(仮題)とある転生者の異文化体験 作:ピッピの助
2021年1月10日に初めの部分を17.8話(松原花音視点)として分割しました。
「うーん、やっぱり、なんか違うわね」
こころちゃんが珍しく困り顔して、言った。
文化祭ライブでポピパのたえちゃんが遅刻により出演できなくなり、代わりに幹彦くんがステージに立った。慣れないギターを背負っての登場だったが、目を引くのはそこではない。
なんと羽丘女子学園の制服を着ていたのだ。
明らかにサイズが合っていない。ブレザーが七分丈みたいになってるし、前のボタンはしてないのに(できない)、服が限界までパンパンに伸びて、幹彦くんの体に張り付いている。しかも気のせいじゃなければ、肩の縫い目が破れてる気がする。あのまま演奏したら、きっと途中で腕の部分が破れ落ちちゃうんじゃないかな?
ブレザーの下のYシャツも、第一ボタンどころか、第二ボタンまで開いていて、次のボタンが今にもはじけ飛びそうだ。幹彦くんは胴回りもがっしりしてるから、シャツがこれでもかってくらい横に引っ張られて、丈が徐々に上がっていってる。今はおへそより少しだけ上の位置だ。
下はスカートだった。ここはもう、言うまでもないよね……。
愛しい彼氏だけど、その格好だけはいただけない。似合う似合わないじゃなくて、警察沙汰かどうかというレベルの姿だ。
幹彦くんが必死に抵抗していたみたいだけど、きっとこうなるって、わかっていたのだろう。
「美咲と千聖に演劇部が持っている予備の制服を貸してほしいと言われたが、こういうことだったんだね」
「幹彦くん、すっごい格好してるねー」
「いやあ、アレはないですね。ここまで酷くなるとは……」
「み、美咲ちゃんが幹彦くんに制服を持って行ったんだよね?」
確かに酷い格好だけど、美咲ちゃんはそんなこと言っちゃダメだと思う。
「ちょっとした仕返しと、ライブ成立のための仕掛けと、純粋な興味の結果ですよ。あと、市ヶ谷さん曰く、幹彦に好意的な視線を向ける生徒がいるらしいです」
そういえば、幹彦くんと一緒に文化祭を回ったけど、確かに好意的な視線はあった気がする。
あこちゃんのクラスの出し物のSESSION CAFEで、幹彦くんと私とあこちゃんでセッションしたんだけど、人集りがすごかったしね。
一番、熱い視線を送っていたのは明日香ちゃんだった気もするけど……。
「ああ、もしかしたら演劇部の子かもしれないね。幹彦にはたくさん手を貸してもらったから、感謝しているんだろう。今回の文化祭だって、幹彦に手伝ってもらったしね」
「みたいですね。市ヶ谷さん的には、よく知らない女性が増えるのは嫌なんで、これで夢から覚めてもらおうってことらしいです」
夢から覚めても、幹彦くんは格好いい人だと思うけど、あまり幹彦くんのことを知らない人があの姿を見たら、ちょっと避けちゃうよね。
ザワつく場内を他所に、ステージ上ではポピパのみんなが粛々と準備を進める。
いち早く準備を終わらせた幹彦くんは、悲しげな一人立ちで会場中の視線を一身に浴びている。
私たちは、その姿を立見席から眺めている。
自分でやったことなのに引いてる美咲ちゃん。
珍しい姿の幹彦くんに、なんであんな格好をしているのか純粋に不思議に思ってる、はぐみちゃん。
あの佇まいには儚さを感じる……、と感動している薫さん。
こころちゃんは幹彦くんから目を離して、私の隣りにいた。
「幹彦は男の人なんだから、やっぱり男の人用の制服を着ないとダメね!」
「うん。男性用に作った制服なら、花咲川の制服の色合いでも似合うと思うよ」
「そうよね! なにもスカートを履かなくたって、同じ感じの制服だったら、おそろいに見えるわよね!」
