咲-Saki- 天元の雀士   作:古葉鍵

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東場 第一局 六本場

「そっちこそやるな。ナイスパンチ」

「キックだじぇ」

 

この小娘……できる!

狭い踊り場とはいえ、俺に回避を許さないほどの飛び蹴りを放ち、防御されたと見るや三角飛びの要領で即座に飛び退る身体能力といい、俺のさりげないボケに的確に突っ込む冷静さといい……

なんてアホなこと考えてる場合じゃなかった。

座り込んでいる彼女を間に挟んで突然の乱入者と対峙し、見るからに戦意旺盛な表情でファイティングポーズを取っている乱入者を観察する。

スカーフの色からすると1年生の女生徒だ。

体格はかなり小柄で制服を着てなければ小学生でも通用しそうな外見である。

顔もまた童顔で、今は怒りの表情でこちらを睨みつけているが、笑えばかなり可愛い子なんじゃないかと思う。

髪は肩にかからない程度の長さで、頭部の両脇を珠型アクセサリのついたシュシュで結んでいる。

察するに、この小柄な女生徒も麻雀部の部員で、部室へと階段を昇ってきた最中に悲鳴を聞きつけ、慌てて駆け上がって来た、といったところだろう。

俺を暴漢か何かと勘違いしているに違いない。

 

「誰だか知らんがちょっと待て、誤解だ誤解!」

「のどちゃんに悲鳴をあげさせた現行犯で誤解も豪快もないじぇ。大人しく我が正義の鉄拳を受けて己の罪を悔いるといいじょ!」

 

再び四肢に力を漲らせ、こちらへと飛び掛ってくる気配を見せる小柄な女生徒。

興奮すると人の話を聞かないタイプだなこいつ。しかもこんな狭い場所で暴れたら座っている天使ちゃんも巻き込みかねないというのに、分別まで失っていると見える。

多少身体能力が高かろうが無力化するのは容易だが、女の子に暴力を振るうのはなぁ……

座り込んでいる天使ちゃんをちらっと一瞥する。

被害者だと思われてる彼女が説明してくれれば誤解も解けるはずだ。

半ば他力本願な解決を頼もうかと考えたところでタイミング良く天使ちゃんが小柄な女生徒へ話しかけてくれた。

 

「優希、ちょっと落ちつ……きゃ!?」

「じぇい!」

 

対応を決めかねている俺の様子を見て、怯んでいるとでも判断したのか、小柄な女生徒はここが好機とばかりに地を蹴ると、手すりに足をかけて再び跳躍。

助走もないのにかなりの瞬発力、まるで猫のようだ。そして俺の頭めがけて横蹴りをかましてくる。

並の人間なら直撃か防御が精一杯の見事な奇襲だったが、俺にとっては想定の範囲内、余裕をもって対処できる攻撃だ。

狭いスペースとはいえ避けることもできたが、敢えて迎撃する。

 

パシッ!

 

「じょ!?」

 

合気道の応用技、左手で小柄な女生徒の蹴り足を上に跳ね上げることで空中のバランスを崩してやった。

結果どうなったかというと、足が天井めがけて虚空を蹴り上げ、頭は振り子の軌道で下方へと向かう。1秒後には頭から床に激突だ。

もちろんそんな危ない怪我をさせるつもりはない。

俺は素早く右手で小柄な女生徒の脚を掴み、頭がぶつからない高さへと吊り上げた。

 

「な、なんとっ!?」

 

俺の心理的な隙を突いたはずの奇襲をあっさり迎撃され、捕獲されたことに驚愕の声を漏らす小柄な女生徒。

 

「ふむ……白か」

 

俺の目の前でふらふらと揺れる、純白の布地に包まれた小ぶりなお尻。

女生徒の制服はスカートだから、逆立ち状態になれば当然、重力に負けてその役目を放棄することとなる。

もちろん、これを狙ってやったわけじゃない。抵抗できない形での捕獲が目的だ。

……ウソジャナイヨ?

 

「い……いやぁぁぁああ! 離して! 離してぇぇー!」

 

俺の直截な発言に、自らの状態を把握した女生徒が、悲鳴を上げながら身をよじって暴れる。

 

「俺の話を大人しく聞いてくれるなら離してあげるよ?」

「聞く! 聞きます! だから降ろして!」

 

必死で懇願する小柄な女生徒。

なんかやってることがほんとの暴漢みたいだよなぁ。

紳士を自認する俺としては大変遺憾に思わざるを得ない。

 

「了解」

 

そのまま手を離すと受身が取れなかった場合に危険なので、小柄な女生徒の左腋に左手を差し込み、俺の胸の高さまで上体を持ち上げると同時に右手で掴んでいる足を下ろしてやり、頭と足の上下を正しく戻してから手を離す。

床に足がつき、頭に上った血が下がってようやく安心できたのだろう、小柄な女生徒は腰が抜けたようにへたりこむと、

 

「酷い目に遭ったじぇ……」

 

俯き、疲れきった口調で呟く。

 

「人の話を聞こうとしないからだ」

「うぅ……私と同じようにしてのどちゃんも辱めたって話なら、もう聞かなくてもわかったじぇ……」

 

全然わかってなかった。

 

「人聞きの悪い誤解をするな、俺は無罪だ」

「私ものどちゃんもあんな辱めを受けたらもうお嫁にいけないじぇ……」

 

どうやら何が何でも俺を犯罪者にしたいらしい。だんだん相手をするのが疲れてきた。

 

「てか、天使ちゃ……じゃなくて、君も誤解だってこの子に説明してくれ……」

「あ……っ、ご、ごめんなさい、あまりのことに気が動転してしまって……ほら、優希も立ってください」

「う、うむ……」

 

俺と小柄な少女のバトルを呆気に取られて見ていた天使ちゃんはハッとした表情で我に返り、慌てて立ち上がるとへたりこんでいる小柄な少女に手を差し出し、引っ張り立たせた。

 

「おーい、優希ーのどかー、大丈夫かー!?」

「何があったんじゃー?」

 

そこで階段の踊り場にいる俺たち3人とは違う、第三者の声が階下から届く。

どうやら、小柄な女生徒の他にも麻雀部員たちがやってきたらしい。

やれやれ、この状況をなんて説明しようか。

体験入部の初日から見舞われたトラブルに、俺は頭を抱えたのだった。

 


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