそう考えるシンジの顔は、自分でも気づかないまま不安そうなものになっている。

それはミサト、シゲル、マコトらも同様で、皆が注視するなか、赤木リツコ博士はファイルを音高く閉じてこういった。

 

「…身体機能は全く異常はないわね。ただ、1/8になっちゃった以外は…」

 

その1/8こそ大問題だと思われるが、みなが一斉に胸をなで下ろした。

小さかかろうが、とりあえず健康なら救いはある。無事生きていける状態なら希望を持てる。

 

「で、あたしが元の大きさに戻る方法は?」

 

胸元どころか口元まで引き上げたタオルから目だけを出してアスカ。

室内の他の面子の視線が、赤木博士と縮小したアスカの間を往復した。

皆が固唾を呑む音さえ響く静寂。

あっさりとした返答が、その静寂を破る。

 

「原因は不明よ。まあ、どっちにしろ再実験しなければならないでしょう。でも、電力をプールするには一ヶ月は必要ね。その間に原因究明しておくから、安心しなさい」

 

リツコの説明は、単純にシンジを安心させた。

 

この物言いに疑問と不安を覚えたのは、アスカとミサト両名だけである。しかも、両者の不安は微妙に異なる。

 

アスカにしてみれば、こんな原因不明の事態が一ヶ月で解消できるか単純に疑問に思った。

ミサトにしてみれば、『原因不明』なのに『安心しろ』という、普段の親友の徹底的な現実主義の枠からはみ出す矛盾する発言への疑問である。

シンジの笑顔に水を差すのが躊躇われ、お互いに口にこそ出しはしなかったが。

 

代わりにミサトが口にした台詞。

 

「で、どうする? 一ヶ月の間、アスカはウチに来る?」

 

「え…」

 

これは、アスカにとっては不意打ちだったらしい。小さな顔の中で、眼をパチパチさせている。

ミサトの元を離れた少年少女二人がそれぞれ一人暮らしを初めて久しい。それは、この場にいる全員が知っていることだ。

 

「だって、ほら、そんなちっこいまんまじゃ、色々と大変じゃない?」

 

ミサトの指摘。

それはそうだろう。このようなミニマムサイズでは、一人暮らしなど覚束くまい。

だいたい炊事、洗濯、掃除など、1/8サイズで可能だろうか? 

それに、もっと根本的な問題もある。

このサイズで外出などしようものなら、それこそUMA扱い。まんまコロボックルやピクシー。ファンタジーの世界だ。

事情を知らない人間につかまれば、研究所かTV局送りは間違いない。関係者に匿ってもらう必要があるのは当然。

 

「…アスカは、シンジくんの所に匿って貰ったほうがいいわね」

 

果たして、今度のリツコのやや慌てたような声に違和感を抱いた面子はいただろうか?

 

「なんでぇ!?」

 

この絶叫はアスカのもの。

その大音声に、シンジは戸惑い、ミサトは耳の穴に指をつっこんでいる。

 

「どうして、あたしが、シンジなんかに面倒見て貰わなきゃいけないのよ!」

 

更なる大声でアスカが少年を縦横無尽に斬りまくる中、ミサトは親友へと詰め寄っていた。

 

「ちょっと、リツコ。なんであたしの家じゃダメなわけ?」

 

対してリツコはちょっとだけ非難がましい目つきで見かえしてから涼しい声。

 

「あのね、ミサト。あなたの部屋に1/8のアスカよ? ゴミの山で遭難させるつもり? 酒瓶の倒壊で怪我でもさせたらどうするの?」

 

ぐっとつまってしまうミサトを、シンジは冷や汗を浮かべて見やる。

 

「まだそんなに酷いんですか…」

 

ごほん、と咳払いをして、リツコは今度はアスカに向き直った。

 

「私たち大人は仕事があるわ。場合によっては職場に泊まることも少なくない。融通の利く仕事をしているわけじゃないの」

 

「でも…!!」

 

「その点、シンジくんは学生だから、夕方からは完全にフリーになるわ。面倒を見て貰うにはうってつけ。

 それに、アスカの部屋も同じマンションの棟内でしょ? 自宅に近い方が色々都合がいいんじゃなくて?」

 

確かにリツコの言い分には理がある。同時にアスカも自分の反発の元が照れ隠しに近い感情であることに気づいている。

少女の心情を見透かしたように、更にリツコの小声の台詞。

 

「そうしておきなさい。でないと、きっと後悔するわ」

 

「え…?」

 

台詞に込められた性質の異なる響き。その意味を問い返そうとするアスカの前で、リツコは白衣を翻している。

 

