いきなりギフトを全開にしたのは失敗だった。
同じギフトホルダーの宮永さんがこの場にいる面子の中で最も影響を受けるだろうとは予想していたが……
雀姫や照さん基準で考えたのがいけなかったな。
久し振りに手ごたえのある
反省せねば。
さて、これからどうするか。
とりあえず宮永さんがギフトの恩恵なしでどの程度打てるかは確認できた。
なかなか安定した打ち筋だったし、基礎雀力は先輩たちに近いレベルだろう。
だが、それでも俺にとっては正直物足りない。
宮永さんも自分の能力が不調なことは先ほどの一局で気が付いただろうし、その状態で勝負が決まっても「全力を出せてなかった」という後悔や心残りが生まれるだろう。
何より俺がつまらん。
ギフトの封印された相手をこちらはギフト全開で叩きのめす……
天理浄眼の超常能力封印効果は、能力のない一般人や、弱いセンスしか持たない雀士相手に無双していい気になっているギフトホルダーの天狗の鼻を叩き折り、ギフトが如何に反則的なのか身を以って思い知らせるには大変便利な能力なんだが、対等に戦おうとする場合においては余計な能力である。ある意味一番天狗になってるギフトホルダーはお前だろってツッコミを受けそうな物言いだが。
今回の東風戦は宮永さんを凹ませる目的でやってるわけじゃないし、そもそも天理浄眼を使ったのは単に宮永さんがギフトホルダーなのかどうかの真贋を見極めるためだ。
基礎雀力も見たいなんて、つい色気を出して能力封印をかけてしまったが、目的は達成したことだし封印は解除しておこう。
俺は対面の宮永さんから視線と意識を外し、今しがた山からツモってきた牌の理牌に集中を傾ける。
「あ……れ?」
宮永さんは突然の能力の復調に驚いている。
天理浄眼の封印効果は、発動条件として「能力を封印する」という方向性の意志を視線に込めて、対象を一定時間注視しないと発動しない。
相手の能力強度にもよるが、封印をかける対象が一人だけならほぼ完璧にギフトやセンスを封じ込めることができる。
だが、複数人……最大で3人同時に封印することも可能だが、制限というかデメリットも当然大きくなる。
制限というのは、複数人全て均等に効果がかかるわけではなく、視線から外れている対象には効果が弱くなることだ。
具体的に言うと、対象がギフトホルダー基準なら「封印」ではなく、せいぜい「妨害」程度にしか効果が及ばない。
まぁそれでもかなり破格といえば破格の性能なんだが……
一方デメリットは、精神力の消耗、負担が増大することだ。
対象3人なら3倍、とまではいかないものの(体感的にね)、倍増するくらいには大きくなる。
半荘1回程度なら維持に何の問題もないが、インターバルなしに長時間続けられるものでもない。
もっともそんな機会は滅多にない。というか今までで一度もなかったりする。
いやさ、天理浄眼を単体相手に使う機会すら滅多にないのに、複数対象で使うケース=ギフトホルダー3人以上で雀卓囲む、なんて機会は普通ないよ。
インターハイの全国大会やプロの大会レベルならもしかしたらありうるかもしれないが……
で、封印効果を解除する場合は、天理浄眼そのものを解除するか、対象から視線を外して別の事に一定時間集中力を傾ければ効果は解除される。
逆に言うと封印効果を持続させるには対象の能力封印を常に意識し続けなければならない為、対象が一人だとしても精神的負担が結構馬鹿にならなかったりする。
一方、宮永さんの能力はギフトだと判明したわけだが、その詳細は
ちなみにカン材を集める能力は王牌を支配するための派生能力のようだ。
つまり成長すれば王牌に干渉して嶺上開花に繋げるだけでなく、ドラ指標牌も操ることができる。
