(仮題)とある転生者の異文化体験 作:ピッピの助
女性はみんな男性に憧れているし、怖いと思ってる。
前に友達に話したときは、ひーちゃんの癖に難しいこと考えてるー、なんて言われたけど、高校のカリキュラムでは男性と女性について考えさせられることが多いんだから、別におかしなことはないと思う。モカこそ少しは考えなよ! と思ってしまう。
だいたい、難しいことは言ってない。
女性が男性に憧れてるのは当たり前のことだと思う。
男と女は夫婦になり、やがて子どもができる。
それが自然なんだ。
事実、私たち人間以外の動物はみんな番(つがい)になって、可愛い赤ちゃんを作る。まさに生き物の本能だと思う。サルだって絶滅する直前まで雄を求めて日本中を大移動していた。
だから女性が男性を求め、男性が女性を求めるのは当たり前のことだと思う。
漫画やドラマで色んな男の人と女の人が恋愛するのだって同じことだし、スマホのゲームだってたくさんの男の人と恋愛をするゲームで溢れてるって聞く。Vtuberだって男性を演じた女性が人気だ。
人類のため、私たちの生活のために男性を優遇しているが、その根っこには仲良くしたいって気持ちがあると思う。
だって、そうじゃなかったら、悲しすぎる。
犬だって猫だって好きな相手と番になるのに、人だけ子どもを作るためだけに相手を求めるなんて、こんな悲しいことはない。
だけど……やっぱり男性は怖い。
ときどき目にする男性は能面を被ったように表情が動かなかったり、店員さんや、その男性が連れている女性を怒鳴りつけている。
偶然通りかかった店から男性が急に出てきたときに、避けることも叶わず、ぶつかって転んでしまったことがある。幸い、男性の方は少し体勢を崩すだけで済んだが、私は軽く倒れこんでしまった。
そのとき見上げた男性の顔、まるで邪魔なゴミ箱を蹴り飛ばしてしまったような、冷たく面倒くさそうな顔は今でも忘れられない。
でも、私は運が良かったほうだ。その男性は私をまたいで、そのまま去っていったからだ。
もし運が悪ければ、腹いせに蹴られても仕方がなかったと気づいたのは、先を歩いていた蘭たちが私に気づいて慌てて駆け寄ってきたときだった。
このときから、私は人の視線が怖くなってしまった。
私は同年代の子よりも胸がすごく大きい。このせいで服のラインが大きく崩れてしまい、流行りの服だって可愛く着こなせないほどだ。
でも、それは案外、着こなし方で抑えることができるので、自分に似合うようなコーデを考えるのは楽しくて好きだった。だから、それまでは胸が大きいことを気にすることなんてなかった。
自分で言うのもなんだけど、けっこう社交的だから、影で悪口を言われるってこともなかった。
でも、それが怖くなってしまったのだ。誰かが私に視線を向けるとき、どんな視線か気になってしょうがない。仲の良い人なら、だいたいどんなことを考えてるか予想できるけど、知らない人だとダメだ。
髪型が気になり始め、服装も気になり始める。おかしな所がないか確認したくてしょうがなくなるし、ダメだとわかっているのに胸を小さく見せようと体を縮ませてしまう。
悪循環だ。
だからライブに出る、というのも本当はもの凄く勇気が必要だった。
私たちがバンドを組んだだときは、蘭たちは私に気を使ってくれて、ライブは無しと言ってくれた。
元々、クラスが別になった蘭との時間を増やそうと思ってバンドを始めようかって話になったから、人前で演奏しないといけないわけじゃない。
みんなが気に入った曲を演奏してみたり、オリジナルの曲を作って演奏するだけで充分だと思ったのだ。
そうやってメンバーが自分の気持ちを隠したバンドが誕生した。
切っ掛けはみんなで流行りの動画を見ているときだった。
最近メジャーになった人気バンドのライブ映像だ。武道館を埋め尽くす観客の中、堂々と楽しそうに歌っている。
格好良くて、輝いてる。なんだか眩しいものを見るようで、少し視線を逸らしてしまう。
逸らした先で見えたのが蘭たちの顔。みんなの顔はキラキラしていた。
画面の中でライブする人たちに、みんな見入っていた。
バンドを始めて1年以上経つが、初めにみんなで決めたとおり、ライブをしたことがない。
私はそれに満足していた。蘭たちの、あの顔を見るまでは。
