(仮題)とある転生者の異文化体験 作:ピッピの助
バンドリキャラ以外、興味ないぜ! って方は次の話へどうぞ。
あと、バイオレンス描写があります。苦手な人は注意してください。タグにも追加しました。
キャラ名
男A:江井
男B:比井
男C:志井
男A
「なんだ、こいつは!」
退屈しのぎに、友人から勧められたセントー君という男の動画を見て、思わず叫んでしまった。
その雑談と呼ばれる動画では、くだんの男が端っこにいて、中央には投稿された質問が映されている。この男がその質問を読み上げ、それに回答するというものだ。無駄のない画面だが、シンプルでわかりやすいと思う。
では、この動画の何が腹立つのか。
簡単だ。この男のヘラヘラした態度だ。
バカみたいな女の質問に、笑みを浮かべながら真面目に答えてる。
まるで俺が大嫌いな漫画やドラマに登場する男のようだ。
声を聞く限り、明らかに男とわかる。だからこそ、ひとこと言わずにはいられなかった。
[お前はなんでそんなヘラヘラしてるんだ! そいつらは女だぞ!]
反応がない。
動画の男は、まるで俺のコメントがなかったかのように話を続けている。
またコメントを打つ。
[無視するな! 女にヘラヘラするんじゃない!]
反応がない。
頭にくる。なんで俺の言葉が無視されるんだ! 同じ男だぞ!
[俺も男だ! 嘘じゃないぞ!]
[男は女の家畜じゃない! 目を覚ませ!]
[返事をしてくれ!]
全て、反応がなかった。
頭に来て、叩きつけるようにパソコンを閉じた。
次の日、俺はNFOにログインして、友人と語らっていた。
「というわけで、あいつは俺の言葉を全て無視したんだ。腹が立つ」
『セントー君でしょ? 大人気だからね。無視って言うより、気づかなかったんじゃない? キミのコメントだって、一瞬で流されちゃったでしょ?』
「確かにそうだ。すごい勢いでコメントが流れてたな」
この友人――志井は俺よりも10歳以上も年下の男だ。
学校に行っておらず、家に引きこもっているらしい。
賢明な判断だと思う。どうせ学校に行ったって、俺みたいに家庭をボロボロにされて、結婚を強要されるのだ。不幸が訪れることがわかっているのに、学校に通うなんてバカげている。志井の母は学校に通ってほしいらしいが、そんな選択は志井のためにはならない。
志井には、もし母親から強要されそうになったら俺を呼べと言ってある。たとえ知事が相手でも、権力には負けん。一歩足りとも退いてやるか。
『彼の動画は人気だからね。話が上手いとは言えないけど、親身に回答してくれるからファンも多いんだ』
「それが腹が立つんだ! あいつはきっと、女の愚かさがわかっていないんだ! 女どもは、男のためだと言いながら、寄ってたかって自分たちの言いなりになるように圧力をかけてくる! それで俺の母が入院したことは絶対に忘れないぞ!」
高校の頃、結婚を嫌がる俺をどうにかしようと、教師が何度も何度も母を呼びつけたことを思い出す。
思い出すだけで腹が立つ。
母が心労で倒れたというのに、仕方ないよねと言ってきた女どもの顔が今でも忘れられない。
『江井の言うことはわかるよ。キミほどじゃないけど、僕だって怖い目にあってるんだ。じゃなきゃ、こうやって引きこもってないさ』
「ああ。俺たちは女の本性を理解してる。でも、あの男はわかっていない。俺たちのように傷付く前に、教えてやらないといけないんだ!」
『江井は優しいね。会ったこともないのに、彼のためを思って怒ってるんだね。彼の雑談動画は見たんだろ? 歌は聞いてないの?」
「雑談動画の前に歌は聞いた。……まあ、上手かったな。そこは素直に素晴らしいと思ってる。特に絆はいい。心が震える歌というのを初めて聞いた気がする」
『キミが好きそうな歌だもんね』
「だからこそ、腹が立つんだ。あんな歌を歌えるヤツが、なぜ女に媚びを売る? しょせん俺たち男は、政府や女たちに生かされてるだけに過ぎない。犬と同じだ。だが心まで折れてしまえば、俺たちは本当に家畜になってしまうぞ! あいつはそれがわかっていないんだ!」
男が優遇されている、と言われてる。見せかけとはいえ、確かに法律上はそうだ。だが、これがいつまで続く? 明日に政府が男性の優遇措置をやめると言えば、俺たちはすぐに女の食い物にされる。
実際、政策の変更は俺たちにも影響してる。
少し前に決まった、男子学生の大学受験免除だってそうだ。
大学受験に失敗して、自殺する男性が毎年いることから、新たに始まったものだ。
こんなの俺には関係ない。それどころか、多くの男性が興味もないことだ。なのに、女性から不公平だと騒ぎ立てられている。
勝手に権利を拡充されて、なんで興味がない俺たちが批判されないといけないんだ。お前たちが勝手に決めたことで、どうして俺たちが気分を悪くしないといけないんだ!
