(仮題)とある転生者の異文化体験   作:ピッピの助

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時系列としては、ガルパ本番終了後 少し経った頃 になります。


11.7話(青葉モカ視点)

すっかり外が暑くなってきたころの話。

 

パンに目がないあたしは、CMでやってた新商品のバーガーを目当てに一人でふらっと店に入った。

 

店内は新商品が目当てなのか、あるいは外の熱気から逃れようと避難してきたのか、テーブルがどこもかしこも埋まっていた。

 

これはテイクアウトして、クーラーの効いた家に急いで帰らないといけないかなー、とか思った。急いで帰るのは性に合わないけど、近くの公園で食べるには日差しが強い。ゆっくり帰って、冷め切ったバーガーを食べても美味しくない。

 

ちょっと失敗したかなー、なんて思いながらカウンターに行くと、なんと、その日は知り合いの先輩が注文を聞いてくれた。

 

その先輩はすごく優しくて、座って食べるなら、奥の席で相席ができるよ、と教えてくれた。

 

これはありがたい。

 

やっぱ、あたしってツイてるー、なんて思いながら奥へ向かう。

 

そこには見覚えのある大きなシルエットの男の子がいた。

 

「あ……海堂くん?」

 

あたしの声に彼は雑誌から目を離して、顔をあげる。

 

あまり抑揚のなさそうな顔だ。花音先輩たちや、ひーちゃんと話すときはすごい生き生きしているから、なんだか距離がある感じがして、少し寂しい。

 

「青葉さん? 席空いてないの?」

 

「うん。花音先輩が奥の席だったら相席してくれるはずだよって言ってたんだー」

 

「そか。俺でよければどうぞ」

 

彼は向かいの席を手で示してくれた。

 

「ありがとー。なに読んでたの?」

 

「野球雑誌。甲子園特集やってたから買ってみた」

 

ほらっ、と彼は読んでいたページを見せてくれた。埼玉県の予選大会の特集で、梁幽館高校敗れる! ってタイトルだ。見開きのページの半分は有名選手らしき人が、泣いている仲間の肩を抱いて歩いている写真が載っている。

 

「野球が好きなの?」

 

「まあ、そこそこ。どっちかって言えば、甲子園に興味があるかな」

 

「ああ、いるよね。プロは興味ないけど、学生が頑張ってる甲子園が好きーって言う人」

 

学校でも、プロ野球に興味はないけど、高校野球は好きな人がいる。トモちんも実はその口だ。

 

「俺もそんな感じだな。内野ゴロでも全力疾走する感じは好きだよ」

 

「ふーん。あたしは野球見ないからわかんないや」

 

「あんまり人気無いしな。サッカーだって部活動がない学校もあるし」

 

「うちの高校もないよ。野外競技は肌のケアが大変だからねー。でも、テニスとかは人気かな。一番人気はバレーボールとか卓球だけど」

 

ひーちゃんも実はテニス部だったりする。トモちんはダンス部に入ってるけど、野球部があったら入ってたのかな?

 

「野球もサッカーも地面に転がったりするから女子は嫌がるかもね。でも、なぜか野球のユニフォームが短パンなんだよな。いや、嬉しいけどね。みんなすっごいムッチリしてるから、グラビアより遥かに使えるし」

 

彼はさっきの雑誌で片隅に小さく載っている、新越谷高校って学校のピッチャーが投球する写真を凝視している。

 

あいかわらずエッチだなー、と思うけど突っ込まない。

 

彼の嗜好は一般的なものとは違う。あたしに全く興味がないことは彼の顔で理解できる。せっかく男の子と話せる機会だし、触れない方がいいかなーって思った。

 

「あれ? サッカーも短パンじゃなかったっけ?」

 

「サッカーはハーフパンツが短くなっただけだから、あんまり違和感ないんだよ」

 

「よくわからないけど、海堂くんが嬉しいなら、それでいいんじゃない?」

 

