風をピンクに染めていた桜の花びらはもう散り、緑の葉っぱを付け始めていた。そんな中俺たちは、いつも通りの日々を送っていた。俺と雪翔は前回の模試の間違い直しをメインに、由比ヶ浜は課題を進め、そして雪ノ下は一人、難しそうな問題集を何食わぬ顔で解き進めている。ちなみに小町と一色は時々勉強、時々お喋りしている。
「そういえばもうすぐ球技会ですね」
一色が不意に呟いた言葉に、由比ヶ浜が乗っかった。集中力が切れていたのだろう。
「あー、そうだったね。今年は何やるの?」
種目は生徒会が提案し、生徒たちに知らせることになっている。一色は種目決めに大きく関与しているはずだ。
「今年はバスケです」
少し意外な種目だ。いや、割と典型的なのだが、もし王道を狙うのであれば、サッカーなどの方が良い気がする。
「バスケかー。あたし出来ない苦手だなぁ……。ゆきのんは……」
いつものように話を振っただけ。それなのに、由比ヶ浜は酷く悲しそうな顔をした。雪ノ下は由比ヶ浜の声に木がついていないのか、未だに黙々と問題集を解いている。それにしても、よく集中力が続くものだ。俺ももう完全に切れてしまっている。
「サッカーじゃないんだな」
サッカーの方が一度に必要な人数が多い。そのため運営側としてもチームの管理がしやすくなるのではないだろうか。俺はずっとそう思っていたのだが。
「いや、本当はサッカーの予定だったんですよ。でも一部生徒の猛反対により変更になったんです。まぁ、どうせ葉山先輩には絶対勝てないからでしょうけど」
一色が面倒くさそうな顔をしながら教えてくれる。しかし理由がなんとも言えない。葉山ならサッカーだろうがバスケだろうが十分目立てるだろ。
「まあでもさ、受験前最後のイベントじゃん?どうせなら楽しく勝って終わりたいよね」
由比ヶ浜がとりなすように言った。しかし、ちょっと待ってほしい。
「別に球技会で勝てなくても人生で勝てれば俺は十分だけどな」
言ってやったぜ!
「あなたはすでに負け組でしょう?」
せっかく良いことを言ったと思って一人で喜んでいたのに、横から冷たい声が飛んでくる。
「ゆきのんは球技会楽しみ?」
由比ヶ浜は雪ノ下が自分から会話に入ってきたことが余程嬉しいのか、目を輝かせながら聞く。
「別に楽しみではないけれど…やるからには勝ちたいわね」
さすが負けず嫌いだ。だが、バスケはかなり体力を使う競技だろう。雪ノ下に耐えられるのだろうか。
「お前体力は大丈夫か?」
雪ノ下に聞いたはずだったが、代わりに一色が答えた。
「普通に交代出来ますし、大丈夫じゃないですか?1チーム8人ですよ?5人ずつしか出ませんし、休憩も十分取れます」
「へぇー、バスケって5人なんだ……」
おい、マジかよ。それは常識じゃないのか?サッカーは11人、野球は9人、バスケは5人。……いや、意外とやってなかったら知らないのかも知れない。バレーは…確か6人…だった気がする。ラグビーは…何人だ?
「バレーとラグビーって何人競技なんだ?」
「バレーは6人が主流よ。一応9人制もあるけど国際試合では6人ね。ラグビーは15人」
さすがユキペディアさんだ。調べるよりも早く答えてくれる。けど、こんな便利な存在が近くにあるから調べる癖がつかないんだろうな……。
「8人って少なくない?」
それまでずっと黙っていた雪翔が言う。確かに普段運動しない人なんかは体力がもたないだろうし、少し少ないかもしれない。
「雪ノ下先輩って運動やってたんですか?」
「うん。バスケをやってたよ」
確かに雪翔は背が高いし、似合いそうだ。それにきっと上手いのだろう。
「あ、そういえば明日から練習て体育館が使えるようになるんですよ」
「ほーん、練習か」
俺はまずチームに入れてもらうことからなので、まだその段階まで行っていない。……ここで雪翔に声を掛けておくべきか。
「あ…あの、俺と一緒のチームに…入らないか?」
「うん、いいよ」
俺が少し緊張しながら誘うと、雪翔は二つ返事で了承してくれた。良かった。これで一人だけ余ることはなくなった。
「ゆきのんは練習とか、行く?」
由比ヶ浜が遠慮がちに聞く。一緒に来てほしいけど邪魔はしたくない、と言ったところだろう。
「そうね…まぁ少しくらいなら……」
「ほんとっ!?じゃあ明日みんなで行こうよ!」
「でも少しよ?」
雪ノ下が釘を刺すように言うが、どうやら由比ヶ浜には届いていないようだ。まぁ、ちょっとくらいなら俺も楽しもう、かな……。
そしてやって来た練習日。混むかと思ったが意外と人は少ない。ゴール1つくらいなら占領出来そうだ。それぞれがジャージに着替え、いざ練習開始。
「で…何からするんだ?」
来たは良いが、何をどう練習すればいいのか分からない。ここは経験者に頼るしかなさそうだ。
「そうだね…まずはパス、シュート、ドリブル、かな。バスケは必要な技術が多いからね。どれからやりたい?」
「はいはいっ!あたしシュートやりたい!10点くらい入れるの!」
雪翔が苦笑いする。確かバスケのシュートで最も高得点なのはスリーポイントシュートだったはず。一度で10点は無理だ。
「じゃあまずはシュートから」
