咲-Saki- 天元の雀士   作:古葉鍵

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本編ではなく、外伝となります。
白兎+とある原作キャラの過去話です。
ストーリー展開を早めるために対局描写はカットしてます。


場外 夜明け前の淡星

「白兎……起きて。授業、終わった」

 

ゆさゆさ。

誰だ、人が気持ち良く寝てるのに邪魔するなよ……

俺にとって経験的には前世の焼き直しでしかない授業の時間は正直退屈であり、苦痛である。

かといって授業を受けないとか、学校に来ないとかは極論であり、そんな手段を採れるはずもなく。

結局、我慢して真面目に授業に出席するものの、割と高確率で後半は睡魔に負けてたりする。

当然、教師としては面白くなかろうし、本来であれば落ちこぼれ不良生徒の烙印を押してやりたいところだろうが、生憎転生チート能力によって俺の成績は入学後から学年トップの座をキープし続けているため、教師たちは俺の扱いを決めかねている。

そして学校側としても、俺の親から多大な寄付を受けているという背景もあれば、全国模試で常に10位以内にランクインする優秀な生徒がいるというのは一種のステイタスであるため、教師たち以上に俺への態度対応はデリケートな感じだ。

まぁ俺自身、授業でやや不真面目な態度を見せている以外は身を慎んで過ごしているし、授業によるマイナス分を埋めるべく教師受けがいいように振舞っているので、今はどの教師とも良好な関係を築けているし、結果的に授業における少々不適切な態度は事実上の黙認でお目こぼしいただいてる。

社会に出ると実感することだけど、最終的に物を言うのは多少の実力より、人脈や他人の評価なんだよね。

親の威光だの成績優秀だのといった優位にあぐらをかいて他人からの評価を軽視したり、人付き合いで傲慢だったりすると、いつか必ず手痛いしっぺ返しを受けるだろう。

俺はそういう”頭の良いバカ”になるのは御免だ。

何事も要領よく順風満帆、誰にも愛される生き方をモットーとしたい。

とまぁそんなわけで、前向きな心がけと努力により勝ち取った俺の惰眠する権利を奪おうとする奴はどこのどいつだ。

くだらん理由で邪魔したなら、人目のない校舎裏か屋上に連れ込んで最近覚えたばかりの発剄をどてっ腹に叩きこむぞごるぁ。

寝起きはどんな温厚な生物でも獰猛になりうるという法則を体に教えてやるぜ。

ろくでもないことを考えられるくらいには意識が鮮明になってきた俺はぱちりと目を覚まし、机に突っ伏していた上半身を起こす。

 

「あ、起きた。おはよう白兎」

 

机のすぐ隣に立っている誰かさんが腰を屈めて俺の顔を覗き込んでくる。

長い髪がさーっと微かな音を立てて下方へと流れる。髪から柑橘系の爽やかな良い匂いがふんわりと漂い、鼻腔をくすぐる。

 

「おはようじゃねーよ……淡、何か用か……」

 

ふぁー、と暢気な欠伸をかましながら、座った姿勢で大きく伸びをする俺の頭はまだ少しぼんやりしている。

 

「ちょっと大事な用がある。少し付き合って」

 

抑揚のない口調で喋りながら、俺の制服の肩のあたりをつまんで引っ張るクラスメートの女生徒。早く立てってか。

こいつの名前は「大星淡(おおほしあわい)」。中学に入学して以来、俺と付かず離れずの関係を続けてきた異性の親友だ。

まー親友といっても、俺的には妹みたいな存在というか、尻尾を振って懐いてくる子犬みたいな奴だ。

淡はなかなか際立った容姿というか、凛々しい顔立ちをしているのに、基本無愛想な性格だから人間関係で色々損をしてる。

余りに放っておけないオーラが出てるもんだから、入学直後から俺が何くれとフォローしてやってたらいつの間にか「世話をする主人と他人には懐かない子犬」、みたいな関係になっていた。

 

「わかったわかった。今帰宅の準備するからちょっと待ってろ」

「うん。30数える間だけ待つ」

 

さすが淡さん、なかなかの暴君ぶりですね。頼み事してる立場なのに時間制限て。

といっても筆箱を机から取り出して鞄に仕舞うだけだし、実際30秒もかからんわけだが。

流石は腐れ縁、俺のことを良く把握している。

 

「1……10、20、30。はい時間切れ」

 

斜め上を行く淡の発言に思わず筆箱を取り落としそうになる。

 

「10刻みかよ! ガキみたいな事すんな!」

「良い女は男を振り回すもの」

「実に都合の良い解釈ですね! どこで覚えたそんな言葉!」

「こないだ白兎が私に言った」

「因果応報!?」

 

そういや先々週の文化祭で丸一日部外者の美少女と過ごした詳細をしつこく聞いてきたんだよなこいつ……

俺は女装してて同性だと思われてただろうし、女装バレもしなかったから、その美少女とは男として何の関係も持たなかったって散々言い含めてやっと納得してくれたんだよな。

その説明の際に「美少女に振り回されるのも男の甲斐性だけどな」なんて本音を迂闊に口にしてしまったことをどうやら根に持ってたらしい。

用意を済ませた俺が立ち上がると、待ちきれないとばかりに淡が俺の制服の裾を掴み、教室の出口へとぐいぐい引っ張っていく。

 

「おー、ついに大星がシロを食べる気になったか!?」

「いやそれ男女逆でしょ……」

「告白!? 告白なの!?」

「中学生活半年切ってるしなぁ……俺も思い出作ろっかな」

「シロー、避妊はしっかりしろよ!」

「男子最低! そういうことしか頭にないの!?」

「淡たん……」

 

