模試当日、小町に見送られながら家を出た。会場は学校なので、いつもの定期考査と変わらないような気がする。
会場に着き、自分の席に座る。とりあえず持って来た教科書類を眺めるが、頭に入ってこない。
うん、もういいや。今さら焦ってもしょうがないしね!
ぼーっと周りを見ていると、由比ヶ浜と雪翔が既に来ていたことに気付く。二人とも単語帳を見て勉強している。
それをどこか他人事のように見ていると、あっと言う間にテストの時間がやって来た。
やっとテストが終わり、糖分補給にマッ缶を買って飲んでいると、近くで声がした。
「終わった〜。ねね、今度遊ぼうよ」
「終わったって、今回の模試が終わっただけでしょう?これから毎月のようにあるのよ?遊んでいる暇なんてないわ」
聞き慣れた声と口調だ。
「今回だけっ!テスト終わった記念ってことで!……ダメ?」
あー、これは雪ノ下落ちたな。由比ヶ浜にあんな風にお願いされて断れたことなんてないからなぁ。
「私も…遊びたくない訳ではないの。でも、ごめんなさい」
これは本当に意外だ。まさか雪ノ下が断るとは。いつもならなんやかんやで雪ノ下が妥協しているのに。
「遊んでばっかなんて、由比ヶ浜は余裕だな」
「びっくりしたっ!ヒッキー元々影薄いんだからいきなり声かけないでよ」
影薄い……。傷つくんだけど……。
「じゃあ、私帰るから」
「え、もう帰るの?」
雪ノ下は荷物を持ち直して、歩き出す。
「ええ、しなければいけないことがたくさんあるから」
そう言って、少し困ったような顔をする。まあもう高三だからな。雪ノ下みたいなやつは勉強で忙しいのだろう。
「じゃ、俺も帰るわ」
「うん。……ねえ、ゆきのんさ…なんか最近焦ってる感じしない?」
由比ヶ浜の言ったことが少し引っかかり、思わず振り返ってしまう。
「焦ってる?」
俺にはそんな風には見えていない。ただ、「かなり頑張って勉強してるんだなぁ」といった具合だった。
「もし焦ってるとして、なんで焦るんだ?」
「それは分かんないけど…なんか、前と違う……」
由比ヶ浜に分からないのに俺に分かれなんて無理な気がする。俺は分からなくても由比ヶ浜に分かることはあるが、俺が分かっていて由比ヶ浜が分からないことなんてあるのだろうか。
「ま、雪ノ下も色々あるんだろ。多分…今までと同じは、無理なんじゃないか?」
「そうだよね……」
由比ヶ浜が残念そうな顔をする。失言だっただろうか。まあそりゃあ残念だよな。いや、違うな。自分で言っていて気がついた。一番がっかりしてるのは自分なのだろう。
帰っている途中、葉山たち一行とすれ違った。
「いやー、マジ難しかったわー。あんなんとけないでしょー」
「それな俺も全然とけなかった」
「あ、でも隼人くんは余裕かぁー」
「いや…どうかな」
「いやいやいや隼人くんめっちゃ勉強してたべ?」
「そうだよそうだよマジびっくりしたもん」
そんな楽しそうな会話が聞こえて来た。いや、これ結構ウザいぞ。人の成績なんて気にしてる余裕あるのかよ。まぁ、別にいいけど。俺には関係なんてないのだから。
模試の結果が返ってきた。見なくても分かる。テスト中に失敗した自覚があった。買ったコーヒーを持ち、公園のベンチに腰掛ける。もう日は落ちて、暗くなってきている。
コーヒーを飲み終わり、ベンチから立ち上がり、ゴミ箱の前に立った。
「クソッ!」
思いっきりゴミ箱に投げ入れる、が狙いが外れ、ゴミ箱の縁に当たって跳ね返ってしまった。思わず振り返ると、しゃがんで俺の空き缶を拾ってくれている人がいた。
「あ、すみま……雪ノ下さん!?」
「空き缶は投げ捨てずにちゃんとゴミ箱に入れなさい」
