咲-Saki- 天元の雀士   作:古葉鍵

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麻雀用語をやたら()で括ってうんちくしてます。麻雀用語をある程度出さないとリアリティに欠けるし、説明ないと「麻雀あんまり知らないけど物語は好き」って読者が読み飛ばすかもしれないので。その分物語のテンポを悪くしてるので、必要かどうか悩むところです。


東場 第一局 十本場

episode of side-N

 

 

対局が始まった。25000点開始のオカありのルールだ。

全自動雀卓から吐き出された牌の山から慣れた手つきで配牌(自分のところに最初の牌を持ってくる作業。親は14枚、子は13枚)を済ませ、そして手早い手つきで理牌(打ち手にとって把握しやすい・打ちやすいように牌を整理、並べ替えること)を行う。

昨日今日麻雀を始めたような初心者のいないこの面子では流石に皆、淀みなくその作業を終える。

私は白兎さんの1mほど後ろに立って、彼の麻雀の打ち筋を見学するつもりでいる。中学からの親友である優希はもとより、入部後僅か1ヶ月とはいえ部長や染谷先輩の打ち筋は大体わかっている。今見るべきはやはり白兎さんの麻雀だ。

去年に白兎さんと一度打ってはいるが、対局者としてではなく、傍観者としてならまた違った側面が見えてくるはずだし、私にとって得るものが必ずあるはずだ。

理牌が終わった彼の配牌を視認する。塔子(ターツと読む、数牌が連続して2枚組み合わさっている形のことをそう呼ぶ)の多い五向聴だが、役牌である「白」の対子(トイツと読む、同じ牌が2枚組み合わさっている形のことをそう呼ぶ)があり、点数より和了速度を重視するなら鳴いて早い段階でのテンパイが可能だろう。点数重視なら字牌を捨ててタンヤオ・ピンフを基軸にして組み立てるか、「白」の刻子(コウツと読む、同じ牌が3枚組み合わさっている形のことをそう呼ぶ)を作って役牌+チャンタか……

当たり前のことだが、今の段階ではどれが最善か断定はできない。可能性と合理性を重視するデジタルな打ち手である私にとっての回答は無論存在するが、私と白兎さんが同じ答えを持ち合わせているとは限らない。いずれにせよ、大人しく見守る他はない。

序盤戦は誰も何の動きもなく、6巡目を過ぎたところまでの白兎さんの打ち筋を見た限りでは、「白」の字牌を残し、あとは順子(シュンツと読む、数牌が連続して3枚組み合わさっている形のことをそう呼ぶ)構成で組み立てようとしている。「白」は未だに他の誰も捨てていないので当然鳴いてもいないが、ツモ牌は良好で二向聴まで来ている。鳴いて手を早めずともこのままテンパイは可能だろう。そんなふうに考えていると、

「いくじぇ、リーチ!」

優希が先制のリーチをかける。

長く優希と打ってきたからこそわかるが、優希はなぜか東場だと手が早く、和了率も高い。しかし南場で失速するという、所謂先行型だ。集中力が持続しないのかもしれない。

そんな優希が調子に乗ったときの強さはかなりのもので、私でも大量得点リードを許してしまうこともままあるほどだ。

7巡目のテンパイリーチなら捨て牌から手を読むことは不可能ではないが、果たして白兎さんはオリるかリスクを覚悟して組み立てるか……現物を処理した。まだオリたとは断言できないが、ここから見える優希の捨て牌から判断するに、満貫か跳満はありそうな高目の手を想像させる。まだ東場の一局目、私ならオリる。

そんなことを考えているうちに優希がツモ番が来る。そして牌を手に取った瞬間、彼女の唇の端がニヤリ、と吊り上った。親指による盲牌(モウパイと読む、手触りでどんな牌かを当てること)でそれが和がり牌だということがわかったのだろう。

