N=のどか です。
視点名称が冒頭に付かない場合は主人公視点だと思ってください。
episode of side-N
「はぁ……」
旧校舎の屋上にある麻雀部部室のバルコニー。
塀に背中を預けながら、左手に持った一枚の写真を眺めながらため息をつく。
写真に映っているのは、去年の秋頃に印象的な出会いをした同年代の女の子だ。
写真の中でその子はゴシックロリータなメイド服を身に纏い、見る者全てを魅了する艶やかな微笑を浮かべてモデルのような美しいポーズを取っている。
「はぁ……」
無意識にため息が再び漏れる。
この写真の女の子と再会したい。彼女とまた麻雀を打ちたい。
強くなったね、って褒めてほしい。そして、できればまた抱きしめてほしい。
そう、彼女との出会いは私にとって運命ともいえるものだった。
当時、親に付き合って遠縁の親類の家に訪れていた私が、隣といっていいほど近くにあった中学校がたまたま文化祭を開催していたことを知り、他校の文化祭がどんなものかという興味本意と暇つぶしを兼ねて行ってみたのだ。
そして、早々にその選択を後悔することとなった。
しばし見回った後、文化祭の人ごみに中てられた私は人気のない場所で休息したくて、一般客どころか生徒すらも滅多に足を踏み入れないような奥まった校舎裏にふらふらと入り込んでしまったのだ。
そこには先客がおり、それは煙草をふかしながら闖入者の私を睨む、4人の同年代の男の子たちだった。
喫煙場面を見られたからか、彼らは私を捕まえようとして立ち上がった。
危機感を覚えて踵を返そうとした私は、最悪なタイミングで持ち前の鈍くささを発揮してしまう。
踵を返そうとして足を縺れさせて転んでしまい、痛みに堪えて起き上がったときにはすでに周囲を彼らに囲まれてしまっていた。
捕らえた獲物を見るような彼らの目は私の胸ばかりを注視しており、手つきはいやらしく蠢いていて生理的に嫌悪を堪え切れなかったのを覚えている。
第二次性徴を迎えてからどんどん大きくなっている私の胸はどうやら男性からするとつい見てしまいたくなるものらしく、中学生に上がる以前から毎日のように経験した視線ではあった。
だけど、経験を重ねることと慣れることはまた別の問題で、むしろ歳を重ねる毎に男性の視線には恐怖感じみたトラウマを覚えるようになってしまっていた。
運動が比較的得意じゃない私は、小学生の頃は活発な男子ともいじわるな男子とも馴染めず、中学生に上がってからは胸のトラウマもあって意識的に男性を避けるようになってしまっていた。
そのような私が、見ず知らずの土地の人気のない場所で、嫌らしい笑いを貼り付けた男の子……不良数人に取り囲まれたときの恐怖感と絶望感は筆舌に尽くしがたい。
今もなお、そのときのことを思い出しただけで肌が嫌悪と恐怖に粟立つほどだ。
もはや大声を出して助けを求めるしかないと、大きく息を吸った私の口を素早く手の平で塞ぐ不良の一人。
その人は4人の中で最も体格が良く、一番嫌らしい顔をして私を舐めるように見ていたのを覚えてる。
私は絶望した。どんな暴力に晒されるのか、どれほど酷い目にあわされるのか。
お互いまだ中学生だからそう無体なことはしないだろうって僅かな希望もあったけど、中学3年生の私や、正確な年齢はわからないけど目の前の不良たちはすでに大人と体格的にはそれほど変わらないのだ。
良い意味でも悪い意味でも大人と同じことができる程度には成熟してしまっている。心も身体も。
犯罪の裁きに携わる両親の職業柄もあって、幼くしてレイプや性的悪戯といった性犯罪の被害にあった少女の話、悲惨な事件の内容をすでにいくつか聞き知っていた。
今の私が彼女らと同じ被害に遭わないという保証はない。
