(仮題)とある転生者の異文化体験   作:ピッピの助

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たくさんの感想ありがとうございます。全て拝見させていただいています。
「最後の一文で「⁉」ってなりましたよ。」 付き合いの浅いカップルなら別れ話になりかねない蛮行です。やっぱり美咲は寛大だなって。
「そういえばバンドリってサザエさん時空に突入っぽい感じになってるけどこっちはどうなるんだろ」 モニカのお花見がどうしても書けませんでした。るいるい……
「わかる。バンドリアニメ2期面白いよね。久しぶりにギスドリも見れたし、何より後半から最終回までの流れが最高だ。」 良質なギスドリのお手本でしたね。感情移入しまくりでした。
「香澄ちゃんみたいに悩みなさそうな子がファッションとか見た目とか女の子っぽいことで悩んでるの最高に性癖です。」 ギャップ萌え、いいですよね。そして言い方w
「自作曲として出した曲の本来の作曲者とか作詞者とかが存在するか探したエピソードとかあったっけ?」 ないですね。バンドリ要素以外はフレーバーです。
「二郎系も家系もない世界とな!? 健康的だなぁ!!(錯乱)」 フォーはとても体に優しい食べ物です(にっこり)。
「100日後に姫ちゃんに食べられる鹿」 ラストシーンは満開の桜道ですね。わかります。
「地を這う鹿ごときが大空を舞う白鳥に勝てるわけないよなぁ!(錯乱)」 たとえチートでイキっても、本物の輝きには勝てません。
「この小説を読むとゲームのストーリーをどんどん読みたくなります。」 ぜひ、どんどん読んでください。会話テンポも良いし、声が付くとキャラクターの魅力が倍増するので、原作が一番だと確信してます。
「唐突に現れた対象Fに草」 原作とは関係ないですけど、彼女の魅力が書ききれなかったのが悔しいです。原作とは関係ないですけど。
「もっとはやくに読めていれば…」 あと少しですが、お付き合いいただければ幸いです。
「女性側の感覚とか、あんまり見ない世界観なので平凡な貞操逆転世界という訳でもなく面白いです。」 このジャンルってエピソードは書きやすいんですけど、ストーリーが難しいです。他の作品ほど書ききれてないと思いますが、力を入れてる部分ですので、温かいお言葉はとても嬉しいです。ありがとうございます。
「聞いたらって所 誤字ってますよ」 ご連絡ありがとうございます。修正しました。
「風呂入って寝ます。いい夢が見れそうです。」 たとえ1日でも、誰かの気持ちを軽くできたのなら嬉しい限りです。風邪をひかないよう、温かくしてお休みください。
アメリカ関係の感想もありがとうございます。うっかりネタバレが怖いんで控えますが、すべて拝見させていただいています。


今回は、みんなが大好きな女装回です。心を込めて書きました。


19話

俺にとって“弦巻”という言葉は、愛しい人の名字であるが、警戒すべき名前でもある。

 

警戒と言っても、直接、何かアクションを起こされたわけではない。

 

あんな大財閥が、俺みたいな一般人にわざわざ接触してくることなんて普通はない。俺とこころが結婚の約束をしていることがバレなければ、彼女たちが出張ってくることはないんだ。

 

“弦巻”の俺に対する認識なんて、せいぜい、娘と一緒にバンドをやってるピアノが上手い男。その程度のものだろう。娘と仲は良いけど、その男には他に付き合っている子がいるし、彼女と変態行為を繰り返すし、有名芸能人(白鷺先輩)に暴言を吐きまくるクズだよね。それくらいの認識が望ましいのだ。

 

なぜ、“弦巻”と深く関わりたくないかといえば、それは色々ある。

 

婿という立場が、その家でのヒエラルキーの低さに直結することはわかってる。

 

だがその結果、どんな仕事をついでに押し付けられることになるか、わからないのだ。

 

なんの実績もない入婿だから、社長勢のように会社の幹部になることはありえないけど、その分、何をやらされるかわからない。

 

しょせん、一介のVtuberでしかない俺だ。ただの雑用なら御の字だが、男という性別を利用されて、面倒くさい案件の交渉役に回される可能性だってある。男相手専門の交渉役なんて真っ平ごめんだ。男=話が通じない、の方程式が成り立つ今世で、そんな仕事に就こうものなら、すぐにストレスでハゲるだろう。

 

それに、せっかく働かなくても生きていける環境、資産を手に入れたのに、また社畜に逆戻りなんて絶対に嫌だ。これはもう、ほんっとに嫌だ。

 

どのくらい嫌かと言えば、花音がいろいろ動いてくれてるのに、自分でも、ない頭を捻って、追加の策を考えてしまうくらいだ。

 

“弦巻”の責任とか俺には荷が重すぎるし、仕事に追われて余裕がない生活に戻るなんてマジで勘弁してほしい。

 

“弦巻”と深く関わりたくない理由は他にもある。“弦巻”の影響力は俺の人間関係にも影響しかねないのだ。

 

恋人がたくさんいる俺にとって、“弦巻”に主導権を握られることが、みんなとの幸せな未来を不確かにするのは、よくわかっている。

 

一夫多妻はしてもいい、であって、しなきゃいけない、ではない。

 

もちろん、政府が推奨してるので、世間的には歓迎されるだろう。当事者たちだって、心の内はともかくとして、体裁はしっかり取り繕うだろう。

 

だがこれが、大財閥の娘が相手ならどうか。一夫多妻に反対したって、あの家なら仕方ないって世間が納得する程の力を持った家だったら? しかも相手の男は一般人。

 

どう考えたって、“弦巻”側は一夫多妻をおもしろく思わないだろうし、それを隠さないだろう。

 