政府は俺たちがどう思ってるかなんて考えない。そして、俺たちはそれに逆らえない。でも、だからこそ心までは言いなりになってはいけないんだ! もしそうなってしまえば、それはもはや人間ではない。江井という名の国の犬だ!
『まあ、確かにネット上とはいえ、あんなに女性に囲まれて平然としていられるのは理解できないね。僕は気持ち悪くてダメだったよ』
志井も以前、Vtuberとして活動を始めたことがあった。
もちろん、俺は止めた。
でも、このセントー君や、他の女性Vtuberがすごく楽しそうにしているから、どうしてもやってみたかったらしい。
そして、今は休止中だ。
「お前の動画のコメントも正直、見てられなかったぞ」
『だね。予想以上に変なコメントしか来なかったよね。あーあ、Vtuberって、おもしろそうに見えたんだけどな……』
「……落ち込むな。確かに誤った選択をしたかもしれないが、この経験はきっと何かの役に立つはずだ」
『ありがとう。キミは優しいな』
「優しくなんかあるか。俺はしょせん、あの学校の女連中と同類なんだ。いや、家畜な分、それ以下だな」
優しいと言われて、まず思い浮かぶのは母のことだ。一時期は入院した母だが、今は元気に仕事に復帰している。
母はあの件で、俺を責めることはなかった。
むしろ、これ以上、母に迷惑をかけまいと、俺が金持ちの女と結婚したことを後ろめたさを感じているようだ。出て行った女の事で悩むのは止めてほしいのだが、俺のことを真剣に考えてくれる母らしいとも思う。
妻とは初めこそ同居していたが、数年前から別居してる。もちろん、俺が追い出した。
『……奥さんと連絡は取れないの?』
「取るわけないだろ。俺が殴って、出てけと言ったんだ。なんで俺から連絡するんだ? 幸いなことに、あの女は家を出た後も、口座に入金を欠かさない。金にも困らないし、よけいな人間は家にいない。言うことなしだ」
本当に律儀な女だ。結婚してから数年は一緒にいたが、優しくしたことはない。嫌われてたって不思議じゃないのに、どうして金を入れてくれるんだろうか?
裕福な家庭の女だったが、それだけで、ここまでしてくれるものなのか。
気にはなるが、連絡なんて取れない。しょせん、考えても無駄な話だ。
思い出すことと言えば……あいつの料理は美味かった。それだけだ。
『そっか……』
「お前こそどうなんだ? お前の母親からは何も言われてないか?」
『特にはないかな。でも来年は選挙の時期だから、政敵に付け入る隙を見せないためにも、引きこもりを卒業するか、あるいは家から一歩も出ないか、どちらかにしてってお願いされた』
「つまり……いつもどおりか」
『そうだね。いつもどおりだよ』
「まあ、困ったら言え。俺がお前の母親に話をつけてやる」
志井は唯一の友だちで、話の通じる同じ男だ。俺が出来ることなら力を貸してやりたい。
『ありがと。そうだ、気分転換に世界のアソ〇大全でもやらない?』
「いいぞ。お前はアレが好きだなあ」
『NFOも好きだけど、アソ〇大全も楽しいからね。そう言えば知ってる? どっちのゲームも開発にはセントー君が絡んでるんだって』
セントー君ってどのセントー君だ?
