(仮題)とある転生者の異文化体験 作:ピッピの助
アメリカとの例の事件が終わってから1月ほど経った。
俺は1人、Circleの控室でライブ開始時間を待っていた。
そんなときに軽快なノックの後、お客さんがやってきた。リサ先輩たち、ロゼリアだった。
簡単に挨拶を交わしたあと、リサ先輩が控室を軽く見渡して言った。
「あれ、幹彦ひとり? 他のメンバーは?」
「会場にこころの母親が来てるんで、みんなで挨拶に行ってますよ。実はハロハピメンバーと弦巻家当主が会うのって初めてなんですよね」
今日はお母様が来てるのよ! そう言って、こころが飛び出して、みんな後を追っていった。花音なんて、珍しく険しい顔をして付いて行った。
「幹彦は行かなくていいの?」
「俺はもう何度も話したことがありますから。それに控室を空にするわけにはいきません」
おかげで、楽しみにしてた会場視察は今日は中止だ。まあ、見に行ったら行ったで、面倒くさいことになるのは目に見えているから、今日に限ってはこれでいいんだろう。
「そっか。そだ、はいコレ。差し入れのクッキーね!」
「おお、ありがとうございます。リサ先輩のクッキーは美味しいから楽しみです」
狂犬も和らぐ今井印のクッキーは、俺もすごく好きだ。リサ先輩の料理はなんでも美味いから嬉しい。
「喜んでくれて嬉しいよ! ……それじゃあアタシたちは会場に向かうね」
「もう行くんですか?」
「うん。本番前の時間を邪魔できないって。差し入れだけ渡したいなって思っただけだから」
別にゆっくりしてくれても良いんだけど、ロゼリアは演奏前は静かに集中するバンドみたいだから、俺にも同じように気を使ってくれているのだろう。
先輩からの気づかいだし、ここは素直に言うとおりにしよう。
「あの……頑張ってください」
「ありがとうございます。燐子先輩、今度、前に言ってたお礼させてくださいね」
「文化祭ライブについては、風紀委員として言いたいことがありますが、それは今度にしましょう。海堂さん、ライブ開催おめでとうございます」
「いや、文化祭ライブの話を蒸し返すのは止めましょう。本当に反省してるんで、これ以上は勘弁してください……」
「幹彦くん、頑張ってね!」
「あこちゃんもありがとう。また遊びに行こうな」
「世界一と呼ばれる、あなたの歌……ようやく直接、聞くことができるのね。期待しているわ」
「はは、世界一かはわからないですけどね。でもきっと、退屈はさせません」
湊先輩が声をかけ終わると、ロゼリアのみんなはスッと去って行った。
後を濁さぬ立ち居振る舞い。本当にクールな人たちだと思う。
「お邪魔しまーす。アフターグロウでーす」
独特なリズムのノックで青葉さんたち、アフターグロウが入ってきた。
「お、青葉さんたちも来てくれたんだ」
「せっかくお誘いいただきましたからー。それはもう、第一優先で駆けつけましたよー」
「はは、それは嬉しいな。ありがとね」
どこまで本気かわからない青葉さんだけど、実際にこうして来てくれたのは嬉しい。
「ハロハピ、なんか会場で騒いでたけど大丈夫なの?」
青葉さんの隣にいる美竹さんが、ツイッと視線を逸らしながら言った。
「まあ、たぶん。あと5分経っても戻ってこなかったら探しに行くよ」
「一応、あたしからも声かけとくよ」
「美竹さん、ありがと」
「……いいよ、ついでだし。じゃあ、頑張ってね」
「もちろん。楽しんでって」
ロゼリアと同じく、俺の顔を見ると一安心したような顔して言った。色々と突っ込みたいところはあるが、ハロハピがいつも好き放題やってるところを見られてるので、心配だったのかもしれない。
さしずめ何を仕出かすかわからないバンド、とでも思われてるのだろう。
