TSレッドは配信者   作:モーム

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「マサラタウンに さよならバイバイ」 Part.3

 ごくり、と観客がなまつばをのみこむ。

 

「空気がかわった……」

 

 そうだ。

 あのおとなしい少女はもういない。

 いるのは、闘志を凛々とみなぎらせた、風格あるトレーナー。

 

「ピカチュウ、もういちど〝かげぶんしん〟」

 

 ヴ、といくつものピカチュウの残像がみえるほどの高速移動。

 補助技をつんで回避率をあげていく。

 二回もつめば回避できる確率はかなりのものになるけれど、それでもヘラクロスのこうげきをあと一撃でも正面からうければ、ひんしになるだろう。

 

 だから、勝負は一回だけ。

 そこにすべてを賭ける。

 一回かぎりの大博打。

 

 勝てなければ、一生、このちいさな村からでられなくなるかも。

 プレッシャーがレッドのほそい両肩にのしかかる。

 ふつうの人なら、手足の先がしびれて頭の中がまっしろになるほどの重圧。

 

 だが。

 

「ぼくのしったことじゃ、ないよね」

 

 画面の向こうの主人公は、いつも勝利を確信していた。

 彼女はレッドだ。ポケモンの主人公だ。

 勝利を目指してひたはしる。それが、彼女のしっている「レッド」の姿だから。

 

「やっと、おもしろくなってきたじゃないか」

 

 にやり、とグリーンが笑う。

 トレーナーの本能から、

 

「ピカピィ……!」

 

「ヘェ……ラッ」

 

 ピカチュウはほおからびりびりと電気を放ち、ヘラクロスはがつんがつんと拳を打ちあわせてこたえる。

 ポケモンたちもやる気満々だ。

 バトルはやっぱり、お互いのトレーナーとポケモンが本気をださないと。

 

「……」

 

 じりじりと、トレーナーとポケモンのふた組みが間合いを見計らう。

 ポケモンの間合いもさることながら、トレーナーの間合いのとり方も重要だ。

 

 うっかり相手ポケモンの射線上に入ろうものなら怪我してしまうし、それどころか、トレーナーをかばおうとした相棒が相手のこうげきを受けてしまうかもしれない。

 

 たとえばだけれど、〝すなあらし〟から〝ステルスロック〟などでフィールドを作り替えるパーティーなどでは、うまく間合いをとって相手を罠にかけて動きを封じる戦法もある。

 

 フィールドをうまく使うことも、自分たちに最適な間合いをとることも、すべて腕の立つトレーナーならば無意識にやっていることだ。

 

(なにをやろうとしている……?)

 

 レッドの動きをグリーンがいぶかしむ。

 

 ピカチュウとレッドは、ヘラクロスの格闘距離から離れながらも、どこかへ誘導するような気配をみせている。

 

 並みのトレーナーなら「にげているだけ」と断じるほど丁寧に演じているけれど、それでグリーンの目はごまかせない。

 

 だからこそ、彼女とそのポケモンがなにをしでかすか、みてみたい。

 

「のってやるさ! 〝かわらわり〟!」

 

「ヘェェェエエエエエ!!!!!」

 

 ヘラクロスが腕を振りかぶる。

 〝インファイト〟は当たった時の攻撃力はすさまじいが、強力な技であるだけ、技をつかうポケモンも疲れてしまう。

 ピカチュウが〝かげぶんしん〟で回避力を高めている以上、なかなか当たらないだろうし、連発してヘラクロスを疲れさせるわけにはいかない。

 その隙を突かれるかもしれないからだ。

 

 ぱがん、と小気味よい音をたてて石だたみがわれる。

 

 もう遠慮しない。

 レッドはきっと、追いこめば追いこんだ分だけ爆発するトレーナーだ。

 中途半端はいけないし、そんなバトルは面白くない。

 

「そのままおしこめ、ヘラクロス!」

 

 パワーもタフネスもありあまった、いっぽんヅノポケモンが突撃。

 かくとうポケモンと真っ正面からがっぷり四つに組みあえる強力なパワータイプのポケモンが、ちいさなでんきねずみポケモンに迫る。

 

