提督を辞めたい提督   作:神楽 光

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陽炎型二番艦駆逐艦『不知火』

 私は『使えない』、そう言われた艦娘でした。

 "盾"にすらなれない。ただ資材を消費する存在だ、と。

 その言葉に、私は何の感情も浮かばなかった。だって、本当のことだったから。

 戦場に出れば必ず被弾し、遠征に行っても資材を途中で落として失敗する。

 私は、司令官が言った通りの『使えない』艦娘だったのだ。

 

 自身に希望が持てなくて。

 

 暗いドロドロとしたものに包まれていて。

 

 私は、諦観の念を抱いていた。

 

 努力した。

 被弾を抑える為に走り込んだり、動体視力を鍛えたり。

 姉妹艦や皆んなにも手伝ってもらって。

 楽しみながら努力した。精一杯。

 しかし、それも途中で止めさせられた。

 「うるさい」そう言われて、

 走り込みも。

 特訓も。

 演習も。

 個人練習も。

 何もかも禁止にされた。

 もちろん、すぐさま抗議した。「何故禁止にするのか」「今度からは静かにやるからどうか訓練だけは禁止にしないでくれ」と。

 だが取り合ってくれなかった。

 「お前たちはそんなことをするよりも一匹でも多く敵を屠れ」そう言われた。

 あぁ、確かにそうだ。それは私たち艦娘の本分だ。忘れるわけもなければ違うこともない。

 だが練習は大事だ。特訓は大事だ。演習も、走り込みも。しなければ、役に立つことができない。強くなることができない。護ることが、できない。

 それでも、許可してくれなかった。

 もう、どうしようもなかった。

 隠れて訓練していた娘がいた。

 バレて翌日に解体されていた。

 何人かで勉強していた娘達がいた。

 営倉で生活することになった。

 イメージトレーニングをしていた娘がいた。

 「何をしているんだ」と怒鳴られ、殴られ、罵られた。

 私たちは、実戦でしか強くなることが出来なくなっていた。

 

 そして、役立たずと言われた。

 

 もう、何もする気力が湧かなかった。

 

 

 あくる日。別の人間が司令官として着任した。

 諦めていた娘は多かった。怯えていた娘が多かった。怒りを向ける娘が多かった。

 今までされてきたことを、仕返してやろう。そう言う娘がほとんどだった。

 彼女たちを見て、私は何をしているんだろうと思った。

 彼女たちがしていることは、前司令官がしていたことだ。私たちがそれをしてしまえば、彼と同じ存在に成り下がってしまう。

 それに彼には関係ないことだ。

 私たちが勝手に憎んで、恨んで、恐れているだけなのだ。

 

 だと言うのに。

 

 彼は私たちを恨むどころか憎むことさえなかった。

 彼はただ受け入れていた。

 

 罵倒も。暴力も。蔑視も。

 

 だから私は気になった。

 どうして艦娘である私達でさえ酷い仕打ちをされたら憎み恨むのに。

 何故彼はただ受け入れるのだろう、と。

 尾けてみたら理由がわかるかもしれない。

 そう思い立って私は彼を尾行した。

 

 彼が何を考えているのか。

 

 彼が何を感じているのか。

 

 彼が何を為したいのか。

 

 その理由を知る為に。

 

 始めは、暴力から始まった。

 次に罵倒だった。

 最後に蔑んだ視線を送り、去っていく。

 毎日毎日その連続だった。1日にその身に何度拳を受けたのだろうか。何度蹴りを入れられたのだろうか。数えるのも馬鹿らしい程だった。

 私だったら既に心が折れている。すぐにでも退職届を出している筈だ。

 しかし、彼はしない。それどころか私たちの為に動いてくれていた。

 

 食事が変わった。冷たい、味もしない燃料や鋼材から温かく、美味しいご飯になった。

 

 資源回りが良くなった。無駄に消費することも無くなった。

 

 演習や出撃で勝つ回数が増えた。安全海域も広がった。

 

 お風呂場が温かくなった。リラックスする娘が多く、張り詰めた雰囲気がいつの間にか消えていた。

 

 何もかもが変わった。彼のお陰で私たちの健康状態も、私たちの士気も、向上していった。

 彼の待遇も、多少は良くなった。

 彼に一通りの暴力と罵倒をすると、何かに気付いた様子で私の方を向き、ばつが悪そうな顔をして去っていくのだ。

 恐らく、私が見ていることに気づき出したのだと思う。

 