さっきとは打って変わったジャンルだったので、そんなことを思ってしまった。
「どういうことだ? あいつはVtuberだろ。BGMを手掛けてるとかか?」
『それもあるみたいだけど、彼がそもそものネタを提供したらしいよ。ほら、NFOもアソ〇大全もこれまでなかったゲームでしょ? こんなゲームを作ったらどうかってセントー君が提案したんだって』
「そ、そうなのか。なんか、いまいち信じられないな」
NFOは1年くらい前に、無名の会社から発売されたゲームだ。当初こそ、ソシャゲの亜種と言われたNFOだが、やってみると全然違う。キャラよりも圧倒的にゲーム性に比重を置いたそのゲームは、ソシャゲに飽きてきていた層はもちろん、それまでゲームをプレイしたことのない人たちまでも魅了した。
世界のアソ〇大全は任○堂が出したゲームだ。それまでの任○堂が作ってきたマリオとは違い、誰でも知ってるトランプやボードゲームなどを集めた作品である。一人で遊ぶと単調だが、こうして友人と話しながらプレイすると、ちょうどいいアクセントになっておもしろい。
最近のゲーム業界は新しい作品を連発しているが、この2作は間違いなく名作である。それにVtuberが関わってると言われても、いまいちピンっとこないのだ。
『まあ、急にそんなこと言われもね。他にも僕の好きなUnde〇taleとかMoo〇、キミの好きなパラッパ〇ッパーもセントー君の肝入り作品だったらしいよ。歌やBGMは全て彼が担当したんだって』
「ほ、本当か!? 確かにこれまで聞いたことのない楽しい歌だったが……なるほど、あいつが作ったと言われたら、確かに納得できるな」
『真実はわからないけど、もし本当なら、彼のおかげですごく助けられたよね。NFOがなければ僕たちは出会ってなかっただろうし、Unde〇taleとかMoo〇がなければ僕は誰かと話そうともしなかったと思うよ』
「……俺だって同じだ。俺はもっと頑なな人間だ。パラッパ〇ッパーをやらなかったら、NFOなんてやろうとも思わなかったし、お前と話している様に、まともに話せるのは母しかいなかっただろうな」
楽しいゲームをやると気分が明るくなる。普通ならやらないことも、偶にはいいかなと思ってしまう。チャレンジを恐れない主人公のゲームをやると、偶にはなにか挑戦したくなる。俺はそんなノリでNFOを始めたが、志井も同じだった。
『パラッパ〇ッパーといえば、今度、派生作品が出るって噂だね』
「ああ。今、一番の楽しみはそれだな。何があっても、それをプレイするまでは死ねない」
『はは、大げさだなー』
「そんなことはない。それだけ楽しみにしてるってことだ。漫画やドラマに夢中になる女の気持ちが、ほんの少しだけ理解できた気がするな……」
『……ね』
あんなつまらない漫画やドラマも、女から見れば楽しくて仕方ない作品だったのだろうか。
今もわかりあえる気はしないが、好きなものに熱中してしまう気持ちはわかった。
「ううん、しかし、やっぱり次回作がどんなものか気になる。そういえば、お前は以前、セントー君を見かけたって言ってなかったか?」
あのときは興味もなかったので、空返事をしたのを覚えている。
『え、うん。見たよ。たぶん、あの人だと思う。家の窓から遠目に見たから、ハッキリとはわからないけど、特徴どおりの人だったから間違いないと思う』
「そうか、なら会いに行かないか?」
『ええ!? セントー君に!?』
「ああ。あいつに会えるなら、動画で伝えたかったことを直接、伝えられる。ついでに次回作の話も聞けるし、一石二鳥だ!」