こころの家に遊びに行くとき、それとなく“弦巻”について意識を向けている。でも、当主は俺たちに顔を見せることはなく、屋敷にいることすら1回もなかった。

 

相手がどんな人か全くわからない。でも、誰もがわかるくらいの絶大な力を持っている。“弦巻”がどんな小さい動きをしても、こちらへの影響は計り知れない。だから本来なら、その動きを読んで、来る衝撃に備えないといけないのに、予備動作が全く見えない。

 

まるで、前後左右を爆弾の入った箱に囲まれていて、どこが爆発するのかビクビクしながら逃げ道を探しているのようなものだ。しかも、なんとか回避できても、逃げた先には次の爆弾が置いてあるというクソシステムだ。

 

“弦巻”との関わりを断てば、こんな悩みはなくなるだろう。でも、こころを諦めることは絶対にできない。

 

そこで花音とは別に俺が考えたのが、現当主の興味を失わせることだ。こころとの子どもはしっかり作って義務を果たすが、婿は取るに足らない男。会話をする価値もない男。そう思わせることだ。

 

希望的観測が強すぎるのはわかってる。でも、俺の頭じゃそれ以上は思いつかない。

 

俺が才能に満ち溢れた男だと勘違いされれば利用されることになるし、クズ過ぎる男となれば、こころとの結婚自体を反対される可能性がある。適度なクズがちょうどいい。

 

いや、俺はこころ達を一生大切にする気だけどね。傍から見て、こいつと関わったら娘が100%不幸になる。そう思われたらお終いだ。

 

そんなわけで、絶妙なバランスで綱渡りを続けないといけないんだ。正直、好き放題して生きてるので、上手くできてる気はあんまない。

 

でもやるしかない。その先にある未来のために、こころも花音も、これまでずっと耐えてきた。俺だって最後のラインだけは越えまいと頑張ってる。

 

だから、いくら海外との関係がマズい状況になったとしても、“弦巻”の力を借りることはできないんだ。

 

ここで“弦巻”の力を借りればどうなるか。

 

“弦巻”が俺に興味を持つようになり、完全に主導権を握られることになる。

 

俺に貸しを作った“弦巻”は、間違いなく俺を利用しようとする。俺とアメリカとの問題の大きさを見て、俺の利用価値をはかる。どう使えば利があるのか、計算を始めるのだろう。

 

同時に、俺はこころと一緒にはいられるが、花音や美咲との関係がどうなるかわからなくなる。まるで、当然の様に排除されてしまう可能性だってある。

 

そして貸しを作った俺は、それに強く反抗できなくなる。

 

本末転倒だ。

 

みんなとの幸せな生活を守るために、みんなとの幸せな生活の実現を不確かにする。そんなバカなことはごめんだ。

 

かと言って、妙案も浮かばない。

 

いざとなれば、俺はアメリカに行くことになるだろう。

 

そのとき、花音たちは付いてきてくれるのか。こころは付いてくることができるのか。

 

たぶん、花音も美咲も付いていくと言ってくれると思う。でも、本当にそれでいいのか?

 

2人とも日本に家族がいる。母親と可愛がってる妹だ。アメリカに行って俺と一緒に隔離されたら、もしかしたら家族とは2度と会えなくなるかもしれない。実際に、アメリカに移住した男と、元母国にいる妻が面会できた例はないって聞く。移住ならともかく、面会は難しいのではと思う。面会したヤツらが国に帰って、あることないこと喋り出す可能性を考えれば仕方ないことだ。

 

ハロハピのバンド活動もそうだ。こころ、花音、美咲が抜けたら、さすがにバンドは続けられないだろう。はぐみと薫先輩は仕方ないって言ってくれる気がするけど、それは俺が嫌だ。俺の大好きなハロハピが消えてしまうのは嫌だ……。

 

バンドが消えるといえば、ポピパだってそうだ。

 

有咲は絶対に付いてくると思う。そうなったらポピパは? 有咲の婆ちゃんは? 最近ずっと楽しそうな高校生活は?

 

俺と一緒に行くことで、好きな人たちの生活を、好きな人たちの大切なものを壊してしまう。

 

俺が彼女たちにそんな選択をさせてしまっていいのか。

 

考えたくもなかった、彼女たちを日本に置いていくという選択肢が、最も彼女たちを幸せにするんじゃないかって思ってしまう。

 

それが、俺を悩ませている。

 

……まあ、悩みすぎても仕方ない。まだ問題はどう転がるかわからないんだ。

 

よく言うだろ。最悪の事態を想定しつつ、楽観的に構えよう! って。

 

とりあえず今は、明日から始まる花女と羽女の文化祭を楽しみにしよう。

 

 

 

 

ポピパは去年の文化祭で5人そろったらしい。

 

実家の手伝いが忙しい沙綾ちゃんを、香澄がステージに引っ張り上げて、そこから5人のバンドが始まったのだとか。

 

だからポピパにとって、文化祭というのは大切なイベントだ。

 

たとえ数週間後に主催ライブが控えていても、この大切なイベントに、どうしても参加したかったらしい。

 

これだけ聞けば、感動的な話だ。ポピパは去年よりすごく演奏技術が上がってるし、メンバーの息もピッタリだ。去年の文化祭でポピパを見たきりの人がいたら、1年でこんなに成長したのかと驚くだろう。

 

ただ、問題が発生した。

 

開演前の激励に訪れた俺に、花園さんがステージに間に合わなそうだ、という情報が入ってきたのだ。

 

花園さんは主催ライブに向けた修行を行っている最中で、今は昔馴染みがいるバンドのサポートギターをしている。

 