「どーん! リーチ一発ツモ! タンピンドラ1、6000オールだじぇ!」

私の予想どおり、高めの手を張っていた優希の親ッパネが炸裂し、一気にかなりのアドバンテージを奪う。

流石は優希、と褒めるべきだろう。私が打っていたとしてもこれはどうにもならなかったと思う。

「へぇ……」

点棒を優希に手渡した白兎さんが小さく感嘆する。多分に運の要素もあるが、それを含めて優希の雀力を評価しての声だろう。

それを聞いた優希は得意そうな顔で、「またつまらぬ役を和了ってしまった……」などとわけのわからない発言をしている。

東場第一局一本場。

またしても優希が本領を発揮した。

わずか4巡目でリーチをかけると、6巡目のツモ牌で和がる。

「ツモ! リーチチートイドラ1、4100オールだじぇ!」

親満で12300点のプラス、これで優希のリードはますます広がり、白兎さんら他の3人との間に約30000点もの大差をつけた。

「ふっ、口ほどにもないな、しろうさぎ!」

「そういう台詞は終わってから言え」

白兎さんは優希のトラッシュトークに淡々とした口調で答え、その声音からは動じた様子は読みとれない。親なら跳満、子なら倍満の直撃で逆転できる点差と考えれば、第一局で焦る必要は全くないのだ。

「そうねえ……優希が東場で強いのは知ってるけど、私が見たいのはそれすらねじ伏せて勝つ白兎君の力なのよね。本気を出してないとまでは言わないけど、3年前のインターミドルのときみたいに、派手に勝ってくれると嬉しいわ」

優希の尻馬に乗ったわけではないだろうが、白兎さんを相当高く評価している部長としては優希の独走を許しかねない序盤の結果が不満なのかもしれない。

「ふむ。そうですね、ではちょっと気合をいれますよ」

白兎さんはそんな部長のアジテーションに応えて、「ちょっとそこまでいってくる」みたいな軽いノリで期待を請け負った。

麻雀は半分運で決まる競技だ。気合を入れたからと配牌やツモ牌が良くなったりすることはない。むしろ気合が入りすぎて焦って判断ミスをしたりすることもある。白兎さんの言葉を疑いたいわけじゃないけれど、その自信に根拠があるとは正直思えなかった。

東場第一局二本場。

またしても優希の疾走が止まらない。わずか3巡目でリーチをかける。

「ポン」

白兎さんが初めて鳴いた。部長の捨てた「発」の牌をポンし、門前の2枚と合わせて和了への特急券を手に入れる。同時に優希の一発を潰す狙いもあるのかもしれない。だが、これだけ早い段階でのリーチを凌いで先に和了れる可能性は低いと言わざるを得ない。

「苦し紛れに鳴いたところで、私の勢いは止められないじょ」

「…………」

優希も私と同じ考えなのだろう、自信たっぷりに言ってのけるが、白兎さんは相変わらず動じた様子はなく、沈黙を守る。

白兎さんの気合という言葉の根拠が、早い段階で鳴いて手を早めることなのであれば、その程度で優希の勢いを殺ぐことはできないであろうことは明白だ。

しかし、白兎さんの打ちまわしをどちらかというと否定的に見ていたその時点での私の考えは、それほど間を置かずに覆された。

「ツモ。600・900」

鳴いた後、わずか4巡でテンパイを完成させると、その2巡後にツモ上がりをして優希の連荘を止めた。

「私の連荘を止めたのは褒めてやるじぇ。だが鳴いた上でそんな安手で和がろうとは、きさまの底の浅さを露呈するようなものだじょ」

「そういうのはいいから点棒よこせ」

余裕からか、あくまで大上段で語る優希の台詞にも一理ある。すでに大差をつけられている状態で和了に固執し安手で和がろうとするのは、まだ序盤とはいえ決して良手とはいえない。しかし、勢いに乗りかけた優希をシャットアウトし、「気合を入れる」と言った根拠の片鱗をかいま見たという意味ではこれからに期待がかかる。

東場第二局。

「ポン」

今度は2巡目で「中」の字牌をポンして役を作ると、5巡目で「発」を暗刻にしてさらに役を厚くする。

ここまでの白兎さんの打ち筋を見る限り、字牌を心もち大事にするくらいの特徴しか見えない。そういう意味では決してデジタルに徹底しているとは言えないが、それ以外の打ち筋は私から見て非常に合理的に打っているように見える。

