硝子の魔女 作:黒皮の手帳
昔から自分には運命の相手がいるのだと思っていました。
それが男の人か女の人かは分かりません。
ですが、幼くして私には運命の相手がいるのだと、漠然に……しかし、必ず現れるという確信がありました。
とある昼下がりのアーラム村。
オットーさんとそれに付き添う私は積み荷である油の壺を手分けしてメイザース辺境伯の用意した竜車へと移し変えていた。
「は、一体いつになったら終わるのかしら。このままでは日が暮れてしまうわ」
その作業をメイザース辺境伯ロズワール・L・メイザース様の使いとして出された桃髪のメイド――ラムさんが見守っているのだが……はい、正直言ってかなり険悪です。
従者の質は主人の品位を伺わせると聞くが、変人で有名なロズワール辺境伯だからそのメイドも個性的なのだろうか。
初対面の相手に対してひどく傲慢な態度で急かし立て、冷ややかな視線を向けては、時折思い出したかのように暴言を浴びてくる。
別にそれに腹を立てているわけではない。これでも行商人としてクレーマーへの対処は幾度と行ってきたこと一年間。見るからに鼻につく態度とはいえ、今さら年下の少女に怒鳴り散らすほど狭心ではないのだから。
「スーウェン様、こちらは片付きました」
「え、あ、ぁぁ……ありがとうございま」
「言葉足らずに申し訳ありません。オットー様ではなく此方のスーウェン様にです」
問題は彼女である。
青髪のメイド――レムさん。ラムさんの双子の妹にあたる彼女だが、何故か私に対してとても親身に当たってくれ、かなり積極的に距離を詰めようとしてくるのだ。
別に迫らせて困るような事はないが「チッ」……それでラムの機嫌が露骨に悪くなるのは困りものである。
「ありがとうございます。レムさん、こちらはもう大丈夫ですので貴方はお休みになられてください」
レムさんの意図することは分からないが、レムさんのお心遣いがラムさんの機嫌を悪くしているのは言うまでもない。
流石に距離をおこう。そう思ってレムの厚意を遠慮する。
「当然ね。一介の行商人の分際でロズワール様のメイドを扱き使おうだなんて烏滸がましいにもほどがある!」
「……姉様はそう仰っておりいますが、私は構いませんよ?」
……本当にこの子は何なのだ。
私は胸の内を掻き毟りたい衝動に襲われ、二、三度深く息を吸い込んだ。
(落ち着け。ここは落ち着いて断ろう)
「ありがたい申し出ですが、それには及びません」
「…レムの申し出を断ると?」
……なら、どないしろって言うねん。
凄みを効かせて此方を睨むラム姉様に私は諦めの吐息を漏らした。