神さまばっかの世紀末な世界に、俺が望むこと   作:赤サク冷奴

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バックボーンって大事。


狂いゆく歯車(シナリオ)
感応現象は、恥ずかしい黒歴史の暴露大会みたいなもの


 

「ヒバリくん! 居るかね!」

 

 エントランスに響き渡る声。それは、アナグラに到着したサカキが、開口一番に発したものだった。

 

「サカキ博士! シアンさんは、今裏手の研究室に運び込まれました!」

「よし、コアはどうなってるんだい?」

「コアの再生は滞りなく行われたようです。しかし、身体の再生はまだ……」

「分かった。私が対処しよう」

 

 エレベーターで移動し、自身の研究室へやって来る。目に入ったのは台に運び込まれた、ボロボロの服を纏ったシアンの無惨な姿。そしてもう一人……ヒロの姿があった。

 

 ヒロは、ヒバリからの急遽の連絡により、訳もわからずシアンの身体をサカキ博士の研究室に運びこんでから数時間しか経っておらず、事情を問いただすべく博士に詰め寄った。

 

「サカキ支部長、これはどういう……」

「……簡潔にいえば、シアン君の能力は、これだけじゃないのさ。君が見たのは、彼女のほんの僅かの力に過ぎない。……ほら、見てごらん。コアが再生しているだろう?」

「コアが、再生……? もしかして、シアンは……!?」

「そうだとも。彼女はまだ、死んでいない」

 

 徐々に再生されつつある血塗れの肉体。抉られていた胸の辺りに、紫の結晶は確かに存在していた。

 ヒロの顔が驚愕に満ちると、コアにそっと手が触れられて、不意に涙が溢れ落ちる。

 

「そっか……生きて、いたんだ……」

「ふむ……君にとっては仇のような存在だと認識していたのだけどね?」

 

 眼鏡をキランとさせて言ったのは、まるで嫌味をアクセントに加えたような問いだった。

 

 ヒロもこれには、「中々嫌な事を言ってくれるなぁ」と苦笑いする。しかし、ヒロが彼女を嫌っていたのは事実で、それを掌返しのように好意的に見るようになったというのは自覚していたので、少し肩を竦めて頷いた。

 

「はい……でも、シアンだけは認めてやりたくて。彼女は俺の一方的な決めつけを受けても、仲良くしようと関わってくれました。だから、信じられる」

 

 強い口調で言い切ると、サカキは、何故か楽しそうにニヤッと口角を上げた。

 

「……どうやら、君もユウ君やアキ君に負けず劣らずのお人好しみたいだね?」

「……え、えーと。そう、ですかね」

「ふふふ……いつか、君達ブラッドにも、二人と会う機会が来る。それまで、どちらがお人好しなのかの勝負は、取っておくように頼んだよ」

「……はい。是非、そうさせてもらいます」

 

 気に入った、とばかりに頻りに頷くと、注射器を手に取って、薬剤を吸い取った。

 

 何本も薬剤が入った注射器を用意すると、順番にシアンに投与していく。

 

 神機使いが銃を使う時に必要なオラクル細胞を詰めた液体……Oアンプル。

 オラクルの活動を高め、身体に必要なオラクル細胞を作る能力を早くするオラクル活性剤。

 オラクル細胞に自分の身体を喰わせることで、体力を犠牲するが擬似的にバーストが可能な強制解放剤。

 犠牲にした体力を急速に回復させる回復錠改。

 

 それらを投与し終えると、早速シアンの再生が始まった。

 

 身体から淡い白い光が出て、ゆっくりと新しい手足が、複数の樹が成長しながら絡まり合う様に段々と形作られていく。

 グロテスクというより、神秘的なものを思わせるそれを、ヒロはただボーッと見つめていると、完全に人の姿に戻った時、ふと気付いてしまった。

 

 彼女は黒きカリギュラとの戦闘で、とてもオシャレだった服が完全にボロ切れになっていて、あられもない姿をしている事に。

 