「いいかもね。それなら幹彦くんも喜んで着てくれると思うな」
「今度、黒服の人に言って作ってもらいましょう! 花音や美咲、はぐみたちがいて、幹彦がいるなんて最高よ! これで薫とミッシェルがいれば言うことなしだわ!」
「そ、そうだね。ミッシェルなら……頼めば着てくれるかもしれないね」
「今度お願いしてみましょう! あたし、すっごく楽しみだわ! 一緒の学校に通えたら、みんなでたくさん楽しいことをするのよ!」
1年以上前の、あの出会いの告白――こころちゃんのプロポーズに今にも返事をしようとする幹彦くんを止めたあと、私たちは近くの喫茶店へと場所を変えた。
そして、そこで私は幹彦くんに告白した。私もあなたのことが好きですって。
幹彦くんは戸惑いながらも、私の告白を断ろうとしたけど、こころちゃんは乗り気だった。そして、こころちゃんが3人でお付き合いすることに賛成だったから、幹彦くんも折れた。
あのとき、なんでこころちゃんが賛成だったのかわからなかった。でも、そこで深く理由を聞いて、こころちゃんが心変わりするのが怖かったから聞けなかった。
でも、今ならわかる。
こころちゃんは居場所を探していたんだ。
楽しいことを共有できる人がいる、自分の居場所を。
幹彦くんはこころちゃんの大切な人。でも、私もこころちゃんにとっては大切なんだと思う。
たった1回の演奏を共にしただけの私だけど、こころちゃんは私と、これからも楽しいことを共有したいと思ってくれた。だから、あんな無茶なお願いだって聞き入れてくれた。
私が幹彦くんの側を譲れない場所と決めたのと同じように、こころちゃんは幹彦くんと私がいるココを譲れない場所と決めてくれた。
それなら、その場所を守りたいという気持ちは痛いくらいにわかる。
「私も、こころちゃんといると楽しいよ」
「あたしも花音と一緒にいて楽しいわ」
こころちゃんは、ニッコリと笑ってくれた。
もちろん、受け入れてくれた恩もある。
でも、それを抜きにしてもハロハピは楽しい。自分一人じゃできないことも、ハロハピのみんなと一緒なら初められるし、挑戦できる。
みんなと一緒にいるのが楽しくて、みんなと一緒になにかに挑戦することがおもしろい。いつの間にか、私はハロハピ以外の人に対しても、前向きに接することができるようになったと思う。
この文化祭ライブに合同記念バンドとして参加することだって、ハロハピに出会う前の私だったら絶対にできなかった。
彩ちゃん、リサちゃん、モカちゃん、つぐみちゃん。みんな仲が良い子たちだけど、前の私なら応援するのが精一杯だった。それを挑戦しようと決意できたのは、自分が成長しているのかなって思う。
もしあの日、あのまま2人が思いを伝え合うのを傍観していたら、きっと私は辛くなって、ハロハピに入ることはできなかった。
そうしたら、こうやって文化祭ライブに出ることも、みんなで一緒に幹彦くんたちを応援することもなかったのかもしれない。
IFの話だけど、そんなの考えたくもない。少しだけ身震いがする体を抑えて、悪い考えを頭の隅へと追いやった。
「そう言えば、有咲は他の人を増やしたくないって言ってるみたいだけど、幹彦の彼女の数はもう大丈夫なの?」
「うん。今、知り合ってる人で十分かな」
美咲ちゃんも有咲ちゃんも幹彦くんのことなら、たとえ相手が“弦巻”だって引かないだろう。まだ予定だけど、リサちゃんも芯が強いから、私たちの力になってくれると思う。ずっと気になってた香澄ちゃんとも関係を持てたみたいだし、後ははぐみちゃんと薫さんが来てくれれば言うことなしかな。
「そう、それなら良かったわ!」
私が幹彦くんと一緒にいるために始めた苦肉の策だったけど、実は千聖ちゃんの案だったりする。