そして文化祭当日の今日、そのバンドのライブが入ってしまったのだ。

 

予定ではギリギリ間に合う時間だったようだが、運悪くライブの開始が遅れて、今もまだアンコールに応えてる最中らしい。

 

ポピパのライブ開始時間はもう過ぎていて、今は合同文化祭記念バンドとして曲を披露した彩先輩が、惚れ惚れするような会話テクで場をつないでくれてる。

 

……たぶん、あと数分も持たないな。

 

花園さんがライブをしているdubから、文化祭ライブの会場である羽女までは、かなり距離がある。たとえタクシーを使っても、文化祭の終了までに到着するのは無理だ。

 

そう思って、花園さんを迎えに飛び出そうとしていた香澄を抑える。

 

「み、幹彦くん!?」

 

なんで止めるの? 香澄はそんな顔をするが、ここで行かせるわけにはいかない。

 

香澄までいなくなったら、さすがに手の打ちようがなくなる。

 

「さすがに間に合う距離じゃないって」

 

「で、でも!」

 

「このまま穴を開けるわけにはいかないだろ? 花園さんの代わりは俺がやる」

 

「え!?」

 

普通に考えれば無茶だろう。

 

一度も音を合わせたことがないのに、いきなり本番で演奏して、上手くいくはずがない。

 

「でも海堂くん、演奏できるの?」

 

だから、沙綾ちゃんが心配する気持ちもわかる。俺の担当はキーボードだからね。無謀な申し出に聞こえたんだろう。

 

でも大丈夫。ギターならそこそこ使えるから。俺のチートは伊達じゃない。

 

「そりゃあもち――」

 

「出来るに決まってんだろ! こいつを誰だと思ってんだよ!」

 

安心させようとした俺の言葉を有咲が遮った。

 

思わずステージを見てしまう。大丈夫だった。彩先輩がそれどころじゃないキョドり方をしてる。会場も彩先輩への温かい応援に夢中で、今の声に気づいた様子はない。

 

さすがです、彩先輩。できれば俺も客席から野次を飛ばして、慌てさせたかったです。

 

視線を戻せば、まだフリーズしてる面々。仕方ないな。

 

「……まあ、そういうことよ!」

 

胸を張って言った。

 

「有咲?」

 

「有咲ちゃん……」

 

「あ、あはは、ごめんね、実力を疑ってたわけじゃないんだ。私たち一度も合わせたことないし、出来るのかなーって思って」

 

我に返ったポピパが、驚いたように有咲を見た。

 

「それなら大丈夫。よく有咲の練習に付き合って弾いてるから。さすがに花園さんと同じにはできないけど、曲の形を保つくらいならできるさ」

 

連弾もいいけど、ギターでちょこちょこ合わせるのも良いよね。今日は新曲なしって言ってたから、たぶん大丈夫だ。

 

「さすが幹彦くん! 頼りになる!」

 

香澄からの賞賛が気持ちいい。

 

ノースリーブの衣装も似合ってる。ヘソチラもすっごく良い。さっきも可愛いって言ったけど、まだまだ言い足りない。でも今は我慢だ。

 

「いいよ、香澄には後でご褒美もらうから」

 

「ええ、私!?」

 

「そりゃあ、ポピパのリーダーだからな。責任を取らないと」

 

「……香澄、諦めろって。大人しく流れに身を任せた方が楽だぞ」

 

「有咲!?」

 

香澄の説得をする有咲。なんというか、背徳的な良さがある。

 

「それより、少しでも打ち合わせしたいんだけど」

 

妄想は膨らむけど、今はライブだ。

 

花園さんが間に合わないのは、もう割り切るしかない。

 

その上で、穴を開けたまま終えるのか、よくわからない男が代役で出てきたけど、見事に曲を演奏しきるのか。

 

どっちの方がマシかなんて考えるまでもない。

 

少しでもポピパに興味を持ってもらって、次はメンバーがそろった演奏を聞きたいと思わせる。

 

それが今日の俺の役割だ。

 

「うん、いいと思うよ。さすがに演奏を合わせる時間はないけど、確認はしたいよね。香澄ちゃん、行こ?」

 

少し意外だった。

 

まさか一番、大人しそうな牛込さんが、真っ先に返事をしてくれるなんて思わなかった。

 

彼女は今の状況を最も冷静に見てるんだろうなって思った。

 

「そ、そうだね、ご褒美について聞きたいけど……。うん、私も賛成だよ! エッチな幹彦くんは後回しにして、今はライブだよね!」

 

顔が真っ赤の香澄だが、今はライブ、と切り替えてくれた。

 

後は時間だ。どのくらい、準備に使えるか……。

 

そのとき、メガネを掛けた小柄な女の子が、ギターを背負ってステージへと走って行った。

 

「私、行ってきます!!」

 

「ロック!?」

 

ロック?

 

確か、Galaxyのスタッフの子だ。あの子も羽女の学生だったんだ。

 

女の子は彩先輩と代わった。どうやら、ギターで場をつなぐつもりらしい。

 

一人だけのギターでこの場を?