「さあ、ミサト。二人を送ってあげて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑散とした街並みを疾駆する一台のルノーの姿がある。

 

「なによ、リツコのやつ。人の家を腐海みたいにいってくれちゃってさ…」

 

運転席でなおブツブツいうのはミサトで、助手席でたははという苦笑を浮かべているのがシンジだ。

そんな彼の手元に抱えられているのはバスケット。その中にいる人物が声を張り上げる。

 

「ちょっと! こっちの道ってマンションと違うくない!?」

 

「んー? リツコがさー、帰りにマヤの家に寄ってけってゆーのよねー」

 

正面を見据えたままミサト。

 

「…そういえば、マヤさん、さっきの病室へいませんでしたね」

 

今さらながら気づいたという風のシンジに、アスカはさもバカにしてるように言う。

 

「はん! アンタ、そんなことも気づいていなかったわけ?」

 

いつもならこの物言いに凹むシンジであるが、今のアスカ1/8サイズである。

しかも、バスケットの中でフェイスタオルにくるまりながらだから迫力も身体サイズ並みに目減りしている。

凹むよりむしろクスリと笑ってしまった。

途端に鼻っ柱にアッパーを喰らってしまう。それでもちゃんと身体をタオルで覆っているアスカはさすがだ。

 

「何がおかしいのよ!」

 

怒るアスカであったが、その格好自体シンジの眼には可愛らしく映ってしまう。

またクスリと笑ってしまい、ポカリだ。

今度はタオルがはだけそうになり、慌てて裾を押さえている。それを見てシンジが懲りずに笑ってポカポカポカ。

 

「…やっぱり、アンタたち、仲いーんじゃない…」

 

信号待ちでハンドルに保たれて、いまだ独身の運転手はボソッと一言。

 

「ミサト? なんか言った!?」

 

「うんにゃ、何にも」

 

そうこうしているうちにルノーが辿りついたのは瀟洒なマンション。ここの三階にマヤは住んでいるらしい。

 

「なんでリツコさんはマヤさんとこに寄って行くようにいったんですかね?」

 

「さあね。あたしも来るの初めてだし」

 

と元保護者と被保護者はエレベータに乗り込みながら会話を交わす。

もちろんアスカはシンジの抱えるバスケットの中で息を潜めている。マンションの住人や一般人に目撃されるわけにはいかない。

 

三人は、あっさりと『伊吹』と表札のある部屋を見つけ出した。

チャイムを押せば、当たり前ながら家主が出迎えてくれる。

 

「お邪魔しま~す…」

 

初めて来たと言っていたクセに遠慮なく上がり込むミサト。それに続くシンジは緊張してオドオドしてしまう。

妙齢の女性の部屋に上がり込んだ経験は多くない。

『年上のおねーさん』という甘やかしやな幻想は、葛城ミサトに完膚無きまでにうち砕かれてしまっている。

 

「何キョロキョロしてんのよ、アンタは!? 失礼でしょ」

 

アスカからは叱られてしまうし、散々だ。

リビングに案内されるなりどっかとあぐらをかくミサトと、そわそわと落ち着かず正座するシンジに、マヤはティーセットから紅茶を振る舞う。

 

「ごめんなさいね、お茶請け、何も準備してなくて…」

 

謝りながら注がれた紅茶は、薫り高いダージリン。

 

「別に気にしてないわよ」

 

のほほんとクッキーを三枚まとめて貪り喰うミサトに苦笑してから、マヤはシンジが傍らに置いたバスケットを、アスカを見やる。

タオルを巻き付けて憮然とするアスカを眺めるマヤの頬は、何故かほのかに紅潮していた。

 

「…うん、これなら、ピッタリかも……」

 

「…マヤさん?」

 

紅茶を口に運ぶ手を止めてシンジが声をかけるも、マヤの返事がない。

 

「あれも少し直せば…。いえ、いっそわたしが…」

 

顎の下に手を当て考え込む表情は真剣そのもので、普段の彼女らしからぬ眼光は、なんとあのアスカすらたじろがせている。

こちらを向いて珍しく眼で訴えてくるアスカが、まるでか弱い小動物に見える。

そんな彼女が不憫に思え、シンジは慌てて声に力を込めた。

 

「あの、マヤさん?」

 

ビクッと身体を震わせたマヤは正気に返り赤面。

 

「え!? あ、うん。なにかな、シンジくん?」

 

身振り手振りでワタワタする様子は、はっきりいって妖しすぎる。

 

「リツコさんから言われて寄ったんですが、一体何がどうなってるんですか?」

 

ストレートに訊ねるシンジに対し、マヤは息を止める。

 

