咲-Saki- 天元の雀士   作:古葉鍵

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予想はしてたけど、やっぱり長くなったので分割して投下。見込みの甘さが恨めしい……
そんなわけでまさかの4部構成。衣との麻雀バトル編はまたしても次回持ち越しに。申し訳ありません。
次章は数日のうちにアップでき……るといいなぁ(汗)


東場 第二局 七本場

「子供じゃない、こ()もだっ!」

「!?」

 

30センチほどの至近から叫ばれた俺は、面食らって抱き留めていた少女から両手を離し、思わず半歩後ずさる。

耳が痛くなるほどの大声ではなかったが、幼い少女のあわやという場面を救ったつもりでいた俺の心理的意表を突き、驚かせるには十分なインパクト。

出遭い頭とはいえ、ぶつかったこちらにも非はある。だが、助けたつもりの相手からの第一声が怒鳴り声というのは、いささか想定外だった。

少女の台詞から察するに、どうやら子供呼ばわりされたことに不服があったようだが……

いわゆるアレか、背伸びしたいお年頃ってやつなのか?

俺は気を取り直し、少女の頭にぽん、と手を載せて尋ねる。

 

「お嬢ちゃん、もしかして迷子かな?」

「ちがうっ、ここは衣の領域だ、迷子になんかなるかっ!」

 

ばしっ、と頭に載せられた俺の手を払いのけ、威嚇するように反発する少女。

実に小生意気な態度だが、不快感より微笑ましさを抱いてしまう。何この可愛い生き物。

さくらんぼ色に紅潮した頬を心なし膨らませ、初対面の俺を不審と警戒が入り混じった表情で見つめている少女からは、良く言えば勝ち気で活発、悪く言えば生意気そう、という印象を受ける。

容姿について言及すると、小学生高学年くらいの年頃で体格は妹の雀姫よりふた回り小さく、手足も細い。顔の造りはかなり整っていて、5、6年後にはのどかクラスの美少女に成長しそうな面差しだ。髪は腰に届くほどのストレートロングで、頭にはまるで兎の耳を模したような大き目のカチューシャリボンを装着している。

服装は――と、そこまで観察したところで気付いた。この子、龍門渕高校の制服を着ている。まさか生徒か? しかし龍門渕(ここ)に付属の初等部があるとは寡聞にして知らない。

服のサイズがぴったり合っているところを見ると、例えば龍門渕生徒である姉の制服をこっそり借りて潜入してきたおませな妹……なんて特殊な事情があったりするわけでもなさそうだ。この子の親や関係者なりが酔狂を昂じて小学生サイズの制服を仕立て、着させているとかでなければ、つまりは正規の龍門渕生徒、ということになる。

あー、もしかしてアレか。日本の教育機関で取り入れているのは珍しいが、著しく知能(IQ)の高い子を学年スキップさせて受け入れているというやつか。

とすると、目の前の少女がどう見ても中学生以上には見えないことを考慮すれば、最低でも4年は飛び級を果たしているわけで、それは即ち頭に”超”がつくほどの天才児だということになる。

社会的な立場(在籍学年)はともかく、少なくとも実年齢的には目上であるはずの俺に対して反抗的な態度を取る少女につられて客分という建前上の遠慮を失くした俺は、個人的興味も手伝って、大人げなくじろじろと不躾な視線で少女を観察し、その正体についてあれこれ考えを巡らせる。

彼我1メートルほどの距離を置き、部屋の中と廊下という立ち位置で、「うーっ」と可愛い唸り声が聞こえてきそうなしかめっつらをした少女と対峙すること間もなく、

 

「――そこにいるのは衣ですの?」

 

背後から透華のものと思われる誰何の声が投げかけられる。

無論その声はドアの開け放たれた出入口を通って廊下へも届いたようで、少女はあからさまにほっとした表情を浮かべ「トーカ!」と親しさの篭った声で相手を呼んだ。

そして注視している俺だからこそ気付ける程度の小さな予備動作で脚に力を篭めた少女は次の瞬間、廊下の大理石の床とローファーの底が噛み合うギュッ、という残響と共に、小躯を翻して猫のようなはしっこさで俺の懐を潜り抜け、あっという間に部室の中へと走り抜けて行く。