(……白の、パンツと、生乳)

 

 バチィンッ!! と、研究室に鋭い音が響いた。サカキが横を見ると、ヒロは自分の手でビンタし、強制的に視線を横にしているという状況。

 

 サカキは、最早何も言うまいと、揶揄うことはせずに、目に毒過ぎるシアンの身体を布で覆い隠して、その他の処置を施し、精密検査を行った後にヒバリを呼ぶことにした……

 

 

 

 

 意識がないままヒバリによってシャワーを浴びさせられ、病衣に着替えさせて病室で寝ている白髪の少女、シアン。

 身体は何も問題がないくらいに回復したが、彼女は直ぐに目を覚ますことは無く、寝かされて六時間経っても未だ眠りに就いていた。

 

 そんな彼女を、真っ先に見舞いに来た人物がいる。

 

「……無茶しやがって」

 

 極東でフィールドワークやアラガミの素材の研究を重ねていたソーマだった。

 最近は支部内でめっきりと見ることが無くなったが、シアンの瀕死を聞いて飛んで来たのだ。

 

「……いっそ、俺と一緒に研究の手伝いでもやらせた方が安全か? いや、そうすると、こいつは暫くアリサ達とは会えなくなるのか……それはキツいかもしれんが、無茶させないとなると、俺が居た方が抑止力にはなるな……」

 

 シアンの為にあれこれと考えるソーマは、もう立派な親である。

 戸籍上でも親子なのだが、普段の距離感はどちらかと言うと兄弟に近いので、子煩悩な父親みたいに思い悩む光景はとても珍しい。

 

 そろそろ、退出するかとソーマが椅子から立ち上がる。

 

 だが、ソーマは動くことは無かった。

 何故なら……シアンの口が、僅かに動き始めたからだ。

 

「……ごめん……ごめんっ

 

 起きたのかと思ったが、どうやら寝言……それも、夢を見ている。

 

 その夢の中で、シアンはごめんと繰り返し言い続けている。何に対しての謝罪なのか、ソーマには知る由もない。だが、あまりに苦しそうな表情をしていて、一人にさせておくのが途端に心配になってしまった。

 

「……愛惟……ごめん……助けられなくてっ……

「……アイ?」

 

 寝言から紡がれてきた知らない名前に、頭の中で反芻させる。

 それは紛れもなく、シアンという人物へ踏み込む足掛かりになるかもしれない情報だった。

 

(シアンは俺達に何かを隠している……今回の無茶の理由……そして俺と出会う前に人を助け続けた理由も、きっとそこにあるはずだ)

 

 これまでの戦闘記録から確信には至っているが、あまりに謎が多く、真相を掴みきれていないのが現状だ。

 

 つまるところ、シアンは自分にはまだ心を許していないということであり……

 

 その事実を改めて思い知らされて、苦い顔になってしまう。

 

 普段は誰とも喋らないシアンが、唯一心を許しているのが自分だと、ずっと思い込んでいた。

 

「ハッ……俺なんかじゃ、家族代わりにはなれないってのに」

 

 ソーマは、愛というものを知らない。

 誰かに愛されたことも、愛したことも無い。

 

 そんなものが、仮初とはいえ家族になろうなど……そこからして間違いだった。

 

 未だ穏やかには見えない、どこか苦しげな寝顔のシアンを撫でてやりながら、あまりに愚かな自分への自嘲の笑みを浮かべた。

 

(俺は、お前に何をやってやれるんだ……)

 

 思い浮かぶのは、かつて自分が何もできなかったもう一人の少女の姿。

 あんな別れ方で、終止符が打てたとは微塵にも思っていなかった。

 

 何もかもが手遅れになる前に、この義理の家族を救う方法はないのか。

 

 掛け布団からちょこんとはみ出している左手を取ると、両手でやさしく握って、額の近くまで持っていく。

 

(何があっても、お前を護らないとな……)

 

 

 そして、今度こそ向き合ってやろうと、己の心に堅く誓いを立てた。

 