そんなことを自覚したからって、何が変わるということもない。急に私がライブしよう、なんて言っても、蘭たちに全力で止められるのが目に見えている。
何かの間違いでそれが受け入れられたとしても、正直、怖くてちゃんと演奏できる自信がない。
だから仕方ないんだ。
そんなことを考えながら、家へと帰宅するのだった。
今日は好きなVtuberの動画配信日だ。
このVtuberはなんと本物の男の子らしい。すごく歌が上手い人で、間違いなく日本一の歌唱力を持つと言われている。その曲もほとんどがオリジナルで、視聴者に言われて仕方なくカバー曲を歌ったりする変わった一面がある人だ。
動画の投稿も変わっていて、歌の寄付を募って、目標の金額に到達したら歌の動画を投下するのだ。だいたい2週に1曲投下するように寄付の金額は変動している。一度、寄付サイトに飛んでみたけど5,000万円とか書いてあって、金額を何度も確かめたのを覚えてる。
同い年の男の子らしいけど、絶対に嘘だと思ってる。
彼は歌投稿の間の週に雑談投稿をする。丁度、歌、雑談、歌、雑談となるように週に1回の配信をしているのだ。
前はもっと雑談の配信をしていたらしいけど、話すネタがないって言って、今の形に落ち着いたらしい。
でも、彼には人気がない時代から支え続けていた初期勢と呼ばれるファンがいて、その人たち限定で頻繁に雑談配信をしてるらしい。一般公開してる雑談配信で質問があり、『やってるよ』とあっさり答えていた。
正直、羨ましくてしょうがないけど、彼の回答に対して[やっぱりな]とか[初期勢なら仕方ない]とか[鹿が初期勢びいきなのは今更だろ]なんてコメントがあったから、みんな納得してるんだって気持ちを落ち着けた。
まあ、そのあと、初期勢について調べまくったんだけどね。
そして今日は雑談投稿の日。もちろん一般公開されるやつだ。
夕飯を済ませ、お風呂にも入って準備万端。本当ならデザートが欲しいところだけど、遅い時間だから我慢。これ以上、胸が大きくなったら、また新しい服を買わなきゃいけなくなる。
『みなさん、こんばんは』
動画は定刻どおり始まった。
ボイスチェンジャーを使っているが、他のVtuberにはない、圧を感じる低めの声。
初めて聞いたときは、道端で怒鳴る男性の声を想像してしまい、思わず体を縮こまらせてしまったが、すぐに彼が理性的な人だってわかった。
彼はアンチには“キチガイ”とか“ヒス男(ヒステリック男の略)”とか“発狂担当”とか言われている。これは、彼が他のVtuberと違って、視聴者に本気で怒ることから付けられた。
だけど、その元ネタの動画を見たら、確かに怖かったけど、誰だって嫌な気持ちになる内容のコメントが流れて、彼が制止してもコメントが止まらなかったから怒っただけの話だ。しかもそれ以降は怒鳴ってる動画はない。アンチコメントが溢れるときでも彼は怒鳴らない。
どうやら初期勢が、アンチコメントに対応するくらいなら応援してる人のコメントを読めって説得したかららしい。確かに楽しんで動画を見てる私からすると、気分が悪くなるようなコメントの対応よりも、面白いコメントを拾ってくれた方が楽しい。そうしてるとアンチコメントも自然に消えるから一石二鳥だと思う。
こういうところが初期勢が一目置かれている理由らしい。
まあでも初期勢が広めた“怒れる鹿”とか“ド畜生”とか“世が違えばマジもんの害獣”という呼び名は、どうかと思う。
ファンがアンチ判定に迷って、雑談動画で質問を投げたときは「この前ケンカしたから、その腹いせだろ。放っておいていいよ」なんて言葉が返ってきて、視聴者を混乱させたらしい。
なんだかよく分からない関係だ。
ともかく、彼は私が見かけた男性たちとは違う人で、理不尽なことをする人じゃない。会ったことはないけど、そう思ってる。
蘭たちにも今度おすすめしようって思ってる。
彼の配信を聞きながら、そんなことを考えていると画面のテロップが変わった。どうやらお悩み相談の時間になったようだ。
お悩み相談……。たしかに悩んではいる。何時間考えたって結論がでないし、何年も引きずっているトラウマだ。試しに相談してみるものいいかもしれない。
そんなことを考えながらキーボードを叩くと、すぐに文章ができた。