「ロン。ザンク」

「あたたたた……まいったのぅ」

白兎さんは8巡目でテンパイし、その直後に染谷先輩を直撃して和がった。これで連続和了。点数の度合いでは優希に及ばないが、回数では並んだ。まだまだこの程度では有効な反撃と言えないが、優希の得意な東場を終わらせるという意味では着々と事態を早めていると言えるだろう。

「多少手を高めたところで、私から奪わなければ有利になったとは言えないじぇ」

「…………」

白兎さんは再三の優希の挑発を今度は完全に流す。不愉快ゆえの無反応というより、麻雀に集中していて余計な言葉は耳に入れないという印象を受ける。

子供じみた賭け事をしているせいもあるのだろうが、優希はかなり白兎さんを意識しているようだ。点数的に見ればほとんど被害を被ってなく、その差は未だに約30000点以上もあるというのに。

優希にとってのホームグラウンドとも言える東場がどんどん流れてゆくことへの焦りもあるのかもしれないが。

そして続く東場第三局。ここで初めて優希が決定的な打撃を受けることとなった。

「リーチ」

白兎さんの余計な装飾のつかない、宣告だけの言葉と共に千点棒が場に置かれる。

東場とはいえ、白兎さんに勢いを止められて精彩を欠く優希の早和がりは鳴りを潜め、逆に白兎さんが早い段階で手を完成させた。鳴くことなく7巡目で門前テンパイし、即座にリーチをかける。

後ろから見える白兎さんの手牌は、「白」「中」の暗刻と公九牌によって構成されている順子と対子。またしても役牌、そしてチャンタの満貫手だ。

直後の優希の手番。白兎さんの初めてのリーチに警戒したのか、「ぐぬぬ……」と唸りながらしばし長考する優希。その視線はひたすら白兎さんの捨てた牌に注がれている。

白兎さんの河(かわと読む、捨て牌を置くスペース)には公九牌と中張牌がバランス良く捨ててあり、僅か7個の捨て牌から役の傾向は読み取れない。例え私が優希の立場であってもそれは同じで、せいぜいスジを警戒することと、これまでの和がりの傾向から生牌(しょんぱいと読む。河にまだ1つも捨てられてない牌のこと)の字牌を捨てない、それくらいしか思いつかないだろう。

20秒ほど悩んだだろうか、ようやく決心したようで優希が捨て牌を河に置く。その牌は九ピンだった。傾向が読めないなら比較的安全な公九牌にしようと考えたのだろう。無難といえば無難な選択だが、今回に限っては悪手だった。

「ロン。12000」

「ひぃっ!」

一発が付いて跳満となり、高めの直撃を受けた優希が短い悲鳴とともに青褪める。これで優希は41400点、対して白兎さんは33900点。優希のアドバンテージがごっそりと削られた。

事ここに至っては優希も白兎さんの実力と脅威を認識せざるを得ないだろう。とはいえ、白兎さんの手牌を常に後ろから見ている私としては、ここまでの3連続和了の要因は多分に運の要素が高いと思えるが……。

デジタル打ちの私としては使いたい言葉ではないが、運も実力のうち、という格言は麻雀のためにあるような言葉かもしれない。

そして東場第4局、白兎さんの親番であり、優希にとっては強みを活かせる最後のチャンス。

ここでどちらが和がるか、それとも部長や染谷先輩が二人の勝負に待ったをかけるか、誰にとっても正念場となる中盤戦が始まった。

理牌が終わった白兎さんの手牌を視認する。

「!」

危うく、うっかり声を漏らしてしまうところだった。どんな理由であれ、後ろのギャラリーが配牌を見て大きく反応してしまったら、対局者はその反応から様々な想像をしてしまうだろうし、気にしないように努めてもやはりプレイへの影響は出る。観戦者が最もやってはいけないことの一つを犯してしまうところだった。