ちなみにやすやすと少女の突破を許したのは、運動性に反応できなかったわけではなく、通行を妨害する気が元からなかったからだ。

俺は過ぎ去った少女の軌跡をなぞるように振り返り、その行方を追う。

少女の背中は透華たちのいる雀卓付近で立ち止まり、こちらには聞こえない程度の声で一言二言透華に話しかけたようだった。

それに対し透華が「正体を隠して……外部の……」「紆余曲折……対局したの……」などと部分的に単語が判別できる程度の声で返答した後、少女は横顔に得心した表情を浮かべてくるりとこちらへ体ごと振り返る。

そして両足を肩幅に広げて仁王立ちし、俺の胸ほどしかない低身長にも関わらずまるで高みから睥睨するかのように両腕を組んでこちらを見据える少女からは、つい先ほどまで見せていた警戒と怯えの色濃かった気配は微塵も感じられず、まるで挑戦者を迎える王者のように威風堂々とした印象を受ける。

どうやら保護者(味方)を得たことで安心し、本性を見せたというか、本来の調子を出したのだろう。ある意味内弁慶とも言える変貌に少女の精一杯の虚勢を感じて、俺はくすり、と小さく微笑った。

しかし一時の微笑ましさを抱いたものの、俺はすぐさま気を引き締め、解除していた天理浄眼を再び発動させる。

出遭い頭の衝突、その直後に耳元で怒鳴られるという常ならぬ状況が重なったため、知らず浮ついていた俺は見るべきものを見ず、思考からは注意力や洞察力が著しく欠けていた。

だがここまで状況証拠というか、情報が出揃ってしまえば、鈍った頭でもさすがに気付く。実に――実に信じ難いことだが、まるで背伸びした小学生のような風情のあの少女こそが、龍門渕高校麻雀部のエースにして昨年の県予選MVP、インターハイ最多獲得点数記録保持者といった数々の肩書き(レコード)を有するという超高校級選手にして清澄高校の県予選突破を阻む最大の難敵――

天江(あまえ)(ころも)

マスコミ露出を忌避しているのか、事前に集めた情報では公式戦の牌譜はともかく、写真や容姿といった部分(データ)が全く手に入らなかったという理由はあるものの、遭遇後ひと目で気付けなかったのはいささか迂闊だったと反省せざるを得ない。

まぁこの容姿では初見から高校生であることを当たり前のように受け止めるのは難しいし、前提情報を誤認した状態でその正体に気付けというのは少々……いやかなり無理があるけどもさ。

埒もない言い訳はさておき、情報が正しければ、衣の学年は高2――即ち俺の1個上だ。流石に誕生日といった個人情報までは手に入らなかったので今が16歳なのか17歳なのかは不明だが、いずれにせよ実年齢と外見のギャップがありえないくらいに酷い。このちみっ子のどこに強者のオーラを見出せばいいんだ?

思考が脇道に逸れようとしたところでいったん考察を打ち切った俺は、土壇場で遭遇できた幸運を天に感謝しつつ、本来の偵察目標である天江衣を――正確に言うなれば彼女の能力を――天理浄眼で視抜かんとする。

 

――同調(トレース)開始(オン)

 

なんつって。

アナゴさんが聞いたら間違いなく「それ一度言ってみたかっただけやろ」と冷ややかな視線を浴びせられそうな冗句(お約束)を内心で呟いてから、正しいキーワードでもって能力(ギフト)を解放する。

 

――我が瞳は幽世映し出す鏡にして森羅万象見通す浄眼なるかな

 

カラコンの薄膜を1枚隔てた奥で、俺の双眸が蒼く揺らめく。

視覚であって視覚ではない、常人では感知も認知もできない霊的情報(神秘)を捉えるこの瞳に映るのは、魂の深奥に宿る、その人間の本質といっていい煌きだ。

 

「――っ!?」

 

天理浄眼を発動させ、神秘解析の意思を篭めた視線の槍でもって衣の本質()を貫いた瞬間――

びくり、と、何かの異常に気付いたように――もっと正確に言えば、刃物を目の前に突き付けられたかのように――あからさまな恐怖を孕んだ表情を浮かべる。

ほぉ……気付いた(・・・・)か。これは凄いな。よほど霊的感受性に恵まれているのだろう。そこだけを評価すればこれまでに出会ったどのギフトホルダーよりも優れているかもしれない。