雪ノ下さんは俺を軽く睨み、拾った空き缶をゴミ箱に入れてくれた。
「ありがとう……」
どうして彼女がこんなところにいるのだろうか。しかし、そんな事を聞ける雰囲気ではなさそうだ。彼女は俺の行動にお怒りのようだ。
ジロっと冷たい視線を向けられ、思わず後ずさりしていると、落ちていた空き缶をふんでしまい、尻もちをついてしまった。
「いでっ……」
「ポイ捨てするからそうなるのよ」
雪ノ下さんは転んだ俺の目線の高さに合わせるようにしゃがむ。
「意外とドジなのね」
そう言って、少し笑う。
「いや…ドジじゃないけど……」
「ここで何していたの?」
何をしていた、か。なんと答えればいいのだろうか。あえて言うならコーヒーを飲んでいたくらいだろうか。
「ちょっとコーヒーを飲んでいただけだよ」
「………」
俺が答えても雪ノ下さんはじっと怪訝そうに俺の目を見つめる。
「何かあったの?」
小首を傾げて俺に訪ねてくる。特に俺に興味があるというわけではなさそうだ。ただなんとなく聞いてみただけだろう。
「別に何もないよ」
「そう」
彼女はそれ以降特に問い詰めたりはしてこない。やっぱりな。最初から俺に興味なんてないんだ。だからといって、悲しいなどという感情はない。興味を持たれていないというのは、少し心が楽になる。色々問い詰められるよりかはずっといい。
「立ち上がれる?」
彼女はそう言って、俺にすっと手を差し出してくる。一瞬だけ掴もうと、手を伸ばしかけるが、流石に格好がつかないので手を引っ込めようとした。が、彼女の手が俺の手を掴み、俺は彼女に引っ張られて立ち上がってしまった。
思わず呆気にとられ、彼女をまじまじと見てしまう。
「あなたに一つだけ言っておくことがあるの」
そう言って一呼吸おいてから、また彼女は口を開いた。
「私から見たあなたって、全然完璧じゃないから」
「はぁ……は?」
全く予想していなかった言葉に、驚いて、間抜けな声が出た。
「いや…俺全然完璧だなんて思ってないけど……」
「あなたが思ってなくても、周りが思っていることはあるでしょう?」
ああ、確かに。それは俺も同意見だ。本人がどう思っていようが、真実がどうであろうが、周りがどう思うかは別なのだ。
「それで…言いたいのって、それだけ?」
もしそうなら、その言葉は何のためにあったのだろうか。
「いいえ、まだ続きがあるの。だから、ね。あなたのダメなところを見ても、私は失望なんてしないから。私はあなたが必死になって頑張っていたことを知っているから」
そう言って俺に優しく微笑みかけてくれる。状況が上手く掴めない。なぜ彼女は俺を慰めてくれているのだろうか。もしかしたら、仲間意識の様なものだろうか。立場が違っても、同じ様な状況にいるから何か俺に対して思うことがあったのだろうか。
「なんで…そんなこと…俺に……」
「だって、落ち込んでいるでしょう?それに…誰かから期待されるって、結構辛いことだもの」
ああ、そうだ。そうなんだよ。それが嫌だったんだ。結果が悪いことも十分嫌だけど、それ以上に期待に応えられていないという事実がいやなんだ。
その事を彼女と共有できたのが嬉しくて、もっと距離を縮めたくなってしまう。
「でも…俺から見た君も、完璧じゃないよ」
さあ、彼女はなんて言うだろうか。怒るだろうか、受け入れるだろうか、それとももっと違う……。
「ええ、知ってる」
そう言って彼女は困ったように笑った。きっと彼女は俺の知らない彼女になったのだ。昔と比べて、色んなことを受け入れるようになった。でも、知らないままじゃ嫌だなんて思ってしまう俺も変わったのかもしれない。彼女ともっとたくさん、気兼ねなく話せる日が来てほしい。そんなふうに思ってしまった。