 

無謀に過ぎる。

 

驚いて、女の子を見る。女の子の必死の表情が見えた。彼女もこれが無茶なことだって理解しているのだろう。

 

でも、なんとかしたくて、無理を承知で出て行った。

 

そんな思いが伝わってきた。

 

「準備をしよう。あんな子一人に格好つけられて、俺が何もしないなんて、ありえない。少しでも精度を上げよう」

 

香澄、牛込さん、有咲、沙綾ちゃんが強く頷いてくれた。

 

「幹彦くん、あの子の後はあたし達がなんとかしておくから、準備はよろしくね!」

 

「さすがっす、日菜先輩。助かります」

 

羽女の生徒会長である日菜先輩が言ってくれた。

 

すごく頼もしい。普段はなにするかわからない日菜先輩だが、あらゆる面で実力は本物だ。彼女がなんとかするって言うなら、絶対になんとかしてくれるだろう。

 

「海堂さん……よろしくお願いします」

 

「もちろんです。燐子先輩のためにも頑張ります。無事に終わったら、ぜひ、お礼をさせてください」

 

まさかの燐子先輩から声をかけてくれた。感動した。

 

生徒会長という立場か、それとも生来の優しい彼女だからか、ポピパの危機をどうにかしたいと思ったのだろう。

 

全てが無事に終わったら、絶対にお礼をさせてもらおう。

 

「……なんか、あたしと違くない?」

 

「それじゃあ、準備してきます!」

 

時間はない。

 

ポピパと俺は、控室へと急いだ。

 

 

 

手早く準備を済ませ、簡単だが打ち合わせも行った。

 

俺は最後に用を足した後、ポピパが待っているステージ前へと急いだ。

 

その途中で、見知った愛しい顔を見つけた。

 

「お、美咲じゃん。応援しに来てくれたのか?」

 

紙袋を携えた美咲が立っていた。

 

この道は舞台袖へとつながる道だ。人通りもないし、たぶん俺を待っててくれたんだろう。

 

「うん。それもあるけど、あんたの衣装を持ってきた。さすがに私服でステージに上るわけにはいかないでしょ?」

 

「それもそうだな。美咲は気が利くなあ。で、衣装はどこにあるんだ? ハロハピで使ってるやつか?」

 

今の私服も悪くないと思うけど、確かに衣装があれば、ちょっと変わった代役って感じになる。

 

さすが美咲である。

 

「ここにあるじゃん、ほら」

 

そう言って、美咲は紙袋から羽女の制服を取り出した。

 

「…………は?」

 

「は? じゃないよ、時間がないんだから、呆けてないで着替えないと」

 

なにしてんのって感じで美咲が言ってきた。

 

「いやいやいや、おかしいだろ。なんで羽女の制服なんだよ。え、これ着ろってこと? 嘘だろ?」

 

「嘘じゃないって。ちゃんと一番大きなサイズを用意してきたんだから」

 

大きいサイズを用意した? だからなんだよ?

 

「いや、そういう問題じゃないから。なに? 美咲、彼氏を犯罪者にでもしたいの?」

 

「そんなつもりはないよ」

 

「そんなつもりはないって……これ、どう見ても俺に恨みがある仕打ちにしか見えないんだけど」

 

同い年の女の子の前で、女装をさらす? え、罰ゲーム以外の何物でもないんだが?

 

俺、さっき燐子先輩に、お願いしますって言われたんだけど? 女装した姿を見せるの?

 

「まあ、恨みはあるけどね。日頃から人前で抱きつくなって言ってるのに、こころ達の目を盗んではイタズラしてくるし」

 

「それは美咲が可愛いんだから仕方ないだろ。俺だって、美咲には遠慮してる方だぞ。花音とか有咲を見てみろって。街中でもR-15行為を連発してるぞ」

 

たまにやっても後ろから抱きついたり、軽いセクハラをするくらいだ。あの2人に比べたら、腕を組もうとしたら手が滑ってパイタッチした程度の取るに足らない内容だ。

 

「他にもあるよ。この前のデートで、ニンニクの匂いさせて来たでしょ。あれだけニンニクラーメンを食べたら近寄るなって言ったのに」

 

「それは……その、アレだよ。これから忙しくなるから、あの日を逃すと、しばらくラーメン作れなくなりそうだから、さ……」

 

まあ、確かに少し前に言われていたから、ニンニクが嫌いってのは知ってたけど、マスクをすればなんとかなるかなって思ってたんだよ。

 

まさか、匂いが服に染み付いてたとは思わなかったんだよ。

 

「それに、あたし達だけで充分だって言ったのに、すぐに戸山さんに手を出したじゃん」

 

「……ごめん。後悔はしてないけど、それはマジでごめん。あのときは3人に言った言葉は本気だった。嘘偽りのない気持ちだった。でも、ごめん」

 

これは何も言えない。

 

香澄と結ばれたことは幸せだけど、確かに美咲たちの期待を裏切ったところはある。何度だって謝るつもりだ。

 

「いいよ。つい言っちゃったけど、それに関しては、あんたを責めるつもりはないから」

 

「うん。ありがとな」

 

香澄との関係を報告したあと、美咲も盛大に呆れてたけど、最後には、戸山さんで良かったって言ってくれた。

 

申し訳ない気持ちと、感謝の気持ちで一杯だ。

 

今回だって、わかってくれた。持つべきものは優しい彼女だなって思う。

 

優しさばかりに甘えてられないから、今度なにかお礼をしたい。デートにしようか、プレゼントにしようか、落ち着いたら美咲に聞いてみよう。

 

「まあ、それはわかったけど、これは着てもらうからね」

 

「わかってねーじゃん!」

 

恨みマックスのままだろ! めっちゃ責めてるし!