そう、やはり天江衣は”天に愛されし者(ギフトホルダー)”だった。

ほとんど確定事項として予想していた可能性がもはや覆らない事実として確定した今、次に重要となるのは彼女の具体的能力の把握である。

もちろん天理浄眼で解析を一度試みた時点でその詳細もまた開陳されてしまっているので、わざわざ2度目の解析を行う必要はなく。

脳裏に刻まれた彼女の能力(ちから)、それを天理浄眼が伝えてくるイメージ映像込みで説明すると以下のようになる。

(なぎさ)の砂浜に潮が満ちてゆくように、盤上の牌()を徐々に”支配”という名のさざ波で覆ってゆく。それは場が進めば進むほど、深き海の底(終局)に近づけば近づくほど恩恵()を深め、また同時に、何人《なんぴと》たりとも()に近づくことあたわずと――即ちテンパイ(天牌)させまいと阻む能力(支配)

月光には人の心を惑わし、昂ぶらせ、正気を狂わせる力が宿るという。その魔力によって他者の精神に影響を及ぼ(意思と思考を妨害)し、判断を誤らせる能力(妨害)

雲のない夜、凪の海面に月の姿が映し出されるように、伏せられた牌の(姿)を雀卓板という海面に映し、感じ取る能力(知覚)

それら多種多様な特性を持つ彼女(天江衣)才能(ギフト)は超常系のようだ。

ちなみに人だけじゃなく機械類も狂わすとか傍迷惑そうな能力まであるらしい。ギフトは祝福であって呪いじゃないはずなんだが誰得感が酷いな。お前は某学園都市の超電磁砲(レールガン)かと。

よし、ここは空気を読んで彼の電撃姫にあやかった名前を授けよう。

そうだな……《晦冥月姫(かいめいげっき)》なんてどうだろう。

うん、俺の穢れなき14歳のセンス()が光る素晴らしいネーミングじゃまいか。これに決めた。

もし不治の病(厨○病)の専門病院があれば間違いなく最優先で集中治療室に担ぎこまれるほどのこじらせっぷりだった。

 

「お前……何者だ。本当に、ヒトなのか?」

 

脳内のメモ帳に衣の情報を忙しなく書き込んでいる俺に、当の本人が色濃く警戒を帯びた表情で尋ねてくる。

そのあまりな質問に、周囲にいる透華たちが一様に呆気に取られたような顔をして硬直する。

無理もない、初対面の人に「ヒトなのか?」なんて質問、失礼とかいうレベルをぶっちぎって無礼すぎるだろうしな。まぁ衣がそう言いたくなる気持ちもわからんでもないが。

 

「なかなか面白いことを聞くんですね。私が人でなければそれ以外の何に見えるというんです?」

 

俺は意図的に表情を消し、平坦な声で聞き返す。

韜晦や嘘で誤魔化すのは簡単だが、その前に衣の真意は確認しておきたい。

 

「お前から感じる視線、それはヒトのものではありえない。あまりにも歪で、異質に過ぎる。答えろ……お前は一体、何者だ!」

 

余裕を失い、既に腕組みを解いている衣が、胸の前あたりに掲げた左手を真横に薙ぎ払うような手振りと共に不審の理由を言い募る。なるほど、やはり優れた感受性による「なんとなく」を超える根拠や確信があるわけではなさそうだ。

 

「ふむ。自己紹介でもすればいいんですか?」

「とぼけるな! 衣が知りたいのは上っ面なんかじゃない、お前の本性だ!」

 

真面目ぶった口調と表情で俺が茶化すと、案の定、衣はさらに激昂したようだった。子供っぽいというかむしろそのものな容姿を裏切らず、素直で直情的な性格であるらしい。からかうと楽しそうだな、なんて人の悪い感想を抱いた俺は大人げないのだろうか。衣の方が年上だが精神年齢は俺が上、アウェイである点も考慮しておちょくるのはほどほどにしとこう。

表面上は精一杯強気に振舞っているようだが、衣のオーラ(感情)がはっきり視えている俺からすれば、それはまるで怯えた兎の威嚇に等しい。なんだか小さな子を脅かしているようでちょっとした罪悪感すら覚える。

 

「そうですねえ……それじゃあ、貴女のような存在の天敵です、とでも言えば納得してくれるんですか?」

 

衣の質問にきちんと向き合うにせよ、馬鹿正直にあれこれ話せるものではないし、話す必要もない。ある程度納得できそうな答えを示し、衣の解釈をミスリードして落とし所を用意してやればいい。