いつにない淡の積極的な様子に、クラスメートが無責任な台詞を口々に囃し立てる。

できもしないのに両手指口に突っ込んで「フュー、フュー」とか木枯らしみたいな口笛を吹いてる奴もいる。

ほんと、このクラスはバカばっかの楽しい連中が多いな。

俺は片手を挙げて「おー……」と無気力に応じながら、淡に引き摺られて廊下に出る。

いつまでも引っ張られたままだと体裁が悪いので、廊下に出た俺は早足で淡に並び、連れ立って歩きながら質問する。

 

「……で? どこ行くんだ淡」

「プール。更衣室」

 

また謎な地名が出てきた。

もう晩秋で、どちらかというと冬に近い時期だから、寒くて屋外のプールなんて使われていない。

温水プールというわけでもないので水泳部が練習してる、なんてこともない。

即ち人気がない場所というわけだが……そんなところに俺を連れ込んで何を考えているやら。

流石にクラスの男子共が囃し立てたように、いかがわしい目的ってことはないだろう。

淡はそういう方面疎いってかあんまり興味なさそうだしな。

まぁ告白とかならありえるかもしれないが、それにしたってプールの更衣室とか場所のチョイスとしては斜め上すぎる。

 

「何でそんなところに……説明しろ淡」

「黙ってついてきて」

 

足早に俺の半歩先を進んでいく淡は、どうやら俺の質問に答えるつもりはないようだ。

こういうときの淡には何を言っても無駄だということが経験上解っている俺は、こみ上げる理不尽感をため息で誤魔化しながら無言でついていく。

まぁ淡も来年は高校生なわけだし、そうそう非常識な真似はせんだろ。

 

 

――そう思っていた時期が俺にもありました。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

ガタン――ゴトン――ガタン――ゴトン――

 

定期的な電車のリズムに揺られながら、俺は向かいに座る淡へと声をかける。

 

「さて、淡さん」

「何? 白兎」

「もはやどこから突っ込んでいいかわからん状況なわけだが……俺はそろそろ沈黙を破っていいか?」

「もうすでに破ってる」

 

淡の白々しい物言いに俺のこめかみの血管はぶち切れる寸前だったのは言うまでもない。

 

「俺が! 質問しようとする度に! 黙って言うとおりにして、とか言うから! ずっと我慢してきたが! もう勘弁ならん!」

「大声出すと他の客に迷惑」

 

淡の言うとおり、帰宅ラッシュの時間帯にはまだ少し早い為そこまで多くはないが、周囲を見渡せばこの車両だけで10人程度は乗客がいる。

 

「淡さんや……親しい仲にも礼儀ありって言うじゃありませんか……これ以上トボけるつもりなら俺は次の駅で降りて帰らせてもらう」

 

俺が「あぁ~ん?」と淡にメンチを切りながらドスの効いた声でそう通告すると、淡ははぁ、と小さくため息をついた。

ため息をつきたいのはこっちだっつーの。

 

「じゃあ聞く。何」

 

なんでそう無闇に偉そうなんだお前は……将来こいつの彼氏になる奴絶対ハゲるぞ。

躾けかt……じゃない、育て方間違えたかなと今更後悔しながら、俺は質問の内容を素早く検討し、聞く。

 

「まず一番聞きたいのは、だ。……なんで俺女装させられてんの!? しかもこの制服他校のだろ!」

 

そう。俺は先々週の文化祭よろしく、女装している。いや、させられている。

嗚呼……プールの女子更衣室に連れ込まれたときから嫌な予感がしてたんだ……

いやね? 本音を言えば俺だって男だもん、男子禁制の聖域に入れたことにちょっとドキドキしてたよ? 淡がまさかの「ご主人様、私を好きに虐めて……」とかアダルティなことを言い出す前兆かと身構えたよ!

だけど現実はロッカーから知らない学校の女子用制服を取り出したかと思うと、「着て」だもんよ。

あまりの超展開に「着()て?」の聞き間違いかと思ったわ!

挙句、俺が固まってると、「早く着て行かないと電車の時間に間に合わない」とか言い出して俺の制服を剥ぎ取ろうとするし。

俺が女子更衣室から逃げようとすると、素早く入り口に回りこんで、「逃げたら大声で悲鳴あげる」とか脅迫してくるし……

泣く泣く、俺は横暴に屈して女子の制服を着込んだわけだが。

まさかショーツまで女物を履けと要求されるとは思わなかったぜ。

それだけはと勘弁してもらい、念の為と容易してあった男性用の股間サポーター(保護目的で股間をぎゅっと締め付けるハイレグパンツみたいな水着の一種)を履いた上に丈が短めのスパッツ装着で許してもらった。

ちょっと股下短くなってるけど、鏡で確認した分には女の子の股間と同様、臀部の裏側へとなだらかに凹むデルタを形成しており、ちらっと股間を見られたくらいではバレない外見になっている。

――そんなことを心配しないといけない状況に情けなくて思わず目頭が熱くなってきたよ……

いや女装はいいよ? 進んでしたいとかは思わないけど、文化祭でも頼まれてやったときは楽しめたし、ネタなり何なり俺が納得できる理由があるならやってもいい。

けど女装する理由も教えてもらえず、異性として意識はしてないものの親しい同級生の女の子の前で、サポーター履くところから着替え終わる最後までじっくり観察されるのは恥辱プレイな拷問だと思うんだ……

あ、もちろんサポーターやスパッツ履くときはバスタオル使って見えないようにはしたけどね。

胸には不自然にならない程度のパット入りスポーツブラさせられるし、どこから調達したんだこんな女装用セット!

……あ、大平原な淡さんの元からの私物でしたか、フヒヒ、サーセン。

着替え中、そんなことを考えてたら淡にぽかっと殴られた。どうやら顔に出てたらしい。

で、自分で言うのも何だが俺はすね毛や産毛などが全くない細く長い綺麗なおみ足をもっているので、ハイソックスとかでも全然問題ないんだが、スースーして寒いのでニーソックスを淡から借りて履いている。

そして最後にウィッグを付けて軽いメイクして女性化完了。

俺、自分で女性用のメイクができるんだぜ……ちょま、そこ引かないで!