 右腕のおおぶり。

 

 左拳の正拳突き。

 

 右足の後ろ回し蹴り。

 

「〝かわらわり〟って、こぶしでたたかう技でしょ!」

 

「足にできないと決まっているわけじゃない!」

 

 いかにも力任せなみためにそぐわず、このヘラクロスはなかなか器用なポケモンらしい。

 

 足がないのに〝けたぐり〟で大ダメージをかせぐポケモンもいるし、レッドのピカチュウが〝なみのり〟を使うように、テクニカルにバトルするポケモンはいる。

 

 パワーとタフネスがあり、そして器用でもある。

 一見すれば弱点はなさそうだけれど、つけいる隙があった。

 

「やるよ、ピカチュウ!」

 

「ピカ……!」

 

 背水の陣。

 

 マサラタウンのおおきな池を背後にするほど追い詰められたレッドが、ピカチュウに合図を出す。

 やっと、彼女とそのポケモンのやりたいことができる場が整ったようだ。

 

「正面から叩き潰すぞ、〝インファイト〟!」

 

 出し惜しみはなし、真っ正面からのフルパワーで叩き潰す。

 レッドがなにかする気なら、グリーンはそれにのるまで。

 

「ヘェ……ラッ!」

 

 連打。

 連打。

 無呼吸連打。

 

 スタミナにものをいわせた連撃。

 だけれど、一発ごとに狙いが正確になっていくテクニカルなこうげき。

 

 ピカチュウでは、一度でもうければ〝ひんし〟になること間違いなし。

 

「ピ、ピ、ピ、ピカ!」

 

 それを紙一重で避けていく。

 

 ときにはジャンプで。

 ときには尻尾でヘラクロスの腕を叩いてくるりと回転して。

 

 かすめたこぶしの摩擦で、レッドにていねいに整えられた体毛がちりちりと焦げる痕がのこり、見るものにはいたいたしい。

 

 もとより背中にマサラタウンの池をひかえるほど追い詰められていたから、あっという間に逃げ場がなくなった。

 

(さぁどうする、レッド?)

 

 もう、あとがない。

 

 ここで逆転できなければ、旅に出るなんて夢のまた夢。

 母親のカオリに根掘り葉掘り問いただされるだろうし、スマホロトムはおろか、ピカチュウのボールも没収されてしまうだろう。

 

 大ピンチ。

 

「ふふ」

 

 レッドは不敵にほほえんだ。

 

 フィンガースナップ。

 

 小気味良い音がぱちんと響き、ピカチュウの動きが変わる。

 

「ピカ━━」

 

 深く腰を落とし重心を低くして、力をためていく。

 なにかする気だ、とヘラクロスが勘づいて極至近距離(インファイト)の鉄槌打ちを放ったときには、もう遅い。

 

「━━チュウッ」

 

 〝でんこうせっか〟

 チリ、と鋭い拳をかすめて体毛にわずかな火傷を負いながらくぐりぬけ、足に突進。

 

 たん、たん、と三角飛びめいた鋭角な軌道を描いて運動エネルギーをかせぎ、尻尾でヘラクロスの片足を足払い。

 

「ヘラ?」

 

 石だたみではむしポケモンの足は充分に踏んばることができず、拳をかわされ無防備になったところを崩されて、あっけなく大地から軸足が離れてしまった。

 

「もう一度!」

 

 レッドの指示をうけたピカチュウが硬い尻尾で背中をたたき、慣性にしたがって前にすすんでいた背中を押されて、空中に放りだされる。

 

 ヘラクロスは、池を背にしたピカチュウを狙っていた。

 

 つまり。

 

 池に落ちる。

 電気をよく通す、水中に。

 

「ピカ……チュウッ!」

 

 〝でんきショック〟

 

「べべべべべべべべべべべべ」

 

 空中でノーガードのところをでんき技が直撃して、外骨格がこげるほどの電撃をくらい、ヘラクロスが〝まひ〟状態になる。

 水と蓮とコイキングを巻きあげてヘラクロスが池に落ち、水面に人が飛びこんだような音がたつ。

 

「だが、ヘラクロスの体力はあまって……!?」

 

