天井と思われる暗闇から垂らされた、一つの電球が彼を照らす。
彼自身は既に覚醒しており、頭の中ではこのどこまでも暗い場所がどこなのかと混乱を極めていた。
真っ暗闇の中、今が何時でここがどこなのか全くもってわからない。情報が極端に落とされた場所。そんな中で人間はどれほど耐えられるだろうか?
一般人であれば、数刻もすれば発狂するだろう。人間は常に情報を得、処理していなければ狂ってしまう。それは生まれた時から続けていたことゆえに、無理やりにでも情報を得て処理しようと脳はあらぬ幻想を生み出し、発狂しないようにしようと押しとどめる。だがそれも長続きしない。いくら幻想を生み出そうと、いづれは尽きてしまうからだ。ではそういう場合、どうするか? 彼は過酷な訓練を受けてきた身である。当然のごとく暗闇に対する耐性を付けている。そんな彼が取った行動は────寝ることだ。
「すー……すー……」
暗闇とは、人間が生きていく中で必ず遭遇するものだ。それは必然であり、当然である。夜に目を閉じれば一切の視覚情報が断たれる。加えてレム睡眠までいってしまえば触覚情報、味覚情報、聴覚情報、嗅覚情報全てが無意味になる。もちろん脳は情報を取得して処理してはいるが、いらない情報として切り捨てられることが大半だ。危機的状況でなければ使われもしない情報なのだ。つまり、日常的に接している暗闇であれば、狂うことは無いのである。
そして、彼の眠っている地下から2階分ほど上の階では、男が喜色満面の笑みを浮かべていた。誰が見ても上機嫌だとわかるほどである。
「アヒャヒャ! これで完成する! これでやっと……やっと!」
今にも踊ってしまいそうなほど男は喜んだ。
男が目指しているのは妻子の復讐だ。深海棲艦及び艦娘、果ては日本を纏めて沈めるほどの復讐を行おうとしているのだ。奪われた妻子の為、
男は真面目に生きていた。生真面目と言ってもいい程に。軍に入り、着実に戦果を挙げていた。艦娘にも雑な態度をとるのではなく、親身に接していた。男の気質が、悲劇を招いた。ある時、男が所属する鎮守府に大規模な敵艦隊が侵攻してきた。それは男の所属する鎮守府の艦娘だけでは対応できない程だった。当然のように鎮守府の提督は援軍の要請を大本営に緊急で出した。しかし、それは受理されることは無かった。理由として、大規模と言っても軽空母や軽巡洋艦、駆逐艦などの軽量艦隊だった故だ。だから重量艦であれば押し返せると、大本営は判断し通達した。未だ
当然のように鎮守府は壊滅した。軽空母及び軽巡洋艦、駆逐艦の
実行した艦娘にすら男は八つ当たりできない。何故こんなことをしたのかと問うことができない。既に
男は絶望を抱えたまま、誰に当たることもできなくなっていた。元凶は大本営、実行は艦娘、原因は深海棲艦。だが男は絶望を抱えるだけでなく、復讐に燃えた。通常ならば自殺するほどの喪失感と絶望に襲われていたが、そこを
大規模な鎮守府で実験し、艦娘の思考に悪感情を植え付け、大本営と乖離させる。『提督命令』さえも無視できるほどの感情は、
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! さぁ───戦争の、始まりだ」
日本は、一人の男の復讐の炎に、焼かれようとしていた。
某所。
『全艦に通達。至急講堂に集合されたし。繰り返す。全艦に通達。至急講堂に集合されたし』
館内放送及び通信機器によって、全ての艦娘に集合がかかった。集合をかけたのは軽巡大淀。ある通信を受けて、鎮守府に所属する艦娘全てに集まるように指示した。
既に講堂に待機し、マイクチャックなどをしているところにぞろぞろと艦娘達が入室してくる。
「大淀」
準備を済ませた大淀に声をかけたのは、提督代理の戦艦長門だった。
「長門さん。お疲れ様です」
「ああ。お疲れ様。それで、なぜ招集したんだ……? それも全艦娘を」
当然の疑問を長門が問う。
「取り急ぎご報告することと……全艦娘に通達すべきことがあるからです」
「む? ならば通信だけでいいはずだが……」
「いえ、全員が揃っていた方が良い事柄もありますので」
「む。わかった」
長門は1つ頷くと、所定の場所へと戻る。講堂には長門と大淀が会話している間にすべての艦娘が勢ぞろいしていた。艦娘達はそれぞれ艦種ごとに分かれ、整列していた。
「皆さん、緊急の呼びかけに答えていただきありがとうございます」
大淀は用意していた壇上に立ち、マイクを持って語り掛けた。
「まず、皆さんをここに集めさせていただいた理由です。一四三五に二つの通信がありました。一つは夕立さんから。もう一つは───哨戒に出ていた娘達からです」