[バンドを組んでいるけど、人の視線が怖くてライブができません。メンバーは私に気を使ってくれてライブに出なくてもいいと言ってくれます。でもきっと本当はライブに出たいと思っているはずです。私はどうすればいいですか]
投稿したあと、すぐに後悔した。やっちゃったと思った。
なんて文を打ってしまったのか。こんなのいきなり送りつけるなんて空気が読めてないにも程がある。たしかにお悩み相談のコーナーだが、初めはもっとフワッとしたものじゃないと彼が困ってしまう。
しかも少額とはいえ、スーパーチャット付きだ。彼の動画では自分で稼いだ金じゃないならスーパーチャットはするな、が決まり文句だ。今投げたお金はお母さんからもらったお小遣いだ。
色付きの長文が流れていくのがハッキリと見えた。
まあ、彼の動画は人気だから、すぐにより濃い色のコメントが出てきて、私の固定コメント(チャット欄の上にアイコンと金額が固定されるやつ)も消えていった。
初めてのスーパーチャットだったが、これで良かった。呆気無く終わった寂しさもあったが、それよりも恥ずかしい文章が読まれなかったことに、ほっとした。
私が打ったコメントはもはや誰も覚えていないだろう。動画が終わった後にコメントを一つ一つ読み返すなんて酔狂な人がいれば別だが、1万以上ありそうなコメントがあり、私よりも長文を打ってる人はたくさんいる。印象にすら残らないはず。それに、私の知り合いにそんなことをする人がいる可能性なんて宝くじに当たるより低いと思う。
顔の熱が引いていき、完全に安心しきっていた。
『お、長文見っけ』
だから彼がそんなことを言った時も、また赤い色のコメントが流れたのかなって思ってた。
『えっと、バンドを組んでいるけど、人の視線が怖くてライブができません』
彼がそう読み上げたときも、わかるわかる~、と頷いて聞いていた。
『メンバーは私に気を使ってくれてライブに出なくてもいいと言ってくれます』
うんうんと頷いていた。
『でもきっと本当はライブに出たいと思っているはずです。私はどうすればいいですか』
うん?
「…………あああああああああ!!」
読まれたと気づいたときにはベッドに転がり込んでいた。
恥ずかしくてしかたなくて飛び込んだけど、ベッドに転がり込んだだけじゃ彼の声は聞こえてくる。
『割りとヘビーだな。これ……』
うーん、と彼が考えこむ声が聞こえた。
それは、わかってました。ごめんなさい。
『たぶん、この人は仲間に恵まれてるんだよな。バンドを組んでるのに人の目が怖くてライブが出来ないって、こう言ったら傷つくと思うんだけど、根本的にバンドに向いてない人なんだよな』
はい、そのとおりです……。
『でも、それが原因で解散ってことになってないし、むしろ気づかってくれてるから、たぶん、ライブが出来ないって知った上でバンドを組んでくれてるんだよな』
のそりと起き上がり、机に戻った。
『だから音楽は仲間で遊ぶためのツールだった。それで満足していた、のかな』
エスパーですか?
『でも、メンバーが本当はライブに出たいと思ってるのを知っている、と。うーん、仲間の性格によるけどなあ。俺は思い切ってライブに出てみればいいかなって思うかな』
ドキリとした。
『この人は仲間を思ってライブに出たいと思ってるけど、視線が怖いから出たくないとも思ってるんだろ? その思いがせめぎ合って、迷ってるわけだ。ライブに出なければ今のまま、ライブに出るなら今とは変わる。出るって選択肢が頭をよぎるんなら俺は出たほうがいいって思う。それがいい結果になるか悪い結果になるかはわからないけどな』
[挑戦は若者の特権]
[チャレンジして失敗した人のことも忘れないでください]
[この相談者にはチャレンジすることのメリットがある。私ならいくね]
チラッとコメントを見ればそんな声があった。
『ただ、この人の視線が怖いってのが、どれくらいのレベルか、わからないんだよな。そうはいっても緊張して喋れなくなる人はいるしね』
[ガチの上がり症は過呼吸になる。マジで生死に関わったりする]
[心が怖いって思い込んでるだけって可能性もある]
[マジで病気なら病院に行ったほうがいい。自分がどこまでなら大丈夫なのか、医師がいる状況で試さないと危ない]
『……それなら、いっそ仲間に判断を委ねてもらうとかどうだ?』
[どういうこと?]
[やるやらないを?]
[?]