ちゃんと理由があるの! 一時期ね、淡がやたらメイクに興味持ってた時期があってね? 「でも私不器用だから白兎やって」って丸投げしてきたんだよ!

淡は黙ってれば凛々しい系の美少女だから、俺もついつい熱が入っちゃってね? 面白がって色々自分で調べて淡をメイクしてたらあらびっくり、そんじょそこらの化粧好きの女性に負けなくらいの知識と技術を身に付けてしまったという……

はくとは めいく のすきるをおぼえた!

あれだよな、人生の贅肉ってこういう余計な技術のことも含まれるよな。

まぁそんなこんなで更衣室の鏡に映った俺の姿はどこからどう見ても完璧な美少女で、100人の男とすれ違ったら99人が振り返る容姿をしている(うち1名はゲイかオカマ)。

で、俺の化粧が終わる頃には淡も他校の制服に着替えていて、二人同じ他校の制服姿な為、人目に付かないよう学校からそそくさと脱出し、最寄の駅から電車に乗り、今に至る、というわけだ。

 

「頭のいい白兎でも知らないことはあるんだね」

「当たり前だろ! むしろ突発的に女装させられた理由まで知ってたらそちらの方が怖いわ! 普段から女装の理由探してる真正の変態か俺は!?」

「その制服、白糸台高校のもの」

「……なるほど、潜り込む気か」

「単なる見学」

 

淡は俺の突っ込みを軽くスルーして、推理の材料をぶん投げてくる。

白糸台高校というのは、淡が進学を志望している都内の高校のことだ。

偏差値レベルが高く、俺はともかく淡の成績だと合格は結構ギリギリのラインかもしれない。

要するに今日は進学予定の高校がどんなものか体験入学ならぬ体験潜入したいってことだろう。

興味のあることには行動力があるというか、アグレッシブになる淡らしい。

俺を連れて来たのは、やはり一人では心細いのと、一人より二人連れたって歩いていた方が多少見ない顔だと疑われても不審に思われにくいからだ。

一人ならいざ知らず、二人も部外者が身分を偽って校内を闊歩してるなど、普通は思わないだろう。

最初からその目的を話してくれていれば、俺もぶつくさ言わずに女装した上での同行くらい請け負っただろうに。

相変わらず不器用な奴だ。

俺は思わず苦笑する。

 

「ごめんな、淡。高校は一緒に通ってあげられなくて、さ」

「いい。……ごめん、嘘。本当は白兎と同じ高校に通いたかった」

 

正直な淡の告白に、俺はより苦笑を強める。

俺は妹の療養目的の為、長野の田舎にある高校へと引越し進学を予定している。

だから、俺だけ東京に残って高校に通うわけにはいかないのだ。

 

「ほんとごめんな。高校でも、お前の面倒を見てやりたいのはやまやまなんだけど、(雀姫)を一人行かせるわけにはいかないしさ」

 

そのへんの事情は引越しが確定した数ヶ月前に淡に伝えてある。

何度か俺の実家に麻雀を打ちにきたことのある淡だから、雀姫とも顔見知りだ。

初めて遊びに来たときは、後で雀姫が関係をしつこく尋ねてきて、ただの友達だと納得させるのが大変だった。

 

「雀姫と私、どっちが大事なの……?」

「なかなかクリティカルな質問してくるねお前! どっちを選んでも立つ瀬を失うわ!」

 

そうは言ったものの、実質的には妹を選んだわけで。

てか、仮に淡が俺の恋人だったとしても、病弱の妹を田舎に一人放置して青春を謳歌するなんて選択を俺が選ぶはずはない。

もし恋人が出来たら俺は相当大切にするだろうが、それとはまた別の次元で家族の優先度は高く考えるだろう。

まぁ口では未練がましいことを言ってはいるが、淡は俺が妹について行く事を理解してくれている。

態度や表情はつっけんどんでも、根は優しい女の子なのだ。

むしろ俺が東京に残るなどと言い出したら、俺の頬を張り倒して「雀姫の為に長野へ行け」くらいの行動を取りかねない奴だ。

それほど多くの交流があったわけではないが、一人っ子の淡も雀姫をまるで本当の妹のように大事に思ってくれていることを俺は知っている。

そんなやりとりを交わしているうちに、電車は目的の駅に到着した。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

「えーえーわかってましたよ。淡の”見学”が言葉通りの意味じゃないってことくらいはね!」

 

余人には聞かれない程度の小声ではあるものの、不満をたっぷりとデコレーションした俺の皮肉はしっかりと淡の耳に届く。

淡は首だけ振り返って背後にいる俺へと小声で返してくる。

 

「私が白糸台を希望したのは、麻雀部が強い高校だから。白兎のいない無聊を埋められる程度には強い相手がいないと困る。今日はその確認」

 

すげーよ淡さん。高校生という実力的にも経験的にも社会常識的にも格上の相手になんという上から目線。

いや麻雀に限って言えば確かに淡は強いけどさ……

ギフトホルダーである淡の実力は、多少の年齢ギャップを埋めてもおつりが来るほどだ。

まして身内の雀姫を除けば俺の一番弟子なわけだし? ぶっちゃけ高校生でも勝てる相手はいねーんじゃねーのってくらいには強い気がする。

 

首尾よく白糸台高校に辿りついた俺たちは不審者だと見咎められることもなく、校舎内の麻雀部部室にまで侵入を果たした。

で、淡にしては理路整然とした饒舌な説明で入部希望者であること、腕に覚えがあるから部内の実力者と打たせて欲しいだのと頼み込んだ。

やる気のある生徒は大歓迎とばかりに、好意的に承諾してくれた部員たち相手に、淡さんはしょっぱなから全開フルスロットルで無双した。

その結果、最初に相手してくれた三軍の面子を東風戦という短い勝負で全員トバし、新参には負けぬと続いて相手をしてくれた二軍も二人同時にトバして速攻で終わらせた。

流石に入部希望者とはいえ、実質的にはまだ部外者である淡(俺は今のところ単なる見学者)にこれだけ好き放題されて、少々こちらを見る視線が厳しくなっているというか、敵意を帯び始めている。