 グリーンのいうように、ヘラクロスのHPはまだバトルを続ける余裕がある(バーはまだ黄色)

 けれど、〝まひ〟になってから叩き落とされた場所が悪かった。

 

 水中。

 

 ほとんどのむしポケモンがとくにいやがるロケーション。

 しかも〝まひ〟でほとんど動くことができないまま、目を回し体をびくつかせながら、ずぶずぶと沈んでいく。

 

 軽いポケモンならぷかりと浮かんでいただろうけれど、ヘラクロスの体重はおおよそ54キロもあり、浮かんでいることはできない。

 

「勝負あった、と思うけど」

 

 ふふん、とレッドとピカチュウが胸を張って勝ち誇る。

 

(〝まひ〟がなおるのを待っていたら、ヘラクロスは溺れる……か)

 

 ヘラクロスは池のだいぶ奥に叩きこまれてしまい、すぐに這いあがることもできないし、水中に没し〝まひ〟で弱っているところにでんき技をいくつも繰り出されたら、なにもできないまま倒される。

 

 それでも無理してヘラクロスを戦わせようとすれば、自分のポケモンをむだに痛めつけるだけであるし、そんな見苦しいバトルはグリーンの趣味じゃない。

 

「……降参、おれの負けだな」

 

 グリーンが投了。

 ヘラクロスをボールに戻した。

 勝負あり。

 

「やったぁ!」

 

 バトルに勝ったうれしさからレッドがピカチュウを抱きあげて、ポケモンにほおずりしながら笑みをうかべた。

 ピカチュウも勝利の余韻とトレーナーに可愛がられるうれしさからか、心地よさそうに瞳を細めている。

 

「おおー!」

「あのおとなしいレッドが……」

「信じられない。だってグリーンが相手だぞ?」

 

 拍手と歓声、ざわざわと風に乗って観客たちの声がきこえてくる。

 

「……のんきなもんだよ」

 

 また、マサラタウンの人々の前で負ける姿をみせてしまったとグリーンがひとりごちるけれど、レッドとピカチュウをみて毒気を抜かれたのか、やれやれと肩をすくめてみせた。

 

 ほんとうなら唇をかみしめるなり小石をけとばすなりしたいところだけれど、年下のトレーナーに野良試合で負けてそんなことをするだなんて、高校生がやっていいことじゃない。

 

 思い思いに勝負の結果をうけとめていると、

「レッド」

 母親の声が、ひときわつよく耳に響いてきた。

 

「ひゃ、ひゃい……」

 

 ピカチュウにほおずりしていたレッドの動きがびくりとかたまって、いたたまれない様子でカオリに向きなおる。

 さきほどまでのバトル中の楽しそうな表情も、勇ましい立ち居振る舞いもない。

 触覚めいたあほ毛も元気なく垂れ下がり、頭はわずかにうつむいて視線をおよがせ、顔もこわばっている。

 

 これから叱られることを怖がるこどもの姿。

 

 レッドの今までの経験からすれば、ピカチュウの〝でんきショック〟とは比べものにならないおおきな雷が落ちるはず。

 

「いつ練習したの?」

 

 まずは軽いジャブから。

 レッドは素人目にも慣れた様子で、ピカチュウとも互いに信頼しあった連携をみせたのだから。

 とくにフィンガースナップで相手に指示を気取られず、しかし以心伝心のところをみせたのは見事だった。

 

「と、トキワシティのおつかいとか、学校の帰りと、えっと、友達の家にあそびにいくふりをして……」

 

 いたいけなくらい素直なレッドはしどろもどろになりながらも、なんとか母親の目をみながら話す。

 トキワへ行けばいつも、セキエイ高原のポケモンリーグに思いをはせて、いつかは自分もと夢をたしかめたこともある。

 

「その靴とカバンだと、山や森に入るのもたいへんでしょう?」

 

 レッドの服装はボーイッシュではあるけれど、靴やカバンなどは一般向けのものであるし、トレーナー用のグローブなどはつけていない。

 グリーンが初対面でレッドのことを「トレーナーらしくない」と考えたのも、そのちぐはぐな服装が理由のひとつ。

 