あたしが知ってる限り、サッカーも野球も短パンだったと思う。でも、彼にはこれが新鮮に見えるらしい。やっぱり、よくわからない人だ。

 

「まあ、それもそっか」

 

「そうそう。あ、そうだー、この前の歌、良かったよー」

 

「……」

 

彼の反応が薄い。

 

少しだけ眉をひそめながら、あたしの方をじっと見てくる。

 

「あれ? あの、裏切りは無しですって歌だよー」

 

「……やっぱり普通にバレてるね」

 

「あれ、隠してた?」

 

ガルパの打ち上げの後、トモちんから教えてもらったけど、マズかったかな。

 

「いや、そういうわけじゃないよ。あまり言いふらさないでくれれば、それでいい」

 

彼は一つ息を吐くと、いつものような抑揚のない顔に戻った。

 

「よかったー。トモちんから、美咲ちんが大丈夫だって言ってたのは聞いてたけど、何も言わないから、ちょっとびっくりしたよー」

 

「そっか。それより、歌の感想ありがとね。気に入ってくれて嬉しいよ。でも女の子には歌詞の意味わからなかったでしょ?」

 

「うーん、確かにわからないところがあったけど、曲がエモエモだったから、何度も聞いたよー」

 

それまでセントー君の歌は聞いたことなかったけど、彼が本人だってことを知って聞き始め、この歌ですっかりハマってしまった。今では、これまで公開された全曲を聴き終えて、お気に入りの曲が何十曲もある。

 

「ノリ重視のロックだからね。アフターグロウには合ってたのかな」

 

「そうそう。スッと耳に入ってくるし、DOKONJOFINGERシリーズは好みの曲だからついつい聞いちゃうんだよねー」

 

彼は自分の歌をシリーズとして分類することがある。数行の創作ストーリーを乗せて、ストーリー上の彼らが演奏する曲として発表するのだ。

 

DOKONJOFINGERシリーズはその1つで、4人の不良高校生が無理やりバンドを組まされ、ぶつかり合いながら音楽を通して絆が生まれる話だ。男の不良が殴り合いの喧嘩をするというシーンを想像できる人が少ないせいか、ストーリーは賛否両論。でも、曲は圧巻の一言。タイトル以外で曲の否定的な意見はない。

 

「いつもありがと。これからも応援よろしく」

 

「歌詞はひーちゃんが意味を教えてくれたしね」

 

「ん? ひまりちゃんのこと?」

 

彼の目つきが変わった。

 

それまでの素っ気ない反応はどこへやら。少し身を乗り出すようにこちらを見てくる。

 

「そのひーちゃんだよー。ひーちゃん、セントー君のファンだから、彼の曲には詳しいんだー」

 

「ほうほう。続けて」

 

「アフターグロウが彼の動画を見るようになったのも、ひーちゃんに勧められてだし、ひーちゃんは彼のことをたくさん調べてて、その歌詞がどういう意味で作られたのかをファン同士でやり取りしてるんだってー」

 

彼の掲示板では曲考察は日常的に行われているらしい。普通に理解できる歌詞もあれば、DOKONJOFINGERシリーズのように、男性の考えが全くわからないものもあるので、何ヶ月も前に発表された曲が、新しい曲の投稿によって解釈が変わることもある。

 

ちなみに本人に歌詞の意味を聞いても、好きに解釈して、と返されるだけで、教えてくれないらしい。

 

「なるほど。趣味の合う人と一緒に考えるってのは楽しい。そういうことかな」

 

「たぶんそうー」

 

何気ない様子だが、彼はたぶん、そうなるってわかっていて放置してるんだと思ってる。

 

短絡的だけど、その実、よく観察してる人。それがあたしの彼への印象だ。

 

「ちなみにひーちゃん、最近セントー君が胸の大きな人が好きって確信したから、有咲にファッション相談してるみたいー」

 

「え、なにそれ、俺聞いてないよ」

 

「そりゃあ女の子同士の秘密だよ。いくら彼氏とはいえ、そうホイホイ教えるものじゃないよねー」

 