 

 

 

 

 …………その時。

 

『へぇ~、ゴッドイーターって狩りゲーかぁ……それって、モンハンみたいな感じ?』

 

「────っ!?」

 

 唐突に聴こえてきたのは、女性の声。

 ソーマは周囲へ視線を向けたが、相変わらず病室にはシアンとソーマの二人しかいない。

 

「……気の、せいか?」

 

 それにしては、やたらと鮮明に聴こえていて、耳で聴いたというよりも、頭の中に入ってきているような感覚。

 

 シアンの手を掴みながら、神経を研ぎ澄ませる。

 

『……いや、敵の攻撃がかなり素早い。予備動作は分かりやすいけど』

 

 次に聴こえてきたのは、少年の声。

 

(……間違いないな)

 

 第一世代では例の無い、第二世代以降に見られる相互の感情や記憶の交錯が起こるという現象────〝感応現象〟。

 

 何となく、こうするべきだというイメージが頭に浮かんだので、その通りに目を閉じる。

 

 ……そして、自分が知らない場所で、一つの光景を見ていた。

 

 天井には白いシーリングライト。テレビや勉強机があり、本棚には、今では貴重品の本がズラリと並べられている。

 

(……この部屋の雰囲気は見たことがある。50年以前の……アラガミなんぞとは無縁の極東の生活様式か)

 

 そして目の前には、手持ちサイズのゲーム機を忙しなく操作する、小学生5、6年生ほどであろう少女。

 

『お〜。それってガンナーできる?』

『できるぞー。ただし、弾丸補充に近接攻撃が必要』

『マジか、神は死んだ!』

『いや、神を殺すゲームだけど虚無主義(ニヒリズム)関係無いからな……?』

 

 一方、ソーマの目線と重なるこの少年らしき人物は、ただただその少女を眺めていた。

 

『……? どしたの? わたしに惚れちゃった?』

『ふーむ……どーだろうな。人生何があるか分からないし、それもあるかも』

『わーお、犬夜ったら大胆』

 

 会話の遣り取りが、全くもって小学生高学年のレベルにない。

 普段から仲の良い男女であることは明白であるが、二人のそんな飄々とした態度は、既に人生を三十年くらいは生きてそうに見える。

 

 一先ず、視覚と聴覚に入ってくる状況を整理し終えたソーマは、この現況の不可解な疑問について考察を深めていく。

 

(……それにしても、何故この記憶をシアンが? 元からオラクル細胞が保持しているならば解るが、捕食で記憶を獲得したという研究結果は上がっていない……しかも、ゲームだと? こいつは一体、何なんだ……?)

 

『えっ……いや、ここでこの展開って……あれ、犬夜?』

 

 ふと、少年の顔を覗いてきた少女によって、ソーマは思考の海から浮上した。

 

 現在視界に入っているのは、小学生の姿から成長し、中学校の制服に身を包む少女。

 

 そしてもう一つ……ゲームの画面。

 映っているのは、赤い色の雨に打たれながら、重傷を負った金髪の神機使いを、亜麻色の髪の神機使いが介抱しようとしているという場面。

 

『ロミオ……? 頼む……逝くな……』

 

 だらりと力の抜けた身体を揺さぶり、呼びかける。

 

『一人でも欠けたら……意味がないんだ……だから……頼む……』

 

 

『──逝くなぁぁぁぁぁぁ!』

 

 

 亜麻色の神機使い……ジュリウスが、空を仰いで慟哭する。

 

 そこで画面はブラックアウトし、次の瞬間には画面はアナグラのエントランスへ切り替わっていた。

 

(……今、のは……)

 

『……犬夜、大丈夫?』

『……まさか、あれが死亡フラグだとは思わなかった』

『主要キャラが物語の途中死んじゃうとは思わなかったよね……』

『……ジュリウスの叫びがめっちゃ脳内に残るな、これ』

 

 少年と少女が、先程のムービーについて互いの感想を交わし合っている。

 

 そんな少年の視点から見ているソーマが、目の前の出来事──ゴッドイーターというゲームのムービーに半ば呆然と思考を止めてしまったのは言うまでもない。

 自分の知る人物が、それと遥か過去で、コウタが扱うような携帯ゲーム機の中で動いているのだから。

 

(……クソッ、何だ、これは……俺は何を観させられているんだ!)