まあ、気持ちはわかる。
「海堂くん、また花音さんとお店に来てね。今日は応援してるよ!」
「羽沢さん、いつも賑やかにしてごめんね。悪いと思うんだけど、羽沢珈琲店はおもしろい人たちが集まるから、ついね」
「頑張れよ。ライブが無事に終わったら、今度、美味いラーメン食べに行こうぜ。最近、良い店を見つけたんだよ」
「マジ? 俺、ラーメンにはちょっとうるさいよ。楽しみにしてる」
「幹彦くん、頑張ってね! 終わった後にツイートできないのは残念だけど、その分、全力で応援するから!」
「ひまりちゃん、本当にありがとう。今度、良ければ宇田川さんと3人でラーメン屋に行こう」
「えー、あたしはー?」
「もちろん、青葉さんも一緒に行こう。アフターグロウと絡むことって、あんまりなかったから交流も兼ねてね」
ひまりちゃんとのデートにならないのは残念だけど、ハロハピも呼んで、みんなでラーメンを食べに行くのは楽しそうだ。
先に出て行った美竹さんを除いて、アフターグロウは笑顔で去って行った。
あんまり接点がない子が多いのに、こうして仲良くしてくれるのは嬉しいものだ。
社交辞令じゃなくて、本当に一緒にラーメンでも食べに行って、交流を深めたいと思う。こうして一緒に食事ができるってのも、やっぱりすごいことだと思うしね。
「こんにちはー……あ、幹彦くん!」
「彩先輩。それにパスパレのみんなも」
トントンとノックの後、彩先輩たちがひょっこりと顔を出した。
「えへへ、応援に来たよ」
「ありがとうございます。今日はなんだか千客万来ですね。わざわざお集まりいただいて、ありがとうございます」
「今日は畏まる日なのね」
「今日はそういう日ですから」
なんたって、パスパレをお客さんとして招いている側だ。今日くらいは白鷺先輩の皮肉にも寛容でいるつもりだ。
「まあ、そうね」
「ふ、2人とも、今日はケンカは……」
彩先輩が恐る恐る声をかけてきた。
「しませんよ。白鷺先輩とはいつもこんな感じじゃないですか。別に仲が悪いわけじゃないですよ」
「ええ、そのとおりよ。それより彼は大丈夫そうだし、会場に行きましょうか。もうすぐ開演だから、あまり彼の時間を拘束してるのもマズいわ」
まさかパスパレにまで危なっかしいと思われてるのかと驚いたが、どうやら時間の問題だった。時計を見れば、開演15分前。
ああ、そりゃあ気を使うわな。
「あ、そうだね。それじゃあ幹彦くん、頑張ってね!」
「彩先輩、ありがとうございます。頑張ります」
「今日はるんってする演奏を期待してるよ!」
「それくらい朝飯前ですよ。るるるんっくらいは、いけるはずです」
「師匠! ご健闘をお祈り申し上げます!」
「うむ、弟子よ、ご苦労である。正直、もう免許皆伝でも良いかなって気はするけど、素直に気持ちは受け取っておくよ」
「アフターグロウが会場のハロハピに声をかけるって言ってたので、もうじき来ると思いますよ。演奏、楽しみにしてます!」
「麻弥先輩。今度、一緒に楽器屋に行きましょう。気になる機材が入荷したらしいんで、良かったら解説をお願いします」
この1年ですっかり場慣れしたのか、彩先輩たちはこなれた様子で去って行った。
なんだか1年前のガルパで緊張しっぱなしだったパスパレが懐かしい。文化祭では満足に楽しめなかったし、なんかまた無茶振りしたいなって思う。まあ、今日は出演はないから、気楽に構えてるだけなのかもしれないけど。
「幹彦くん、いるー?」
「お、香澄たち。入っておいで」
景気のいいノックの後、ポピパが元気よく入ってきた。
「お邪魔しまーす。あれ? ハロハピは?」
「今こっちに向かってるところ。それより応援に来てくれたんだよな。ありがとな」