「今まさにホイホイ教えてもらったところなんだが……まあいい、そういうことなら、ちょっとスマホ失礼」

 

そう言って彼はスマホをササッと操作しだした。

 

「何するのー?」

 

「有咲にメールする。たぶん写真の1枚や2枚撮ってるだろうから、参考に送ってくれって打つ」

 

「わー、彼女に違う女の子の写真送れとか、幹彦くんは鬼畜だねー」

 

「そんな言葉どこで覚えてくるんだよ……」

 

うん? けっこう漫画で使われる言葉なんだけど、彼はあんまり漫画は読まないのかな?

 

Vtuberやってるくらいだから、サブカルチャーには詳しいと思ってたけど、違うみたい。

 

「秘密ー。じゃあ、あたしもひーちゃんにメールしよっと」

 

「なんて?」

 

「海堂くんに服を気にしてることバラしちゃったって」

 

「お前のが鬼畜だよ!」

 

「いやいや、次にひーちゃんが幹彦くんに合ったときに使えるネタを提供してるんだって。二人が会話できなくて、黙っちゃったら悲しいでしょ。モカちゃんは友だち思いで優しいなあー」

 

「え、マジで言ってんの? 俺の会話デッキ、そんなに少なくないと思うけど……」

 

そんなことを話していると、彼のスマホがピロリと鳴った。

 

「ちょい失礼。……有咲だ」

 

「なんて言ってるの?」

 

「『送るかバカ! 今、練習中だからつまんねーこと聞くな!』だって」

 

「おー、辛辣ぅ。怒られちゃったね」

 

有咲の言葉はけっこうきつい。顔を合わせれば、その可愛い声や容姿で和らぐ言葉も、文字だけで見れば、ただのナイフでしかない。

 

「そんなこと言うなよ、愛してるって送っとこ」

 

「めげないねー」

 

だから、彼みたいに有咲のことを理解して付き合う人は、彼女にとってすごく大切だと思う。

 

ポピパの子たちはみんな有咲の理解者だろうけど、他の男性が彼女のことを理解するほど接することがあるのか。

 

そう考えれば、彼と有咲も運命的な出会いだなーって思う。

 

「有咲は照れ隠しが半分入ってるからな。送らないと言い過ぎたかなって気にするんだよ。これで言われたとおり黙るヤツは有咲には合わないって」

 

「さすが。よく理解してらっしゃるー」

 

「彼氏彼女だから。普通だろ? アフターグロウだって美竹さんが……いや、彼女は違うタイプか」

 

「うーん。蘭は言い過ぎたかもって後悔はしないかなー。むしろ、アレは言って当然だったって意固地になるタイプかな? だから放っておけないってところは有咲と同じなんだろうけど」

 

蘭の言葉もキツいことが多い。蘭を知らない人は、その言葉で距離を置いてしまうことがよくある。蘭も蘭で、意固地になってしまえば、自分から近づくことはない。だから、なかなかアフターグロウ以外の友達ができなかったりする。

 

「蘭と言えば、セントー君の歌、今すっごいハマってるよ」

 

「美竹さんが?」

 

「うん。あたし達の中で蘭だけ別のクラスなんだけど、休み時間に会いに行くと、いっつも聴いてるねー」

 

「ふーん。なんか意外だな。美竹さんって俺のことも敵視してるから、身バレした以上、俺の歌だって聞かないと思ってた」

 

「いやいやー、蘭のアレは敵視じゃなくてライバル視だよー。負けないぞーってやつー」

 

怖い顔で睨んでたりはするけどね。

 

あたしたちもダメだよーって伝えてるけど、ちゃんと聞いてくれるかな?