『そう、やるやらないを。こんなにいい仲間なら、ライブが失敗することよりも、そのせいで視聴者が傷付くのがいやなんだろ?』
ハッとした。
蘭たちならきっとそうだと思った。
[あー]
[ライブしなくていいって気づかってくれる仲間だからね、ありうる]
[ほうほう]
『だからさ、いっそのこと、どうすれば自分が失敗しないか考えてくれって相談するんだよ』
[マジかww]
[お前、それはw]
[ド畜生か、こいつ。……ド畜生だったわw]
『いや、ふざけてねえから。たしかに、ただの友達だったら何言ってんだこいつ、ってなるけどさ。視聴者の友達は、視聴者の弱みを知ってて、それを受け入れてくれる人なんだよ』
うん。
『たぶん視聴者が友達は気を使ってることに気づいてるのと同じように、友達も視聴者がそれに気づいてることをわかってると思う』
「あ……」
『そんなわかり合ってる友達がさ、自分たちを気づかってくれてるとはいえ、前に進もうとしてる視聴者の気持ちをバカにするか? そんなわけ無いだろ』
うん……きっと、そう。
蘭たちに相談したら、絶対にバカにしたりなんてしない。モカだって、ひーちゃんは仕方ないなーって言って、私の話を真剣に考えてくれる。
『きっと、それが伝われば友達がいい方法を一緒に考えてくれる。自分じゃ思いつかなかったことを考えてくれる。もし、考えつかなかったとしても、視聴者の思いは伝わるし、ただ気づかうだけの関係が変わるんだよ。それが、すぐにじゃなくても、視聴者が変わることのできる切っ掛けになるんじゃないか?』
ただ、気づかうだけの関係……。そんなことはないと思う。でもそうかもしれないとも思う。
バンド活動ではみんなは私に気を使ってくれて、私もそれが申し訳なく思うから、いろんな雑用を率先してやってる。それは別に苦じゃない。みんなの役に立つなら嬉しいって思ってる。
でも、それが気づかってくれることに対するお返しだとしたら。
きっとそんなんじゃないと思う。でも、そうじゃないって否定しきることができない。
気づかうだけの幼馴染。そんな関係は絶対に嫌だ。
『それでもダメだったら、俺みたいに動画投稿するとか。動画ならみんなが見るときは、もう演奏し終わった後だからな。せいぜい、一生ネットに動画が残り続けることくらいかな。投稿動画消しても、PCに保存してるヤツらがいるから、そいつらが良い動画って判断したら、忘れたころに投稿される可能性はある。自分がどんなに黒歴史で消し去りたいって思っても、どうしようもないってことが問題点かな』
[致命的なんだけど]
[落ち、入りまーす]
[ネットはマジで怖い]
「ふふっ」
ネットに残るのは嫌だな。
だから……何とかして頑張らないと!
次の日の放課後、最近できたCircleっていうお気に入りのライブハウスで練習するために私たちは集まった。
みんなそれぞれが楽器の準備をしている。少しだけ早くベースの準備が終わった私はメンバーを見渡す。
ボーカル&ギターの美竹蘭。
ギターの青葉モカ。
ドラムの宇田川巴。
キーボードの羽沢つぐみ。
そして、ベースの上原ひまり。私だ。
みんな私のかけがえのない幼馴染だ。大切で大切で、これからもずっとみんなとバンドをしていきたいと思ってる。
私はアフターグロウのリーダーだ。
みんなは私に気を使ってくれてるけど、それじゃあダメなんだ。みんなが私のために動いてくれるけど、それだけじゃあダメだ。
みんなが私のためにライブを避けてくれるのは嬉しい。正直に言えば、だからこそバンド活動ができた。
でも、いつまでも、このままじゃいられない。
我慢し続けることが前提の関係なんて絶対にどこかで壊れてしまう。これからもみんなと一緒にいるために、私も変わらないといけない。みんなのために動かないといけないんだ。
だったら私がやることなんて決まってる。お休みしてる時間は終わり。今は怖くても進まなきゃいけない時間なんだ。
「……ねえ、ライブに出てみない?」
私がそう言ったとき、みんな大慌てだった。
何かあったのか? とか、調子わるいのか? とか、ひーちゃん悪いものでも食べた? とか。
本当に失礼である(特に最後)。
何もないし、絶好調だと伝えても、みんなは納得しない。終いには今日は帰って休んだほうがいいとか言い始めた。
「もー! だからなんともないってばー!」
両手を上げて元気アピールをするが、みんなは態度を一ミリも変えてくれない。
心配してくれることを喜ぶべきなのか、信用がないのを悲しむべきか判断に困る。
「まあ、さ。たしかにちょっと怖いところはあるからさ……」
これは本当。やると決めたけど、怖いものは怖い。
でもきっと大丈夫。
だって私にはみんながいるから。
ぶつかって倒れこんで、冷たい視線を向けられたときとは違う。5人で向き合うことができる。
「だからみんなで考えてくれない? どうやったら私がステージで演奏できるのか」
ようやく笑ってくれた皆の笑顔は、いつも見ているはずなのに、何年も前から見ていなかったような素敵な笑顔だった。
原作とは異なる点:
① 上原ひまりは元男性恐怖症
② アフターグロウはガルパが初ライブ
③ 胸は小さい方がスタイルが良い。ただ、その理由が服を格好よく着れるからなので、着こなし方が上手い人ならモデルにもなれる。ただし巨乳は×