 

そのとき、ポピパとの待ち合わせ場所の方向から、有咲が様子を伺いながら近づいてくるのが目に入った。どうやら話を聞いていたみたいだ。

 

「おい、有咲もなんとか言ってやってくれ!」

 

「あー……なんか、他のみんなも来てるらしいぞ。お披露目にはちょうどいいんじゃねーか?」

 

「よけいダメじゃねえか! ヤダよ、絶対に着ないからな」

 

有咲の言う“みんな”は、初期勢のことだ。まあ来るだろうなと思ってたけど、今はそんな情報は求めてない。

 

「そんなこと言わないでさ。せっかく白鷺先輩が頑張って手配してくれたんだから」

 

「うん。それを聞いても全く心が揺るがないな。……え、すぐ横? うわっ、白鷺先輩!」

 

美咲の説得する気がなさそうな話に応えていると、有咲が指を差した。そちらを見ると、すぐ隣に白鷺先輩が立っていた。もちろん、いつもの笑顔だ。

 

俺と美咲のやり取りを不思議に思う様子もない。間違いなく、どこかで話を聞いていたんだろう。

 

「うわって、ずいぶんな挨拶ね? 私がいたら、なにか都合の悪いことでもあるのかしら?」

 

「いや、別に白鷺先輩に含むところなんてないですよ。ただ、俺の顔と体型で羽女の制服を着たら、絶対におぞましい姿になると思うんです。ほら、ポピパの舞台を壊すわけにもいかないし」

 

男が舞台に上がるのだって、見ていて格好がつくから許せる話であって、見るにも耐えないヤツだったら、それはただの事故だ。

 

ポピパすごかったよね!(高揚) じゃなくて、ポピパの演奏に何かいたよね?(極寒) になる。

 

それじゃあ、俺が花園さんの代役として立つ意味がなくなってしまう。

 

……うん? 嫌な思い出を残さないって意味では有りなのか?

 

「そもそも部外者がステージに立つことがグレーな話よ。だから、少し無理をしてでも羽女の生徒として格好を整える必要があるの」

 

「まあ、たしかにそうですね。だから羽女の生徒のふりをする、そこまでわかります。でも、俺がこれ着たら一瞬で男ってバレますよ。なんなら舞台袖にいる準備委員っぽい生徒に止められると思います。いくら羽女、花女の生徒数が多いからって、上着が筋肉でパツンパツンになってて、丈が短くて腹筋まるだしで、スカートの下がすね毛に覆われてる人はいないでしょ。この格好、ファッションにうるさい人がいたらクレーム待ったなしですからね」

 

この上着を着てギターを演奏したら、たぶん途中で肩の辺りが破けるだろう。上が世紀末スタイルで、下はスカート。そんな生徒がいるなら見せてもらいたい。怖いもの見たさで興味があるわ。

 

「うふふ」

 

白鷺先輩はめっちゃ笑顔だった。

 

「うふふ、て……。そうだ、有咲はそんな悪ノリしないよな?」

 

普段、ストッパーをしてる美咲が俺への仕返しで敵に回っている。同じく白鷺先輩は言うまでもない。

 

なら、残る望みは有咲だけだ。有咲なら俺に恥をかかせることは、させないはずだ。

 

「……いや、さっきさ、お前に熱い視線を送ってた生徒が何人かいたんだよな。てっきり、みんなビビるかな て思ってたけど、意外と受け入れられてるみたいなんだよ」

 

まあ、慣れてきたんだろ。

 

去年も羽女の文化祭でお邪魔したことがあるから、数人は俺が無害だってわかってくれたんじゃないか? 今年も薫先輩の手伝いをしたし、有咲の生徒会の手伝いで花女から羽女までの荷物運びをするためにお邪魔したりもしたからな。

 

「……それで?」

 

「だから、その子たちに幻滅してもらうのも有りかなって思ってる」

 

「いやいや、ないから。俺、別に新しい子を増やすつもりないから。無用な心配だよ、それ」

 

話が飛躍しすぎだ。どうして怖がられてないが、好意を持たれてる、になるわけ? 熱い視線だってアレだよ、男に対する好意じゃなくて、動物園にいる珍しい動物を見る感じだって。今世に来てから、そういう視線はたくさん浴びてきたから、俺はわかるよ。

 

しかも幻滅させるために、俺、この格好するの? 俺へのダメージが大きすぎるだろ。

 

「香澄はどうなんだよ?」

 

「いや、香澄は違うだろ。確かに増やさないって言って、あまり時間が経たないうちに香澄と関係を持ったのは事実だ。でも、それは以前から交流があった結果であって、出会ってすぐベッドインしたわけじゃない」

 

「あまり時間が経ってないどころか、1週間も経ってなかっただろ」

 

「まあ、時間の感じ方は人それぞれだから……」

 

早いと思う人もいれば、遅いと思う人もいる。仕方ないね。

 

「埒が明かないわね。ちょっと私、麻弥ちゃんに連絡するわね」

 

白鷺先輩がスマホを操作し始めた。麻弥先輩は演劇の裏方の仕事があって羽女にいたはずだから、呼べばすぐに駆けつけてくれるだろう。

 

「止めましょうよ白鷺先輩。なんで麻弥先輩の名前が出てくるんですか。今は関係ないでしょ。いいからスマホを置いてください。……わかりました。何が望みですか?」

 

白鷺先輩がにっこりと笑って、羽女の制服を指さした。

 

「ああ、やっぱり、コレを着ろですか。そうですか。……いやあ、おもしろそうだって気持ちはわかるですけどね。俺にも失うものがありますから」

 

「そうかしら? あなたって、いつも好き放題やってるじゃない。体裁なんて気にしないでしょ?」

 

まるで俺の方がおかしなことを言ってるかのような口ぶり。思わず俺も、自分、なんか変なこと言ったっけ? って気になる。

 

「いやいや、美咲に有咲、香澄もそうだけど、こころや花音だって幻滅するかもしれないですから。こう見えても俺、格好悪すぎることは控えてますよ」

 

「お前に今更そんなこと言われてもな……」

 