効果区分で言うと、「支配系」「知覚系」の二つの特性を有していることになる。これはヤバイ。
いやまぁ、やばくないギフトなんて一つもないんだけどさ。
よし、ここは汚れなき14歳の心で彼女のギフトに名前をプレゼントしよう。
王牌を支配する能力と嶺上開花を得意とする打ち筋をヒントに……「頂の花」にケテーイ。
頂の花・宮永咲。うん、なかなか良い二つ名ジャマイカ。
ちなみに、俺が今のところ定義しているギフト及びセンスの効果別区分だと、「全体効果系」「支配系」「妨害系」「知覚系」「超常系」の5つとなる。詳細は以下のとおり。
全体効果系……配牌やツモ牌を良くする。別名、幸運を引き寄せる能力。発動条件さえ合致すれば常時効果が持続するので大変便利。割と制限が緩いが、効果強度も低い。言葉にすると広く浅く。センスに多い能力。相性的には知覚系に強く、支配系に弱い。
支配系……特定の牌や役を支配し、任意のツモ牌を引き寄せ、対局者や場の流れをコントロールできる。対象が狭い分、効果は強烈。制限が厳しい。和がれば和がるほど効果を強めるのが特徴。ギフトに多い能力。相性的には全体効果系に強く、妨害系に弱い。
妨害系……他対局者の配牌やツモ牌の引きを弱くしたり、能力そのものの発動や効果に干渉して弱体化させる。強力なものになると思考や判断能力にまで影響を与える。制限や効果強度はまちまち。相性的には支配系に強く、知覚系に弱い。
知覚系……見えないはずの牌の裏を読むことができたり、対局者のテンパイ気配や手の内(役)、場の流れといった様々な”見えない情報”を知覚することができる。制限はないに等しく、ほぼ常時発動している。相性的には妨害系に強く、全体効果系に弱い。
超常系……上記4種で括れない能力の総称。別名、超能力。サイコメトリー、未来予知、霊視、憑依術……自分で言っててあれだけど、これはないわーってくらいなトンデモ能力を指す。制限とか効果とか相性とか全て独自のユニークアビィリティ。
この分類でいくと天理浄眼は「妨害系」と「知覚系」の二つを備えたギフトなんだが、正式区分は「超常系」になる。
理由は単純、効果が麻雀に限った能力じゃないから。
霊的質量を視ることで心の動きを読み、超常能力を解析し、能力封印までやってのける。
麻雀に関係のない過去話だが、地縛霊っぽいナニカを天理浄眼使って退治した(祓った)ことすらある。
浄眼ってのは伝説的な霊能力であって、本来麻雀とは関係がない歴としたオカルトなのだ。
まぁセンスはともかく、ギフトとなると天理浄眼ほどでなくとも、他の分野で実用的に活かせるレベルの能力だったりするんだが。
つらつらとそんなことを考えつつ、理牌の終わった手元を見る。
【手牌】①④2344578白白中中 ドラ指標牌:西
うん、良い配牌だ。
「
逆に言うと、同じ支配系ギフトを発動させている宮永さんの配牌は俺ほど良くはないだろう。
支配系はより強い支配系能力をぶつけられると効果を十全に発揮できない。
能力強度の格差は先ほど俺がギフト全開放した際に明確になっている。
今の宮永さんでは10回連荘したところで俺の支配力を上回ることはできないだろう。
とりま、狙う役はホンイツ役牌で決まりだな。
ヤミテンの満貫手で和がりを待ちつつ、イーペーが作れたらリーチを視野に入れて跳満狙いが妥当か。
どれ、必要な牌はどのへんにあるかなっと……
俺の体から白い靄のような外見をしたオーラが卓上へと広がり、牌や卓に染み込む様に消えていく。
次の瞬間、脳内に様々な情報が流れ込んできた。
「白」は2巡目でツモが可能、「中」は2回鳴いてずらせば9巡目でツモれるな。
「発」は宮永さんのところに1個、のどかのところに1個、山に1個、王牌に1個か。
