TSレッドは配信者   作:モーム

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「フシギダネって ふしぎだね?」 Part.3

 屋上まであと一階というところで、レッドが足を止めた。

 

「んー?」

 

 レッドがこくりと小首をかしげる。

 あまい香りが鼻先をかすめて消えていった。

 

「ピカー?」

 

 ピカチュウも鼻をくんくんと鳴らしてこのおかしな匂いのもとをたどろうとする。

 花やお菓子のような、あまくてうっとりするような香りとはちがう。

 化学薬品的な、鼻の奥にのこってそのうち気分が悪くなってくるような、いやな匂い。

 

 怪談でよく耳にする、ガスじょうポケモン、ゴースの匂い。

 

 

「しまった━━!」

 

 レッドが飛びのきながら背後をみれば、すでにゴースはガスをあたりに充満させて、臨戦態勢。

 

「shyaaaaaaaaaa」

 

 ゴースはおぼろげな本体に笑みをうかべ、気体にとけた体をゆらめかせながら近づき、不意をうったゴースが先手をとる。

 

 〝あやしいひかり〟

 

 いく筋もの光球が念力でピカチュウの視界にうつしだされ、幻惑な幾何学模様を描いてまどわせる。

 

「ピ、ピカチュ……?」

 

 ぐるりと目をまわしたピカチュウがたたらをふみ、ころびかけた。

 〝こんらん〟状態。

 この状態ではときおり意味不明な行動をとったり、なにをおもったのか自分をこうげきしてしまうことがある、やっかいな状態異常。

 

「きのみも、なんでもなおしも持ってないときに……っ」

 

 他にもポケモンを交代させることで〝こんらん〟から回復できるけれど、あいにく、レッドの手持ちはピカチュウ1匹だけ。

 

 なおす手立てはなく、時間経過による自然回復をまたなければならない。

 

 こうかつ。

 そういわざるを得ない先手。

 

 直接的なこうげき力はない補助技だけれど、うまく決めれば完封できるかもしれない。

 

「ピカチュウ、〝でんきショック〟!」

 

 けれども、相手はゴース。

 

 ダメージレースになってもピカチュウの能力と、ゴースの技とタイプ相性なら、運に任せるところがあっても押しきれるかもしれない。

 

「ピ、ピカ……ピカチュウ」

 

 ピカチュウは わけもわからず 自分をこうげきした。

 

 ぽかりと硬い尾で自分の頭を打ちすえて、ちどり足になったところでコンクリートの破片を踏んでしまい、転倒。

 

「んんん……っ゛」

 

 運悪く、さっそくびんぼうくじを引いてしまった。

 ぶんぶんと頭を振ったピカチュウがすぐに立ちあがるも、〝こんらん〟状態から脱するにはまだ時間がかかりそう。

 ピカチュウは悪くないし、運次第でこうなることは予想済み。

 

 とはいえ、自分の手番でダメージを与えられなかったし、状態異常でダメージを受けてしまったから、こうして一手つぶれてたのはとても手痛い。

 

 そして、手番がゴースにうつった。

 

「shyaaaaaaaa!!!!」

 

 ゴースがガス状の体を広げて極限までうすめると、姿を消すように暗闇に溶けこんだ。

 どこに隠れているのかと警戒するピカチュウの背後で実体化して、〝おどろかす〟。

 

「~~~~~~~~っっっ!!!!」

 

 背中をゴーストタイプの冷たい舌でなめられたピカチュウが、ぞわぞわと全身をふるわせて飛びのく。

 

 振りむきざまに硬い尾をふってゴースを叩こうとするが、ガス状のゴースの体をすりぬけてしまった。

 

「物理技がきかないなら……〝でんきショック〟!」

 

 でんきタイプの特殊技。

 これならゴースの本体にもとおるはず。

 

「ピカ……チュウッ!」

 

 ピカチュウがほおからほとばしる電気をゴースにむけ、電撃を放つ。

 目もくらむほどの大光量をうむ雷電が宙をなめ、空気を電気でこがす独特な匂いがレッドの鼻腔をくすぐる間に、〝でんきショック〟がゴースに届く。

 

 けれども、

「shyaaaaaaaaa」

 ほとんどダメージを負っていない。

 

「なんで!?」

 

 ガス絶縁体、というものがある。

 これは高電圧の危険な電線をケースでおおいつつみ、さらにケースの中へ絶縁耐力のつよい窒素などのガスを充満させるものだ。

 

 バトルタワーは派手な演出をするために大量の電力を必要とする予定で、その電力を供給するための電線にガス絶縁体がもちいられていた。

 

 このゴースはそれをたべて自分のガス状の体をつくり、ある程度のでんきタイプへの耐性までみにつけている。

 

 だけれどそれをレッドが知るよしはない。

 エスパータイプの念力で幻覚をみせられているのかも、とすら疑いはじめるほど。

 

 ピカチュウの覚えている技は、ノーマルタイプとでんきタイプだけ。

 ゴーストタイプにノーマルタイプは無効で、この特殊なゴースにでんきタイプが効きづらいとなれば、有効打はない。

 

(ゴースのペースに引きずりこまれてる。このままじゃ……)

 

 いやな予感がレッドの脳裏をよぎり、背中に冷たいものを覚えた。

 すでにダメージレースでおおきく遅れをとって、このままでは危ない。

 それに相手のゴースはまだどんな手札をもっているかも分からないのだ。

 

「おいでピカチュウ!」

 

 にげる。

 わき目もふらず走るレッドの肩に、〝こんらん〟でふらつくピカチュウが飛びのり、脱兎のごとく逃げ出した。

 

 勝ち目がないとなれば、にげる選択肢はとても有効であり、またそうすべきと推奨されもする。

 手持ちポケモンが〝こんらん〟したまま無理にたたかい続けるよりも、ひとまずこの場を引き、落ち着いて対策を練った方がいい。

 