夕立からという言葉でざわりと行動が騒ぎ出し、哨戒に出ていた艦娘からの連絡もあったと言われると、更に騒ぎが大きくなった。
「提督が見つかった?」
「そうかも」
「それにしちゃあ遅くねぇか?」
「いや、哨戒班からの連絡も気になる」
「確かに」
「司令官は今どこに?」
「もしかして敵が攻めてきた?」
色々な憶測が飛ぶ。それを大淀は静かに聞いていた。そしてある程度落ち着きが戻ったのを見ると、続きを話し出す。
「まず、夕立さんからの連絡です。『テイトクヲミツケタリ。タダシナニモノカニツレサラレタ』とのことです。その為、新たな提督捜索部隊を編成します」
「はぁ!? 提督が連れ去られた!?」
天龍が素っ頓狂な声を上げる。
「はい。しかし、現状誰に連れ去られたのか、またどこに連れ去られたのかは不明です。その為、捜索隊を組まなけれならないのが現状です」
「であれば。空母の出番、でしょうか」
赤城が一歩前に出て手を上げながら大淀を見た。
「はい。ですが、地下にとらわれている、という可能性もありますので、地上部隊も派遣したいと考えています」
大淀は頷きながら説明をする。
「ふむ。事情は理解した。で、もう一つの報告の方は?」
「はい。もう一つの報告ですが……近海に出撃していた哨戒班が、深海棲艦と思しき通信を傍受しました」
『はぁ!?』
大淀を除くすべての艦娘の声が唱和し、少しだけ建物が揺れた。こうなることを予見していたのか、大淀は澄ました顔で耳をふさいでいた。
「ど、どういうことだ!? 深海棲艦の通信の傍受……盗聴なんてできたためしがなかったというのに!?」
代表して長門が驚きながら大淀に問う。全員が驚いてしまうほどまでに衝撃的なことなのだ。深海棲艦の通信の傍受というのは。過去何度も傍受しようと試みられたが、一度として成功したことが無かった。通信形態が違うのか、波長が違うのか。それすらもわからない。だというのに、ここで通信の傍受に成功した。驚かない方が難しいというものだ。
「詳細なことは哨戒班が帰ってきてからにしましょう。通信の内容ですが……レイテ沖にて、深海棲艦が集結しているとの情報です」
『ッ!?』
ハッと息を呑む。その情報がもしも正しいのであれば、近いうちに大規模な侵攻作戦が開始されるのだから。
「これは……どうするべきか」
本来ならば提督から各鎮守府及び大本営に通達し、会議などを開いて情報収集と迎撃作戦の構築を始めるのだ。しかし、現在長門達がいる鎮守府に提督はいない。それに探す時間も必要である。どれほどの規模で、どこまで集まるのか。それらの情報も集めなければならない。八方塞がりで手一杯だった。
「……少し、時間が欲しい」
「わかりました。では、今回の緊急招集は以上となります。後ほど長門さんと相談して提督捜索隊及びレイテ沖情報収集艦隊のメンバーを通達します。それまで待機していてください。では、解散」
こうして、回り始めた歯車は、別の歯車を回して加速してゆく。
───────緊急事態で眠るもの。
「……んん。すー……すー……」
───────狂いながら破滅を呼ぶもの。
「アヒャヒャヒャ! 沈メ! 沈メ! 地ノ底マデ! サァ、行ケェ!
───────後悔と憎しみに囚われ、ナニカを守ろうとするもの。
「ワタシガネ…?マモッテイクノ…ッ!」
───────悩み、苦しむもの。
「はぁ……どうすれば……どうして居なくなったんだ……いや、私たちの、せいか……連れ戻して……いいものだろうか」
───────不安になるもの。
「しれぇ……どこに、行ったんですかぁ」
───────憤るもの。
「クソっ! こんな非常事態に何で誘拐なんか……! こういう時こそ一致団結するんじゃねぇのかよ!」
「摩耶……」
───────緊張するもの。
「あわわ……ヤバいかも! おトイレ行くかも!」
───────破滅へと導く、害意あるもの。
「ココハ……ジゴクナノヨ……」
「フフフ……トオサナイヨ……」
「ナンドデモ……シズメテアゲル……」
「ナキサケンデ…シズンデイケ!」
「ウミノソコデ……。クルシミト…カナシミヲ……オモイダセェッ!」
───────そして。
「こっちっぽい! こっちから提督さんの香りがするっぽい!」
「何で艦娘の貴女が犬みたいな嗅覚をしているんですか……!? 念の為付けていた発信機もそっちの方向示してるし……この私おかしい!」
男が艦娘の感情について研究したのは、正義感の強い艦娘がなぜ人を殺せるようになったのかということから、実は艦娘の感情は操作できるのではないだろうかと考えたからです。また、人心の指向性(支配や操作はできない)については深海棲艦の謎技術によるものです。
これから盛り上がっていきますよ!