 ある時、私がまた彼を尾けていると、彼は執務室前で突然振り向き、私を呼んだ。

 まさかバレているとは思ってなくて、思わず声を上げて彼の前に出てしまった。

 慌てて角に隠れようとすると引き止められ、話をしないか、と持ちかけられた。

 それにドキリと鼓動が跳ねて、一瞬だけ恐怖が湧いた。

 咄嗟に恐怖を押し殺し、私は彼に頷いた。

 彼は私を一瞬チラッと見て、また後日にね、と言って執務室へと入っていった。

 何故今じゃないのか、そう聞こうとしたが恐らく、私の恐怖を見抜いたのだ。一瞬だけ湧き上がり、すぐさま押し殺した恐怖を。彼は見抜いた。

 その洞察力を何度も見てきた。だから私はわかったのだ。彼がどうして今ではなく、後日にしたのか。

 数日後、私は彼に呼び出されて執務室へと向かった。

 執務室には、嫌な思い出しかない。罵倒され、時に暴力を振るわれ、そして───『役立たず』と言われた。

 扉の前で何度も深呼吸をして。何度も唾を飲み込んで。心を落ち着かせようと努めた。

 数分か数秒かやっと整った決心で、ドアノブに手をかけようとした時。勝手に扉が内向きに開いた。

 

「あぁ、不知火。すまない」

 

 勝手に、ではなく司令官が扉を開けたようだった。彼はすまなさそうに私を見て言った。

 

「場所を変えよう。付いてきてくれ」

 

 私は驚き固まって何の反応を示すことも出来なかった。失礼だったとは思うけれど。

 彼が数歩歩いて、私がついてこないのを疑問に思ったのか、振り返って呼びかけた。

 私は我に返り、すぐさま彼を追いかけた。少し、彼との距離をとって。

 

 応接室につくと、そこには2つの向かい合ったソファと少し長い机。茶器などが納められた大きな棚が両側の壁にあった。

 

「座ってくれ」

 

 そう言って()()()()()()()()()を指差し、彼は棚を開いてお茶の準備をしだした。

 意味がわからなかった。

 

「あ、あの」

 

「ん、何だ?」

 

 彼は準備を進めながら私の声に応えた。

 何故かそのことが妙に嬉しかった。

 

「その、私はこちらの席だと思うのですが……」

 

 本来、聞くのは失礼に当たるだろうことを聞く。下座に何食わぬ顔で座ってしまえば良かったのだろうが、聞かずにはいられなかった。

 

「ん? お客様なんだから扉よりも遠いところに座ってもらうのが普通だろ?」

 

 えっ、と声が漏れた。

 

「ほら、さっさと座れ。茶菓子はこれでいいか?」

 

 彼は私に着席を促し、白く、丸い物体を見せて聞いてきた。

 私は取り敢えず言われるまま上座に座り、その丸い物体を見る。

 

「えっと……これ、何ですか?」

 

 そんなことも知らないのか。そう言われるかもしれないと、言って気づいた。

 失言だった。上司に質問をするなどあってはならない。分からないのならば自分で調べればいいのだから。

 さっきから失言してばかりだ。私は、こんなにもダメな兵器だったのか。

 しかし、そんな私の思いとは裏腹に彼は素直に教えてくれた。

 

「これか?これは大福だ。美味いぞ」

 

 驚いて私は彼の顔を見た。

 彼は私の様子を気にせず、淡々とお茶の準備を進めていた。

 

「ほれ、できた。鳳翔さんや間宮さんみたく美味しい緑茶を淹れられないんでな。そこは勘弁してくれ」

 

 彼は本当にすまなさそうにそう言って頭を下げた。

 慌てて手を振り、私は言った。

 

「い、いえ!全然構いません!むしろ私が用意しなければならn「言っただろ。不知火は今、俺のお客様だって。お客様にお茶を淹れさす人間がいるか?」……いえ、いま、せん」

 

 私の言葉は途中で遮られて、嗜められた。

 

「さて、早めに食べないと悪くなってしまうから……戴こうか」

 

 彼はそう言って私に食べるように促した。

 大変美味しかった。外の皮はモチモチとしていて、中の黒い物体はとても甘かった。果物も入っていて、その酸味と甘味が相俟って尚更美味しく感じられた。

 

「うん。美味い」

 

 彼は半分だけパクりと食べて、満足気にそう言った。残りの半分は妖精さんたちにあげていた。

 その様子を見て、「優しい人」なんだな、とわかった。いや、初めからわかっていた。

 

「で、だ。不知火、君から見て俺は合格ラインか?」

 

「は?」

 

 彼の口から出た言葉が突飛すぎて思わず威圧的な返答をしてしまった。

 慌てて謝ろうとすると彼は別に良い、と言って此方こそ見当違いの話をして申し訳なかったと謝ってきた。

 

「いえ!私は……」

 