いやむしろ、かなりの確率で私は……
将来が真っ暗に閉ざされていくような絶望に晒され、涙が限りなく溢れてくる。
真っ当な良心を持った相手なら、もしかしたら涙を見て罪悪感に捉われたかもしれない。
相手が一人だったら、自分のしようとしてることに気付いてそれ以上の行為は思いとどまったかもしれない。
だけど、私にとってより最悪なことに、彼らは集団で気が大きくなっており、いまや口を塞ぐだけでなく私の右腕をがっちり捕らえて離そうとしない大柄の不良は私の涙を見て余計に嗜虐的な欲望をたぎらせたようだった。
私にもう成す術はない。身を竦めて無法な暴虐がすぎるのを待つかしかない、と自分の心を殺しかけたとき。
彼女が現れたのだ。
「正義の鉄人美少女メイドここに見参!」
この場の空気をぶち壊すように、明るく張りのある大声が響いたのだ。
その声に私はとてもびっくりして、絶望的な状況をつい忘れてしまったほど。
口を塞がれているがゆえに顔が動かせず、目だけを必死に動かして救い主になってくれるかもしれない声の主の姿を求める。
視界の隅に映る、こちらへと駆けて来る長い髪をした女の子の姿。
溺れる者は藁をも掴むというが、彼女は藁どころか物凄く太い鋼鉄のワイヤーだったと思う。
冷静に考えれば体格の良い不良4人のところへ向かってくる女の子一人、その子の身の安全も考えるなら「助けを呼びに行って!」と頼むのが最善だったはず。
なのに私は我が身可愛さに、必死に身体をよじって口を塞いでいる手から刹那逃れると、「助けてください!」と大声で叫んでしまった。
もし彼女がただ正義感に溢れるだけの向こう見ずで無力な女の子だったら、より最悪な事態になっていたかもしれない。
そのことに私が気付いて青褪めたとき――彼女はもう不良たちのすぐ側まで来てしまっていた。
ごめんなさい――! 己の失策を内心で彼女に謝り、目を瞑った瞬間。
信じられないことが起きた。
ズドッ!
鈍い音が聞こえ、目を開けた私の視界に映ったのは……文字どおり宙を飛んでいる不良の一人。
そして、左肘を突き出した格好で静止しているメイド服姿の女の子。
彼女は同性の私でも目を奪われるほどの美少女で、恐らくは何かの格闘技の技を繰り出したポーズが恐ろしく様になっている。
信じられないことだけど、彼女が肘鉄の一撃で不良の一人を3m以上も吹き飛ばしたのだ。
あまりのことに慄然とし、身動き一つせず立ち竦んでいた私は彼女が作ってくれた逃げるチャンスを愚かにもふいにしてしまっていた。
同じく呆然としている不良の手からは力が抜けており、逃げようと思えばそのときできたはずなのに。
だけど、結局は私の失態など彼女には何の差し障りになるものではなかった。
忘我から立ち直った不良の一人が「このっ!」と彼女に掴みかかろうとした瞬間、彼女の体がその場から消え失せ、バヂッ! という肉が肉を叩くような音がしたかと思うと、不良の頭部が斜め上に数十センチほど跳ね上がる。
そして重力に負けてどしゃっ、と不良の体が後ろに倒れこんだ。
代わりに不良がいた場所に立っていたのは、右掌を斜め上に突き出した姿勢の彼女。
どうやら掌底で不良の顎を撃ち抜いたみたいだった。
2度も同じ異常事態を目撃し、私は理解した。きっと不良たちもだろう。
彼女は全くもって”尋常じゃない”。
仲間二人の末路を見て、逃げ出さなかっただけでも大したものだと思う。
ただパニクってただけかもしれないけど、「アマっ!」と叫んで殴りかかる不良の拳を彼女は滑らかな動きで半身にずらしかわすと、次の瞬間には殴りかかった不良がまるで自分から身を投げ出したかのように空中前転し、強かに背中から地面に落ちた。