せめてもうちょっと部員の皆様が善戦してくれれば、「いやー、皆さんもお強いですね~」とか、フォローの入れようもあるんだが……

やっぱ高校生でも淡の相手にはならんか。

聞けばこの白糸台高校、今年のインターハイ団体戦と個人戦両方全国制覇してるらしいのに、2軍でこのレベルじゃあなぁ……

割と失礼なことを考えていると、別室で打っていたらしい一軍の方々を誰かが呼んできてくれたようで、遂に白糸台の最強面子を引っ張り出してしまった淡さんまじかっけーっス!

これで一軍まで破ったら、この麻雀部に永遠に残るトラウマ、好意的な見方をすれば伝説を残してしまうことは間違いない。

なんか大事になっちゃったなぁ……

俺は今日何度目かになる盛大なため息を内心でつきながら、こちらの雀卓へ歩いてくる4人の女生徒を観察する。

詳しい容姿説明は省くが、ショートカット、ボブショート、ストレートロング、ややシャギーのかかったセミロングの髪形という内訳。

 

「今頃入部を希望してきた新入生ってのはお前たちかい?」

 

二軍の部員たちが空けた席にどかっと腰を下ろし、横柄な口調で声をかけてくるストレートロングの女生徒。

 

「……そう」

「ふーん……そんなに強そうには見えないけど、二軍を二人同時にトバせるってことはそこそこやるんだね、アンタ」

 

態度の悪さという意味では無愛想極まりない淡も程度は近いが、割とお嬢様っぽい外見のクセに蓮っ葉な言葉遣いをするこの髪の長い少女も相当だ。

その上から目線ぶりもね。

 

「ま、どういう魂胆かは知らないが、アタシたち一軍を引っ張りだしたんだ。素直にすごいって褒めてやるよ。だが、調子に乗るのもここまでだ。アンタ、名前は?」

「……淡。大星淡」

「淡、ね。アタシは弘世菫。ほら、照と誠子も卓につきなよ。さっさと始めて終わらせよう」

 

この菫って女、相当淡をナメてるな。

余程自分の実力に自信があるのだろうが、二軍の実力から推測できる程度の雀力では絶対的な能力を持つ淡相手じゃどのみち鎧袖一触だぞ。

俺たちの横紙破りの挑戦も相当礼儀知らずだと思うが、いくら年下の部外者だからってこの女の態度もいい加減酷いな。

客扱いしろとまでは言わないが、相手を最初から格下だと思い込んでるナメた口調が無性に勘に触る。

まぁ俺がしゃしゃり出ても良い結果にはならんだろうし、相手の態度の悪さをこの場でいちいち指摘したり噛み付いたりするほど子供じゃない。

精々その無駄に高い自信とプライドが実力を伴ったものかどうかを高みの見物で見極めさせてもらいますよ。

菫に照と呼ばれたセミロングの女生徒と誠子と呼ばれたショートカットの女生徒が無言で卓に着席する。

こちらはこちらで不気味だな。

ま、多少強かろうが淡にとっては関係ない。

驕慢な連中に痛い目見せてやれ、我が一番弟子!

 

「開始する」

 

事務的に照が開始を告げ、大勢の麻雀部員が見守る緊張の中、東風戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

「ツモ。チートイドラ1、1600・3200」

 

白糸台高校麻雀部一軍との東風戦は、俺にとっても麻雀部側にとっても意外な結果に終わった。

序盤は静かな立ち上がりから、東二局で親の照が不思議な和がりで連荘し、一時は2位以下に30000点近くの差をつけたのだが、オーラスで親の淡が猛ラッシュをしかけて照とほぼイーブンにまで持ち込んだ。

しかし追撃はそこまでで、たった今照が和がって対局は終了。

結果的には1位が照、僅差で2位が淡、そこから大きく点差が開いて菫と誠子が3位と4位だった。

俺の立場から言えば、ほぼ互角とはいえ淡を負かす打ち手がいたのは驚嘆に値するし、逆に菫たち側からすればかろうじて照が面目を保ってくれたものの、体裁的には上級生が部外者の下級生相手に、しかも3対1で打ってこの結果は、実質的な負けに等しい。

彼女らのプライドは大いに傷ついたことだろう。

 

「貴女、名前を教えて」

 

淡が、自分を負かしたセミロングの髪の女生徒、照に顔を向けて名前を訊ねる。

 

「……宮永照」

「照……うん、覚えた。次は……負けない」

 

照に強い視線を注ぐ淡に対し、照はどこか鬱陶しそうな表情でそっぽを向いている。

きちんと名乗ってくれただけましだと考えるべきかもしれない。

天理浄眼でアナライズしたところ、驚くことに照もまた淡や俺と同じ、稀少なギフトホルダーであった(ちなみに他の二人はセンスユーザー)。

その能力はなかなかえげつないもので、淡の能力とは噛み合わせが悪い。しかもこのギフト、多分超常系だ。効果が特殊すぎる。

相性の悪さを鑑みればここまで接戦を演じた淡も照と同等レベルか微妙に強いかもって評価になるんだが、俺の見立てが正しければ最初から全力だった淡に較べ、照の方は最後の一局まで本気を出していなかった節が感じられる。

淡は多分気付いてなかろうが……

それにしても、多分そんじゃそこらのプロより断然強いんじゃないかこの照って子?