これはダメだな。やはり最低2回は和がらないと大三元は無理か。
裏ドラは……うお、視えにくい。宮永さんの支配が少しは及んでいるということか。面白いじゃないか。
俺はドラ指標牌の真下の牌へと強く意識を傾ける。
……八萬か。手元にマンズはない、ドラは諦めるしかないか。
ソーズは宮永さんが結構持ってるな。
うへ、赤ドラ二つも持ってるじゃないか。万が一和了を許したら高めになりそうだな。
ここは点数重視より早めにテンパイして宮永さん直撃狙いでさくっと和がることにしよう。
方針を決めた俺は1打目に①ピンを切る。
そんな俺の捨て牌を宮永さんが強い視線で見つめている。
……よほど警戒されてるらしい。まぁ無理もないが。
俺は順調にツモ牌を引き、事前の目算どおり、僅か4巡目でテンパイを完成させる。
当たり牌は6・9ソウの二つ。
リーチして一発を取れれば跳満確定だが、逆に言うと一発が取れなければリスクを高めるだけで点数は変わらない。
通常の打ち手であれば、裏ドラへの期待や、序盤テンパイの優位性を活かしてリーチをするだろう。
だが、ギフトホルダーは裏ドラの有無どころか、何手先でどんな牌が手元に来て、どの対局者がどんな手を作っていて、捨て牌に何を選択するかというところまで程度の差はあれ
当然俺もその類だ。
点数を稼ぐことを前提にするなら順調に行って9巡目で跳満確定にできるが、宮永さんとのどかも手が早そうだ。
多少無理して山の牌を全て読めば何巡目だろうと海底だろうと完全コントロールして和がる自信はある。
でもやらない。だって計算めんどくさいし、何より全牌
どうしても勝ちたい勝負なら容赦なく使うけどね。
俺の河に捨ててある牌は、 ①東④1 の4つ。
4巡目でこの捨て牌なら、テンパイしてると判断するには微妙だし、テンパイ前提と考えてもせいぜいタンヤオ程度しか警戒できないだろう。
そして当初の想定どおり、6巡目で宮永さんが9ソウを河に捨てる。
「ロン。8000」
「! ……はい」
まだ序盤の上、安牌を捨てたつもりがまさかの放銃に、ガクゥ、と小さく肩を落とした宮永さんが俺に点棒を渡す。
【和了:発中白兎】23344578白白白中中
「白に中か…… 始まったわね」
竹井先輩が俺の和がり牌を見てぼそっと呟く。
警戒しての発言かと思いきや、その表情は実に楽しげだ。
警戒にせよ期待にせよ、竹井先輩が何を言いたいのかは宮永さんを除けばこの場にいる全員が解っている。
ある意味俺のギフトの弱点とも言えるが、露骨に三元牌を集めて和がるので警戒されやすい。
しかし俺を警戒するあまり、俺の手元に暗刻で揃ってるのに、対局者が手元に来た4つ目の三元牌を手放せず、結果として役を作れないというケースも多発するから利点として働く面もある。
そんなわけで俺がギフトを発動させると三元牌の大半が手元に集まるので他の対局者の手牌や河から姿を消してしまう。
「あの……どういう意味ですか?」
「ああ、宮永さんは当然知らないわよね。フェアじゃないから一応教えとくけど、白兎君が本気を出すと何故か三元牌のほとんどが彼の手元に集まるのよ。不思議よね~」
思わせぶりな発言に食いついた宮永さんに、からかうような口調で俺の能力特徴を教える竹井先輩はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。
言外に「信じるも信じないも貴女次第よ?」とでも言いたいのだろう。
宮永さんは信じていいのか疑うべきなのか決めかねた様子で、のどかへと顔を向ける。
その視線はどこか救いを求めるような色を帯びていた。
「……部長の仰ったことは客観的に言って事実です。……が、私は単なる確率の偏りだと思っていますから、それを参考にするかどうかは宮永さんが判断して下さい」