 

「……そういやロゼリア先輩と違って、俺にはあんまり突っかかって来なかったな」

 

「あたしとしては、どっちも同じだと思ってる。幹彦くんは男の子だから、蘭も遠慮してるんだと思うなー」

 

突っかかるようならメンバー全員で止めに行くし、蘭だってそこまで軽率じゃない。

 

ささやかな抵抗ってことで怖い顔してるんだと思う。

 

「でも、ライバル視はするんだな」

 

「それが蘭の可愛いところじゃないですかー」

 

「そういうもん?」

 

「そーいうもんー」

 

相手が大きいからって対抗心を抱かないのは蘭らしくない。

 

「じゃあまあ、1ファンができたことを喜ぶよ」

 

「そうそう、気にしないのが一番だよー。あ、でも、これからも蘭が怖い顔するかもしれないけど、許してね」

 

「了解。ひまりちゃんに絡みにいったときに会うだろうけど、なんか言われても適当に流すよ」

 

彼はあっさりと許してくれた。

 

うん。やっぱり優しい。それに楽しい。言葉が通じる男の子ってだけで、こんなにも楽しいもんなんだね。

 

蘭のことを聞いて、理解してくれて、こうして受け止めてくれる。

 

「……ちなみに、ひーちゃんもいいけど、蘭もいかがですかー?」

 

そう思ったら、そんな言葉を言わずにはいられなかった。

 

蘭に聞かれたら本気目に怒られるけど、言わずにはいられない。

 

だって、この先、蘭のことを受け止められる人が出てくるとは思えないんだ。たださえ男は少ない上に、普通の男性は蘭の態度に怒るだろう。

 

こんなふうに受け止めてくれる男性なんて現れないって言い切れる。

 

「いかがって、男女の仲ってこと?」

 

「うん。服で隠してるけど、蘭もああ見えて、けっこう胸が大きいんだよー」

 

フフフと笑みを浮かべながら、両手で胸を持ち上げるような動きをする。

 

彼の意識があたしの胸に行く。すぐに、なんでもないように彼の視線はあたしの顔に戻ってきた。

 

……やっぱり、あたしの胸じゃあ、ダメみたい。

 

「知ってるよ。アフターグロウの中じゃあ、ひまりちゃんに次いで大きいだろ。花音と同じくらいはあると見てる」

 

「おー、さすが。見た目と全然違うのに、大きさがわかるんだー」

 

「胸を圧迫させれば、その分の体積が別のところに出るからな。腰回りと鎖骨周辺、腕の肉付きを見ればだいたいわかるさ」

 

「普通はわからないと思うけどなー」

 

「ぴったりサイズの服でも着ないと、その辺はハッキリわからないしな。サイズどのくらいだろうって気にしながら見ないとわからないかも」

 

たしかにラインが出る服を着てればわかるだろうけど、アフターグロウの衣装って、ゆったりしたシルエットだから普通わからないと思う。

 

というか、ガルパに参加したバンドって、全体的に胸が大きめだから、体のラインが出る服はあまりないと思うけど……。

 

「よく見てるねー。ひーちゃんだけじゃなくて、蘭も狙ってる?」

 

「いや、美竹さんはないな」

 

彼はあっさりと否定した。

 

「え、ダメなの?」

 

「ダメっていうか、あの子とは合わないと思う」

 

「でも体は好みでしょー?」

 

さっきの雑誌の写真から見て、彼は胸だけじゃなくて、太ももやお尻が大きい女性の方が好きだと思った。

 

蘭もひーちゃんほどじゃないけど、けっこう大きい方だから、彼のお眼鏡には叶うと思ってた。

 

「いや、好みだけどさ、言い方ってもんが……。まあ、あの子はアレだろ。対等な関係を求める子だろ」

 

「対等……上とか下とかないってことー?」

 

「そう。俺の主観だけどさ、美竹さんは自分に素直で、人に誠実に接する人だと思ってる」

 

「うん。蘭は言葉にするのが下手だけど、優しいんだよー」

 

親友が理解されているのは嬉しい。思わず声が弾んでしまう。

 

「照れ屋だけど仲間思い。裏切りとか絶対にしない子って感じ」

 