誰から出た話か言ってしまうと、千聖ちゃんの営業妨害になってしまうみたいだから、情報源は口外禁止。心の中で千聖ちゃん計画と呼んでいるそれは、その名の通り、私のお友達の千聖ちゃんから聞いた話だ。
千聖ちゃんは昔から子役として芸能界で活躍している女優さんで、高校に入って知り合ったお友達だ。千聖ちゃんは芸能界で色んな男の人を見てきて、男の人を嫌っている。でも、男の人と付き合うことには一家言を持っていて、前にそれを聞いたことがある。
男の人はすごくワガママで子どものような人だから、一人の女性が男の人と付き合うのは、大きな子どもの面倒を急に見ることになったのと同じ。女性ひとりで子どもの面倒を見るのは疲れるけど、複数の女性がいれば、その数だけ一人の負担が減っていく、というものだ。
もちろん、幹彦くんと、千聖ちゃんが話していた話は違う。幹彦くんは手に負えないような男の人じゃない。
この話で重要なのは、分散できるのは女性への負担だけじゃないってこと。
1人の女性が持つ、後ろ盾の影響力も分散させるのだ。
こころちゃんと私の中じゃ、こころちゃんが一番なのは納得してる。私は横恋慕が叶った奇跡的な立ち位置にいるだけだから、こころちゃんが一番じゃなければ、むしろ落ち着かない。
でも、こころちゃんは“弦巻”だ。
男嫌いで知られている“弦巻”が、娘と恋仲になった男の人が、他の子にも手を出していると知ったら、どう思うか。どう考えたって、よく思われないだろう。
気に入らないとなれば、男の人を攻撃するか、男の人が手を出した他の子を攻撃する。男の人を攻撃しようとすれば、娘が反発するはず。そうなれば攻撃されるのは男の人が付き合ってる他の子だ。
これが私に対する嫌がらせなら我慢できる。私はそれだけのことを、こころちゃんにしてしまったから、その報いなら大人しく受け入れるべきだと思ってる。
でも、それが幹彦くんと離されるようなことなら我慢できない。幹彦くんとこころちゃん、2人の人生を変えてまでも欲しかった場所だ。絶対にここだけは譲れない。
とはいえ、私1人ではなにもできない。できるとしたら幹彦くんに助けてもらうことだけど、幹彦くんは本来、こころちゃんと一緒になりたかったのだ。こういう関係になったんだから、きっと私のことも守ってくれるけど、“弦巻”にあの手この手で策を打たれたら、いずれは心変わりしてしまうことがあるかもしれない。
だからこそ、この千聖ちゃんの手しかないと思った。
人を増やして、単純な力関係になるのを阻止する。“弦巻”が私を離そうとしても、美咲ちゃんや有咲ちゃんが阻止しようと動く。逆に2人のどちらかが離されそうになれば、もう1人と私がそれを阻止する。彼女が多くなり、三角から四角、五角、六角と増えていけば丸に近づいて、一角を取り除くことが難しくなる。
そういう計画だった。
私は初めて幹彦くんと一夜を共にした夜に、私が思っていることを全て、包み隠さず幹彦くんに伝えた。こころちゃんと幹彦くんと私が一緒にいるために、幹彦くんに協力して欲しいと伝えた。
幹彦くんは少し考えたあとに、笑ってくれた。そして、こころにも全て話さないとな、と言ってくれた。
そんな打算で始まった計画だったけど、出会う人に恵まれて、これ以上ないくらいの形になってきた。
こころちゃんに許可されたあと、元から女の子が大好きだった幹彦くんは、まるで免罪符を得たかのように気持ちを切り替えた。そしてすぐに、その後に出会った美咲ちゃんに手を出したのだ。