「えへへ、楽しいライブだもん。当然、駆けつけるよ。ほら、有咲」
香澄に促されて、後ろの方にいた有咲が前に出てきた。顔が少し赤い。
「……これ、公演祝いの花」
綺麗だけど、可愛らしさのある花束だった。
「おお、マジか。ありがとう!」
「あの、エントランスに飾ってある豪華な花に比べたら大したことねーけどな」
「あれは、金が余ってるヤツらが面白半分で買ったものだから気にするなって。ポピパのみんなが選んでくれたことが嬉しいよ」
さっきだって、ここは赤色の花が良かったとか、もう少し束に厚みが合ったほうが全体の調和がとか、ライブのイメージ的にも明るい色のほうがとか、みんなで花束の品評をしてた。
ライブのためってのもあるけど、基本的にはあいつらが楽しむためのものだから、放っておいていいんだよ。帰りに持ち帰らせるつもりだし。
ポピパからもらった花束は俺が家に持って帰ろうと思う。
「ふ、ふーん、そっか」
「そうそう。お礼は今度たっぷりするから」
「ば、バカヤロー! 沙綾たちの前でそういう話はすんな! からかわれるのは私なんだからな!」
「ごめんごめん。嬉しくてつい……」
付き合って1年経つのに、相変わらず有咲は照れ屋だ。その反応がおもしろいから、ついつい、こういう言葉を選んでしまう。でも、やっぱり反応が良いね。
「ふんっ、もう行くからな!」
「え、もう!? 幹彦くん、それじゃあ頑張ってね! ……有咲ー、待ってよー!」
香澄が有咲をパタパタと追いかけていった。
「騒がしくしてごめんね。私たちも応援してるから頑張って。もう開演しちゃうけど、差し入れのパン。良かったら食べて」
「山吹ベーカリーのパンは俺も好きだよ。あとで、みんなと一緒に食べるよ。ありがとう」
「海堂くん、頑張ってね」
「牛込さんもありがとう。前のライブじゃあ、何か気を使わせちゃってごめんね」
「幹彦、今度一緒にセッションしようね。幹彦がギターも上手いって聞いて、一度やってみたいと思ってたんだ」
「夏休み中に一度やってみようか。ポピパの練習日を教えてくれたら、ギターを持って有咲んちの蔵に乗り込むよ」
最後に出て行った花園さんが、笑顔で手を振りながら去って行った。
うん、やっぱり綺麗な子だよな。何気ない仕草が様になる。
ポピパのイベント事には何度も乗り込んでるけど、練習に顔を出しことはなかったな。一緒に練習したら楽しいと思うのになんでだろう。なんか損した気分だ。この夏は有咲の婆ちゃんに挨拶を兼ねて、必ず顔を出そう。
「幹彦ー! 戻ったわよ!」
「遅いぞ、こころー」
愛しのメンバー達がバタバタと控室へ雪崩れ込んできた。
「あら、ごめんなさい。お母様との話がつい長引いちゃって」
「こころんちのお母さん、すっごい格好良かったよー!」
「正に、女傑といった風貌だったね。しかし佇まいには儚さも感じたよ……」
「薫さんにも全く動じないところはすごいって思いましたよ。弦巻家当主はやっぱり肝が据わってますね」
「……すごかったよね」
相手の感触を思い出すように、難しい顔をする花音。
「花音、大丈夫そうだったろ?」
「……うん。あの感じだったら、きっと大丈夫……だと思う」
「お前たちは誰1人として離さないって伝えてあるから大丈夫だよ。後は俺に任せとけ」
「……うん。そうするね」
花音はちょっとだけ寂しそうな顔をした。
「でも、悩むことがあったら相談させてくれ。俺だけじゃあ見落とすこともあるだろうしさ」
「……! うん!」
たとえ例の計画が終わったとしても、俺は花音のことを頼りにしてるさ。これからもずっとな。
そんな気持ちが伝わるといいなと思う。いや今度はっきりと伝えよう。これまでのお礼にデートに誘って、感謝の気持ちもたくさん伝えたい。