奇妙な沈黙が流れた。

時間にして数秒もなかったであろうそれを、伊吹マヤのやや不明瞭なため息が破った。

 

「…とりあえず、論より証拠を見せたほうが早いかもしれないわね」

 

微笑むマヤであるが、シンジはどうにも納得しかねる。

 

「それってどういう意味なんですか?」

 

「ごめん、シンジくん。とりあえず、アスカを借りていくわね」

 

少年の問い掛けに答えず、マヤはバスケットごとアスカをひょいと持ち上げる。

 

「え? え?」

 

狼狽し、思わず立ち上がってしまうシンジに、ミサトは呑気な声。

 

「やーね、シンジくん落ち着きなさい。別にとって喰われるわけじゃないでしょー?」

 

一方アスカの方は、マヤが直接説得を開始していた。

 

「だから…ね? ちょっと騙されたと思って…」

 

「うー…」

 

小声で耳打ちされて、どうやらアスカは納得した様子。

彼女が応じるならシンジが止める道理もない。

 

「じゃあ、ちょっとお茶のんで待っててね?」

 

かくしてアスカを引き連れて、マヤは隣室への襖を開ける。

それも、どういうわけか、人がやっと通れる程度のスペースを開けると同時にそこへ身体を滑り込ませ、即座に閉じてしまった。

こうなっては、隣室の様子は窺い知ることができない。

 

理由もなく胸騒ぎを覚えるシンジであったが、彼の元保護者はいたってマイペースである。今も勝手に紅茶の二杯目を注いで飲んでいる。

シンジが気を揉んだり、ミサトが伊吹邸のキッチンの家捜しをしようとしているのを止めたりしているうちに流れた時間は十数分。

 

厳かに隣室の襖が開いた。

不思議なことに開いた隙間はとても人が出入りするには狭すぎるほどのスペースに過ぎなかった。

しかし、そこから出てきたものに、シンジ、ミサトは驚愕する。

 

トコトコと、まるで精巧すぎる人形のように隙間から出てきたのは、なんと洋服を着たアスカではないか。

わずかながらの間のあと。

 

「…どう、シンジ?」

 

足下の絨毯の上から憮然とした声。

 

「う、うん…」

 

マジマジとシンジはアスカを見つめてしまった。

オレンジのトレーナーにチェックのスカートの取り合わせは確かに似合っていた。普段のアスカの格好を縮小したといっても過言ではない。(事実そうなのだが)

 

「良かった。マヤ、似合っているって…」

 

言いながら振り返った彼女の視界いっぱいに映ったのは、おそらく襖の間から伸びてきた伊吹マヤの右手だろう。

 

「きゃっ!?」

 

右手は、短い悲鳴を発するアスカの胴体を鷲づかみ、隙間の中に引き込むや否や、ぱたんと襖は閉められた。

呆気にとられたまま残されたシンジたちに出来るのは、襖の奥から響いてくる声に耳を傾けるのみ。

 

「ちょ、やめ、マヤ、うひゃひゃひゃひゃひゃ!?」

 

「いーから! こっちも似合うから!」

 

「だからって、そんな乱暴にって、ひゃああ!!!?」

 

伊吹家のリビングで、シンジはミサトと顔を見合わせる。

ここに至って両名は、何故リツコがマヤの家に寄っていくよう指示をくれたのか、ようやく理解していた。

その推察を肯定するように、次に開いた隙間から送り出されてくる小さなアスカの格好。

今度はTシャツにジャケットを着たジーンズ姿だ。髪が後ろで束ねられているあたりがポイントかも知れない。

 

「これは…どう?」

 

疲れた顔になるアスカの代わりに、襖の隙間から響いてくる声。

 

「え? ええ。…うん、可愛い……と思います」

 

シンジが答えるや否や、隙間に飲み込まれていくアスカ。またその奥から響く喧噪。

都合五回それが繰り返され、最後に押し出されてきたアスカの格好に、シンジは眼を剥く。

 

おもくそフリルの付いたドレスとペチコート。

真紅色の、いわゆるゴシックロリータと呼ばれる格好なのだろう。頭部にはご丁寧に赤いヘッドドレスまでして、まとめられた金髪も、両耳の間から垂らされている。

 

西洋人形に明るくないシンジであったが、このアスカの姿は、非常に心の奥底に訴えてくるものがあった。

なにせ金髪碧眼は自前なのである。ある意味、本物より本物のビスクドールだ。

 

なぜか疲れた表情で項垂れるアスカに対し、襖を隔てた奥の部屋にいるであろうマヤの声は場違いなまでに嬉しそう。

 