 

 ジュリウスやロミオが創作上の人物? 

 そんなはずは無い。確かに実在し、生きている。

 

 ……ソーマからすれば、あまりに突拍子も無い話で、信じようとすら思わないだろう。

 

(……だが確かなのは、シアンがこの事を知っているということだ。さっぱり分からんが、鍵を握るのはこの少年とシアンの関係性だろうな……)

 

 熟考している内に、パタリと光景が変わる。

 

 

 

 

 

『ハッ……ハッ……』

 

 大きなディスプレイに映る、己──ソーマ・シックザール。

 

 彼は息を切らし、何かに焦りながら黒く霧がかった地を歩いていた。

 

『クソッ……生存者は……いないのか……!』

 

(……生存者、だと?)

 

 見知らぬ地を歩く己の姿。

 必死に生存者を捜し回るその姿は、まるで何かが起こった後かのようで……

 

『ハァ……ハァ……誰か……返事をしろ……!』

 

 必死に声を張り上げても、その場には誰もいない。

 

 もう諦めようとしたのか、踵を返して来た道を歩こうと振り返った。

 

『──バァァァ!!』

『ハッ……!?』

 

 すると、途端に獣の咆哮が響き渡り、黒の鎧を纏う四足歩行のアラガミが、ビルの上から跳び上がり、爪を突き立ててソーマへ振りかぶった。

 それを神機で防ぐと、力で押され、後ろに大きく吹き飛ばされる。

 

 距離が離れたからか、そのアラガミは空に向かってオラクルを解き放つと、それは空中で拡散して隕石のように降り注いできていた。

 

 着弾地点を見極め、間をくぐり抜ける。

 そうやってアラガミへ接近すれば、大きな咆哮と共に、あわや攻撃かと身構えた。

 

 しかし、敵の目線はソーマではなく、その後ろ……別の方へと向いていた。

 

『助け……て……』

 

 その声が発せられた存在……生き残りの少年に気付くと、敵は一目散に無防備な少年を狙って飛び込んだ。

 

 見つかった唯一の生き残り。自分が助けられる、唯一の命。

 故にその攻撃を許す訳にはいかないソーマは、自分の身を呈し、少年と敵の間に割り込んで……

 

 ──ガギィン!!

 

 金属質の、甲高い音をその場に響かせた。

 

 視点は変わり、少年へ。

 少年は傷一つなく無事であり、目の前には、自分を庇ったのだろうソーマの姿が。

 

 だが、ソーマは、少年を救った代償を払うこととなってしまった。

 

 地面には、ソーマの服を伝って流れ出ている小さな赤い水溜まり……否、血だった。

 

『くっ……!』

 

 犠牲となったのは、左目。

 明らかに安くない代償だ。

 

 それでも、彼は守ることを厭わなかった。

 

『行け!』

 

 少年に力強い声音で命じて、走り去るのを確認すると、眼前の敵を見据える。

 

『来い、もう少し遊んでやる……!』

 

 左目を抑えていた手を、神機に。

 

『うおおおっ!』

 

 そしてしっかりと両手で掴み直すと、気合を掛けて立ち向かっていった……

 

 

 

 ……血を滴らせながら、ソーマは一人、街を見下ろせる高台へやって来た。

 

 フェンリル本部が近くに会ったこともあり、世界でも有数の都市となっていたはずのこの場所は、今や人ひとりとして居ない廃都。

 

『ぐっ……くぅ……!』

 

 嗚咽混じりの呻きが、今のソーマの心情をよく表していた。

 

『うおおおおおおおおおおっ!』

 

 孤独。また、自分が作り出してしまった孤独……それに気付いたソーマの雄叫びは、あまりに無情な現実への悲しみに溢れていた。

 

(……これが、俺の末路とでも言うのか……?)