どこか突き放したような口調だが、宮永さんの求めた言葉を正しく答えている。
のどかは若干の人見知り傾向があるものの、他人に対して理由もなく反発や反感を見せる人間ではないし、機嫌が悪いからと態度が感情的になることもない。
しかし、宮永さんに対しては隔意というか、敵対心めいた感情が言動の端々に付き纏っているように見えて、今日部室に来て以降ずっと気になっていたのだが……
天理浄眼でのどかのオーラを観察する限りでは、宮永さんに対して若干の警戒があるものの、僅かに好意的な色も視える。
うーん……わからん。
二人の関係がよくわからず、もやっとした気持ちを抱いている俺をよそに、宮永さんはのどかがきちんと答えてくれたことに気を良くしたのか、ぱあっと破顔して笑顔を見せる。なかなか可愛い。
「わかった。ありがとう原村さん」
「い、いえ……部長の言うように宮永さん一人知らないのはフェアじゃありませんから……」
面映そうに応じるのどかの感情は、先ほどより僅かだが好意を深めているように見える。
ちょっと待て、これはまさかのNTRルートの
なんて冗談はともかく、この東風戦開始したときに宮永さんの能力というか打ち筋を知らなかったのは俺一人なんですがー、そこはスルーですかっ。
まぁいいけどね、俺は能力知られたところで特に痛手でもないし、元から宮永さんの打ち筋は自分で確かめるつもりだったし!
どうせ白兎にアドバイスなんて不要、とか思われてるに違いない。つまり信頼の証。うん、きっとそうだ。そうに違いない。
……そうだよね?
俺にとって色々と疑問が残るやりとりを終え、親が俺へと移り、色々あったこの東風戦も遂にオーラスを迎える。
気を取り直した俺は山から牌をツモって理牌する。
【手牌】二三④⑤
1度和がったおかげで俺のギフトによる支配が強まっているのを実感する。
ドラ含みの二向聴。これは高めになるな……
宮永さん以外点数がほぼ横並びになったから高めのツモ和がりでも問題ないし、宮永さんも慣れで耐性が多少は付いただろうから、ギフトの発動強度をやや強めてみるか。
「く……!」
やはりというか何と言うか、多少とはいえ影響はあったようで、額に脂汗を浮かべながらも、気丈に俺の重圧を耐える宮永さん。
……なんかいたいけな女子高生を嬲る悪者みたいな気分になってきた。
オラちょっとわくわくしてきたぞ!
ごめん嘘。宮永さん、正直すまんかった。
竹井先輩が少し心配そうな表情で宮永さんを観察してるが、声をかける気配はない。
きっと本人の意思を尊重するつもりなのだろう。
1打目に1ソウを切りながら、先ほどと同じ要領で必要な牌がどこにあるのかを視、いつ手元に来るかを計算する。
……よし、決めた。
少々アクロバティックな和了を決めてみせるか。
思わず口元がニヤリと悪戯めいた笑みの形に歪む。
目敏くそれを見つけた竹井先輩が声をかけてくる。
「白兎君、なかなか素敵な笑顔ね」
「はは、ありがとうございます」
竹井先輩のことだから、トラッシュトークというより天然の感想を口にしただけだろう。
ここ一ヶ月の付き合いでそれを解っている俺は軽く流す。
俺の悪者顔を見逃したのどかと宮永さんは会話の意味がわからずぽかんとしている。
そんなやりとりを挟みつつ、対局は順調に消化されていき……
「リーチ」
8巡目でのどかがリーチ。そして緊張した面持ちで河に「発」を捨てる。
俺の当たり牌かもしれないと危惧しているからだろう。
それでも敢えて危険を冒してリーチしたのは、オーラスで逆転するための乾坤一擲の賭けというわけだ。
今の点数状況は 俺:21700 竹井先輩:21700 宮永さん:31900 のどか:24700(リーチ棒で-1000) となっている。