そのように私が驚いた理由。それは配牌が凄かったことだ。どのように凄いかと言うと、字牌の「白」「発」「中」がそれぞれ対子の計6個、そして更に「東」の刻子と良字牌が揃っており、上は大三元から字一色、安く作っても小三元や対々和が作れ、最低限はダブル場風牌による2飜が確定している。ここまでの良配牌など、滅多にあるものではない。しかしそれを引き当てた白兎さんは、打ち筋よりも特別に運が良いという方向での実力者なのだろうか。

1回の対局どころか、半荘の半分も終えてないうちに結論を出すのは全くもってナンセンスだけど、連続和了の要因が運に偏っているこれまでを目の当たりにすると、どうしてもそういう感想が湧いてくる。

いずれにせよ、まだ対局は終わっていないのだから、白兎さんの打ち筋も含めて引き続き見守り、最終的な結果をもって判断するしかない。

しかしそんな私の見解の先送りをあざ笑うかのように事態は進行していった。

「ようやく来たじぇ……リーチっ!」

優希が東場の最後になって復調したのか、覇気の篭った笑顔で千点棒を卓上に投げ入れると6巡目でリーチを宣言。十分に早いと言えるテンパイだ。形にもよるが、常ならばリャンメン待ち以上で十分上がれる可能性がある。

優希の捨て牌を見る限りでは第一局と似たような感じで、役も高そうである。

再び大きなアドバンテージを奪おうとした優希の期待と思惑は、しかしそれ以上の圧倒的な奔流によってあえなく打ち砕かれた。

「ロン。役満は大三元、48000」

先ほどまで和了の際は点数しか宣言してなかった白兎さんが、役満のときは対応が違うのか、それとも単なる気紛れか、役と点数を宣言した。

「じぇぇぇぇぇ!?」

「なんじゃと!」

直撃された本人だけでなく、染谷先輩までその早い巡目での役満に驚愕する。さも当然と涼しい顔をしているのは部長くらいだ。どこか鋭いところのある部長はこの可能性を少しでも予想していたのかもしれない。

親の役満直撃により優希の点数は吹き飛び、マイナスに転じたことで対局が終了した。結局、優希の専売特許であるはずの東場のみで決着を着けた。しかも当の優希をハコテンに追いやるという離れ業で……

私からすれば運が極端に偏っただけの幸運に恵まれた勝利としか思えないが、それは背後から過程を見ていたからこそ言えることであって、客観的に評価すればまさしく優希の完全敗北と言わざるを得ない結果だった。

優希は前のめりに雀卓に突っ伏すと、ぷすぷすと頭から煙を立てながら白く燃え尽きたようだった。

「あーあ。やっぱりこうなっちゃったか……。三元牌による役牌和了を2連続したあたりからもしやと思っていたのよねー」

部長が訳知り顔でそんなことを言いながら、頭の後ろで手を組んで椅子の背もたれにもたれかかる。

まさか、役満で和がることを部長は読んでいたとでもいうのだろうか。部長は三味線を引くような人ではないが、流石にそれは考えられない。

役満は出にくいとはいえ、普遍的な意味で可能性を考慮するのは想像の埒外とまでは言えないが、限定的な状況から現実的な役満の可能性を予想するなど、もはや予知能力めいたオカルトだといわざるを得ないからだ。

