金剛型三番艦戦艦『榛名』
初めて彼と会った時。榛名はこの人もきっと同じなんだ、と思いました。
キリッとした目付き。背丈は高くもなく低くもない中肉中背。少し猫背気味。ほぼ無表情で毎日を過ごしている。
気味が悪い人。それが第一印象でした。
彼が来たのは唐突でした。抜き打ちの鎮守府監査。彼が来た時に提督が焦った表情を浮かべていたのが、少し気持ちよかったです。毎日のように酷い仕打ちを受けていたからでしょうか。
その後、焦った為か他艦娘に奉仕をさせに行き、提督は怒りを買いました。何に怒りを覚えたのか知りませんが、提督は軍法会議に出頭し、提督解任と無期懲役が言い渡されました。
榛名たちがその事実を知ったのは、提督が居なくなってから数日後です。新たな提督と共に知らされたのです。
皆んなは一瞬だけほんの少し微笑んだけれど、彼が着任したことを知ると絶望した顔をしていました。
榛名たちの生活は、日常は結局変わらないんだと思ったからです。
だから勢い余って直接手を出してしまう子が多かったです。
金剛お姉様は必ず暴力を振るった後、罵声を浴びせました。
大和さんは彼の言葉を意図的に無視していました。
天龍さんと龍田さんは常に彼を睨んでいました。
駆逐艦達は常に彼に敵意を向け、怯えていました。
この横須賀鎮守府の全艦娘が、彼に悪意と憎悪と敵意と害意を向けていました。
「手ェ出される前にやる。ウチはそれを学んだ。やから榛名。アンタも気ぃつけときな」
龍驤さんはそう言っていました。
何でだろう。何故なのでしょう。なんで、皆んなはそんなにも彼を憎むのでしょう。いえ、分かっています。ええ、榛名は分かっています。だから──ー、
「夜伽って……何?」
はい?
「え……と、本気で仰られてますか?」
失礼だと思うけれど、聞かずにはいられませんでした。
まさか、本当に夜伽の意味を知らないなんて思いませんでしたから。だから、
「よとぎ……世研ぎ? いや、聞いたことないしなぁ……」
もうその様子でほぼ全てを悟りました。この方は本当に夜伽を知らないのだと。思わず呆れた表情を向けてしまうほどに。
「えぇ……? 誰でも知ってることなの? 俺がおかしいの?」
困惑気味に辺りを見回していたのを今でも思い出せます。正直、その様子は姿形からは想像もつかないほど可愛らしかったです。
その後は、提督は何も聞かれなかったのでその場で解散となりました。以前の人とは違う。だからこそ、どこか心を落ち着かせられました。
日にちが経つにつれ、提督のことを深く知りました。提督は優しくて、気遣いができて、何より心が強いお方です。あれ程まで艦娘らに痛めつけられているのに、弱音を吐かず、憎悪を向けることもなく、むしろこの鎮守府の為に働いていらっしゃいます。高潔な精神を持った……とても凄いお方です。
そして今。榛名の目の前で、血塗れになった提督がいます。意識不明の重体。今でも血が止まらずに流れ続けています。
だんだんと肌が青白くなっていきます。恐らく血が無くなってきたのでしょう。周りでは、提督を助けようと必死になって動き回っている仲間がいます。長門さんは他の提督方に掛け合い、金剛お姉様は救急箱を取りに行き、電ちゃんは救急車に連絡をしています。天龍さんは必死に提督に呼びかけています。
榛名も天龍さんと同様に泣きそうなのを必死に堪えて、提督に呼びかけます。
どうしてこんなことになったのでしょう。
榛名は、ただ────。
────
その日、榛名達はある海域へと訪れていました。北方海域という場所で、提督は張り切っていました。その様子を見て、みんな提督を喜ばせようと士気が高まり、いつになく戦意が高かったです。
他の鎮守府からも応援が来て、大規模な作戦となりました。ボスは北方棲姫。これを討伐もしくは引かせることが出来れば私達の勝利です。作戦は5日に渡りました。
初日は他鎮守府の艦娘と合同で海域攻略。2日目は他鎮守府の提督が多く来られました。そこで榛名たちは驚くべき光景を見ました。いえ、驚くべき光景だったのですが、とても、見たことのある光景でした。
榛名たちの鎮守府所属艦娘以外の艦娘の目が暗く、何も写さない瞳をしていたので、気になってはいました。だから、その光景を見て納得しました。
暴力を振るわれていました。犯されていました。暴言を吐かれていました。
そして……榛名たちもその中に強制的に加えられました。
本来、提督の直属の部下である榛名たちにそんなことをする権利はありません。なので犯されることはありませんでしたが、暴力や暴言は多かったです。
それでも榛名達は耐えました。提督の為に、提督を想って。
そして3日目。遂に提督が来て、翌日にその光景を間近で見ました。その後、他鎮守府の提督らを断罪。総指揮を執り、榛名たちを導いてくれました。
他鎮守府の提督のせいであまり進んでいなかった攻略も、最後の海域となりました。
そこで、事件が起こったのです。
時刻は一四〇〇。提督が再び進軍の開始を宣言し、北方棲姫目前まで進んだ時。突然提督との連絡が途絶えました。
何が起こったのか、それは榛名たちには分かりませんでしたが、北方棲姫と戦闘を開始。ボロボロになりながらも、北方棲姫を倒れる寸前まで持って行きました。
ですが突然、北方棲姫が顔を上げ、あらぬ方向へと走って行きました。榛名たちも逃がすまいと追いかけ……血濡れた提督を見つけたのです。
頭が真っ白になり、何もできませんでした。北方棲姫は提督を担ぎ上げ、近くの陸へと向かいました。
榛名たちはその行動にも驚き、混乱をきたしました。
何故そんなことをするのか、と。お前たちは人類の敵───。
『救ウ。必ズ。絶対ニ。死ナセナンテサセナイ』
涙を零しながら彼女はそう言いました。そして何故か、彼女からドンドンと黒いモノが抜け、海に沈んでいきました。そしてある程度流れていった後、眩しい光に包まれました。そこに居たのは……龍驤さんでした。
「え……え!?」
背後から龍驤さんの驚く声が聞こえました。私たちも目の前の光景に唖然として、何も考えることができませんでした。提督の命が風前の灯となっているにも関わらず。
提督を優しく撫でた龍驤さんはくるりとこちらを向き、パクパクと口パクをしてから光の粒となり、龍驤さんに吸収されていきました。榛名たちはもう何が何だかわかりませんでした。
それから救急車が来て、提督を運んでいきました。残っていたのは、血に濡れた地面と、ニヤニヤと笑い喝采をあげる提督ら。そして、パラパラと風に吹かれてページを捲らせる一冊の血に塗れたノートでした。