「うふふ、シンジくん、どう? 似合うでしょう? 最高でしょう? 萌えるでしょう?」

 

顔を真っ赤にして絶句するシンジに反し、ミサトは気味の悪そうな声で応じている。

 

「マヤ、アンタ性格かわっていない…?」

 

上司の苦言に臆することなく、マヤの声はなお無駄に絶好調。

 

「じゃあ、つぎは黒のゴスロリいってみますね、うふふ」

 

しかし、とうとうアスカの方が爆発した。

 

「もう、オモチャ扱いはたくさんよーっ!!!」

 

叫ぶなり、ドレスの裾を振り乱し、アスカは襖をスパーンと蹴り飛ばす。

 

「きゃああああああああああああ!!!?」

 

絹を引き裂くような悲鳴とともに開陳された隣室に、シンジとミサトは今度こそ言葉も出ない。

 

部屋の隅にあるロックミシンがあるのは、まあ不自然ではない。

様々な種類の服が所狭しと並べられているのは、非常に女性らしいとさえいえるだろう。

 

ただし。

そのサイズが、標準であるとするならば。

 

そう、シンジとミサト両名が眼にした光景は、部屋の全てを埋め尽くすように陳列された、小さな服の数々だったのである。

さらに部屋の隅のスペースに鎮座するそれらに、ミサトは眼を剥く。

 

「…マヤ…? なにそれ? 人…形?」

 

「人形じゃなくて、アイちゃんですぅ! ドルフィーなんですぅ!」

 

陽光を浴びて悶絶する吸血鬼のようだったマヤが一転跳ね起き、部屋の隅へ駆け付ける。

 

彼女は身体を張って守っているのは全長50センチはあろうかという人形だ。綺麗に飾り立てられたそれは、静かに椅子に身を預けている。

眼に涙を浮かべて死守するぞオーラを立ち上らせるマヤに、ミサトはやや引き気味の様子。

 

「まあ、人には色々な趣味があるからねえ…」

 

ゴニョゴニョと語尾を濁らせていると、シンジは不思議そうな顔。

 

「でも、マヤさんの人形と、アスカの服じゃあ、サイズが違いません?」

 

すると、途端にマヤは機関銃のようにしゃべり出した。

 

「ええ、そうね。アスカのサイズからすれば、既存のジェニーとかの1/6サイズ辺りの流用がきくわね。

でも、実際は1/8サイズでピッタリね。このサイズはあまりメジャーじゃないけれど、この間友人から頼まれたヤツのあまりが偶然に…」

 

呆気にとられるシンジ。疲労した表情を浮かべるアスカ。苦笑のミサト。

三対の視線に気づくなり、マヤは顔を伏せてしまう。

しばらく黙った後、胸の前で人差し指をツンツンさせながら、

 

「その…わたしは昔からお人形の服を作ったりするのが好きで…。でも、この趣味を知っているのは先輩だけで…!!」

 

そんなマヤを尻目に、三人は密かに顔を見合わせた。

誰がフォローの言葉の口火を切るか無言でけん制しあう。

で、女性二人に睨まれれば弱いのはシンジである。

 

アンタがしなさいよ!

 

ええ? 僕が? 

 

お願い、シンちゃん…!

 

「…えーと、素敵な趣味だと思いますよ、マヤさん」

 

「本当にそう思う? いい歳してヘンだって思わない?」

 

「思いませんよ。それに、それでアスカも助かっているみたいだし…」

 

チラリとシンジはアスカを見る。あの格好から察するに、助けるというよりは遊ばれていたような気もするが、この際置いておいて。

 

「マヤさんのおかげで、服の問題はなんとかなりそうですね。ありがとうございます」

 

深々とシンジに頭を下げられて、雲間から陽光が差し込むようにマヤの表情は晴れ晴れとしたものになっていく。

 

「そ、そう? わたしはドルフィーを好きなままでいいのね? 趣味であっていいのね?」

 

「え? ええ、ええ、そうですよ!」

 

半ばヤケ気味にシンジは賛同した。どこからか「おめでとう、パチパチパチ」と拍手が聞こえてきそうな気もしたが無視する。

 

こうして伊吹マヤはどうにかアイデンティティーの再構築に成功した。

その一助を担ったシンジの手腕はあえて評価すまい。まあ、贔屓目に見て火事場の馬鹿力に属する系統のものだろう。

では、彼が奮迅している間に、葛城ミサトは何をやっていたのか?