 

 何も報われず、他人を救うことさえままならない。

 

 ただ、呆然と、その映像を見るしかなかった。

 

 

 

 

 

 混乱のまま、付いていけないソーマを嘲笑うかのように、その視界は次の記憶を映し始めた。

 

 

『!? 危ないッ──!!』

 

 

 少女が、歩道を渡っていた少年を突き飛ばしていた。

 

 未来の自分の姿に呆然としていたソーマは、何が起きたのか分からないまま、体勢が崩れ、視界に入る少女を見た。

 

 泣きそうな顔で、しかし微笑みを湛えると、直ぐにその姿が掻き消え……

 

 ──ガシャァッ!!!

 

『へっ……?』

 

 吹き飛んでいった方を見て、この視界の持ち主の少年……いや、今はもう青年と言っても差し支えなく成長した彼は、顔を真っ青にして走っていった。

 

『あ、愛惟! 愛惟ぃっ!!』

 

 同じく、ずいぶんと大人っぽく成長していたその少女は、頭から、胸から、腕、脚からも血が流れ出しており、庇った左腕に至っては前腕の骨が折れて肉から突き出て、力なくだらりと垂れている。

 

 すぐさま傍に駆け寄り、狼狽しながらも電話で119番をコールして救急車を呼んだ。

 応急処置として、羽織っていた服を引きちぎり、出血箇所を縛ったり、抑えつけてみるが、あまりに出血が多く、全てをカバーすることは叶わない。

 

 もう間に合わないかも知れない……そう思うと、激しい恐怖が彼を襲う。

 それに伴って、急激な喉の乾き、冷や汗、背筋や手足の先から凍るような感覚が襲い……呼吸が荒くなって、心臓の動悸が激しく、かつ不規則に起こった。

 

『お前、なんでっ、こんなこと……』

『あはは……そりゃあ、ね……好きな人のピンチくらい、助けなくちゃ……』

 

 あまりの激痛で、正気ではいられないような重傷でも、彼女はいつものように笑顔を絶やしていない。

 しかし、それが強がりからの空元気であるというのは、近くにいないと聞こえない程の、か細い声が証明していた。

 

『愛惟が死ぬんだったら、俺も、ここで一緒に……』

『……それは、ダメ。……すぐ私の所に来たら、絶許だからね……』

『……絶許、か……それは、嫌だなぁ……っ』

 

 彼の視界は、涙で滲んでよく見えなくなっていた。

 それを、彼女は震える手で拭ってやってから、そっと胸に抱きかかえる。

 

 どれくらいだろうか……そうしていると、不意に顔が持ち上げられる。

 

 彼の顔に、彼女の血糊がベッタリと付いて真っ赤になってしまっているのを見てか、フフッと笑んで、頬に手を添えて、

 

『……生きて……立ち上がって……決して、止まんないで……君は、私の生きた証……わたしの、わたしだけの英雄なんだから……』

『そんな……! 嫌だ……死ぬな……やめてくれぇっ!』

 

 徐々に、生気を失いつつある彼女を、放すものかと自らの腕の中に抱き入れると、それ……微かに、息にも聞こえなくもないような喉の震えは、耳元に届こうとしていた。

 

『……さい、ごに、これだけ……自分だけの……って、言っても、ぜんぜん、凡庸な言葉だけど、ね……』

 

 二人以外のあらゆる時間が止まったかのように、とても、長い長い沈黙の後に……

 

 

 

 ──犬夜を取り巻く世界の全てが、きっと幸せであらんことを。

 

 

 

 ……この日。

 

 彼の最愛たる愛惟という少女は、齢21でその人生に幕を下ろした。

 

 彼が一生、忘れることのない言葉を遺して。

 

 

 

 