のどかが確実にトップを取るには、満貫以上を狙わなければ宮永さんに逃げ切られる可能性が高い。
そして仮に今捨てた「発」で俺に和がられても、終局はしないのでチャンスは一応残るという計算なのだろう。
客観的に言えばその判断は間違っちゃいないが、俺が狙っていたのはまさにのどかの捨て牌だ。
「ポン」
「っ!」
俺が鳴いたことで一瞬息を飲むものの、栄和の宣言ではないことにすぐさまほっとした表情を浮かべるのどか。
ぬか喜びさせたようで心が痛むが、これで俺の準備は万全となった。
【手牌】一二三⑤⑤
のどかがリーチを行い、俺が役牌を成立させたことで宮永さんと竹井先輩の表情に緊張が走る。
二人が捨てたのはのどかに対する現物、のどかと同様の理由で俺に振り込んでしまった場合は仕方ないと考えているのだろう。
そして11巡目、待ち望んでいた牌を手元にツモる。
「カン」
「「「 ! 」」」
加カンを宣言し、手元の「発」を右隅の副露牌に加える。
皆の表情は「まさか」という驚愕の一歩手前だ。特に宮永さんは緊張の度合いが一番濃い。
ドラ指標牌を1枚めくり、リンシャン牌を手元に持ってくる。
「カン」
「っ!?」「え…」「……」
驚愕、呆然、諦観……それぞれの表情に企みが上手くいったと会心の手応えを感じながら、再度ドラ指標牌をめくり、リンシャン牌を掴む。
追加されたドラ指標牌は八萬と「南」、解ってはいたことだが俺のギフトはドラといまいち相性が悪い。
念の為、リンシャン牌を盲牌して予想の牌と寸分違わぬことを確認した俺は都合3回目となる宣告を行った。
「ツモ。6000オール」
ガタッ!
「そん……な!」
宮永さんが信じがたいものを見た、という表情で椅子を蹴って立ち上がった。
【和了:発中白兎】一二三白中中中
のどかに続き、俺もまた宮永さんの得意とする嶺上開花で和がったことで、相当なショックを受けているのだろう。
人は自分の領域を侵す者を恐れる。
タンヤオだのピンフだのといった誰でも和がれる役を真似されるのとは訳が違い、本来相当稀な役である嶺上開花を他人にポンポン和がられては打ち筋のアイデンティティが揺らいでしまうだろう。
俺とてギフト発動させているにも関わらず目の前で大三元を和がられたら相当なダメージを受けるだろうから、その心理的衝撃は想像に難くない。
和がるだけなら別のやりようもあっただろうに、態々ダメージを与えるような手段を採ったことに多少の罪悪感を覚えないでもないが、能力者同士のぶつかり合いとは元来こういうものなのだ。
敵に精神的打撃を与え、自己の優位性を思い知らせる。
ギフトやセンスの強さとは精神力で基本的な強弱が決まるため、気後れしたり相手の勢いに呑まれたりすれば出せる実力の半分も出せなくなる。
もっともそれは能力など絡まない、どのような類の勝負でも適用される常識的な法理だが、ギフトやセンスを前提とした超常戦ではメンタリティの影響が特に大きい。
まぁ一般論としてそうだというだけで、能力格差的に明らかにオーバーキルしている俺が宮永さんにやったことは一種の弱いもの虐めであり、大人げないと責められても仕方のない行為かもしれない。
ただ、別の面から見れば手加減をしないということであり、今この状況で俺が出せる全力でお相手することが
――というわけで自己弁護完了、次はもっと全力で屠る!
俺は自重しない男だった。
「咲ちゃんならもしかして……と思ったけど、結局白兎無双で終わりそうだじょ」
「頑張れ咲! まだ逆転の可能性はある!」
「たまには
観客たちがめいめい勝手なことを口にする。京太郎は珍しくまともなことを言ってるが……(酷)
あれれ、華麗に逆転を決めた俺に対する歓声がありませんよ皆さん?