衝撃と痛みでウグッと呻いた不良の鳩尾を即座にかかとで踏み抜くという追撃で止めを刺す彼女の動きには、躊躇とか手加減とか容赦とか、そういう寛容めいた感情が全く抜け落ちてる。
圧倒的だった。仮に4人の不良が同時に飛び掛ってもこの人なら一蹴してしまうんじゃないかと思えるほどに強く、凛とした表情は美しかった。
私が彼女の勇姿に見惚れている間にも事態は進み、彼女はスタスタとこちらへ足早に近づいてくる。
最後に残った体格の良い不良は、私を手放して逃げるなり彼女へ攻撃するなりの行動を取るか、私を捕まえたまま人質に利用するつもりか、即座に判断を下せず迷ったようだった。
そして、ほんの数秒とはいえその逡巡は致命的だった。
「こっ、こいつガっ!?」ぐしゃ。
最後の不良が何かを言いかけた瞬間、鈍い音がした。
白目を剥いたかと思うと口から泡を吹いて膝から崩れおちる体格の良い不良。
どうやら、男性の急所を彼女に蹴り上げられたようだった。本当に容赦がない。
不良たち全てが地に伏せ、ぴくりとも動かなくなった校舎裏で、立っているのは私と彼女の二人だけ。
もし彼女に声をかけられるより先に、助かったんだという感慨を抱いていたら私はきっと、腰の力が抜けてへなへなと座り込んでいたに違いない。
「怖い思いをさせて、ごめんよ」
まるで今まで暴力を振るっていたことなどなかったかのように、爽やかな笑顔で私に微笑みかける彼女。
――どくん。
心臓が大きく胸を打つ。
「大丈夫?」
彼女はそう言って事の成り行きに呆然と立ち尽くしている私の頭を優しく撫でてくれた。
そこで初めて、私は助かったんだと、もう怖いことはないんだと、窮地を脱したことを実感した。
一度は止まっていた涙が溢れてくる。
嬉しいのか、ほっとしたのか、悲しかったのか、悔しかったのか、あらゆる感情がないまぜになってコントロールできない。
彼女はそんな私を慈愛の篭った手つきで頭を撫でてくれる。
私は彼女の胸に飛び込んで力いっぱい抱きつくと、さらに大声で泣き喚く。
「遅れてごめん」
私が泣きじゃくっているのがまるで自分のせいだと言うように、申し訳なさそうな口調で謝罪する彼女の言葉を聞いて、私はとても切ない気持ちになった。
どうして貴女が謝るんですか。
貴女の責任なんてこれっぽっちもないのに。私を助けてくれたのに。
そう口に出して言いたかった。
だけど、精神的に未熟な私は感情を抑えられず嗚咽しか出てこない。
その不甲斐なさと情けなさに更に泣きたくなる悪循環。
「もっと早く見つけていられれば、君が本当に怖い思いをする前に助け出せたから。幸い、体は無事だったみたいだけど、きっと心は傷ついただろうからね……だから、ごめん」
まるで私の心を読んだかのように語りかけてくる彼女。
さっきからずっと頭を撫でてくれている。
嗚呼、まるで幼い頃に怖い映画を見て泣き出した私を母が抱きしめてくれたときのような、深い母性と慈愛を感じる。
「この不届きな連中、うちの学校の生徒じゃないんだけどさ。同じ市内にある、いわゆる底辺校の連中……だと思う。君もこの学校の生徒じゃないよね。見覚えないし」
だいぶ落ち着いて涙は止まってきたが、感情がまだ収まりきってない私は返事の代わりにこくりと彼女の胸の中で頷く。
「やっぱり。でさ、何が言いたいかっていうと、うちの文化祭を楽しみに来てくれた君みたいな子を、他学校の学生のやったこととはいえ、校内で怖い目に遭わせてしまったのは事実だから。それが本当に申し訳なくて。それでもしよかったら、虫のいいお願いかもしれないけど、せめてこの学校と生徒たちは嫌わないでやってほしい。……ダメかな?」
そんなことない! 全然ない! 何もかも私の落ち度で、それを貴女が助けてくれたんです!
