咲-Saki- 天元の雀士   作:古葉鍵

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東場 第一局 十二本場

俺が麻雀部に入部してからはや1ヶ月が経過し、6月になった。

気温も暖かくなり、日によっては上着を脱ぎたくなるほど暑いときもある。そんなある日のこと。

昼休みに竹井先輩から気になるメールを受け取った。なんでも、俺が妹の病院定期検診の付き添いで不在だった昨日の部活中に女子生徒のお客様が来て部員と麻雀を打ったそうなのだが、竹井先輩いわく「面白い打ち手」だったそうな。

抜け目のない竹井先輩のことだから、多分その子の勧誘とか考えてるんじゃないかなーと思う。

そういや、昨日のどかからも気になる内容のメールが来てたな。(ちなみに俺とのどかは毎日のようにメールのやりとりをしてたりする。内容は部活のことだったり他愛のないことだったり様々)

そのメールの内容だが、「白兎さんは半荘3回をプレイして全部の点数をプラマイゼロに調整できますか?」とのことだった。

はて、妙なことを聞いてくるな?と首を傾げたものの、可能かどうかで言えば可能なので「相手次第だけど多分できるよ」と返しておいた。その返事は「わかりました、ありがとうございます」と、平易なものだったのだが…

どうしてそんなことを質問してきたのだろうとひっかかっていたのだが、竹井先輩からのメールで腑に落ちた。多分昨日来たというお客がそういう打ち方したんだろうなと。

放課後、担任の先生に用事を頼まれたためにやや時間が過ぎ、いつもより1時間以上遅く校舎を出て、旧校舎への道を歩きながらそのことについて考える。

毎回プラマイゼロか…変わった条件だが、意図的にやろうとしても普通は無理だろう。プラマイゼロを狙う意図はさておき、偶然だとしても3回連続というのは異常に過ぎる。

俺とてやれと言われれば出来る自信はあるが、実力が拮抗した打ち手相手では無理だろう。もっともそんな相手は今のところ心当たりはないが。いや、一人いたか。

東京で過ごしていた際にひょんなことから知り合った2歳年上の先輩の顔を思い出し、彼女なら今頃は俺に迫るほど強くなっているかもしれないと考えを改める。

俺の想像が的を射ているなら、昨日訪れたという女子生徒はかなりの実力派だと言える。どんな打ち手か是非会ってみたい。俺のいないときに現れるとは間が悪いってか縁が薄いのか?何にせよ今日も来てくれないかな。

竹井先輩の手腕に期待だ。

そんな他力本願なことを考えつつ、旧校舎の入り口をくぐり、階段を昇がる。

部室の扉の前まで来たところで、タタッと扉の向こう側からこちらへ走り寄る気配と足音を察知した俺は近い未来を予想して一歩退く。

その予想はあやまたず内側へと扉が開き、小柄な影がこちらへと飛び込んでくる。

 

「きゃ!?」

「おっと」

 

避けてもよかったのだが階段をすぐ後ろに控えた位置でニアミスはお互いに危険があると考えた俺は、部室から出てきた影を身体で受け止める。衝撃を後方へ逃がせるよう受け止めたので、お互いのダメージはない。

抱きとめた人物の頭部から長いツインテールの髪が伸びている。のどかだった。

ちなみにこれが京太郎だったら俺は素晴らしい反射神経を発揮して避けていただろうことは言うまでもない。

密着しているため、のどかの表情は見えないものの、どこか様子がおかしいのはすぐにわかった。普段は落ち着いた物腰ののどかが、部室から走って出てくるということは何がしか普通ではない状況にあるのだろうと推測が立つ。

 

「慌てて走ると危ないぞ、のどか。…どうかしたのか?」

「あ…白兎、さん…?」

 

声をかけられて顔を上げるのどか。至近距離で見つめ合う。俺の顔はいつもどおりの男前だったが、のどかの表情は普段と違う。目がやや充血しており、瞳の端に涙がうっすらと滲んでいる。…まさか、泣いてる?

何かのっぴきならない事件でもあったのかと、のどかから視線を外して部室を見ると、雀卓のあたりから部員の皆がこちらを注視している。

あれ、知らない顔の女子生徒が雀卓に座ってるぞ。スカーフの色からすると1年生のようだ。優希ほどではないが小柄な細身で、ショートカットの髪型をしており中性的な印象を受ける女の子だ。すごく可愛い、というほどではないが、なかなか整った目鼻立ちをしている。そして、どこか愛嬌のあるほけっとした顔でこちらを見ている。

うーん、状況がいまいち掴めないな。

 

「…で、もう一度聞くけど、どうかしたのか?」

 

のどかの柔らかな肢体に触れているのは心地良いが、いつまでも密着してるのは部員の視線が痛いので、のどかの両肩を軽く掴んでそっと引き離す。フレグランスだろうか、クチナシの良い匂いが鼻腔をくすぐった。

