ザワザワと騒がしい。しかしそれは彼にとっては懐かしさを齎すものだった。
人を避けて歩く。しかしぶつかってしまいそうになるほど多くの人がその街にいた。
彼は当てどなく歩く。それは今の街を楽しんでいるからだ。高層ビルが幾本も立ち並び、されど景観を壊すことはない。道も広く整備されていて、白のコンクリートが太陽に反射して眩しい。
既に夏は来ており、肌を焼く日差しはまるで火に炙られているようだ。多くの人も、暑さに参っているかのように顔を下に向けている。
そんなおり、彼をコソコソと追跡する影があった。金髪のサラサラヘアで、顔を隠すためなのか、マスクとサングラスをかけている。服装は街に溶け込むためか、白を基調としたワンピースで、所々に小さなあおい花が描かれている。見た目、お忍びに来たお嬢様のようだった。
そんな人物であれば、誰であろうが気づくだろう。当然、彼も気づいていた。だが、尾行しているのかイマイチ判断しかねた為、少しの間放置することに決めたのだ。
大きなショッピングモールの中に入り、様々なものを見ていく。彼にとってショッピングモールはほとんど憧れであった。小さな頃に1度行ったきりで、それ以来訪れたことなど1度たりとて無かったからだ。
ショッピングモールは4階建てで、横幅が大きかった。様々な店が立ち並び、彼の目を引く。ショーウィンドウに飾られる服は全てが煌びやかに見え、思わず感嘆の息を漏らしてしまう程だった。
彼は服を見た後食品売り場へと移動し、鮮やかな色を輝かせる食べ物に目を奪われる。
彼は多くの時間をそのショッピングモールで潰し、彼が外へ出た時には既に陽は傾き、強い西日が街をオレンジに染め上げていた。
彼は1度空を見上げ、そして周囲を見渡してからしっかりとした足取りで歩き出した。
数十分歩き、ふと道を逸れ、路地裏へと入っていく。そしてある程度先に進み……背後の人物に声をかけた。
「はぁ……まさかここまで着いてくるとは思わなかったよ」
背後の人物は彼の言葉に何も返さない。ただ泰然と立つのみ。しかし、ゆっくりと腰のホルスターから拳銃を抜き取り、彼へとその銃口を向けた。
「なぁ、ゆうだ……ち……?」
彼は振り向きながら背後の人物の名前を告げた。しかし、銃を向けているとは思わなかったのか、後半はポツリと漏らすような声だった。
「……大人しく投降しなさい。そうすれば痛くしないわ」
光の無い瞳で、撃鉄に指をかけながら彼女───夕立はそう言った。
「おま……どこの所属だ!?」
彼はすぐさま横須賀の夕立ではないことを悟り、所属を問いただす。夕立はニコリともせずに機械のように淡々と話をする。
「佐世保鎮守府、第三艦隊僚艦」
(佐世保……? 何故そんなにも遠いところから……待て。どうして佐世保の艦娘がこんなにも遠い場所で、こんなにも早く動いている!?)
「それで、大人しくしてくれるのかしら」
感情の込められていない言葉で再度夕立は彼に同じことを問う。
(不味い……! 大本営がすでに仕掛けていたのか……!)
「嫌だ……と言ったらその銃で撃たれるのかな?」
彼は夕立の持つ銃に注意を向けながらそう聞く。いつでも避けられる体勢になる。
「そうね。一瞬痛い思いをしてもらうことになるわ」
一瞬。その言葉から推測されるのは一撃で殺すか、麻酔弾により眠らされるのかの2つだ。彼は瞬時にその2つの可能性を考え、ある意味当然かと納得する。
提督とは機密の塊だ。それも国家機密である。そんな人間を野放しにしておけば、大惨事になること間違いない。
また、彼自身考慮していないが、彼は民間の英雄と讃えられる存在だ。1度だけではあるが天皇陛下から勲章を授与されている。そんな人物が提督を辞めたくて鎮守府を抜け出したなどと知れ渡れば、大本営の支持率及び期待はナイアガラの滝のように地に落ちる。
更にいえば提督という人間は貴重である。妖精を視認できなければ深海棲艦と戦うことさえ出来ないのだから。だから彼がなんと言おうと大本営は、彼を連れ戻すしか無いのだ。
そんな裏事情など当然知り得ない提督は、己が機密の塊であることだけを考え、どうにか夕立を説得して見逃して貰えないかを考える。提督が貴重であるという事実は頭から抜けていた。
「……あー……これは一種の休暇なn「あなたがなんと言おうと、決定事項よ」……そう、か」
彼の言葉に被せるように冷たい声を発する。
徐々に夜の帳が落ちてきているのか、相手の顔の判別が難しくなってゆく。
(切り抜けるのは……難しいか。だが、やるしかない。俺の安寧の為に。
彼は決意を固めると、横に飛んだ。それと同時に夕立も発砲する。彼は咄嗟に防御姿勢をとる。
夕立の持つ銃から放たれた弾は吸い込まれるかのように彼の左足に────当たらなかった。
キンッ! という金属と金属がぶつかる高音が響く。
ドサリと倒れた彼が見上げたのは───、
───もう1人の、夕立だった。