『そ、それは……』
「お前の母親の選挙も来年だったな。今ならまだ、ちょっと外に出ても大丈夫だろ?」
『それはそうだけど……僕、引きこもりなんだけど』
「それは知ってる。でも、気にならないか?」
『そりゃあ気になるよ。でも……外は恐いって。僕が引きこもりになった理由は話したろ?』
「それは聞いたが……。頼む。正確な場所はお前しか知らないし、俺は土地勘がないからわからないんだ!」
『……わかったよ』
「よし! じゃあ早速、明日お前の家に行くから」
『明日!?』
善は急げだ。
どうせ約束なんてない人生だ。話のとおり、セントー君がゲーム開発に関わっているなら楽しい話が聞けそうだし、そうじゃなくても同じ男として、女の怖さを教えてやれる。
悪いことなんてないんだ。
男B
その日、付き合って数カ月になる彼女を殴った。
あいつが悪いんだ。オレが求めてもないのに、よくわからないヤツの歌を聞かせてくるから。
ネットで有名な、セントー君って男の歌らしい。
テレビでもときどき聞く名前だ。オレだって名前ぐらいは聞いたことがある。
あまりにも彼女がぐいぐいと勧めてくるから、仕方なく歌を聞く。
つまんねえ。
なにが優しさだよ。なにが愛しいだよ。
バカみてえ。
確かに歌は上手いと思う。でもそれ以上に腹が立つ。
こんな歌を歌うヤツにも。
こんな歌を、キラキラした顔でオレに聞かせてくるヤツにもだ。
気がついたら、彼女の顔を殴ってた。
あいつは泣いていた。いい気味だ。
オレよりも年上のくせに、バカなこと言うからこうなるんだ。
だけど怒りは収まらない。
「おい」
彼女の肩がビクッと震える。
「お前、この男がどこの学校に通ってるか知ってるんだよな。今から行くぞ」
気に入らない。
オレがこんなムカついてるのに、楽しそうに歌ってるこの男が気に入らない。
どうせ、男だから何もされないって思ってんだろ。
でも、オレも男だ。男が男とケンカしたって警察は出てこないぜ?
調子に乗るとどうなるか。オレが教えてやろう。
彼女が止めてきた。
「お前はどっちの味方なんだよ? いいから早くしろ! 行くぞ!」
家のドアを蹴破るように開ける。
「痛っ!」
勢い良く開けたドアが反動で戻ってきて、顔に直撃した。
イラッとしながらドアをどける。
ちょうど外にいた近所のババアが驚いたようにオレを見ていた。
「なに見てんだよ。あ゛っ!?」
ババアが慌てて視線を逸らした。
ったく、初めからそうしろよな!
ババアの態度に満足したオレは、意気揚々と歩き出す。
この辺のヤツらはみんなオレのヤバさを知ってる。
オレが通ると急いで物陰に隠れるし、慌てて子どもの目を塞ぐ。
そうだよな。子どもがオレみたいな不良になったら嫌だもんな。
オレには、それが気分が良い。
クソッタレな女どもに、オレがただの家畜じゃねえってことを、わからせてやれるからだ。
思わず、鼻歌でも歌いたくなる。最近YouTubeで聞いた曲だ。
移動手段はバイクですって曲だ。DOKONJOFINGERってバンドが歌ってる。とてもロックで格好良い。
女どもが歌ってる上っ面な曲じゃない。魂が込められた曲だ。
あいつも、オレに勧めるんだったら、こういうバンドが歌ってる曲にしろって話だ。
……それでも、あんな顔で紹介されたらムカつくかもしれないがな。
てか、あいつ、遅くねえか?
立ち止まって、後ろを確認する。
彼女が慌てて追ってきてた。遅えんだよ。
あん、何だよ?
え、方向が逆?
そういうのは早く言えよ!