 

「へー、下着まで凄い作り込みねー。大したもんだわー」

 

マヤ秘蔵のドルフィーを逆さまにしてスカートの中身を検分していた。

 

「葛城さん! やめてぇえええええ!!」

 

またぞろ悲鳴を上げて元保護者に躍りかかるマヤを見送り、シンジは背後から注がれる視線に思わず身を震わせてしまう。

おそるおそる振り返れば、そこには予想通りアスカしかいない。そして振り返ると同時に、鋭い視線はもう感じなくなっている。

 

…あれ? 気のせいかな? 

 

そもそも先ほどの一連の行動の中、アスカから睨まれるような要素があっただろうか。

軽く困惑する少年に、アスカは軽く髪を撫でつけて、ゴスロリ姿のままこういった。

 

「ふう…とにかく疲れたわ。シンジ、お茶を淹れてちょうだい」

 

その台詞を耳にした伊吹マヤが、喜色溢れる笑顔で悶絶した理由は、もちろん少年少女には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミサトさんも、色々とありがとうございました」

 

伊吹家で当座のアスカの衣類を調達後、送ってもらったマンションの前にて。

 

「まあ、あたしは特に何もしてないみたいなもんよ…」

 

謙遜のつぶやきというより、ミサトのそれは自虐の域に達していたかも知れない。

が、それを元被保護者たちに悟らせるより早く、明るい口調で続ける。

 

「とにかく、いい? 困ったこと、変わったことがあったら、即連絡よ? 時間は気にしないでいいから」

 

「はい…」

 

神妙に頷くシンジに、ミサトは額の前で指を二本振って見せて、

 

「あ、シンジくん。アスカが小さいからってイタズラしちゃだめよ~♪」

 

後は少年の抗議をかき消すような猛烈なホイルスピン。

 

「まったく…」

 

ため息をついて遠ざかる車の後ろ姿を見送ったシンジであったが、手元のバスケットから見上げてくる視線で我に返る。

 

「…アンタ、あたしにイタズラするの…?」

 

なぜかチャイナジャケット姿というアスカが、非難がましい眼を向けて来た。

いつものごとく、怒っているのだろう。それでも、ミニサイズだと、どうにも印象が異なる。

バスケットの縁にアゴをのせて上目遣いは、怒っているよりふくれているという表現がピッタリ。

ともすれば、拗ねている風にさえ見えたのは、多分きっと錯覚だろう。

 

またもや苦笑を誘われかけたシンジだったけど、慌てて表情を引き締め弁明。

 

「し、しないよ、そんなこと!」

 

「…あっそ」

 

素っ気なくいうと、後はフェイスタオルをかぶってしまう。

なんとなく気まずい中、シンジは階段で三階の自室があるフロアーまで向かった。

歩きながら、今さらながら不安が鎌首をもたげてきた。

 

僕に、アスカの面倒を見ることが出来るのだろうか?

まあ、昔同居してたときも、殆ど僕が面倒を見ていたも同然だけど。

でも、今回は、あの頃と勝手が違う。

なにせ、小さいアスカは自分自身のことさえままならないのだから―――。

 

ふと、タオルの隙間から見上げてくる視線と眼があう。途端に隠されたそれは、きっとアスカの不安の表れ。

それを知った時、シンジの中の使命感が眼を覚ます。

 

そう、今、アスカが頼れるのは僕しかいない。そして、アスカを守れるのも僕しかいない。

ならば、守ろう。全力で、守ろう。

……あの日の罪の償いには及ばないけれど。

せめて、やれることはやろう。

今度こそ。

間違いなく。

 

決意を固め、自宅のドアを開けようとした途端、バスケットの中から蹴りを喰らった。

 

「ちょっと! まずはあたしの家でしょ!」

 

「え? え? なんで?」

 

顎先に喰らって涙で視界を滲ませながらシンジが訊ねれば、アスカはヤレヤレと首を振る。

 

「あのねえ! しばらくあたしは家に戻らないってことでしょ!? 

 だったら、改めて戸締まりして、色々処理しなきゃいけないこともあるでしょ!」

 

「処理って…」

 

「ほら、たとえばビデオの予約とか、冷蔵庫の中身とか…」

 

「ああ、なるほど」

 

ようやくシンジも納得がいく。だがしかし、ここで余計なことを口走ってしまうのが彼らしいといえば彼らしい。

 

「でも、アスカの家の冷蔵庫って、処分しなきゃならないほど物が入ってるの?

  いっつも僕の家に食べにくるじゃない…ってイテっ!」

 

「うっさい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…こうして、シンジと小さくなったアスカの生活が始まった。

 

そしてそれは、本当に夢のような、約束された一ヶ月間―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NEON GENESIS EVANGELION AFTER 

 

“ MY LITTLE LOVER ”

 

 

 

りとらば!

 

 

プロローグ2~了

 

 

 

 

 

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