プロの牌譜をこれまでに色々見てきたが、プロって言っても実力はピンキリで、多分照ならプロでも相当上位に食い込める実力がある。

一体何者だろう、俄然興味が湧いてきた。

 

「おい、お前。淡って言ったな。まだたった一局だが認めてやる、お前は強い。少なくとも私と同等以上にはな。だから今日から入部しろ。お前なら即一軍の資格がある」

 

菫が素直に淡の実力を評価し、入部を促す発言をする。

その表情と態度には、対局前までに見えていた傲慢さがすっかり消えている。

俺は少し菫を見直した。

 

(はく)……()に勝てたら考えてもいい」

「何?」

「ちょ、何言い出してるの淡!?」

 

淡の提案に俺は慌てた。

白姫というのは、流石に本名の白兎じゃ男の子っぽくて呼び合うにはまずいだろうと、妹の雀姫から一文字貰ってつけた偽名だ。

姫って漢字が1文字付いただけで途端に女の子っぽいというか、乙女っぽい印象の名前になるのが不思議だよね。まぁそれはともかく。

いくら照に興味があろうと、俺は今回黒子に徹するつもりでいたのだ。

もちろん、女装バレ、正体バレのリスクを極力排除するためだ。

麻雀打っただけでバレるわけないじゃん、と普通は思うだろう。

だが、ギフトホルダーというのはある意味、ニュータ○プ並の知覚能力というか、本質を知る感性を持ち合わせていたりする。

外見は完璧でも、それ以外のどこからどう見抜かれるか知れたもんじゃない。

ただ見学者としてなら、視界はともかく、興味の対象からフェードアウトしている為、対局者として接するよりはバレにくいだろうと考えていたわけだが……

流石は暴君淡、俺の小ざかしい目論見などいつも木っ端微塵にしてくれますね。

 

「へぇ……お前の後ろの奴、か? 淡、そいつはお前より強いのか?」

 

菫が獲物をロックオンした目つきで俺を嘗め回すかのように見つめてくる。

 

「私の飼い主だから。私よりずっと強い」

 

淡のナチュラルな爆弾発言キタ。

こいつ、俺という存在を他人に自慢したいとき、決まってこういう言い方するんだよな……

自分が所有されてるから、逆説的に言えばこの男は自分のものだと言いたいのだろう、多分。

淡は淡白に見えて、案外独占欲が強いのだ。

 

「ちょ、おま、一見さんの前で何誤解招きそうな発言さらっとしてくれちゃってんの? ほら、皆さんの視線が「やべーよあいつら……(ヒソヒソ」って生暖かい感じになっちゃってるじゃん!」

 

女装しているのも一瞬忘れて、思わず素で突っ込んでしまった。

周囲からは早速、俺たち二人の関係を邪推し、ヒソヒソと噂する声が割と聞こえよがしに耳に届く。

女性にとって百合って関係が一般的にどういう見方をされているのかは生憎男の俺には想像するしかないが、仮にホモと同レベルの認識だとすると相当イヤだぞ。

俺が実は男だってことをカミングアウトすれば、ジェンダー的には何らアブノーマルな関係じゃないってことを証明できるんだが、流石にそれはできるはずもなく。

つか別の意味での性的倒錯の誤解を招くだけか。飼い主て。

 

「しかも可愛い顔してなかなかはっちゃけてそうじゃないか。気に入ったよ。次はお前がアタシたちと打ちな」

「いやー私ごときでは淡さまや菫さまの足元に及ぶはずもなく……」

 

ここは卑屈姿勢で興味を失せさせる作戦!

だったが、見事に失敗した。いや、撤回せざるを得なくなった。

 

「白姫。お願い。私の敵を討って」

 

立ち上がり、振り返った淡が俺を真摯な眼差しで見つめている。

こいつが「お願い」と口にするときは、本気で頼み事をしている証である。

そういうときの淡の「お願い」には弱いというか、俺は断らないことにしている。

多分、こいつは俺の麻雀が見たいだけなのだろう。

自分が負けたからと、より強い俺を引っ張りだして敵討ちさせようなんて考える奴じゃないからだ。

どこまでも自力本願。他人に頼るのは、どうでもいいことか、自分では本当にどうしようもないと判断したことだけなのだ。

しょうがない、今日はとことん、俺の我儘な暴君(お姫様)に付き合って差し上げますか!

 

「お前、名前を聞かせろ」

 

美人なだけに睨むと顔が怖いよ菫ちゃん。

鋭い眼差しで名乗りを要求してくる菫に、俺は淡と席を代わりながら毅然と名乗る。

 

「お……私の名前は、発中白姫。我が名をおぼえ……ておかなくていいけど、今日くらいは忘れないでね」

 

全然毅然じゃなかった。

慣れない女性っぽい喋り方をしたせいかナヨっとした中途半端な印象だ。つか自分で言っててキモい。

俺と似たような感想を抱いたのか、菫の瞳に俺を見下すような光が宿る。

 

「OKOK。それじゃお手並み拝見といこうか、お姫様」

 

ふん、魔王様(天元)に挑もうなぞ666年早いわ雑魚が。

俺は発動中の天理浄眼に加え、もう一方のギフト、元始開闢も起動することにする。

舐めたガキはオシオキしてやらんとな。

俺の煽り耐性は案外低いのだ。

 

「では遠慮なく」

 

俺は椅子の背もたれに体重をかけてリラックスし、最初から全開でトバす(・・・)為に元始開闢の封印を解く。

 

「……無より始まり世界を創る――之即ち元始開闢」

 

唱えるのは心の中だけでもいいのだが、敢えて口に出す。

それは俺の全力の証左。約束された勝利を高らかに謳う宣誓の祝詞。

 

キン!

 

「っ!?」「ぐっ!!」「ちぃ!?」

 

彼女らにとっては恐らく未知もいいところな強者(ギフト)の重圧に突然晒され、ほとんど無視を決め込んでいた照すらも声を上げて顔を歪める。

敵意や戦意はそれほど篭めてないとはいえ、耐えていられるのは流石の強豪校一軍、というべきか?

