「は? 実験場……だと?」
男は暗い部屋の中で、小さな明かりを頼りに数枚の紙を読んでそう言った。
「ええ。……あそこは。あの鎮守府は、
同じ部屋にいた凛とした表情の映える女性が手に持つ資料に目を落として、くしゃりと握りしめる。
「じゃあ……あいつは、実験動物だとでもいうの……?」
キリッとした釣り目の女性が肩と声を震わせて言う。
「……やはり、腐っていましたか。お父様がお辞めになってからというもの、おかしいと思っていました」
最後の1人である周囲の人間よりも少々幼い顔立ちの女性が、ギリリと音がしそうなほど歯を食いしばって吐き捨てる。
「チッ! クソ! あの鎮守府は何から何までおかしかったってことかよ!」
机を叩いて悔し気に言う。しかしそれで何かが変わるわけでもなかった。
「騒々しいですわよ。わたくしたちは秘密裏に集まっているのですから。あまり大きな音を立てないでくださいまし」
「あっ……すまん」
窘められてすぐに反省する男性。椅子に座りなおし、真剣な顔つきになる。
「それで、これからどうする」
「どうするも何もあいつを助けに行かなきゃ!」
凛とした表情の女性────二宮
「どうやって?」
すぐさま釣り目の女性────東條
「そ、それは……まずはこれを公表して……」
「市民に出る前に握りつぶされますわね」
「っ! そんなこと!」
「できますわよ。更に情報部が出所を突き止めようと動くでしょうね」
淡々と万葉の言葉に静香が答える。
「くっ……情報部か……なら、裁判所に!」
「無理ですわね。過去彼が一度裁判を起こしたことがありますが、既に抱き込まれていた裁判長及び裁判官のせいで裁判自体も揉み消されていますわ」
「なによ……それ」
呆然と万葉はつぶやき、手に持っていた数枚の資料を落とす。
「海軍の再編成は……今の立場じゃ無理か」
「そうですわね。この情報だって命がけでしたから」
「ああ、ありがとう。しかし……本当に、腐りきっているな。どこまで落ちれば気が済むんだ……」
唯一の男である一条
「さらに言えば」
あまり口を開かず、静観していた海軍学校の後輩────橘
「いくつかの名家も深く関わっています」
「え……?」
その一言に、全員が体を硬直させる。
「深くはありませんが、一枚かんでいる家もそこそこですね。そのうちの一つに……二宮先輩の家が絡んでいます」
キッと万葉に目を向ける未来。その瞳には憎悪に近い感情が渦巻いていた。
「え……」
「嘘よ」
「そんなの。だって」
「違う。私は……知らない」
「なら、問い、正さなきゃ。今、すぐ」
一瞬呆然としたものの、ぽつりぽつりと言葉を漏らす途中で感情を整理したのか、徐々に憎々し気な顔に変わる。
「待て。今動くのはまずい」
「……離しなさいよ」
今にも人を殺しそうな目で肩を掴んで引き留めた冬馬を睨む。冬馬はそれに怯むことなく言葉を返した。
「だから待てと言っている。本当に今動くのはまずいんだ。アイツが鎮守府から逃亡した。そのせいで各鎮守府と大本営がピリピリしている状態だ。何か不審な動きでもあればすぐに吊り上げられるだろう……横須賀の英雄をかどわかした存在として、な」
「……そう。それも、そうね。アイツらなら、やりそうだわ」
真剣な顔で訴える冬馬を見て、冷静になったのか一度深呼吸して落ち着きを取り戻す。
「……生きづらい世の中に、なったものよね」
誰に向けていったのか、その言葉は闇の中に溶けて消えた。
闇は深まる。話し合いは長く長く続いた。
こぽ。こぽ。と緑色に光る溶液の中に空気が現れては消えていく。
円柱状の容器には幾本かの管が繋がれ、常に何かを巡回させているようだ。
容器の中には、白い肢体を持つ白き髪の女が浮いていた。
「クソッ。どいつもこいつも無能ばっかりだ!」
ガンッと容器を蹴り、八つ当たりする研究者風の男。
「早く研究成果を見たいというのに! 何故記録機とEDOSを回収できないんだ!」
「あの場所のものさえ回収できれば……ようやく完成するというのに!」
髪をかきむしり、目を血走らせる男。
「ふ、ふふふ。もうそろそろだ。もうすぐだ。待っていてくれ。きっと、キットスベテガオチル……フフ、アハハハヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
男は笑う。狂ったように笑う。
それを見る容器の中にいる女は、青緑の瞳を輝かせ、薄く、微笑んだ。
昏き昏き深海。海の底に蠢くもの。
ゆっくりと、ゆっくりと光へと手を伸ばす。
浮上する。昇って行く。
───────暗い。
───────昏い。
───────殺せ。
───────沈め。
───────シズメ。
───────ウミノソコデ……。
───────カナシミト。
───────クルシミヲ。
───────オモイダセェェェエエエッッッ!!!
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