そう考えた俺は、やや迂遠な言い回しで衣の反応を探る。ちなみに”天敵”なんていう物騒な単語を使ったのは、更に怖がらせようとかそういう意図があったわけではなく、衣が怯えている直接の原因である天理浄眼の能力を鑑みてのことだ。さしたる代償や制限もなくギフトやセンスを一方的に完全封殺できる天理浄眼に抗える特殊能力者など存在しない――そういう意味で俺は紛れもなく彼女()の天敵なのだから。

言葉の意味を俺の表情から探るかのように、こちらに向ける衣の視線が訝しむような気配を帯びる。

 

「……衣の天敵……だと?」

「ええ。私のことが怖いのでしょう?」

「っ……!?」

「貴女の抱いているその恐怖こそが、私の言葉の証左です」

 

挑発するように、いささか芝居がかった口調と言葉で虚勢の裏に秘められた感情を指摘してやると、図星だったからか、はたまた怒りのためか、衣は目を見開いて絶句した。

そして(おこり)のようにわなわなと身を震わせたかと思うと、瞋恚に燃える瞳で キッ! と俺を睨みつける。

 

「衣が、お前を、畏れているだと……!」

「違うと言うなら、私の正体など捨て置けば良いでしょう。ですが貴女の態度と言動が何よりも雄弁に本音を物語ってますよ?」

「戯言を! 衣がお前如きを畏れる道理などないッ!」

 

想定していた流れとは違うが、衣の怒りを利用して話の論点をすり替えてしまおう。

一計を案じた俺は、嘲笑めいた表情を浮かべながら殊更ふてぶてしい態度を装って提案する。

 

「ならば万言を弄すのではなく、ご自分の手でそれを証明したら如何です?」

「……どういう意味だ?」

 

頭に血が昇っても、相手の言葉を吟味する冷静さは保っていたのだろう。

一瞬の思案の後、語気を緩めた衣が眉根を寄せて聞き返してくる。

 

「そのままの意味ですよ。貴女の後ろには雀卓があり、ここには私たち(・・・)以外にも打ち手がいる。ならばやることは一つでしょう?」

「衣と麻雀で覇を競うと?」

「ええ。得意なのでしょう? 麻雀」

「……いいだろう。その増上慢、衣が手ずからひしぎ折ってくれる。そして己が壮語を慚愧し、敗衄の屍を晒すがいい!」

 

売り言葉に買い言葉で勝負が成立する。しかし何気に衣の語彙がやばい。

企図した結果とはいえ、こうまですんなり行くとやや拍子抜けするな。透華にせよ衣にせよ、実力が伴っている以上プライドが高いのは仕方ないかもしれんが、もうちょっと自制心を養うというか、面の皮を厚くしとかないと社会に出てからが大変だぞ。まあ余計なお世話だろうが。

衣に対局を持ちかけた(喧嘩を売った)のは、例によって直接この手で実力を測るためで、過剰に挑発したのは最初から全力で打ってもらうためだ。

無論リスクもそれなりにある。それは色々鋭そうな衣と長時間接するのは正体バレの可能性を著しく高めてしまうことだ。

しかし、ギフトの詳細だけ把握するのと、直接打って雀力の程や打ち筋を確かめるのとでは情報の精度が違いすぎる。余計な色気は出さずにさっさと撤収した方が賢明かとも思うが、リスクに釣り合うだけのメリットはあるし、何より噂の天江衣と打てる機会など今後においてそうそうあるとも思えないしな。それに万が一、正体バレの危機に陥ったとしても、先だっての賭け対局で無条件解放の言質は取ってあるのだから、それを盾にすればここからの脱出自体はなんとかなるだろう。多分。

とはいえ最悪、変態呼ばわりされるのは避けられないかもしれないがな……

いささかの危惧を押し殺し、俺は一度立ち去ろうとした部室(敵地)を逆行する。

傍目には楚々とした歩みで近づいてくる俺を、一人先に雀卓に座った衣が剣呑な眼差しで迎える。

そんな穏やかならざる空気に耐え切れなくなったのか、俺と衣の会話から置いてきぼり状態だった周囲が一斉に口を挟んでくる。

 

「ちょ、ちょっと二人とも!? いきなり喧嘩腰にならないでくださいですわ!」

「透華の言うとおりだよ。衣も藤木さんも、少し落ち着いて」

「これはこれで面白そうだけどな。別に取っ組み合いするわけでもなし、やらせてもいいんじゃないか?」

「白黒つける……」

「はわわ、争いは良くないと思います~」

 