男C
恐怖を感じたことは、これまでの人生で何度もあった。
中学生に入りたての頃、学校で人気だった女子の先輩に、体育館倉庫に連れ込まれたとき。
翌日、その話を聞いた同級生の目つきが変わったとき。
決して襲ってくることはなかったけど、不自然なまでに2人きりになろうと血走った目をした小学校以来の幼馴染の顔を見たとき。
学校内で僕の一挙手一投足が注目されていると感じたとき。
偶然、空き教室でクラスメートたちが髪をつかみ合ってケンカしているのを見たとき。
半年も頑張って学校に通っていた僕は偉いと思う。
ストレスで夕飯を戻したあと、事情に気づいた母が慌てて編入手続きを取ってくれたけど、もう、僕の心は折れていた。
新しい学校の制服に袖を通すこともなく、僕は引きこもりになった。
引きこもったおかげで、物理的に女の子から恐怖を感じることはなくなった。
でも、世界の情勢は、家にいながらも僕を不安にさせる。
直近で言えば、日本政府がアメリカやヨーロッパで使われてる興奮剤を認可したことだってそうだ。
日本政府は認可した興奮剤に中毒性はなく、体への影響も極めて少ないと言っている。だが、興奮剤が常用されているアメリカで、男性の平均死亡年齢60歳なんて言われてるのを知らないのかと思ってしまう。日本よりも20年は早い。
そしてアメリカでは、男性1人当たりの精子提供率が日本よりも高い。
これが意味することを考えると、恐ろしくて震えが走るくらいだ。
こんな事実に触れないで、害はないから安心しろって言われたって、どこに安心できる要素があるのか理解できない。
知事をやってる母から言わせると、なかなか勃ちづらい人への負担軽減が目的らしい。男性は精子バンクに協力しないと、生活するための補助金が手に入らないから、そういった人たちのために認可したらしい。
言ってることは尤もだ。でも、それが僕たちみたいな金に困ってない男には使われない保証はどこにあるんだろうか。
正直、友人である江井が怒るのも当然だと思った。
外とのやり取りを断ったって、こうして僕たちは追いつめられていく。先の見えない恐怖はいつも感じていた。
でも、こんな命の危険を感じる恐怖は今までなかった。
近づけば近づくほど、その異様さがわかる。
僕たちの何倍あるんだってくらいの体躯。
肩幅が大きい。筋肉が盛り上がっている。
ジャケットを着てても、その腕の太さは僕の首以上に大きいことがわかる。
くびれもない、筋肉に覆われているであろう胴回り。
やたらと大きな荷物を担いでも、ビクともしない下半身。
そして、その顔。
瞬きもせずに僕たちを見ている。
睨んでるわけじゃない。
僕たちに注目しながらも、どう処分しようか考えている顔だ。
圧がすごい。きっと、彼がその気になれば、一瞬で僕たちはバラバラにされるって思った。
まだ10メートル離れているけど、これ以上は近づけない。
……勝てるわけがない。
目の前にいる江井もそう思ってるのだろう。僕には背中しか見えないが、微動だにしない後ろ姿から、江井がどう感じているか容易に想像できる。
天気も昼間だっていうのに、不吉なくらい暗い雲がかかっている。まるで僕たちの未来を暗示してるかのようだ。
ふと、彼と会ったとツイッターで呟いてた女が[ただ座っているだけの彼を目の前にした瞬間、命を諦めた]なんて呟いてたのを思い出した。あのときは大げさだとバカにしたが、もし無事に帰ることができたらイイネボタンを押してやろうと思った。
僕らと彼の間、少し横に逸れたところには、頭を抱えてうずくまり、小刻みに震え続けている男がいる。男に目立った怪我はなさそうだけど、男は「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」とひたすら呟いてる。
その男と彼の間には、男を庇うように女が手を広げて立ちふさがっている。背中しか見えないが可哀想なくらい震えてる。でも、決して逃げる様子はない。
僕だって、うずくまって震えたい。今すぐに家に帰りたい。でも、江井は唯一の友だちなんだ。