でも、今はとりあえずライブだ。
「さて、みんなが戻ってきてくれて嬉しいけど、もう時間だ」
「あら、もう?」
「もう、だよ。こころ達、ずっと会場にいるんだもんなー」
ガルパのみんなが激励に来てくれたから退屈しなかったけど、1人でポツンと待っていたら寂しかっただろうよ。
「ごめんなさい。今度たっぷりお詫びをさせてもらうわね!」
「楽しみにしてる」
にこ×にこ=ハイパースマイルパワーの衣装が気になってるから、今度はそれを着てもらおう。
頭の中のこころが、パトカーの上に乗って決めポーズをしてる。
「でも今日はこの後、お披露目パーティーがあるからダメよ!」
「そっちは楽しみじゃない……」
頭の中のこころが、パトカーに乗り込んで去って行った。笑顔パトロール隊の出動かな……。
「諦めなって。なんかすっごい会場が用意されてるらしいよ。主役のあんたが不在は絶対に通らないから」
「だよな……」
「こころちゃんの家のパーティーって、現役の大臣さんとかが来るんだよね……」
「気のせいですよ、花音さん。気のせいということにしておきましょう」
以前の記憶を思い出して恐々とする花音と、現実逃避をする美咲。2人も準主役だから、その大臣に挨拶される立場なんだけど……まあ、いいか。
「また、みんなで歌いましょうね! きっと、すっごくハッピーになると思うわ!」
「はぐみも楽しみ! 今日も美味しいものが、たくさん出るんだよね!」
「ええ! はぐみと幹彦が好きなお肉料理も出るわよ!」
「……主役って料理を食べてる暇ってあるのか?」
美咲に聞いてみた。
「あの当主がそれを許してくれるなら、いけるでしょ」
「ムリってことじゃん……」
聞いてみただけで、笑顔で説教される気がする。
「幹彦、悲観的になってはダメだよ。たとえ素晴らしい料理にありつけなくても、まばゆく光る天使たちが、キミの心を満たしてくれるはずさ」
「薫先輩の言うとおりですね。みんなの綺麗な衣装が見られるチャンスですからね。今日はそれを楽しみにします。リサ先輩のクッキーと山吹ベーカリーのパンで腹を膨らましときます」
夏だし、きっと開放的なデザインのドレスが多いんだろうな。これに関しては本当に楽しみだ。
はぐみが、沙綾んちのパンあるの!? て言ってたので、テーブルの上にあるから好きなだけ持っていきなって言っておいた。
「噛み合ってないよね」
「美咲、うるさいぞ。それより今日の夜に着たドレスは、ちゃんと持ち帰ってくるんだぞ」
ドレスは弦巻家が用意するらしいけど、借りるんじゃなくて、もらえるはず。娘の友だちに着させたドレスを使い回すなんてことは、あの当主はしないだろうからな。返しても陽の目を浴びることはないだろうから、必ず持ち帰らないと。
「……あんた、プレイに使うつもりでしょ?」
「そうだけど。それが何か?」
「こいつ、開き直ってる……!」
「あ、あはは、幹彦くんは相変わらずおサルさんだね。こころちゃんに絞られたから、最近は落ち着いたのかなって思ったけど、やっぱり変わってないね」
例の事件が解決してから、こころが晴れて参戦してきたわけだが、現在なんと連敗中である。
技術や慣れは圧倒的にこっちに分があると思うんだ。体力だって俺も並外れてあるはずなのに、こころが止まらない。俺の方が先にダウンするという屈辱的な結果がずっと続いていた。
「昨日は、今日のライブのためにお預けしてましたらからね。きっと、その分が溜まってるんですよ」
「大丈夫。こころの攻略法は見えたから、そろそろ俺の時間が来るはず」
思い返してみれば、こころの動きが少し鈍くなる瞬間はたくさんあった。そのたびに花音たちが代わるように攻めてくるから何もできなかったけど、活路はきっとそこにある!