「あんた、これでもかってくらい、格好悪いことしてきたでしょ」

 

お前ら、うるさいぞ。

 

そんなとき、綺麗な金髪の少女が俺たちの元へと近づいてくるのが目に入った。

 

こころだ。

 

「こころー、何か俺、女装させられそうなんだけどー」

 

「……女装? 制服を着るの? だったらあたし達、おそろいね!」

 

「ああ、うん……。でもさ、もっと別のところで、おそろっちしようぜ。明るいパンク調の服でそろえて、せかいのっびのびトレジャー! とか楽しそうだろ? てか、制服だけど羽女の制服だぞ?」

 

「それもいいわね! でもあたし、幹彦と同じ学校に通ってみたいって思ってたの。なんだか夢が叶う気分だわ! 薫と同じ制服なら、一緒の学校に通ってるのと同じよ!」

 

ものすごいキラキラした笑顔で、こころはそう言った。

 

美咲が、「いや、違うと思う」なんて言ってるのが聞こえるが、仕方ない。

 

しょせん俺も惚れた側だ。こんな笑顔で言われたら断れない。

 

「……OK、わかった。でもお前ら、言い出したからには幻滅すんなよ。中性的って言葉から縁遠い俺の女装が、どんなおぞましい姿になったとしても、絶対に逃したりしないからな」

 

コレを理由に離れていくことだけは絶対にさせない。言い出しっぺなんだから、コレに関しては責任を取ってもらう。

 

「やっと腹をくくったね」

 

「ずいぶん粘ったじゃねーか」

 

「これでみんな、おそろいね!」

 

ずいぶんな言いようだ。

 

美咲と有咲は後で覚えとけよ。

 

「もう少し早く決断してもらいわね。ちょっと時間をかけすぎよ」

 

「あ、白鷺先輩はお呼びじゃないんで、観客席へ向かって、どうぞ」

 

もうヤケだ。どうせ恥をかくなら好きにさせてもらう。

 

「なに? 私は仲間はずれにするつもり? ずいぶん冷たいのね」

 

動じる様子がない白鷺先輩が、再びスマホを手に取る。そして俺に見えるように、『麻弥ちゃん』と表示されたディスプレイの通話ボタンを押そうとする。

 

「だから、なんで麻弥先輩に連絡しようとするんですか! そんなやり方で後輩を脅して恥ずかしくないんですか! それならこっちだって花音を呼びますよ! なんなら薫先輩だって呼びますから!」

 

スマホを取り出して、白鷺先輩に見せつける。

 

白鷺先輩の動きがパタリと止まった。

 

「……花音と薫は関係ないんじゃないかしら?」

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

 

いつもの重い圧が来た。でも、絶対に引かない。ここで麻弥先輩に連絡を取られるのなら、格好悪くたって2人に泣きついてやる。

 

少しの間のあと、白鷺先輩はスマホをしまった。

 

「そうそう。お互いにケンカは止めましょう。このまま続けても、きっとどちらも無意味に傷付くだけですから」

 

「もういいわよ。それより、早く着替えないと時間がないわよ」

 

「わかってます。もう着ますよ。着ればいいんでしょ。もう面倒くさいんで、ここで着替えますね。時間もないし」

 

この道は舞台袖へと続く道だから、関係者以外は通らない。見知らぬ人にギョッとされる心配はないだろう。

 

「あ、あなた! ここで脱ぐの!?」

 

「はい。もうロゼリアの演奏が終わりますよ。控室に戻ってる時間はないですって」

 

このやり取りでだいぶ時間が押してるはず。みんなのおかげで、ここまで場が整ったのに、遅れるのは嫌だ。

 

「し、下着が見えるじゃない!」

 

「はあ? トランクスが見えるってことですか?」

 

別に男が下着を見られたからってなんだというのだ。ああ、男が少ないから、そういう場面を見る機会がなかったってことか。

 

そう思って白鷺先輩を見る。白鷺先輩は初めて見る真っ赤な顔をして、焦っていた。

 

……少し、気分が高揚した。

 

上は私服、下はトランクス一丁の姿で、白鷺先輩に向かって仁王立ちする。

 

「別に男が下着を見られたって恥ずかしくないですよ。白鷺先輩、ほら、よく見てください。恥ずかしいところなんてないですから。ほら!」

 

「ば、バカじゃないの!!」

 

白鷺先輩がそう言うと、赤い顔をしたまま背を向けて、しゃがみ込んでしまった。

 

思わず楽しくなってしまって、仁王立ちのまま笑みを浮かべてしまう。

 

「ふん、たわいもない。しょせん、こじらせた処女なんて、この程度よ。これに懲りたら俺に突っかかってくるのは止めるんだな!」

 

俺がピアノ業界を引退した後、父さんが楽しそうに主催者側を追い詰めていたのを思い出した。

 

なるほど、これは確かに気持ちいい。

 

俺は、ここぞとばかりに追い打ちをかけようと、さらに一歩、踏み込んだ。

 

そのとき、ピピッという電子音が聞こえた。

 

「有咲、なんでスマホこっち向けてんだよ」

 

「いや、下着姿でアイドルに迫ってたけど、初期勢的にアウトだから、みんなに送ろうかなって」

 

冷たい目をして、動画を回している有咲。

 

楽しい気分が一瞬吹き飛んだ。

 

「や、やめろ! 女装以上に面倒くさいことになるだろ!」

 

「うーん、でも、さすがに今のはなー」

 

慌てて、白鷺先輩を放っておいて、有咲に向き直る。

 

有咲は、そんな姿もバッチリ撮り続ける。

 

「み、幹彦くん。千聖ちゃんに何をしてるの?」

 