江井を見捨てて逃げるなんてできない。
唯一の友だちとここで死ねるなら、悪くない人生だったんだろう。
すっごく死にたくないけど。
そう思っていたら江井が膝から崩れ落ちた。
なにがあった!? と江井に近づく。
江井に外傷はない。ただ、気を失っていた。
どうやら、あまりの恐怖に耐え切れなかったようだ。
ずるい。僕だってできるなら気絶したかった。
こんな状況で僕一人を残してどうしろって言うんだ。
いよいよ進退窮まって、おしっこが漏れそうになったころ、彼は何もなかったかのように背を向けた。
そして、そのまま歩き去っていった。
去っていく彼を、僕は息を止めて見送る。無駄な音は一切、立てたくなかった。
やがて彼の背中が小さくなって、慌てた呼吸が落ち着いてきたころに気がついた。
彼の側に女の子がいた。
金髪ツインテールの大人しそうな女の子だ。
ネットで、彼は身内にすごく甘いという噂があったことを思い出した。
どうやら僕たちは、最悪のタイミングで出会ってしまったようだ。
もう見えなくなった彼の方を見て、そう思った。
あれから1時間ほど経って、僕と江井、それと震えていた男と、その男を庇っていた彼女はファミレスの一角を陣取って、一息ついていた。
「なんだんだ、あの化物は……」
意識が戻った後も、しばらく呆然としていた江井が言った。
「なにってセントー君でしょ? あなたたちも彼に会いに来たんじゃないの?」
本来なら、見知らぬ女性がいることで僕もパニックになるのだが、それよりもショッキングな出会いがあったので、全然気にならない。
「やっぱり、アレがセントー君なのか……」
「知らなかったの? 彼の体格の良さって、けっこう有名だと思うんだけど」
「知らん。正直、殺されるかと思ったぞ」
「江井、気絶してたもんね」
「志井、うるさいぞ。ただ話に来ただけなのに、あんな目に遭うとは思わなかった……」
僕だってそうだ。どんな人かな? って少しワクワクしてたのに、結果がアレだ。
ショック……ではあるが、助かったという安堵感の方が大きい。
「セントー君には手を出しちゃダメだって。様子を見に行った人が必ず言う言葉が、あいつに手を出したら殺される、だからね。草むらの陰に黒い服着た人も隠れてたし、噂は本当だったんだ……」
「優子、オレ聞いてないぞ!」
「だって、あなた、私の話を聞かずに出て行ったじゃない。今日は休日だから学校休みじゃないかってことも、私は言ったよ」
震えていた男と、男を庇っていた女性は恋人関係らしかった。
彼女はとてもすごい。
アレを目の前にしても、逃げ出すどころか男を庇うなんて。正直、実際に見なければ信じられなかった。
「うう……それは確かに。しかもオレ、優子のこと殴っちゃったよな。……ごめん、優子。あんな化物からオレを庇ってくれたお前に、オレはなんてことを……!」
「いいのよ。これからは気をつけてね」
「ああ……! もう絶対にお前を殴ったりしないから!」
「うん。信じてる」
「うう……優子……!」
彼女にすがりつく男。彼女は優しく男を胸に引き寄せる。
「はいはい。大丈夫だからね」
背中に回した手で、男の背中をポンポンと叩いている。
なんだか、母を思い出した。
「まるで母親みたい……」
「ああ、そうですね。この人の母親って、あんまり子育てが好きじゃなかったから、近くに住んでる私が気にかけてたんですよ。ほら、年も6歳は離れてますし」
「そういう家庭があるとは聞く。でも、家政婦はいたんだろう?」
「はい。でもハズレを引いてしまったらしくて……。家事はちゃんとやってくれるようなんですが、それ以外のフォローはしない方だったんですよね」
「家政婦ガチャ……」
バカみたいな言葉だが、わりと使われる言葉だ。
政府の補助金を使って家政婦が雇われるが、家政婦の条件は家事ができることであって、男性に適切に対応できるかは含まれていない。
家政婦が責任を持つのは、家事や炊事、それと最低限の子守。それ以外は当然、親がやるもの、ということだ。