雪翔の言葉でそれぞれゴール前に並ぶ。まず由比ヶ浜が打つが、四角いボードに当たり、リングに掠りもしないで落ちてしまった。
「難しいね……」
由比ヶ浜の打つ所を見て、雪翔は声を掛けた。
「あの白い四角あるでしょ?そこの右上に当てると…ほら」
雪翔が放ったボールは、白い四角の右上に当たり、リングをくぐった。
「お〜、すごい!」
由比ヶ浜が拍手する。一色は素直に感心していた。
「じゃもう一回やるね!」
今度は慎重に言われたことを意識しながら由比ヶ浜が打つ。ピッタリ右端には当たらなかったが、さっきより狙いはしっかりしているのたが…しかしリングに当たり、シュートが決まることはなかった。
「むぅ……」
「まぁシュートは僕も苦手だし、難しいよね」」
雪翔が軽くフォローを入れるが、由比ヶ浜の様子は変わらない。
「まあほらあれだ。やってるうちに出来るようになるだろ」
「じゃヒッキーやってみてよ」
そう言われたのでボールを持ってゴールの前に立つ。雪翔は右手でボールを持ち、左手はボールの横を支えていた。俺も真似をして持ってみる。すると、意外とボールが思いことが分かった。これはそこそこ力を入れた方がいいか。といっても、俺も初心者なのでコツはイマイチ分からないが。
ボールから手を離す。すると、狙った所とは全然違う所に当たって落ちてしまった。
「難しいな……」
俺がシュートを決めるビジョンが思い浮かばない。
「ほら、ヒッキーだって外してるじゃん」
「いや、普通に難しいな。何というか、上手く狙った所に行ってくれない」
右手である程度操作出来るとはいえ、右手だけでは支えきれない。これを試合中にするなんてほぼ不可能な気がする。
「比企谷はワンハンドで打ったよね。それだと力が入りづらいんじゃないかな。力が弱いならツーハンドの方が良いと思うよ」
「ヒッキー、力弱いんだ」
由比ヶ浜がクスクス笑う。よく見たら、一色も小町も雪ノ下も笑っていた。
「まぁ兄は運動なんてしてなかったので」
小町が笑いながらフォローになってないフォローをしてくれる。
「じゃあ力がなかったらどうするの?」
雪ノ下が素朴な疑問を口にした。
「ツーハンドを使うんだよ。両手でボールを持って、左右均等に力を入れて…ほら、こんな感じ」
なるほど。これなら腕二本分の力を使うことが出来る。ただ、左右均等に力を入れるのは難しそうだ。
「なるほど……」
そう言って雪ノ下はボールを構えてゴールの下へ立ち、ボールを放った。放たれたボールは真っ直ぐに白い四角の右端に行き、跳ね返ってリングをくぐった。
「ゆきのんなんで出来るの!?」
みんながポカーンとしている中、由比ヶ浜が雪ノ下に飛びついた。いや、みんなではないか。雪翔は嬉しそうに微笑んでいた。
「やっぱり雪ノ下さんはすごいね」
その言葉を聞いて、雪ノ下は怪訝な顔をした。が、特に何を言うでもなくもう一度シュートを打った。反対側から打ったので、白い四角の左側に当たってシュートが決まった。
「雪乃先輩ってだいたいなんでも出来ますよね」
一色がぽつりと呟いたその言葉にひどく共感した。雪ノ下はだいたいオールマイティーに出来る。しかし、だいたいなのは、出来ない事もあるからだ。例えば、ランニングなどは苦手だろう。あとコミュニケーションとか。それと道覚えるの。方向音痴さんだからなぁ。
しばらく雪翔に教えてもらったことを意識して練習してみる。その間、雪翔は他のゴールで練習していた。少し気になり、しばらく観察してみる。
ゴールから離れた所からドリブルをする。そして四角形の近くまでやって来ると、ドリブルを止め、ボールを持った。そして雪翔はボールを頭の上に掲げた。シュートを打つのかと思いきや、左足を前に出し、右足もそれに続け、人一人分前に出た。そこで再びボールを頭の上に掲げ、ジャンプをした。直ぐに打つのかと思いきや、ワンテンポ遅れてボールを放った。
その一連の流れを難なくこなしたのだ。思わず「かっけぇ……」と呟いてしまった。経験者的には普通なのかもしれないが、初心者からすれば十分格好良い。ちなみに雪翔が放ったボールは、リングに当たることはなく、ネットに当たっていい音を出して決まった。
「上手いな。いつからやってたんだ?」
少し気になったので聞いてみる。
「小学校2,3年くらいの頃からかな。中学と高校の部活でも入ってたよ。まあ、もう引退したけどね」
「部活は強かったのか?」
「中学は強かったよ。って言っても都大会止まりだったけどね」
……都大会?もしかして、千葉県民ではなかったのか?都、というと東京だろう。
「東京から引っ越して来たんだな」
「言ってなかったっけ。東京に住んでて、東京の学校に行ってたんだよ」
バリバリの都民だったわけか。ならどうして千葉に来たのだろうか。……まぁ、何かしらの事情かあるんだろうな。
「よく道に迷わないな」
土地勘のない場所だと道間違えたりとかよくするんじゃないだろうか。
「あぁ、両親の実家は千葉だからね。総武高校出身なんだよ。家もここから近いし」
なるほど。それならここら辺のことはよく知っているのだろう。
それにしても…雪翔は少し謎めいた感じがある。知らない事がたくさんある。だからといって別に俺は問い詰めたりするつもりはないが。