花音がいた。

 

「か、花音! いつからそこに!? いや、違うんだって! 別に白鷺先輩に迫ったりしてないから!」

 

端から見れば、白鷺先輩に襲いかかった挙句、その現場を彼女(有咲)に抑えられて、慌てて言い訳する彼氏の図だ。

 

しかも彼氏は下半身パンいち。

 

「有咲ー、幹彦くーん! そろそろ時間だよ……え!? な、なにしてるの? もしかして、さっきのご褒美!? 今なの!?」

 

「香澄、お前、このタイミングで入って来んのかよ!? 違うって、本番前なのにおっ始めようとしてないから。ご褒美は今度でいいんだって!」

 

今度は香澄だ。

 

香澄は混乱しつつも、赤い顔で「えっと、流れ、だったよね。……私も脱がないとダメ?」とか言ってる。

 

「ああ、香澄からそんな言葉が出るとはな。なんか複雑……」

 

「だって、有咲が言ったんじゃん!」

 

「ここ、あたしの学校の生徒もたくさんいるんだけど。なに? あんた、あたしの明日からの学校生活をぶち壊すつもりなの?」

 

「海堂くん、覚えておきなさいよ……!」

 

「ふえぇ……もう時間ないよ。これが終わったら好きなだけしてあげるから、今は我慢しよ……ね?」

 

「幹彦、さすがにここじゃあマズいと思うわ」

 

「香澄ー、有咲と海堂くんは見つかった? ……え、何してんの!?」

 

やいのやいのと騒ぐみんなに、下はトランクス一丁で立ちすくむ俺。会場内からアンコールの声が漏れている。あと1曲で、ロゼリアは引き上げてくるだろう。

 

「ああ、もう着替えるから! 着替えるからお前ら、どっか行け!!」

 

もはや考える時間なんてない。急いで俺は制服に着替えた。

 

 

 

その後のことは、あまり思い出したくない。

 

舞台袖の姿見で、予想どおりの出来栄えをチラ見した俺は、無の境地で舞台に上がって、見事、花園さんの代役を勤めきった。

 

観客席の一角で、見覚えのある女性らが演奏そっちのけで笑い転げていたことだけ伝えておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、幹彦が悩んでいる。

 

原因はわかってる。思っていた以上に大きくなった海外の問題だ。

 

セントー君の歌を詐欺に使ってたバカがいて、それを初期勢が抑えたら、初期勢が犯行予告を受けた。怒ったセントー君が海外との縁切りをして、それでお終い、となるはずだった。でも、ここでアメリカ政府が出てきた。

 

セントー君としては初期勢を守るために海外を切ったのに、海外からは切った理由を説明しろと出頭を命じられる。

 

自分勝手も甚だしくて、当然、無視するべき話なんだけど、アメリカ政府が出てきた以上、それだけで終わるとも思えない。

 

幹彦はそんな、個人にとっては大き過ぎる問題を抱えている。

 

私たちといるときは、いつものように振舞っているけど、ふと一人の時間ができると、静かに考え込んでいるのを知っている。

 

というか、奥沢さんも花音先輩も気づいてる。でも、あいつが言わないから、こっちからは話さない。みんなで、たとえどんな結末になっても、幹彦に付いていこうと決意するのが精一杯だ。

 

なにか幹彦のためにできることはないか、そう考えるけど、何も案は出てこない。時間だけが過ぎていく。

 

そんなこともあるので、幹彦の話には敏感になっている。

 

文化祭ライブにおたえが間に合わなくて、ギターがいない! ってなった時に、幹彦が手伝いを申し出てくれた。そのとき、幹彦の力を疑問に思った沙綾に怒鳴ってしまったのだって、きっとピリピリしてたからなんだろう。

 

まあ、おたえにモヤモヤした気持ちを抱いてたのも事実だけどさ。

 

でも、このままは良くないよな。

 

「沙綾、怒鳴って悪かった」

 

ロックが時間稼ぎにステージへ飛び出した後、私たちは控室へ戻ることにした。

 

その途中、先を進む幹彦、香澄、りみの後ろで、私は沙綾に話しかけた。

 

「いいよ。私も有咲が海堂くん好き好きなのを忘れたし」

 

沙綾はあっけらかんとした様子で、返してくれた。

 

「……からかうなよ」

 

「本当のことじゃん。それより頑張ろう。海堂くんの言うとおり、ここで演奏に穴を開けたら、おたえが悲しむよ」

 

おたえには言いたいことがたくさんある。

 

私たちの主催ライブのために修行したいと言ってくれたことは嬉しい。でも、それに夢中になって、ポピパのライブに出演できないってどういうことなんだ?

 

ポピパが大切って言ってたのに、幼馴染とのライブを選ぶのか?

 

ごちゃごちゃとした考えが浮かんでくる。

 

これはマズい。せっかく幹彦が気を使ってくれたのに、私が引きずるわけにはいかない。

 

「ああ、おたえが悔しがるくらいに会場を盛り上げてやらないとな」

 

「うん。その意気、その意気。……なんだか、少しポピパらしくなってきたね。海堂くんのおかげかな?」

 

「そうかもしれないけど、本人には言わなくていいぞ。お礼は今度、香澄がたっぷりするから」

 

幹彦が香澄に手を出したことは、正直に言えば、ああ、やっぱりな、て感じだった。

 

ガルパの始めの頃から香澄の歌を褒めてたし、香澄みたいなタイプが好みのはずだから、ついに時が来たかって感じだ。むしろ今になって思えば、去年の焼き芋パーティーで香澄に視線をやらなかったのは、気になりすぎた裏返しだったのか、とすら思う。