どうやら俺には思ったほど人望がないらしかった。ぐぬぬ。
内心で今後の連中の指導をより厳しくしてやろうと公私混同な報復を胸に誓う。
俺は大人げもない男だった。
「宮永さん、こういう慰めが適切かは自信ありませんが……白兎さんのやることに一々驚いたり気にしたりすると身が持ちませんよ」
いたく実感の篭った声音で立ちあがったままの宮永さんに声をかけるのどか。
「えっ……と、どういう意味ですか?」
ようやく落ち着きを取り戻した宮永さんが着席し、のどかに聞き返す。
「そのままの意味です。白兎さんは色々規格外な人なので……普通はできないことをいとも簡単にやってのけるんです、いつも」
「い、いつも……ですか」
「いつも、です」
宮永さんの恐る恐るといった確認に、淡白な喋り方をするのどかにしては珍しく力を籠めて断言する。
のどかの言ってることは客観的に間違っちゃいないけど、もうちょっとオブラートに包んで欲しかった。
おかげでたった今、宮永さんの俺を見る目が45度くらい変わってしまったぞ。
俺へと向ける視線が警戒から畏怖へ、オーラに視える感情の表層に怯えが顕著に出てきている。
「いやまぁ、だからって取って食べたりはしないから、そんなに構えないで欲しいな」
「へぇ。でものどかはもうそろそろ取って食われそうな感じよ?」
「ちょっ……!?」
うさんくさい笑みにならないよう苦笑で取り繕いながら、印象回復を図る俺の努力は竹井先輩の一言で粉微塵にされる。
この人はほんと根っからの愉快犯だ。間違いない。
当ののどかは絶句し、何と答えたらいいやら咄嗟に言葉が出てこない様子で、顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせている。
コントじみたこういうやりとりは割といつものことなんだが、のどかが爆発しないうちにフォローしないといけない俺の身にもなってほしい。
俺は内心で盛大なため息をついた。
「部長、真面目な話をしてるんですから茶化さないで下さいよ。のどかも落ち着いて」
「は、はい……すみません」
「ごめんなさい、ついね」
ついね、って、あんた絶対故意犯だろと。口には出さないが内心でツッコミを入れる。全く困った人だ。
まぁそういう茶目っ気旺盛なところも竹井先輩の魅力だなと思ってしまえるあたり、俺はもっと困った人かもしれない。
とはいえおかげで宮永さんは警戒を解いた様子で、まだいささか硬くはあるものの、表情にほのかな笑顔が戻っている。
怪我の功名だった。竹井先輩に感謝するべきか、割とどうでもいいことで一瞬悩む。
「さて。なんとなく結末が見えてきた気がするけど、
「「「はい」」」
部長らしく、締めるときは締める。さっきの一幕がなければ素直に格好いいと尊敬できたんだが。
それにしてもさりげなく「最後の」とか付けてるあたりが部長の先見性を感じるな。
単に諦めてるだけとも取れるが、竹井先輩はそんなヤワなタマじゃない。
俺もできれば次局で決めたいと思ってる。
俺が連荘しても対局が長引くだけだし、おためごかしかもしれないが、早く終わらせることが宮永さんのためだろう。
窓から外の様子を一瞥すれば、もう陽が落ちかけ暗くなってきている。
俺はのどかの和了後から発動させている
白発中、2回の和がりで三元全てを支配した以上、俺のギフトに制限はもはやない。
俺は椅子にもたれかかると静かに深呼吸し、気息を整える。
ゆっくりと目を瞑る。
瞼を透けて届く外の光を意識から追い出し、天理浄眼の透徹たる視力を以って自らの心の在り様、即ち魂の本質を視る。
そこにはただ、「可能性」という名の未元の純白だけが在った。
「
いつもは心の中で呟くだけの言葉を、敢えて口ずさむ。
俺が最強である証左。天元に
その名を……
「
呟いた。
――キン!