「────はっ!?」

 

 気が付くと、ソーマは病室に戻っていた。

 

 視界のみで動くことさえ出来なかった記憶から、解放されたのだ。

 

 息が止まっていたのか、荒い呼吸を繰り返しながら自分の心を落ち着かせようとする。

 

 だが、脳裏に浮かぶ、ロミオの死と、己の行く末が、こびり付いて離れない。

 

「クソッたれ……」

 

 握っている腕の力を強めてしまうと、はたと、そこにいるシアンへと視線が向いてしまった。

 

 彼女は既に体を起こしていて、ソーマを見つめていた。

 

 いつの間に……と不思議に思って、前傾姿勢で近づいた時、ふわりと、甘い匂いがソーマの鼻孔をくすぐった。

 それと同時に、上半身を包む柔らかな感触と、温もり。

 

「……大丈夫……ずっと、そばに居るから」

 

 シアンは、ソーマを思いきり抱擁した。

 

 

 

 

 ……いつか、彼女がやったように。

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

sideシアン

 

 

『エリック! 上だ!』

 

 

 カリギュラとの戦いに敗北した筈の俺。

 

 なぜか俺は、ソーマの視点から彼の記憶を観ていた。

 

『……お前も、俺みたいな化け物に関わるな』

 

『ふざけるな!! テメェみたいな……バケモノと一緒にするんじゃねぇ!』

 

『勘違いするな。俺やシオをオモチャにして勝手なことを考えているのが気に食わねえだけだ』

 

『一人で、勝手に決めやがって……』

 

 贖罪と救済にまみれた、21年間の出来事。

 

 決して報われず仲間は死んで、やがて孤独を選ぶようになった彼に、シオとの出会いと別れが訪れ、神薙ユウと霊代アキが接していくことで、距離を離すことしかしてこなかった他人との接し方を変えさせることが出来た。

 

 だが、その境遇が。

 生まれた頃からオラクル細胞を持ち、それが原因で母親を殺してしまったこと、人間ならざる身体能力で、化け物呼ばわりされて疎まれていた事。

 

 それが、ソーマの心に大きく傷を付けているのだ。

 

「……本当に、ソーマは報われない奴なんだ。僕が、なんとかしてあげたかったけど……それも、今は出来そうにないんだ」

 

 暗闇の中、フードを被った、小さい頃のソーマのようなその少年は、記憶に入り込んだ俺に、ポツリと口を開いた。

 

「それで、ソーマの中に入ってきたお前は……シアンっていうのか。最近、ソーマがよく笑うようになった原因……それでいて、僕の仲間だね」

「……ん。よろしく」

「こちらこそ。ソーマと仲良くしてくれて嬉しいよ」

 

 屈んで、少年と握手をする。

 平然としているが、予想外の事態に思考はフル回転していた。

 

 GE3で『アラガミの自我』と呼ばれていたこの少年は、あろう事か、GE2に出張してきていた。

 

 俺が体験しているソーマの記憶……これは多分、感応現象によるものだ。

 ソーマの中に入り込んだことで、中で眠り続けるこの子と会話できるようになったのだろうか。

 

「……僕の仲間が現れたのは、これで二人目になるな。やっぱり、ソーマはアラガミに好かれやすいのかな……」

 

 手を放したら、この子は感慨深そうに言った。

 

 好かれやすい、というのは、ソーマ自身が、限りなくアラガミに近い存在というのもあるのだろう。

 シオの場合は、ソーマへの仲間意識があったから、特に仲が良くなった。

 

「でも……シオは、直ぐソーマを置いてっちゃったんだ」

 

 力なく、だらりと立ち尽くすアラガミの自我。

 

 この子は、ソーマが生まれた時から、ずっとソーマの中で色々なものを見てきている。

 

 ソーマの辛かった経験、楽しかった経験を、この子も同時に味わっているのだ。

 

 だから、ソーマの身を案じるし、何かしてやりたいとも思っている。

 