「裏切りかー。あたし達はそんなことしないから、わからないけど、蘭は絶対にしないって断言できるよー」

 

あたし達だって軽い嘘をついたり、冗談だって言うけど、仲間を傷つけるようなことはしないし、言わない。それが裏切りって言うなら、蘭だけじゃなく、アフターグロウのみんながしないって確信してる。

 

「だろうね。……そんで、あの子は相手にもそれを求めるんだよ」

 

「それって……」

 

「自分がそうであるように、相手にもそれを求める。相手が思ってることは素直に言ってほしいし、自分に対して誠実に接してほしい。裏切りは絶対にしないでほしい。そういう相手を求めてると思う」

 

「確かにそうかもしれないけど、それって、いけないことー? 普通のことだと思うし、蘭自身がそれを守ってるんだから、いい関係になれると思うけどー」

 

昔、男性と女性が同じくらいいたときは、地球上で争いが絶えなかったらしい。男は縄張り意識が強いらしく、近くにいる男と本能的に競い合ってしまうのだとか。

 

でも、男性が少なくなっても争いは消えてない。

 

たしかに戦争や軍ってのはなくなったけど、それは男性が少なくなって、これ以上、人の数を減らしていられないっていうのが大きいみたい。あと女性は縄張り意識が男性よりも低いから、自分の国を守るために戦う覚悟がない人が多いんだとか。自分の周りとか好きなものが良ければ、それでいいって考えだから、軍に人が集まらないらしい。

 

実際、もう滅んだ国だけど、軍を維持して戦ってた国があった。被害を受けている国以外は沈黙して、唯一、次に標的になりそうな国だけが、食料とかの支援をしていたらしい。

 

結果は3国とも人がいなくなって滅んだって落ちだけど、その国の元国民は今も外国人労働者として周囲の国でこき使われてるんだとか。優しさなんてどこにもない。

 

そもそも警察がある時点で、争いがないなんて言えないと思う。

 

人は日々の文句を派出所に言いに行くし、詐欺や犯罪、事故に巻き込まれた人だって多いらしい。

 

結局、男がいなくなったって、男が担っていたことを女がするだけだから、程度は変わっても、本質は変わらないんだと思う。

 

そんな世の中だから、蘭みたいに本心を隠さずに誠実に接する人って、すごく良い子だって思ってる。

 

「俺も良い子だと思うよ。友だちとしてならな」

 

彼もそれを理解しているのだろう。返ってきた言葉はそれを連想させる温かい言葉であり、冷たい否定の言葉でもあった。

 

「……男女関係じゃダメ?」

 

「男がすごく少なくなった世の中で、しかも男がこんなに自由に振る舞ってるんだ。美竹さんの求める誠実さを相手に求めるのは無理がある」

 

「幹彦くんは違うでしょー? 花音先輩や美咲ちんとも仲良く付き合ってるし」

 

花音先輩や美咲ちんはすごく良い子だけど、蘭だって負けてない。蘭もあの二人みたいに幸せになれるはずだ。

 

「確かに2人とは、これ以上ないってくらい仲良いけど、二人に俺が誠実かって聞いたら笑顔で全否定されるぞ。考えてもみろ。複数の女性と付き合うことは誠実か?」

 

「……それは、一夫多妻が認められてるから」

 

「一夫多妻はしてもいい、であって、しなきゃいけない、じゃない。客観的に見て、自分はこんなに尽くしてるのに、相手は自分以外に何人も付き合ってる人がいて、更に好みの子にはちょっかいを出す。これってどうよ?」

 

「控えめに言って、サイテー」

 

「だろ。俺は花音たちを蔑ろにする気はないし、愛してるけど、他の子に絡むのは止めないと思うぞ。美竹さんはどう思う?」

 

考えるまでもない。

 

絶対に本気で怒る。あたしだけじゃダメなのかってケンカになる。絶対に間違いない。

 

「そんなの蘭だけじゃなくて、ひーちゃんだって耐えられないよー」

 

苦し紛れに言った。

 