彼女の胸に縋りつきながら、何度も何度もふるふると首を振る私。
感謝の気持ちが少しでも届いてくれることを願って。
「ありがとう」
礼を言い、彼女は無言で私を撫で続ける。5分以上はそうしていたかもしれない。
気持ちが落ち着いた私はいつまでもそうしてはいられないと、彼女から身を離した。
頬に残る彼女の温もりがすぐに冷めていく。それが酷く名残惜しかった。
そして気付く、彼女の体から香る良い匂い。
これは……クチナシの匂いだろうか。
あまり香水には詳しくない私だけど、この匂いだけはずっと覚えていよう。
心に強くその思いを刻む。
「さてと。怖がらせたお詫びと念のためのボディガードを兼ねて、オレと一緒に文化祭を回ってくれますか、お姫様?」
可憐な見た目とは真逆な、とても男性的な言葉づかいで私に右手を差し出してくる彼女。
「はい……よろしくお願いします」
私がその手を取ると、にやっ、と楽しげに笑う彼女。
いや、むしろそれは……まるで悪戯が上手くいった少年の微笑みみたいだと、不思議な感傷に捉われた。
――どくん。
どくん、どくん、どくん…… なぜか胸がドキドキする。
繋いだ手のひらから暖かい温もりがじんわりと私の中へしみこんでゆく。
もしかしたら、これが私の初恋だったのかもしれない。
相手は女の子だったけど、でもそれがおかしいことだとはなぜかこのときの私はちっとも考えなかったのだ。
さて、そんな成り行きで彼女と出会い、その後は楽しく文化祭を堪能できた私だったが、彼女には何度も驚かされた。
何がといえば、そう……沢山あったけれど、一つは彼女がとても人気者だったことだ。
男子生徒とすれ違えば、「シロー、そのカッコでナンパとかシャレにならんぞー。ってうぉい、すっごい可愛い子じゃんか!」などと気さくに声をかけられ、女生徒とすれ違えば「シロせんぱーい、メイド服すっごい似合ってますよ! あ、隣の子って彼女ですか? うちの子じゃなさそうだけど、超カワユス!」なんて後輩の子が嬉しそうに寄ってくる。
また、先生ですらも「おーいシロー、頼むからうちの学校の評判貶めるような風紀にもとる行為は控えろよー」と、言葉とは裏腹の信頼と親しみを篭った笑顔を向けてくるのだ。
彼女が周囲の絶大な信頼と友情を勝ち得ていることが、出会ったばかりの私にも感じられ、我が身のことのように嬉しかったことを覚えている。
また、彼女が麻雀を打てる、いやそれどころか私がこれまで対戦した誰よりも強いと感じるほどの雀士だったことも驚きだった。
私がかつてインターミドルの地方予選、全国大会で戦った数多の強豪、ライバルたちの誰よりも、だ。
麻雀はたった半荘1回2回では実力差など測れない運の要素が強い競技だが、彼女は私と同じ、合理性を追求したデジタルな打ち方だったことがあり、その実力を把握できたのだ。
いや、それは正しくないかもしれない。
私にわかったのは彼女が私より強い、という一点の事実だけ。
彼女が手を抜いたようには見えなかったけど、全力だったという保証もない。
私と大して変わらない年齢でそこまで実力差があるとは思えないけど、曲りなりにもインターミドルチャンピオン、中学生で最も強い部類である私より、明確に強いということだけでも、本当に凄いことだと思う。
世の中は広い、私なんて足元にも及ばない打ち手がいっぱいいるんだ。
インターミドル王者なんて肩書きを手に入れて、天狗になりかけていた私にそのことを気付かせてくれた彼女に心から感謝したい。
そして、これはどちらかというと愉快半分不愉快半分なんだけど、文化祭を一緒に回って、ある程度お互いの距離感というものが計れてきた頃に、彼女が突然「おっぱいちゃんって呼んでいい?」なんてことを言い出したのだ。
あの申し出には唖然とした。いくらなんでも人の気にしてる身体的特徴をそんなふうにあげつらうなんて許せません! 一瞬カッとなりかけた私だったが、よくよく考えれば彼女は女性で、これまでの経緯からその性格を鑑みても、発言の動機に性的な嫌らしさや揶揄の意味があるとはとても思えなかった。