「どういうことじゃ? まさか役満を予想してたとでも?」

「もちろん、確信があったわけじゃないわ。ただ、白兎君は3年前の大会でも似たような流れで大三元を何度も和がっていたのよ。だから今回ももしかしたら、と思った訳」

染谷先輩の質問に、推測の根拠を語る部長。

「似たような流れで、何度も……って、全中大会で、ですか?」

「そうよ。私の覚えている限りでは4回ほど和がっていたわ。ま、本人に聞いた方が確実ね、実際はどうなの? 白兎君」

未だ雀卓に突っ伏している優希を除き、その場にいる全員の視線が白兎さんに集中する。

「よくそんなところまで覚えてましたね、部長。俺が全中大会の際に大三元を和がった回数は6回ですよ」

別段自慢そうに語るわけでもなく、ただの事実を淡々と述べているに過ぎない、そんな白兎さんの口調と表情が、誇張ではなく本当の話なんだという説得力を強く感じさせる。

その答えに、私もそうだが染谷先輩も絶句している。

「6回か。白兎君の全ての試合を見れたわけじゃないから、4回よりは多いと思っていたけど……なんていうか、流石ね」

「いえ、運が良かっただけです」

部長の賞賛に、少し照れた表情で謙遜する白兎さんの声を聞きながら、私は内心でその事実の意味するところを考えていた。

全中大会の個人戦、それなりの試合回数をこなすが、その中で役満を和がれる頻度はどの程度のものだろう。打ち筋にもよるが、せいぜい1回和がれればかなり運が良い、といった程度だと思う。

とてつもなく幸運に恵まれれば2回くらいは和がれるかもしれないが、そんなのは1度の大会で一人二人いるかどうかだろう。

それが、6回。しかも全て同じ役である大三元和了。宝くじの1等を当てるのとどちらがより低い確率だろう。確率を計算する土俵は全く違うが、6回もの大三元和了の方が実現が難しいというか、奇跡的な現象に思える。

いずれにせよ、「運が良かった」の一言で納得できるレベルではない、はっきり言って「異常」の一言に尽きる。到底、人の為せる(わざ)とは思えない……

私の戦慄を余所に、それを異常とも思ってないのか、部長と白兎さんは部の今後の方針に話題を変えて喋っている。

「男子の団体戦出場は人数的に無理でしょうが、女子はあと一人部員が増えれば出場できますし、なんとかなりそうですね」

「ええ、私としても個人戦は興味なくて、何とかして団体戦に出場したいのよね。白兎君、知り合いの子多そうだし、麻雀打てるか興味のある人いない?」

「うーん、俺は地元出身じゃなくて、今年引越してきたばかりですから…… 同じ中学出身の知己とか、そういう人がいないんですよ。この1ヶ月で同級生を中心に友人知人は増えましたが、学生生活では麻雀に関わる気がなかったからそういう話を誰ともしたことがなくて、誰が麻雀できるかなんてのも把握してないんですよね。申し訳ないんですが」

「そっか、それは残念ね。あ、でも白兎君が麻雀部に在籍してるってことが広まれば、麻雀に興味がなくても白兎君に好意を持った女子生徒が入部してくれるかもしれないわね。さっきまこから聞いたわよ? すでに何人もの女の子を泣かせてるって」

部長は雀卓の縁に両手で頬杖をつきながら、あだっぽい流し目を白兎さんに向けながら、からかうように先ほど優希が持ち出した噂の話題を蒸し返した。

半ば冗談だろうけど、部長が言うように白兎さん目当ての女の子が入部してくるかもしれない、という可能性は十分に考えられる。白兎さんは魅力的な男性だ。外見だけでなく、人柄も良い。なんというか、相手の性格に合わせて付き合うことのできる人、といえば良いのだろうか。私のようなあまり冗談の通じない、生真面目な女性相手には適度に気安く、しかし必要なときはどこまでも真摯に接してくれるだろうし、優希のような天真爛漫な女性相手なら、相手と同じ目線で騒いだり冗談を言い合ったりと屈託なく付き合ってくれる。別の言い方をすれば、相手にとって心地よい距離感で接してくれるのだ。人付き合いの基本といえばそれまでだが、白兎さんはそうした距離感や空気を読むのが抜群に上手い。

動機が白兎さん目当てであろうと、同性の部員、同好の士が増えるのは嬉しいし、不純な動機だと否定するつもりはないけれど……もし、本当にそんな子が入部してきたら、白兎さんと親しげに話してたりしたら、と想像するとなんだか胸のあたりがもやもやする。

「や、勘弁してくださいよ。コーチングを真面目に受けてくれるかって問題もありますが、そういう動機で入部してきた子がいると部内の温度差が出来て空気を悪くしますよ。それにほら、俺はまだ体験入部というか、正式な部員じゃないわけですし、卑怯な言い方かもしれませんがそういうしがらみは持ちたくないんです」