だから働かないといけない親にとっては、男性に対してどんな家政婦が来るかは大事だ。なかには、表に出さないけど男性嫌い、という人もいる。
家政婦選びはすごく難しいのだ。
「小さいころ、いつも寂しそうに1人で遊んでたんで、つい声かけちゃったんですよ。今考えると、幼いころとはいえ、ヘタすれば事案でしたね。ハハ」
いまだ泣きついてる男をあやしながら、彼女は懐かしそうに言った。
「そんなに長い付き合いなんだ。だから殴られても逃げなかったんだね」
「ビックリしましたけどね。ちょっと怒りのやり場が見つからなかっただけでしょうから。ほら、こうして反省してくれてますし」
「優子ー……」
「そろそろ泣き止んで。男の人と話せる滅多にない機会だよ」
そう言って彼女は、泣きついてる男の顔をハンカチで優しく拭い、椅子に座り直させた。
男の目は充血している。でも涙は止まっていた。
「……比井だ。よろしく」
ぶっきらぼうに名乗る彼に続いて、僕と江井も名乗った。
比井はポツポツと今日のことを話してくれた。
彼女にセントー君の歌を勧められたけど、比井はそういう曲調の歌は好きじゃなかったこと。DOKONJOFINGERみたいなロックな歌が好きなこと。彼女が別の男の曲をやたら褒めるのにイラッとしたこと。テレビで取り沙汰されるセントー君を見て、調子に乗ってると思ったことなどだ。
「なんというか……想像どおりというか、想像以下というか……」
「気持ちはわからなくはない。でもセントー君に八つ当たりしに行くのはちょっと……」
呆れたような江井の言葉に同意する。僕より年上だと思うのに、理由が単純すぎる。
まあ、江井もけっこう単純だけど……。
「うるせーよ。自分でもバカだったって思ってるよ。ちょっと頭に血がのぼったせいで、おかしくなってたんだよ」
先ほど彼女に謝っていたように、比井も話が通じない人ではない。
「もう、いいのか?」
「あれ見てケンカ売るバカはいねーよ。いるとしたら、ただの自殺志願者だ。もう、あいつとは関わんねーよ。あいつの動画に興味もねーしな」
「でもお前、DOKONJOFINGERシリーズが好きなんだよな?」
「いいんじゃないかな。作者と作品は別物。割り切って楽しむのは、セントー君もにっこりの対応だと思うよ」
「は? 何言ってんだ? DOKONJOFINGERは、あいつとは関係ねーだろ。あれは4人組の男性バンドだぜ?」
「え?」
「彼女さん?」
「……何度か説明しようとしたんですけど、その話になると、いつもDOKONJOFINGERはすげーぜって話になっちゃって……」
「なんだよ? 言いたいことがあるなら言えって」
江井に真実を教えてやった。
「え、DOKONJOFINGERって、あいつが歌ってるの!?」
「ちなみに、あなたが好きなレイ〇ン教授もセントー君が作ったらしいよ」
「え、あのゲーム作ったのも、あいつなの!?」
「まあ、アイデアを出したとか、プロデューサーをしてるって噂があるだけで、実際どうなっているかは、わからないんだけどな」
「てか、レイ〇ン教授が好きなんだ。似合わない……」
あれは、今あるゲームのなかで、最も頭を使うゲームと言っても過言じゃない。
けっして衝動的にボタンをポチポチしてクリア出来るゲームではない。
「うるせーな。あのゲームは崇高なんだよ。確かにオレはバカだけど、あのゲームのなぞなぞと真摯に向き合って、悩んで悩んで回答がわかったときの快感っていったらないぜ! この世のバカなことなんてどーでもよくなる!」
思った以上に入れ込んでるようだ。
「勉強とか、セントー君なんてのに関わる余力があるなら、あのゲームに全力を注ぎ込むべきだ!」
「でも、お前、セントー君に突撃したじゃないか」
江井が鋭く突っ込んだ。
「だってさ、もうやり尽くしちゃってさ……」
どうやら、やっぱりこの男はバカだったようだ。
「わかるぞ! 大好きなゲームが楽しく遊びまくってたら、もうやることがなくなったときの虚しさ! 日常生活にポカリと穴が空いてしまったような落ち着かなさ! それまでの情熱をどこに向ければいいのか、わからなくなる!」
バカがもう1人いた。