むしろ、やや都合の良い好意的な解釈かもしれないが、私との距離を縮めたくて、冗談めいた気安い呼び名として考えたことなのかもしれなかった。
なのでつい、「ん…貴女がそう呼びたいなら、構いません」などと了承してしまったのだ。
ただ、私が本心では歓迎してない呼び名だということを察してくれたのか、結局その呼び名を次に使ったのは別れの挨拶のときだけだった。
多分、別れが湿っぽくならないよう、冗談めかしたつもりで言ってくれたんだと、今にして思う。
そして、やはり彼女は人の心に敏感な、優しくて素敵な人だということも。
そんな、忘れがたくも切ない想い出に浸っていたためつい油断してしまった。
「あれ、のどちゃんそれ誰の写真だじぇ?」
「な、なんでもありません。これは……お友達の写真です」
私が写真を眺めて物憂げな表情をしていた場面を優希に見つかってしまった。
咄嗟に写真を背中に隠す。
まずい、優希は悪い子じゃないんだけど、好奇心旺盛だ。
間違いなく写真のことを詮索される。
「ま、まさかそれは!女子高生の憧れ……即ち彼氏の写真というやつか!? 親友の私を差し置いて高校入学後すぐに彼氏ゲットとは、やるなのどちゃん! とゆーわけで彼氏の顔を見せてほしいじぇ」
まるでそれがさも当然のように、両手のひらを差し出してくる優希。
全くこの子は……
「どうしてそういう結論になるんですか…… それに何度も言いますが、これはお友達の写真であって彼氏のものではありません」
「ほっほーぅ。そういう割には、さっきののどちゃん、すっごい切なそうな顔をしてたじょ。まるでもう会えない恋人を思いだしているかのようだったじぇ」
うぐ。優希はいつも余計なところで鋭い……
「そ……そんなことは……ありませんよ…… 優希の思い違いです」
「のどちゃん往生際が悪いじょ!」
「きゃあ!」
いきなり飛び掛ってくる優希。
突然の行動に仰天した私はバルコニーの床にしりもちを突いてしまう。
そんな私の目の前を、ひらり、と紙のようなものが横切る。
あの人の写真だ、びっくりしてうっかり手放してしまった。
まずい、優希に渡すわけにはいかない!
私にしては珍しいくらいに機敏に反応したと思うのだが、運動神経に恵まれた優希の俊敏さはさらにその上を行った。
私の目の前で舞い落ちる写真を空中で素早く掴み取る優希。
一瞬の早業だった。
「さてさて、私の嫁であるのどちゃんを奪ったにっくき男の顔、拝ませてもらうじぇー」
「あああ……」
もうダメだ。優希にバレたら最後、部長や染谷先輩、須賀君にまで話が伝わっちゃう……
「うおおおおおおおお! これはだじぇ!!」
「きゃ!」
写真を見た優希が突如大声を出してまたびっくりしてしまう。
「どうした優希! なんかあったのか!?」
異変を感じた須賀君がバルコニーに飛び込んでくる。ああ……来なくていいのに……
やっぱりトラブルメーカーの優希が関わると、事態がどんどん悪化してゆく。
わかってはいたことだけど、あまりのままならなさに内心で盛大なため息をつく。
「おお、京太郎よ、良いところに。お主も見るか?」
「え、何々? 何かあんの?」
「そのとーぉり。これを見よ! のどちゃんの大事な人が映ってる写真だじぇ」
「な、なんだってー!? ま、まさかのどかの彼氏?」
当事者である私を完全に置いてきぼりにして、優希と須賀君の二人で盛り上がっている。
高校で、この部活で知り合って以来、優希は須賀君とよくお喋りしているのを見かける。
傍から見てると、まるで数年来の友人のような気の置けない関係に見える。
優希は元々、私のような人見知りはしない子だけれど、それだけではないだろう。
ウマが合うとでも言えばいいのだろうか。それとも相性か。
いずれにせよ優希は須賀君にだいぶ心を開いているようだ。
そんな優希を見ていると、少し羨ましい。
屈託なく友人の懐に飛び込める優希の純真さと明るさが眩しく思える。
私も優希のように素直な気持ちで振舞うことができていたら、中学生や小学生の頃の友達と今でも縁が続いていただろうか。
穏乃や憧は今頃どうしているかな……