「あんた、そう言って、この前すっからかんになるまで絞られてたじゃん。こころの性欲はヤバいって話、忘れたの?」
「……覚えてない」
「うそつけ」
「あ、あはは……あ、時間は大丈夫?」
「おっと、そうだった。そろそろ行かないとマズいな」
もう開演時間になる。
最後に、みんなの顔を見渡す。
「……じゃあ行ってくるわ」
「行ってらっしゃい! はぐみ達もすぐに会場に行くね!」
「ああ。戻ってきてくれてありがとな。お陰で気合が入ったよ」
「今日のステージは幹彦が1人で立つが、心の中には私たちがいる。それを忘れないでくれ」
「薫先輩、ありがとうございます。俺はいつだってハロハピと共にありますよ。今日だって、楽しく歌って来ます!」
「頑張りなよ。あんたの歌は、あの人たちより詳しくないけど、あたしたちも楽しませてもらうから」
「おう。彼氏の勇姿、目に焼き付けとけ」
「幹彦くん、頑張ってね。上手くいったらご褒美あげるからね」
「花音のその言葉にはいつも助けられてるんだよな。頑張って終わらせるぞって気分になる。今回も楽しみにしてるよ」
「幹彦! 本当はあたしも歌いたいけど、今日は我慢するわね。その代わり、会場でいーっぱい、楽しむわ!」
「ああ。ハロハピから教えてもらった楽しい演奏ができるように全力を出すよ。期待しててくれ!」
ステージへ続く道への分岐路まで、ハロハピのみんなが送ってくれた。
別れた後も聞こえる応援の声に手を振って応えながら、俺は舞台袖へと向かった。
ハロハピのみんなと別れて、すぐに舞台袖にたどり着いた。
ステージのすぐ横に来ると、ざわつく場内の声が聞こえてくる。
なんか視界に違和感を感じる。
ああ、今日は仮面をしてなかったな。どうりで明るいわけだ。
チラリと会場を覗き込む。
招待状を送った200人弱の人が集まっていた。
呼んだのは、例の事件の関係者。
今日はお礼のライブの日だ。
会場に対して人数が少ないから、自由席ってことでパイプ椅子を適当に並べておいた。みんなそれを思い思いに動かして、なんだか会場内でおもしろい光景が広がっている。
Vtuberの宝月が花園さんと話してる。初めて会ったという感じには見えない。あいつら、知り合いだったんだ……。前にゲームコラボをしたんだけど、幼馴染と再会できたって言ってたよな。もしかして、そういうこと?
有咲は年上の女性に囲まれてる。たぶんアレ、初期勢に囲まれてるんだろ。なんか有咲の顔が照れくさそうで、やり辛そうだ。まあ、有咲はNO.1らしいから仕方ない。弦巻家当主に認められてるんだから、自信持っていいと思うぞ。でも、俺は巻き込まないでくれよ。
俺の母さんと、花音たちの母親が弦巻家当主と話をしてる。すごい、母さんがあんなに恐縮してるところ初めて見たよ。父さんは……外側にいるな。たぶんアレだ。被害が来ないように気配を消してるんだよ。俺と父さんって似てるところがあるから間違いない。
燐子先輩とピアニストの澤部さんが話をしてる。そういえば、燐子先輩が今度ピアノのコンクールに出る予定だって聞いたんだけど、その件についてかな。そのネタなら俺も自然に入り込めるから、できれば俺がいるところで話をしてほしかった。
彩先輩は……白鳥ひめと話しをしてる。そういえば同窓らしいね。今度、白鳥さんと歌コラボをすることになったし、あとで話しかけておこうかな。
江井と比井は……ああ、ディアゲの社長と話してるね。少し前から俺の開発ラインに参加させてるんだけど、どうやら自主的に女性とも仲良くなろうとしているみたいだ。うん、いい心がけだ。一部の天才や努力家を除いて、ゲームなんて1人で作れるものじゃないんだから、女性とだって折り合いを付けられるようにならないとな。じゃないと、肝心のおもしろいゲームが作れなくなる。数年後、こいつらから新しいゲームが生み出されたら良いなって思ってる。
その後ろにいるのが志井……だっけ? あいつは女性がまだ苦手っぽいけど、それでも近くにいるあたり、やっぱりゲームに興味があるんだろうな。Vtuberもやってるらしいからバンバン配信して欲しい。今はとにかく知名度を上げないと行けない時期だから、ゲーム実況は正直、助かる。
隅の方では、議員3人と、老人ホームで出会った婆さんが座ってる。真面目な顔してるけど、なんか難しい話でもしてるのかな。てか、婆さん生きてたんだな。もう会えないと思ってたから意外だったけど、なんかすっごく嬉しかったよ。でも、白鳥ひめを嫁に勧めてくるのは勘弁してほしい。俺、この後、婚約披露パーティーが控えてるんだからさ。
その他にも、楽しそうな集まりはたくさんあるが、そろそろ行かないとマズい。ちょうどハロハピも会場入りしたから、もう全員いるだろうしな。
俺は深呼吸を一つしてから、ステージへと歩き出した。
ざわつきが少しだけ大きくなり、やがて静かになった。みんなの視線が俺に注がれる。
あの事件で、みんなにお世話になった。
みんなの力がなかったら、あそこから逆転なんてできなかった。本当に感謝してもしたりない。
なにかお返しがしたいと思ったけど、俺には音楽しかない。歌を投稿することはできたけど、それじゃあ、なんか違うなって思った。
でも、俺には音楽で返すしかない。だから、ライブをやろうと思った。ご尊顔を公開したリアルライブだけど、セントー君の曲で構成された、俺の全力ライブ。
それで、感謝の気持ちを乗せて歌おう。
歌はいつだって、自分の思いを伝えるために歌われてきた。
とんでも文化なこの世界だけど、歌は前世も今世も関係ない。
「まずは聞いてください。――」
だから歌おう。みんなにありがとうの気持ちを込めて。
この世界で、みんなに出会えたことを感謝してるんだって!