 それにここはゴースにテリトリーで、対するレッドはなんの情報のないまま奇襲を受け、後手後手にまわっていた。

 

 仕切り直し。

 

 にげるレッドとピカチュウの背中をゴースが追う。

 

「shaaaaaaaa」

 

 ゴースはガスの体を極限までうすめてピカチュウの視界から姿を消し、ふたたび技の前準備にはいった。

 

「ピカ!」

 

 ピカチュウがぺしぺしとレッドの赤い帽子をはたき、注意をうながす。

 気を抜けば頭の中が真っ白になってわけもわからなくなりそうだけれど、ばらばらに千切れそうな意識を集中させてびりびりとほおに電気をたくわえ、いつでも技を繰り出せるようにして警戒する。

 

 コンクリートに溶けこんだゴースが、どこから来るかわからない。

 〝おどろかす〟なら背後から足元、天井。

 正面以外のどこからでも来る可能性がある。

 

「どこから、来るかな……」

 

 レッドが階段の踊り場までにげると、壁を背にして、階段の上からでも下からでも迎え撃てるようにした。

 

 エスパータイプの幻覚なら上から来てもおかしくなく、下から来ても問題なくピカチュウが技を繰り出せるから。

 

 相手が普通のポケモンなら、これが正解だっただろう。

 

 けれども相手はゴーストタイプで、レッドはバトルしたことがなく、まったく情報を持たないタイプ。

 それも進化すれば幽霊(ゴースト)の名を冠するほどまでに霊的実体がつよく、物理技の効き目が悪いほど物理的実体があいまいなポケモン。

 

 だからこそゴースは、彼女が知らない致命的なまでに強力な手札を持っている。

 このポケモンは幽霊だ。

 そう。

 ゴースは壁をすり抜ける。

 

「えっ」

 

 レッドの肩をゴースがたたき、振りむいた彼女の眼前には、コンクリートの壁からにじみでるゴースのにやけ面があった。

 

「ピカチュ━━!」

 

 完全に不意打ちされたピカチュウの反応も、あっけにとられたレッドの思考もおくれをとり、再度ゴースがイニシアチブをにぎった。

 

 〝おどろかす〟

 

 ガス状の霊的実体をかきあつめてにぎりしめた拳でピカチュウのちいさな体をとらえ、でんきねずみポケモンを彼の相棒の肩からたたき落とす。

 

「ピカッ」

 

 そのままごろごろと階段を転げ落て受け身をとり、電気を放ってゴースを狙おうとするけれど、ゴースは相棒のレッドで隠れている。

 

「ピカチュウ、ぼくごとやれ!」

 

 〝でんきショック〟

 

 一瞬だけとまどいをみせたピカチュウも、相棒のことばを信じて、雷撃。

 

「~~~~~~~~っっっ」

 

 赤いジャケットがこげるほどの電圧。

 レッドごと彼女を掴んだゴースをしびれさせた。

 あまり効いてはいないけれど、トレーナーを人質にとったのに予想外のこうげきを受け、たまらずゴースがレッドの肩を離す。

 

「戻れ!」

 

 そのすきにレッドが走りだし、ピカチュウをボールに戻した。

 

 階段を駆けのぼる。

 

 ここはまず退いて再チャレンジすべきだろうと判断するけれど、下に行っても逃げるには足場を飛び降りる必要があるから、まずは上に行ってだれかと連絡をとらないと。

 

 15段をひといきにのぼりきれば、蒼穹とマサラの景色が広がっている。

 

「……あれ?」

 

 ばっと振り返って立ち向かおうとしたレッドの視線の先には、屋上にある階段室の出口(ペントハウス)から出てこれないゴースの姿がみえた。

 ゴースは屋上に出ようとするけれど、日光をあびるとそそくさと暗闇へ逃げこみ、ときおりガスの体を出してみてはすぐに引っこめる。

 

「陽の光に弱い、のかな……?」

 

 ゴーストタイプの宿命でもあった。

 ゲンガーのようにさらに強力なゴーストタイプや、トレーナーの手持ちであれば太陽の下でも活動できたろうけれど、野生のゴースにはむずかしい。

 

(ピカチュウを回復させて……あと、今のうちに助けを呼んでおこう)

 

「きずぐすり、きずぐすり……あれ」

 

 レッドが腰のウェストバッグをあさろうとして、気づく。

 バッグがない。

 

 9歳の時にお母さんに買ってもらった、ウェストバッグが。

 

「もしかして」

 

 ゴースに肩をつかまれた時か、それともピカチュウの〝でんきショック〟が原因かはわからないけれど、腰のウェストバッグを下の階に置いてきてしまった。

 

 きずぐすりも、モンスターボールも、すべてそこに入っている。

 

 あとは腰のベルトのピカチュウが入ったボールと、ジャケットの内ポケットのスマホロトムしか持っていない。

 ピカチュウは手負いでたたかえるかあやしく、スマホロトムはそもそもバトルできないのだ。

 

 絶対絶命のピンチ。

 

 スマホロトムで助けは呼べるけど、ゴースが無理して屋上に出てきたら、どうしようもない。

 

「ど、どどどどど、どうしよう」

 

 頭をかかえたレッドの後ろ、屋上の縁でポケモンが身じろぎする気配がした。

 

 振り返れば、デフォルメされた愛らしいカエルの体で背中に植物のタネを背負った、緑色の草ポケモンがいる。

 

「ダネ」

 

 フシギダネが、ひなたぼっこを邪魔した乱入者を前に、ぴしゃりとつるのムチでコンクリートを打ち鳴らした。

 

 




▼ フシギダネ #001

  せいかく:さみしがり。

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