ま、だからって絶対的な力量差があることには変わりはないがね。

 

「それじゃ、お手並み拝見といこうか、お姫様方?」

 

大人気ないとは思いつつも、俺はニヤリと悪い笑顔を浮かべ、びびっている菫へ痛烈な皮肉を言い放った。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

礼儀の知らない連中を全力で即座に叩き潰してやろうと思ったが気が変わった。

獰猛な感情と放出する気を抑えることで元始開闢の出力を絞る。

折角、滅多にない淡や雀姫以外のギフトホルダーと打つ機会だ。

打ち筋はもう十分見たが、多少勝負を引き伸ばして楽しむのもいいだろう。

そういう考えが出てくるあたり、自信があるからって傲慢になってるのは俺が一番酷くね? と正直思う。

自覚があればいいって話でもないんだが、俺はなんだかんだ言って自意識過剰な上、意地も悪いしなぁ。

そんなことを考えながら適当に流し打ってたら、菫が中盤でヤミテンからツモ和がりした。

 

「ツモ。タンピンイーペードラ1、2000・4000だ。――ふん、口ほどにもないな」

 

挑発的な眼差しで俺を見据えながら、和了を宣言する菫。

おーおー、一回和がっただけで嬉しそうだねぇ。

闘争心旺盛というか、無駄に強気だなこいつ。さっき淡にボコられたからって、俺に勝てれば雪辱を果たせるとでも思っているのか。

確かに淡は「自分より強い」と言ってたし、一種の代理戦争として俺に勝てれば淡よりも優位に立てる、考えてるのはそんなところか。

一局目が親だった俺は菫に点棒を渡し、菫の皮肉に応酬する。

 

「私はお手並み拝見、と言いましたよ? 単にそれを実践しているだけですが」

「……ふん、負け惜しみだけは一流だなお前」

 

俺の返しに菫は一瞬不愉快そうに眦を吊り上げるも、すぐに余裕を取り戻した様子で憎まれ口を叩く。

別に口で言い負かしたいわけではないので、俺は黙り込むことで不毛な会話を流す。

取り澄ました俺の様子に、菫は再び「ふん」と鼻を鳴らした。

俺の親が流れ、照が親となる第二局が始まろうとしたとき。

照から強い”気”が発せられ、アクティブなギフト能力を使用したのが天理浄眼で視えた。

照の対面に座っている誠子の背後に人の背丈ほども直径のある円形で装飾華美な鏡が出現し、対局者たちを鏡面に映し出す。

どうやらこれが照のギフト「照魔鏡(しょうまきょう)」(と俺が命名した)が有する力の一つ、”能力解析”のようだ。

俺の天理浄眼と近い性能だが、天理浄眼が封印妨害&能力解析&知覚能力という能力を有するのに対し、照魔鏡は能力解析&傾向(打ち筋)解析&知覚能力&支配能力という、負けず劣らずかなりの万能(チート)っぷりを有している。

ただその分、制限がやたら厳しいようだが……

天理浄眼は本来麻雀とは無縁な霊能力なせいか、対局の中で「こうしなければならない」的な制限や枠は一切存在しない(精神力消耗が対価であり制限だとは言える)が、照魔鏡の解析能力発動には「一局分相手観察に徹しないといけない」という制限がある。

その他にも支配系能力を発揮するためにめんどくさい制限が存在している。まぁこれは”最初から全力を出せない”という意味で俺のギフト(元始開闢)とも似たベクトルの制限だが……

 

「――!」

 

照魔鏡による解析を試みた照が、発動直後、何かに気付いたかのように眉を顰め、俺を一瞥する。

 

「覗き見は感心しませんね?」

「っ……!?」

 

俺の揶揄を篭めた指摘に、照の表情が初めて動揺に歪む。

ふふふ、驚いてる驚いてる。

覗き見常習犯のお前が言うなよって話だが、天理浄眼が発動している以上、生半可な能力では俺に影響は及ぼせない。

ゲーム的表現で言うと、能力封印はアクティブスキルだが、自己(オレ)に対する被能力遮断はパッシブスキルである。

ゆえに、発動中の天理浄眼は常時自動的に超常現象(オカルト)から俺を守ってくれる。

(とはいえ対象を最低一度は視認し、意識しておくことが条件なため、隠れた位置でこっそり使われたらアウトだが)

照の驚愕はこれまで見抜けなかったことのない能力解析に失敗したからだろう。

必死に動揺を隠そうとしているが、完全には取り繕えていない。

 

「……お前、何を言っている?」

「いえ、単なる戯言です。お耳汚し失礼」

 

俺と照の思わせぶりなやりとりに、菫が不可解そうな表情で意図を聞いてくるが、適当に誤魔化して流す。

自分がいささか自意識過剰な人間だとの自覚はあるが、かといって手の内を無条件に晒すほど愚かではないつもりだ。

照の能力を指摘したことで、彼女には俺の能力の正体を推理する材料を与えてしまったが、そこから天理浄眼の能力を推理するなど不可能にすぎる。

せいぜいが同系統の能力か、くらいに思われる程度だろう。ま、それでも半分くらいは当たっているのだが。

少しばかりの動揺が過ぎると、照は気を取り直したようで無表情に戻り、そこから淡のときと同様の連荘が始まる。

 

「――ツモのみ、500オール」

 

ほぼ最安手な30符一飜から始まり、

 

「――ロン。タンヤオドラ1、2300」

 

誠子に喰いタンを当て一本場の20符二飜、

 

「――ツモ。リーチのみ、1200オール」

 

再びツモ和がりの二本場で30符二飜、

 

「――ロン。チャンタドラ1、5700」

 

門前ヤミテンから菫を直撃し三本場で50符二飜、

 

「――ツモ。タンヤオイーペー、2400オール」

 