美咲ちゃんは男の人を冷めた目で見る人だから、幹彦くんにも素っ気ない感じだった。でも幹彦くんが仲良くなるために話しかけていくうちに、すっかり情が湧いてしまったみたい。美咲ちゃんも付き合うなら幹彦くんしかいないって思ったようで、すぐに2人は結ばれた。
こんな優良物件、他にいないですよって言ってたから、軽い気持ちで結ばれたのかなって思ってる。サバサバしてる感じは2人らしい。今では時折ドロドロしてる気がするけど。
幹彦くんは、その後も有咲ちゃんとお付き合いして、最近は香澄ちゃんとも結ばれた。はぐみちゃんと薫さんは、いつかはそうなるって期待してるし、美咲ちゃんが言うには、リサちゃんは確定らしい。
みんな個性的だけど、良い人ばかりだ。これならきっと、私たちが“弦巻”に言われるがままに離れ離れにされることはないと思う。
「こころちゃんに私、美咲ちゃん、有咲ちゃん、香澄ちゃん。これだけで、もう大所帯になっちゃうね」
「いいじゃない! みんな、あたしのお友達よ!」
「うん。みんなで仲良く過ごせたらいいよね」
「ええ! きっと、とっってもハッピーな毎日になると思うの!」
「私もそう思うな。……こころちゃん、まだ我慢できそう?」
「私たちの約束のためだもの! もうちょっとなら平気よ!」
「も、もうちょっとなんだ……」
「あと1カ月が限界だって思ってちょうだい。それまで幹彦が我慢するようなら、あたしの負けね。花音は大丈夫そう? あの作戦は上手くいきそう?」
「……うん。絶対に大丈夫とは言えないけど、最低限の人はそろってるし、みんな良い人ばかりだから、きっと大丈夫。……だからね、こころちゃん……」
「なにかしら?」
「我慢できなくなったときは、気にしなくて大丈夫だよ。そこからは私が恩返しする番なんだから」
「そう……それなら良かったわ! あら、そろそろ演奏が始まるわね」
「本当だ。楽しみだね」
「ええ!」
私のワガママでこころちゃんには、すごい迷惑をかけてる。
こころちゃんに迷惑をかけたことを考えれば、それこそ両手じゃ足りないくらいだけど、一生、頭が上がらないんじゃないかって程の恩が3つはある。
1つ目は私を受け入れてくれたこと。
2つ目は私のワガママで、こうやって幹彦くんの彼女を増やしていること。
最後の3つ目は、相思相愛である幹彦くんとこころちゃんの仲を我慢してくれていること。
演奏が始まる直前、あの日の続きを思い出した。
“弦巻”に3人が離れ離れにさせないために千聖ちゃん計画を実行する必要がある。
でも、人が揃う前に“弦巻”に動かれれば、そこで勝負は付いてしまう。
だから、“弦巻”が動き出すのを抑える必要があった。
そのために、こころちゃんには幹彦くんとの関係を隠すようにお願いした。
もう大丈夫って思えるその日まで、こころちゃんにとって、幹彦くんは大好きなバンド活動のメンバーの1人。すっごく仲が良いけど、恋人未満。そうでなければいけない。
こころちゃんは快諾した
でも、幹彦くんは強く難色を示した。
私と付き合うことも、他の女の子に手を出すことも受け入れてくれた。でも、こころちゃんとの関係を偽ることは納得できない。そんなことを言われた。
当然だ。幹彦くんは私のことも可愛いって言ってくれるけど、元はこころちゃんと付き合いたかったはず。あのとき私が止めなければ、きっと2人は結婚を誓い合って、順調に関係を進めていただろう。
それを私が邪魔をして、挙句にこころちゃんと恋人同士になったらマズいって言っている。
本当、自分勝手で嫌になる。
でも最後はこころちゃんに負けて、受け入れた。
幹彦くんはこころちゃんに弱い。本当の意味で惚れた弱みというのか、こころちゃんが望むことはなんだってしてあげたいと思ってる。こころちゃんが無理なことを言っても、幹彦くんにできることなら、出来る限り叶えようとする。この文化祭ライブの女装だって、こころちゃんに言われたから決心したはず。