俺にだけ聴こえる、金属同士を打ち鳴らしたような、澄んだ霊妙な音が瞬時に広がる。
そして――
この瞬間、俺の勝利が確定した。
☆★☆★
「「「 ! 」」」
俺が意味不明の呟きを喋り出したため、訝しむような表情でこちらを注視していたのどか、部長、宮永さんの3人が同時に顔を強張らせる。
また、宮永さんの背後で観戦している優希と染谷先輩の表情からも何かを感じ取ったという変化がありありと窺える。
「白兎君。また何か
また宮永さんに良くない影響が出るような行為は、部長として看過できないという責任感があるのだろう。
いつもは俺が本気を出す、即ちギフトを使って戦うことに好意的な竹井先輩としては珍しく、眉根を寄せてやや険のある言動を放つ。
「やらかした、とはお言葉ですね部長。ちょっと気合を入れるためのおまじないを呟いただけです。大した影響はありませんよ」
宮永さんにはね。
「ならいいけどね。それにしてもおまじないだなんて、白兎君って意外と
「自分の名誉の為にも黙秘します」
竹井先輩は動機をなんとなく察しているようだが、さすがに「汚れなき14歳の心が暴走しました」とかカミングアウトするわけにはいかない。
「ふーん…… ま、いいわ。さくっと始めて終わらせましょう」
武士の情けか、俺の件はさらっと流して自動卓を操作する竹井先輩。
吐き出された牌の山からめいめいがツモっていき、初期の配牌が確定する。
能力者にとっては、この時点から勝負がすでに始まっていると言っても過言ではない。
強力な全体効果系能力を有する打ち手の場合、配牌の時点でテンパイ~三向聴の良手牌が揃っているものなのだ。
支配系でも、能力強度次第では同じ結果(良配牌)をもたらすが、本質的には全く違う。
全体効果系は「幸運によって良配牌に恵まれる」だが、支配系は「特定の牌や役、状況を支配して選択的に手元に引き寄せる」だ。
センスのほとんどは5つの効果別区分のうち、一種類しか効果を発揮しない。
しかしギフトは、俺が知る限りでは唯一の例外を除いて二種類以上の効果を有している。
例えば宮永さんの「頂の花」は支配系&知覚系ギフトだし、雀姫の「
センスが効果一種類に対しギフトは効果複数なんだからそりゃ強いよって話なんだが、先ほど言った”唯一の例外”である俺の「元始開闢」はギフトでありながらも支配系の効果しか持たなかったりする。
それだけ聞くとハズレ能力か? みたいな印象を受けるだろうが、実際はそうじゃない。
支配系だけに特化しているおかげなのか、他のギフトよりも制限が緩めな上、その能力強度は尋常じゃなかったりする。
何が尋常じゃないかと言うと、最速2回程度の和了で役満――大三元へと繋げられるからだ。
もっと具体的に言えば「白」「発」「中」の三種類だけにしか支配が及ばないが、常に手元へと引き寄せられるし、天理浄眼を発動させてなくとも、三元牌がどこにあるかをはっきりと感じ取れる。
(支配系能力は、支配対象に限って知覚できる特性もある。勿論知覚系ほど無差別な広範ではありえないが)
そんな、我ながら
【手牌】八②⑦1白白白白発発中中中 発 ドラ指標牌:八
――こうなる。
東場第四局一本場。
俺は既に一切の手加減を捨てており、従って天理浄眼による超知覚も全開だ。
封印効果は使っていないが、能力の片輪である知覚系だけでも並のギフトホルダーを完封できるくらいの性能と自信がある。
超知覚によってもたらされたこの一局に関わる全情報が脳内に溢れる。
その規模と精密さはちゃちなガンパイなんて目じゃない。
文字通り、
――2巡目で1ソウをツモり雀頭にする。
――4巡目で⑧ピンをツモり塔子を作る。
たったのそれだけで役満をテンパイする。