嘘だ。言ってから後悔した。これはひーちゃんにもマイナスになる言葉だ。

 

ひーちゃんだったら、始めは、もー! て愚痴を言うだろうけど、すぐに慣れて、仕方ないなあって理解してくれると思う。

 

「マジかよ。ひまりちゃんもダメ?」

 

「うーん、ひーちゃんも理想が高いからなー。でも慣れれば……ワンチャン?」

 

「充分。ひまりちゃんに望みがあるならOKだ」

 

ホッとする。

 

良かった。危うくひーちゃんを裏切るところだった。

 

蘭のためだからって、代わりにひーちゃんを傷つけるなんて意味がわからない。

 

でも、このままだと蘭の目がなくなってしまうのは確かだった。

 

どうしよう。そんな焦りの考えだけが頭に浮かぶ。

 

「……蘭も慣れればいけるかもよー?」

 

「本当にそう思ってる?」

 

「……ごめん。やっぱり無理かなー」

 

なんでもないように彼はアイスコーヒーを手に取った。その表情にほとんど動きはない。

 

彼はゆっくりとアイスコーヒーを口にした。

 

そんな彼の様子を見て、あたしは頭の熱が引いていくのを感じた。

 

なんだ。彼はもう結論を出していたのだ。

 

どうしようか決めかねてるんじゃない。彼にとってはもう決まっていることで、あたしが彼の答えを聞いてるだけ。今更、足掻いたって無駄だったのだ。

 

そう思うと、どんどん冷静になっていく。

 

やがて、アイスコーヒーをテーブルに置いた彼が口を開いた。

 

「だろ。いくら歌が気に入ったからって、無理なタイプと付き合い続ければボロが出るよ。美竹さんは美人だし、別の人を探すべきだな」

 

「……花音先輩や美咲ちんは、幹彦くんのそういうところに文句言ったりしないの?」

 

少し詰まったけど、自然な口調で話せた。

 

「自重しろってよく言われる。でも、やり過ぎなければセーフだな」

 

「優しいってこと?」

 

「いや、そこについては許容してくれてるんだろうな。あの二人はそれを含めて俺のことが好きだって言ってくれてる」

 

「そうなんだー」

 

「諦めてるとも言えるけどな。特に美咲は男そのものを諦めてる節があるから、俺が何をしても、よっぽどのことがない限り認めてくれるぞ」

 

「そうなの? 合同練習したときは美咲ちんがけっこう怒ってた気がするけどー」

 

彼がひーちゃんに絡む時間が長くなると、決まって美咲ちんが怒ってた気がする。

 

「普通の感覚で、おかしいことしたら怒るさ。でも、美咲はそれを引きずらない。よっぽどのことがない限り、あいつは男だから仕方ないって自分を納得させるぞ」

 

「……それって、幹彦くんも諦められてるってこと?」

 

「鋭いね。そのとおり。俺もいろんな面で呆れられてるし、仕方ないって諦められてるところがあるな」

 

好きなのに諦めてる?

 

意味がわからない。諦めるって、もうその人とは付き合えないってことじゃないの?

 

「それって……おかしくないー?」

 

「おかしくない。人との付き合いは、何から何まで気が合うことなんて一生に一度あるかないかだ。その相手がわがまま放題の男だったら言うまでもない。今の若い子で、男と付き合ってる子は大なり小なり我慢してる。花音だってそうだ」

 

「でも、花音先輩たち幸せそうだよ?」

 

「妥協点に納得してるからだろ。これがあの二人がどうしても我慢できないものなら、俺たちは別れてるさ」

 

「別れるって……そんなに簡単なものなの?」

 

傍から見たって彼とあの二人はラブラブだったのに、こんなにあっさりとその言葉が出たことに驚いた。

 

「簡単じゃない。一番大切な部分だ。一時的な付き合いならともかく、俺たちはこれから一生共に過ごすつもりだぞ。学校を卒業して終わりじゃない。子どもを産んで、育てて、どちらかの死に際まで一緒に暮らしていくんだ。納得できない関係なら、お互いに不幸でしかない」