幹彦くんは何度もこころちゃんに、本当にそれでいいのかって確認した。こころちゃんは、3人で一緒にいるためなら、少しの間くらい我慢するわ、と言っていた。
何度か繰り返し問いかけた後、幹彦くんが折れた。
それでも、最後にもう1度だけ幹彦くんがこころちゃんに確認した。
「だって、幹彦と花音と一緒にいるためには、そうした方がいいんでしょ? それなら私も我慢するわ……」
私はバカだ。何でもないように許してくれるから、こころちゃんを勘違いしていた。これが辛くないわけがない。ちょっと考えればわかるはずだった。
なのに上手く話が進むから、つい浮かれてしまった。
とにかく謝ろうと口を開いたそのとき、幹彦くんがこころちゃんに話しかけた。
「……こころ。じゃあ、我慢できなくなった方が負けな」
「負け?」
こころちゃんが首を傾げながら聞き返した。
「ああ。負けた方は勝った方に毎日、愛の告白をするってのはどうだ?」
「……! 素敵ね! 賛成よ!」
こころちゃんが、パッと笑顔になった。
会って間もないのに見慣れてしまった顔だ。でも笑顔でこそ、こころちゃんって感じがする。
「ああ、だから……いつでも我慢できなくなっても良いんだからな」
笑いながらも、少しだけ真面目な声で幹彦くんが言った。
「わかったわ! でも、あたしは負けないわよ!」
「はは。俺も負ける気ないよ。絶対に毎日、こころの方から愛してるって言わせてみせるから」
「ん~~~! すっごく楽しみね! 幹彦も我慢できなくなったら、すぐにあたしのところへ来てちょうだい!」
あんな無茶なお願いを、まるでゲームのように2人は話す。お互いに、我慢できなくてもいいよと笑い合っている。とてもお似合いの2人だと思った。
それを悔しいなって気持ちもある。でも、申し訳なさの方が大きい。
「2人ともごめんね……私、ワガママばっかりで……」
「いいんですよ。こころとの話もまとまりましたし、それに俺、仕事しなくていいなら、したくないですから。弦巻の責任とか取らないでいいなら、それに越したことはないですよ」
「そうなの?」
「そうなの。俺はこころを幸せにすることだけ責任取りたい。」
「幹彦は仕方ない人ね」
そんなところも好きで好きでしょうがない。こころちゃんの顔からは、そんな気持ちが読み取れた。
「我慢できなくなりそう?」
「今のじゃ、ならないわ。ねえ、花音?」
「ふ、ふぇぇ……さ、さっきの方が格好良かったかな?」
優しく笑いかけてくれるところとか、キーボードを前に佇んでいるときの集中している顔とか、すっごく格好良かった。
「そっか、じゃあ作戦を練らないとなー。グッと来る格好いいセリフの方がいいかなー」
「期待してるわ!」
そう言って2人は笑い合う。私も申し訳なさで、ぎこちない笑みを浮かべる。
「松原さん、いつまで我慢すればいい?」
「人がある程度、増えるまで。……あ、でも、その人の人柄も大切だよ。この関係を維持しようと考えない人だと、逆効果になるかも……」
「人を増やさないと行けないけど、誰かれ構わず増やせばいいってわけでもないか」
「難しい……かな?」
「難しくはないですよ。当然のことを確認するだけなので、むしろ絶対にやらないといけないことですしね。ただ、時間はかかるかな」
「あたし、そんなに長くは我慢できないかもしれないわ」
「どのくらい?」
「そうね、いちね……ダメよ。教えないわ」
「惜しい。でも大体わかったぞ」
「あたしだけなんて、ずるいわ。幹彦はどのくらい我慢できるの?」
「俺も1年って言いたいけど、どうだろう? もしかしたら1月ももたないかも」