そこでようやくのどかも状況が飲み込めたようで、ぼっと赤面して俯いた。

 

「え…っと、その…何でも…ありませんから…」

 

この状況で何でもないってことはないだろう。そうは思ったが言いたくなければ触れないのが優しさだろうとも思い、視線を部室にいる皆へと移す。

とりあえず竹井先輩にアイコンタクトで事情の説明を求める。

竹井先輩は苦笑して肩を軽く竦めると、なんでもないことのように口を開いた。

 

「のどかは外に用事があったみたい。君が来るまでお客様を交えて麻雀を打っていたところよ。今日は遅かったのね、白兎君」

「ああ、すみません。放課後、先生からの頼まれごとを処理してまして…」

 

のどかの体面も考慮してくれたのであろう竹井先輩の言葉に、それほど深刻な事態ではないのだろうと内心胸を撫で下ろした俺は、のどかから手を離して部室に入る。

俺だけに聞こえる大きさで、のどかの「あ…」という名残惜しんでるような声が背中に届く。

 

「のどか、すまないが急ぎの用事じゃなければお茶を入れてくれないか?」

 

俺は顔だけ振り返ってそうのどかに声をかけてから鞄を扉横の部室の壁に立てかける。

 

「は、はい…。少し待っててください」

 

気を取り直したのか、のどかは小走りで流しの方へと向かう。何が理由で泣いていたのかはわからないが、今は誰にも顔を見られたくないに違いない。

流しでお茶を用意している間に表情の体裁を繕うつもりなのだろうと思う。まぁそのためにお茶の用意を頼んだわけだが。

 

「今日は珍しいことにお客さんがいるね。もしかして、昨日も来てくれたっていう人?」

 

喋りながら雀卓へと向かう。俺の視線はお客様と思しき1年生ガールに向けられており、その子はやや居心地悪そうに顔を伏せる。

 

「ええ、その通りよ。白兎君と同じ1年生の宮永咲(みやなが さき)さん。君が来るまでみんなと打ってたのよ」

「なるほど。…えーと、宮永さん、俺の名前は発中白兎。麻雀部に所属してる1年生。よろしくね」

 

1月を部室で共に過ごし、本人の意向もあって大概気安くなった俺は視線と会釈で竹井先輩に感謝を伝えると、宮永さんに早速声をかける。

 

「は、はい…こちらこそよろしくお願いします」

 

ちらっと俺の方を見たきり、再び俯いて少し困ったような口調で挨拶する宮永さん。もしかしたら結構人見知りする子なのかもしれない。

ならばと俺は女子生徒相手なら結構効果高いんじゃねって我ながら思ってるアルカイックスマイルで魅了を試みた。だが残念なことにこちらを見てくれない彼女に効果はなかった。

 

「部長、もしかして宮永さんは入部希望者?」

 

宮永さんから視線を外し、この状況で出てくるであろう当然の疑問を竹井先輩にぶつける。

 

「ううん、そうであれば私は嬉しいんだけど、残念ながら今はまだお客様よ。昨日須賀君が連れてきてくれたんだけど、今日は私が誘っちゃった」

 

やはり竹井先輩のメールにあった「面白い打ち手」というのは宮永さんのことっぽいな。

 

「へー、なるほど。京太郎もなかなか隅に置けないな、こんな可愛い子を連れてくるなんてさ」

 

俺の台詞に、頬を染めて「そ、そんなことは…」と消え入るような声で呟く宮永さん。

宮永さんへの評価にはリップサービスも多少含まれていたものの、概ね正直な感想で京太郎に話しかけたのだが。

 

「ちょ、そんなんじゃないって。中学が同じクラスで、知り合いってだけ」

「…さいですか」

 

俺のからかいに慌てて否定する京太郎。この様子だと確かに嘘はついてないように見える。

しかしまだまだ甘い、お前が即否定したもんだから宮永さんがムッとした顔をしてるぞ。適当に話を合わせて流せばいいのに。

宮永さんにしても京太郎にそこまで好意を抱いているようには見えないが、そこはそれ、好意のない相手からでも今みたく力いっぱい否定されたら不満に思うって。そんな複雑な乙女心を解さない京太郎君の春は遠い。

 

「それはともかく、宮永さんは麻雀が打てるんだよね?良ければ俺とも打って欲しいな」

 

どう?と宮永さんに問いかける。

 

「あ、えっと…」

 

滑舌が悪いわけでもなかろうが、宮永さんは返答に言い淀むと、ちら、と流しにいるのどかへと視線を向ける。

うーん、のどかの涙と何か関係がありそうな態度だ。

 

「白兎君。悪いけど宮永さんには東風2回だけって約束で来てもらったのよ」

 

