TSレッドは配信者   作:モーム

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「マサラタウンに さよならバイバイ」 Part.2

 それは5年前のことだった。

 まだ、レッドが年相応に元気で活発な子だったころ。

 

 ピチューがタマゴからかえってしばらくして、レッドはピチューといっしょにマサラタウンを駆けまわっていた。

 

「やっとポケモンバトルができる!」

 

 ポケモン世界に転生してからはや7年。

 ピチューがはじめての手持ちポケモンとなって、夢にまでみたポケモンバトルができるようになった。

 

 テレビのむこうではジムリーダーや四天王が挑戦者たちとプライドをかけて全力のバトルを魅せ、レッドもテレビにかじりつくほど魅了されていた。

 

 それを、自分もできるようになる。

 ピチューがタマゴからかえってからは寝食も忘れるほど没頭して、ふたりとも片ときもはなれず互いになついていた。

 

 だから当然、母親にこんなことをいう。

 

「ぼくもポケモンバトルしたい!」

 

 瞳をキラキラと輝かせ、まぶしいまでのとびっきりの笑顔で親におねだり。

 この世界の人間としても、ポケモンがゲームの話である世界の人間としても、あたりまえの発言。

 絶対に「いいよ」といってもらえると確信している、子どもとくゆうの輝く笑顔。

 

 だきかかえたピチューもキラキラの笑顔でかおをいっぱいにしていた。

 

 だけれど、

「ぜったいに、ダメです」

 そのひとことが、夢を否定した。

 

 

 

 

◆ マサラタウン ◆

 

 中央広場には人だかりができている。

 なんだなんだ、とマサラタウンの住民たちがそこかしこからやってきたのだ。

 

「ルールは単純。1対1(サシ)のシングルバトル。道具、もちものは使用禁止。どちらかのポケモンがたおれるか、降参すれば決着だ」

 

 これはいわゆる「腕試し」に、つまり相手の力量を図るのによくつかわれる対戦ルールだった。

 

 道具やもちものをつかえないからこそ、純粋なポケモンとトレーナーの実力が問われる。

 どこまで相手の手札をみきれるか、どこまで相手の出方をよみきれるか、どこまで相手の弱いところをつけるか。

 1対1では、負けたらおしまい。次のポケモンでまきかえしを図ることもできないから。

 

「う、うん……!」

 

 ぐっ、とレッドが胸の前で拳をにぎる。

 今、おおぜいがふたりのバトルを見学しにきている。

 

 いつもの配信よりずっとすくない。

 だけれど、画面の向こう側の視聴者とちがって、幼いころからしっている人々にリアルでバトルをみられるのは、どうしてもはずかしい。

 

(まあいい。バトルがはじまれば、あの性格になるだろ)

 

 グリーンはそこを心配していなかった。

 自分もあの遠慮しがちな様子にだまされた人間だ。

 

 バトルになって格好つけてくれさえすればいい。

 

「レッドー! あぶなくなったらすぐいうのよー!」

 

 カオリはといえば、ここでレッドが負けて、またこんな変なことを言い出さないでくれれば、それでいい。

 この母親からしてみれば、ポケモンバトルは「だいじな家族をわざわざ傷つける」ものだから。

 たしかにそれもあるけれど、これがポケモンバトルのすべてじゃない。

 

 レッドも、グリーンも、すべてのポケモントレーナーはそれをよく理解している。

 でも、この世界はポケモントレーナーだけのものじゃない。

 だからこういう意見もたくさんあるし、無視していいものじゃない。

 

「それでこそ、このバトルに意味があるんだよ、レッド」

 

 魅せつけてやれ。

 ポケモンバトルを。

 レッドのバトルを。

 

「う、うん……!」

 

 ピカチュウもボールの中でびりびりと頬から電気をはなって、闘志をみなぎらせている。

 

「こい、レッド。おまえのバトルをみせてみろ!」

 

 ▼ ポケモントレーナーの グリーンが しょうぶを しかけてきた!

 

「うん。……いくよ、ピカチュウ!」

 

「やるぞ、ヘラクロス!」

 

 同時にモンスターボールを投げる。

 

 かたや、でんきねずみポケモン。

 かたや、1ぽんヅノポケモン。

 

 耳にきずのあるピカチュウは軽やかなフットワークをみせながらウォームアップ。

 自信満々に胸を張るヘラクロスはどっしりと構え、腕を組んで仁王立ち。

 

 シングルバトル、スタート!