「あはは、ごめんごめん。でも、その言い方だと部活では麻雀しか興味がありません、部内恋愛なんて考えてません、ってふうに聞こえるけど、それでいいの?」

そう言って、部長は白兎さんに向けてた流し目の矛先を私に変える。部長がどこまで私と白兎さんの関係を把握しているのかはわからないが、その態度からは明らかな言外の含みが感じられる。昨日までの私だったらそのことに気付かなかった。いや、気付いたとしても恋愛とか浮ついたことには興味がありませんと軽く流しただろう。

「いや、流石にそこまでストイックな人間じゃありませんよ俺は。普通に異性に興味のある青少年ですし、部活動と恋愛をきちんと分別してくれる人となら、そういった関係を築くのもやぶさかじゃありません」

恋愛の機微に疎い私でさえ気付いたのだ、少なくとも私より恋愛方面への造詣が深そうな白兎さんが部長の言外の揶揄に気付かなかったということはないだろう。しかし白兎さんは動揺など微塵も感じさせない口調でさらっと答えた。

これは私の想像でしかないけれど、私と同年代の男子なら、部長のような年上の綺麗な女性に思わせぶりなことを言われたら、余程経験豊富とかでもない限りは多少は慌てたり期待したりと反応がもう少し顕著だと思うのだが、白兎さんは落ち着いた受け答えといい、大人びた恋愛観といい、とても同い歳とは思えない精神的な成熟を感じる。

一般的に女性の方が男性より精神的な成熟は早いと言われている。

同年代の男の子が子供っぽく思えるような女の子にとっては、白兎さんのような精神的に成熟した包容力のある男性の方がとても魅力的に感じるだろう。私もどちらかといえばそういうタイプだ。

男性にはトラウマめいた隔意をどうしても抱いてしまうということもあるが、同年代の異性はトラウマがなくても恋愛対象としては意識できないだろう。身近な存在で言えば須賀君がそうだ。槍玉に挙げるようで申し訳ないけれど、優希と丁々発止とやり合ったり、ときどきお馬鹿な発言をしたりする彼に接して、友人としての好感は抱けても異性としての好意は持てないし感じたこともない。

勿論、年齢不相応に大人びた男子もそれなりにいるとは思う。だけどそれは一般論であって、少なくとも私の周囲では白兎さんほど大人びて包容力のある男性はいない。事実、先の部室で再会した際、思わぬ事実を知って狼狽していた私を落ち着かせようとしてくれた彼の真摯な眼差しと言動は、まるで父と同年代の男性に語りかけられているような「深み」を感じたほどだ。

そして、私の好みがそうであるように、部長もまた同年代の男性には興味を持たない、精神的に成熟した男性を求めるタイプなんじゃないかという気がするのだ。女の勘というものかもしれない。

「なるほどね、それじゃあ私にもチャンスがあるわけだ。ねえ、のどかはどう思う?」

つらつらとそんなことを考えていたら、部長は私の内面を見透かすかのようにいきなり話を振ってくる。私は慌てた。

「し、知りません! そんなこと、白兎さんの好みにもよるでしょうから、私からは何とも……」

心の準備が出来てなかった私はもろに動揺してしまい、どもりがちに無難な答えを口にする。

「確かにね。それじゃ、白兎君に質問しようかしら。私とのどか、どっちが女性として好み? 今後の参考にしたいから、ぜひ教えてもらえると嬉しいわ」

「なっ……!?」

いきなりなんてとんでもないことを聞くのだろう、この人は! 思わず呻いた私を部長は意味ありげな視線でちらっと一瞥する。

「そ、そんなプライベートに関わる質問をするのは、部長といえどもさすがに失礼です!」

「あら、どうしてのどかが怒るのかしら? 私が質問しているのは白兎君よ? それに、のどかも少しは興味があるんじゃないの?」

「そ、それは……」

ダメだ、口では部長に敵わない。それに、確かに私もその答えには興味がある。答えを知るのが怖いような気もするけれど……

もしかしたら、優希のような明るく元気のある子や、私のように無駄に胸が大きかったりしない、小柄で女性らしい体型の子が白兎さんの好みかもしれない。性格にせよ外見にせよ、私より魅力的な女性は沢山いるだろうし。