俺と衣の間に立って和解させようとする透華とはじめに対し、この状況を楽しんでる様子の純。智紀は……台詞はともかく顔が無表情すぎて本心が読めん。そしてあゆむは両手を胸の前で合わせ、祈るようなポーズで困っている。

不要に波風を強めるのは望むところではないので、雀卓の傍までやってきた俺は皆の緊張を和らげる意図をもって穏やかに話しかける。

 

「皆さん、そんなに慌てなくとも大丈夫ですよ。私は落ち着いていますし、これといって気分を害してもいません。ただ、折角の機会ですし、できれば全国区の選手として名高い天江さんとも打ちたいなと。――まぁ、先ほど自分から別れを告げておきながらの出戻りは流石に少々恥ずかしくはありますが」

 

自嘲するかのようにくすり、と苦笑する俺。その様子から俺の発言に嘘はないと感じたのだろう、衣を除く皆の顔にほっ、と安堵の色が浮かぶ。

一方、衣は何故か意表を突かれたような表情で小さな口を丸く開けたまま硬直している。

つい今しがたまで刺々しい雰囲気を纏っていた衣の態度が急変した理由がわからず、俺が怪訝な視線を向けると、

 

「お前は、ただ衣と麻雀を打ちたいだけなのか……? それとも、やはりお為ごかしにしか過ぎないのか?」

 

などと、切実さを滲ませた声で尋ねてくる。

先の発言が、彼女の琴線のどこに触れたかはいまいち不明だが、麻雀を打ちたいという点については偽ざる本心なので素直に頷く。付随する動機は不純だが。

 

「そうですね、あれこれ言いましたがそれは天江さんと麻雀を打ちたかったからですよ」

「うわー! そうか! 衣と打ちたかったからか! そうかそうか!」

 

顔をぱあっと輝かせた衣が急にハイテンションになったかと思うと、席を蹴って立ち上がり、とととっ、とこちらへ小走りに駆けてくる。

そして俺の目の前で立ち止まり、背筋を伸ばしてこちらを見上げて、

 

「お前の名前を衣に教えてくれ!」

 

無垢な瞳をキラキラと輝かせ、喜色に溢れた眼差しで尋ねてくる。

あれ、何この展開……? なんか気に入られた(懐かれた?)みたいなんですけど。一体どこにフラグを立てる要素があったんだろう。まさか今頃になって頭を撫でた効果が発動したとか? いや、ナデポはハーレム主人公にのみ許された都市伝説の筈だ。俺はのどか一筋だし。大体今女装中だし。はっ、まさかこの子も百合属性持ちなのか!?

不埒な想像にいささか慄然としつつも、さて何て答えようかと内心頭をひねる。てか、さっき透華から事情を聞いてたみたいだが俺の名前(藤木)は教えてもらえなかったのか?

まあ、これから去る(と思ってた)人物の、しかも偽名などわざわざ教えたところでナンセンスだとでも考えたのかもしれないな。

何にせよ、当然本名を明かすのは論外だし、偽名フルネームだと藤木白姫(ふじきはくき)となるので語呂が悪い。

まあいい、いくら凝った名前を付けたところで所詮この場凌ぎの嘘でしかない。どんなに仲良くなれても結局は仮初の関係だしな……。例え名前一つであっても、嘘は少ない方がいいだろう。

 

「えーと、訳あって本名は明かせませんが、とりあえず藤木と呼んでください。偽名なので下の名前はありません」

 

俺の回答に、衣は不思議そうな表情(かお)をして小さく首を傾げる。

 

「偽名? そういえばトーカがお前を招かざる客だと言ってたが、名を偽るのはそれ故なのか?」

「そんなところです。謎の侵入者だなんて、ミステリアスでかっこいいでしょう?」

 

冗談めかした俺の台詞はしかし、衣にはさして感銘を与えなかったようだ。

 

「あははっ、フジキは面白い奴だな! 衣はお前を気に入ったぞ!」

「それはどーも」

 

期待していた反応とは違うが、スベらなかっただけ御の字だと思っておこう。

しかしあれだな、こうして無邪気に笑う衣は、見た目相応の幼い少女にしか見えん。精神年齢も実年齢よりは見た目の方に近そうだ。やたら難しい言葉遣いをするのはまぁ、個性の範疇といったところか。

ころころと笑う衣を微笑ましく思いながら眺めていると、

 