 

「〝でんこうせっか〟!」

 

 先手はピカチュウがとった。

 

 ランダムにうごいてジグザグ軌道をえがき、一歩一歩が広場のいしだたみからこまかい破片をとばす。

 目にもとまらぬ早業。

 並みのポケモンなら目を回しかねない。

 

「……」

 

 それをグリーンは、ヘラクロスに指示をださすじっとみつめている。

 

 残像をのこすほどのすばやさには観客のほとんども目が追いつかず。

 ピカチュウはヘラクロスにパワーとタフネスでおおきく劣っている。

 

 ゆえにスピード勝負だ。かくらんして相手の体力と集中力をけずって、すきをついて倒す。

 

 ちいさなポケモンがおおきなポケモンを相手どる時の定石。

 

「ピカァ!」

 

 急加速と急減速のくみあわせでヘラクロスの死角をとり、突進。

 

 グリーンはあわてることなく、

「〝カウンター〟」

 おちついて指示をだした。

 

「ヘェ……ラッ!」

 

 腕をくんでじっとしていたヘラクロスがきらりと瞳をきらめかせ、くるりとピカチュウに背中を向ける。

 ゆるやかな動作からの、後ろ回し蹴り。

 

「ピッ……!?」

 

 ゆっくりとした動きからくりだされたするどい一撃がピカチュウをとらえ、にぶい打撃音をきかせると、足を蹴りぬいてちいさなでんきねずみポケモンを蹴り飛ばす。

 

 ピカチュウはくるくると回って空中でバランスをとり、何度かいしだたみを転がって受け身をとる。

 

「でも、浅、い……!」

 

 〝カウンター〟は倍返しの技だ。つまりもとの威力が低ければ、たいしたダメージにならない。

 だけれど、隔絶したヒットポイントの差があるから、あとになればこのダメージはおおきく響いてくる。

 

 ピカチュウはヘラクロスに体力でおとる。先制ダメージをとれなかったのが痛い。

 

「ピカチュウ、〝かげぶんしん〟!」

 

 ヴ、といくつもの残像がみえるほどの高速移動。

 回避できる確率をかせいでおき、スピードを高めて勝負したいのだろう。

 

「こざかしい真似を……ヘラクロス、〝インファイト〟だ」

 

「ヘラァ!」

 

 ガツンと甲虫らしい拳を打ちあわせて甲高い音を響かせたヘラクロスが、いしだたみを踏みしめてずんずんとピカチュウに接近する。

 

 身長差は、ヘラクロスがピカチュウの3倍ちかく。

 体重差は、ヘラクロスがピカチュウのぴったり9倍。

 

 単純なパワーとタフネスの差は、絶望的なまでの開きがある。

 

 それは絶対的な戦力差にもなるのだ。

 

「よけ、きれる、かな……?」

 

 いやな予感がレッドの脳裏をかすめた。

 

「ヘラ、ヘラ、ヘラ、ヘラァ!」

 

 殴る。よける。

 殴る。よける。

 殴る。よける。

 殴る。よける。

 

 一発、また一発とヘラクロスの拳がピカチュウをかすめ、ちりりと摩擦でピカチュウの肌に火傷のようなあとが刻まれていく。

 

「ピ、カ……!」

 

 ピカチュウは防戦一方でよけるのが精一杯だけれど、時おり、あわや直撃というあぶないところがある。

 いつもまでもよけきれるはずもないが、なのに、レッドは反撃の指示をださない。

 

(おかしい……)

 

 グリーンが違和感に気づいた。

 いくつもの歯車が、かみあっていない気がする。

 

 レッドの指示にキレがないようにおもえるのは、きっといつもの配信ではなくて、村人たちや母親に見られているからかもしれない。

 

(ほかになにがある?)

 

 グリーンが思考をめぐらせる。

 対戦相手によけいなことまで考えさせる余裕をあたえるのは、ギャラドス戦でみたレッドのバトルスタイルからは考えにくい。

 それほど、彼女は調子が悪いのだ。

 

 これで緊張しているなら、ふだんの配信はなんなのだろう。

 わざと隙をみせている、とは考えにくい。

 

 バトルのときだけ性格が変わるトレーナーであれば、すでに豹変しているはず。

 

 まさか。

 

「レッド、おまえ配信していないとかっこうつけられないのか!?」

 

「そ、そうです……」

 

 グリーンは経験則から、レッドのことを「バトルになると一変するタイプのトレーナー」と思いこんでいた。

 