そう思うと、私と部長、たった二択の限定された選択だとしても、私には選ばれるという自信がどうしても持てない。でも、もしかしたら……

果たして白兎さんの回答は、しかし私の想像とはかけ離れたものだった。

「どちらも魅力的な女性だし、それを俺ごときが選ぶだなんて恐れ多いですけどね。それでも正直に答えるなら……好みで言えば部長かな?」

「あら、それは光栄ね」

「!」

はっきり選べば角が立つ、ゆえにせいぜいがどちらも褒めた上で片方なんて選べません、といった玉虫色で無難な答えをするだろうと考えていた。というより、普通はそう答える。

選ばなくていい場面であえてどちらかに優劣を付けるなど、要領の良い回答とはいえない。なのに。

あっさりとした白兎さんの答えを聞いて私は愕然とし、奈落につき落とされたような絶望感に包まれる。

好みで言えば部長の方が……そう、白兎さんは私がいることを知って入部したわけじゃない、むしろ部長に誘われて応えた人だ。その回答を裏付ける背景はあったのに、どうして私は一瞬でも選ばれるかもしれないなんて期待してしまったのだろう……。

そんな暗い感情に苛まれようとしたとき。白兎さんはおもむろに雀卓の椅子から立ち上がり私へと振り向いたかと思うと、かつて見たことのある悪戯少年の笑顔でにやっと笑った。

どくん。

私の心臓が強く胸を打つ。

「だけど、もし一生の伴侶として選ぶなら、俺はのどかを選びますし、今の時点でものどかのことが好きですよ」

「え……?」

今、白兎さんは何て言った?

「のどかのことが好きですよ」、そう聞こえなかったか? いや、待って、落ち着くんだ私。幻聴かもしれない。落ち着いて、恥ずかしいけれどもう一度白兎さんに聞いた方がいい。

私が軽く錯乱しかけていると、

「これはまた……ぶっちゃけたわね、白兎君。驚いちゃったわ」

「まさかの告白じゃのぅ。われ、一体何を考えとるんじゃ?」

「ちょっと待ったー! 私の許可なくのどちゃんに告るのは許さないじぇ!」

「おおおおおい!? 白兎、お前いきなり何言っちゃってんの!? 告白? 告白なの!?」

苦笑している部長以外からも、部員の皆が食いついてきた。別にひそひそ話をしていたわけではないので、白兎さんの爆弾発言を他の部員が聞きとがめたのも無理はないのだけれど。

皆、白兎さんの発言を同じベクトルで解釈しているようだった。もちろん、私もそうだ。というか、程度はあるにせよ他の意味には受け取れないだろう。即ち私への好意の告白だ。

恥ずかしさと嬉しさと戸惑いがごちゃまぜになった私の心は爆発寸前で、顔は真っ赤に染まっているに違いない。

「一生の伴侶とか、ちょっと大げさでしたかね。まあ、単純な女性の好みと、人生を共にしたいと思う女性と、今現在最も好意を抱いている異性とは、必ずしも一致しないってことかな。めんどくさい回答ですみません。あ、俺がのどかに好意を抱いてるっていうのはもちろん本音ですよ。だからって今すぐ付き合って欲しいとか言いたいわけじゃありませんが。まだ出逢ったばかりでお互いのことはほとんど何も知らないですしね」

驚くほど淀みなくしれっと答えた白兎さんは、冷めた紅茶が残っているティーカップを立ったまま掴んで口へと運ぶ。なんというか、小憎たらしいほどのポーカーフェイスだと言えよう。むしろ、皆の反応を面白がってる?