30符三飜の四本場と、怒涛の5連続和了をやってのけた。

点数調整の技術もあるだろうが、支配系能力の恩恵を受けて低い点数から1回の和了毎に少しずつ手を高めていくのは、正直見てて惚れ惚れしてしまった。

しかし何というか、便利なんだか不便なんだか良くわからん能力だなコレ。

いや、制限を守って打つ分には相当強力な支配を及ぼすわけだから、有用なギフトであることには間違いないんだけどさ。

その制限であり恩恵ともいえるそれは、”増幅”だ。

最低ラインの和了点数から始めて、一定倍率以内で次局の和了点数を高めていかねば支配が持続しないという、何とも複雑な特性を持ったギフトだ。

 

「まったく、照の連続和了には毎度のこととはいえ恐れ入る。――それでお姫様はいつまで様子見してるつもりなんだい?」

 

嘲笑を孕んだ口調で、またしても俺を挑発してくる菫。

何でお前が得意気なんだ。虎の威を借りたところでお前が雑魚なのは変わらないんだぞ。

安い挑発に付き合うつもりは毛頭ないが、いい加減ウザったくなってきたな。そろそろ黙らせるか。

 

「せっかちですね。まぁいいでしょう、それではさくっと終わらせましょうか。もちろん――私の勝利でね」

 

俺はにやっと唇を吊り上げ、自信たっぷりにそう宣言する。

 

「なんだ、澄ました態度しか取れないのかと思いきや、なかなか吹ける(・・・)じゃないか。見直したよ」

 

俺の挑発とも言える台詞に、菫から皮肉の一言でも返ってくるかと思いきや、意外に好評だった。

そんなことで見直されてもちっとも嬉しくないけどな。

現在の点数は 俺:16900 照:43300 菫:23200 誠子:16600 という状況だ。

逆転自体は別に難しくない。

照の照魔鏡(ギフト)が連続和了で相当支配力を強めているが、それでも元始開闢を全開にすればあっさり上回れる程度でしかないからだ。

(もっとも、天理浄眼で照魔鏡を封印するという身も蓋もない方法もあるわけだが)

照の支配力が俺に及ばない理由は二つある。

一つは、照魔鏡が複数の能力を持つギフトであるが故に、支配系に特化された元始開闢より能力強度が低いこと。

もう一つは、照の基礎能力が俺に劣ること、だ。

特に後者の差は大きい。

ここでいう基礎能力とは、雀力だけではなく、能力強度の基本となる精神力も含まれる。

前世の記憶経験もあれば、高いレベルで体を鍛え格闘技を修めた俺の精神力に女子高生が太刀打ちできるはずもなく。

 

「――っ!」

 

元始開闢を全開にした瞬間、再びプレッシャーに顔を歪める照たち。そして、

 

「ロン。9500」

 

俺はあっさり照が敷いていた場の支配を破り、次局で菫を狙い撃ちにして和がった。

「ちっ」と悪態をつきつつ俺に点棒を寄越す菫。

この程度で終わったと思うな、お前が吠え面をかくのはこれからだ……

親が菫に移り、東場第三局。

 

「ツモ。3000・6000」

 

俺の跳満が炸裂し、トップの照に僅差で迫る二位に浮上する。

先ほどの淡の対局と似た展開だが、そのときと違うのは照の表情に全く余裕がないことだ。

俺が対局開始時に強い気を放ったこと、そしてその能力が照魔鏡で読めないことなどから、照は既に全力全開の本気で打っている。

しかし俺には届かない。いつものように配牌に恵まれたり、牌が見えたりしてないからだ。

もし彼女がこれまで、能力者として格上の雀士と戦ったことがないとしたら、俺との対局は片手を縛られ片目を塞がれたような、未知の領域(ステージ)で戦っているようなものだろう。

そして迎えたオーラス。

 

「ツモ。大三元、8000・16000」

 

宣告と共に手牌を晒す。

俺の役満(大三元)による和了を以って、菫と誠子を同時にトバして決着を着けた。

 

対局の終わった部室の空気は、酷く白けたものになっている。

それも当然、俺が勝利を予告した直後からあっという間に形勢は逆転し、最後は役満まで飛び出したのだから。

まぁ部外者の俺が勝ったところで部員たちが盛り上がれないのは当然だし、それどころか後半の逆転劇があまりにも鮮やかすぎたせいか、呆然として声を失っている者も多い。

ギャラリーからしてそうなのだ、当の対局者の表情は推して知るべし。

菫は完全に表情が抜け落ちていて、茫然自失といった態だし、誠子は悔しさにわなわなと震えているものの、感情をどこにぶつけていいのかわからないといった様子だ。

照だけは――いや、照さん(・・)だけは自分を保っているようで、苦い表情で卓上を見つめているものの、内心で負けた理由を分析しているような冷静さが窺える。

実力もそうだが、彼女の麻雀に対する真摯な態度と、能力で及ばなくとも勝ちを諦めないその姿勢は尊敬に値する。対局してそれがわかった。

 

さて、これ以上ここに留まるのは得策じゃない。

目的は果たした。

淡は知りたいことを得ただろうし、俺の対局はあくまで余禄にしかすぎない。

皆が自失しているならある意味好都合、さっさと退散するとしよう。

 

「淡、そろそろ帰るよ。もう十分でしょ?」

「うん。……やっぱり、白姫が無双しただけだった。照ならあるいは、と思ったけど……」

「おま、そっちに期待懸けてたのか?」

「嘘。白姫、かっこよかったよ。えらいえらい」

 

淡く微笑みながら、なでなで、と俺の頭を撫でる淡。

嬉しくはあるものの、気恥ずかしい。

てかこら、あんまりやるとウィッグずれるじゃねーか!

