TSレッドは配信者   作:モーム

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「フシギダネって ふしぎだね?」 Part.2

 マサラタウンの北東に、ひとつの工事途中で廃棄されたタワーがある。

 

 円筒形で全長はとても高く、根本から見上げれば首が痛くなるほどおおきな塔。

 

 ホウエン地方のバトルフロンティアにさきがけてオープンする予定で、ポケモントレーナーが腕を磨く施設になるはずだったけれど、想定よりも高くついた建設費用やグレン島の噴火などがかさなり、いつしか建設がなげだされてしまった。

 

 まださびは目立っていないが、組み立てられたまま放置された足場やむきだしの支柱や梁がうらさびしい。

 

 風が吹けば放りだされたワイヤーと足場のきしむ音、陽のかたむくころにはゴーストタイプのポケモンがあやしくただようなど、いまでは立派な巨大廃墟とかしている。

 

「ここにはきちゃダメっていわれてたけど」

 

 ふえー、とレッドが首が痛くなるほど高いバトルタワーのてっぺんをみあげていた。

 

「今日は、ゆるしてもらえるよね」

 

 スマホロトムの画面をみれば、周辺地図のなかに赤い光点がまたたいている。

 図鑑の追尾機能から推定される、フシギダネの現在位置。

 

 もとはエンテイ・ライコウ・スイクンといった伝説のポケモンの移動経路を割りだすために開発された機能ではあるけれど、一度でもボールにおさめられたポケモンなら生体情報を登録して、それをもとに現在位置を推測することができる。

 

 具体的にどうやっているかは、オーキド博士に聞いてみれば話してもらえるけれど、ガウス分布や逆ヤコビ行列といった数学の話が8万字ほどつづくので割愛。

 

 今回のフシギダネのように、長いことボールにおさめられていたポケモンは個体データが豊富なため、このように正確な位置まではじきだせた。

 

 とはいえ、

「……ピカチュウ、ここ、ぼくでものぼれるとおもう?」

 建設中に放棄されたタワーをのぼるのはむずかしい。

 

「……ピカー……」

 

 きみにはむりだよ、とピカチュウが相棒の肩の上でささやく。

 彼は、おとなしいときのレッドがとんでもない運動音痴で、おそろしいくらいのうっかりやで、どれほどたよりにならないか熟知している。

 

「がんばれば、なんとかいけそうな気がしてきた」

 

 ダメみたいですね。

 

 料理が下手なひとのいう「味見していないけれど大丈夫」なみに、素人特有のどこからでてきているのかなぞの自信とあまい見通し。

 

「…………ピカ…………」

 

 こうなるとピカチュウにはどうすることもできない。

 止めようとしても、放っておこうとしても、一瞬たりとも目を離しておけない少女は先へ先へといってしまうから、どうしてもあとにつづくしかない。

 

 ピカチュウがあたまをかかえている間にも、レッドはどこからのぼれるか、あたりをぐるぐる歩きまわっていた。

 

「足場をのぼっていくしか、ないのかな?」

 

 入り口は工事用の資材でうまっており、ひとが通れる隙間もない。

 ピカチュウなら通れそうではあるけれど、ポケモンだけ送りこんでも意味がない。

 

 目的はフシギダネの捕獲だ。

 たおすことじゃない。

 

「……よし、ここからのぼれる」

 

 なんどか足場のパイプがしっかりしているかたしかめて、ぐいっと体をもちあげてのぼっていく。

 不器用なりにがんばってつかみかかり、しっかりと足をパイプにかけ、ひといきに次の段へとかかる。

 

「ねえピカチュウ、このあたりはむかし、くさタイプのポケモンがたくさんいたんだよ」

 

「ピカー?」

 

「うん。まだきみが生まれる前の話だから」

 

 このタワーの工事がはじまった時のことは、ものごころがついたころのレッドもよく覚えている。

 カントー地方のあちこちが建設予定地になのりでて、各地で我こそはとアピール合戦がくりひろげられた。

 

 どの街や村もその土地の特色や名産品、具体的にどんな場所が適しているかを売りこんだ。

 

 連日連夜、あらゆるメディアが宣伝を流していた。

 

「たのしかったけどね。ぼくがいる世界のことを、カントー地方のことを知ることができた」

 

 ゲームやアニメでは分からなかった、たくさんのことを画面のむこうでみて、ひとつひとつ自分が生きている世界の実感をつみかさねていった。

 

 タマムシデパート屋上のフルーツパーラーだとか、シオンタウンの西にある水上の神社だとか、クチバシティの大きな漁港と新鮮な海産物。

 