 配信のときだけがらりと性格を変えるトレーナーなんて、見たことも聞いたこともない。

 

「スマホロトムはどうした!」

 

「つ、通信制限で……」

 

「どうして安いプランにしたままなんだ!」

 

「か、家族割りだから、これしか……」

 

「ええい、家庭の事情ってやつはこれだから!」

 

 レッドが配信していないのは、てっきり身元が割れるからだとおもっていたが、もっと技術的なトラブルだった。

 

 彼女が勝つにはあの性格になる必要があって、それには配信しないといけなくて、さらにはスマホロトムが問題なく通信できなければいけない。

 

 がらがらと音を立てて足元が崩れていく、グリーンはそんな気がした。

 

 打ち合わせなしのぶっつけ本番で、ここから負けを演じるのはむりだ。

 グリーンもレッドも、そんなふうにバトルはできない。

 正々堂々、正面から真っ向勝負でぶつかりあう、そういう熱いバトルしかできなかった。

 

 だったら。

 

「レッド!」

 

 グリーンが叫び、注意を引く。

 

「今ここに、何人いるとおもう?」

 

「え、えっと……じゅ、15人」

 

 マサラタウンはちいさな村だ。中央広場でポケモンバトルをやっても、この程度の数しかあつまらない。

 郊外にあるオーキド研究所をのぞけばなにもなくて、のんびりとした時間がただながれる、おだやかな土地。

 村人はみんな知り合いか友人で、村の中の話題なら、どんなこともみんなが次の日には知っているほど。

 

「配信すればいつも、お前はどれだけの人にみられている?」

 

「よ、4千人ちょっと……」

 

 4千人というのは、大きな体育館に隙間なくひとをつめこんだらやっと収容できる数だ。

 人間が一生のうちに出会える人数は、3万人といわれている。

 たった8回ほど配信するだけで、一生をかけてかかわれる人数をこえてしまう。

 

 それはとてもすごいことだ。

 100人とかかわることだって時間がかかってむずかしいのに、それをおおきくオーバーする数の人々を、1回で楽しませることができる。

 

「いいか、レッド。おまえはこんな()()()()()()()()()()で満足か!?」

 

 びく、とレッドの肩がふるえた。

 グリーンのいいたいことに気づいたようだ。

 

「今は4千人でも、トレーナーとしてもっとつよくなれば、1万人、2万人だって夢じゃない!」

 

 今の7万人のチャンネル登録者数は、とてもすごいのだ。

 巨大なスタジアムをうめつくせるほどの人数。

 

「10万、20万でも、おまえならいけるんだ!」

 

 ポケモンバトルはとてもおおきな興行だ。

 この世界にいきる人間ならば、そのほとんどがテレビで日常的にたのしんでいる。

 

「考えてみろ、チャンピオンリーグの決勝戦、世界中がおまえをみているさまを!」

 

 チャンピオンリーグの最終戦ともなれば世界中のファンが注目するし、ガラル地方ではジムリーダー戦で何十万ものファンがスタジアムに押し寄せる。

 対戦相手だけじゃなく、スタジアムでもテレビの向こうでも、だれもがまばたきを忘れてレッドの一挙一動をみつめるだろう。

 

「おまえが魅了するんだ! チャンピオンも! 観客も! すべて!」

 

 あらゆる人々がレッドに魅せられて、夢をみて、熱中する。

 できないはずがない。

 

 レッドは、原点にして頂点の名だ。

 ポケモンのすべてがその名前をもった少年からはじまった。

 

 もうすでに、できたことだ。

 また、できるはず。

 

 たとえそれをグリーンが知らなくても、ゲーム内の自分はいけすかないライバルだったことを知らなくても、この世界に生きるレッドに魅了されたファンのひとりとして、彼は叫ぶ。

 

「ここから始めるんだ。マサラタウンから、おまえのお母さんから!」

 

 マサラは真っ白。始まりの色を冠した土地。すべてが始まった場所。

 

 ここからもう一度、はじめるのだ。

 

「……ありがと、グリーン」

 

 レッドが帽子のツバをうしろにまわし、ジャケットの前をあけて動きやすいようにする。

 深呼吸をして、頭のなかを切り替える。

 

 カチリ。

 きりかえスイッチが入った。

 

 おくびょうなレッドをひっこめて、凛々しいレッドと交代。

 

 準備完了。

 

「いくよ、ピカチュウ」

 

 レッドのバトルがはじまる。




 
 レッドちゃんはここからが強い(一般通過視聴者)

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