数年後 有咲視点
ある日の昼下がり、質流れの品をネットに乗せ終えて、私は一息ついていた。
この前、幹彦がどこぞのお偉いさんから貰ったと高級な茶葉を持ってきたので、その香りを楽しんでいた。甘い羊羹をつまみながら、ボーッとテレビを見る。
『不動のトップアイドル白鳥ひめの引退宣言から一週間。関係各所の反応、そして、弦巻幹彦氏との電撃入籍についても、次のニュースで取り上げたいと思います』
もう1週間も経つのに、まだこの話題やってるんだな。
この思いっきり関係者であるニュースだが、ひめちゃんの婆さんが、いつまで待たせる気だ! ってキレたことが、きっかけらしい。ん? 婆ちゃんの姉だっけ? まあ、どっちでもいいか。
そんなわけで、ケジメをつけるためにアイドルを引退すると宣言し、少し遅れて結婚を発表した。
リアルでもこんな感じで大騒ぎになっているけど、ネット上も、それはそれは大盛り上がりだった。
あの事件から数年が経って、セントー君としての活動は、今やメン限雑談と歌投稿だけになっているので、以前ほど掲示板でネタにされることはなかったんだけど、さすがにこの話題は盛り上がった。
といっても炎上ではない。祝福の嵐って感じだ。数年前の歌コラボ動画をマラソンして、当時の思い出を語り合うスレが乱立したってだけの話。
まあ、久しぶりにセントー君のネタで盛り上がるための良い燃料になったのかもな。
幹彦が“弦巻”の仕事を手伝っている以上、雑談動画でうっかり企業秘密を漏らすわけにはいかないってことで、一般公開の雑談動画はずっとやってない。寄付と歌は継続してるけど、寄付の上限を更に低く設定して、今では月に1回投稿するくらいの頻度で落ち着いている。
あとは初期勢に名誉メンバーが追加された。まあ、誰かは言うまでもないけど、あの事件で世話になった何人かだ。3年ぶりの新規メンバーだったんだけど、恐ろしいくらい馴染むのが早くて、3回目くらいのメン限配信では、古参メンバーの如く振舞っていた。やっぱりコミュ力がある人は凄まじいと思った。
海外のリージョンロックは、あの事件の1年後くらいにひっそりと解除された。もう、著作権の支払いは不要と知れ渡ってるし、どうせ寄付枠の追加もしないから、好きにしろって感じ。ときどき気が向いたときに、寄付とは関係なく、英語の歌を投稿してるから、海外ファンも満足の結果だったんだろう。
リアルの生活では、弦巻家の当主になるのでは? なんて噂が一時期ネットで流行ったんだけど、さすがに一般人の幹彦にそんな大役は任せられないということで、それは回避できた。こころさんと幹彦の子に“弦巻”としての教育をして、最も素質があった子を次の当主に据えるらしい。
でも、幹彦が“弦巻”の幹部に就くのは避けられなかった。“弦巻”案件として、ちょいちょい面倒な役回りをさせられてる。相手がそこそこの規模の会社の男役員だった場合は、高確率で幹彦が駆りだされてる。基本的に男同士では威圧感を隠さないヤツなので、交渉もスムーズに運んでいるらしい。弦巻家当主がホクホク顔だとか。
あとは、ピアノ協会に泣きつかれて戻ることになった。例の事件での借りもあるから断れなかったようだ。でも、元からピアノが好きだったヤツなので楽しそうだ。来月は因縁のピアノコンクールを開催するらしい。一応、家族全員で応援に行く予定。私もピアノをやってたから、けっこう楽しみだったりする。
ゲーム開発も頑張ってる。例の事件で一躍有名になった江井さんと比井さんって人がいるんだけど、ようやく使えるようになってきたとか。初めは他の女性社員とケンカばかりしてたんだけど、その度に幹彦が顔を突っ込んで、お互いに腹を割って話させたらしい(強制)。