 かつて、シオが隣にいた時間は、ソーマにとって、またと無いだろう素晴らしい時間だった。

 別れが無ければ、ソーマの気持ちはもっと楽になっていたかもしれない。

 

 ソーマにとっての幸せな時間がずっと続くことが、この子にとっての願い。

 ほんの短い間だけしか隣にいてくれなかったシオには、色々な要因があったとはいえ、複雑な思いを持っているだろう。

 

 でも、この子はソーマが内に秘めるアラガミとしての自我。表面化できるのは、アラガミとなってから。

 そうならない限りは、自分から何かをしてあげることは出来ない。

 

 そんな苦悩を抱えるこの子の頭を、俺はポンポンと、叩くように撫でた。

 

 いきなりの行動に、不思議そうに顔を上げたアラガミの自我に、膝を曲げて目を合わせると、両肩に手を置いて、宣言する。

 

「……それなら、私がいる」

「……え?」

 

 俺ならば、いてやれるのだ。

 

 多少なりとも打算を持って接してきた俺に、名前まで付けて引き取って、親身になってくれたソーマには、返しきれない恩義がある。

 

 俺の立場なら、ユウやアキみたいに各地を飛び回って会えないなんてことも無いし、シオと同じヒト型アラガミだからか、ソーマは全然遠慮してこない。

 話をしている時は、どんなに普通の事でも笑ってくれるくらいだ。

 

「……お前なら、居てくれるのか? ソーマのそばに……シオみたいに居なくならないのか?」

「……ん。たとえ、特異点になっても……」

 

 ラケル先生がいる以上、ジュリウス以外に特異点になり得るイレギュラーの俺も、何かしらの策略に嵌ってしまうことも考えられる。

 ロミオが助かった時は、ジュリウスを特異点にする贄が無くなってしまう事になるから、代案を考えるとなると、俺が最も手っ取り早く終末捕食のトリガーになるのは想像に難くない。

 

 それに、これが一番の理由だが……もしも特異点になろうものなら、ブラッドが命を張って止めてくれるからだ。

 ジュリウスの代わりになったとしても、必ず、助けに来てくれる。

 

「大丈夫……私は、シアン・シックザール。ソーマの……唯一の家族だから」

 

 一人でも、たった一人でも家族がいればいい。義理だろうと、大切に想える家族という存在があれば、それは必ず支えになる。

 

「……なら、ソーマが誰かを必要とした時。ソーマが一人ぼっちで苦しんでいる時には、隣に居てほしい。ソーマは、誰よりも寂しがり屋だから、その時がやってきたら、きっとまた、自分を責めるんだ……」

 

 家族である事を強調した俺に、この子は、守るべき約束を提示した。

 

 その時が来るのは、遥か十数年後の未来。

 

 自分の研究によって、人々をアラガミの魔の手から守るはずが、逆に更なる災厄によって、世界を危機に陥れてしまう。

 誰も救えず、一人のまま足掻き続け、心を削っていく。

 

 主人公と接していくまで、自己嫌悪に苛まれながら生きていくのだ。

 

「……だから、僕の代わりにソーマを頼んだよ、シアン」

 

 ……幸せな時間を作ってくれる、ソーマの心の拠り所があるならば、気持ちも軽くなるから。

 

 アラガミの自我は、右手の小指を差し出して、指切りのポーズをとっていた。

 

 ソーマと同じ時を生きたアラガミの自我である少年は、一体どれだけの思いで、この指を差し出しているのだろうか。

 他人を頼る事でしか、最も身近な存在を救うことができないというのが、どれほど悔しいか。

 

 俺は、この子から託された思いを無駄にできない。できる訳が無い。

 

 この子の願いを、最大限に叶えること。

 それが、この場で出会いが果たされた意味に違いなかった。

 

「……任された。約束は……必ず守る」

 

 差し出された小さな小指に、自分の小指を絡める。

 

 しっかりと指切りが交わされたのを見ると、アラガミの自我の少年は、輝くような笑顔を見せて……

 