「1月なんてすぐじゃない。もう少し我慢しないと競争にならないわ」
「言ったな。それじゃあ1年。なんとか1年は我慢する」
「いいわね! じゃあ1年経って、そこからが本番ね!」
「俺は優しいから、こころが途中で我慢できなくなっても優しく受け止めるからな」
「あら、あたしだって幹彦が我慢できなくなったら、なんだってしてあげるわ」
「え、マジ?」
「マジよ。でも我慢するなら何もしてあげないわ」
「ヤバい、我慢できそうにない……」
「ええ。いつでも待ってるわ」
楽しそうな2人につられて私も笑ってしまう。今度は自然に溢れる笑みだった。
2人はそんな私を見て、更に笑みを深くした。
「じゃあ、それまでは……」
不満が消えた幹彦くん。
「ええ、どちらかが我慢できなくなるまでは……」
不安が消えた、こころちゃん。
「このことは……私たち、3人だけの……秘密だよ」
その2人に不満と不安を与えた私。でも、一縷(いちる)の望みに希望を抱く私。
どうなるかは、わからない。でも、3人一緒にいる方法はコレしか思い浮かばない。
だから、このまま進むしかない。
「秘密……! 良いわね! あたし、こういうのは初めてだわ!」
「他の人には知られたらダメだよ。こころちゃんのお母さんにも、あの黒服の人たちにも」
チラリと少し遠くの席に座る黒服の人を見る。
動きはない。静かにこちらを見守っているが、慌てた様子はない。声は聞こえてないんだろう。
「ええ! お母様にも内緒にするわ! 幹彦、花音、なにか暗号を決めましょう! 3人で秘密のやり取りをするの!」
「うん、悪くないな。秘密っぽいし、上手くいけば良い連絡手段になる」
「でしょう! 他の人にバレたら負け! これも競争よ!」
「私も……絶対に、誰にも漏らさないから。約束、ね?」
お母さんにも、妹にも、お友達にだって絶対に漏らさない。少なくとも、もう大丈夫って思えるまでは、絶対に……。
以下、別話として投稿しようとした花音デートです。文字数制限で投稿できなかったので、こちらへ書いておきます。ただのポエムです。
今日はひと駅向こうのカフェに行く約束だ。
学校帰りに待ち合わせをして、青葉若葉の並木道を幹彦くんと2人、手を繋いで歩く。
会話はあったりなかったり。
雨上がりの香りが温かい。
時折、おもしろそうなものを見つけては、2人で立ち止まって、小さく笑い合う。
今日は、ハロハピみたいな昼顔を見つけた。
ぽんぽんぽんと、6つの花が咲いている。時折、風に吹かれては、楽しそうに揺れて、お互いの体をぶつけ合う。
はぐみがいた、はぐみちゃんはそっちだよ。それは薫先輩、薫さんはあっちじゃない? これは花音、うん、私だね。
時間なんて気にしない、なんでもない、いつもの日々。
ずっと、こうしていたいな。
それはきっと、幹彦くんも同じはず。
不思議な人だけど、この時間だけは、私は幹彦くんの最大の理解者だ。
いろんなものから開放された時間。
私の一番、幸せな時間。
でも、今日は少しだけ違う。
幹彦くんに僅かな陰りが見えた。
いつもなら、悩みなんて消えてしまうのに、今日は違った。拭い切れないほどのものが、幹彦くんの中にある。
でも、私にはどうすることもできない。
繋いだ手をギュッと握る。私の思いが届くように。
幹彦くんが私を見る。
私も幹彦くんを見る。
2人で同時に笑ってしまう。
落ち着いたころ、幹彦くんの陰りは少しだけ薄くなっていた。
どちらかともなく、歩き始めた。
今はこれでいい。ほんの少しでも、幹彦くんの重荷が軽くなったから、それでいい。
どんなことになっても、私は幹彦くんの側にいる。それが伝わったから、それでいい。