それを何度も繰り返す内に、江井さんと比井さんも徐々に同僚を仲間と思うようになって、今ではケンカすることはあっても、幹彦がいなくても、なんとか解決できているらしい。
この2人は幹彦が待望していた、ゲームの好みが似ている製作者になる人材ということで、そろそろラインを任せてみようか考えているんだとか。よくわからないけど、幹彦が楽しそうだから良いのかなって思う。
パーティーゲームは家族でやってても楽しいし、そういうゲームを作ってくれると嬉しい。
江井さんと比井さんとは1度会ったきりだから、どんな人か、よく知らないんだけどな。
壁にかけてある写真に目をやった。
セントー君の初ライブのときの写真だ。Circleをバックに、200人近くの参加者みんなが集まって撮った写真だ。おもしろい組み合わせが見れるし、いい思い出だから、こうして飾っている。ちなみに幹彦は真ん中にいて、右隣がこころさん、左隣は私だ。初めはもう少し離れたところに立とうと思ってたんだけど、初期勢に後ろから押されて、幹彦に寄りかかってしまったところを撮られた写真だ。おかげで顔が正面を向いてないけど、これはこれで……うん、良いんじゃねーかなって思う。
やめやめ。なんか恥ずかしい。
気を取り直して、ズズッとお茶をすすっていると、テレビに赤いテロップが出た。
『緊急速報です。人気女優の白鷺千聖さんの熱愛が発覚しました! お相手は……え? こ、この人ですか? 放送しても大丈夫ですか? 本当に?』
ああうん、コレか。知ってるよ。
けっこう前に、花音さんが時間の問題だと言ってたのを思い出した。そんなバカなと思ってたけど、そんなバカなことが現実になった。
おめでとう。これでハロハピに続いて、パスパレ制覇だな。アイドルに手を出すのはどうかと思う、とか言ってたのに、6人も手を出してんじゃねーか。あの時のお前に、今のお前の姿を見せてやりてーよ。
てかお前、ひめちゃんの話題どうするんだよ。まだ騒ぎが収束してないのに燃料を投下すんなよ。
……まあ、“弦巻”がなんとかするか。
また当主に借りを作ることになるけど、何も言うまい。手を出した人を数えたら、両手じゃ足りなくなるしな。せいぜい、こころさんとの子作りを励んでくれ。
そのとき、バタバタという足音と共に、香澄が部屋に飛び込んできた。
「有咲ー、子ども達が泣きやまなくて大変なことになってるよー! 助けてよー!」
今日の子育て当番の香澄が、困り顔で言った。まあ、さっきから泣き声がここまで響いてたから、状況はわかってた。
「たく、仕方ねーな。彩さんと花音さんは? 今日は3人が当番だったろ?」
椅子から腰を上げて、一つ伸びをした。
「花音さんはうんちで汚れちゃった子をシャワーに連れて行ってる。彩さんは私と一緒にみんなを、あやしていたけど、収拾がつかなくなっちゃって……」
まあ、10人を超える子どもを香澄と彩さんで面倒見るのは無理だな。仕方ない。ちょっと我が子たちの顔を見に行くとするか。
仕事に集中できるように、子育て部屋は別棟にある。香澄と2人でそちらへ向かう。
「そう言えば、モカちゃんがそろそろ勝負をかけるって言ってたぞ」
ガルパ仲間とは、ときどき連絡を取り合っている。
ついこの前、モカちゃんから蘭ちゃんとひまりちゃんを巻き込んだ、なし崩し作戦を実行するつもりだと連絡があった。
「へー、モカちゃんが? でも幹彦くんって、ガルパの人たちには、なんだかんだで甘いから大丈夫じゃない?」
「まあな。それに……今、誰もお腹が空いてないからな。あいつも色々と限界だろうし」