「……ありがとう、シアン」

 

 

 

 

 その瞬間、意識が深いところから引き上げられていくように、ソーマの記憶から抜け出して、失われていた体の感覚が戻ってくる。

 

 フワフワとしたマットレスや掛け布団の感触。

 左手は誰かに握られているらしく、とても暖かい。

 

 目を開けてみると、やはり知らない天井がそこにある。

 とは言っても、あの激しい戦いの後なのだから、多分ラボラトリの階層にある病室なのだろうけど。

 

 のそり、とゆっくり起き上がる。

 

 握られた左手の先を追えば、白髪褐色のイケメンが、目を大きく開けていて、何かに怯えるように俺の手をギュッと握り締めた。

 

「クソッたれ……」

 

 ……そうか。逆にソーマは、俺自身(・・・)の記憶まで見てしまったのか。

 

 サカキ博士曰く、現時点で確認されている感応現象は、神機使い同士、関わりあった相互に発生し得るものらしい。

 

 俺とソーマの場合、互いに相手の記憶を覗いたのだ。

 

 ……という事は、つまりソーマは俺の前世とも言うべき記憶を見てしまったのか。

 

 もちろん、GOD EATERというゲームをやった記憶もあれば、俺が男であったという記憶もある。未だに自分の名前だけはよく思い出せないんだが……

 特にGE3の記憶は、ソーマにとって衝撃的なものになるだろう。

 

 現に、あんな茫然自失みたいな姿を見せられて、見ていないなんて事は確実にないだろう。

 

 そんな風に見つめていると、ソーマがようやく俺の視線に気付いた。

 

 いつものクールな雰囲気は消え失せていて、何かに縋り付きたい……そんな風に見えた。

 

 あの子が言っていた、絶対にいて欲しい時というのは、多分、今この時がそうなのだろう。

 

「……大丈夫……ずっとそばに居るから」

 

 そっと、安心させてあげるように腕を後ろまで回して、抱き締めた。

 こんなのは、あいつにしかやった事が無かったけど、不思議と嫌じゃない。寧ろ心地いいまであった。

 

「……お前は、居てくれるのか……?」

 

 ソーマに、しかも震える声で言外に「居て欲しい」なんて言われてしまったら、俺はもう、こう返すしか無かった。

 

「……いる。世界がソーマを敵に回しても……ずっと隣にいる」

 

 あぁ……なんか、これじゃ浮気しているような気分だ。

 

 俺はあいつ一筋のノンケなのに、しかも男に向かって愛を囁いているのだ。

 あいつならば、糾弾どころか笑い話にするかもしれない。

 

 でも、実の所それ以上に問題なのは、俺自身が少しでも、アリかな……って、そう思えてしまっていることだ。

 より一層、あいつへの罪悪感が募ってしまう。

 

 それでも、

 

「……ソーマは、家族だから」

「家族……」

 

 その関係が書類上のものだとしても ソーマは間違いなく、俺の家族なんだ。家族なら、家族を支えてあげる……

 そんな当たり前の事を、貫き通したいのだ。

 そこに、家族の親愛以外の感情が介在していても。

 

 あまり血の繋がりのない義理の両親や姉がいたからこそ、ずっと大切にしてきた当たり前を……

 

 そして、もう一つ……あの子との、絶対に果たさなきゃならない約束を守るために。

 

「……そう、か。家族は、そういうものなんだな……フフッ」

 

 何やら、意味ありげに深々と頷いて、嬉しそうに笑う。

 

 抱き締めているから、俺の視界とは真反対にあるソーマの顔は見えない。

 

「……ソーマ?」

「いや……家族ってのは、案外良いもんだなと思っただけだ」

 

 でも、今こうやって抱き返してきたソーマは、とても安らかな笑みを浮かべているのだろうと思った。

 

 

 

 

ロミオPの処遇について

  • いつも通り、逝くなぁぁぁ!される。
  • シアンちゃんに救出される。
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