「あ、あんまりうごけなくて、不便、です……」

 

 ポケモンの動きを追いかけて、ときには相手のこうげきを避ける必要があるから、装いのせいで動きづらいのは致命的といえた。

 そのせいでたびたび汚しては叱られてきた記憶がよみがえって、レッドもそろそろ泣きそうなほど怯えきっている。

 

「旅に、出たいのよね?」

 

 レッドの家をグリーンがたずねてきたのも、こうしてバトルをすることになったのも、その話からはじまった。

 それでちいさな村にしては大騒ぎすることになって、広場でレッドは母親のカオリに問いただされている。

 

「出たい、というか、あの……えっと……」

 

 レッドは泣きたい。

 バトルは終わってあの凛々しいレッドから引っ込み思案なレッドに交代しているから、こんな人前でこうやってまるで詰問されるようなことをされると、緊張であがってしまう。

 

 けれど。

 

「ピカ」

 

 そっとピカチュウがレッドの足に頬ずりした。

 いくつともバトルをともにしてきた、ちいさな体におおきな力を秘めた相棒。

 

 きっと彼は、レッドがなんと答えてもずっと一緒にいるだろう。

 家でテレビをみて、ごはんを作って、散歩にいく時も、ずっと。

 

 でもレッドは、今日はバトルできないと伝えた時のピカチュウの落ちこむ姿を見たことがある。

 激しいバトルで泥だらけになって、一緒に笑いあいながら家路についたことだってあった。

 

 だから。

 

「……お母さん。ぼくは、ピカチュウと旅をしたいです」

 

 いろんなところを見て回って、いろんな土地のごはんを食べて、いろんな出来事に遭遇したい。

 ずっと夢見てきて、一度はあきらめかけて、でもまた目指した夢を追いたいから。

 

「そう、そうね……」

 

 ふぅ、とカオリがため息をつきながら顔をあげる。

 彼女の目の前には、自分がお腹を痛めて産んだ娘がたっている。

 

「ダメと言われても、行きます」

 

 レッドが、ぎゅっと唇を引き締め、こぶしを握りしめて、背筋をのばし、ちいさな体をふるわせながら。

 

 あのおとなしい娘が、自分の意思で夢を口にしている。

 

「……靴とグローブに、カバンと……いえ、他にもたくさんいるでしょうね」

 

 ひとり言のようにレッドに話しかけながら、カオリはいくつかの計算と考えごとをしていた。

 

「え、っと……?」

「ピカ?」

 

 予想していた反応と違うことをいぶかしんで、レッドとピカチュウが顔を見合わせる。

 

「これからトレーナーとしてカントー地方を回るのでしょう? ポケモントレーナーとして恥ずかしくないよう、きちんと旅支度しないとね」

 

 母親の言葉を理解できなかったレッドがフリーズして、

「~~~~~~~~~っっっ!!!!!!」

 舞いあがってしまいそうな嬉しさが胸をついて溢れ出し、アンテナめいたあほ毛が元気を取り戻してピンと伸び、興奮と喜びが少女のちいさい体の中でぐるぐると奔流を描いた。

 

 高揚からほおをあからめて、顔にはかがやかんばかりの喜色満面な笑みを浮かべ、急に湧きあがった嬉しさから涙目にもなっている。

 

「ほら、ピカチュウにグリーンちゃんも疲れたでしょう、お家でやすみましょう」

 

 今やるべきカオリの仕事は、レッドのために旅支度を整えることだった。

 それが終わったら、彼女がいつ家に帰ってきてもあたたかく迎えることと、旅の無事を祈ること。

 

 自分の子どもが巣立っていく母親として、これ以上ないほど寂しくて、けれどなによりも嬉しい出来事。

 娘がはじめて、自分の意思で親に反対されようとも夢を叶えたい、と言ったのだから。

 

 親としてできる限りのことをして、あとはレッドを信じて背中を押してあげればいい。

 

「………………」

 

 そんな彼らの背後で、ヘラクロスの池ぽちゃで打ち上げられたコイキングがしめやかにはねていた。




 コイキングはこの後、〝はねる〟をたくみに使い、おおよそ7時間かけて自力で池に帰りました。

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