 

「一生……」

 

スケールが大き過ぎる。

 

あたしたちはただの学生だ。

 

他の子と違うところだって、5人の仲良い幼馴染でバンドを組んでいることだけだ。

 

そんな一生のことなんて考えたことないし、決められるわけがない。

 

この人も同い年なのに、どこまで先を見てるんだろう。思えば、花音先輩だけでなく、美咲ちんからだって他の人とは違う感じがした。

 

異性と付き合うってこんなに重いことなの?

 

「それに俺は二人に我慢させてるばかりじゃないからな。あの二人にはたくさん優しくするし、望んでることは出来るだけ叶えてやりたい。あの2人に嫌なことがあったら全力で守ってやりたいって思ってる」

 

「我慢するところもあるけど、一緒にいて楽しいからいるってこと?」

 

「もう一声だな。よく言うだろ? 結婚相手は楽しく過ごせる相手じゃなくて、この人となら不幸なことだって乗り越えられる相手を選べって」

 

「初めて聞いた」

 

「マジ? まあそうか。結婚してる人が少ないからな……」

 

「?」

 

まただ。

 

彼にはあたしじゃ見えないところから物事が見えてる。

 

そこに立ったときの彼の言葉はあたしには理解できない。

 

正直、もどかしい。

 

「まあ、ともかく。美竹さんには美竹さんが納得できる相手が現れるだろってこと。ひまりちゃんは俺が面倒見るよ」

 

「幹彦くんみたいに優しい男の人っているの?」

 

「そりゃあ探せばいるだろ。俺の父さんは一途だし、母さんにすごく優しいぞ。数が圧倒的に少ないけど、優しい男は絶対いるさ」

 

「もし見つからなかったら?」

 

「知らん」

 

バッサリと彼は切り捨てるように言った。

 

「ええー、酷くないー?」

 

「酷くない。俺は自分の好きな子を守るので手一杯だ。他の子の面倒まで見切れるか。てか、青葉さん注意しろよ。ナチュラルに俺に責任おっ被せようとしてきたけど、他の男にコレやったら逆上されても文句言えないからな」

 

言い切られたのはびっくりしたけど、ショックはない。

 

さっき彼が結論出してたことに気づいてたんだ。対象じゃないあたしや蘭が切り捨てられることだってわかってた。

 

ほんの少しだけ……寂しいだけだ。

 

「……わかってるって。男の人は冷たいもんねー」

 

「そうそう。俺だって冷たいんだから、変な期待するなよ。俺が優しくするのは、そうしたいって思える人だけだからな」

 

「はーい。気をつけまーす」

 

「……なんか調子狂うな」

 

あたしだってそうだよ。

 

ほら、せっかく楽しみにしてたバーガーが冷めちゃってる。

 

名残惜しそうにバーガーを見つめてると彼が荷物を置いたまま席を立った。

 

トイレかなと思ってたら、カウンターで追加の注文をしてすぐに戻ってきた。

 

「ほら。交換」

 

差し出されたのは、あたしが買ったのと同じバーガーだった。違うところといえば、彼が持っている方は明らかに熱々のもの、というところだ。

 

あたしは呆気に取られながら彼を見る。

 

彼はサッとバーガーを交換すると、席に座ってすぐに冷めたバーガーを口にした。

 

「早く食べないと、また冷めるよ」

 

そう言って、あたしに笑いかけてくれるのだった。

 

その時が初めてだった。

 

あたしが自分の胸が小さいことを、心から悔しいと思ったのは。




イメージ曲
裏切りは無しです(DOKONJOFINGER)

SB69の曲です。もうこいつらの歌ほんと好きです。ノリが良くて、声優だけあって声が耳に残ります。ぜひ聞いてみてください。


下げてから、上げる。上げてから、下げるも良し。メリハリが効いて落ちが書きやすいです。
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