写真の件について隠し通すことを諦めた私は、なかば現実逃避気味に追憶に浸る。
「ふふふ、見たいか京太郎?」
「見たい! ぜひ見たい!」
そんな私を一顧だにせず、完全そっちのけでさらに盛り上がる二人。
「よかろう! ならば私に今度学食のタコスランチを奢るのが条件だじぇ!」
「なにぃー!? 交換条件かよ!」
「当然! タダで物を恵んでもらおうなぞ甘すぎるじぇ京太郎!」
タダも何も、その写真は私のであって優希にあげた記憶も貸した覚えもないのだけれど……
二人のやり取りを眺めていると、なんだか色々なものがどうでもよくなってくる。
「ランチは高い! せめてタコス1食分に負けてくれよ優希!」
「ほほう、京太郎よ。お主にとってのどちゃんの秘密はその程度の価値しかないものなのか?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
優希と須賀君がちらちらとこちらに視線を寄越してくるのが少々わずらわしかった。
何でもいいから早く終わらせて写真返して……
「さぁ、どうするのだ京太郎。見るのか?見ないのか?」
「あぁー、もう! わかったよ! 見ますよ! 見たいですよ! タコスランチもってけドロボー!!」
「よくぞ決断した。商談成立だじぇ」
ようやく話がまとまったのか、私の写真を須賀君に手渡す優希。
須賀君は興奮した面持ちで受け取った写真をまじまじと見つめた。
「おい、優希……この写真に映ってる子、めちゃめちゃ可愛いな」
「すっごい美少女だじぇ」
ええ、そのとおり。とても美しい心と身体の持ち主で、私の大切なお友達。
「で、一つ聞きたいんだが……このどっからどう見ても完璧な美少女にしか見えない女の子の、どのあたりがのどかの彼氏だって? 話が違うじゃねーか!」
「何を言っているか京太郎。私はその写真の子がのどちゃんの大事な人だと言っただけだじぇ。それをどう解釈したかはお主の勝手よ!」
「ぐぬぬ……間違ってないだけに言い返せない……」
「そもそもだな京太郎。お主、本当にその写真にのどちゃんの彼氏が映っていた方が良かったのか?」
「あ、いや、もちろんそんなことはないぞ、ははは……」
私に彼氏がいてもいなくても須賀君には関係ないことなのに、それを知りたがるのはどうしてだろう。
ただの興味本位なら正直止めてほしい。
「だからその写真に映っているのは私のお友達だと最初から言っているでしょう。乗せられた須賀君はともかく、優希は私の話をちゃんと信じてください」
「ごめん、のどちゃん。ちょっと悪ノリしすぎたじぇ」
私の気持ちを察して、そうやって素直に謝ってくれる優希だから、私はこれ以上怒れないし、叱らないのだ。
仕方のない子。こういうところが彼女の憎めないところで、だから私は優希が好きなのだ。
「ええ、それはもう許します。とりあえず、用が済んだのであれば写真を返却していただいてよろしいですか、須賀君?」
「あ、ああ。すまんのどか。俺もちょっと騒ぎすぎた」
「気にしないでください。別に見られて困るものでもありませんでしたから。問題ありませんよ」
そう、問題はない。
けれど、だからといって無作為に誰にでも見せびらかすほど安い写真ではない。
優希はともかく、須賀君は……まぁ、本人に罪があったわけではないし、今回は仕方ないと思って忘れよう。
だけど折角だから私も学食のAランチ、須賀君に奢ってもらう約束を取り付ければよかったかな?
展開があんイズム・w・
原作でのどかがレズ志向なのは元来の資質っぽいですが、昔から男性に自分の胸を不躾に視姦されたりからかわれたり(小学生男子なら平気でセクハラしそう)したことが原因で、異性に対して失望感や隔意が強く何の幻想も抱いてないというキャラ付けにしています。
異性恋愛不能者じゃないけど不具合ありって感じ。
百合は百合で美しいイメージの関係ですが、のどかの場合はどちらかというと正常恋愛できない=擬似的な恋愛感情、関係を同性に求めた代替行為が源泉、という位置付けです。
あくまで作者的解釈ですがが。