「いや、君が謝ることはない。しかし、てっきり俺を鎮守府に相応しい人間かどうか判断する為に尾けていたと思ってたんだけどなぁ」

 

 私はその言葉で合点がいった。

 

「あぁ、えっと。その、失礼ながら私たちは人間に不信感を抱いてしまっていて……その」

 

「別に失礼でもないだろ。初対面の人を疑うのは普通だし。君たちは以前、酷い仕打ちを受けていたんだ。疑って当然だ」

 

「……」

 

 何だろう。何故だろう。この人なら、話せるのかもしれない。私の心の裡を。

 そう思ってしまう雰囲気を、私は彼に感じた。

 

「私が、司令官を尾けていたのは。───知りたかったから、です」

 

「知りたい?」

 

 ポツリと、水が流れ出るように滑らかに言葉が出た。

 

「はい。知りたいのです。私たちは司令官に酷いことをしてきました。恐らく、その酷いことも続くでしょう」

 

「……」

 

 滔々と語る。

 

「しかし、司令官───あなたは反撃しない。憎んでいないし、恨んでもいない。私には、その理由がわからないのです。どうしても、わからないのです」

 

 語りは終わり、私は彼の反応を見る。

 彼は腕組みをして、何かを悩んでいる様子だった。

 

「……うん。そうだな。話そうか」

 

 彼は何かを決心した様子で頷き、彼は私に語り出した。彼の───その過去を。

 

 

 

 眼前で、戦艦ル級が嗤う。

 私は12cm単装砲を構え、放つ。

 しかしル級の装甲を削るだけで終わってしまう。

 

 悔しかった。

 役に立ちたいと思った。

 恨めしかった。

 彼に見せたいと思った。

 どうしようもなく───勝てない、そう思った。

 

 弾薬も残り少なく。魚雷も撃ち尽くした。

 もう、勝てる見込みがなかった。

 仲間も、殆どが中破状態で航行できるだけでもマシだった。

 

 悔しかった。

 彼が来ているのに、見ているのに。負けてしまう私を見せるのが。役に立てていない私を見せるのが。

 恨めしかった。

 戦艦ル級が。役に立てるところを見せられないから。憎んでさえ、いたのかもしれない。

 勝てない。勝てない。だけど、負けられない。勝たなければ、ならない。

 彼に、あの人に、私の活躍を見せる為に。

 

 辛くて。

 苦しくて。

 痛いけど。

 

 諦めては、ならない。

 もう一度、構える。

 今度はよく狙って───。

 

 バンッと音が辺りに響き、余裕綽々だったル級の頭を私の放った弾が撃ち抜いた。

 その嫌らしい笑みを、私が歪めた。

 駆逐艦にダメージを入れられたのに怒ったのか、ル級は異形の砲口を私に狙いを定め、撃った。

 ギリギリで避ける。が、左肩を擦り大破状態になる。

 妖精さんが、もう逃げろと言ってくる。

 わかっている。ここで轟沈した(しんだ)ら彼が後悔に沈むことくらい。

 わかっている。だって私は知っているから。私だけは、彼の過去を、知っているから。

 それでも、それでも私は歯向かう。彼が救った私は───こんなにも強いんだって。そう言う為に。

 

 諦めては、ならない。

 

 ゾクリと、悪寒が走った。

 唐突に脳裡にあの頃の私が蘇った。

 

 

『役立たず』

 

「あ……」

 

『役立たず』

 

『役立たず』

 

『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』

 

 

『はぁ〜?君を役立たずだって罵った奴がいる?……あぁ、前の提督か』

 

『あのなぁ、役に立たない奴がいるわけないだろ?』

 

『そもそも役に立たないってのは人によって違う』

 

『謂わば程度の差だ』

 

『だからまぁ、そんなに落ち込まなくても良いと俺は思うぞ』

 

 

 いつの間にか真っ暗になっていた目の前が、白い光に包まれていく。

 しかし、海の底の様な暗さが、また私を包み込む。

 

 ───アナタは役立たず。ならばその通りに生きましょう。

 

 

 ───アナタはそこにいても存在しないものならばその通りに生きましょう。

 

 

 ───アナタは───

 

 

 

『俺は、君を頼りにしているよ』

 

 

 

 

『不知火』

 

 

 燃えるように、私を包んでいた冷たく、暗い靄が消されていく。

 

 体が、熱い。あぁ、熱い。

 

 いつの間にか閉じていた目を、私は開いた。

 

 

 ───また、頼りにしている、と呼んでもらう為に。

 

 

 ───もう、役立たずだと言われない為に。

 

 私はッッッッ!!!!

 

 

「陽炎型二番艦駆逐艦『不知火・改二』行きます!」

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