俺は頭を撫でている淡の腕を掴むと、雀卓の椅子から立ち上がる。

 

「照さん、対局、楽しかったです。それじゃあまた、どこかの卓で」

 

騒ぎが大きくなる前にとんずら作戦。

俺は最低限の礼儀として照さんに挨拶し、淡の腕を引いて未だ呆然としているギャラリーをかき分け、部室から脱出を果たした。

と、思ったら、三歩も歩かないうちに背後からがしっ! と肩を捕まれてしまった。

振り向けば、淡も同じ人物に腕を捕まれている。

……照さんだった。

 

「出て行かなくていい。いや、行かないでくれ。うちの麻雀部に入って欲しい。頼む」

 

切なげな表情で訴えてくる照さん。

間近で見ると、かなり綺麗な顔立ちをしていることに気付く。

対局前はほぼ無表情だったから、綺麗だとも可愛いだとも思わなかったけど、こうして表情に感情が宿ると本来の魅力が際立つようだ。

 

「そうだ! どこにも行く必要はない! 誰が何と言おうとお前たちは即一軍だ! 最初の無礼な態度は詫びる! だから入部してくれ!」

 

照さんに続いて部室を出てきた菫が、長い髪を振り乱しながら叫ぶ。

……まぁ慰留するよね、俺たちみたいなトンデモ雀士見ちゃったらさぁ。

やっぱ考えなしに行動するもんじゃない。

今更に後悔しつつも、俺はある程度真実を白状してこの場を去ろうと心に決める。

 

「照さん、すみません。実は私と淡はまだ中学生なんです。本当は、今日は見学だけのつもりだったんですよ。それを淡が麻雀打ちたいとか言い出すから……」

「白姫ひどい。私を悪者にした」

 

すまん淡、一時我慢してくれ。

……ってあれ、よく考えたら今の事態って一から九まで淡のせいじゃん!

最後の一くらいは調子乗った俺が悪いんだけどさ。

 

「ちゅ……中学生……だと?」

 

菫が信じられないって表情で聞き返す。

 

「ええ。なので今すぐ入部は出来ません。来年の春まで待っていただけると……」

「そうか……わかった。引き止めてすまなかった」

 

思いのほか物わかり良く、照さんが俺と淡を掴んでいた手を離した。

身分詐称や校舎不法侵入、部室で好き放題打ったことなどを責めることもせずに、行っていいと視線で語る。

 

「おい照! 勝手に許可を出すな! それなら余計にこいつらを拘そ……」

「菫!!」

 

照さんはビリビリと空気が痺れるような迫力のある声で菫を一喝する。

 

「――相手が誰であれ、私たちは負けたんだ。これ以上恥を晒すな」

「なっ……!? それとこれとは話が違うだろう!」

「責任は私が取る。顧問にも部員にも私が説明する。それに、白姫たちは来年白糸台(うち)に入学すると言っているんだ。雪辱を晴らしたいなら、半年待てばいいだけのことだろう。違うか?」

「それは……」

 

すいません、俺は違うんです……

進学先は県外だし、仮に白糸台に入ったとしても男だから同じ活動はできないんですぅぅぅぅ。

罪悪感でちくちく胸が痛かった。

まぁそのへんの釈明は来年の淡に丸投げしよう。

 

「それに、仮にここで大事にして、万が一彼女らの入学に支障が出たら、困るのはむしろ私たちだ。それを忘れるな」

「くっ……!」

 

照さんの理路整然とした理論武装に抗しきれず、悔しそうに唇を噛んで白旗を揚げる菫。

菫を厳しい目つきで見据えていた照さんが俺たちへと振り向くと、

 

「さぁ、これ以上大事にならないうちに帰るといい。……来年、また会えるのを楽しみにしてるよ」

 

と、初めて見る微笑で促してくれた。

 

「ありがとうございます。またいつか、お会いしましょう。ほら、淡も」

「……照。色々ありがとう。またね」

 

最後は礼儀正しく、二人揃ってぺこりと頭を下げて一礼すると、俺たちは踵を返して照さんの前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

完全に陽が落ちた、宵闇の都内の景色を電車の中から眺めながら、俺は向かいの席に座っている淡に声をかけた。

 

「なあ淡、結局、白糸台高校はお前のおめがねに適ったのか?」

「……うん。私は来年、あそこに行く」

「そっか。そのときは照さんによろしくな。ああ、女装の件は適当に誤魔化しておいてくれ」

「まかせて」

 

短い言葉の応酬に、俺と、多分淡も、二人の別れまでに残された短い時間を意識していたんだと思う。

神妙で、どこか物悲しい空気に浸りながら、お互いの顔を見ることもなく会話は続く。

 

「ねえ白兎」

「何だ」

「私が自分の何もかも差し出すから、ずっと側にいてってお願いしたら、叶えてくれる?」

「…………」

 

俺は電車が走り出してから初めて淡の顔を見た。

淡も同様に俺の方へと向く。

表情を確認するまでもなく気付いていたが、今の台詞は紛れもない淡の本気であり、本心の言葉だった。

 

 

「……ああ、叶えてやるぞ」

 

 

うそつき(・・・・)

 

 

俺は本心で言ったつもりだった。

だけど、きっとそれを悟りつつも否定したのは彼女()のどうしようもない、優しさだったのだろう。

俺は再び外の景色に視線を戻すと、何でもいいから会話を続けたくなって、また淡に声をかける。

 

「これから寒くなるな」

「うん」

「俺がいなくなっても、風邪とかひくなよ」

「ひいたら白兎を呼んで看病してもらう」

「ま、それでもいいか」

 

依存していたのは、もしかしたら俺だったのかもしれない。

淡と並んで歩いていく未来(ビジョン)が俺の中でぼやけたまま、電車は目的地の駅についたのだった。

 




いきなり原作のラスボスっぽい照が出てきて白兎に敗北しています。
あれー? みたいな印象を抱く方が多いかもしれないですが、天元の雀士では
照はラスボスではありません。いいとこ中ボスです。

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