 

まあ、手を出したタイミングはどうかと思うけどな。

 

「あ、あはは……それはそれで申し訳ない気もするな。でも有咲はいいの?」

 

「なに言ってんだよ。私はどうせ強制参加だよ」

 

「そ、そうなんだ」

 

そもそも香澄を一人で向かわせるなんて、見捨てるのと同じことだ。付き合って1カ月も経たない香澄に、そんな酷なことはさせられない。

 

「ここ最近は文化祭の準備で相手できなかったから、花音先輩と奥沢さんに救援に来てもらわないとマズいかもな……あれ?」

 

少し遠くの方で、知ってる姿を見つけた。

 

「美咲だね。なんかすっごい笑顔だね。なに持ってるんだろ?」

 

「白鷺先輩もいるな。あれは……羽女の制服か?」

 

2人で羽女の制服を広げて、何やら話し込んでいる。

 

「有咲ー、沙綾ー、早くこっち来てよー」

 

奥沢さんと白鷺先輩を見ていたら、香澄たちに遅れてしまった。

 

「ああ、すぐ行くー! 沙綾、行こう」

 

「そうだね。なんだか、すっごく気になるけど、今はライブが優先だね」

 

ライブは絶対に成功させる。色々あるけど、それはライブが無事に終わってからだ。

 

私たちは控室へと急いだ。

 

 

 

わかってはいたけど、その姿は酷いものだった。何も知らずに舞台袖で私たちを待っていた、りみどころか、事情を説明した沙綾までが驚いて言葉が出なくなる始末。

 

結果的に弦巻さんの一言で決まったことだが、我ながら、なんというクリーチャーの誕生に協力してしまったのかと、後悔の念がよぎった。

 

幹彦は、りみと沙綾の顔を見て、次に舞台袖の姿見を見て、正面を向く。その目に光はなかった。

 

声をかけるべきかと悩む。

 

しかし、ちょうどロゼリアの曲が終わった。

 

もう文化祭終了まで時間がない。入れ替わるようにステージへ上がらないと、曲を演奏しきることができない。

 

幹彦には後で精一杯の償いをすることを心に決め、香澄、沙綾、りみへと視線を向ける。

 

「しっかりしろよ。この姿を吹き飛ばすくらいの演奏をしないと失敗するぞ! 私たちの全力を披露する。いいな?」

 

「う、うん! もちろんだよ!」

 

「そ、そうだね! おたえちゃんのためにも失敗できないよね!」

 

「自分たちで首を締めてるような気がするけど……やるしかないよね!」

 

いける。私たちのテンションは上々だ。決して、横にいるクリーチャーから目を逸らしたいわけではない。

 

「香澄! 掛け声!」

 

「うん!」

 

「「「「ポピパ! ピポパ! ポピパパピポパ!!」」」」

 

「……ぱー」

 

「よっしゃ、行くぞー!」

 

生気のない声を放っておいて、帰ってくるロゼリアに代わるように歩き出した。

 

不幸中の幸いというか、幹彦の姿は一つの成果をもたらした。

 

うっかりしていたけど、ロゼリアに氷川先輩がいたのだ。

 

自他ともに、超が付くほど風紀に厳しい先輩だ。

 

たとえ、おたえが間に合わない状況でも、部外者がステージに乱入することは絶対に許さないだろう。

 

だから本来であれば、幹彦の参加は、氷川先輩が気づいた時点で止められていたはずだ。

 

しかし、このクリーチャースタイルが功を奏した。

 

明るいステージから、暗い舞台袖に移ると、どうしても目が暗さに慣れるまで時間がかかる。

 

ポピパが向かってくるのはわかっただろうけど、ギターを用意できたのか、という安堵感しかなかったはずだ。

 

だから一番後ろの、影かと思ってた物体が人だと気づくのが遅くなったし、ようやく気づいたときには、その姿で思考が停止して、意識が戻った時にはポピパは既にステージで準備を終えていた。

 

それでも氷川先輩が止めようとしていたのが目に入ったけど、僅差で沙綾のドラムが音を鳴らす。演奏の始まりだった。

 

 

 

結果を言えば、ライブは大成功だった。

 

ざわつく場内に、笑い転げる見知った顔、何が起きてるかわからないといった顔のアフターグロウの面々に、ちょっと違うかしら? と首を傾げる弦巻さん。いつもの笑顔だけど、目尻に涙が浮かんでる白鷺先輩。ドン引きしてる奥沢さん(コレ、お前の彼氏だからな)。

 

到底、ライブを始める空気ではない。

 

でも、そんな状況を想定していた私たちは怯まない。

 

こんな状況でも、楽しい演奏をしてみせる!

 

みんな、その一心で、全力で音を鳴らす。

 

死んだ顔をしていた幹彦も、演奏が始まれば切り替わる。

 

おたえに負けないどころか、幹彦のギターの音が、どんどん香澄の声を盛り上げる。それに釣られて、私たちの音も弾けていく。最高の演奏だった。

 

時間がないため、MCを挟まずに曲を続けて演奏する。

 

全て、歌い切るころには、お客さんは総立ちになって、会場が大きな拍手で溢れた。

 

すごい一体感だった。

 

唯一、見知った顔のヤツらが、目に涙を浮かべて、辛うじて立ち上がって拍手をする姿だけが違和感だった。

 

幹彦の様子を伺う。

 

相変わらず目に光はないが、拍手を受けるその姿は、少しだけ憑き物が落ちたような気がした。

 

その姿を見て、これならもしかしてと思った

 

私でも力になれることがあるかもしれない。

 

そう思った。




非公開のサブタイトルは“花園EX”です。
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