部長も似たような感じで、今の状況を楽しんでいるようだ。なんだかこの二人、変なところで息が合ってる気がする。

部長は優希や須賀君に視線をやって、手振りで「まぁまぁ」と落ち着きを求めると、白兎さんへの質問を重ねる。

「なるほど。つまり白兎君は女性に対して何を求めるかで選択が違ってくると言いたいのね」

「そうですね」

「ちなみにのどかより私が好みというのはどういうところが?」

「俺、年上好きなんです」

「そ、そう……」

私より部長が好みだという答えを突き詰めると、実に拍子抜けするような理由だった。いや、ある意味では重大な問題だけど……年齢は個人がどう努力しても埋められないのだから、こればかりはどうしようもない。

流石の部長も毒気を抜かれたような顔をしている。なんともコメントに困る回答だったのは想像に難くない。

「で、私のことはそれでいいとして、のどかはどうなのかしら?」

視線を私に向けて話を振ってくる。そう来ることを予想していなかったわけではないが、白兎さんの告白の衝撃から立ち直りきれていない私は赤面して俯くと、周囲にかろうじて聞き取れるくらいの小声で答える。

「わ、私は……その、白兎さんの好意は正直、う、嬉しいです……。でもそれはお友達としてといいますか……」

傍から見た私の態度は怪しいというか、白兎さんへの好意が明白なものとして映ったと思う。

白兎さんの直截な好意の告白。嬉しくはあるけど、恥ずかしい上にちょっと恨めしい。何も皆がいるところでおおっぴらに言わなくてもいいのに。根性の悪い言い方かもしれないが、皆に格好のからかいの材料を提供したのではないかという気がする。

「恋愛に関してはのどちゃんお子様だじぇ」

早速と言えばいいのか、優希がからかうように言う。恋愛経験皆無な私としては否定できないけれど、それは貴方もでしょう優希……。

事実とはいえ、優希の歯に衣着せぬ物言いに私がムッとしてると、私の反発を読み取ったかのように白兎さんが代弁する。

「へぇ。そういうからには白パン娘は経験豊富なのか?」

「じょ!?」

白兎さんの皮肉の篭った指摘に、二重の意味で痛いところを突かれたのか、優希はうぐっ、と言葉を詰まらせる。

中学時代、私の知る限りでは優希の男女交際履歴は私と大差ないはずだし、先ほどの勝負における賭け事の内容も忘れていないからだろう。敗北感という負い目を優希に自覚させつつ発言の不備を指摘する。相手の心理を計算した上での話術だ。

白兎さんはなかなか意地が悪い。

「そ、それは……」

「それは?」

優希が答えられないのが解っているだろうに、白兎さんはニヤニヤしながら容赦なく追い詰めた。

「ど……」

「ど?」

「どーせ私も恋愛経験ゼロのお子様だじぇ! ばーかーばーか!!」

ついに開き直った優希がやけっぱちにカミングアウトしたかと思うと、子供のような罵声とともに威勢よく雀卓の椅子から立ち上がってバルコニーの方へダダダッと走って出て行ってしまった。

私のしたことではないが、これは流石にやりすぎかもしれない。

白兎さんも同感だったのか、苦笑してバルコニーの方に大きな声で謝罪する。

「すまん優希! ちょっと言い過ぎた! 俺も恋愛経験は人のこと言えねーし、あんまり気にするな!」

自分が悪いと感じたらすぐ謝罪する潔い姿勢は優希とどこか共通しており、私は白兎さんにますます好感を抱く。

優希への呼び名も、元々の「片岡」ではなく、「優希」と名前に改めている。

多分、優希との距離感を掴んだ、という理由もあるだろうけれど、「仲直りしてこれからは仲良くしよう」という暗のメッセージが込められているのかもしれない。

「余計なお世話だじぇ、バカ白兎っ!」

バルコニーから発せられた優希の怒声が部室内に響く。その声は大きくはあったが、不機嫌さの表れというより照れ隠しのように私には感じられ、白兎さんと私は顔を見合わせてお互いにくすっと笑ってしまった。




麻雀戦描写回。拙いのはご勘弁を。あらすじにも書きましたが点数計算とか麻雀用語とか間違えてる可能性があります。調べながら書いたつもりですが。
あと麻雀部の採用ローカルルールがよくわかりません。原作だと序盤(コミックス1巻)で咲が親役満(四暗刻)直撃させてるのにも関わらず32000点でした。親だから48000点じゃ? 作品内の大会準拠ルールなのかな。よくわからん。

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