「そんな表情(かお)もするのですね、藤木さん」

 

などと、衣を挟んだ向こう側から声をかけられる。

その声に視線を移せば、俺が衣と話しているうちに雀卓の椅子に座ったのだろう透華が、優しげな眼差しをこちらに向け、淡く微笑んでいる。

まるで大事な家族に向けるような色濃い慈愛が見て取れるその表情に一瞬どきりとさせられるものの、ああなるほどな、と直後に理解した。

透華の気持ちが向いているのは俺ではなく、目の前ではしゃいでいる衣なのだろう。

二人がどういう関係なのかは解らないが、一つだけ確かなことがある。透華が衣に抱いている感情、それは俺が雀姫()を大切にしたいと思う気持ちときっと同じなのだろうと。

そこまで考え至った俺は、透華に対して小さくない親近感と好感を深めながら応答する。

 

「私にも妹がおりますから」

 

その一言で、透華は俺の言いたいことを察してくれたようだった。

 

「……そうでしたの」

 

微笑を崩さぬまま瞑目し、小さく呟く透華。

そんな彼女と俺の間に束の間流れた空気は、暖かく共感に満ちたものだ。

しかしそんな空気を読まない(KY)もこの場にはいたのである。

 

「なー、ほのぼのしてるところ悪いんだが、麻雀は打たないのか?」

 

そう突っ込んだのは、左手の一人掛けソファーに足を組んだ態勢で腰を下ろしている純だ。

 

「そういえばそうでしたね。雑談もいいですが、とりあえず打ちますか」

 

目的を忘れていたわけではないが、ついまったりしすぎたな。

場の流れを軌道修正するちょうど良い切欠を提供してくれた純に感謝しながら、俺は衣へと顔を向ける。

 

「もちろん衣も打つ! さあ雌雄を決するぞフジキ!」

 

俺と視線を交わした衣はにやっと笑って雀卓へと駆けてゆき、ちょこんと椅子に座る。まったく元気なお子さま……いや、ちみっ子だな。

やれやれと苦笑しながら俺も雀卓へと向かう。気分はすっかり保護者だ。正直情が移ったと言われても否定できないが、だからといって対局に手心を加えるつもりはない。無論、実力を測るための様子見は別として。

 

「では私はお茶の準備をいたします」

 

これまで保っていた沈黙を破り、皆からやや離れた位置で立ち控えていたハギヨシが出入り口の方へと歩いていく。

俺に対する警戒はもう解いていただろうと思うが、今回の行動は俺をお客様と認めてくれたようでちょっと嬉しい。まあ動機の9割9分は透華たちの為なんだろうけどさ。

 

「今度は私の番……よろしく」

 

最後に残った場決めの牌をめくり、椅子へと腰を下ろした俺に声をかけてきたのは、先の対局にあぶれた智紀だ。当然とも、意図的とも取れる選出だが、いずれにせよ俺にとっては都合がいい。

衣も合わせてこれで龍門渕メンバー全員と打つことになり、あとは正体さえ隠し通せれば晴れてミッションコンプリート、というわけだ。

 

「よろしくお願いします」

「わーい」

「さァ、始めましてよ!」

 

俺の返礼を皮切りに、衣と透華のかけ声が部室に響いたところで、対龍門渕戦第2ラウンドが始まった。

 




少女と幼女の表現区分なんですが、個人的には年齢基準なら8歳、外見基準ならせいぜい120cmくらいまでがボーダーだと思っています。
二次元にリアリティを求めるのはナンセンスかもしれませんが、現実の女の子って成長が早く、10歳程度で平均身長140cmに達し、成長の早い子なら小柄な成年女性くらいには大きくなってるんですよね。
設定年齢が10歳くらいまでならともかく、たまに小説で12、3歳くらいの女の子を「幼女」表現している作品を見かけますが、これには凄く違和感を覚えます。
そんなわけで天江衣の外見パーソナリティは、実年齢も考慮して「少女」と表現しています。そんな部分に突っ込む人はいないと思いますが、念のため。

衣の能力(ギフト)名、超悩みました。最終的にはかっこよさというか、厨○っぽさを重視して選びましたが、衣の能力特性に真実相応しい名称候補は他にあったりします。

タイミングとしては微妙ですが、登場人物紹介を公開しました。突っ込みどころ満載かもしれませんが、広い心でスルーしてくれると助かります。

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