答えづらそうにしている宮永さんをフォローするかのように、竹井先輩が事情を教えてくれる。

 

「ありゃ。てことはもう2回打ち終わってますか」

「そうね、残念ながら」

「そかー」

 

どんな麻雀を打つのか見てみたかったんだけどな。どうやら宮永さんとはとことん縁がないらしい。

 

「お茶が入りました、どうぞ」

「さんきゅ」

 

俺が頭の後ろに両手を組んで残念そうにしてると、ティーカップをお盆に載せたのどかがこちらへと歩み寄ってくる。紅茶の芳しい匂いがあたりに漂う。

のどかは礼を言う俺にかすかな微笑みを向け、雀卓脇に置いてある縦長の小さな3段テーブルの上にティーカップを置く。そして、用を終えたお盆を胸の前で抱えると宮永さんへ顔を向けた。

 

「私からもお願いします宮永さん。白兎さんと打っていただけませんか?」

「え…は、原村さん?」

 

のどかの言葉に意表を付かれたのか、驚いた顔でのどかへと振り向く。

 

「先ほどお見苦しいところをお見せしたことは謝罪します。ですから、お願いできませんか?」

「それは…その…」

 

重ねて懇願するのどか。

うーん、ほんと何があったんだろう。のどかが涙を見せるほど取り乱すことって何だ?さすがに本人には聞けないからあとで京太郎にでも訊ねるか…

そんなことを頭の片隅で考えながら、いまいち煮え切らない宮永さんに俺からも頼み込む。

 

「や、ほんと頼むよ宮永さん。東風1回だけでいいから。この通り!」

 

がばっと頭を下げて頼み込む。宮永さんは気が弱そ…じゃなくて人が良さそうなので、誠心誠意頼み込めば断れないタイプと見た。

それが功を奏してか、ほどなくして宮永さんは不承不承といった様子で頷く。

 

「…わかりました。もう1局打ちます」

「おお、ありがとう。助かるよ」

「ありがとうございます、宮永さん」

 

俺とのどかは二人して礼を言い、雀卓の空いてる席にのどかが、染谷先輩に席を譲ってもらって俺が座る。

さて、いわくありげな宮永さんとの初対局だ。オラわくわくしてきたぞ!

そういや東京にいた頃に知り合ったギフトホルダーの高校生雀士、照さんの姓も確か宮永だったな。なんか面影が似てるし、まさか血縁なんてことは…流石にないよな?

一人暮らしの可能性がある大学生ならいざ知らず、高校生で姉妹が県を隔てた学校に通うはずもなし。

 

「それじゃ、私も混ぜてもらおうかしら。優希、悪いけど変わってもらえる?」

「あいよ」

 

竹井先輩が優希に声をかけ、席を替わる。俺にとって宮永さんの実力は未知数だが、これで麻雀部のトップ3が卓を囲むことになる。この面子相手に宮永さんはどこまでやれるのか、はたして。

 

「咲ちゃんには度肝を抜かれたけど、白兎相手じゃ流石に分が悪そうだじぇ」

「確かにのぅ。真打登場ってやつじゃ」

 

俺の背後で優希と染谷先輩が勝負の行方について見解を喋っている。それを耳にした宮永さんが二人へと顔を向ける。

 

「発中君ってそんなに強いんですか?」

「そりゃあもう。なんせうちの部のコーチ様じゃけんの」

「そんじょそこらのプロより断然強いじょ」

 

言葉に誇張があるとは思わないが、さすがにそこまでてらいのない高評価を本人の前で口にされると面映い。

 

「まぁ咲も強いと思うけど、白兎相手は胸を借りるつもりで打った方がいいかもなー」

 

のどかの背後で観戦するつもりなのか、京太郎もまた会話に追従する。

 

「そうなんだ…」

 

どこまで俺のことを脅威に感じているかわからない微妙な表情でちらっとこちらに視線を寄越す宮永さん。

俺はにこっ、とできるだけ友好的な笑顔を浮かべて話しかける。

 

「ま、そのあたりは実際打ってみて確かめてもらえれば。良い対局になるようお互い気張りましょ」

「は、はい…」

 

遂に俺のアルカイックスマイルを直視した宮永さんはぽっと顔を赤らめて俺の顔に見惚れる。女性は大体皆そうだが、宮永さんも例に漏れず面食いなのかね。

 

「それじゃあ始めましょう。私が起家でいいかしら?」

「「「はい」」」

 

配置は竹井先輩が親で東家、南家が宮永さん、西家がのどか、北家が俺。

初めての相手と打つのは心が躍る。しかも強さに期待できそうな相手となればなおさらだ。

俺は対面に座る宮永さんを見据え、小さく気合を入れたのだった。

 




いよいよ原作主人公「咲」の登場です。原作とは違う白兎の存在が彼女に何をもたらし、どう導いていくのか。

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