私と香澄のお腹には2人目がいるし、こころさんの3人目が再来月に生まれる予定だ
「抱きしめられて寝るのは好きだけど、そろそろ爆発しちゃうかもね……」
「ひめちゃんと白鷺先輩の2人じゃあ長くはもたないだろうしな」
「まだ増えそうだね……」
「それが幹彦だろ。香澄もちょっとムッとするなと思ったら、思いっきり、あいつにワガママ言えよ。すっきりするくらい言わないと、怒りがどんどん溜まっていくから注意な」
香澄は嫁の中では独占欲が強めの方だ。状況はわかっているけど、心が納得してないんだろう。
気持ちはわかる。だけど、幹彦との関係で溜め込むのは禁物だ。ガンガン言っていかないとよくない。あいつだってワガママ言ったほうが喜ぶしな。
「はーい! 今度、みんなで一緒にライブしたいと思ってたから、それをお願いしてみるね!」
「ライブか……悪くねーな。私もピアノを弾き続けてるから、いつでも問題ねーぞ」
私の息子もピアノの音が好きだから、よく子守唄代わりに弾いてやってるしな。
「やった! じゃあ、おたえ達にも連絡しておくね。後は彩さんも参加できるか聞いてみようよ!」
「いいんじゃねーの。場所はCircleで良いよな。久しぶりだからファンも少なくなってるだろうし。500人キャパでも十分だろ」
「まりなさんにも言っとくね! あ、それなら友希那先輩とか蘭ちゃんにも声かけない?」
「だったら私は蘭ちゃんに声かけとくよ。友希那先輩には香澄から言っといて。ロゼリアは現役の超人気プロバンドだから参加できるといいけどな」
一応、リサさんが帰ってきたらスケジュールを聞いておこう。
「わかった! 久しぶりのバンド活動だー! 楽しみー!」
「最近はバンド活動もできなかったからな」
「子育てがあるから、みんなで顔を合わせるのが難しかったよね。でも久しぶりにみんなで集まれるんだ。わくわくするよ!」
子育て当番が回ってくるのは3~4日に1回くらい。何人もの家政婦さんがちょくちょく来るので、用事があるときは、いつでも免除できる。それに、嫁さん達は子どもが好きな人が多いから、当番じゃなくても面倒を見に来る。だから集まろうと思えば集まれるけど、なんとなく子どもを優先してしまう。でも、ライブがあるなら、それを目標に練習しようって集まれるはずだ。
「ライブ名は決まってるよな」
「もちろん! アレしかないよね!」
数年しか経ってないけど、なんだか懐かし名前が思い浮かぶ。
あの頃とは状況が違うけど、あの頃に負けないくらいの楽しいライブがしたい。別に子どもができたからってライブをしちゃいけないことはない。そんなこと言ったら、プロで活躍してるリサさんはどうなるんだって話。
むしろ、子ども達に音楽は楽しいんだって教えるための、いい機会になるんじゃないか? いや、まだ小さくてわからないか。
だったら終わったあとに写真を撮ろう。壁に飾ってある写真のように、ずっと残り続ける思い出を作ろう。それで子どもがわかるようになったら、お前が小さい頃にこんなすごいライブをしたんだぞって楽しかった思い出を語ってやろう。
それになりより、私がライブをしたい。せっかく日本で暮らせて、ポピパのみんなが近くにいるんだ。また、あの楽しいパーティーを始めたい。何度だって、何年経ったって。
だから、みんなでライブをするなら、これしかない。
「「ガールズ(&ボーイ)バンドパーティー!」」
始めよう。次の物語を!
これにて完結です。
ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。