「そう、そうだよ! 江井って言ったよな。お前、わかってるじゃねーか!」
「どうにかして空虚を埋めたくて、別のゲームに手を出すけど、それが合わなければ、よけいに好きなゲームが恋しくなる!」
「それな! パラッパ〇ッパーって楽しそうだと思って買ったんだけど、いまいちノレなくてさー」
「は? なんだと貴様」
「2人とも熱くなってるねー」
まあ、好きなゲームを語れることは嬉しいよね。
自分の好きなゲームを語れる機会があると、ちょっとだけ饒舌になるのもわかる。
江井も僕と同じで、ゲームのことを語れる相手が他にいないから、嬉しくてしょうがないんだと思う。
好きなゲームをやり尽くしたからって、誰かに八つ当たりしにいくのは全く理解できないけど。
「志井って言ったよな。お前は好きなゲームはないのか?」
「僕はほら、アソ〇大全とか、NFOとか、ひたすら遊び続けるゲームが好きだから。ロスって感情は湧かないかな」
でもUnde〇taleとかMoo〇は好きだから、2人の気持ちも少しはわかる。
「アソ〇大全か……。いまいち楽しみ方がわからないんだよな。こいつはゲーム下手だからつまんないし」
比井は彼女を見る。
彼女はおどけたように肩をすくめるだけだった。
「それなら今から4人でやってみるか? 志井の家がここから近いだろ。これからみんなで志井の家に遊びに行けばいいんじゃないか?」
「マジか!?」
「ぼ、僕の家!? いやいや、汚いからダメだって! それに僕、引きこもりだよ!」
生活基盤が室内だけの生活が、どれだけ部屋を汚していくか理解してないのか?
「え、引きこもってねーじゃん」
「ああ、こうしてファミレスで一休みできてるんだ。お前はもう、立派に引きこもりを卒業できたさ」
「キミたちがセントー君にビビったせいで帰れなかったんだろ! 一人はブルブル震えてたし、もう一人は気絶してたじゃないか! それに家から出たのだって江井が無理に誘ったからだろ!」
「それは悪かったけどよー。正直、誰だってああなると思うぜ? それより、コントローラーは4つあるのか?」
ガタッと席を立つ比井。
「近くの電気屋に寄って行こう。ついでにつまみも買っていこう」
続いて江井も席を立って歩き始めた。
「ああ、もう! 決断早いな! 勝手に行くなよ!」
慌てて残ったジュースを飲み干す。
会計は江井がまとめてやってくれたみたいだ。さすが一番年上なだけはある。
ファミレスから出ると、さっきまでが嘘のように晴れ渡った青空。眩しくて目を細める。
こうして全身で日を浴びるのは久しぶりだ。
なんだか体が伸びていく感じがする。ついでに余計なものもカラッと払われてくようだ。
とても気分がいい。
先を進む薄情なヤツらを見る。
「たけのこの里は4つでいいか?」
「は? きのこの山だろーが!」
どうやら、何を買うか話しているようだ。
言い争いながら、江井、比井とその彼女の3人はドンドン進んでいく。
僕も急いで追いかけた。
「おい! アルフォートがないと許さないからな!」
久しぶりに走ったせいで足がもたつくが、そんなのは気にならない。
無理矢理うちに来ることが決まったのに、なぜか心はワクワクしてる。
中学生の頃に、クラスメートに押し通されたときとは違う。
僕自身も彼らとの時間を楽しみに感じている。
そんな不思議な出会いだった。
イメージ曲
絆-KIZUNA-(長渕剛)
移動手段はバイクです(DOKONJOFINGER)
前者は日本が誇る格好いいおっさんの歌です。「とんぼ」の方が圧倒的に有名ですけど、個人的にはこっちの歌詞や歌い方の方が刺さります。何年も経った今でも、たまに口ずさんだりしてます。
後者はもはや、この作品ではお馴染みのバンドから借りてます。最近、試聴開始された「OBENTO MAGNUM」もおすすめです。ぜひ、聞いてください。フルコンよゆーでしょっ。
テーマは「男性事情」と「ゲーム事情」についてでした。いつものように掲示板とか他のVの動画で描写してもよかったのですが、ついでに男性も入れよっかなと軽い気持ちで書きました。