「あのときにつくった観光ノート、まだ家にあるかなぁ」

 

 ルーズリーフのリングノートを何冊も買いこんで、土地やジャンル別に付箋でわけてつぎつぎと書きこんでいった。

 

 小学校に通ってもいないこどもだから、それっぽく幼いことばづかいで書くのはなかなかむずかしく、最終的にキーワードだけをメモすることで妥協した。

 

 ほんとうなら思ったことや気になったことまでしっかり書きとめておきたかったけれど。

 

「けっきょく、なんでマサラタウンにバトルタワーが作られることになったか、ぼくにはよく分からないんだけどさ」

 

 カントー地方ポケモンリーグのチャンピオンは代々マサラタウンの出身で、この地方のトレーナー育成におおきな功績のあるオーキド博士がいることからマサラタウンが選ばれたが、それをレッドは知らない。

 

 建設予定地の発表にグレン島の噴火がちょうどかさなって、どういう理由でえらばれたかの報道をみすごしていたようだ。

 

「さいしょは楽しかったよ」

 

 マサラタウンにも活気が戻って、日々に張り合いがうまれた。

 いつかはあそこで腕を試すことを夢見てトレーナーとしての知識を仕入れていたし、目標となるものがいつもみえる場所にあるのはとてもいいモチベーションになる。

 

「気づいたら、いやな話ばかりになっちゃった」

 

 途中からは建設に関係する問題がたくさんとりざたされて、いつしかニュースを見聞きするのは億劫になってしまった。

 

 計画中止でレッドのお父さんも損をしたとかで、お母さんのポケモンバトルきらいもより深まったが、レッドは父親がなにをしているかよく知らない。

 

「よいしょ、っと……」

 

 なかほどまでのぼってタワーの内部に入れば、真上の太陽に照らされたマサラタウン一帯が目に入る。

 

 遠目にも、ひなたぼっこするポッポやナゾノクサ、コラッタの一団がみえた。

 春先の陽気とタワーをぬける風がほおをなで、やわらかな清々しさに心が洗われる。

 

「むかしね、このあたりはフシギダネやフシギソウ、フシギバナがたくさんいたんだ」

 

 バトルタワーの建設予定地だった場所は、山中といってもひらけた丘といえる土地で、日向の陽気に照らされたフシギバナたちが花粉をとばしていた。

 

 赤色と桃色のあいだな花粉の色はあざやかで、スギのようにアレルギーにもならないから、この時期のマサラタウンは幻想的な景色になった。

 

 フシギダネはマサラタウンの近くで捕獲できることと、親しみやすいポケモンということで、この土地から旅立つトレーナーの手持ちとしてポピュラーなポケモンだ。

 

 この時期はフシギダネたちの大移動でトキワシティが渋滞するのが風物詩で、観光客などが見物にくることも珍しくなかったし、レッドもなんどか近くでたのしんだことがある。

 

「……このタワーをたてるために丘を潰して、もう見れなくなっちゃったけど」

 

 しばらくはこの周囲にフシギバナたちが集まっていたけれど、年々その個体数も減少していって、いまはトキワのもりの奥に潜んでいるらしい。

 だいじな丘が消えたこと、タワーで日照がさえぎられたこと、他のポケモンと縄張り争いになってしまうことが、トキワのもりにうつっていった理由。

 

 レッドはなつかしいと同時に、胸のどこかがさみしさで痛むのを覚える。

 きれいなだけじゃない、ポケモンの世界のこころをちくりと刺してくる一面。

 

(でも、目は背けたらいけないよね)

 

 この世界で生きると決めて、今も生きて、これからも生きていく。

 だから、こういうところもきちんと見ていかないと。

 

「いこうピカチュウ。まだ半分しかのぼってない」

 

 んー、とレッドが背伸びして体をほぐす。

 なれない登攀にちいさな体が強張って、いまも筋肉疲労で全身がおもたい。

 

 今度はタワーの内部からのぼっていくことになる。

 足場より動きやすいとはいえ、そこかしこに穴があいて危険だし、帰りはまた足場をくだっていく必要があった。

 

 ここからの行きも帰りもかなり厳しいだろうけれど、ここであきらめるレッドではなかった。

 

 わずかに匂ってきた甘い香りに足を止めたレッドの背後で、ガスじょうポケモンのゴースがゆっくりとガスをコンクリートの隙間からこぼし、廃墟の暗闇に顕れる。

 




 ▼ ゴース ガスじょうポケモン No.092

   古くなって誰も住まなくなった建物に発生するらしい。
   ガスでできた薄い体は、どんな大きさの相手も包みこみ、息の根を止める。

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