その後3巡する間に勝負は終わるだろう。
既にして圧倒的優勢な俺に対して勝機があるのはこの場に一人しかいない。
全て見えている俺だから解る、それはほんの僅かな可能性。だが、ゼロじゃない。
気を抑えながらも溢れる闘争心に唇を歪めた俺の獰猛な視線を敏感に察し、宮永さんも強気な眼差しで俺を見つめ返す。
絡まる視線、衝突する眼光。
宮永さんのオーラが徐々に強度を増していく。
彼女のギフトがたった今、現在進行形で
原因は恐らく、俺の
ここまで来てこの変化とは面白い。実に愉快だ。
まさかこれほどのポテンシャリティを秘めていたとは流石の天理浄眼でも見抜けなかった。
変質しつつある彼女のギフトを天理浄眼が読み取り、脳内にあるイメージを伝えてくる。
青々とした草葉から一本の茎が伸び、蕾を付け、白く小さな花弁がゆっくりと開いていく――
なるほど、これが宮永さんのギフトの真髄……か。
俺は内心で小さく感嘆しながら、第一打目を切る。
俺と宮永さんの間に張り詰めた緊張感を感じているのか、のどかも竹井先輩も普段以上に真剣な表情で打牌する。
「ポンです」
3巡目、宮永さんがのどかの捨てた九萬を鳴く。
おかげで4巡目に予定していた俺のテンパイが成立しなくなった。
……まさか、視えているのか?
彼女のギフトは知覚系も有している。先ほどの覚醒で力が強まり、多少なりとも牌が視えるようになったのかもしれない。
いずれにせよ、ツモ牌をずらされたことで最初の計画は修正せざるを得ない。
俺は天理浄眼の視覚情報を元に再度考えを巡らせる。
――よし、少々迂遠だが確実な手段を採るか。
方針を定めた俺は⑦ピンを捨てる。
その後は静かに場が進み、7巡目で俺はテンパイを完成させた。
俺の見込みでは宮永さんも次巡でテンパイを完成させるだろう。
さすがに他対局者の手牌までは視えていないようだが、山牌はある程度詳細に視えている節がある。
王牌もまた宮永さんの支配領域なため、山牌以上にはっきり視えているはずだ。
だからこそ、俺と宮永さんの情報格差を
8巡目で予想どおり宮永さんはテンパイし、その表情にほんの僅か、安堵感のような感情が浮かぶ。
勝利を確信したときこそ、人は最も無防備になる、か……
そして迎えた9巡目、山に手を伸ばして牌を掴んだ瞬間、宮永さんは勝利を確信したことによる喜悦を声に乗せ、はっきりとした口調で宣告する。
「カン」
ツモ牌である九萬を右隅の副露牌に加え、明カンが成立する。
「!」
「あら……」
のどかが「やられた」という深刻な表情で宮永さんへと顔を向け、竹井先輩は思わず、といった感じで呟き、目を瞑って椅子の背もたれにもたれかかる。
宮永さんの自信溢れた声に、勝負が決まったことを確信したのかもしれない。
そのとおり、たった今、既に定められていた勝敗が確定したのだ。
「そのリンシャン、取る必要はない」
「えっ……?」
リンシャン牌に手を伸ばした宮永さんの右手を、俺は左手でそっと押し留める。
俺の意図を測りかねた宮永さんが「なぜ?」と表情で聞いてくる。
そのとき自然と心の中に生まれた言葉を、俺は口に出していた。
「無謬の理しろしめすは、いと高き天元なるかな…… ロン。チャンカン、大三元。48300」
【和了:発中白兎】七八11白白白発発発中中中
宮永さんを直撃でトバし、俺の勝利を以って長かった東風戦は終わりを告げた。
全体効果系とか支配系とか、ギフトの設定を多少味付けしてあります。
補足はいらないかもしれませんが、白兎は本来ありえない「ギフト二つ持ち」
です。理由はすぐに想像がつくと思います。
原則、ギフトとセンスはどちらか一方のみ、一人一つしか有してません。