「それで? 描きたいものは決まったの?」
「方向性は決まったけど、まだイメージが固まってないわ」
「あたしはそれ以下。なんかコレって感じのが無いんだよね」
椅子に逆向きに座るクラスメイトは、背もたれに顎を乗せて頭を悩ませていた。
「まだ四月だもの、時間はあるわ」
朝の喧騒の中で窓を覗けば、舞い散る桜色と人の群れ。昨日に入学式終え、この上白沢高等学校も卒業式以来の賑わいを見せていた。
朝のホームルームまでの時間は目の前にいる彼女──
「それもそうか。でも、ちょっと前は早く決めなきゃみたいなこと言ってなかった? それが今は余裕持ててるなんてどう言う風の吹き回しなの?」
「どう描くかは兎も角、何を描くのかが決まらないのは何も進まないからよ。イメージはゆっくり固めていけば良いのよ」
「へー、じゃあ丁度良い出来事があったんだ?
瞳美ニヤリと少し口角上げる。これは私をからかおうとしている時の顔だ。きっとその出来事が何なのかまでわかっているだろうに、彼女はわざわざ私自身の口からそれを言わせようとしているのだ。
「そうね。数日前に嬉しい事があったから、それを題材に決めたの」
「そうなんだ。因みに何があったのか聞いても良い?」
ニヤニヤと意地の悪い笑顔。こやつ、叩いてやろうか。
「やだ」
「なんで〜? おしえてよ〜」
「ダメよ。だってなんか面白くないもの」
「あたしは面白いけどなぁ〜」
「ダメったらダメ」
朝の雑談というのは本当に時間と経ちが早いもので、後2、3分ほどでチャイムが鳴る時間になっていた。丁度良いタイミングだ、ここで会話を切ってしまおう。
「もうホームルームの時間だわ。瞳美も自分の席に戻らないと天井先生に怒られるわよ」
「げげ、そりゃまずい。あっ、柏木くん、席占領しちゃってごめんね?」
昨日もこのやりとりをしていた気がする。いや、去年も度々あったように思う。それでも悪印象を受けないのは瞳美の人徳というやつだろうか。
「ねぇ」
耳元で少しボリュームの抑えた声。少し驚いて声のした方向を見れば、席に戻った筈の瞳美の姿が。
一体なんだと私が口にする前に、彼女はまたもや意地の悪い表情で声を出す。
「妹ちゃん、入学おめでとう」
そしてこちらの反応を見ずに小走りで席と戻って行く。
「やっぱりわかってたのね」
チャイムが鳴った。
♢
数日前。平日の朝の玄関で、私は人を待っていた。ここで人を待つのは2年ぶりになるだろうか。
「──おまたせお姉ちゃん。今日からまた同じ学校だね」
「改めて入学おめでとう、
「うん、またお姉ちゃんと一緒に通学できて嬉しい」
玄関を開ければ心地の良い春風。こんな日には眼鏡を取って顔全体で風を受けたくなる。
「「いってきます」」
揃う声と、揃う足音。そして私と智花を照らす晴天が心をさらに晴れやかにしていく。
家を出てすぐの川沿いの並木道には、ソメイヨシノの白に近いピンクが舞っている。
「綺麗ね」
「んー? お姉ちゃん。ちょっと待って」
桜を見ている私に、智花は何故かご立腹のようだ。はて、何がしただろうか。
智花が隣から駆け出し、私の目の前に立つと胸を張る。
「私への感想がまだなんだけど。なにかないの?」
瞬間、風が強く辺りを吹き付け花弁の散る量が増す。思わず目を閉じた。そして再び開く瞳に映ったのは一つの芸術だった。
風の流れを花弁の白が視覚化させ、それを背景に智花のセミロングの茶髪が揺れる。白が反射する日光はこの空間に輝きを持たせ。ソメイヨシノの幹がそれを遮断し枠となる。それは花弁と髪の動きをより目立たせ、脈動感を生む。
この場に独自の世界観が完成した。
眼前の光景が私たちの感情と共生し、一つの絵が作り上げられる。
私の心にその世界が転写される。
「──そうね。とっても綺麗よ」
「ほんと? 適当に言ってない?」
「本当よ。私を誰だと思ってるの?」
「学校一の絵描きさん」
「当たりよ」
今年度は良い年になりそうだ。